52 隣合わせの不安

 

 

「投影……できない……」

 ポツリと届く異常の声がオレの耳にも届いた。
 右の空手を見て呆然と立ち尽くす士郎。我が耳と目を疑いたくなる現状。どうも洒落にならんコトが続く、と悪態づきたくなるがそうも言ってはいられない。
 来いと士郎の服の一部を引っ張って闘技場の中心へと二人で行く。残る奴らには来るなと一つ威圧だけはして。
 茫然自失。信じられないと尚も右手を見続ける士郎。

「今は竹刀か? なら今度は干将と莫耶でやってみろ。必要なら八節踏んでな」

 早急に確かめなければならない。これはランサーが現れた時並の異変だ。むしろランサーが現れたのだからこの異変がオレの思う通りであれば、この異変は最悪と成り得る。

 目を瞑る士郎を見ると声はちゃんと届いてたようだ。
 自己の中へ埋没して想像、そして創造する。それが衛宮士郎の魔術の一端。

「……駄目だ」

 閉じた目を開けて初めに発した士郎の言葉は最悪なものだった。士郎の手にはあるハズのものも何も存在しない。
 最悪過ぎる。何でこのタイミング起きるんだ、と。
 駄目だな、こんなマイナス思考では。原因を探り、理解して解決しなければならない。ここではオレと士郎自身しか手の施しようのない問題。博識なエヴァですら、コレに関しては素人同然。すぐさま対策を講じる必要がある。

「魔力は?」

「ある」

「魔術回路のオンオフは?」

「それは問題ない」

 まずは医者の如く患者に語るように訊く。
 投影は出来ずとも、それを引き出す力はあるようだ。

「じゃあ解析と強化は、どうだ」

 銀のナイフを一本だけ士郎に手渡した。
 士郎の主な魔術は三つ。“投影”、“強化”、“解析”、そのどれもが衛宮士郎が本来使う“固有結界”から漏れ出た力。衛宮士郎の身は、ただそれだけに特化した魔術回路。
 士郎自身も“固有結界”が自分の持つ力だと理解しているのは、修学旅行の「あの朝」に聞いた為にオレの記憶にも新しい。

「構成材質――」

 士郎が左の手の平にナイフを置いて言葉を紡ぐ。

「……どちらも駄目だ。見えない上に、上手く流れない」

 再び開いた目。そして口から発せられる言葉は、さっきと変わらずに最悪なものだ。
 とても笑えねぇ冗談に聴こえてくる。衛宮士郎に限って、そんな身も蓋もねぇ冗談なんて言わないのは分かっているが。

「真名の解放は出来るか?」

 カラドボルグを十字架から取り出して士郎に渡す。
 士郎に確かめる事で、ある強大な力に対抗できる術で残っているのはコレぐらい。
 しかし、オレの声は半ば投げ槍。この時点でも出来ない事ばかりで痛手が大き過ぎだ。

「――出来る」

 返ってきた言葉は、先のものとは反対のもので、オレにとって意外と思える答えだった。

「根拠は?」

「手に持てば分かる」

「……解析出来るってコトか」

「ああ」

 どうやら全てが不可能という訳でもないようだ。
 少なからず嬉しい報せに感じるのは、余りに最悪な状態なせいで錯覚してるだけだろう。本来なら、真名の解放しか不可能だと絶望する場面である。

「じゃぁ纏めよう。まず出来ない事が投影、強化、解析。しかし、解析についてはカラドボルグのみ可能で真名解放もできる。それなら、それ以外は――」

 この魔剣とは違う幻想は、と。士郎の手元にある幻想以外にも此処には他の幻想も在る。テラスの脇に無造作に置かれた宝具が在る。
 一刻も早く、士郎の状態を確かめるべく宝具を取りに行こうと足を進めた矢先――ガシャリと立て続けに音が鳴った。目の前で起きた音のせいでオレの足が止まる。そこにあるのは、今しがた取りに行こうとしていた宝具の群れ。天から降ってきて、無造作に眼の前で散らばっていた。
 宝具と一緒に付いて来たのはチャチャゼロ一体。コイツなら話の途中からでも状況は簡単に飲み込めるだろう。

「エヴァの奴、聞き耳立ててんのか」

 そんで、こんな事するのはエヴァぐらいだ。チャチャゼロに問うも言葉は無く、ゲイボルクを持ち上げながら笑って流された。
 まぁ、どちらでもいい。エヴァ以外に聴こえてなければ問題はない。

「ゲイボルクハ、ナンタラッテノ出来ネェンダロ」

「そうだったな……あっちまで聴こえてたか?」

「イイヤ、アソコマデハ聴コエネェヨ」

 あっちについては、この確認で完全に安心とできる。本当に心配なのは此方側。チャチャゼロが携える体躯に不釣り合いな真紅の槍は、無理だと聞いているので分かっている。

「でも士郎の出した宝具で真名の解放がないものもある。釘剣、ダーク、アゾット剣はそうだし――秘剣と斧剣の方はどうよ?」

 今、オレが確かめようとしてるのは、真名解放という幻想が持つ能力ではなく技術である。二人の戦士について、彼らが持っていた特有の強力な力。

「小次郎の技は無理だ。でもヘラクレスの技なら出来る」

 士郎が言うと、その手で斧剣を持ち上げた。
 到底、普通の人間が持てるようなモノではない凶器。見た目は単に岩を削ったものにしか見えない無骨なモノでも、これは強大すぎる武器である。

「ギリシャノ英雄ト日本ノ剣豪カヨ」

 士郎が出した名の二つは、どちらも有名過ぎる名だ。
 でも日本にしてみれば小次郎は、特殊な名前という訳でもない。しかし、此処にある長い日本刀と名を照らし合わせれば、どんな人物か日本人なら分かるってものだ。

「フラガは?」

 銀の球を拾い、士郎へ投げつけた。
 片手でソレを受け止めた士郎は、斧剣を置き、手の中にある魔剣を睨みつける。

「……分からない」

「分かんねぇって曖昧だな」

 この魔剣について士郎が使えるかどうかは、さほど期待していない。「あの朝」では、初めて見て、触れたかのように振舞っていたのだから。とにかくコレに深く考えに入ってしまっては駄目だ。まだ判断材料が少な過ぎて、無駄に時間を消費するだけになる。

「……恐らく使える」 

「結局曖昧と。まぁ物が一発限りの物だから試し用もねぇしな」

 少し待って士郎が返した答えは結局どっち付かず。やはりコレについて考えるのは、今は止めておこう。

 士郎が、次々と宝具に触れていく。どうやらカラドボルグと同じように、問題なく使えるらしく、全ての札が無くなったという訳じゃないようだ。それでも使えなくなっちまったもんが多過ぎる。
 何故こうなったのか。理由を一つだけ推測するなら、

「原因は四日目のアレしかない」

 やはり「あの朝」のせいだろう。
 叫びと共に目覚めた士郎。普通ではなく異常な目覚め。虚ろな眼から始まった士郎の朝だ。

「まぁいい。明日になれば治ってるかも知れねぇし後回しだ。治ってなかったら絶望に一歩前進したって事で。これ以上話し合ってると面倒になる」

 探る時間が欲しいが、士郎にはオレから申し出た先約がある。そちらをこうも勝手に放っておいては、ただでさえ隠し事しているのに更に怪しまれて面倒になっちまう。
 カラドボルグを取って十字架へ、そしてボロボロのアウターに収められる干将・莫耶を含めた短剣の類は全て収めて、釘剣の鎖を肩に巻きかけて残る刀剣類を無理矢理両手で携える。ゲイボルクはチャチャゼロ、そして斧剣と弓だけは士郎に任せてテラスへと足を進めた。

「いよいよもって渾身の土下座で槍兵の兄貴に許して貰うしかねぇか」

「ソノ前ニ心臓刺サレテ死ヌンジャネ」

「洒落にならんぜ」

 チャチャゼロが背中から心臓ある所に、ツンツンと真紅の槍で小突いて来るのは冗談でもキツイもんがある。実際にそうなる未来がもっともありえそうなんだから笑えない。
 鋼の軋む音を鳴らしながらテラスへと戻る。集う視線は、特にオレへと。これだけ得物を持ってりゃこうもなる。

「エヴァ、木刀でも竹刀でもなんでもいいから模擬刀一本貸してくれねぇか?」

 話を当初のアスナが士郎と手合わせするという目的に戻す。
 既に十分怪しまれてそうなもんだが、ここで急に辞めるなんて言えば更に疑惑を助長する。特にネギとアスナの知らずとも理解に迫る勘が凄い。それだけは、なるべく避けたいもんだ。

「何なら竹刀じゃなくとも好きな武器言えば、それで士郎は相手してくれるが」

 ジャリっと鎖の音やら鋼のぶつかる音を立てて、オレが持ってる武器をこれから士郎の相手する奴に強調してやる。

「する訳ないでしょ」

「そりゃ残念だ」

 間は置いたが、アスナの士郎と手合わせする意志は変わってないようだ。
 溜め息吐いて茶々丸に指示をするエヴァを見ながら、オレもアスナの無茶な稽古を見る為に余計な得物を下あったテラスの所、干将・莫耶が2セット残っている場所へと持って行った。頭の中ではアスナが何分持つか、士郎がどのくらい手加減するか。そんな予想を立てながら。 

 

 

◇◆

 

 

 頭が痛いと一人の人物が寝床から起き上がった。
 辺りは暗く真夜中。ひたひたと白い壁で囲われた部屋を歩き出口を目指す。
 目頭が痛い。喉が酷く渇く。覚醒前のせいで睡魔が辛い。それでも、まずは水が欲しいと足を進めた。虚ろな思考で誰にも気付かれないようだけを思い、静かに足を。

 部屋を出て廊下を渡り、外に繋がる階段へと足を掛ける。ここの階段は円柱状の建物の外周に沿った螺旋状のもの。階段は幅広いのだが手すりというものはない。揺らめいて足を滑らせば、建物外周部にある階段故に落ちてしまう恐れがある。それは承知の上、壁際に手を掛けながら階段を上がる。
 体が異常を訴えている。オカシイと感じながらも、助けを求めるように足を進めた。
 ふと、急に振り返る。何かを察したように後ろへと注意がいったが、そこには何もなく、誰も居る訳でもなく、自分が上ってきた階段があるだけ。

「――刹那さんどうされましたか?」

 前方から不意に掛かかってきた声に、後方に向いていた顔を戻す。
 桜咲刹那。今、必死に壁伝いで上がっていた人だ。
 刹那に声を掛けたのは絡繰茶々丸。刹那より数段上で心配そうに刹那を窺っている。
 すぐに刹那は、自分に声を掛けたのは茶々丸だと理解していた。不思議な事に、痛みを感じていた頭も、目頭も、重い足も、虚ろな思考も消えていた為に、すぐ声を掛けたのが誰かと判断できていたのだ。

「こんな真夜中に不躾ですが、お水を一杯頂けたらと」

 ただ、痛み諸々の要素が消えたのだが、先程より酷くないものも喉の渇きだけは残っていた。

「はい、構いません。部屋にお持ちしましょうか? それともテラスの方に上がられますか?」

「……テラスの方でお願い致します」

 茶々丸が「分かりました」と一言入れて、階段を下りて行く。逆に刹那は階段を上がった。
 刹那が寝ていた部屋は、エヴァに空き部屋を適当に与えられたもので寝具と簡単な家具しかなく、刹那の他にも木乃香、アスナ、ネギの三人が今も就寝している。
 刹那は起き上がったばかりと比べ気分は楽になったものも、今すぐに部屋に戻る気分になれなかった。心配を掛けてしまうかもしれない、それが彼女の中にある考えだった。

 階段を上がる度に覚醒してくる頭を軽く抱え、テラスへと上がる。テラスには、ぼんやりとした光が灯っている。そこにはテーブルの前の椅子に腰かけた別荘の主であるエヴァの姿が在った。
 刹那は、少し気まずいと思いつつもテーブルの方へと進む。

「深夜の1時だぞ」

 テーブルの傍まで刹那が寄ると、手元のワイングラスを静かに揺らしてエヴァが喋る。そしてエヴァは軽く視線だけを刹那へやると、座れと一言だけ発して目の前に座らせた。

「すみません……急に頭痛がしたので、真に勝手ながら無理を言ってお水を頂きに参りました」

「外と此処の気候差でやられたか。思ったよりも体が弱いな」

 刹那の真に申し訳ないという態度にエヴァが鼻で笑う。すると更に申し訳ないと縮こまってしまう刹那。笑って済まそうとしたエヴァも相手がこんな態度では、やりにくいのかグラスを口元に持ってきてやり過ごそうとしていた。しかし、グラスの中身を飲み干した後も刹那の顔が上がらないので、エヴァの表情が僅かに曇る。

「刹那さん、お水をお持ちしました」

 そこで丁度よく茶々丸が戻って来る。茶々丸が両手を使って抱えているのは、水が入った大きめのペットボトルと既に水の注がれているコップと空のコップを乗せたおぼん。
 茶々丸は、すっ、と刹那の前にコップを置くとエヴァの隣の座った。

「ありがとうございます、茶々丸さん」

 素直に礼を述べてコップを口に持って行く刹那。そんな刹那を見て一つ溜め息をエヴァは吐いていた。
 刹那は、水が入ったコップ一気に飲み干して、コトン、と小さな音を鳴らしテーブルの上へと置く。そして、空になったコップを眺めて一拍。

「あそこに居るのは仁さんでしょうか」

 刹那が言う。その語り掛けた相手はエヴァだ。
 エヴァは刹那を見る、のではなく、刹那の背にある闘技場より更に後方の別荘の出入り口となる魔法陣がある所へと目をやった。そこはテラスと同じようにぼんやりと光が灯っている。

「ああ。うちの口煩い従者と一緒に居るようだ」

 興味なさそうに、さらっと答えて空のワイングラスを弄るエヴァ。
 そんなエヴァに続けて刹那は口を開く――

「アイツの生活など気にもしない」

 と、刹那が喋る前にエヴァが続いて話した。

「だが、此処に居る時は風呂に入った後はすぐに寝るような奴だ。まあ、ボロボロにされてるだけあって当然だがな」

 つまり今日、仁が起きているのは、いつもと違うとエヴァが述べる。

「やはり士郎さんの事で、でしょうか」

「さぁな。衛宮士郎の力は深く聞いてもいないから答えようがない」

「……士郎さんが取りだした剣は不思議な力を感じます。しかし、士郎さんが昼に呟いた投影ができ――」

「刹那」

 エヴァが強い口調で名を呼んだ。
 止まる刹那の言葉。動揺を隠せない瞳と、睨みつける強い瞳が交差する。

「年配の私だ。年上として一つ警告しといてやろう」

 エヴァは茶々丸が再び満たしたワイングラスに目を一度落としてから刹那を睨む。

「これ以上はアイツら側に踏み込むな。一歩踏み入る度に、道を一つ踏み外す」

 エヴァの強く縛りつけるような視線とは裏腹に落ち着いた声が通る。
 息を呑む刹那。
 辺りは静か。しかし空気は重い。そう、エヴァの言葉通り警告。今、エヴァは刹那を威圧している。
 迷う刹那の瞳。自分が聞いてみたいこと。自分が知っていなくて、目の前の人物が何かしら知っているものがある。訊くに訊けないと高圧的な相手の眼を見て刹那は思う。
 エヴァは、といえば刹那からいつの間にやら目を逸らし、刹那の後ろを睨んでいた。

「オレが説明してやろうか」

 刹那の背からの声。そこに刹那もやっと目を向けた。頭にチャチャゼロを乗せた話にも出てきていた防人仁がソコに居る。
 仁の格好は昼のボロボロだった服でなく、夕食前に着替えていた服と同じもの。そんな仁を見てエヴァが何かを諦めたかのよう息を吐く。

「チャチャゼロが教えてくれてな、っと、すまんねぇ絡繰」

 茶々丸が刹那の隣に水を注いだコップを置き、仁は礼を言いながらソコへと座ってチャチャゼロを自分の膝上へと移した。

「今、刹那の立ってる所は非常に危うい。理由は当然、他の奴らよりもオレを知ってるからだ」

 仁は軽そうな仕草でコップを取りながら早速此度の説明を始める。

「エヴァは、それを重々承知してコッチに踏み込んでる。相当物好きだな」

「私は降りかかる火の粉も、そこらも火の粉もついでに振り払える。何の問題もなかろう」

「頼もしい限りの言葉だ」

 エヴァのセリフに口だけ苦笑いを浮かべる仁。
 水を半分だけ飲み、水面に目を落として説明を続ける。

「当たり前の事なんだが、相手が利口でも阿呆でも叩き易く、崩し易く、利用できそうな場所を叩く。加えてそれが面倒ならば真っ先に叩きたいだろう。残念ながらオレに全部当てはまっていてな。でも相手方はオレの本質を知ってる者は居ないみたいだから今んトコは安心だ」

 と仁が言うと、刹那に一度笑い掛ける。
 黙って聞き入る刹那。そして、仁はもう一度コップの水面に視線を戻して説明を続けた。

「しかし、少しでも勘ぐられてしまったら? オレの下に直接来るかもしれない。これはオレが何とかして追っ払えばいい。その難度がキツかった場合、今はひとまず置いておこうか。それとは別にオレが危惧してるのは周りから切り崩してくるやもしれん奴が居た場合の事だ」

 仁は、あくまで仮定の話だと付け加えて説明する。

「刹那のように実力はあっても奸計や搦手で言えばエヴァや真名でなければ手に余る。特にオレのような奴が居れば相当拙い」

「自画自賛カヨ」

「勝つ為なら汚い手を使う野郎ってこった。チャチャゼロも狡い奴ってオレによく言うだろ?」

「事実ダシヨ」

 仁は自分の膝上のチャチャゼロと冗談でも交わすように陽気に振る舞う。
 刹那と絡繰は、そんな様子も黙ってみるが、エヴァだけは、さっさと進めろと視線で仁へと訴えていた。仁も悪いといった素振りで、チャチャゼロの頭を撫でてから次へと進める。

「最悪を想定すれば人質から拷問まで考えられる」

 パシッ、と物を取る音。仁が右手で懐から何かを取った音だ。
 そしてテーブル上には、仁の開いた左手。間髪入れずに銀の刃を握った仁の右腕が左手へと振り下ろされた。

「そんな奴は来ないと願いたいけどな」

 テーブルを叩く音と一緒に、からっとした仁の声が通る。
 此処に居る誰もが脳裏に、あの時と同じ赤で染まった出来事を思い描いただろう。しかし、あの時とは違ってテーブルは赤く染まっていなかった。それもその筈、あの時とは違って貫いたのは手の甲とは違って、指と指の開いた隙間。これではテーブルに赤が染まる筈もない。

「と、まぁ刹那は隠すの下手だから、オレ側に踏み込んでくると危ないんだ。嘘つけんだろ?」

「貴様がそう言うとやましい」

「御主人ニ同ジダゼ」

 仁は勘弁してくれと、苦笑いを浮かべながら残っていた水を飲み干した。

「魔法でオレのトコだけ、あの日の夜に刹那が聞いたコトをスッパリ消してもらえばいいんだが、オレからは刹那に強要もできんし、消したとしても魔法故に破られて記憶を戻される可能性もある。むしろ、それなら知っていた方が安全かも知れん」

「結局、貴様は何も対策が取れてないのだろう」

「相手の勢力が槍兵以外不明だからな。加えて目的もハッキリとは不明。接触したくはねぇが、もう一度接触しない限り手の施しようがねぇよ。そのまま一生会わないのが一番だけどな」

「無理ダロ?」

 仁はチャチャゼロの疑問へ言葉を返さずに空になったコップを、ごちそうさん、と言っておぼんに戻す。

「少しでも知ってる人と、全く知らない人、どっちが安全なのかも今はまだ完璧な答えは出せない。それでも、踏み入り過ぎると拙いのは確かだ。槍兵に関してはオレの命だけでも精一杯だから隣に来る奴まで手が回るとは思えねぇ。これはネギにも言ったことだったか」

 仁がエヴァを見るが、こっちを見るなと視線で返される。チャチャゼロを見ると暴言で返されて、つれないねぇと一言。

「イレギュラーさえなければ、この問題もさほど難しいもんでもなかったんだけどな」

「テメェガ巻キ込ンダンダカラ文句バッカ言ッテネェデ、シッカリ責任持テヨ。ソレガ男ノ務メダロ。ムシロ全部ヤレバ、チッポケナ悩ミモ関係ネェダロウガ」

「英雄か神の如く全部救えってか。そりゃキツイって何度もいってるのに、さすがチャチャゼロさんは無理難題を言いなさる」

 仁は、くるくるとナイフを回して懐へと、さっ、としまい込んで笑う。

「愚痴ってもいられねぇか。一度限りのクレジットだ。ミスは許されねぇ」

 そして席を立ち、チャチャゼロを頭へと乗せた。

「英雄も神も見下ろせるぐらいの結果を出すさ」

 手をひらひらと振ってテラスから去る仁。進む足はもと居た別荘の出入り口へと。

「相変わらず、いつも口だけは達者な奴だ」

「ですが、仁さんの語りは羨ましいです」

「お前は口下手だしな」

 男の背中を見て、一人は尊敬の念を込めて、もう一人は呆れたような無関心なような視線を送る。

「結局、口が上手く、理想が大層なものでも結果が残せんと意味などない。昼のアレでは理想には遠いさ」

 空になったワイングラスにワインを自分で注ぎながら話すエヴァ。隣の茶々丸には、飲み過ぎると体に障ると心配の声も掛かるが、エヴァは問題ないと言ってグラスを口元へと持って行く。

「落ち着いたら部屋に戻れ。お嬢様が起きれば、居ない友人を探し廻って騒がしくなる」

「大丈夫でしょうか、桜咲さん。もし具合が優れないならば薬を用意しますが」

「いえ、お水を頂いたお陰で感じていた痛みもなくなりました。お心遣い感謝します。では、私は此処で――」

 刹那は席を立ち、深く一礼した後に自分の部屋に戻るべく、テラスから去って行った。

 

 

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――7巻 54時間目――

2011/5/6 掲載

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