51 switch(Ⅱ)
仁が部屋から別荘のある地下室へと向かう。エヴァも何を言う訳でもなく黙って絡繰を連れて、仁と同じ所へと向かって行ってしまう。
そして家主が消えて、部屋に残されたのは客人だけになった。「んー……」
近衛が唸りながらトコトコと歩いて、エヴァがさっきまで座っていたソファに、ぽすんと座る。
「ぱくておーかー」
顎に手を置いて何もないテーブルと睨めっこしながら喋る近衛。
仁は仁で唐突過ぎた。余りにも急に近衛へ仮契約を提案すると。アイツの事だから思いつきという訳でもないと思うが、出した案が飛躍したものだからもう少し順序立てて話せばいいものを。「えーと、このか」
「ん、なんや?」
神楽坂が近衛の隣に座って近衛の手を取り、やや困惑した表情で向き合っている。
「このかは、魔法の世界についてどう考えてるの?」
「まだよーわからんな。でも、せっちゃんもネギくんも士郎くんも、みんなずっと前から魔法があるって知ってたんやろ」
そうだ、とコチラは頷く。ネギも同じくして。桜咲だけは気まずそうにして縦に首を振った。
「ウチは手伝いたい。だってウチはものすごい力があるゆうし。それでみんなの助けになるんならウチは手伝いたい」
「このか……」
「ほら、使わな宝の持ち腐れや」
近衛は笑って、自分が歩む道を決断した。
その道は辛くなる。一言、送ろうか迷った。
ネギの手伝いをするなら――ネギの境遇を考えれば、辛くなるのは確実だ。仁の話を聞けば理解なんて容易い。まだ彼女は引き下がれる位置にいる。止めるのならば今より先はない。恐らく此処が近衛の一生に関わる分岐点だ。
しかし、俺が近衛の将来を決める権利があるのか。決断を止めていいものだろうか。誰もが傷つかない道を。平和に暮らせればいい。遠い理想の世界。
近衛が取ろうとしているのは戦と隣り合わせの世界。理想とは真逆の世界。
彼女は理想とは真逆の世界に居る人を守りたいが為に道を決めた。ネギを守る為、桜咲を守る為に。それを止めれば近衛はきっと――「大丈夫、ウチが決めたコトや。もしウチが危なくなったらせっちゃんが助けてくれるもん」
正面では近衛が俺の方へと優しく笑い掛けていた。
近衛がソファから立ち上がり、とてとてと足早に俺の傍で立っていた桜咲の腕に抱きつく。そして、近衛は気恥かしそうにする桜咲の顔を見てから、また俺へと笑い掛けてきた。「士郎くん顔にでやすいからなー」
「注意しないとな」
俺は笑顔の近衛に笑顔で応える。
注意しても中々直らない俺の欠点。仁が本当に羨ましくなる。近衛が桜咲の腕を引き、ソファに戻って座っていた神楽坂と一緒に三人で仲良く座った。
こう見ると、みんな普通の女の子と同じ。俺が歩いてきた道と違う、俺が決めた道を歩く前にもよく見た姿だ。過去を思い出すのは此処までにして、傍に立っていたもう一人の子ども先生の肩を持って、仁が出て行く前まで座っていた一人用のソファに座らせた。
「士郎くんと仁くんの手伝いもしたいんやけど、仁くんに怒られてまうからなー」
「ああ。きっと仁はカンカンになって近衛を叱る」
それとも叱らずに嘘言って誤魔化すのか、他の事に気を向かせるか。アイツは嘘が上手いから上手くやるだろう。
「んー、ぱくておーてちゅーするんやろ?」
「え、う、えっと……」
近衛が三人の間に座っている桜咲へと訊ねる。桜咲は勿論だが、その一つ奥の神楽坂も慌てている様子だった。
神楽坂と桜咲の二人は主は違うけれども仮契約した身である。片方は守りたいが為、片方はトラブルに巻き込まれて。「カモの仲介がないと契約は出来ないハズ」
このまま見ていても、あの様子では話が進みそうにないので此方から一言送った。
「カモくんかー」
「……今日、アイツ見てないわね」
いつもネギか神楽坂と一緒に居るカモだが今日は一度も姿を現して居らず、どうやらカモと同じ部屋で過ごしている女子の二人組は見ていないようである。目を落として見ても、飼い主であるネギもあの獣の居場所は分からないといった様子だった。
「仁もあんな風に言っていたんだから、仮契約するかは近衛の意思次第だ」
「そうやな」
カモが居る居ないどちらにせよ近衛の意志で仮契約をするしないが決まる。それに今すぐにも決めれるような事でもないだろう。
「そいえば仁くん達は何処いったん?」
「仁は日課のトレーニング。エヴァと絡繰は付き添いって感じかな」
俺へと訊ねてきた近衛に答える。
仁が別荘に、そしてエヴァは気が乗ったら見学しに別荘に入り、絡繰がエヴァに付いてくる。此方に来てからの日常となっているモノだ。
ただこのメンバーだと食事時が気まずい。初めはそんな事は無かったのだが、仁が媚薬の事件を起こした後から食事会は険呑とし始めた。それは別荘の持ち主であるエヴァの態度が変化したせいだ。仁とチャチャゼロは、おそらくエヴァのピリピリしている様子を分かっていながらも何時もと変わらずにしている。だが此方はどうもまずい。特に絡繰は、エヴァが態度を変えた時から気を使って自分から学校の話をするようになったぐらいだ。
それでもエヴァは不機嫌だろうと俺達が別荘に居ると分かれば度々入って来るので何とも言い難い。「士郎さんと仁さんって、エヴァンジェリンさんの家で毎日鍛えているんですか?」
「ああ。此処が一番いい場所だからな」
ソファの肘掛の一方に両手を乗せて後ろを振り向き訊ねてきたネギに答えた。
鍛練場は地下室にある別荘なので、正確には場所が異なると言える。鍛錬するという観点で見れば別荘は、環境や地形的に見ても最適の場所であり、何より1時間が1日に変わると言うのが大きい。やはり別荘が一番適した場所と言える。
ネギがそうですか、と言って前に向き直し一息吐く。そして、また一息後にさっきと同じようにして此方へと振り返ってきた。「士郎さん……見学させてもらってもよろしいでしょうか?」
ネギは遠慮がちではあるが、どうしても見たいと目で訴えてきた。
「ウチも見てみたいなー。せっちゃんはどう?」
「そうですね。私もあなた方がどのような修練を積んでいるのか気になります」
「むー、せっちゃん真面目やなー」
「あ……すいません……」
続いて近衛と桜咲が言う。
神楽坂だけは喋ろうかと悩んでいたように見えたが、此方は本当に言葉を挟むのを遠慮しているようだ。
ふと、ネギの父親の別荘で話した事を思い出す。俺に対して接しにくいと神楽坂は言っていたな、と。「分かった。着いてきてくれ」
許可、拒否、どちらも選べた。ネギ達が行動を取る時は、普段なら仁から合図や指示を事前に貰っている。修学旅行からはソレが顕著に出ている。だが今回はソレがない。仁風に言うなら「お前の好きにしろ」って所だ。
俺達の鍛錬は人に見せるようなものでもないし、仁の思惑とやらにも影響は出てくるだろう。それでもネギには一度見せるべきだと思った。だから応という言葉で素直に返した。こっちだ、と言って地下室へと先導する。一階部分から階段を降りて薄暗い地下へ。そして大量の人形が脇に並ぶ廊下を渡り一つの部屋に入る。
台座の上にボトルが置かれただけの部屋。広い部屋なために何処か寂しい空間。ボトルの前まで行き、チェックと軽く声を出せば、ボトル内に文字が浮かぶ。
一つは「visitor 3」これは今現在、別荘の中に居る人数である。チャチャゼロとエヴァの他の従者はカウントされない仕様なので、仁、エヴァ、絡繰の三人で正常な数字だ。
もう一つは「time」である。此方は文字の後にデジタル表示で時間と分の時刻が表わされている。しかし、来訪者数を示す数字とは違い頻繁に分の位が上昇している。これは今現在の別荘の時刻なのだから当然の事。此方で1秒立てば、別荘内では24秒経つんだから。「みんななるべく離れないようにな」
別荘が入ったボトルの上に手を置く。
カチッ、という音と共に周囲の景色やら気候が一瞬にして変わった。
五日ぶりに見る景色は、以前から何度も見ているものと変わりない。「うっ……此処どこよ……っ」
「ほえー、高いなー」
「下を覗いて落ちないように」
これから向かう先までに使う橋幅は2メートル程度で、橋から下の水面までの高さは30メートルはある。手すりもない橋なので油断すれば落ちてしまいかねない。
後ろに気を掛けながら、再び先導する。
橋の半分まで渡った所で隣にネギがやってきた。「これは空間型の魔法でしょうか……?」
「すまん。生憎、俺は魔法の知識がすっからかんで答えられない。エヴァも居るだろうから詳しい話はエヴァに聞いてくれ」
その別荘の持ち主はテラスにある長椅子で横になって本を眺めている。此処に俺達が入った時に一度だけ此方を見ていたけど、すぐに本へと目を戻していた。
橋を渡り切ってテラス前にある広い円状の闘技場に着く。そこでは上半身裸になって黙々と、片腕のみの逆立ちで、さらに5本の指だけで汗を流して腕立てをこなしている男がいた。少しオカシク感じるのは、天を向いている足にチャチャゼロが乗っているってところ。「無茶な腕立て伏せやってるな」
傍まで行って声を掛ければチャチャゼロが飛び降り、仁が腕立てを止めて足を地へつけて手をパンパンと埃を払うが如く叩く。
「30回が限度だ。昔から憧れてたヤツだから、これだけ出来れば感動もんよ」
くっ、と仁は笑って俺の後ろに付いてきている人物を見る。そして、やはり連れてきたかとでも言いたそうな表情で俺を一度見た。
「悪いなネギ。まだ交渉完了してねぇ」
親指で後ろのテラスを指してネギへと言う仁。その後に俺以外へ先にテラスへ向かってくれと言って、皆を先に行かせた。
闘技場中央で残ったのは俺と仁とチャチャゼロ。先に行かせたメンバーを暫く目で追った後に、仁が此方へと振り向く。「それで、木乃香と仮契約した?」
「何故俺に言う」
「素直に考えて仮契約する相手なら士郎か刹那かなって。あー、そもそもカモが居ねぇか」
仁は悪い悪いと軽く謝罪のジェスチャーを送って笑いながら皆と同じようにテラスへと向かった。
「まだ基礎トレだけか?」
「俺ハ相手スンノ面倒ダシナ」
最後まで残っていたチャチャゼロへ聞いてみれば此方も仁と同じく笑って返される。
正直な話、今のは聞かなくとも分かっていた事。未だに仁の相手をしているチャチャゼロの姿を見た覚えがないし、聞いた覚えもない。仁が疲れきった所に追い打ちする姿を見るのがほとんどだ。チャチャゼロが走って仁の後を追いかけ、俺も歩いてソレに続く。
一足先にテラスへと到着した仁は、絡繰からバスタオルと水を受け取って、皆が座っているテーブルの席へと座っていた。
俺は仁の隣へと座って皆と顔を合わせる。目の端に気になるモノも移ったけれども今は置いておこう。「仁くんもむきむきやなー」
「昔よりはまともになってる自信はある」
仁が右腕を伸ばして強く手を握り、前腕の筋肉を強調していた。よく筋トレ後や風呂の時に、こんな事をやっているのを見る。風呂の時だと人の腹筋に拳を入れてくるのが仁である。曰く、お前の身体が気に食わないだそうだ。
遊び心溢れる仁に、近衛は愉快だと笑顔だ。その隣に座るネギは何やら考えて仁の腕を眺めていた。それぞれ、らしい様子って所だろう。「アンタ服着なさいよ」
「汗ひいてから着ないと気持ち悪ぃんだ」
仁は神楽坂に注意されるもバスタオルで頭を拭きながら軽く流していた。
神楽坂もいつもと変わらぬ態度。あともう一人居るのだが、彼女だけは何処か困り顔だった。俺から突っかかるのも悪いので声は掛けないでおく。「それで、お前たちは見学か。多分つまらんぞ」
「イヤー、俺ハ仁ガボコラレテルノ見ルノハ最高ノショウダト思ゼ」
チャチャゼロがテーブルの上に乗り、片腕に持っている干将を仁の顔に付きつける。
「ま、いっか。士郎、早速ちょいと付き合ってくれ」
仁は苦笑いで干将を軽く退けて、頭にバスタオルを被せたまま席を立った。そして、仁は先程俺が目の端で気に掛けていた場所へと向かう。その先にあるのは投影品。俺があの時に投影してしまったモノの群が無造作に其処に置かれていた。
俺も席を立って仁の後を追う。
先にテラスの外にある其れらの前に着いた仁は、干将・莫耶を一組だけ手にとって俺へと投げ渡してきた。「何するんだ?」
仁は傍にあった服で覆っているダンボール箱を抱えて闘技場に向かう。
「投擲の練習。投擲よりは投剣って言った方がよさそうだ」
仁が俺の質問に返すと、箱に掛かった服をずらして中を此方へ見せてくれた。箱の中を確認してみると、入っていたのは全て同じ銀色のナイフ。
コレを使って訓練をしたいと。つまり仁は、俺を的にするから渡した干将・莫耶で弾いてくれと言いたいらしい。「動いた方がいいか?」
初めは仁に色々な武器を試させはしたが、カラドボルグを握らせた時から剣で固まっている。今回は原点に戻る、いや、プラスアルファを仁は独自に得ようとしている。
仁の短剣の投擲に関しては俺も少し味わっているし、鍛える意味は大いにあるだろうかと思う。「いや、最初は静止で頼む。弾いてくれ。10メートルぐらいでも大丈夫か?」
「大丈夫だ」
仁が闘技場の中央辺りにダンボールを置いて陣取り、俺は仁の要望通りに10メートル程度離れた所に陣取って構える。
くるりくるりと器用に手の中で一本のナイフを右手で遊ばせる仁。
パシッ、とナイフを強く掴む音が鳴る。その一瞬後、俺の眉間目掛けてナイフが飛んできた。
俺は莫耶で飛んできたソレを弾いて、次に備える。
もう既に仁が次の動作を始めていた。ナイフの刃の先端を右の親指と人差し指で挟み振り被って全力で投げつけてくる。同じく俺の眉間狙いのナイフ。そして此方は干将でナイフを弾いた。
目の前で軽い金属音が一つ、二つと続けて鳴った。俺が弾いたナイフは地に落ちて、ソレを仁は一度眺めてから顔を上げる。「スナップだけでも振り被っても命中率の違いはねぇか。士郎、速さの違いはどんなもんよ?」
「振り被った方が断然速い」
一射目は、ほとんど動作のない投擲。二射目は、予備動作は大きいけれども一射目とは違って速い。
「続けていいか?」
「ああ」
俺が答えると仁は左手を使って、さっきと同じように俺の眉間目掛け手首のみと振り被っての動作でナイフ投げてくる。そして、こちらも同じように弾いた。
投擲に関しては右と左の手で差異は感じられない。仁は一拍だけおいて、床に置いてある段ボール箱に両手を突っ込む。そして、手を段ボール箱から抜くと右と左の手にそれぞれナイフが四本、計八本のナイフが指と指の間に一本ずつ握られていた。
一拍、時が止まる。
合図なんてものはない。仁のタイミングで凶器は飛んでくる。ナイフが風を切る。腕を交差するように投げ飛ばしたモノが我が体を切り裂こうと八つ飛来した。
幾つもの金属音が、ほとんど同じタイミングで鳴る。
干将で四本、莫耶で二本を一振りで弾いた音。弾かねば静止状態の今なら簡単に体を裂いていた。
残る二本は外れて後ろの空間へと吸い込まれる。その一瞬後、バチリという花火のような音が後方から鳴った。振り返れば闘技場の端で後ろへと通り過ぎたナイフが二本落ちている。ナイフが外れれば此処から遥か下の水辺へと落ちるコトになる。そうなれば片付けも面倒。これはきっとエヴァの配慮で、闘技場の周囲に結界でも張ってくれたのだろう。「多いと狙いは外れ易くなるし、投げ動作もきっちりしないと面倒と――」
何やら呟いている仁に台車を牽いた絡繰が寄る。どうやら台車にナイフ入りの段ボールを乗せる為に牽いてきたようだ。そちらの方がわざわざ屈まなくても済むので投擲の練習をするには便利。絡繰は気が利く。
仁は絡繰に軽く頭を下げ、絡繰がテラスの方へと戻った所でナイフを数本取り出して構える。「次はかわすの多めで頼む。なるべく大きく動いてくれ」
油断はせずに仁の練習へ。凶器を使ったやり取りだ。ぬるくはできない。
◇◆
破裂音が何度も飛び交う。ナイフが円形の闘技場を囲む魔法の障壁と衝突すると発生する音。
仁の希望通りに士郎が右へ左へ、時には上へと縦横無尽に仁が投げるナイフに対して回避行動を取っているからである。
仁は動き回る士郎に次々とナイフを投げる。一度に投げるのは一から八まで。パターンを変え、投げ方を変え試し続ける。それらのナイフは士郎にかすりもせず障壁に吸い込まれて破裂音ばかりが鳴っていた。その中、時たま金属音が混じるけれども、それは士郎が両の手にある剣でナイフを弾いている音である。「アレって本物のナイフよ……ね?」
「鍛練で玩具の武具を使う馬鹿が何処に居るド阿呆」
テラスの中にある席で闘技場を見て疑問を投げたアスナに、少し離れた所で寝転がり本を眺めたままのエヴァが答えた。
「だって、仁は狙ってるでしょ……」
「仁ノ腕ジャ士郎ハ落チネェヨ」
ネギの膝の上に座るチャチャゼロが、ついでと言ったように喋る。
アスナは何も言い返せなかった。アスナ自身も士郎にナイフが当たらないと感じていたから。それでも本物のナイフを使うのはどうかと不満を感じながらも真剣な表情で闘技場を周りに座る友人と一緒に眺める。響く破裂音が三桁を軽く越えた所で止まった。闘技場の円周上付近では、いくつもの銀色のナイフが散らばり、円の中では点々と少量のナイフが落ちている。
仁が投げるのを止めると台車に掛かっていたシャツと上着を手早く着用して、空になったダンボール箱が乗っかっている台車をテラスの方へと突き放した。台車はテラス前の階段の所で丁度よく停止し、それを茶々丸が手早く片付ける。「んー、相手から攻めてこないとなると精度もそんなに落ちねぇか」
「俺としては、いつの間にそんな技術ついたのか不思議だぞ」
楽しそうな笑いを浮かべながら空間に剣を出す仁と真顔で話す士郎。
互いの距離は投擲の練習を始めた時と同じ10メートル。「じゃあ、いつも通り頼む」
「今日は浜辺じゃなくていいのか?」
「たまには足場のいいとこで。掃除すんの面倒だけどな」
仁が喋り終わり1秒と掛からずに其処から爆ぜた。動かず士郎に奇襲染みた攻め。
片足を軸にして回転を加えた右手で握るカラドボルグの斬撃。だが、其れを士郎は干将と莫耶で挟むようにして難なく防いでみせた。
士郎はすぐ様に受けた剣を弾き飛ばす。士郎は、そうしなければならなかった。仁が空いていた左手で上着に仕込んでいたナイフを二本飛ばしてきていたせいで。一見攻めに進んでいる仁ではあるが、その口からは呻き声が上がる。
士郎の取った行動は、ナイフを完全に回避という最良に加えて蹴りが一つ、仁との間合いを離す為に与えたモノ。仁は両足を地に、蹴りの衝撃で滑りながらも転ばぬよう踏みとどまっている。士郎が間髪入れずに地を滑る仁に追いついて、一刀を振り下ろした。攻守は先のものとは逆転。防がねば血が飛ぶ。
しかし、仁は無理な体勢にも関わらずカラドボルグで振られた黒い一刀を防ぐ。だが仁は、そのまま安心してもいられない。士郎は二刀使い。続けざまにもう一方の白い刀が降ってくる。パキッ、と崩れる音が響く。闘技場にある像は、散らばる銀色の欠片と赤い飛沫。
闘技場では仁が飛び退き、自分の姿と初めの間合いと同じ先で構えて待つ相手を見比べている姿があった。「刹那、バカレッドガ分カッテネェヨウダカラ解説シテヤレ」
テラスでは血が舞ったと笑うチャチャゼロが喋っている。
言われた刹那はアスナの方を遠慮がちに見るが、アスナはネギの膝に居るチャチャゼロを睨み中。どうしようかと戸惑っている刹那に痺れを切らしたチャチャゼロは、ネギの膝から刹那の膝に移って、さっさとしろと声を掛けた。「今のは士郎さんが蹴撃を与えた時点で有利が揺るぎません。それでも仁さんは、滑っている体勢からよく士郎さんの一振り目を防いだと関心します。加えて二刀使い故に連続で来る二振り目を仁さんが隠し短刀で防御の姿勢を取れたのも中々のモノかと。しかし、ナイフ程度の硬度では士郎さんの斬撃は止められず、取りだしたナイフ三本全てが破壊され、剣の勢いそのままにして頬に傷。ココで一旦仁さんが剣で士郎さんの剣を押し、身を退きます。ですが押した時のタイミングを士郎さんに合わせられてしまっています。合わせることにより、士郎さんは退いた仁さんと同じだけ踏み込めて、押された剣を流すのも容易となり、仁さんの脇腹に一太刀入れられたようです」
刹那の説明が終わると同時に闘技場でも場が動く。再び剣戟の音が辺りを散らしていた。
「ウチは全く見えんかったなー」
「馬鹿を誉めすぎだ。その解説じゃあ満点にはならん」
呟く木乃香。そして刹那達とは少し離れて寝転がっているエヴァの声を両耳で拾って少しだけ動揺する刹那。
チャチャゼロは、そんな刹那の表情を見上げながらケケと笑って口を開く。「アイツノハ剣術ッテヨリ、奇術ダカラナ。ソレデモ仁ハ剣使イ。剣ナラ神鳴流使ウ刹那ガ詳シイダロ。次ハ満点取レルヨウニ解説シテミロヨ」
引っ込み気味の性格な刹那は、すぐに答えようとはせずに、まず悩む。言うかどうかと言うより、自分が口に出していいかどうか。
ここで後押しをしたのは周囲の様子だった。アスナ、ネギ、そして木乃香までも刹那の解説を待っていた。周囲の視線が集まる中、刹那の性格でソレに断る事はない。闘技場へ視線を移してから解説を始める。「仁さんは剣だけに頼らず体術、投剣術も組み合わせています。私もそういった技術自体は会得しています。しかし仁さんの場合は幅が広い。もう少し詳しく述べるなら剣術特有の体術と剣がない時用の体術のみを使用するのが私で、私が使う体術に加え、拳法、柔術、空手など多種に渡る技術も取り入れているのが仁さんです」
「アイツのは見掛けだけで半端もの。言うなればただの喧嘩術だ」
刹那の解説後、またもやエヴァが口を挟む。
「それでも剣の振り方一つにしても素人のものではありません」
しかし、今度の刹那は先程と違って反論と呼ぶには口調が弱いが、エヴァに対して反抗していた。
刹那の中では喧嘩は素人という認識だった。だが、防人仁の動きは荒くはあるが素人とは遠く、そう呼ぶには余りにも失礼ではないかと思っていた。「それって、仁が凄いってこと……?」
「普通ヨリハナ。一応士郎ガ剣ニツイテハ糞真面目ニ教エテルシヨ。ゴミ屑ヨリハ価値ガアル」
視線を闘技場から外さずに呟いたアスナにチャチャゼロが楽しそうに答える。
「でも普通じゃないなら、何でこんなに――」
差があるのか、と。アスナは言葉を濁す。
仁と士郎の差は一目瞭然で圧倒的。ぶつかる度に片方は傷つき、片方は全くの無傷。積み重なれば積み重なるだけ差が酷くなるだけだった。「士郎さんが仁さん以上に格上過ぎます。剣の扱い方一つにしても、体術にしても。技術、運動能力、攻守共に仁さんを格段に上回っている為に仁さんの勝てる要素が見当たりません」
刹那がやや強めの口調で言う。闘技場で剣戟を鳴らす二人を真剣な眼差しで眺めながら説明した。
「デモ、コンナンデ凄イト思ッテタラ先ハネェゾ」
「いや、衛宮士郎は十分に凄い奴さ。涼しい顔して両手に持つ刀剣のみを扱い、一方的に飛んでくるナイフを叩き落とす奴は早々いない。あっちの阿呆は半端者でもある程度の実力はある。それをやはり一方的に捩じ伏せているのだから、衛宮士郎は大した奴だろう」
長椅子から皆のテーブルの席へと移るエヴァ。
茶々丸が別荘に住まうエヴァの従者と一緒に紅茶を皆へと運び、テーブルの上にお茶菓子を載せた。
カップがソーサーにぶつかる音に目が集まる。別荘の主へと。ただし先生一人を除いて。「これらはあくまでもお前たち基準で考えた話。あの槍兵が出てくると凄い奴である衛宮士郎でも劣る」
槍兵、という単語で最後の一人も闘技場から視線を外してエヴァの方へと向いた。
「ハッキリ言って白兵戦で二刀を扱う衛宮士郎は槍兵に勝てない。負け戦だよ。あの夜の戦いを見て断言できる。貴様らも見て居たのだから――まあ、刹那ぐらいにしか理解は出来んか」
エヴァはつまらなそうな表情を浮かべ、カップの中身をティースプーンで掻き混ぜながら話す。そして、自分へ集まる視線を気にもせずに闘技場を眺めて言葉を進める。
「だが、いざ戦いとなれば戦い方なんて幾らでもある。戦いは如何にして勝つ立場になるかが重要だ。実力が段違いでも最後に立っていた者が勝者。それが戦であり戦争だ。その勝者に、より近付けるように阿呆が阿呆なりに鍛練しているのだろう」
エヴァは話終えると手を払って集まった視線を闘技場に戻させる。
話を聞いていた先生と級友は、不満もあり、普通であり、と表情はまちまちだったが素直に闘技場へと視線を戻した。だが、ここで刹那の口が歪む。闘技場で剣を交わらせる姿を見る度に増す疑問があった。「しかし、この実戦式の鍛練は無茶です。実戦を想定したものとはいえ、幾らなんでもあれ程の傷を負う必要はないかと」
剣戟は止まない。仁の衣服は所々裂け、または擦り減り、そこには赤い染みが覗いて見える。
コレはやりすぎだと、刹那は思っていた。今も鉄の音を鳴らしている男二人の実力差は理解している。だから強い立場の方は加減など幾らでも可能で、傷を与えるコトもコントロール出来るだろうと。軽い打ち身程度なら稽古としてはおかしくもないが、剣を交わらせる度に片一方が血を流すのはどうかと感じていた。「それはアイツに直接言え。アイツから衛宮士郎に言い始めた事だ。それに見える刀傷も皮一枚で済んでるから大した事もあるまい」
「マジ、アイツマゾヒストダゼ。色黒巫女ガ言ウノモ間違イネェヨ」
エヴァは刹那の疑問も一蹴して普段通りの様子で済ませた。
刹那は自分の膝で笑って軽く澄ましているチャチャゼロを一度見て、眉を歪ませながら闘技場へと視線を戻した。「エヴァちゃんいっつも見てるん?」
そんな中、ふと木乃香の言葉がエヴァの耳へと届く。
「あの馬鹿が衛宮士郎を降した姿は一度も見ていない」
エヴァは木乃香の質問の意図を拾ってはいるが、捻くれた答えで返した。
◆◇
幾度、剣を交わらせたコトだろうか。相手する男は傷が増えようとも息を切らそうとも立ち向かってくる。一方、コチラは傷一つもないし、息を切らしてもいない。歴然の力の差。だが、見下すコトはしない。相手している男の成長を肌で感じているから。
初めに模擬刀で仕合った時とは雲泥の差、天と地との差で相手は成長している。0から始めたとは思えない程だ。教えたものはしっかり吸収し、教えたコト以外でも自分なりに試して虚を狙ってくるのは如何にもコイツらしい。
しかし、相手も人間である故に体力の限界がある。今は闘技場外周の柱に背中を預けて息を落ち着かせていた。そろそろ頃合い。いつも通りならば、あと数度剣を交わらせるか、このまま終わるかだ。「終了ダ」
片言な声が俺の傍から聴こえる。
隣へと目を向ければソコには何の装飾もないナイフを数本持った人形が疲れている俺の相手を見ていた。「チャチャゼロから止めに入るなんて珍しい」
「俺ガ止メナクテモ終ワッテタダロ」
直に終わるというなら、さっきも思ったようにその通りと返せる。
俺の相手は辞める時は、ちゃんと終えるけれども諦めが悪い奴でもある。まだアチラに闘う意志があるなら付き合うってものだが――相手にはチャチャゼロの声が聴こえていたようで、戦意を消してしまったようだ。腰を下ろして、ゆっくりと呼吸を繰返し整え始めている。「士郎ハ坊主達ガ居ルノニ容赦ネェナ」
「容赦すれば真剣に挑む仁に悪い」
俺の両手にある剣を欲しそうに見ていたチャチャゼロに渡して、腰を下ろし柱に寄りかかっている相手へと近付く。
「仁、立てるか?」
声を掛ければ二、三呼吸をゆっくりとした後に顔を上げてきた。
仁は軽く笑って問題ないと、返してくる。
状態は当然ギリギリの体力って所だけど、チャチャゼロが止めなければもう少しやっていただろう。「っと……悪いね……」
幾らか仁の呼吸が整った所で、手を差し伸べた。
「まだ力の差があるな」
「数ヶ月で差を埋められると俺の立場がない」
「そりゃそうだ」
冗談交わした後に、仁はカラドボルグを手元から消す。そして大きく息を吐いて自分のボロボロになった衣服を眺めていた。
「ナイフ仕込むのは考えないといけねぇな。シャツ一枚なら安く済むけど、アウター込みでナイフ仕込みとなると手間も金も掛かり過ぎる」
「御主人ニ血ト交換ニ修復ノ契約結ンデ安ク済マセレバイイジャネェカ」
「オレの血が足りなくなるだろ」
「俺も次の日の体調を見る限り賛同できないな」
最近こそ中々とエヴァの仁に対する吸血行為は見なくなったものも、初めの頃は意識が無くなってる時に結構な回数で頂かれていた。そのつど仁が目覚めた時、青い顔してやってくるから心配にもなる。
チャチャゼロは今、案を吹っかけているけど実の所は吸血行為は反対派。何でも俺との仕合い時間が減るからという理由だそうだ。「ただのナイフじゃどうも決定力に欠ける。士郎にダークでも投影してもらった方がいいかね」
くるくると器用に手の中で一本のナイフを弄くり回しながら仁は喋る。
「それが希望なら構わないぞ」
俺は周りに散らばる同じ型のナイフを見ながら返した。
仁が扱うのはスーパーやホームセンターで一般人が買えるような市販のナイフ。一般人にとって振られれば当然暴力に等しく脅威となる。しかし、想定した相手がランサーの様な者ならば、ただのナイフは脅威どころか子どもの遊具そのものだ。「まぁ後でいいか」
と、仁はスッパリと話を切って終いとした。
「歩けるか?」
「問題ねぇよ。少し疲れただけだ」
ならばと俺も仁の考えに継いで、皆の居るテラスへと向かう。
先に俺が渡した干将・莫耶を持つチャチャゼロがテラスに向かって、俺達がそれを追いかける形だ。チャチャゼロは、そのまま武具が並べられたテラスの脇へと向かい、俺達はテーブルの席へと向かう。
仁が神楽坂の隣に何事もないかのように座った。俺はというと仁の隣に座ろうかと考えたが、これから起きるだろうコトにどうも足を引張りそうなので、仁の後方で立って場を眺めるコトにした。「衛宮さん、お水です」
絡繰が500mlのペットボトルを手渡してくれる。ありがたい気遣いに礼を一つ返してテーブルの方へと視線を戻した。
仕合いを始める前と違ってエヴァも席についている。エヴァと仁は互いに顔を合わせようとしないので、何処か重い空気が漂っているが、仁は気にせず手前にあるペットを傾けて喉を潤していた。「さぁて、何かあるか?」
「アンタよく強がってられるわね」
ペットボトルをテーブルに戻し、テーブルの上のタオル片手で弄りながらいつもの調子で喋る仁に神楽坂が突っ込む。今の仁の体を見れば、見慣れてない人は大抵が神楽坂と同じように口を挟むだろう。
「掠り傷しかねぇし見た目より全然大したコトねぇからな。傷よりは体力の方がキツイ。まぁ顔に傷つけられたのは初めてだけど」
「すまん、踏み込みが深かった」
「いや、いいさ。これぐらいなら一日で消えるだろ」
仁の顔に傷つけたのは初手。刃を突きたてるつもりではなかったが、仁のナイフで俺の一刀を防ぐという一見無茶な行動で踏み込まざるを得なかった。ナイフを砕かずに退けば、恐らく仁は投擲に移って俺が一手貰っていたハズだ。奇策染みたあの行動が今回一番評価出来る点だと思う。
でも顔に傷つけるのは拙い。今の生活には学校があるので、目立った傷は拙いのだ。生徒指導やらクラスの追求なのが面倒というのは仁の弁。俺もソチラの方で目立つのは拙いと十分に承知しているので同じ考えだ。
さて、もう一度テーブルに目を戻そう。仁が誰か質問はないかと待っている。当然とそれは日常とは離れた質問のコト。ここに居て、さっきの仕合いを見ればそうなる。でも、質問するのはきっとネギか神楽坂のどちらかだろう。それ以外の人達は、人柄から考えても見に回る人達だからそうだと。「……槍使う人に勝てるの?」
早速、神楽坂が問いかける。さっきの俺達を見て感じた疑問に違いない。戦うのは俺達だと仁が雄弁したコトだ。負ければ隣合わせの死があると言っていたのだから、神楽坂が気にもなるハズのもの。
「さぁな。やってみないとわかんねぇ――」
勝敗の行方は知らずと、仁はいつものように曖昧な答えを示す。質問した神楽坂は、やはり不満の表情。他を見てみれば、仁はその答えしかださないと納得している人もいる。
仁はペットボトルを口へと傾けて再び小休止。「と、言いたい所だが、今お前らも見ても分かるように幾ら小細工を打とうが力の差がありすぎると全く歯が立たねぇ。もしもオレ達と槍兵の状勢が、さっきの仕合いのオレ側なら十中八九負ける」
次に仁が言い放ったのは、明確な予想図だった。さっきまでの具体を例に出して示す。
これは予想外だと皆は仁の話に食いついていた。俺も含む。今の仁の言葉に嘘も誤魔化しもない。それに「もしも」と比喩した言葉は「実際」であって、十中八九とは言わずとも俺達とランサーで真っ向から戦えば俺達が不利だろう。これは事実だ。やはり仁の言葉は真実。
しかし、仁の思考は読みづらい。真実を言うのはよしとしないのに、またもわざわざ真実を言った。関わらせたくないのなら、今のは話すべきではない。負け戦と知れば、此処に来客した者ならば余計に手助けをしたくなるだろう。
不安や思考を巡らせている面々の中、仁が指一本立てて神楽坂に示していた。「でも怪我しないで勝てる簡単な方法が一つある。さて、なんでしょう神楽坂くん」
「……アンタ、意味深に問い掛けるの好きよね」
「でも、いつも大したもんでもねぇだろ」
これが正直に話した理由か。ちゃんと勝つ算段は持っていると言いたいらしい。
「不意打ちだ。気付かぬ内に首を刎ねてしまえば生死を競う争いでも傷一つ負わずに勝てるだろ。貴様が考えそうなコトだ」
仁の斜め前に座っているエヴァが冷静な顔色変えずに口を挟んだ。仁は苦笑いを浮かべ、正解だ、とでも言いたそうな表情でエヴァを見る。
俺の脳裏では、その正解に反論が浮かぶが今は見を貫いておこう。「それが通じる相手じゃないと思うと考えるだろうが、生憎こっちの持ち札には衛宮士郎があるんでね。この札は上手く使ってやれば応用が幾らでも利く。結局、理想としては相手の土俵に上がらず、見られずに草葉から闇討ちすりゃいいんだ。見られた場合でも油断させてスッパリしてやればいい」
「マジデ狡イナ、ケケケ」
仁は俺が居るからどうとでもなると言った。俺の力"固有結界”というモノを考えればそうかもしれない。でも、俺から言わせてみると俺よりも仁の方が札の格をつけるならば上ではないかと思う。なんせ仁は知っている。俺の世界のコト。第五次聖杯戦争のコト。あの近衛家屋敷の朝、仁が見た宝具は俺が言うまでもなく誰のものか看破したぐらいなんだから知っている。加えて俺の知らないコトまでも――
「今の立場は逆だろう。相手の居場所が判らんのだから不意を取られるのは貴様だ」
「まぁ、相手の土俵に上がっても何とかなる。死ぬのは勘弁だしな。立場がどうなろうと結局は勝つ方法をどうにかして探し当てるに限る。戦いってのは最後まで立ってた方の勝ちだからな」
話を聞いていると、近衛が顔色を変えて少しばかり楽しそうに隣の桜咲に小さく話す姿が移った。仁もそれに気付いたようで「どうした」と近衛に問い掛ける。
「エヴァちゃんと同じコトゆうたなーって」
「ヨカッタナ。一応能天気ナ素人馬鹿カラ一歩外レタゼ」
「そりゃどうも」
仁の言葉は少々投げやり気味だけど、エヴァを見て楽しそうにしている。対してエヴァは、気に食わんといった表情で席を立ち、寝転がっていた元の場所へと戻って行った。
「まだ槍兵について話したいなら士郎と一度仕合うといい。何もできずに負ければ足引っ張るだけで返って邪魔になるって理解もできるだろ」
「テメェガ言エル台詞カヨ」
「ほら、アスナ一度やってみろ」
「むぅ……私が勝てる訳ないじゃない……」
「士郎には模擬刀使わせるから悪くとも軽い打撲程度で済む。お前がネギについて行くにしても一度強者と戦うのはいい経験だと思うがね」
「仁、無茶苦茶だぞ」
何やらドンドンと話を進めて、俺頼みにするようだ。しかし、これで示すなら安易に神楽坂達がコチラへと踏み入る可能性は低くなるだろう。だから嘘言わずに仁は話していたのか。それでも、案と呼ぶには幾らか乱暴すぎる。
……とは言っても、神楽坂は言葉とは裏腹にやる気なようだ。ハリセンを出して気まずそうにコチラを見上げている。仁の押しが強いってものあるだろうけど。
こうなっては仕方がない。仁と始めの頃に稽古していたように竹刀でも投影して相手するしかなさそうだ。―――投影、開始
イメージしたのは何処の剣道場でもあるような竹刀。
「…………」
ナニカガ、
――オカシイ
アキラカニ。
―――投影――
「投影……できない……」
二度のイメージの後、俺の手の平にあるのは何も存在しない空間だけだった。
――7巻 54時間目――
2011/4/16 掲載
原作ネギは背中に岩乗っけて腕立てしちゃうような子。