50 switch
本日は日曜、昼食はサンドイッチ。うちのシェフに、チキンカツ、ハム、タマゴサラダ、ポテトサラダと自分の好物を頼んで計2セットずつ作らせた。
時刻は11時、少し早いがウーロン茶をコップに注いで食事を始める。「昼食ぐらいパソコン消して降りて来い」
「致し方なし」
うちのシェフに怒られるオレ。うむ、さすがにベッドの上でパソコン見ながら食事はだらしない。一人暮らしの時は、こんな生活をしてた時もあるが、今は折角昼食を作ってくれた主に従おうではないか。
パソコンをシャットダウンして、ウーロン茶のペットボトル、コップ、サンドイッチ入りのタッパーを持ってベッドから降りる。「オイ、降ロセヨ」
「分かってるって」
持っていた食事一式をテーブルに置いて、ベッドの上に残っていたチャチャゼロを頭に乗っける。
「タッパーに入れさせたんだから、てっきりエヴァの家に行って食べるかと思ったら――」
「朝に言ったろ、昼過ぎてから行くって」
「ああ、だからエヴァの家で、ってさ」
「腹減ったんだ」
チキンカツサンドを手にとって早速食べる。このカツは当然と手間暇かけて揚げてくれている。揚げたてなので、サクリという食感が何とも素晴らしい。ソースもフライパンで何やら調味料を調合して作り、オレの要望通り少し辛めに仕上げてある。ウチのシェフはホント本格的だ。
「イイカラ御主人ノ家行コウゼ。昨日モサボッテタンダシヨ」
「まぁ、待てい」
予定では13時にココを発って、エヴァの家に行く予定である。それまではゆったり食事。
修学旅行も昨日で終わり、今日から前と同じように別荘に行く予定を立てた。今、チャチャゼロの言った通り昨日の昼には寮に到着したのにも関わらず、エヴァの家に行かなかった。行く、行かないかで問われれば行くべきだったと思う。別荘に入れば取れる時間が延びるから。
何故行かなかったと言われれば、気が乗らなかったとしか答えられない。だから、昨日は寮室のベッドの上でノートとずっと睨めっこして過ごしてた。他にも理由はあるけどさ。寮で一日過ごしている中、チャチャゼロも初めは大人しかったのだが、ベッドにずっと籠っているのが嫌になったのか時間経つにつれて口も悪くなっていた。修学旅行最終日はエヴァに掛かっていた呪いの誤魔化しがあったので自由に動けていたが、今はそれもなく自由に動けなくなってしまった為、いつもと同様に不自由に戻ってしまったせいで機嫌が悪いってのもあるだろう。しかし、夕方前に木乃香が夕食の食材を買いに行こうと寮室に訪れ、その時士郎にチャチャゼロを連れてってもらったお陰か、帰って来た時には幾らか気分がよくなって戻ってきてくれた。買物のお陰で本日美味いサンドイッチも食えてるコトだし、ダブルでありがたいことである。
とりあえず目的は昨日の内に定まっている。解決しなければならない任務が多くできちまった。やり残した事、厄介を払う事、やってくるだろう事などてんこ盛りである。
――ピンポーン――
「士郎」
鳴ったのは此処の寮室のインターホン。オレはキッチンに立っている男の名を呼ぶ。
「……どうすればいい?」
「任せる」
答えてやれば、士郎はキッチンから玄関へと向かっていった。
「誰来るか賭けるか?」
「テメェト賭ケルノハ嫌ダネ。ツマラン」
「つれないねぇ」
チャチャゼロを頭の上からテーブルの脇に座らせて会話する。サンドイッチはチキンカツ一つだけ完食し、後はタッパーの蓋を閉めてチャチャゼロの隣に置いておく。
今回の来客は誰であれ問題はない。準備は既に終えているのだから。
間もなく士郎が部屋へと戻り、キッチンへと戻ってきた。そして、その後ろから現れたのは、「ようこそ、ネギ先生」
布で覆った大杖を持つ赤毛の少年が一人で入室である。煩い保護者もいなく、使い魔のオコジョも連れてないようだ。
「昨日の内に誰か来ると思って寮に籠ってたんだけど誰も来なくてねぇ」
これが面倒以外に別荘へと行かなかった理由である。
結局、木乃香が買物を誘いに来ただけ。コチラ側の話とは全く関係もなし。木乃香らしくていいんだけどな。「まぁ座れ」
テーブルを突いて目の前に座らせるように指示。ネギは黙ってオレの対面へと大杖を自分の脇に置いて座った。
ネギの体と表情も固いが、目は逸らさずにオレをしっかりと見ている。「そう固くなるなネギ。士郎、紅茶でも淹れてくれ」
「仁はどうする?」
「オレはウーロン茶で十分だ」
士郎はティーポットをキャビネットから出して、手慣れた手つきで紅茶を淹れる準備を始めた。数分もすれば美味い紅茶が出てくるだろうが、オレが気にするのはソチラではなく目前の少年である。
「さて、生徒に進路指導しに来た訳でもあるまい」
「はい。むしろ逆の立場です」
「そうか。では要件を聞こう」
冗談は交えない。相手がネギ、立ち回りは慎重を期す必要がある。取る選択肢一つでも変わればとんでもない未来に移る。だからネギに対しては細心の注意を払うのだ。
「どうしても槍使いの人の話はしてくれませんか?」
「駄目だ」
即答、一喝。これについては喋る必要も考える必要もオレになし。
「それが一晩考えて浮かんだ疑問か? それならコレ以上は話すこともない」
「いえ……分かりました。槍使いの人の話は諦めます」
このネギの潔さ、恐らく断られる事を前提に話を持ってきたのだろう。
「では次のお話をさせてもらいます」
オレは構わないと手でジェスチャーを送って、次の話を待ち構える。
「師事を――僕を鍛えて下さい」
「却下だ」
二度目も即答で返答した。
「……何故ですか?」
しかし、コレにはネギも抗った。
ネギに振りかかる火の粉は自分で払えと言ったのはオレ。ネギはその為に力を付ける決意をし、それを成す為に本日コチラへ来た訳だ。それが己の前の険しい道に対して一番の近道だと考えて。ところがオレは一蹴。理由もなしにコレでは納得できるもんじゃない。
ではネギの考えに断る理由の言い訳を決めようか。「ネギの質問に答える前に、オレから二つ質問させて貰う」
コクリと頷くネギ。
「一つ、師事を仰ぐとしたらオレと士郎、どっちだ?」
「可能ならば御二方にと」
士郎に、と思ったがオレも入っていたか。でもこれは想定内。
「じゃあ二つ目だ。何故、それをオレらに頼む経緯に至った?」
「それは……」
ネギは言い淀む。話さないつもりならオレから話を切り上げて、この話も終了だ。深く問い質す気もオレにはない。おそらく、この話以外はネギからオレへ話すこともないだろう。美味い紅茶が出てくる間もなく、ネギとの会合は終わる。
「当然ダロ。坊主ハ槍兵ノ戦イヲ見テルンダカラナ。アイツニ臆スコトナク立チ向カッタノハ、テメェト士郎ト俺、後ハ御主人モ一応入ルカ。ソレニテメェガ白髪坊主ニモ真ッ向カラ突ッ込ンデルノモ坊主ハ見テル。坊主ノ立場カラスリャ、コレ程師事ヲ仰ギギタイ人物ハ居ネェダロ。マ、俺カラスリャ、勇マシクトモ大シテ成績モ残サズニ終ワッタ仁ニ師事スルノハ馬鹿ダト思ウケドヨ」
「褒めてるようで褒めてない言葉をありがとう」
「結構褒メテヤッタダロ、ケケケ」
ネギの表情を見る限り、チャチャゼロの言った内容は正解のようである。ホント毎度こっちには有難くないが相手にはナイスフォローだよ。
ネギの考えはオレもそんなこったろと思っていた。でもコレは結局、ランサーと戦う術を教えて欲しいと乞うているに等しい。ネギ自身、そうとは思ってはいないかも知れないが、心の奥底では考えているだろう。だから言い淀んだ訳だ。オレがランサーとは関わるなと念を押している故に。「そもそもオレは人に教える程、強い訳でもない。コレについてはチャチャゼロと同じ意見だ。それと士郎から教わるのは強くなる近道じゃない。むしろ遠回り。コイツ教えるの下手だし」
「否定はしないが、仁に言われると悲しいな」
キッチンから士郎の声が飛んできた。
オレは士郎に教わっている身だから、士郎にしてみれば教え子に反抗されてるようなもんだ。もう少し怒ってくれても構わんのだが、士郎なので緩い。「俺ハ士郎ニ師事スルノハ有リダト思ウケドナ」
「とにかく駄目なもんは駄目だ」
正直、士郎とネギなら相性が合うと思っている。それは性格であり信念であり――――。
だから師と弟子の関係になるなら、遠回りになる可能性は少なく、さっきオレが断言した事と逆だ。しかし、それは駄目。そうなればオレの思惑から外れちまう。「それにオレ達を師事しようと魔法は教えられねぇ。オレも士郎もネギに教えれる魔法なんて知らんしな」
もっともらしい事を言って話を逸らす。でもコレは正解でもある。オレは魔法や気なんて教えれねぇし、士郎の魔術は他人には教えようがない。教えたとしても他人には絶対に実行できる代物じゃない。士郎の力は何処の世界であれ他人が実行するには無理な代物だ。
「魔法の方はエヴァンジェリンさんに教授してもらおうと考えています」
ネギが言葉を返してくれた。
オレはコレを聞いて一安心だ。ここまでネギが考えてくれていれば、オレの手間も省ける。「坊主ハ浮気性ダナ、マダ十ノガキナノニヨ」
「え……あぅ……」
「人によって得意分野なんて様々なんだから、欲しい技術は専門家にそれぞれ頼むのが一番だと思うぞ」
縮こまったネギに、紅茶のセットを運んできた士郎が欠かさずフォローを入れた。
士郎は手際よくネギの前にティーセット、そして側面に座った士郎自身にティーセットを置く。「さっき仁が言った通り、教授を願うのならエヴァは教えるのも上手いだろうから適任だ。総合的な戦闘力でいっても俺の方が数段劣っている。エヴァの隠し玉でもあればもっと差が出るかも知れないしな。さすがに600年生きているとなると経験の差が響いてるみたいだ」
「と、士郎も言ってる通りだ。とりあえず冷めない内に飲んじまいな」
「はい……では、いただきます」
ネギがポットを手にとってミルクを注ぐ。つまりコレは、まぎれもなくミルクティー。正直、オレはレモン、ストレート、ミルクぐらいの判別しかできない。どんな茶葉か訊かれればさっぱりである。
「仁ガ紅茶飲ンデルトコ見タコトネーナ」
「そうか? まぁ紅茶の知識なんてねぇしオレが淹れる事はねぇが。士郎、美味い淹れ方とかあるんだろ?」
「まずミルクティーならミルクに合う茶葉を選択しなければならない。次にミルクの乳脂肪率を考えて、茶葉の量――」
「あー、オッケィ分かった。お前が一生懸命考えて淹れてるってのは、よーく分かった」
このままでは衛宮教授の紅茶講義が続きそうなので切ってやる。教授になる前は何処の悪魔に習ったんだか。
とにかく全て言われても覚えてそうになく興味も余りないもんなので、悪く言っちまえば時間の無駄だ。すまんな、士郎。だからそんなに、むっとしないでくれ。訊いたオレが悪かったよ。「ソレデ今日ハコレカラドウスンダヨ。御主人ノ家ニ行クンダロ?」
「紅茶を嗜めてからでも遅くはねぇだろ」
別荘に行って試したい事が試さんといけないので、ネギが訪ねて来ようと今日の予定に変わりなし。いや、一つだけネギが来た事で加わった予定があった。
「ネギは行くか?」
「えっと……一緒に行ってもよろしいんでしょうか?」
「ああ、エヴァに頼むんだろ?」
「はい――それでは、お願いします」
これでノートの予定も消化できる。本日の面倒も一つ解消……と甘くない。もう一つネギに訊かないといけない。アイツもネギと一緒に連れ行く方がいいだろう。
「ネギ。アスナは部屋に居んのか?」
「はい、このかさんと一緒に居ますよ」
「そっか。じゃぁ二人とも紅茶飲んだら玄関出て待っててくれ、ちょっと行ってくる」
ウーロン茶を飲み干して、チャチャゼロを頭に乗せてから席を立つ。目指すはお隣さん。エヴァの家に持ってくモノも所持しているので、出発するだけである。
士郎とネギを置いて寮室から出る。そういえば、あの二人の組み合わせは似合ってそうで全然見ない。性格的にどちらも遠慮して会話が弾みそうにない組み合わせってか。まぁ今は紅茶の話で盛り上がれるかね?玄関から出て通路へ。生徒の姿もないので、絡まれることもないと一息吐いた。そのまま隣の寮室へ直行し、インターホンを鳴らして待つ。
「ん、仁くんとチャチャゼロくんかー」
「ヨウ、嬢チャン」
扉を開けて出てきたのは木乃香だった。比較的ラフな格好をしているので珍しくも感じる。食事は共に結構するとは言え、学校外で接触することが少ないから木乃香の私服を見る事も少ないせいか。士郎だったら見慣れているのかね。
「入っていいか?」
「うん、ええよ」
にっこりとした笑顔で招いてくれる木乃香。
オレは木乃香の後を追うように寮室へと入り、リビングへと行く。「あ……」
リビングへと着けば、早速オレを見て驚くような声が飛んできた。こんな声出すのは、招いてくれた木乃香では当然ない。そんでネギが部屋に居ると言っていたアスナでもなく、姿を見せてなかった使い魔のカモでもなかった。
「……お、おはようございます、仁さん」
「あ、ああ。おはよう刹那」
ぎこちない挨拶を交わす。そもそも正午近くなんだから、おはようはオカシイ。このお相手は相変わらず制服スカートにワイシャツな格好の刹那だった。日曜なんだから、もう少しおめかしをしてもいいだろうに、と思う。
座る刹那の前のテーブル上にあるティーカップの中身を見る限り、口を付けた様子もないので来たばかりのようだ。きっとネギと入れ違えで訪れたに違いない。ネギが刹那の事を口に出さなかったのも頷ける。
刹那との件は、屋敷で閉じ込められる前に話合ってある程度は解消したと言え、此方としては気まずいものは気まずいのである。「仁くん、紅茶とコーヒーどっちがええ?」
「いや、オレはすぐに出て行かんと駄目だからいい。厚意だけ貰っとく」
キッチンからウチのシェフ並に気が利く木乃香に言葉を返して、とりあえずオレも座る。
右に気まずそうな刹那、左にむっすり顔のアスナ。オレが座ったのは、さっきの士郎の位置と同じ側面の席だ。
カモが見当たらんので、出掛けたのかオレに顔を合わすのが嫌で隠れているんだろう。「じゃぁ何しにきたのよ」
アスナからもっともな意見が飛んでくる。
「これからエヴァの家にネギと一緒に行く予定でね、そんでお前も誘おうかと」
アスナの反応は薄い。
コレはコイツが来なくとも大きな問題はないし、来ても問題ない。アスナの決断によって、オレの対応が幾らか変わるだけである。「エヴァちゃん家かー。遊びに行くん?」
「残念ながら真面目な話をしに行くだけだ」
ホントに残念と訊ねてきた木乃香は微笑む。
今のオレの真面目な話と聞けば戦いに結び付いてしまう。もう裏、魔法の世界を知ったのだから簡単に想像もできるだろう。そして「争いなんて駄目だよ」とでも木乃香は言いたいだろう。でもソレは口にしない。木乃香なら、その言葉を口に出したくとも決して。「嬢チャンモ来ルカ?」
「んー、ええの?」
チャチャゼロはいつも一言が多い奴だ。
「来たいのならオレは拒否しないさ。ただ家主がどんな顔するか判らんけどな」
しかし、今回はチャチャゼロの言う事に後押しする。多い一言も援護として受け取っておいた。それも木乃香には訊きたい事があるから。この機会に、アチラに着いてから話せばいい。
「刹那も一緒に来たいなら構わんぞ」
「えっと、私は……」
「よし、せっちゃんもいこ」
木乃香の声には気合いが入ってる。これで木乃香と刹那はエヴァの家へと一緒に行く事になった。やや遠慮気味の刹那も木乃香に背中を押されているなら来るだろう。
刹那の方は、余り重要な話をオレからするような事はないが、アチラからなら在り得る。その時はその時で対応するだけだ。「それで、アスナは?」
「分かった、行くわよ」
流れ的に自分も行くしかないと諦めたアスナ。これでオレの後の手間がまた一つ省ける。
「オレは寮の正面玄関で待ってるから、準備が出来たら降りてきてくれ。30分ぐらいなら待つからゆっくりでいいぞ」
じゃ、と手を振って席を立ち、部屋から出ていく。
「30分ッテ、ショウモネェ気遣イシナクテイイノニヨ」
「紳士的だろ?」
「テメェガ言ウト台無シダ」
アイツらの事だから、それ程時間も掛けてこないと思う。
こういう気遣いは女子相手に必要だろう。ええ、でもこんな気遣える男なのに昔からモテないです。修学旅行中は色々裏目ったし、面倒な相手が増えるし、ってな。あー、修学旅行前に美砂から言われた事思い出した。あのオレを見て憐れんだ顔は憎い。男としては深刻な悩みである。
頭の中の考えを飛ばして寮室から出ると左手側に鞄を肩に掛けた士郎と、相変わらず大杖が目立つネギが待ちぼうけている姿があった。「アスナ達も行くから、正面玄関で待ちだ」
「仁から誘ったのか?」
「そう。ほら、行くぞ。他の奴らに目を付けられると面倒だ」
ネギの背中を叩いて、階段の方へと足を向けて進む。
さっさと寮から出ないと人気者の先生が引っ張りだこにされちまう。静かな内に逃げるに限る。「仁さんは凄いですね」
「ん?」
六階から降る階段を降りていたら、数段上からネギの声が飛んできた。
「さっき僕と話をした時は真剣な表情でズバッと言ってくれましたが、今の仁さんはいつもの仁さんです」
「切り替え速いってか?」
「いえ、皆さんに心配掛けないように振る舞うのが凄いなと。それでいて、いつも僕達の事を考えているんだと思うと――」
「買い被り過ぎだ。褒めても聞きたい事教えんぞ」
「あ、いえ、僕は別にそういうつもりじゃ……」
からかってやっただけなのに馬鹿正直に受けちまって。ネギはホント真面目君だ。こんなネギだから今のは素直な賛美だろう。有難く受け取っとこうか。
「テメェラハ、コノ馬鹿ト違ッテ顔ニ出易イシナ」
「う、すいません……」
「確かに仁のポーカーフェイスは見習いたい処だ」
「何、オレってそんなに表情分からんの?」
「女ノトラブルニ会ウ時以外ハ誉メレルゼ。ホラ、刹那トアレノ時トカ御主人ガ熱出シタ――」
「おっと、そこまでだ」
チャチャゼロの口を抑える。
刹那にやってしまった事はネギも士郎も分かっているので良くはないが良いとして、学園メンテナス前のエヴァの件は駄目だ。アレが士郎に聞かれると間違いなく白い目で見られる。ただでさえ楓のせいで修学旅行4日目から変に思われてるってのにさ。士郎の方が程度は酷いのに理不尽な話だ。
何故にチャチャゼロが握ってるオレの弱みが多いのか。チャチャゼロに弱みがあれば対抗できようものの、コイツ弱み作るような奴じゃないしさ。
しかしホント、こっちきてから誤魔化しと嘘ばっかりだからポーカーフェイスが昇華してくれたようだ。自分でも狡い特技だって思える。階段を降り切ってホールへ。ホールを突っ切り、寮の受付の人に挨拶を軽く交わしてから寮を出る。
寮を出てからは早速移動。木乃香達には正面玄関に居るとは言ったが、真ん前に居ても目立つので、人通りも少なく目立たない正面玄関がコチラから覗ける所で待機する事にした。
30分掛からないとは先ほど考えたが数分は少なからず掛かるだろう。その間は男三人とチャチャゼロで会話でもして時間を潰せばいい。とは言っても、士郎はコチラから話さない限り喋らんような奴だし、ネギは真剣な話をすればいいのか、気楽な話をすればいいのか迷っているようで困っている。此処は一つ、チャチャゼロをオレの頭からネギの腕に受け渡して済ませる事にした。後は勝手にチャチャゼロが自分で楽しむためにネギへ話しかけるだろう。オレと士郎は黙って正面玄関を眺める。オレ達は話す時は話すが、話さなくとも互いに気にしない。
チャチャゼロとネギが話をしているのを聞き、たまに振ってくる話題に口を挟んで数分経過した所で正面玄関から、待っていた女子三人の姿が現れた。コッチから近付こうと考えたが、アスナが気付いて三人共コチラに向かって来たので待つ。「さて、行くか。誰かに会うと面倒だから少し遠回りするぞ」
ついてこいとオレが先頭になって歩く。
「仁くんは、エヴァちゃん家に結構行くん?」
オレの隣へと木乃香が並んで歩く。
木乃香の服は部屋へ訪れた時と違い、ゆるめの木乃香らしい私服へと変わっていた。「士郎と毎日のように行ってるな」
答えると若干、むっ、とした表情をしたのを見逃さなかった。
これだけじゃ要らぬ誤解を与えちまうか。「エヴァの家が稽古するのに一番いい場所だからな」
正直な言葉を付け足す。
コレ以外にエヴァの家に毎日行く理由はない。あの家に在る別荘は鍛えるにしろ、策を練るにしろ便利過ぎる。「稽古かー」
「そう。士郎に鍛えてもらってるんだ。コイツ稽古となるとドSでなー。毎日生傷が絶えねぇ」
「それは仁から厳しくした方がいいって頼んだんだろ」
さすがに士郎にも分かる俗な言葉を使うと当人も黙っちゃいない。でもオレの言った事は事実なので士郎は認めてる。そんで、士郎が言った事も事実なので反論はしない。
「士郎くん真面目やもんなー」
「ホント真面目でオレも困っちまうね」
木乃香と一緒に、勘弁してくれと訴えてる士郎を見て笑う。士郎はいつも真面目で茶化すのが容易だ。
「アンタ、いっつも長袖のアウター着てるけど暑くないの?」
「士郎とネギも長袖なんだけど」
今度はアスナから話を振られる。
さてさて、アスナさんはノースリーブな訳で、男三人は長袖である。まぁネギはスーツだから仕方ない。士郎も一枚だから問題ないか。オレだけ上着を着てる分、暑苦しくも見えるんだろう。「五月近いし暑くなってきたけど、この格好の方が便利なんでね。ファッションって事にしとけ」
オレが上着を着用する理由としては、まず前々から仕込んであるノート。それと修学旅行から仕込み始めたナイフを所持するのに便利だから。でも、これは真夏になるとキツイだろうな、と一考中。袖なしも考えてみたけど、ナイフを扱うのに何かと不便だった。
「そういえば、士郎くんと服買いに行くんやったなー」
「ほぅ、そんな予定があったのか」
「ツイデニデコッパチモダナ」
士郎、木乃香、夕映の三人でとな。一体いつの間に約束したのやら。
それにしても面白い組み合わせだ。天然と天然真面目と生真面目の組み合わせかー。どう考えても生真面目な夕映が慌てふためく姿が思い立つ。よくもまぁ夕映も頷いたもんだ。「来週の日曜日にしよっか。士郎くん、ええ?」
「ああ、そうしようか」
士郎がコチラに視線を送ってきたが、構わんと目で送り返す。祝日ぐらいオレに付き添って鍛練しなくてもいいのに、ホント真面目君だ。
「そや、せっちゃんも一緒に連れていかなあかんなー。せっちゃん制服とワイシャツはいっぱいあるゆうけど、私服ないってゆうしな」
「い、いえ、お嬢様っ、私には気を使わなくとも」
コチラにも少し天然混じりの生真面目な奴が居た。
「うちはせっちゃんの私服見たいんやけど」
「着飾ルグライハシタ方ガイイダロウナ」
「確かに修学旅行もそうだったけど、制服だけじゃ味気ないわね……」
木乃香、チャチャゼロ、アスナと怒涛の攻撃が刹那に降りかかる。
確かに学校でも修学旅行でも、刹那は同じ格好。刹那は誰かが無理にでも押さない限り、士郎と同じで飾ろうとしない奴である。
とにかく、コレだけ押されれば刹那も木乃香達と一緒に服買いに行くだろう。コレは日曜が見物になるけど邪魔するのも何だかなと。チャチャゼロ連れて行かせて報告聞くだけに留めておこうか。「桜咲も近衛みたいな可愛らしい格好も似合うと思うけどな」
「そうですね。刹那さんは可愛い格好が似合うかと」
「んもー士郎くんとネギくんはホンマに天然やなー」
こういうコトを士郎とネギは真顔で言うし、どうなってんだか。どっちも何がオカシイのか分かってねぇみたいだしさ。
「テメェモ大概ダ」
「オレはちゃんと理解してる」
とんでもないコトには、誤魔化さないでしっかり答える。
どんな時でもあらぬ誤解だけはマジで勘弁だ。
◇
「森ん中や」
「すごい所に住んでるわね……」
のんびりと話しながら歩いて、エヴァのログハウス前に到着。相変わらず周囲に人の気配なんて存在しない。
茶々丸は起きてるだろうけど、まだ昼だからエヴァは起きてるかね。「エヴァ入るぞー」
家主の名を呼び上げながら、先頭になって家の扉を開けて侵入する。後ろからは、しっかりお邪魔しますとの声が聞こえる。
扉を開ければ、すぐに家主が起きていると分かった。ソファに座って優雅にティータイムしているんだもの。家主のオレを見る目は毎度同じくガン飛ばしだ。「おい、なんだその群集は」
「色々あって連れてきた」
カチャリと力強くティーカップをテーブルに置いて、食いしばるように不機嫌な声を上げるエヴァ。
さすがにアポなしでコレだけ連れてくれば怒られる。エヴァだしさ。「後でいつものとこ貸して貰うけど、まずはコッチの用だ」
ネギが抱えてくれていたチャチャゼロをオレの頭の上に戻し、ネギの背中を押してエヴァの方へと向かわせる。それを見て嫌な顔をするエヴァ。その矛先はネギじゃなくてオレである。
オレは気負わずにエヴァが座るソファとは別のシングルソファに座って、これから起きる事の次第を見るコトにした。「エヴァンジェリンさん、本日は弟子入りのお願いを申しに参りました」
ネギが片膝ついて願い出る。格好としては西洋式の懇願方法。日本で言えば土下座の類だ。
「ちょっと待った! ネギ、エヴァちゃんに弟子入りってどういう事よ!」
横から、ばっとアスナが割り込んでくる。この様子だとネギは誰にも相談していないようだ。ネギはアスナぐらいには言ってるんだと思っていたのだが、そうではないらしい。
アスナが大きい声出すのも訳がある。それはエヴァがネギの血を狙っているのを知っているからだ。保護者的観点で見れば、そんな相手の下に置きたくならない。それと今ネギにエヴァに血がどうたらと耳打ちしてるが聴こえてるぜ、アスナさん。
さて、エヴァの方は性格上対価でも渡さん限り弟子入りなんて到底――「分かった。いいだろう」
「は……?」
オレの口から声が漏れた。
今、エヴァは何て言った? 聞き違いじゃなければ、素直に了承したように聴こえたのだが。「何だ? 私が断らなければ何か問題があるのか?」
オレの耳は正常。どうやらさっきのは聞き違いではないようだ。
エヴァは睨みもせず、笑いもせずに真顔でオレを見ている。「そうだな。ぼーやを弟子に取るのは気乗りしない。取るにしても対価を頂かない限りな。だが、自分の考えに逆らってみたくなった」
エヴァの奴、試してやがる。今まではこんな傾向は示していない。今になって、理解しようとしつつ、オレの知る未来を推測して行動している。川の流れに逆らうが如く向かっている。
「それに万が一があるといったのは貴様だ。ぼーやが何もできずに死ぬのは貴様も望んではいないと。私だってぼーやが死ねば呪いを解く手段が一つ消えて困る」
これはまかり通っている。道理が、道筋がきっちり入っている。オレが言いだしたコトだ、言い返す言葉も入りこむ隙もなし。
「どうだ、変わりあるのか」
言葉の意味は「これで貴様の知る未来と差異が出ているか」という事。
エヴァが言った一文はオレを知っていなくては何を言っているかと、話の流れと関係ない一文で全くの意味不明だろう。知っている奴なら、少し考えりゃ気付くもんだ。
それよりどうする。エヴァ相手に何事もなく帰結させられるか。それが最大の問題である。「デモ御主人、結局変ワリネェゼ」
「ほう、普段は怠け者の癖にいい案があるのか?」
笑うチャチャゼロ。主人の問いに関しては言葉を返さない。これはオレの返答を待ってくれている証拠だ。一瞬、口走ってくれたお陰で焦りはしたが義理は立ててくれている。それが主人相手でも関係なしだ。それともただ面白がってやってんのか。
「構わねぇ、好きに喋ってくれ」
お前の主人がその気なら、オレだってその気になろう。そちらはオレの知る未来の知識に対して、オレはチャチャゼロが単独でオレの助けをしてくれるのか試させてもらう。オレが何も口出さない結果、取り返しがつくかどうかなんて気にしねぇさ。
「タダデ弟子入リサセルノハ、ツマンネェカラ試験ノ一ツデモヤレバイイノニッテヨ」
「お前なら、どうする?」
「俺ナラ実戦試験ガイイト思ウゼ、男ナンダカラ魔法ナシデ拳デ語リアウトカヨ。ホラ、丁度茶々丸相手ニスルトカナ」
「しかし、格闘経験なんてないぼーやの腕では決して勝てん。一撃入れる事すら叶わんだろう」
「茶々丸ハ油断シチマウ時ガアルカラナ。運ガヨケレバ坊主ダッテ一発グライ入レラレルダロ。後御主人モ抜ケテルトコアルシ、時間制限入レ忘レルトカ有レバ坊主ダッテ粘レバ一発デモ入レラレル」
ケケケ、とチャチャゼロは笑って以上だと態度で示した。話した内容は全てオレがチャチャゼロに教えていた起こるだろう未来。
予想以上である。チャチャゼロが自らここまで手を加えてくれるってのは思ってもいなかった。今日のエヴァや真名のように厄介な道に、流れをごっちゃにしてくれると、それもチャチャゼロがよく言う混沌を勧めてくるような奴なのに、完全にオレの支援に回った。オレから手を加える必要がない程、綺麗に話を進めてくれた。
何の風の吹き回しやら。酒でもせがまれてるのか。後で問いただした方が良いみたいだ。議論の本題の人物であるネギと言えば、折角了承を貰ったのに試験があるかもしれないと緊張している。
「貴様はどう思う?」
「重要なのは過程じゃなくて結果だ。過程の方はどうとでもなる」
さっきのチャチャゼロの説明で結局はエヴァの弟子になると、エヴァ自身も知り得た。そしてオレからは弟子になれば問題ないと説明を付け加えた訳だ。
「そうか。さて、ぼーや、悪いが弟子入りの件を再検討させてもらおうか」
「これは相当な天邪鬼さんだ」
オレがああ言っちまえば転ぶ方向は見えていた。エヴァの最初に了承した時点で、大方予測も立つ。
何も言わなければそのまま進んでいたのだろう。だが、それはエヴァに対して逃げる事になる。「何も戦い方なら私でなくとも衛宮士郎で十分だろう」
「魔法は士郎じゃネギに教えられねぇ」
「それは才があり必要な道具さえ持っているなら独学で済む話だ。気に食わぬなら私の魔導書を何冊かぼーやに渡してやってもいい」
魔法の中身に関してはオレから反論できない。所詮上っ面のみで、詳しい中身なんて知りもしない。此処の世界の住人であり魔法について学識豊かなエヴァが、このように言うならネギならば可能なのかも知れない。
しかしオレは考えを曲げない。これは相手が誰だろうと譲れねぇ。士郎がネギの師など以ての外だ。「すまんな、ネギ。どうやらオレのせいで此処のお姫様はお怒りのようだ。オレが後で謝っとくから弟子入りの件は日を改めてくれ」
オレとエヴァとチャチャゼロで淡々と話を交わしてた訳だが、メインはこっちの先生である。
ネギは二転三転として困惑した表情だけど今は諦めてもらうしかない。後はオレが処理して元に戻すしかないんだ。「こっちの話はひとまず終了って事で、オレの用事済ましちまうかね」
聴講者諸君に目を向ける。ネギの弟子入りの件は時間が掛かるモノの為に後回し。先に解決出来る方を優先する。
「木乃香」
名を急に呼ばれて、びっくりしたのか目を少し見開く木乃香。
平常、平常と木乃香を見ると気分が軽くなる。エヴァ、ネギ、士郎と話すといっつも堅苦しくなるから、連れてきて正解だったかな。そんでも、これから言う言葉は平常心もぶっ飛んだ物になっちまうが。「誰かと仮契約してくれねぇか?」
空気が固まる。屋敷でオレが阿呆染みた行動取ったときとは違う空気である。
エヴァはオレを阿呆かと見てるし、ネギと士郎は聞き間違いじゃないかって表情してるし、刹那は目をぱちくりしてるし、アスナは呆然としてるし、木乃香は状況を掴めていない。分かってくれてるのは頭の上の奴だけのようだ。「仁、急に何言ってんのよっ!」
初めに噛みついてきたのはアスナだった。毎度反応がいい奴だ。
「言葉足らずだったな。魔法の世界に入ろうとするなら仮契約しといて欲しい。ネギの手伝いしたいって言うなら尚更そうして欲しい。でも修学旅行前と同じような普通の学生生活をしたいなら今の言葉は忘れてくれ」
オレはどっちの道を取ろうが構わんと言う。
木乃香の屋敷で一度話した事。二度も詳しく説明する気もない。「屋敷でも言ったけどオレと士郎の敵の手伝いはさせんぞ」
でも、これだけは念を入れて添えておく。
これでも、まだ言葉は返ってこない。早く決断させようと思ってないので構いやしないけど、もう一つぐらい言葉を添えておこうか。「木乃香の才能は治癒術だ。それも最高レベルの術師。ほら、危ない橋を渡るなら落下してもいいように治してくれる医者が必要だろ。それが一流なら心強い」
「落下スルノ前提カヨ」
「もしもの場合だ」
残念な事に木乃香は修学旅行で治癒の力を示していない。いや、残念ではないか。木乃香の溢れる治癒力を受ける重症人が出なかった訳だから。しかし、これはノートと差異が大きく出た一つ。オレの考えとしては残念の部類に値する。
「仮契約は傾向として契約者の能力や性格に呼応したアーティファクトが選定される。潜在的な力を持ってる木乃香なら、それだけいいもん貰えるだろう」
これが仮契約のシステムの一部である。木乃香の場合は完全回復のアーティファクト。即死でない限りは、どんな傷でも治せるというオレが欲しいぐらいの魔法道具だ。
しかし、システムと言ってもA組は色々すっ飛ばしてレアなものを貰っちまう。何なんだろうね、っと。「仮契約って言っても儀式が儀式だから、無理してやらんでもいい」
重要な事を言い忘れていた。儀式方法として口付けが必要だから、オレから無理しても言えない。可能ならば仮契約してくれた方が助かるのだが、相手の意思は尊重すべきである。
オレはやりたい事が難題の癖に、手を抜くとこでは手を抜いて、温いんだろうかね――まぁ、足りない部分は自分で埋め合わせるさ。「オレからの話は以上だ。さぁて、一足先に体動かしてくるかな。士郎も落ち着いたら来てくれよ」
ソファから立ちあがって、士郎が肩に下げる鞄を拝借して地下室に続く所へと歩む。
口だけじゃなくて、そろそろ体も動かさないと鈍っちまうからな。
――7巻 54時間目――