15 進学前のひるさがり

 

 

 ピピピッ。ジーンズのポケットから電子音が鳴る。

「メールか……学園長だな」

「爺さん? 何だってよ」

 時刻はAM10時。自身の寮室でエヴァの別荘に行くかどうか仁と話合ってる最中に学園長からの連絡が入った。

「学校の機材の点検手伝ってくれないかってさ」

「あー、明日から新学期だしなー」

 2年最後の山場である期末テストも終わり、修了式にはネギが正式に麻帆良中等部教員になると学園長が話し、式が拍手と共に終了した。その後の春休みは何事もないって訳でもないが、俺には別段と目立った事はなかった。仁の方はいつもの如く好き勝手に動き回ってたようだが。

「相変わらず爺さんにこき使われてるのか」

「言い方が悪いぞ、仁」

 そもそも、この整備手伝いは仁の提案から始まったものである。
 チャチャゼロと仁、そして俺と夕食を少ない面子で行っていた時の話題だった。議題は「学園長から受け入れているお金」で、こうも毎日タダ飯を食らっていいのかと不安になっていた。そこで仁は「出世払い」と言い、チャチャゼロが「成金爺ナンダカラ気ニ済ンナ、ソレヨリ酒買ッテコイ」とのたまう。仁とチャチャゼロはそれでいいのかも知れないが、俺はどうしても気が気でなかった。そんな俺の考えを読んでなのか、仁が「学園の点検とかいいじゃねぇか、お前昔からやってんだろ。学園都市なんだし、人手が増えるに越した事はない」と提案した。いい提案だと思い次の日に学園長に仁の提案を提出してみれば、学園長はあっさりと承諾。これで返済とは間違っても言わないが、足掛かりにはなる。利子分は返せるように頑張ればいいと整備の手伝いを始めた。

「ま、オレはその芸は持ち合わせちゃいねぇんで先に別荘行ってるとしよう」

「ジャ頑張レヨ雑用」

 手を振って居間を後にする仁とチャチャゼロ。
 一人と一体が部屋から出て行った姿を見てから、学園長へ「今から寮室を出て其方に向かいます」とだけメールの返信を送る。作業着も道具もあっちにあるので準備は要らず。後はさっさと制服に着替えて学園に行くのみだ。

「そういえば今日の朝の寮は騒がしかったな」

 ふと静まり返った部屋で火周りの点検をしながら呟いた。

 

 

 

 

「おお、衛宮君、いつも悪いのう」

「いいえ、お金を借りてる身ですので、これぐらいは当然かと」

 学園長室で馴染み深くなったやり取り。接待用のテーブルの上には機材を修理する時に必要な道具、そして作業服がいつものように置かれてる。

「これが今回点検が必要な場所ですか?」

 学園長の座る机に置かれた学園の地図らしき紙を手で示す。

「うむ。それとこっちは機材の設計書じゃ。しかし今回はいつも呼んでおる人材が風邪を引いてしまってのう。衛宮君、一人でも大丈夫かの?」

「ええ、学園内の物なら一人でも可能だと」

 学園の階数と同じだけの枚数の地図を手にしてマークのある場所を確認していく。今までにも見てきたコトのある場所がほとんど。機材の設計書を見ても同じように目にしたコトがあるものばかりだ。これならば何の問題もなく、仕事をこなせるだろう。

「ところで衛宮君、この写真に興味はないかね」

「……またですか」

 学園長が引き出しから二つ折りの書面を取り、開いて俺に見せる。映ってるのは学園長の孫の近衛木乃香。見る度に異なる写真だが、全て彼女の着物姿。そのどれもが和服が映えるように写し出されていた。

「学園長、不躾ですが余り無理強いさせるとお孫さんに嫌われますよ」

「むう、そうかのう……ワシは木乃香のためを思ってるんじゃがのう」

 いつの日か近衛と話をしてる時に学園長のお見合いは程々にしてほしいと言っていた。その家の事情もあるだろうから、こっちから言うべきか悩むものだったが。

「衛宮君が受けてくれれば万事解決なんじゃがのう」

「それは俺が学園長の孫になるってことですよ?」

「ワシは別に構わんぞい。むしろ嬉しい限りじゃ」

 いつもと違う切り返し方をしてみたが失敗だった。諦めるどころか学園長は乗り気である。

「ひとまず自分は着替えて点検に行ってきます」

「うむ、よい返事を待っとるぞ衛宮君」

 学園長室から地図、設計書、道具と作業服を取って逃げるように退出する。
 着替えは事務室か給湯室でも借りるとしよう。しかし今日は学園長と話はしない方がいいみたいだ。早く終わらせて俺も別荘に向かおうか。

 

 

 

 物静かな学園。春休みのせいか生徒は一人も居らずの学校内。人が居たといえば事務室に事務員が一人と新田先生だけだった。
 いつもは騒がしいだけに寂しい。でも人が居ないお陰で出来るコトもある。

「―――解析トレース開始オン

 機材に手を当て言葉を紡ぐ。
 外見ではなく、中の構造。目だけでは見るのに不可能な構造を隅から隅、構成されている部品の一つ一つまでを覗く。

「これは全く異常なしだな」

 手を機材から離してほっと一息。生徒や先生、いつも共に点検する人が居てもこれは出来ない。
 胡坐をかいて座ってから、学校の地図を手に取り、自身の居る場所に近いマークの記されてる部分を探す。行き場所を決めて、そこに書かれた機材の名前と設計書を照らし合わせて点検、修理の準備、最後に行動。決まった一連の仕事の流れだ。

「士郎くん、仕事かえ?」

「ああ、学園長に頼まれてな。中で古くなってる部品もあるだろうから、機材ごと全部交換するかどうかってのも悩み所かな」

「ほえー」

「…………ん?」

 視線を横へと移せば、さっき写真で見たばかりの姿がそこに在った。だがそれは写真ではなく実物。それにあの写真とは着物も違う。春らしく桜の模様を取り入れた着物だった。それでも同じとするなら、着物姿が実に当て嵌まるという点だけである。

「どうしたんだ近衛?」

 中腰で俺の手にする設計書とは別の設計書を手にして眺めている彼女へと話しかける。

「おじいちゃんがな『お見合い写真撮るぞい』言うて、そん後に『見合いしてみんかのぅこのか』って言うてたんやけど逃げてきたんや」

 自身の祖父の真似をしようとしてたんだろうけど、可愛らしくなりすぎて全然似てないぞ近衛。

「そうそう、ココに来た方がええって言ったの逃げてる途中でおうたんやけど仁くんでな。『学園長は今は学校。SPが不注意で守るべき対象を逃して学園長の居る学校に行くなんて自殺行為だ。それにSP共も相手が木乃香ならば簡単に捕まえれるって考えてるだろう。学園長の知らぬ間に捕まえたいアイツらの考えを利用して学校に行くといい』って言うとった」

 今度は仁の真似をしようとしてたんだろうが、やはり似てはいない。

「それでも学園長は心配しないか?」

「うーん、ウチいっつも逃げてるからなー。隙を作るのが悪いんや」

「近衛らしくない言葉だな」

「そっかなー」

 くすくすと笑う近衛。俺としては学園長に心配掛けるのも良くないと思うが、近衛も嫌なものには無理に出る必要もないと思っている。学園長の押しを見ているからこそ思える事。俺の立場的に強く発言するのは難しい。

「そや、士郎くんに付いてってもええ?」

「別段構わないが。でもそれ見て分かるだろうけど、機材の点検してばかりになるぞ」

「うん、オッケーや。がっこからはウチ出れんしなー」

「それなら良いが、頃合いになったら学園長に連絡するんだぞ」

「もちろんや」

 

 

 

 

「こないコト何度もやっておるん?」

「土曜か日曜に週に1度、もしくは隔週で呼ばれてるよ。この学校が多いけど他にも見て回ってる」

 近衛に答えながら学校の地図、赤線上のマーカーの上に青ペンでマークを入れる。これで点検したものは半分と少しを超えた。この調子だと自分が予定立てていた時間よりは早く終わりそうだ。

「おじいちゃんの頼み?」

「学園長に借りてるものがあるから少しでも返そうと思ってさ。近衛、その道具の近くに近づかない方が良い、本意で着てないといえ折角の着物が汚れる」

 無意識の内に工具セットの側まで寄ってた近衛に注意すると、すぐに近衛はそこから飛び退いて申し訳なさそうにする。

「士郎くん、ウチの着物姿キレイかなー?」

 くるくると、回って着物姿を泳がせる近衛。

「そうだな、俺達のクラスの中で比べると近衛ほど着物姿が似合う人は居ないだろう。今まで生きてきた中でも居ないかも知れない。育ちが良いせいからかな」

 一度、作業の手は止めて正直な感想を述べた。

「んもー、そない風に答えられると困るやないか」

「駄目だったか?」

「ホンマに士郎くんは鈍感やなー」

「昔もそんなコト言われて、よく馬鹿にされてたな」

 近衛は窓際に立って笑顔を俺へ向けている。それはどうしようもないぐらい無邪気で平和を象徴するような笑顔。

「士郎くんはたまにすごい年上っぽいコト言うなー」

「もしかしたらそうなのかもな」

 紙にチェックマークを入れて、次の器材へと自らの手を伸ばす。

「おもろい冗談やな」

 あはは、と近衛は笑う。
 本当のコトでも信じないのは無理もない。ネギのように魔法を知っているなら信じていたかも知れないが彼女は一般人だ。それに近衛だから、こんな話は彼女の場合だと笑い話で済ましてしまう。

「士郎くんのコト聞いてもええ?」

「唐突だな。まあ、話せるコトなら話すさ」

 作業の手を進めながら、改まって聞く近衛に言葉を返す。

「士郎くんの言う“正義の味方”って?」

 ピタリと点検をしていた俺の手が止まる。

「何でそれを聞きたいんだ?」

 初めて近衛と会った時に話した言葉。あの時は仁がふざけてたのか分からないが神楽坂と近衛に話してたっけ。その後に俺が付け足すように言った。ただそれだけ。そして俺が、この言葉を此処で真剣に考えて、思いだして、口にしたのは一度きり。

「あん時の真剣な顔はかっこえかったけど、なんやか哀しそうやったから、かな」

「哀しそう……?」

「うん」

 あの時に思ったコトを記憶から探す。

……今の俺でも目指すぐらいはできるだろうか。

 正義の味方を目指すには、目の前の人の命を救えなすぎた。それは己の力が足りなかったから。一人で世界を歩き、必死で、足掻いて、目指した。

 だが、足りなかった。全ての人は救えない。子どもが夢みる正義の味方のように救えなかった。

 いつしかこの言葉を自分から自分へ話すコトはなくなっていた。それでも俺は世界を周っていた。その結果、最後にあの世界でやったのがアレだ。全てを救おうとした挙句に、やってはいけない範囲へ手を出した。確かに人の命は、可能な範囲を越えて救えただろう。だがその後は自分ではどうしようもなくなって、アイツに助けられて、此処に――。

 だから俺は、自分自身に問いかけるように自分へ話しかけた。

 ……いや、未だに俺は目指しているのだろう。

 挙句、出た結論はコレ。振り返れば振り返る程、自分はコレを目指している。
 あの時、久々にこの言葉と対面した。それも仁がふざけていった言葉なんだろうけど結局はコレ。笑ってしまいそうだ。おかしいのかな。

「ごめん、士郎くん」

「どうした急に?」

 近衛が突然謝る。辛辣そうに、少し声を震わせて。

「俺、変な顔してたか?」

 ふと思い立った言葉が俺の口から出た。

「……哀しいそうやなくて辛そうやった」

 近衛は謝罪を続けるように話す言葉は暗い。

「悪い、心配かけた……近衛は優しいな」

「ううん、ウチが悪いんや。それにウチよか士郎くんのがずっとやさしいと思うよ」

「そうか、じゃあ近衛からはそう思っててもらおうかな」

「うん。そう思っててや」

 近衛が微笑む。この娘は純粋そのものだ。誰よりも優しく、他人を想っている。学園長が溺愛するのも無理はない。

「“正義の味方”ってのは俺の育ての親『爺さん』って呼んでたんだけど、その人が死に際に俺へ託したから目指してる」

 次に口を紡いだのは俺から。機材の点検の作業を休めて言葉を続ける。

「俺がよく会う奴、って言っても何年かの内の数回でそいつとぐらいしか会ってなかったんだが、そいつにそのコトを話したら『どうしようもない馬鹿』って言われたな」

 そして「呪われてる」ともアイツには言われた。

「そいつの言う通り俺は馬鹿なんだろうな」

 過去を思い返す。俺が『衛宮』という家を出て、二年を過ぎたあたりの話だった。あの家を出てから昔の知り合いと会った、と言えばアイツぐらいだ。
 これは家を出て最初にアイツと会った時の話。色んなコトを一方的に言われた。頑固で気にいらないコトはすぐに口に出すアイツ。そして、その世界で最後に会ったのもアイツ。

「俺は自分が貫きたい道を通ろうとした。でも時が経つにつれ、“正義の味方”って言葉が薄れていってしまった。どんなコトがあっても後悔せず生きていくと誓ったのに大事な言葉を片隅に置いてしまった」

 本の1、2分前に思ってたコトを口に出す。

「それでも俺は無意識にその言葉を成そうと動いてたんだと思う」

 それはアイツが言っていた『呪い』のせいだろうか。

「それが今、此処に居る衛宮士郎だ。今の俺を見られたら嫌われちまうな」

 

 “衛宮”という姓をくれた爺さん――そして、14日だけ共に戦い抜き別れを告げた――

 

「さて、いつまでも休んでばっかりだと学園長を困らせるな」

 黙って俺の話を聞き続けた近衛に一言向けて、作業を再開するために手元に散らばってる道具を確認する。

「士郎くん、ありがとな」

「ん……?」

「そや、おじいちゃん心配してるからそろそろ顔出してくるな」

「……あれから結構経ってるな。悪いな、こんな付き合わせて」

「ううん、勝手に付き合ったのはウチやから。じゃ、士郎くんまた今度な――」

 そう言って近衛は此処を離れて行った。身に纏う鮮やかな着物を走る風に靡かせて。

 

 

 

 

「学園長、学内全ての点検終了しました」

 学園長室に入室し、いつもの挨拶を済ませてから結果を報告する。
 作業着、道具、学校の地図、設計書は全て接客用のテーブルの上へと置いてから学園長の机の前に立ち、返答を待った。

「うむ、お疲れ様じゃ衛宮君」

 窓際で外を眺めていた学園長が振り返って言葉を返してくる。そして、立派な学園長の机の上には気になるモノが一体。

「オセーゾ馬鹿」

「そんなコト言われても、俺はチャチャゼロ居るの知らなかったぞ」

 仁が連れて行ったハズのチャチャゼロが、机の真ん中よりやや右にずれた場所にコチラを向いて座っていた。

「仁はどうしたんだ?」

「アイツナラ一人デ行ッタゼ。俺ハテメェ待チ。爺ノ相手ナンカツマンネーカラ辛スギル」

 ぼやくチャチャゼロを見て学園長は笑って済ます。

「衛宮君、明日から学校じゃから遅れないようにのう」

「ええ、承知しています。あー、学園長。学園長のお孫さんは此処に?」

「む、木乃香なら随分前に来たのう。二時間ほど前じゃったか。衛宮君の言う通り、少しお見合いは考えないといけないのう」

「そうですか」

 陽気に笑う学園長の姿を見てほっとした。近衛が学園長の所に来てたのを知って安心、そして学園長の悪い所も治って安心ってところである。

「ホラ、イツマデモ爺臭エ部屋ニ留マッテネェデイコウゼ」

「チャチャゼロは強引過ぎるな……」

 ひょいと机からチャチャゼロを摘まみあげて頭の上へと乗せる。

「では学園長、また明日にでも」

「うむ、遅刻せんようにのう」

 二度に渡る教師特有の台詞を聞き、挨拶を入れてから退出した。
 着替えは済ませているし、後始末もきちんと学園長室に行く前に終わらせている。エヴァの家に持ってく物は……ないか。チャチャゼロの機嫌が悪くなってどやされる前にエヴァの家に着くとしよう。

 

 

 

 

 浜辺の中央で男がカラドボルグを自身の傍らに刺して一人黙々と腕立てをしている。
 視界の脇ではパラソルの下で専用のビーチチェアに寝転がり本を読むエヴァと、その隣に立ってビーチの真ん中で腕立てをしている男を眺めてる絡繰。

「やっと来たか。2日も基礎トレと素振りばっかで悲しくなってたトコだ」

 仁は俺の姿を見ると腕立てを止め、胡坐をかいて話す。
 シャツに染み込んでる汗の量からして、俺が来る前に基礎トレを1時間以上はやってたに違いない。

「それなら別荘に入らずに待ってれば良かっただろ」

「それはそれで暇だ。あのファンシーな部屋じゃなんもできねぇし、かと言って外でやる訳にもいかん。エヴァは相変わらず相手はしない癖に、一緒に入ってきて本読んでばっかだしさ。まぁ、絡繰が飯作ってくれるのは嬉しいけど。それに結構待った方なんだぜ」

 仁は話し終わるとカラドボルグの刀身、先端部分の剣背を裏拳で当て、柄を器用に手元へと持ってくる。

「小手先ダケハ一人前ダナ」

「同じくらい実力も欲しいとこだ」

 仁はチャチャゼロに笑い返して、よいしょと立ちあがった。

「そうだ。仁は俺のコトってどれだけ知ってるんだ?」

 俺の言葉を聞いた瞬間、仁の顔が強張った。

「すまん、深い意味はない。忘れてくれ」

 何故こんなコト急に聞こうとしたんだろうか。出会ったばかりの時は確かに聞くコトはあったが、今はそれほど気に留めた事はなかった。それに仁と最初に会った時、コイツが第五次聖杯戦争の知識がいくらかあるって言ってたじゃないか。もうそれについては分かってるだろ。

「……木乃香に過去でも話したのか?」

「は……?」

 一拍置いて仁が口に出したのは不可思議な言葉だった。
 もしかしてあそこに仁が居た? チャチャゼロも学園長室に居た、十分に考えられる範囲だ。

「その顔じゃ図星だな。相変わらず顔に出る奴だ。分かったのは消去法と勘。木乃香に学校に行けって言ったのはオレで士郎が居るのをオレは知ってただろ。爺さんに突然話すわけねぇから、それで木乃香に絞り込める」

 指で砂を掻いて、挙げた名を書き連ねる仁。

「お前がこんなタイミングでこんな質問したのと、質問の内容で過去の話って判断しただけだ。ちっと考えりゃオレ達のクラスの奴らなら結構な数が分かりそうな推測だけどな。士郎の過去が分かってないとココまで辿りつけんかも知れんけどよ」

 ザクザクッ、と剣で砂を刺しながら仁は淡々と言葉を連ねる。

「そんで、“魔術”の話か“聖杯戦争”の話でもしたのか?」

 勘がいいのか、頭が回る奴なのか。地底図書室で綾瀬が言っていた仁に対しての言葉が頭に響いてくる。

「いや、少し“正義の味方”の話をしただけだ」

 仁の手の剣がザクッ、と一度だけ砂へ刺さる大きい音を立てると、先程以上に顔を強張らせて俺を見てきた。

「……まぁ、士郎が勝手に誰に何を話そうがいい。でも魔法の話や、お前の魔術の話を誰にでも話されたりするとオレ、それに爺さん達も困っちまうけどな」

 仁は剣を抜き、俺とは反対方向へとゆったりと歩み始める。

「そうだ。あの時、オレが言ってた第五次聖杯戦争の話だけ、お前視点で分かるって言ってたけど半分本当で半分嘘だ。テンパってたから話も纏まらんで、言っちまえばテキトーな感じで言ったってか」

 足を止め申し訳なさそうに言葉を出し、言葉を出しきると足を再び動かす。

「さて、よかったら稽古つけて欲しいんだが」

「ああ、分かってる」

 恐らく問いかけても返ってこない。それでも仁が自分から、この話を振るのは珍しい。
 焦る必要は微塵もないんだから、今はこれだけでも俺は十分だ。

「チャチャゼロ」

「俺ハ一発目入ルノニ10秒、デ賭ケルゼ」

 名前を呼びあげると俺の頭から飛び降りて自分の主人の元へと走って行った。
 人形の主人は本を持ちながらもコチラを覗いている。チャチャゼロは俺と仁が打ち合ってるのは好きなようだが、エヴァもそうなんだろうか。

「最初に希望はあるか?」

「干将・莫耶」

「そうか」

 投影すれば、その瞬間から戦闘は始まる。
 合図を今か今かと待つのは俺の相手でもある仁。
 しかしコレはいつもの一つ。その先のいつものではなく日に日に変化する仁を見るために動くのが俺。

 では、いつものように始めようか。

 

 

 

 

「本日の晩御飯は?」

「冷蔵庫の中と相談かな。明後日ぐらいまでに片付けないといけない物があった気がするから、それを使った料理かな」

 別荘に俺は三日、仁は計五日籠ってから寮へと帰還するコトにし、今は自分達の寮室までの階段を上がっている最中。

「……っと、あぶね」

「オイ、ガキジャネェンダカラコケルナヨ」

「大丈夫か?」

 足がもつれたのか、階段に躓いたのか、片手を壁に、もう一方の手を頭のチャチャゼロにやって体を支える仁。

「思った以上に体に疲れが残ってるみてぇだ。士郎がいつも以上に張り切って付き合ってくれたしな」

「む、俺はいつも通りのつもりだったが」

「そうかい。しかし、明日からガッコだしスッキリさせとかんとな。まあ、外見はキレイサッパリしてるから多少は問題なかろうが」

「デモ服ノ下ハ切リ傷ダラケダロ。雑魚ガ、情ケネェ」

「……そういってやるなチャチャゼロ。仁の成長具合は昔の俺に比べれば歴然の差だ」

「それは褒めてんのか判断つきにくいけど、とりあえずフォローしてくれてるってコトでありがたく受け取っとこうかい」

「デモ士郎ハ全然本気ジャネェカラナ」

 仁は軽く笑い、両足を叩いて気合を入れ直してから階段を昇る足を再び進める。
 進める前にチャチャゼロのおでこを小突いたのは反抗の印か、チャチャゼロの言葉が結構悔しかったようだ。

「あ? 木乃香か……?」

 仁がぽつりと近くの俺にしか聞こえないような声で呟く。
 階段を昇り切った所のすぐそばで、柵に腕をかけて吹き抜けの下を覗く後ろ姿が見えた。

「木乃香、一人で何してんだ」

 今度は離れた相手にも聞こえるように声を出す仁。それに「あ」と一声上げて反応し、近衛はこちらへと振り返った。その表情は常に明るい彼女と比べて暗く、どこか不安そうにしていた。

「うんとな、士郎くん、今日はウチ突然帰ってごめんな」

「突然……」

 近衛の言葉の中で引っ掛かった二文字を呟くように復唱する。近衛が言うのは学校でのコトなのだろう。コレ以外には思いつくコトもない。
 しかし彼女はキチリと行くと俺に断って行ったハズだが……

「もしかすると今日の俺が変なコト言ったのを今まで気にしてたのか? それなら突然って言うと俺の方で謝るのも俺の方だ。人に聞かせるような内容でもなかったからな」

 思ったコトを口に出す。謝罪を。いつも明るい近衛を暗くさせてしまったのは俺のせいなんだから。

「ううん、士郎くんはあまり自分のコト話さへんからウチは嬉しかったんよ」

「……それならいいんだが」

 彼女の言葉に嘘はない。近衛は決して嘘をつくような娘ではないから分かってる。

 

 

「……オレ邪魔?」

「土産品デ嵩ヲ多ク見セルタメノ厚底並ニ邪魔ダナ」

「そいつはひでぇ」

 数秒の場の沈黙。それを壊したのは茶化す仁と、訳の分からないコトを言うチャチャゼロだった。

「せや二人とも今日はウチでご飯食べていかん?」

 流れを変えて、近衛は人さし指を一本立てて提案を出した。

「ほー、アスナには言ってるのか?」

「仁くんと士郎くんならだいじょぶや。もーご飯はできてるんやけど、カレーでよかったらってなー」

「そいつはありがたい、じゃ士郎オーケーだな」

「ああ、断る理由なんてない。ありがたく誘いは受けよう」

「しかしオレ達以外の寮室行くのは初めてだな」

「俺達が他の寮室に入れないのは当然だろ」

 女の子の部屋なんて気軽に入るなんてありえない……いや、ココは女子寮なんだから、この考えはおかしいのか? そもそも通ってるとこが女子校……深く考えるとダメな問題だった。

「じゃあ木乃香、このまま行ってもいいのか?」

「うん、ええよー」

 近衛がすぐ近くの自分の寮室へと案内する。表情はさっきの暗がりから、いつもの明るさに戻っていた。それを見て心から良かったと安心できる。

「さあて、アスナに文句言われた時の対応でも考えんとな」

「アスナは仁くんにきびしーからなー」

 この先を予知してるかのように仁は言う。
 しかし、その時の仁の横顔は違うコトを思い浮かべたかのように見えた。それは俺には分からない。それでもいつもとは微妙に違和感が漂ってたのだけが分かった。

「おい士郎、突っ立ってても飯はあたらんぞ」

「ああ、そうだな」

 今は考えるのを止めにして、無垢な笑顔で迎える近衛の開いてくれたドアをくぐるコトにした。

 

 

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――2巻 15時間目――

2010/8/2 改訂
修正日
2010/8/15
2011/3/14

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