53 思い付きと遊戯

 

 

 部屋の中で、ノートにペンを走らせる音だけが響く。無論、この音はオレが奏でるモノ。この部屋は、寮とは違って寝具の類や家具といった生活用品ばかり。簡単な遊具もあるが、此処に居る以上、それで遊ぶ余裕はありもしないので放っておかれている。
 オレの傍でノートを覗いていたチャチャゼロが、スッと飛び移った。オレはペンを置いてチャチャゼロを目で追いかける。

「――おはようさん、士郎」

 チャチャゼロが士郎の隣に着地した所で挨拶の言葉を送った。
 上半身を起こして目覚めたばかりの士郎。頭を軽く抱えて、チャチャゼロを一度みてからコチラへと視線を移してくる。

「ああ。おはよう、仁。先に起きてるなんて、いつ以来だ……?」

「まぁ、誰かさんのせいであんま寝つけなかったし」

 士郎の声が詰まる。

「早速だが、投影は?」

 士郎が声を詰まらせる原因は、当然オレが疑問で上げたコレ。
 別に士郎が悪いって訳じゃない。力が使えなかったとしても、コチラが咎める立場という訳でもないんだから。

「…………無理だ」

 首を横に振る士郎。

「それ程期待してなかったからいいか」

 昨日は明日にでも元に戻っていれば万歳もんだと言ったものも、ただの希望的観測。そうなればいいなってだけ。一日二日で治るとも思ってもいない――

「何せ、士郎が別の部屋に溜めといてたハズの投影品も全て消えちまってたからな」

 それも士郎が寝てからチャチャゼロと確認しに行った部屋で、今オレが述べたコトが起きていたせいだ。

「エヴァと絡繰にも確認とったけど移動はさせてねぇとよ。もちろん別荘掃除兼管理してるエヴァの従者もだ」

 この消失もおそらくは、「あの朝」のせいだろう。
 今、話に挙げている部屋は、オレが士郎の投影品で鍛練を始めて何日か経過した後、士郎が鍛練の為にエヴァに頼んで借り受けた部屋。言うなれば工房。といっても、士郎が己の利用可能な魔術を行使するだけの部屋だ。
 カラドボルグや干将・莫耶と違って、高ランクの宝具を投影していた訳ではないが、士郎の特性によって半永久的に存在するハズの投影品がソコに在った。
 オレは士郎が鍛練中に部屋へ入るコトをしなかったが、チャチャゼロと一緒に何度か部屋に入らせて見せて貰っている。

「残ったのは此処にある宝具で全部。あの朝に士郎ガ投影したものだけだ」

 そして結局残ったモノは、テラスからオレ達の部屋に移してきた「あの朝」に投影された宝具のみである。

「どう考えても戦力的に厳しい。そこで一つ願いがある」

 投影も強化も解析も出来ない。新たなものを士郎は生み出せない。このままでは、ランサーとぶつかっても負ける未来が濃厚。故に昨日は、これを含め諸々考えた。

「魔法陣書いて、サーヴァント呼んでみてくれ」

 出た一つの結論はコレ。
 サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントのみ。士郎の世界のある人物が述べた言葉だ。
 対抗手段としては最もまともな答え。勝てる確率も、一段と高くしてくれる策だろう。

「触媒が此処の世界じゃ何もない以上、出てくるとしてもアーチャー。そこらの投影品を触媒にすれば、それに応じた奴が出てくるかも知れねぇけど、やっぱりアーチャーになる確率が高いだろう。投影品だからな」

 欠点と言えばコレだけ。士郎が経験した“戦争”と同じように"鞘”があれば、欲しい人材も手に入る可能性も高くなるのかもしれんが、ないものねだりは良くない。
 しかし弓兵が出てきたら出てきたで問題が幾つも考えられるし、ちゃんと考えてる。だがアドリブもかなり必要だ。あの男を説得するという面倒事。出てきてからが本番で、今すぐ悩んでも仕方がない。

「……分かった。魔法陣は此処で書こうか?」

「いや、士郎が工房として使ってた部屋にしよう。そうだ、先に顔洗ってからでいいぞ。そっちのがいいだろ」

 行ってくると、言って部屋を出ていく士郎。
 では、オレはチャチャゼロ連れて先に士郎の工房へ向かおう。

 

 

 

 

「何も起きない、か」

「残念ダナ」

 部屋の中央に士郎が書いた魔法陣が在る。そこで士郎は、誰に教わったのか知らぬが長々と召喚の儀を行った訳だ。しかし何も変化はなし。空しく赤い魔法陣が在るだけだった。

「出なければ出ないで安心とも言える」

 弓兵が出てきた場合の悩みもコレで無くなったと、プラス思考。

「そもそも別荘だから、ってのもあるかも知れんな。まぁ、士郎の気が向いたら外でも試してもらうか」

「さすがに出てすぐは無理だ」

「そうだな」

 直径約1メートル半の円の中に紋様が書かれた魔法陣は士郎の血によって作られた。本来は儀式専用の魔法薬を要するようだが、血で代用とのコト。
 オレは士郎が右腕から指先に血を流して書いていたのを傍で眺めている。
 わざわざ士郎が腕から血を流したのは、衣服で傷を隠しやすいという点から。手の平や甲では無理であるし、指先も相当深めに傷を入れなければ、これだけの魔法陣を書きようもないので、腕からとなった。儀式前に、きちんと止血はしているので傷の問題はない。しかし、相当の血が消費されているので、すぐにまた作れって言うのも酷なものだ。

「あの時の魔法陣は士郎が作った訳じゃないしな」

「…………」

 それでも士郎が魔法陣を、キチリと迷いなく書いたのだ。余程記憶に残っていたのか、果たして何なのだろうか。

「ひとまず飯にしようぜ。腹減った。士郎も飯食う方が回復早いだろうし」

「相変ワラズ食欲ダケハ無駄ニアルナ」

「食べる子は育つってな」

「寝る子はだろ」

 魔法陣の傍からチャチャゼロが、此方へと走り寄ってきたので手を差し伸べた。そのオレの手の平を踏み台にして、オレの頭の上に飛び移り髪を軽く掴んでくる。それを確認してから、士郎に行くぞ、と声を掛けて部屋を出た。
 まずは近くの洗面が可能な所を目指す。士郎の止血は済んだとはいえ、士郎の服を捲くりあげた腕から先は赤く染まっている。洗い落とさないと後々面倒になるので洗浄が最優先。

 別荘は広い上に人気も少ないため、誰か居ればすぐ察知できるので、誰とも会う事なく血を洗い落とせる洗面場まで着いた。
 士郎が自分の腕を洗い流している間、オレは壁に寄り掛かって士郎と朝の献立の話をする。
 昨日の夕食は茶々丸と茶々丸の姉でありチャチャゼロの妹である人形の方達だけで作ったので、朝は士郎が間違いなく作るようだ。士郎が夕食の手伝いをしないのも珍しいが、今回は来客者も居て士郎もソチラ側に借り出されていたので、気を使って先に料理を仕込んでいたそうだ。ホント、主人と違って従者の方は一名を除き気が回る。

 結局朝食の献立については、茶々丸と話合って決めるそうで分からず仕舞い。まだ朝も早いし、ゆっくり考えてくれと返して、オレ達はテラスへと向かった。

「おや、おはよう皆さん」

 テラスへと着けば人影が三つ。いつものように朝の活動が早い茶々丸、そして木乃香と刹那がテーブルに座って会話をしていたみたいだった。
 アチラも挨拶を返してくれて、コチラのもう一人の男も挨拶を返す。
 他は、と辺りを軽く見渡すが三人以外は居ないので、まだ就寝中のようだ。

「茶々丸さんと朝食どうしよか、って話しててなー。そしたら士郎くんといっつも作ってるてゆーし、もうすぐ起きる時間やってゆーから待ってよーかって話になったん」

「ってコトは木乃香も一緒に朝食作ってくれるのか」

「お邪魔じゃなければやけど」

「俺が拒む理由もない」

「私も手伝ってくれるのなら歓迎します。木乃香さんの料理の腕は、大変よいと御二方によく聞きますから」

 オレもよく知る料理人の三人がお互いに意志を確かめ合う。この間にオレが介入できやしない。
 料理に関しては、不得手というより性格故に凝れない自分。オレの性格じゃあ、どうあっても人に対しては作れねぇ。と、オレのコトは別にいいか。
 それよりも、もう一人、

「刹那も作ってくれるのか?」

 残ってる人へ訊ねる。

「私の料理の腕は……その……」

「適材適所デイイジャネェカ。刹那ハ寂シイ男ノ話相手ニナッテヤレヨ」

「はいはい。オレは料理もできねぇ寂しい男ですね」

 刹那に料理を無理に頼むのもアレだ。でも真名と同室なんだから、どっちかが作ってるハズなんだが、残念ながらコレはオレも知らん。毎日、店屋物って訳じゃねぇだろう。それで、作るとしたら? 刹那に悪いのだが真名の方が料理を作れそうだ。何だかんだでアイツは器用だから料理できそうだし。それとも二人で作ってるのかね。
 疑問もあるが、幾らなんでもこんな事を訊ねる程にオレの神経は図太くもない。

 木乃香が刹那にどうするかと意思を聞く。すると刹那は此処に残るそうだ。チャチャゼロも余計なコトを言ってくれる。
 おいしい朝食を作ってくると意気込んで木乃香、士郎、茶々丸はテラスから発った。
 立ちっぱなしも拙いので、刹那の正面から一つずらした席に座る。そして、すぐにチャチャゼロが頭からテーブルの上へと降りて此方へと振り向いてきた。

「喋レヨ」

 真剣に言いなさるチャチャゼロさん。前に映る刹那は、オレへ渡したチャチャゼロの声にびくりと反応していたが、気付かなかったと装っておく。

「刹那は、いつも朝食抜かずに食べてるか?」

「え……っ……と、はい、毎日しっかりと」

「そっか」

「ギコチネェナ」

「それ見れると分かって楽しんでんだろ」

「ソウダゼ」

 チャチャゼロは笑いながら刹那の膝上へと移る。逃がさねぇとでも言いたそうだ。

「腐レ女ヤ嬢チャント喋ル時ミテーニ普通ニ喋レバイイジャネーカ。ソレトモ御主人ヤバカレッドノ時ミテーニカラカッテ喋ルトカヨ」

「そーだなー」

 テラスの天井を眺め、一瞬だけ考えた後に刹那の目を見た。

「刹那は冗談も通じないし、生真面目過ぎてな。普段どう接していいか迷う」

「生真面目ですか……」

「アー、ソウダナ。今ノハ、コイツガショウモナクカラカッタダケナノニ、コノ反応ダシヨ」

 チャチャゼロの言葉で顔を赤らめて俯く刹那。
 ホント、刹那は生真面目な奴だよ。オレが喋るとちゃんと目を合わせて応じようとしてくれるのも真面目な証拠だ。
 コチラとしては普通に務めようとしてる。でも相手の様子がコレだから、初めにチャチャゼロが言ったようにぎこちなくもなる。弄りがいがあっても、弄り難い相手って訳だ。

「デモ、タイプトシテハ刹那ハ坊主ト同ジダロ。テメェハ、坊主ニ対シテ普通ニシテルジャネーカ」

「それは性別の違い」

 男と女では接し方も変わる。世間だと男女平等と謳う声が大きいけれども、そんなのオレには無理。まぁ、相手がアスナやハルナのような奴なら分かんねぇけど。

「関係ない日常の話するってのも、趣味が180度違う訳だから難しい。それでも刹那なら一方的にオレから話していても黙って聞いてくれると思うが」

「ソレデイイジャネェカ」

「オレが恥ずかしい」

「イツニモナク我ガ侭ダナ。ジャァ剣ニツイテ話セバイイジャネェカ。共通ノ話題ダロ」

「やけに会話をさせたがってるようだ」

「オ前ラ見テルト楽シイシ」

 チャチャゼロの暇潰しに選ばれるのも時には考えものだ。とは言っても話題を振らねば、刹那も気まずいもんだろう。困った表情を見続けるってのも一興だが変態扱いされるのも勘弁である。

「昨日、オレと士郎がそこで仕合ってた訳だが、現段階でオレのレベルはどんなもんだと思った? いや、もう少し具体的な方がいいか――今、オレが刹那と戦って勝てそうか?」

 オレと刹那の共通の話題とすれば、やはり戦闘に関しての事が挙がる。他に木乃香の話題もあったけど、今回はオレもついでに聞いておきたいコトを優先してみた。

「10回やれば10回負ける、って正直に言ってくれても構わんぞ。オレは、そんなもんじゃへこまねぇし、逆に刹那に気を遣ってもらう方がへこみそうだ」

 何やら真剣に悩み始めていたので、気軽にしてくれと説く。

「正直に言わせてもらえば分かりません」

 真剣な眼差しで真剣に言葉を進める刹那。

「士郎さんと仁さんの力の差が大き過ぎて計るに計れない為に、あの仕合いを見て、私と仁さんが仕合った場合の相対評価は難しいです」

「オー。ズバッ、ト言イヤガッタナ。ツマリテメェガ士郎ノ足元ニスラ及バネェ雑魚ッテ事シカ分カラネェッテ事ダナ」

「あ、その……」

「刹那に限って見下す発言する訳ねぇってのは分かってる」

 問うたのはオレで、どんな答えでも気負わずに本当のコトを話せと言ったんだ。その通りにしてくれたんだから感謝以外の感情なんて浮かんでこないさ。

「マ、テメェハ修学旅行前、一度刹那ニ負ケテルシナ。幾ラ実戦積ンダトハ言ッテモ数日ジャ大差ネェダロ。ソモソモ誰カニ勝ッタコトアンノカ?」

「はいはい、オレは連戦連敗の猛者ですよー」

「なに、自虐してんのよ」

「おや、やっと起きなすったか」

 振り返れば今現在声を掛けてきたアスナとネギの二人が立っていた。
 先生の方は丁寧に挨拶してくれたので、コチラも丁寧に挨拶を返す。

「新聞配達ないからって、だらだら寝てるのもねぇ」

「どう考えても普通の範囲でしょうが……っ!」

 こりゃぁおっかないと口を慎む。
 刹那の隣に座って、変な事言われなかったとかコチラにわざわざ聴こえるように言うアスナ。たまにはオレにも、その気遣いを分けて欲しい。まぁ、アスナに対するオレの態度が態度なので無理そうだけど。

「仁さん、このかさんは……?」

「士郎と絡繰と一緒に朝食作りに行ったよ。朝食だから軽めのものだとは思うが、人数多いから時間は掛かるだろうな」

 オレの隣に座り訊ねて来たネギに言葉を返す。
 そういや木乃香、刹那、アスナ、ネギは同じ部屋だったっけ。

「バカレッドハ料理習ッタ方ガイイジンジャネェカ? ドウセ嬢チャンニ作ラセテバッカナンダロ。ソレジャァ男ハ寄ッテコナイゼ」

「くぅ……」

 アスナがチャチャゼロに言われて悔しそうに唸り声を上げてる。
 オレからは別段とソレにつっこみはしない。つっこんだら反撃くらいそうだから。オレからちょっかい掛けられるのではないかと待ち構えて威嚇してきてるし。

「さて、朝食まで暇だし遊戯でもするか」

 恐い視線を手を振ることで流して、席を立ち傍の棚へと手を掛ける。その中から取り出したのは、両手で簡単に抱えれる四角い箱。それを持ってもと居た席へと戻った。

「簡単にブラックジャックでもどうだ。ルールぐらい分かるだろ?」

「21になったら勝ちでしょ。ジャックからキングまでが10扱い、後はエースが1か11好きな方選べるだっけ」

「そうだ。21でブラックジャック、一番強い値。ただし2枚で21と3枚以上での21は、2枚の時の方が強い。あと22以上は等しく負け確定で……これについては後々説明するか」

 今、アスナが言ったコトとオレの言ったコトを知れば、ブラックジャックを遊ぶための方法を八割方理解したもんだ。ルールだけなら、カードゲームの中でも簡単な部類である。
 箱を開け、遊具を取り出して机の上へと並べて行く。

「チップですか」

 隣のネギが、取り出したトランプの束の横に並び積まれた色の異なる四色のコインの山を見て言った。

「そう。つまり賭け。ディーラーがオレ、そんでオレ以外がプレイヤーだ」

 コインは賭け金。勝ち負けの計算をするなら、チップを賭けて遊ぶ方法が手っ取り早い。

「何賭ケンダヨ。金賭ケテモ、テメェラジャ端金ダロ」

 と、ただチップだけ賭け合っても面白みもない。そこはチャチャゼロの言う通り何か別の賭け品が合ってこそゲームも盛り上がるというものである。特に賭け事というものは、負けた時は己に不利益且つ相手に有益、勝った時は真逆というのが本来あるべきものだ。

「んー、じゃあ中学生らしく、負けた人から好きな人訊くとか」

「っ、何よその賭け内容っ!」

「冗談だ。それにお前の好きな人なんて聞かんでも分かってるし」

 恥ずかしいのと怒ってるのが混ざった表情のアスナ。手玉に取られたせいか声にならない悲鳴を上げて悔しがってるようだ。これ以上の追撃は報復行動が恐いので当然しない。
 では、話をちゃんとした賭け内容に戻そう。

「オレのチップが無くなるか、朝食が来た時点でオレのチップより多かった奴の願い聞いてやるよ。聞きたいコト聞いてもいいしさ。でも無理難題は勘弁な」

「マタテメェガ不利ナ賭ケ内容シヤガッテ。テメェガ勝ッタ場合ドウスンダヨ。今度ハ菓子モネェゾ」

 チャチャゼロが言うのは修学旅行初日に電車で行ったカードゲームの事。その時とオレが提示したものは、ほとんど変わりなし。

「オレの願いでも聞いてもらおうか」

 だが、今回はチャチャゼロが言った菓子等の簡単な品ではなく、それらしい品を要望する。

「最近ヤラシイナ」

「変なコト言うなって。ただ願いってよりもアドバイスに近いもんかな。オレに利益なんて返ってこねぇもんだ。それに、オレが勝った場合に言うコトを聞いてくれてもいいし聞かんでもいい」

 それでも、やはりコチラが貰いたい質を落とす。
 釣り合いなんて取れてないと互いに分かる易い事この上なし。オレからはソチラ側にリスクが無いの一点張りである。

「どうだ、やるか?」

 それで成立していいのかと相手方は悩む。元々は遊戯として、しかし勝てば得られる物は大きく、負けても失うものなんてない。慎重な奴程、コレは悩む。

「でもその案じゃ聞きたいコト聞けないでしょ」

 アスナが良い所をついてきた。
 おそらくソチラが訊きたい事は、オレが修学旅行四日目に関わるなと言った事。幾らなんでもコレは喋れなく、無理難題の定義に含まれる。

「アスナがコレから起こすだろう行動にプラスアルファされるような助言ぐらいは喋れる――どうすれば守る力を付けられるかぐらいのヒントは言えるつもりだ」

 アスナ、そして刹那とネギに対しても有益に成り得る具体的な案を繰り出した。

「テメェノ持論カラ喋ルノカ?」

「借り物でも有益になれるものもあるだろう」

「ケケケ、ホントテメェハ嫌ラシイ奴ダ」

「お誉めの言葉感謝しよう」

 オレの提案に反論も肯定もなし。ならば、とチップの山をそれぞれに押し渡す。
 皆、自分の手前に来たチップを見て黙すだけ。拒否の声なんて上げられないように誘導したのだからこうもなるさ。これで楽しいゲームが始められる。

「とりあえず、チップ張ってくれ。チップは一人10枚。チップの価値は、色が違っても全部等価。そちら側がオレ以上の数字なら賭けたチップ分だけオレが払って、オレの数字以下ならチップ没収。同じだった場合は、そのままそっちに返却でいこうか。っと、その前にネギもそっち側に移ってくれ」

 トランプの束をカットしながらネギが向かいの席に座るまで待つ。

「揃イモ揃ッテ一枚賭ケカヨ」

 ネギが席についた所で三人が出したチップは各々一枚。ゲームはチップが払った時点で、等価じゃない賭け事が始まっている。
 賭け金をディーラーとして確認した後にカードを配り始めた。

「何で私達のは表なの? 普通は仁のみたく配るものじゃない?」

「親と子があるブラックジャックはこんなもんだ」

 初期のカードは一人二枚。ネギ、アスナ、刹那に配ったカードは二枚とも表。オレ自身へと配ったカードは一枚が表、一枚が裏である。ゲーム中に、この裏が何かを知れるのはディーラーのみ。プレイヤーが知れるようになるのは、1ゲームの結果が出る時だ。

「この時点で最初に賭けたチップと同じだけ積んでもいい。ただし、その場合は一枚引かなきゃならん。ってことは21のブラックジャックだったら引けないってコトだな。逆に手が悪ければ、賭けたチップを半分置いて降りてもいい。でも最低賭け額が1だから、賭けたチップが1の場合は降りるのは無しだ」

 三人共、チップが一枚なので降りるのはなし。全員ゲームの続行が確定している。

「本来なら1デッキじゃ少ねぇんだが、コレしかねぇから1ゲームが終わる度に回収してやるぞ。あと他にもルールがあるんだが面倒なもんは省く。スプリットとかインシュアって言っても分からんだろ?」

 コクリと頷くプレイヤー達。知らないなら知らないまま、特殊なルールなのでなくてもよい。そもそも、ルールを教えたとしても有効に使ってくれるとは思えない。特にハリセン使う女性の方は。

「あと、目立ったルールといえば、親に限り、手は必ず17以上にする必要があり、17以上になると追加のカードが引けないってコト。それと、そっちが22以上になった瞬間に賭けたチップは没収するってコトだ」

「じゃぁ16以下だと私達は勝てないってこと?」

「いえ、仁さんが22以上ならばコチラの数字が低くても勝てますよね」

「正解だ、ネギ。カードを追加する場合、順番は子、親の順。まぁ、やってく内に慣れる」

 カードの山を左手側に置く。後はプレイヤーの手が20以下だった場合、新たに引く意志があれば山からカードを送るのと、オレ自身にカードを送る作業だけである。

「あの、私の手札が――」

 刹那が自分の前の札を見て困惑している。その膝に乗ってるチャチャゼロは満点の笑い声だ。
 そこにあるのは、エースとジャックで組み合わされた二枚の札。つまりナチュラルブラックジャックである。

「オレがこの時点でブラックジャックじゃなければ、このゲームは刹那の勝ち確定って事だ」

 とは言ったものの、オレのオープンカードは7。この時点でナチュラルブラックジャックは、ありえないので刹那の勝ちが確定している。

「他のプレイヤーの方は引かれますか?」

「む、やな喋り方ね……とりあえず、私は引く」

「僕はこのままでお願いします」

 現時点でのアスナの手は2と8で10。ネギが8とキングで18。
 アスナが引く分にリスクはなし。エースが出れば万歳の手。ネギは3以下を引かねば、バースト確定リスク大なので慎重な判断と言えよう。
 アスナに表で一枚。そしてオレ自身にも一枚配る。
 さらにアスナに、もう一度カードを引くかの意志を確認し引く意志がない事を確認すると、ここで第一ゲームの結果へと移る。

「では、オープン」

 伏せられたカードを指で表へと返す。

「やった……っ」

「あぅ……負けです」

 喜ぶ声と残念がる声。
 オレの手は計19だった。刹那は当然勝ち確定で、ネギの手は18で一歩及ばず。そしてアスナが最後に10を引いて合計20の勝利である。

「アスナと刹那に6枚ずつ賭けられなくてよかった。1ゲームで飛ぶなんて悲し過ぎるしな」

 最小賭け額の1なので、此方の負けで払うチップは二人に1枚ずつで計2枚。貰うチップはネギから1枚で、残るオレのチップはネギと同枚数の9枚だ。

「って、もうチップ出してんのかよ」

 アスナの前にはチップが1ゲーム目と同じように置かれている。しかも今度は倍の二枚である。

「こういうゲームは流れが大事なのよ。勝ってる時は常に勝ちを拾う姿勢で行かなくちゃ」

「漫画ノ読ミ過ギダ、バカレッド」

 配ったカードを回収して、山と組み合わせてカットする。カットしている間に他二名もチップを払っていたが、此方二名は初めと同じく一枚ずつ。
 チャチャゼロがアスナの理論、というよりも意気込みに反論していたものも何故か同じような台詞で刹那を囃し立てている。大味な勝負見たいってか。それならいつでもオレが士郎か爺さん相手にしてやるってな。
 ともかく第二ゲーム。では、勝負の続きを始めさて貰おう。


 

 オレのオープンカードは3と7。相手のカードはキングとジャックの20。後は伏せカードを返して勝敗の決定である。
 集まる視線の中、幾度と同じようにして返したように、指で伏せられているカードを返した。

「残念21、ブラックジャックだ」

「……参りました……」

 伏せられているカードを返せば、ハートのエースが浮かんでくる。オープンカードの計10とエースの11を合算して丁度21となり、オレの勝利だ。
 ネギの賭けたチップ2枚を回収して、こちらの手元にある同じ色のチップの山に重ねる。

「三対一で勝てないなんて……」

 アスナがテーブルのカードを見ながら呟く。
 オレの手元にあるチップは4つの山、計40枚。プレイヤーから根こそぎ奪っての勝利だった。

 最後まで勝負をして粘っていたのはネギ一人。コイツは本当に厄介だった。
 ネギはゲームの途中から感覚じゃなくて計算して次のカードを引くか引かないかを決めていた。時にはオレがバーストしているのを読んで低い値で勝負に出たり、周りのカードを見て引くか否かを決めたりしていたようだ。コレはデッキが一つだけだから計算されるのも仕方のないものである。それでもソコに焦点当てるってのは、十歳にしてやり過ぎじゃねぇかと内心笑っちまってた。特に配り始めで、オレのオープンカードを見てダブルダウンするってのを後半戦やってきたから実に肝を冷やした。ただ慎重過ぎて最初に賭ける額が低めなのが穴だったか。

「単純に三対一って訳ではねぇけどな」

 最初にチップを全て失ったのは刹那。数ゲーム経った後、賭け金がいつまで立っても小さいと刹那の膝上にずっと居たチャチャゼロに囃したてられて賭け金を多くしたのが運の尽き。7枚賭けを行い、しかも敗戦してほぼ全額失ってしまった。コレには周りも掛ける言葉が見つからず。刹那の、はっ、とした表情とチャチャゼロの楽しそうな声だけが残っていた。
 アスナの方は……ノリだった。運は結構強いようだ。でも戦略面で難ありで刹那の次に早い段階でチップを全て失っていた。

「勝テネェノ当然ダロ。コイツイカサマ使ッテルシ」

「なんと酷い言いがかり」

 とんでもない事を言いなさるチャチャゼロさん。ほら、アスナに睨まれるではないか。

「証拠もねぇし、そもそもイカサマ使われた場合は現場を抑えなきゃ駄目だ」

「……ホントに使ってたの?」

「さぁ、どうだか」

 アスナの問いに有耶無耶に返してやれば、不満そうな顔だけして、これ以上は追及してこなかった。

「さて、じゃぁオレの願いでも聞いてもらおうかね」

 息を呑むプレイヤーだった方々。
 早速であるが、賭けの商品は忘れない内に貰う。それが何であるかと、相手方は緊張してるようだが、コチラに貰わないって選択肢はない。
 では、

「刹那、アスナに稽古つけてやってくれ。これが二人に対するオレの賭け勝った願いだ」

 三人が三人とも拍子抜けしたような表情をする。
 オレは最初に大したコトない願いって言ったつもりなんだけど、それ程意外だったのか。まぁ、オレに利益なんて微塵もない願い事なんだから意外か。

「ネギの方は明日になって一つお願いする」

「ケケケ、勝ッテモ負ケテモ似タヨウナコト言ッタンジャネェカ?」

「さぁてね。まぁ、そろそろ飯時だし片付けるか。家主さんも起きてきたコトだしな」

 箱にチップ、トランプを片付けながらチャチャゼロの疑問に答えつつ話を進める。
 オレの視界の脇には、やっと起きなさった別荘の主が、何で自分に視線が集まるのかと気に食わなそうな顔でコチラを睨んでいた。

 

 

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――7巻 54時間目――

2011/5/7 掲載

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