Prologue -Real-

 

 

「講義がない……だと……」

 大学の電子機器で表示される休講掲示板。
 月曜から木曜はハードスケジュールなのだが金曜日は比較的軽めに設定してある。そんな本日金曜日。いつもなら3講目5講目に入ってるのだが、そのどちらも休講掲示板に輝かしく文字が急用のため休講と載ってあった。
 家から大学までの距離は徒歩20分、自転車8分。本日は雨天のために徒歩というわざわざ時間のかかる選択肢を取ったのだ。これでこの始末である。

 ピピピ、と片ポケットの電子音が鳴る。この中に入ってるのは携帯電話。すぐにその音が鳴り止んだ所から察するにメールである。
 ポケットに手を突っ込んで、電話でメールボックスを確認する。

 宛先を見れば友人からのメールだ。古くからの付き合い、それも文字に表わせば小・中・高・大とゴールインしそうな勢いのものである。加えてコイツの家族とも友人のように仲が良いときた。更に大学行ってからは、もっぱらコイツとの付き合い。これだけ聞けばお前ら付き合ってんの? って思われるかも知れないが残念なコトに同性の男だ。オレにもアッチにもそんな気もないので、腐れ縁の友人ってトコである。
 この男のメールはタイトルが絶対に無白なのが特長。オレも返す時はRE:だけであるが。

『余裕で寝坊したから今日休むわ。3講目と5講目俺の分も代行頼む。2講目はもう遅いからいいけど4講目暇ならついでに――」

 削除。さて帰るか。甘えは許さぬ。
 ビニール傘を手にキャンパスを後にした。

 雨が降る中、傘をさして一人で黙々と歩む。
 頭の中では、もうすぐ試験があるなと浮かべ、将来大丈夫かねと気にしながら濡れたアスファルトを蹴る。

 そういえば金曜日である今日、友人が大学に来ないとなると、毎週のようにオレの借りアパートに泊って、土曜に帰って行くという行事が無くなってしまう。
 この友人、実家から電車通いが可能な距離かつ一人暮らしをするよりも安いという理由で今も何時間も掛けて毎日大学へ通っている男である。
 友人の父親が二人で同じ場所に住めば安いという案を出したが、オレと友人が互いに却下した。とにかく金曜以外は、ちゃんと実家に帰る親思いの良い子ちゃんだ。でも寝坊したから悪い子か?

 そんな理由もあって金曜土曜はバイトを絶対に入れてないので、友人が来ないとなると暇な時間となる。

「……本屋行くか」

 歩む足の行き先をバス停へと変更する。
 一人で過ごすのならばゲーム・漫画・お菓子は鉄板だ。他にはたまぁにレンタルDVDという選択肢が入ってくる。ハリウッド映画大好きだぜ。特に派手な奴がね。その時はお菓子はポップコーンは当然の選択肢。でも今日の行き先は本屋です。

 

 

 

 

 バスから降りて自分がコッチに住んでから行きつくようになった本屋へと向かう。
 バスの中では「ヒャッハー、今日、休講だったぜ!」とテンション上がって、そいつの友人らしき奴と話してるのが居たけど無視した。多分オレと同じ講義を取ってたのだろう。話せば仲良くなれそうな気もしなくもないが世が末ると恐いので止めといた。

 雨はまだどしゃ降り。やな天気だ。
 本屋へ向かう足を速める。さっさとオレが買い続けてる漫画の新刊でも手に入れてゆっくり家で休日を過ごしたかった。

 数分歩けば、目当ての本屋へ。店の中に入り傘置きに傘を放り込んで、自分が利用するコーナーへと足を進める。

 新刊、新刊っと。

 まずは漫画の新刊のコーナーである。
 人さし指で一つ一つなぞりながら、本を探していく。これはオレの一種の癖だろうか。いや、やる人も多いよな。

 ん、あったあった。目標のブツをゲットでございます、隊長。心の中で今はなき友人へ敬礼して一冊の新刊を取り上げる。

 本のタイトルは<魔法先生ネギま!>講談社出版の単行本。

 主人公はある少年が女子中の担任になって、面白可笑しく、時には真面目に、ハプニングを日々起こしてる漫画である。
 絵も綺麗で背景もしっかりとしており、何よりこの漫画のポイントは女子生徒のキャラクターだろう。非常に可愛く描かれており、この作者の先生の漫画は他の漫画と比べて秀でている。
 主人公は少年なんだが、これは賛否が分かれ易い。この漫画を買う人の多くは男性だろう、それぐらい作品の中で魅力があるのだ。更に言えば傾向としては萌えの方面である。そんな作品の中で男のキャラクターは、この傾向を取る作品の読者層にはキツイ部分がある。

 男キャラクターが否とされぬようにするには大きく二つに別れよう。
 一つは空気な存在。出しゃばれなければ嫌われる要素なし。だがコレは虚しいだけである。
 もう一つは共感できる存在。この作品で言えば女子生徒以上か同等に魅力的でなくてはコレを得られないだろう。
 つまり主人公で否とされぬためには必然的に二番目を得なければならない訳だ。稀に一つ目も在り得るだろうが今は置いておく。

 さて、後は新刊コーナーに欲しい本もないし、買うのは一冊で後はゲームに時間を……ってのも寂しいな。折角雨降りしきる中きたんだし、他にも何か買ってこうか。
 財布の中の金には余裕がある。後4、5冊ぐらいなら今月も持つだろう。

 新刊コーナーから出版社別に並ぶ漫画コーナーへと移る。ジャンルとしては雑食なので、気になる本はタイトル、ネットの評価や雑誌の立ち読みで目に付き頭に入ったヤツに加えて、あの友人の勧めの本を買うのが常だ。
 そんなんで、いつもは作者名や出版社名を絞って探す訳だが、今日はじっくりと端から眺めて選ぶコトにした。

 知らない長期作品は一から買うには勇気も必要なので、前情報なしの今はスルー。別に長期が嫌いって訳でもない。この手にある新刊も現に長期作品だしな。それに歳を取らないと噂されてる作者の超長期作品も買ってる。

「お……」

 棚の本の参列の中で一つの群れが目に留まる。
 タイトルは<Fate/stay night>、やったコトのあるゲームと同じタイトルだ。

 一巻を手に取って表紙を確認する。見覚えのある金髪の少女が薄らと映る剣を横に構えてる絵だった。
 違和感があるのは違う作家だからか。確か菌糸類……はライターだったな。だが、この漫画を描いてる作者がゲームの絵を描いてる先生と異なるのは確かだ。
 しかし、どうしようか。中々の長期作品だ。知ってる作品と言えども、ゲームと漫画ではタイトルが同じであっても別作品である。

 しかもこの作品、唯一例の友人に進められたゲームのものだった。アイツは漫画の方を薦めてた記憶はない。
 まぁコレも何かの縁、買うべきだな。
 全巻は取らないで、1巻から順に7巻まで計7冊を抱える。置いてある全巻買う余裕もあるが、今月厳しくなる上に雨も降ってるのでパス。
 後はレジで会計して、ちゃっちゃと家に帰りましょう。

 

 

 

 

「あー……」

 ベッドに横たわりながら脇に置いてある時計で現在の時間を確認する。
 本屋寄ってなんだかんだで帰宅したのは午後の3時頃だったかな。で、今の時計の針は8時半を示してる。それまではずっと漫画を読み始めてたから、5時間強も漫画を読み深けてたってこった。
 買ってきた漫画、家にある漫画。読み始めてたら時間も忘れてずるずると。いつもの晩飯タイムも過ぎちまってる。

「オゥケイ、今日はカップ麺じゃ」

 しかも大盛りカップ麺、値段は108円。オレはいつまで経っても料理はできんぜ。
 本来この曜日は友人の料理が出てくるハズなんだが、無い物ねだりはどうしようもねぇ。

 ヤカンに水入れて、火をつけて調理開始。後はかやくと粉末入れて水が沸騰するのを待つだけの簡単なお仕事です。静かな部屋に聴こえてくるバーナーの音が寂しいぜ。

 折角だしPS2でもつけるか。折角漫画買ったんだし、原作と言うべき方で復習するのもいいかもしれない。

 <Fate/stay night [Réalta Nua]>というパッケを棚から取り出して、中のディスクをハードへと入れる。
 買った漫画のタイトルは<Fate/stay night>、じゃあ後ろの[Réalta Nua]ってのは何なのか。実の所、コレはコンシューマーソフトである。元はPCのゲームで家庭用に移ってきたのだ。オレは理由は分からないが、家庭用に移るに至って後ろの<レアルタ・ヌア>という名前が付け加えられた。
 このゲーム、広義のジャンルとしてはノベルである。ノベルで元はPCというコト、つまりはアレである。大人のゲームがほとんどだ。良い子は18過ぎてから買うんだってコトだ。コレもその例に漏れず元はそういう作品である。
 家庭用に移るためには、その表現はアウトなので別の表現へ差し替えられてるのは致し方なし。

 だがこのゲームのメインは、PC版であっても大人向けのシーンではなく、設定と物語の濃さがメインの作品である。ボリュームもノベルだけのゲームでは、他のゲームの比べ物にならぬ程の多さときてるもんだ。
 人気もPC版では発売年の同ジャンル内だと圧倒的差で一位。家庭用となったコレも移植に関わらずPC版と同じくらい売れてると聞くのが恐ろしい所。

 PCには本当の原作も入っていて、その続編も入ってるが今はこの家庭版を取るコトにした。こっちではPC版と違ってフルボイス仕様なので、オレとしてはコチラの方が好きなのだ。ただ操作性はマウスの方が使いなれてるので負ける。

――ピィィィーーーッ!

「やべっ……」

 コンロへと手を伸ばして時計周りに捻る。ヤカンに怒られちまったぜ。
 事前に調理した容器にお湯を注いで三分待つだけで、最高の料理が完成する。

「食の恵みに感謝を」

 訳分からんコトいって湯を注ぐ。なんとなくそんな気分になったからだ。
 カップ麺は安い早い簡単に三拍子だからな。感謝感謝。

 湯が注がれたカップ麺を持ってテレビの前に鎮座する。
 小腹が空けば菓子も買って来てるコトだし、準備は万端である。
 では始めよう、徹夜という名の戦争を。

 

 

 

 

「…………んあっ……」

 寝てた? 調子付いて徹夜すると思っておきながら就寝ですか、いい御身分ですね。

 草むらに手をついて起床する。
 新鮮な空気だ。いつの間にか寝て起きるってコトは疲れが溜まって訳だろう。しかし、ケータイのアラームも目覚まし時計も掛けずに起きるなんて何年振りか。
 それにしても夏場なのにやけに涼しいし、二度寝には持って来いだ。でも今度は寝過ぎないように目覚ましを掛けないとな。
 手をふらふらと振りまわして1000円で買った時計を探す。手に当たる感触は緑っぽい新鮮で伸び伸び生えてる草だけ。

「うむうむ、気付いてるさ。もう新鮮な空気って思ったトコでな」

 起き上がったのは風呂トイレ付き1LDK、親しみ始めてきた六畳間の空間じゃなかった。見渡せども高い木ばかりの草木が茂る森ん中ってトコだ。

 これが俗に言う超展開ってやつか……?

 

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2010/7/10 改訂

更に改訂。長さは以前とそんなに変わってませんが

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