17 小動物、罪の果てに
「仁、そろそろ起きないと飯が食えなくなるぞ」
「あー……眠……だり……」
エヴァが関わった事件。その中で神楽坂に俺達の正体を僅かにでも明かして、夜が明けた早朝。仁がいつまで経っても起きようとしないので、無理に起こそうとしている。
「何時に寝たんだよ」
「……隣がバタついた後だから……4時前くらいじゃねぇか……? 中途半端に寝ると駄目だ」
つまり神楽坂がバイトの新聞配達に行った時間だから、そのぐらいの時間だろうというコトだ。
エヴァの件の後は帰宅して22時。俺はすぐに寝支度をして寝に入ったが、仁の方は帰宅してノートをチャチャゼロと一緒に眺め始め出していた。きっと、それから早朝まで眺め続けてたのだろう。
今聞いた話で計算すると仁の就寝時間は約2時間半って所。遅刻ギリギリでいいならもっと寝かせてもいいのだが、今でもいつもより30分は遅いので、ひとまず俺から起きるかどうか尋ねた。「変わったコトは……?」
「仁がいつもより遅く起きた以外はないな」
「あ、そう」
仁は大きく欠伸をし、チャチャゼロを頭に乗せ、ベッドから降りて洗面所へと向かっていった。
「ん……?」
空いたベッドから重めの風切り音が聞こえてくる。
「ノートパソコンか」
空いたベッドを覗きこめば、枕下に開けたノートパソコンがあった。
画面が付きっぱなしで、仁が閲覧してたモノが液晶に表示されている。「……仁はこういう趣味なんだな」
液晶には派手な格好をした女の子が大きく映しだされていた。
エヴァもこんな服をよく着用している覚えがある。服の名称は……ゴスロリってやつだったかな。「消しといてやるか」
電気代はタダではない。電源をつけていればそれだけ消費してしまうのだ。これから学校に行くのだから、つけ続けておく意味もないだろう。
ベッドに上がり、マウスを動かして『ちうのホームページ』と表示されている右上のバツ印まで矢印を持ってくる。
ちう……? 何処かで聞いたような……それに、この顔に覚えがある気が……「人のベッドで何やってんだよ」
「あ、ああ。仁のパソコンが付いたままだから消そうと思ってさ」
タオルを片手に持った仁がベッドのすぐ側まで来ていた。
「それ千雨だ、チサメ。長谷川って言った方が士郎には分かりやすいか。ほら、千をチ、雨をウって読めば『ちう』ってなるだろ。普段でも使いやすいあだ名だ」
「これ長谷川か……」
学校で見る彼女とは、かけ離れた姿。いつも無表情で無関心な彼女だが、液晶上に移ってる彼女は明るく楽しそうにしている。
「そういえば、仁は学校で長谷川のコトをこんな名で呼んでたな」
「夕映みたく話しかけても返事してくれんがな。でもサイト上の書き込みにはちゃんと返事してくれてんだぜ」
仁は二段ベッド用の階段を使い上半身だけベッドに乗り上げて、マウスを馴れた手つきで動かしていく。
「……これ、仁が書いたのか?」
「そう、オレが打ちこんだ奴」
仁の手が止まると液晶には文章が映っていた。
『最近のちうちうは一段とカワイイけど、もっともっと派手で露出高いのも見てみたいなー』
『栗式さんにみんな釣られちゃってー。それなら、ちうもすこし……でも最近ガッコで嫌なコトばっかりで……』
『なんだよそれ! 前にちうちうが言ってた男二人とガキが一匹って奴!? そんなんオレが懲らしめてやんよ!』
『ありがとー、みんな! みんながちうを励ましてくれるレス。沢山のレスはちうを勇気づけてくれるよ!』
「……仁の名前って、栗式……か?」
「そう。ま、ハンドルネームは気にすんな。これは3日前の書き込みだな」
仁と長谷川以外にも多くの人の書き込みがあるのだが、仁が俺に読ませたい部分を分かりやすいように反転させて見せてくれた。
「長谷川、別人だな……」
「ケケケ、学校デハ普通振ッテルガ、根ハ仁ト同ジ変人ダ」
「オレとしては互いに普通と思いたい。変人扱いは困るぜ」
仁の書き込みは普段の仁と大差はない。知っているのに赤の他人と成り済ましてふざけた感じが、どことなく仁を表している。
そして、液晶上に映っているもう一方の文章が素の長谷川なんだろうか。こんな性格なら仁とも仲良く出来そうものなのだが。「息抜きしようとしたら、そのまま寝ちまったんだな。っと、朝飯済ませて学校に行こうぜ。今日も忙しくなりそうだからよ」
そう言って仁は液晶上の矢印を動かして手際よく画面を消していき、ノートパソコンを閉じた後は、飯、飯、と言いながら台所へと向かって行った。
◇
「おはよーさんっと」
仁が教室の後ろの扉をガラガラと開けて入って行き、俺はそれに続く。
「やっぱ、エヴァは教室にいねぇか」
「サボリダロ、サボリ」
入って一番近くの空白の席。この時間ならば、いつもうつ伏せで居るハズのエヴァの姿はなかった。
「マスターなら屋上です。お呼びしますか?」
「いや、いいよ絡繰。これといってオレからは用はねぇさ。むしろ一人にさせるべきだ」
仁の声を拾ったのか、絡繰が自身の主の居場所を言う。
「……不穏な足音がします。衛宮さん、すぐそこを離れるべきかと」
「ん……?」
絡繰が仁からドアの側に立っていた俺へと視線を移して注意した。
俺はその言葉の通り、すぐに一歩ずらしてドアの方を眺める。「こぉんの! ちょっと来なさいよ仁!」
「うぉおうい、引っ張んなバカレッド!」
開いていたドアから響いてきた足音。そこから教室へと入ってきたのは、顔を強張らせていた神楽坂だった。教室に入ると一目散に仁の席へ行き、チャチャゼロを机の上に置いていた仁の襟を引っ張って教室から二人は出て行った。
ガヤガヤと今起こったコトがクラスの至る所から聞こえてくる。「またあの二人か」「いつものコトだね」「バカ二人」と聞けば聞く程、段々と酷くなっていき悲しくなってくる。「おはよー、士郎くん」
「おはよう、近衛。神楽坂どうしたんだ?」
「うーん、昨日の夜に帰って来てから機嫌悪かったんや」
わからんなー、と近衛は心底あの様子の神楽坂を不思議に思ってるようだ。
連れだした理由は昨日の屋上であったエヴァのコトと魔法関連についてという所だろうか。それでも少し乱暴すぎるような気がするが、相手が仁だからか……
ひとまず自分は席について、アイツの無事に帰る姿を待つコトにした。
◇
――キーンコーンカーンコーン――
始業のベルが鳴る。
隣の席は朝のHRから空いたままだ。連れだした神楽坂は納得はできてなかいようだがHR前から自分の席へついている。対して相手をしていたハズのあの男は帰って来ずにいた。それに興味を示してる人物が居ないのが、少々可哀想にも思える。前の席の長谷川ぐらいは――視線に気付いたのか睨まれた。そういえば、朝みたモノとのギャップが凄いな……。ベルが鳴り終わるタイミングで扉が開いた。
「遅刻だ、許せッ!」
前から先生、後ろから大声を出しながら生徒が同じタイミングで入室した。
「何やってたんだ?」
「寄り道。一時間目はネギだし」
「……その理由だとネギがかわいそうだろ」
ただでさえ今日のネギは元気がない。今、教壇に立つネギの姿は朝のHRより更に悪くも見える。そんなネギに、この言葉を聞かれるとさらに落ち込んでしまうだろうに。
「あ? 万が一の仕込みだ、気にすんな」
仁が席につくとすぐにノートを定規を使って丁寧に破り、何枚かに分けてペンを走らせていた。
「せめて教科書ぐらいは開いといてやれ」
仁は無言で反応して、片手にペンを、もう一方の手で鞄の中から教科書を取り出す。
「学校終わったらやるコトありそうだから予定作んなよ」
「……ああ。でも、俺の予定っていっても買い物か学園長ぐらいだけどな」
「ショウモネェ」
「それなら安心だ」
仁は一枚の紙切れを3つ、4つと折りながら話す。
中身は見てないが、簡素な手紙なのかな。こんな紙でやり取りする姿を2年の時も何度か見たコトがある。それが仁の言う予定に関わってくるのか、そんなコトを考えながら英語の教科書を眺めてた。
◇
「それで何故に俺達は大浴場の側で張ってるんだ」
「朝学校で言ってた仕込みが効くかなってな。別にやましいコト考えとりゃせんから安心しろ」
学校が終わってすぐに仁から寮へと帰宅するように命令されて帰宅。
仁は俺が帰って十数分後に帰ってきたが、その後は今のように寮の大浴場の側、他者の目を寄せ付けずらい場所に待機していた。「そうは言われてもな……」
浴場にクラスメイトが何人も入っていく姿が先程から何度も見ていた。楽しそうに、呆れて、仲が良さそうに、そんな姿が中へと消えて行く姿を仁は名を呟きながら俺は黙って観察していた。
「間違いなく浴場に来るさ」
「オコジョ妖精カ、食ッテモ美味クネェダロウナ」
「食いたくはねぇな」
「妖精……? 絵本とかによくある小さな精霊の類か?」
「そんな感じだ。でもお前の世界なら居そうなもんなのに、その言い様じゃ見たコトねぇのか」
「ああ」
俺の返事を聞くと仁は、いつものノートにさらさらとペンを走らせる。そこには文字ではなく絵を、俺に見せるように描いていた。
「オ前、絵描ケルンダナ」
「人物画以外ならある程度の画力はあると思ってるぜ」
2分程で出来あがったペンの黒とノートの白で表現された一枚の絵。確かに、この絵は上手い。だが何故に白いオコジョが煙草を吸っている絵なんだ。
「よし、準備だ」
仁はそう言うと、パタンとノートを閉じて浴場の方へと目を向ける。そこには長瀬と大河内がネギを連れて浴場へと入っていく姿があった。
「あれは拉致じゃないか……」
「ふ、穏やかじゃねぇな。拉致だ」
「結局変わってないぞ」
ネギの頭には布のような物が被さってあり、運び方もいささか無理矢理だった。
それに先に大浴場に入っているクラスメイト。このクラスメイトのコトだから暴行とか悪い方、ではなく良い方に何かしようとしてるのだろうが……基本的に強引すぎるのが多い。「弓と矢を投影しといてもいいぜ。レッツハントだ」
「……さっきの絵のオコジョを狩れってコトか?」
「狩りって言っても当てちゃ駄目だ。ギリギリで止めて、ちびらせる程度で頼む。外見はあんなんだが、中身は人間みたいなもんだからな」
「難しい注文だ」
「テメェノ矢ダトオコジョ如キジャ気付ク前ニ死ヌダロウナ」
仁の言う通りにするなら、曲芸染みたコトをしなければならない。狙う相手の力量にもよるが、チャチャゼロがこう言うなら派手さが必要になるのだろう。
「お、やってくれんのか」
「都合がいいんだろう?」
「捕まえやすくなるしな」
「……楽しんでるだけじゃないよな?」
「多少はそうだが、ちゃんと考えてるぜ」
俺の投影した弓矢を見て揚々とする仁。
「後は合図待ち。ゆったり待機だぜ」
仁はまたノートを開き、今度は俺に見せないように書き込み始めた。
◇
「仁、コレは……」
「合図だな」
弓矢を投影して数分、大浴場から女子の悲鳴が聞こえてきていた。合図と言うには乱暴なモノ。
「手遅れになる前に頼むぜ」
「手遅れって、一大事になるんだったんなら、もっと別に方法があっただろ」
急かす仁に悪態づいて浴場の更衣室に入り、そのまま浴場の扉へと一直線に向かう。
矢は放てる。後は狙いだけ。
一瞬で心を静まらせ、扉を開ける。「――――はっ……?」
扉を開けると人が見えた。
――クラスメイトが入ってたのは見てた訳だ。でも、その姿は一矢纏わぬ……
――此処は浴場だろ。そして散乱している水着。
――ネギも居たわけだし水着でも着ないと。最後に、人の目が俺へと一斉に集まっている。
――女子が入ってる時に俺が入ったんだし。「ほら、狙いをつけんと逃げられるぞ」
「くそっ、嵌めたな仁!」
後方から声が聞こえる。それも壁に隠れてるのか跳ね返った仁の声。
此処まできたならもう手遅れ。やらないと、全てが無駄になってただの変態だ。小さな動く影はすぐに見つかった。縦横無尽に女子の周りを飛び回る影。
――放つ矢に言葉を一つ乗せる。
動く影が女子の周りを離れた一瞬だった。
矢は風を巻き、風呂場特有の蒸気を消し、射線上にのみ轟音を奏でる。小さな影で中る寸前で矢は消える。ピタリと止まる小さな影。
「ホラ、トッテコイヨ変態」
「くそっ!」
後ろでは二つの笑い声が聞こえるが、その通りにするしかなかった。
全力で、止まった小さな影の下に駆けてソレを掴み上げ、全力で扉へと戻って扉を閉める。「パーフェクトだ、衛宮士郎」
「もうやらんぞ!」
「ああ、悪かったよ。でもありがたいとは思ってるぜ」
「もっと別な方法があっただろ!」
「残念ながら、これが最善と判断したんだ」
「役得ダロ士郎、ケケケ」
役得どころか、今の十数秒の間に確実に色んな物を損失した。その原因の掴んでた毛むくじゃらの白い物体を仁に向かって投げつける。これが妖精? 思い描いてたモノと全く違うモノだと、オコジョを睨みつけた。
◆
「……はっ、こ、ここは俺っちは」
「おはよう、アルベール・カモミール君」
「あ、あんたは一体!? この縄は!? 俺っちはどうなったんでさぁ!?」
テーブルの上でキョロキョロと首を動かし、周囲、そして自分の体に巻かれた縄を見て喋るオコジョ。コイツの周りは言わずもがな、オレ達の寮室である。
「私は、この法廷の裁判長。君の行為は死罪そのものだ。検事衛宮士郎君もそのように言っている」
「う、う、あ……」
ガクガクと震えるテーブルの上の白い物体。その眼はオレの後ろに立つ士郎を見て固定されていた。
おっかないんだろう、ああ、オレも見たくねぇもん。「べ、弁護士! 法廷なら弁護士が居るんだろ裁判長!」
「当然そうだ、被告人」
死期を悟ったのか、慌ただしい声で助かろうとするカモ野郎。
「そしてその弁護士はチャチャゼロ君だ」
オレの横に座らせていたチャチャゼロをテーブルの上、カモの横に座らせる。
「ケケケ、裁判長ノ言ウ事ニ何モ異議ナシ死罪ダゼ」
「そ、そ、そんな。これが弁護士かい旦那!?」
本当に弁護士かと言いたくなるが、チャチャゼロである。仕方なし。
「オレが裁判長、後ろの男が検事、そしてこのチャチャゼロが弁護士。最低限必要なのがこの三人な上に、オレ達しかいないから弁護士は変わらん。それに誰が弁護士やっても結果は変わらんだろう」
「そ、そ、そ、そん、な」
カモの震えが更に増す。その眼はやはりオレの後ろに向けられていた。
「さて、君が眼を開ける前。そう、君が眠るコトになったコトを思い出してくれ」
「あ……あ、あ、き、気づけばすごい音がした矢が、俺っちを、ね、狙ったんだ」
「ほう、そうか。とにかく落ち着きたまえ。このままでは君が余りにもかわいそう、慈悲を与えねば。そこで後ろの検事にもう一度判決を決めてもらい、それを採用したいと思う」
「そ、そうかい裁判長。た、頼む赤髪の旦那、どうか慈悲を……!」
震えながらも後ろの士郎に懇願するカモ。
「あ、言い忘れてたが、どこかの誰かが女子の水着を脱がして、その瞬間を見てしまったせいで変態扱いされそうな奴が居る。そんで、そいつが女子の水着を脱がしてた阿呆に矢を放ったんだが……」
「え、え、ま、まさか……」
「そう、後ろの検事衛宮士郎君だ」
「そんな、あんまりだ裁判長! じ、慈悲なんて最初から――」
「もちろんない」
「コイツニアルワケネェダロ」カモの震えでテーブルも揺れる。オレとチャチャゼロの笑いで、カモから溢れ出る恐怖が増す。
「さて、では」
テーブルの下に仕込んでいたもう一つをテーブル上に乗せる。
「け、け、剣!?」
「今日の食材に困ってたんで丁度いい。血抜きとかめんどそうだけどなー」
「お、俺っちを食べても、う、うまくないぜ、だ、旦那!」
カラドボルグを見て、カモの震えも最高潮に達する。
もうこれ以上は恐怖で失神しちまいそうだ。「とまあ冗談はココで止めて本題に入ろうか」
「……へ、じょ、冗談?」
カモの震えがピタリと止まる。
「続くようなら本当に刑を下さざるを得んがな」
「わ、わかってるよ旦那! もう悪事はしねぇ、この通りだ!」
カモはペコペコと首を動かして渾身の謝罪を体で表現する。
「じゃあ、隣行くか」
「……神楽坂の所か」
「ああ。カモ、お前はネギに会いに来たんだろ?」
「……! そ、そうなんだよ旦那!」
「じゃ、オレ、チャチャゼロ、そんでコイツは行くが士郎は?」
カモの縄は解かずに縄の部分を持って宙吊りの状態。
「行くさ、近衛に謝らないと……」
溜め息吐く士郎に、「すまねぇ、すまねぇ旦那」と士郎に言い続けるカモ。
今のコイツは反省してる。まぁ、今だけの反省かも知れんけど。オレ達の寮室を出て隣の寮室の前へ。ブザーを二度押して人が出て来るのを待つ。
「……何の用よ」
扉を開けたのは、オレの顔を見て嫌そうな顔をするアスナ。
朝、コイツに説明するのに骨が折れた。そんで機嫌が悪ぃのは、何言っても納得しようとしねぇために、適当にあしらったオレのせいなんだけどさ。「ネギに客人だ」
「へ……?」
「こ、ここにネギの兄貴が居るのかい旦那!?」
「げ、オコジョが喋った……」
小動物が人の言葉を話すのを聞いて、すぐに嫌そうな顔をするアスナ。オレの手からぶら下がってるコレが魔法関連のモノであると気付いたようだ。
「カモ、コイツ、アスナっていうんだが、アスナとネギとオレ達以外が居る時は喋んなよ」
「もちろんさ、旦那!」
カモが知りもしない相手に行き成り話掛けたので念の為注意。今、テンパってるだけで口が滑ったのかもしれんが、そこら中に喋られたらたまったもんじゃない。後の処理が面倒になるし。
「という訳で失礼」
「シツレイダ、バカレッド」
「ちょ、ちょっと……!」
アスナを押しのけて中へと入ってく。
入る際に視界の脇に見えたアスナ宅の郵便箱から、中身を手で探り、さっと自分のポケットに入れた。「あ、仁さん士郎さん……とカモ、君……?」
「! ネギの兄貴会いたかったよ、ネギの兄貴ーっ!」
リビングで座っていたネギを見てカモが暴れ動く。それでも縄の縛りが頑丈なのでオレの手を離れるコトはなく垂れ下がるカモが左右に揺れるだけ。
持ってるのも段々とうっとうしくなってきたので、ネギへと放り投げてやった。「カモ君、何で縛られてるの……?」
「そ、それは兄貴……」
さっきのオレ達の寮室のようにカモがテーブルに、オレが居た場所にネギといった配置。
今度のカモは震えじゃなく、歯切れが悪そうに次の言葉が出ないでいた。「それより、カモ、テメェの用件を先に言ってみろ。士郎、ナイフくれるか?」
無言で士郎はポケットから刃渡り15センチ程のナイフをオレに手渡してくれた。そのポケットは空だったんだろうが、投影をネギや士郎に見せぬためだろう。
受け取ったナイフでカモに縛り上げてた縄を切って解放してやる。すると自由になって嬉しいのか、テーブルを二度三度回ってから、またネギの前でピタリと止まった。「俺っちが来た理由は、パートナー探しでさー。どうやらネギの兄貴はまだ一人も見つけてないようだし、それじゃあ立派な魔法使いになるにもカッコつかないでしょう!? その手伝いを……そう、兄貴の姉さんに頼まれて、ココに来たんでさー!」
「パートナーってエヴァちゃんと茶々丸さんがやってるっていう?」
「そうだ、パートナー居ると居ないとじゃ通常、魔法使い同士の戦闘で有利不利が大きく影響してくる」
「ホトンドガ恋人ノ口実ニナッチマッタ糞ミテェナ文化ニナッテルガナ」
オレもネギと同じようにテーブルに席つき、カモの頭を持ってネギからオレの方へと向かせる。
「さてさて、今のお前の言葉に嘘は?」
「な、ないでさー旦那! 俺っちはネギの兄貴のコトを想って――」
「ほぅ、ならこの手紙を読み上げても問題なかろう」
チャチャゼロをテーブルに乗せ、ポケットから、さっき郵便受けから拝借した手紙を取り出す。
宛先は‘Negi SpringField’、宛名は‘Nekane Springfield’、ネギの姉さんだ。
カモの前にひらひらと手紙を泳がせると、面白い程顔色が変わっていく。白から、もはや存在感が無くなった透明って感じに。「焼くとどんな味がすんだろうな」
「す、すまねぇ旦那! 正直なコトを言う、だから命だけは……!」
再三の懇願をカモはする。
「カモ君、一体何をしたの……?」
「そ、それが兄貴……」
説明に躊躇うカモ。コイツがやったのは悪事だ。それを信頼するネギに話すのは辛かろう。
「士郎、コイツのやった悪事のとこだけ訳して読み上げろ」
だがオレは甘くねぇ。
ハハハ、悪ぃ事はきっちりはっきり伝えんとな。それも協力し会う仲になるなら信頼が必要だ。だからこそ悪ぃ事もひっくるめて明かさねぇと。「……女性の下着、2000枚泥……棒……?」
「に……2000枚って、とんだエロオコジョじゃない」
士郎とアスナは呆れ果てた顔で、テーブルと同じ透明になりかけてる物体を見る。
「ち、ちがうんだ兄貴! い、いや、やったのはそうなんだが、それはもう深い訳があって……っ!」
カモはハッ、と意識を取り戻して、疑いの眼差しで自身を見てるネギへ強く言った。さらに続けて自身の過去を早口で説明しだす。
自身は貧乏という身であり、故郷のウェールズに病弱の妹を残し、その妹のために、せめて冬の間は暖かい寝床を用意しようとし、女性の下着が保湿が良いコトに気付いたので盗みを働いたと。それで罪を自身にかけられたのは納得いっていない。だが、罪に問われているのは防ぎようがなく、唯一頼りとなるネギの下に来たと。それも立派な魔法使い候補であるネギの使い魔ともなれば、追っ手も無理には手を出せないと踏んだ、とカモは言った。「そもそも、下着を盗んだのが悪いんでしょ」
「違うんだ、アスナの姐さん! 本当に妹が病弱で……っ!」
アスナが言うように、この白い毛むくじゃらが悪い。というより阿呆なだけである。
「コイツをどうするかはネギが決めろ。いらんのならオレの方で処理してやるさ」
「煮テモ美味クナサソウダガナ」
「あ、兄貴……っ」
オレの言葉に自分の死期を感じたのか、カモのネギを呼ぶ声はか細くなっていた。ネギが否と言えばゲームオーバー。カモが生きるには、ネギが「はい」と言うしか助かる道がないのだから。
「……僕は、こんな辛い過去を持ったカモ君を見捨てるコトは出来ません」
「なら、使い魔にするってコトでいいのか?」
「はい」
「あ、兄貴……ッ!」
さっきと同じ言葉だが今度は歓喜の声と一緒にネギにカモは飛びかかった。まぁ、コレも予想通りだ。ネギが、この阿呆を見捨てる訳がない。
「家族が一匹増えたって訳だ。良かったなアスナ」
「……家族……コレも一緒に? って納得でき――」
「んー? なんか知らん声聞こえたんやけど、誰かおるん?」
あ……木乃――
「ぐぉっ……」
「見んなアホッ!」
アスナに髪を掴まれてテーブルに頭を叩きつけられた。視界に映ってるのは透明のガラス越しに映る平面のカーペット。
すごく、痛い。髪の毛抜けてねぇか? まだ若いのに禿げたくないんだが。「すまん、近衛……」
「あー、士郎くんと仁くんやったんか。士郎くんが謝らなくてもウチが不注意だっただけやー」
耳に入る声だけしか状況を把握する術がない。
恐らく士郎が眼を逸らして、木乃香が一度出て来た所へ戻ったトコだろう。なんたって木乃香が風呂上がりのバスタオル一枚のカッコで出てきたんだから。「アスナ、髪をわしゃって掴まれたままだとオレの毛根が心配なんだぜ」
「そもそもアンタが無理矢理入ってこなきゃ、こうならなかったのよ!」
「そうですか、そうですね」
「十円禿ゲニナルカモナ」
士郎とオレの扱いの差に泣けるぜ。
日頃の行いだって悪ぃコトなんてしてねぇのに、差別はいかんぜよ。テーブルを見つめ続けるコト1分程。やっとアスナの馬鹿力からオレの頭が解放される。
「こない時間に遊びにくるなんて珍しいなー」
私服姿となった木乃香が居間へとやってくる。急いでたのか、髪の毛がまだ乾ききっていない。それと、いつもの手を加えずに下ろしてる髪型ではなく、長い髪を二つで結んでいた。
木乃香の髪は長いから、結ばんと湯に浸かって邪魔なんだろうし手入れも大変そうだ。オレはそういう手を加える必要がないし、経験もねぇってか。「遊びに来たんじゃなくて士郎の覗きの件の弁明」
「…………」
「え? 衛宮さんが覗き……?」
そういえばアスナは大浴場には入っていっとらんかった。
他に居なかったのは、超、葉加瀬、五月、真名、エヴァ、茶々丸。前三人は忙しそうで、後ろ三人はメンドくて来ねぇタイプ。まあ、茶々丸は主人命令だろうけどさ。「コイツが生まれつき女子の下着を剥ぎ取る習性を持っててな。元々はネギのペットでネギがイギリスに置いてってたんだが、学園長がネギのために送ってくれたんだ。でも、ちょっとの手違いで逃がしちまったようでな。それでオレと士郎が頼まれて、探してたら士郎がああなっちまったって訳だ。いやー運がねぇなぁ士郎くん、それとも運が良かったのかね」
大袈裟に笑って木乃香に士郎に悪さがなかったと説明してやる。
「そうやったんかー。この子が下着をなー」
じーっとテーブルの上で黙って座るカモを木乃香は見る。
カモはオレの言いつけ通り、木乃香が来た瞬間から大人しくしてた。「それならすぐにでもみんなの誤解解かんとなー」
「すまない、近衛……」
「ううん、仁くんの話きぃたら、仕方ないってみんな言うと思うえ。そや、ネギ君、その子の許可とかもらってるんかー?」
どうやら士郎が悪くないと、木乃香はすぐに理解したようだ。こういうハプニングを余り気にしない娘であるってのもあるが、士郎とオレを信頼してるってのもありそうだ。人によっちゃ、さっきオレが長々と説明したコトは信じてもらえそうにない。
「いえ、許可を取れば寮で一緒に暮らしてもいいのでしょうか?」
「そやそや。ネギ君のペットやったんなら気にしなくてもええよ。アスナもええって言ってるんやろ?」
「え、う、うん……まあ」
木乃香が話を進め、ネギがカモを飼う流れになっている。この様子を見てるカモは喋らずに居ながらもどこか嬉しそうにしていた。
「じゃ、ウチがちょっと行ってくるなー。みんなとも士郎くんのコト話さなあかんし」
「それなら俺も行こう。俺からも皆に謝らないと」
「んもー、士郎くんは堅いなー」
「お前が行くんなら、コイツを持ってって説明しろ。その方が説得力も高ぇし、ちゃんと分かってもらえるだろ」
普通のペットのような態度で黙り続けていたカモを士郎へと投げつける。
ちょいと力込めたが、うめき声上げんかったな、偉いぞカモよ。「さぁて、今日のやるコトは終わった」
先に居間を出て行った二人と一匹を見てから、オレも立ちあがり、テーブルからチャチャゼロを掴んで頭に乗せる。
「パートナー欲しいんだったら、アスナがなってやればいいんじゃねぇか?」
「……それってエヴァちゃんと茶々丸さんがやってるやつだっけ」
「そうだ」
正確にはあの二人の契約はネギがやる契約とは異なるんだが、今のコイツらに説明する必要もねぇだろう。
「パートナーやるにも契約ってものがあってな。仮契約と本契約ってのがあるんだが、仮契約ってのは何人でもできる言わばお試し的なもんだ。それならアスナでも気軽にできるんじゃねぇか?」
「うーん、でも……」
ネギの顔を見て悩むアスナ。手伝いたいって気は、いくらかあるようだ。いっつもはネギのコト煙たがってる癖によ。
「ネギは仮契約の仕方わかんねぇんだよな?」
「そこまで勉強してませんでした……すいません」
「まあ、勉強してなく、分からなくても大したことねぇさ。オレから教えてやると、契約については準備としてカモが必要。あとカモの場合の儀式は‘キス’だから、ゆっくりやってくれ。じゃ、オレは帰る」
手を立てて、軽い別れの挨拶。
「へ……キス……? って、ちょっと待った仁ッ!」
「待たんッ! 待てば死ぬッ!」
「オオコワイコワイ」
言いきって居間を飛び出る。
アスナのオレを掴む手は空を切ったようだ。なんせ風を切る音が素手でも鳴っていたのだから後ろを見ずとも分かる。恐ろしい奴め。後ろから追って来る足音を聞きながら、この音の主の寮室を出て、自分の寮室まで入り、すぐに鍵を閉める。一歩遅れて扉から、ドン、と叩く音が鳴った。
「ギリギリセーフだ」
「バカレッドハ、ガキト接吻ノ一ツモ出来ネェノカ」
「あいつはあいつで恥ずかしいんだろ」
「ヤッパバカダナ」
笑い合いながら自分達の居間へと行く。
懐にいつものように忍ばせたノートを開き、明日のコトを考えつつ。
――3巻 18時間目――
2010/8/4 改訂
修正日
2010/8/16
2011/3/15