16 麻帆良の金髪吸血鬼
いよいよ今日から中三。この世界に来てからの約三カ月は長かった。こっちにきて色々なことが立て続けに起きて飽きない毎日だから余計にそう感じる。それより別荘で過ごすコトが多かったから、実質は三カ月どころじゃないってか。
そんなこんなで、三年になっての登校初日。オレと士郎は始業日早々と遅刻しないよう学校に走って登校中。走っていくのは学生寮からである。これを提案したのはオレで、同じ寮の女子生徒は路面電車を使ってオレ達と同じ目的地の学校へと通っている。十分な距離の通学路は、少しでも体力を付けるために有効利用。人の目を避けるようにしてるってのが、妙に楽しいから何ら苦痛でもない。あと爺さんのお金を少しでも使わないためで経済的に優しい。
昨日の木乃香の家で御馳走されたカレーは、当然おいしかったと述べておこう。あと士郎がやけに腹立たしいと感じたのもついでに述べておく。「「「3年! A組! ネギ先生~!!」」」
クラスのほとんどが揃えて声を上げる。
それはきんぱっさんだろ、何でパク―――これ以上は何か抑止力がかかって言えないぜ。些細なことだし、定番だからありっちゃありだけどさ。「改めまして、3-A担任となりました。これからもみなさんよろしくお願いしますね」
ネギの挨拶に、さっきと同じように皆が「はーい」と声を揃えた後に、いつも通りに騒ぎ始める。
ええ、この五月蝿さは何時になっても変わりません。「エヴァ、ネギを睨みつけて何考えてる?」
「……貴様には関係なかろう」
ハハー、声掛けたのに反応は冷たいねぇ、お隣さんは。だが、その考えはオレの思ってる通りになるだろう。オレの頭の上に居る人形は喋りはしないが、この事実を臭わせてたからな。
「士郎、ここら辺からバトル的なものが起こり始めるぜ」
「ん? それは俺達が毎日訓練してるってコト……じゃないよな?」
「わかっているのなら貴様は手はだすな」
釘をさされちまった。そりゃあ、ある程度はわきまえる。だが、何と言われようがオレは少なからず手を出すコトとなるだろう。結果として、相手にとっちゃオレは関与せんのと同様って感じで終わっちまいそうだけど。
「で、ではみなさん身体測定だそうなので、今すぐ着替えて下さい!」
「キャー、ネギ先生のヘンターイ!」
「何で仁がその台詞を吐く」
「フッ、甘いな士郎。甘ったるいぞ」
「……なんでさ」
ノリで言ってしまったので何が甘いのか自分で言っててもわからん。
とにかくこの教室を出ないと、ネギとは違ってコッチは本当に変態扱いされちまう。それだけはオレの心も勘弁だ。
オレと士郎は教室の後ろの扉からさっさと退出。そのすぐ後に前の扉からネギが出てきて、こちらへと歩み寄って来た。「ところで士郎、さっきのネギの発言は英国紳士的にどうなんだ」
「……駄目なんじゃないか?」
「あぅ、すいません」
「とまあ執事な一面もある士郎さんの駄目の一言だ。心に留めるがいい」
「誰が執事だよ」
主夫か執事の二択だろコイツは。自分の家では主夫、他人の家では執事って感じだし。
「紳士があーだこーだは置いとくとして、ネギ、オレ達は何処で計ればいいんだ? それとも計らんくてもいいのか?」
「あ、言うの忘れてました。二人は保健室だそうです」
「じゃぁ早速行くか士郎。ネギはココに残るんだろ?」
「はい、何かあった時のために教室の前で待って置きます」
「うむ、それでいい。さて、この体になってから身体のデータがわかってないし、早く測定したいぜ」
オレの言葉を聞いてネギがハテナマークを頭に浮かべてる。
今のは知ってる奴以外、意味不明な台詞だし普通の反応だ。
◇
「士郎は167cmの……体重は制服の上は脱いでるから、他のワイシャツもろもろの衣服を差し引けば……58kgってっとこか」
保健室の先生は他に出張してるようだったので勝手に機材を使って二人で計り始めた。身体測定だから、きっと忙しいんだろう。
「……あの時と同じくらいか」
「くらいじゃなくて、同じなんじゃねぇか?」
「身長と体重のコトなんてハッキリと覚えてない。仁だってそうじゃないか?」
「まぁそうだが」
第5回聖杯戦争時の士郎と同じデータ。士郎の身長と体重はいくつだったかな。冬木の女性のデータはノートに書いてんだが、士郎のは覚えてなかった。取り分けどうでもいいデータだから書く必要なかったんだが、男のなんちゃらってやつか。
「次は仁だな。ほら、チャチャゼロは俺が持っとく」
「あいよっと」
チャチャゼロを士郎に渡して身長の測定器へと乗る。
ん? 目の前のカーテンが閉まってるが誰か寝てるのか。女子校だから女子だろうが……突然出てこられて覗かれないコトを願おう。変態扱いされるの間違いないし。「仁は身長が170……いや169か、それと体重は57kgだな」
身長と体重をぱっぱと計って、言われた通りの数字を所定の紙へと記述する。
「士郎より身長は高いのに体重は少ないのは筋力の差かね」
「それもあるだろうけど、骨格や臓器の差、色々と関わってくるんじゃないか?」
「マ、体重ハドウデモイイガ、テメェラガチビナノニハ変ワリネェ。忍者ヤ巫女並ニ無ェトナ」
「そりゃぁ楓や真名とかに比べられても困る」
「長瀬や龍宮は中学生のスタイルじゃないしな……」
あの二人は驚きの外見。身長の差なら頭一つ分は、オレ達が小さいぐらいだ。年齢詐称でもしてんじゃねぇかって言いたくなる。人を見た目で判断するのは悪いのは分かってるが、普通とは良い方にかけ離れ過ぎて、だな。
おや、外からこっちに向かって走ってくる音? 廊下は走っちゃ駄目だろ、学校の常識的に考えて。「まき絵! 大丈夫――って仁!? あんた何やってんのよ!!」
「……っつ……出会ってすぐに鉄拳かい」
かろうじて保健室へと突撃してきたアスナの唸る拳を受け止める。
上着をきてる最中じゃなくてよかった。もしそうだったら間違いなく顔にクリーンヒットしてる。「仁と俺はここで身体測定やってただけで……もしかするとあそこに佐々木が寝てるのか?」
「えっ、あ、そ、そうなの? そ、そうよね、いくら仁でも変なコトしないだろうし……」
「ちゃんと良識はあるんで、そこんとこはよろしく神楽坂明日菜さん」
「むー、わかってるわよ」
ふくれっ面でキツイ目をより一層と深くして睨みつけられる。
そんな風にされるのも馴れてきたって思える自分が少し嫌になっちまう。「む……」
「はいはい、出て行きますよ。女の子の寝顔なんておいそれと見ていいもんじゃねぇしな」
中に入ってカーテンを開けようとする前に、もう一度睨みつけられたので言葉を返した。
「俺達は廊下で待ってればいいのか」
「そうだな。後続の邪魔にならんようにさっさと退出しようぜ」
開けたドアからいくつもの足音が聞こえてくる。その音を立ててるのは、まき絵を心配してやってきたクラスメイトだろう。
身体測定の紙を持って廊下へと出てみると、思った通り、クラスの奴らが保健室へと向かってきていた。オレはドアの側の壁に寄り掛かって向かってくる連中を見る。
しかし人数が多い。3-Aの三分の一、いや、二分の一は来てんじゃねぇか。保健室なんだから多すぎても迷惑だろうによ。「まき絵さんの様子は……?」
「オレ達は見てない。一応、男ってコトだしな。まあ、ネギ、お前は先生だから見てこい」
ネギはコクリと頷いて保健室へと入室。その後にクラスメイトが入って行く形。
クラスの何人かに意外と紳士だね、と言われたりしたが一応オレは良識ってのを持っていてだな……「あれ、エヴァと絡繰も来てたのか」
続々と保健室に入ってくクラスメイトの一番後ろに続いて来ていた二人に話しかけた。
「何だ、私達が来ては不満か?」
「不満って訳じゃねぇが、なあ士郎?」
「……珍しいというか予想外だな」
「貴様もそんなこと思ってるのか」
はあ、と溜め息をついてオレと同じようにエヴァは壁へと寄り掛かった。
「……恐らく坊やは貧血で倒れた馬鹿から、魔力の残り香を嗅ぎつけるだろう」
天井を見上げて、どこかだるそうな感じでエヴァは話す。
「というコトは佐々木が倒れてたってのはエヴァが血を吸ったからか?」
エヴァが吸ったのは、おそらくオレ達が昨日の夜、木乃香のトコで飯を頂戴してる時。つまりエヴァの別荘を借りた後の出来事である。エヴァがそんな素振りも見せてなかったのだから士郎が驚いて言ってるのだろう。確かにいつも通りだった訳だ。寂しいコトに鍛練中のオレに全く構う様子もなかったしな。
「坊やと仕合うには魔力が物足りないから少し頂いただけだ。貴様から吸えば一番手っとり早いんだが、生憎と口悪従者が衛宮士郎にボコられる姿を見るのが楽しいようなんで気軽に吸えなくてな」
「ソレデモ御主人ハ、仁ガ気絶スル度ニ飲ンデルダロ」
「は? おい、今のは聞き捨てならんのだが」
エヴァがオレから血を吸い上げてる? 気絶後はクラクラしてたのは気絶してたせいじゃなくて、血がないための貧血だったってことか? 生まれてコッチに来るまで気絶なんてしたコトなかったから、あの状態が当たり前だと思ってたんだが。
「士郎、事実か?」
「あー、なんだ……言い難いんだが……事実だ」
士郎は眼を逸らしてオレの質問に答える。その様子から、エヴァに口止めされてたに違いない。茶々丸も主人の勝手なら口出すのも辛いだろう。唯一主人を止めてくれてるチャチャゼロは、オレが血を吸われればその分だけ回復が遅くなるから、ボコられるのが見れなくなるってか。それでも気絶したら幾らかは血を抜かれてるんだろ。何だよコレ。
「……でも、気絶したオレが悪いってコトか」
「ヨエーカラナ」
「くっ、たまには励ましてくれよ……いや、コレは今はいいとして、此処に来た理由はまき絵じゃなくてオレ達か」
「話が早くて関心だ。それで今一度問うが貴様はどっちに付くんだ?」
つまりはネギかエヴァ、知らず内に人を吸血する少女は、このどちら側の陣営に付くかとオレに問う。
「さあて、時と場合によるな。とりあえず、士郎が勝手をしないようにオレが止めとくってのだけは言っておく」
「ふん、まあいい。茶々丸、行くぞ。長居をすればノーテンキ共に出くわす」
気に食わないと言いたい表情のまま、エヴァはトンと壁を両手で押し、姿勢を整えて来た道を戻っていく。
「マスターはキツく言っていますが、無茶はしないと私は思います……それでは御二方、また教室の方で」
一礼してから茶々丸もこの場を離れて行った。
「これからどうするんだ? 仁の血なら問題ないが、生徒の血を飲めば学園長も黙ってはいないだろ?」
「全く問題なくない。それと爺さんだって流石に気付くのは士郎の言う通りだ。張り切ったのか、クラスメイトを相手だったせいなのかエヴァも吸い過ぎなようだしな」
エヴァが寄り掛かっていた壁の空きに、士郎がさっきのエヴァと同じようにして壁に寄りかかる。
「今夜は満月、夜までじっくり考える、ってコトにしよう」
◇
夜の桜通り。季節も春でその名の通り、道の脇には桜の木が鮮やかに立ち並んでいる。
「花見ナラ晩酌ダロ」
「花見じゃなくて偵察。茶なら士郎が持ってきてるだろうからそれで我慢してくれ」
「いるか、チャチャゼロ?」
「茶ハイラネェヨ」
オレ達、二人と一体は草木の陰から桜通りを覗き始めて小一時間。人が通らない静かな通りを、ひたすらに黙々と桜の木がざわめく音を聞き、舞い落ちる桜の花を眺めていた。
「アー、オレガ居ルト御主人ナラ気付クゼ」
「分かってるさ。それにチャチャゼロが居なくても、オレ達がどこかに居るってのはエヴァなら承知だろう」
「マー、御主人ダシナ」
「ところで仁、このバスタオルは何に使うんだ?」
「念のため」
士郎の手にある大きめのバスタオル。値が張る良質なものを此処へ来る前に選んで買ってきた。
「あれは……宮崎か」
士郎はバスタオルをゴソゴソと新品の袋に入れ直しつつ通りの遠くを見て言う。
「本屋一人、ケケケ、格好ノ餌食ジャネェカ」
「良いのか? 俺達は出て行かなくて?」
「そりゃあ、あんな様子じゃ出て行きたくもなるが、相手はエヴァ、様子見しとけ」
辺りをキョロキョロと見渡して不安そうに通りを歩くのどか。
あの学校では吸血鬼事件だとか流行ってたようだが、今んとこはただのデマ情報ってので通ってる。それでも昨日の今日の出来事。それに、のどかなのだから恐がるのも無理はない。反応が女の子らしすぎて助けてやりたくもなるさな。「オット御主人ダ」
「何処だ?」
「あの電灯だ」
士郎が指さす電灯に目を向ける。オレ達とのどかの道の間の電灯の上に、黒マントに黒い帽子の黒一色の姿。違う色と言えば、肌の色と、黒とは違って目立つ金の髪。
この距離ならばオレ達の声は届かないだろう。「手振るべきかね」
「後デブッ殺サレテモイイナラナ」
こちらから見えるのはエヴァの背だけ。すぐに逸らされはしたけど、エヴァが少し振り返って目が合った。
あちらもこちらの存在に気付いてるのは間違いない。「士郎、エヴァが何しようとしてるか分かってるか?」
「吸血以外で、か……それなら、俺には情報が少なすぎて検討がつかない」
「そらそうだ。でもお前には一度だけ、それについて話があったんだけどな」
「む……」
前に見えるのどかとエヴァはもうすぐ接触する。
「呪いだ。呪いを解くためにネギの血が必要なんだ。ネギと接触する前段階で力をつけるために他者の血を吸う。魔法使いであるネギと戦うコトを考慮して、でいいよなチャチャゼロ?」
「ソウダナ」
「……サウザンドマスター、ネギの父親の呪い、だったか?」
「そうそう」
前ではのどかがエヴァという吸血鬼の存在に気付いていた所だった。それとも、エヴァがのどかに自分の存在を気付かせたのか。
「止めなくていいのか……?」
「呪いはエヴァが中学を入学してから卒業まで、つまり3年経った頃には解きに来るとネギの父は言った。ま、呪いをかけるにあたって色んな事情があるんだが今は省こう。ネギの父は一向に帰って来ずに時は経ち、縛られ続けて早15年。今のエヴァは麻帆良以外に好きな所にも行けん体だ。そこで念願の呪いを解ける可能性のあるネギが登場。そのためにも他者の血が欲しく、その相手を死に至らせようと言う訳ではないが、少しばかり傷つけるのには変わりない。さて、士郎、お前ならこの状況をどうする?」
「…………」
はっきり言って難しい問いかけ。行動が良いのか悪いのか、悩んでる士郎は当然の反応だろう。
「仁、オ前ナラドウスンダヨ」
「オレはエヴァを信用してるから静観かね」
「ダガ俺ノ御主人ハ漠然トシタ悪ダゼ」
「今日や明日を見据える男だから今がいいなら気にしねぇさ」
「テメェハホント能天気ダナ」
エヴァと目がもう一度合う。止めないのなら構わずに今もオロオロと動揺しているクラスメイトの一人を襲うとでもいいたそうな目。それもまた一瞬だけ。オレに止める気がないと分かったのか、エヴァの体が宙を走って――
「信用してると言えばもう一人居てな」
「丁度イイタイミングダナ、オイ」
杖に跨り、宙を翔ける少年の姿がのどかの前に躍り出た。
「……ネギか。しかしエヴァは今の状態だと、別荘以外ではほとんど戦闘なんて不可能なんだろう?」
「それでもエヴァは仕掛けるさ、なあ?」
「アア、御主人ダカラナ」
のどかは恐怖に耐えれなかったのかネギの腕の中で気絶してる。
今のネギはお荷物抱えて一大事。攻撃されれば痛い目をみるだろう。「アレは試験管……か」
「魔法薬ガ入ッタ触媒ダナ。今ノ御主人ハアアデモシネェト魔法ハ使エネェ」
「やっぱエヴァの奴ヤル気満々だなぁ」
のどかを抱えたままのネギに向かって、エヴァの両手にある二つの試験管を投げつける。
「おっと、武装解除か」
「チッ、最初カラ殺ッチマエバイイノニ」
殺傷能力なんて皆無のエヴァが行使した魔法。やはりエヴァはのどかを想定以上に傷つける気なんて更々ない。
「…………」
「あー、お前はこの距離でも見えちまったのか」
「変態ダナ、アトデ馬鹿レッドニ言イツケトイテヤルヨ」
「やめてくれ……」
ネギはレジストはしたようだが、ネギが抱えた事によって必然的に自分より前に出ていたのどかと突き出した自分の腕は庇えずに、武装解除が掛かってしまい、衣服が無くなっちまった様子。オレ達の居る場からの詳細は、隣の男にしか見えんだろう。
「……やっとバスタオルの意味が理解できた」
「今なら誰もみてないし見放題だぞ」
「そういう冗談は本気で怒るぞ」
「そう言われると反省するしかねぇ」
士郎の目線は既にのどかからは外れ、ネギ達とは反対方向を向いている。
「噂ヲスレバ、レッドト嬢チャンガ乱入ダ」
遠くに人影が二つ増える。それとほぼ同じくして、金の髪が風に揺れてネギ達から離れる姿が見えた。
「よし、エヴァを追いかけるとしようぜ。ほれ袋をよこせい」
士郎からバスタオル入りの袋をひったくって、人影見える方へ向けて思いっきり投げる。袋は天高く弧を描き、人影の目の前に着地してくれた。我ながらナイスコントロール。
「ネギもエヴァを追うために動いたな。士郎、エヴァを見失わない内に案内任せたぞ」
「……ネギに見つからないようにでいいんだな」
「そうしてくれ」
言うやすぐに士郎は立ちあがって地を疾駆する。
オレはただその後ろを付いていけばいいだけだ。
◇
オレ達が足を止めたのはネギがエヴァを追い込んだ所だった。
「結局寮に戻ってきたのか」
「一気に行けるか?」
エヴァとネギはオレ達も住んでる女子寮の屋上に居る。
わざと此処まで誘導したんだろうか。それとも偶然と此処まで空を翔けるコトになったんだろうかは分からない。「ああ、此処から行こう。エヴァ達からは反対側だから、仁の都合にもいいだろ」
士郎は片腕一つでオレを支えて地を蹴る。
一度の踏み込みでは昇りきれないのか、建物の壁を地面のようにして駆け上がって行く。「すげぇ芸当だ。オレにも出来ればな」
タン、と自分の足でしっかり体を支えれる屋上についてから士郎に言葉を投げかけた。
「いずれ出来るさ。それよりも空を自由に飛び回る方が凄いと思うけどな」
「オレとしてはどっちもどっちかね」
話しながらペントハウス部分へと自力で一息で上がる。高さは約3メートル、これぐらいならオレだけでも行ける。自分の成長にビックリです。
「こっちからじゃ見えんな」
「確かに丁度邪魔になって俺も見えない」
「ナラアッチニ移レヨ」
前方にあるもう一方のペントハウスが邪魔して前の様子が此処からでは全く見えない。これでは此処まで来た意味がまるでない。近づきすぎてはしまうが、あっち移動するしかねぇか。
行くぞ、と士郎に一声をかけて静かにかつ迅速にもう一方のペントハウスへと移る。「さて様子は、っと……」
「詰ンデルジャネェカ」
伏してささやき声で会話。下を覗けばすぐ傍にはエヴァ、そしてその前にネギをがっしりと掴む茶々丸の三人の後ろ姿があった。
「今のエヴァでも今のネギじゃ無理か」
「ちゃんと説明すればネギだって血をいくらかくれるだろうに、あれじゃあ強引すぎやしないか」
見てる分には一方的に襲ってるようにしか取れない。ネギが嫌々と拒む様が、士郎の言う強引という単語を際立たせる。
「ソリャア新鮮ナ生キ血ヲ大量ニ一度ニ飲ム必要ガアルカラ、強引ニモナルダロ」
「そうなのか?」
「チャチャゼロが言うならそうなんだろ」
尚も囁き声で前の連中には聞こえないように会話する。
さて、このままじゃネギが血を吸われて完結、ってなっちまうが――
「……何だ、止めて欲しいのか?」
囁き声、ではなく声を大きくしてオレは言葉を吐いた。当然と前の連中には聞こえる。
「え、じ、仁さん!? 居るんで――」
「貴様等が一々ついてくるから鬱陶しいと思ってただけだ」
「まぁ、うっとうしいわな」
ネギの血を吸う前に、またもやエヴァが此方を一度確認した。それに声をかけるべきか否かで、オレは声をかけるべきと判断した。
「どうする? 貴様等が手を出さんのなら私はぼーやの血を呪いが解ける極限まで飲むつもりだが、それは貴様も分かっていよう?」
背を向けたままエヴァは話す。此方に顔を向けてるのは茶々丸だけ。
「ネギが死んじまったら困るから死ぬまでは勘弁だけどな」
コレは本当のコトだ。そうなっては困る奴がごまんといる。オレしかり士郎しかり、エヴァもネギがそうなってしまうのは困るだろう。だから冗談めかして言った。
「ほう、それなら貴様はただ黙って見てると?」
「そうだな、オレ達は黙って見てよう」
顔を背けて言う金髪お嬢様に即答してやる。
「そ、そんな仁さん――」
「それならそれでいい。では、ぼーや――む、オレ達『は』……?」
「マスター危な――――」
「こんの変質者が、ウチの居候に何すんのよっ!!」
「!? はぶぅぅ!? あぶぶぶぶーっ!」
新たな乱入者がエヴァに飛び蹴りを食らわす。
食らったエヴァは屋根に体を擦らせながら奇声をあげていた。その声で真面目な空気が台無しって奴だ。面白いもん見れたからいいけど。「恐いな……神楽坂は……」
「士郎がそこまで言うとは、大した奴だ」
「御主人ガ、ブッ飛バサレルッテノモ、レアダナ」
乱入者は士郎が言った通り、いざという時は容赦もしないやんちゃな女子。
華麗な飛び蹴りの後に着地するアスナを見て呆然としてるのは士郎。それと地に伏してるエヴァを見て笑うチャチャゼロ。主人だぞ。「って、あれ? 茶々丸さんと、あそこのは……エヴァちゃん?」
「……おばんです、神楽坂さん」
「あ、はい、茶々丸さん、こんばんは――」
「あうぅ、アスナさん――」
隣の茶々丸と伏せてるエヴァを見て現状を確認するアスナ。ネギを自分の腕から離してアスナに一礼する茶々丸。そして、茶々丸から解放されてアスナに抱きつくネギだった。
丁寧なやり取りが見れたが実に茶々丸らしい。きちんと丁寧に返すアスナも面白かったけど。「チッ……帰るぞ、茶々丸」
「了解しました。では皆さん明日にでも」
茶々丸は悔しそうな顔を浮かべているエヴァを抱えて屋上から躊躇いなく飛び降り、その姿を消した。
「エヴァンジェリンさんこわかったです……」
「あぁもう、そんなにひっついてどうしたのよ」
アスナの下で泣きじゃくるネギ。
こう見るとまだ10歳の子どもなんだなと思える。「メソメソシヤガッテ餓鬼ガ」
「そうはいってもエヴァはこえーからな。アスナもだけど」
「……え、仁……と、衛宮さん?」
振りむいて見上げるアスナと必然的に見下ろす形となるオレ達。アスナは珍しく困惑する顔でオレを見ていた。
「助けなかったのは謝っとくよ、ネギ。それと士郎が手を出せずにいたのもオレのせいだから悪ぃのは全部オレだ」
「ちょ、ちょっとどういうことよ」
「流石バカレッド、マダワカランヨウダゼ」
伏せた状態から胡坐へと変えて、下のアスナ達へと言葉を送る。
隣にいた士郎は見下ろすのが嫌なのか、アスナ達と同じ場所へと降りた。「オレ達もネギと同じ側の人間だ。いや、エヴァと同じ悪い魔法使いってか」
「わ、悪い魔法使いだったんですか!? 士郎さん、仁さん!」
「意味わからんこと言うな、仁」
冗談交えたら士郎に怒られた。
こう場を和ませるってのも大事だと思うんだがね。あ、なってない冗談ですか。「魔法使いって、ネギにも聞いてないんだけど……」
「そりゃあ、魔法使いってのは隠すモンだからな。ネギだって最初は隠してただろ。それがバレたのは自業自得だし、そのミスを犯したネギがオレ達の正体を言えば罰を食らうコトになる」
成程、とアスナでも納得できたようだ……うむ、今のはちょっと失礼だった。
「でも、何で急に私に正体バラしたのよ」
「気まぐれ」
「気まぐれってアンタ……」
「気まぐれだったのか……」アスナと士郎が声を揃えてオレを変な目で見る。
別にアスナには遅かれ早かれ言おうとは思ってた。丁度いい機会だったから、今正体を明かした。やっぱ気まぐれだな、コレ。「爺さんからはネギの補佐を頼むって言われちゃいるが、はっきり言ってオレは自分が手伝うと思った時にしか動かねぇ。それと士郎にも、もちろん手伝わせねぇ。ネギ、今のエヴァを正すのはオレ達の力は借りれないと思っとけ。じゃ、オレ達も帰る、士郎」
ペントハウスを降りてから、士郎についてこいと促す。
二人には返す言葉も与えない内に、さっさと屋上から退場した。
◆
「おい、入るぞー」
「仁、仮にも人の家だぞ」
「帰ッタゾ、御主人」
仁は帰ろうとは言ったが、今、俺達が居るのはエヴァの家の正面扉前。自分の家が如く堂々と仁が入って行く。それに取り残されても難なので続がざるを得ない。
家の中へと入れば、人形に囲まれたソファに座る人形を抱えたエヴァが仁をムスッとした顔で睨んでいた。「何の用だ」
「いっつも来てるのにやけに冷たいな」
仁はソファの前のテーブルに備えられた木造りの椅子を引っ張り、ソファの近くに横付けてからエヴァに向かって話す。
「衛宮さん、簡素な日本茶ですが飲みますか?」
「ん、ああ、頂こう。悪いな、用意してもらって」
「いえ、アナタ方の声が聞こえましたから」
台所から盆に3つの湯飲みと急須を持って現れた絡繰。当然のコトだと絡繰は言ってテーブルの上で茶を汲む。
仁とエヴァは絡繰が汲み終えた湯飲みを見るとすぐにテーブルから自分の下へと持ってきていた。二人の違いは礼をする仁と、しないエヴァってとこぐらいだ。「あー、俺も座らせてもらおうかな」
「そうですか」
絡繰が湯飲みを運ぼうとする前に、エヴァの真正面の席へ着く。
ここのテーブルも以前はソファの上と同じように人形が並んでたが、今は全てがすっかり違う場所へと置かれてしまった。「重い空気は苦手なんだがな」
絡繰がエヴァの背後へと立つと同時に仁が言葉を出す。
「重い? いつもと大差ないだろう?」
「エヴァがそう思ってんならそうなんだろうかね」
仁はずずっと茶を啜って話す。
空気はエヴァの言うようにではなく、仁の言うように決して軽いモノではないと俺の肌も感じていた。「そんなに呪い解きたいか?」
「当然だろう。あんなノーテンキなクラスで、このまま過ごすなど片腹痛い」
ふうん、と一言エヴァに相槌をうって先程と同じように茶を啜る仁。
誰も口は利かず、暫くの沈黙が続く。部屋に鳴るのは茶を飲む音だけ。「光の中で生きてみてどうだった?」
「…………どういう意味だ?」
「ただの興味心だ」
仁は湯飲みをぐいっと傾けて茶を飲み干す。
一方のエヴァは仁の言葉へ言葉を返さずに、ただただ黙って湯飲みの中を見続けていた。「悪ぃ。この話は聞くべきじゃなかった、無かったことにしてくれ。今日のオレは駄目駄目、だな。士郎、今度こそ帰るぞ」
「もうか?」
「ああ、オレが居ても邪魔なだけだ。絡繰、茶、ごちそうさん」
仁はテーブルの上へと湯飲みを置いて、早々と扉から出て行った。
「……じゃあ、俺も行くよ」
「では、また明日。おやすみなさい、衛宮さん」
「おやすみ、二人とも」
茶を飲み干してから、仁の後を追う。
絡繰はいつも通りだが、エヴァは一向と黙ったまま表情を暗くしていた。「仁、急にどうしたんだ?」
軽く走り、仁の隣へと並んでから話しかける。
「エヴァの想い人の話だ。オレが悪いだけ。今はそれ以上聞くな」
「ケケケ、御主人モ死ンダ男ナンカ忘レチマエバイイノニ」
「死んだ……?」
チャチャゼロから不穏な言葉が耳に入る。
だからエヴァは黙り込んで、あんな顔をしていたのか。「死んでねぇよ」
「ア? ナギ、死ンデネェノカ」
「……それはつまりエヴァは勘違いしてるのか? それなら教えた方が――」
「忘れろ。口が滑った。これはオレ達じゃなくて別の奴から聞かされた方が良い。あー、エヴァの面白可笑しい変な姿見て調子戻ったと思ったんだが調子狂ってんなぁ」
仁は懐からノートとペンを取り出してカリカリと書き込みをしながら話す。言葉の通りに仁の顔も浮かない。
「ケ、ツマンネェ」
「ああ、黙ってるさ。俺が入っていいような領域じゃないようだ」
「今のオレみたいに口滑らせんなよ」
からかい気味に仁は言う。その手はノートにペンを走らせたままにして、次の行動でも考えているのだろう。
俺は俺で考えないといけない。
今日は神楽坂にネギと同じ側の人間だと仁が話をつけてしまったんだ。こっちにも注意を払わないと。それも仁の言うように口を滑らせないよう。
――3巻 16時間目――
2010/8/3 改訂
修正日
2010/8/14
2011/3/15