「チッ、幻影か」

胴から真っ二つになったフェイトの切り口から流れ出るのは水。
駅で士郎が真っ二つにした時と同じように水となって消えゆくが、その時よりも消えるのが早い。
これはアスナのハリセンを喰らった所為で強制的に消されたせいなのか。

フェイトと戦闘を開始してから舌打ちが多くなってる気がする。
コイツに出し抜かれまくってるのが原因かね。

「こっち見ないでよっ、仁! 見たらぶん殴って地球の果てまで飛ばす」

「そんぐらいは……弁えてるから……心配すんな」

オレの視界に入ってるのはネギとカモだけ。
アスナの位置は、ハリセンを振り抜いた勢いでオレの右斜め後ろに位置している。
格好は見てないが、身を挺してネギを守ったことから予想はできる。
オレの口からは大変説明し難い格好に違いない。
つーか、見たら確実に殺される。

それは置いとくとして、何とかあの石化魔法を凌げて良かった。
煙幕はオレの行動を見せないため、爆竹は湖に飛び込む音を聞こえさせないためだ。
どんな魔法なのかってのを事前にわかってなけりゃ、これは完璧に不可能だった。
しかもフェイトの一節目からでの咄嗟の判断。
魔法が使えんのだからしょうがないんだが、余りにも小細工だ。
二度と同じ手は効かんだろ。

その後は湖からフェイトを襲撃。
だが、ここで思ったよりも出てくるのに時間が掛かっちまった。
でも今ぐらいの早さが限界。
それにタイミングも計ってかないとフェイト相手には通じない。
そこんとこはネギの底力に賭けてみたんだが……

「落第点だな」

「アア、酷イ出来ダゼ」

「え、エヴァちゃん!?」

いつも通りな辛口発言で、若干不貞腐れたような顔してる金髪少女。
そして、その頭の上に乗ってる口悪人形がオレの前に降り立った。

「ほら、これでも羽織ってろ。ないよりはマシだろう」

「あ、ありがと」

エヴァがアスナにマントを貸してやったようだ。
これで勘違いでも殴られることにはならん。

「仁は帰ったら言う事が山積みだ。
それに、特訓量を増やす必要があるな」

ああ、殴られはしないけど説教食らっちまうのか。
この赤い男は精神面でずいずいっと……

「って、いつの間に現れやがった」

「ついさっきだ」

何故かオレの横に士郎が平然と居る。
いや、何処か近くに居るのはわかってたんだけど。
何せ目の前にオレの持つ剣と同じ剣が橋に突き立ってある。
オレは二つ目の剣は用意してない。
と言う事はコレを唯一使える士郎が居るのは明確。
そんで、この剣のお陰でさっきの攻防は最終的に上手くいったって訳だ。

「エヴァンジェリンさん、士郎さん……」

「ふん、シロウは手を出さずに、ジンが大層と買い被ってるぼーやに任せてみればよかったものの」

「俺も仁の意見を取り入れてはいたが、さすがにアレは見逃せなかったって言ってるだろ」

ネギの呼びかけで何やら金髪少女と赤い男が討論し始めたが、
その内容から察するに君たちは、どうやら一部始終を見てたって事だね。
えぇ、正確には何処から見始めたかってのはあるけど、オレが参加してから見てそ……

う゛――!?」

スパンと、早くも二度目のオレから快音。
食らった場所は後頭部、後ろからの不意内で全くハリセンに反応できんかった。
コイツを食らったら、かなり痺れる。
何よりハリセンと言っても材質が紙じゃなく硬いのだ。

「あの二人の会話からするとアンタが余計なコトを言ったせいで、私達が苦労するコトになったって聞こえたんだけど」

「オオイ、馬鹿レンジャーのエースのくせに、何でこういう時に限って頭の回転が早いん――づぁ!?」

三度目――っ。
でこがとっても痛い。
疲れてるせいか、真正面なのに反応できんかった。
ていうか、アスナの動きが以前より断然早くなっとる。

「ケケ、イイ気味ダゼ」

「ホントにいい気味だ。
私は私でやる事があるから、その間そうやって代わりに搾られてろ。
神楽坂明日菜、手加減はしなくていいからな」

エヴァはスッと周りに皆より大鬼神の方へと前に出て、両の目をソレに向ける。
やる事はもちろんスクナを退治することだろう。
それより代わりにって、どういうこった。
やはりオレの予期していた災難は振り払えないって事なのか。
誰かどうにかして助けてくれ……って言っても頼れそうな男の仲間はアレだし無理っぽい。

「それと、桜咲刹那に何か吹き込んだようだが、世話好きもほどほどにしないとどうなっても知らんぞ」

「碌デモナイコトダロウガナ」

口振りからしてエヴァはオレが何を喋ったのか分かってるみたいだ。
けど、オレは別に世話好きって訳じゃない……はず。
むしろ世話好きなのはオレより士郎の方だ。

「茶々丸、準備だ」

「既に完了しています、マスター」

見上げると自身の2倍はあろうかという銃を茶々丸が構えていた。
あの銃から発射されるのは、オレの知ってる通りだと当てた相手を拘束する弾丸。
拘束すると言ってもずっとではなく、質量によって拘束時間が決まる。
スクナ相手だと質量がでかすぎるから十数秒だったか。

エヴァの方はチャチャゼロを頭に乗せたまま茶々丸の隣に行って待機してる。
攻撃の開始はまだ。理由は鬼の肩側にいる千草からこのかが傍にいる。
そして、救おうと刹那が千草と対峙しているから。
しかし、それもすぐに終わるだろう。
あれは素人目から見ても千草が冷や汗流して戦ってるように見える。
エヴァが助けに入った方が早く終わりそうだが、さりげなくアノ二人の事を思ってるのかね。

「綺麗に終わりそう……か?」

「結果的には良い感じじゃないか。それでも駄目な部分は多かったけどな」

折角締めに入らせようとしたのに、士郎はイジメな発言をやめてくれないぜ。
アスナはオレのせいなのかイライラしたまま祭壇の方へと歩いて行ってるし……
仕打ちがひどすぎると泣いちまうぞオレ。

「仁さん――

「ん、どうした?」

アスナについて行き、祭壇の側に着いたとこで振り向くと、ネギが落ち込んでるような暗い表情をしていた。
これは嫌な予感がする。こんな風に相手の名前を呼ぶ時は聞き辛い事を尋ねられるに決まってる。
どうしようものか
――

「いえ、僕達もこのかさんを」

聞こうとしたモノをやめやがったな。
まぁ、聞こうとしていたモノは大体は見当付いてるが。
何より生徒を助けようという志はさすがネギだ。

「その必要はないようだ」

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック――

士郎が示した先には既に詠唱を始めたエヴァの姿があった。
遠すぎてはっきりとわからんけど、何かをやってるぐらいはわかる。

刹那の方は無事にこのかを助けれたようだ。
エヴァと同じで姿は遠いが白い翼が確かにオレの眼に映っている。
これで刹那とこのかの関係が少しでも良好になってたら良いんだけどさ。

「うわ、何よアレは……」

前からアスナの声がボソリと聞こえた。
その疑問はスクナを拘束している派手な光に対してだろう。
これはさっき茶々丸が撃った銃のもの。
思ったとおり拘束する弾丸だ。

それよりオレが知ってる知識と違ってエヴァがそれほど乗り気じゃないような……
後の仕置きがオレの思ってる以上に恐ろしいことになりそうだぜ。

「『契約に従い、我に従え、氷の女王。来れ、とこしみのやみタイオーニオン・エレボス、えいえんのひょうがハイオーニエ・クリュスタレ――

いとも簡単にエヴァの紡がれる魔法で大鬼神が氷の塊へと変貌する。
エヴァが唱えしは、ほぼ絶対零度の150フィート四方の完全凍結殲滅呪文。
いくら大鬼神でも全開状態のエヴァの前では無力だ。
違うこと考えてる間に次々と容易くこなしていくな。

すがは真祖にして最強の魔法使いってか。
直に見るとエヴァの力がトンデモナイってのがありありと判るしさ。

「なぁ、士郎」

「ん、どうした?」

「エヴァと本気でり合ったら勝てるか?」

不意に頭の中に浮かんだ疑問が口に出た。
思い返せば、士郎とエヴァが戦り合う場面は数度しか見ていない。
そん中で互いに最も力を出し合ってたのは初めて別荘に入った時かな。

エヴァ側は茶々丸とチャチャゼロの合わせて三人に対して士郎は一人。
士郎が隙をみてカラドボルクを放ったところで士郎に軍配が上がったんだっけか。
だけど、あれは互いの力を見せ合っただけって感じで偶々結果がああなっただけのような気がする。
あん時はよくわからなかったけど、思い返してみればそのような……

「戦ってみないとわからない、かな」

いつも顕著なだけに、これは意外な答え。
……そういえば士郎は負けず嫌いだった。
それでも、遠慮がちになるとは思ったんだだけど……エヴァ相手だからなのか。
まぁ、戦い合うとしたら文字通り死戦となるのは必至だから叶わないよなぁ。

「次から次へと何や、何なんや、あんた何者や!?」

「貴様に名乗る名など無いわ!」

その本人に目を移すと……とても怒ってらっしゃる?
いや、これは見間違い、さっきの言葉は聞き間違いだ。
機嫌悪いようには見えたが、理不尽な感じに怒ってる訳がない。
それに怒ってらっしゃるようならオレへの被害が甚大なモノになるような……
つまり、今起きたことは間違いでなければいけないのだ。

「ねぇ、エヴァちゃん怒ってない?」

「ああ、仁に文句があるみたいに言ってたな」

「…………」

そんな甘い事にはならん、ってのが現実……
この後に酷い目に会うのは避けられなさそうだ。
必死に頑張ったのに終わりは悪いのってやだな。
どうにかして………………無理か…………

――全ての命ある者に等しき死をパーサイス・ゾーアイス・トン・イソン・タナトン。其は、安らぎ也ホス・アタラクシア』」

大鬼を駆逐する魔法が完遂される。
呆気ない。余りにも呆気ない結末になるが、エヴァ相手だと大抵はこうなのだろう。
とりあえず全てが無事に終わりそうだから、心に残る嫌な不安は一旦置いとくことにしよう。

『おわるせかい』コズミケー・カタストロフェー

氷の塊となったリョウメンスクナノカミが何の抵抗も出来ないまま体が砕け散った。
その破片が次々と湖に大きな音を立てて沈んでいく。
完全に葬りさったように思えるが、実際には魂だけ残ってんだよな。

「当然だが呆気なかったな」

空中から降りてくるエヴァがつまらなそうに一言。
発した言葉はオレが考えた言葉と同じだ。
それより……やはり怒ってるのか。
怒ってるならどうしようもない。
そうとわかれば理由を聞くべきだ。
理由もわからないまま、しばかれる量が倍増されるのは嫌だし、もし俺のせいなら今後の注意点に加えれる。

「何で怒ってんだエヴァ?」

こういう場合はさり気無く聞くに限る。
相手がエヴァゆえに、更なる怒りに触れぬよう普段通りに繕うべし。

「防人さん、それはツ――

「茶々丸、変なこと言ったら分解するぞ」

――つい先程の学園長のやり取りで悪いことがあったからです」

「なるほど、じぃさんのせいか」

喋り方に違和感を感じた気がするが、とりあえず納得はしとく。
茶々丸のことだから言ってる内容は真実だろう。

「はぁ……」

だが、士郎が言っていたエヴァがオレに文句ある発言も真実に変わりはない。
こいつも茶々丸と同じく嘘はつかないタイプだからな。

それにしても思い当たる節が見つからん。
ボケてんのかねぇ……まぁ、爺さんとオレに半々に仕打ちってか。
……ホント溜息ばかりで幸せがどんどん逃げていっちまうぜ。

「士郎、異常は?」

思考を切り替える。
本来ならばフェイトがエヴァに襲いかかるとこ。
これが一番恐しい点であり、注意すべき点。

「特に無しだ」

しかし、今はいない筈の人物が二人、オレと士郎がいる。
それ故に奴にとっては、敵が多くなった分、本来と比べおいそれと不意打ちは出来ない。
しかもその内の一人は士郎、それも戦を潜り抜けた士郎だ。
どれだけ戦を潜り抜けたのか深いことは士郎から聞いとらんが、奴にとって十分驚異となる人物には違いない。
まぁ、修学旅行一日目では予想外の出現で不覚をとったけど……アレは予想してなかったオレが悪かった。

隣を見るとアスナとネギがエヴァが何でこっちに来れたのか聞いてる。
それに対して投げやりっぽくエヴァが説明。
……機嫌悪いんだな。

「ともかくやっと終わりか。酷く長く感じる一日だった」

再び「はぁ……」とため息が漏れる。
この後はエヴァの事もあるしネギの事もある。
問題が山積みで辛いぞ。

「このかちゃんも無事に桜咲さんが助けたな。
大体は仁の思い通りで良い方向に終わったようだ」

若干皮肉めいた口調と着ている衣のせいで弓兵を彷彿させる。
このまま悪化しないことを願うのみだ。

士郎の視線の先に目を向けると二人の姿がこちらに向かってきていた。
こっち側に中々来なかったのは刹那がこのかを思って長く飛んでいたのか、このかがねだって飛んでいたのか。
何にせよ、あの二人の間が近くなったというのが周りの雰囲気でわかる。

「士郎には感謝しねぇと」

今回の件は士郎が一番活躍してくれた。
というよりコイツがいなかったら今頃どうなってたことやら。
おそらく不吉な展開、主にオレに繰り広げられるかな。

「おだてても何も出ないぞ。それと反省点は――――


――――ああ、急展開もいいとこだ。
お陰で士郎が何て言ったのか最後まで聞き取れんかった。

良いこと後には、悪いことがある。
迷信か。しかし、現に起きようとしている。
折角の和やかな雰囲気がブチ壊れだ。

何故コッチを狙っている。
何が狙いなんだコイツは。

――フェイト・アーウェルンクス。

「きゃ……」
「え……」

後ろから声が二つ。
出させた原因はオレだ。
強引だったがああするしかなかった。
すぐにでも謝るべき事だが、生憎語りかける暇はない。
集中すべきは目の前の事象。

両手は無手。
カラドボルク
――駄目だ、払うにしても叩きつけるにしても奴は間合いの外。
今は一時だがオレは止まってしまっている。
それは、後ろの二人を引っ張った時にできてしまった隙。
踏み込んで振り下ろす瞬間にやられるイメージが頭に浮かぶ。

ならば動作の速い突き――これも駄目。
オレ程度の突きなら、奴は簡単に避ける。
さっきの手合わせでこれは悟っている。

何度見ても、嫌な無表情と冷たい眼をしてやがる。
修学旅行は幸がないと感じてたが、コイツに目を付けられた時点で不運だった。
――これから何をしようとヤラレルイメージしか浮かばない。

 

 

 

「……くっ……ッ……」

呻き声が上がる。
それと共に白髪の少年と代わって目の前の紅い色にオレの意識が移った。

 

 

 

 

 

 

「下がれ、刹那っ!」

声を張り上げたのはオレ。
このかを片腕で抱えて刹那と後ろに一気に退く。

ヤラレナカッタ。
それもさっきまでフェイトが居た場所にある紅。
血のような紅色の魔槍【ゲイ・ボルク】のお陰だ。
アレがまさに間一髪のとこでフェイトを止めてオレを救った。

「助かった……」

このかを降ろし、後ろに下がらせてカラドボルグを取り出して構える。
ホッと一言放ったけど、まだ油断は出来ない。
フェイトは避けて浮遊術で空中に留まり、ゲイ・ボルクに目を凝らし、此処に居るからだ。
このままどっかに消えてくれればよかったんだけどな。

「助けてくれたのは士郎か、チャチャゼロか?」

ゲイ・ボルクを使うのは、この世界に来たばかりの時、
士郎が投影したものを愛用しているチャチャゼロと創りだせる本人の士郎だ。

実に可笑しな話だが、オレ以外にフェイトの動きに気づいてるとは思わなかった。
そのために援護の望みはないと判断しての先程までの行動。
しかし、その直感じみた考えは間違ってたようだ。
何より命を助けられた事に感謝せねばならない。

「オレジャネェゾ」

「それなら士郎か。また助けられちまったな。感謝する」

この短い間に二度もフェイトから助けられた。
デカイ借りが出来てしまった。
これはどう返せばいいか考え物だ。
そういえば、この世界に来た時も命を助けられてたか。
借りっぱなしな自分がなんだか情けない……

「いいや……」

「何だアレは……?」

「ああ、得体の知れねぇ根暗野郎だ」

士郎の間に入ってきた後ろに居るエヴァに応える。
エヴァにしてはフェイトは初見だったな。
だけど俺が教えられるのは限られてる。
さすがにフェイトと言う名は教えられないし。

「違う、仁……」

「ああ?」

思わず乱雑に言葉を返してしまった。
敵がいるのも関わらず士郎の様子が変なせいだ。
それにしても、ここまで様子が変な士郎も珍しい。

……何処を見ている?
気がかりのため一瞬だけ士郎を横目で確認した。
士郎が見てるのはフェイトではないのか?
周りがオカシイ? エヴァは普通だったか……?
フェイト……奴は今何処を見ている?
…………士郎と同じ……?

「仁……あの槍は本物だ」

 

 

――――まずは挨拶か。『コンバンハ』坊主共に嬢ちゃん達。

 

そうか。オカシイのは周りじゃなくてオレだったか。
できれば前にある現実は認めたくないと願ってたようだ。
しかし、自分の眼には士郎が此処で見学してたと指したのと同じ建物の天辺、
そこに愉快気に笑う青き槍兵の姿を正確に捉え、耳には冗談めいたセリフが聞こえていた。

 

 

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