49 修学旅行4日目昼~・4泊5日旅、終わりに向けて

 

 

「時間かかりそうだなぁ」

 ソファに座っている仁が携帯電話を取り出してカチカチと弄くり回しながら話す。

「調べ物をしているわけだからな。それに図書となると面倒だろう」

「そうだよなぁ」

 仁が相槌を打つと、取ってきたはいいがパラリとしか読んでない本と弄っていた携帯電話を俺へと渡して、ソファに横たわった。

「疲れた。少し仮眠とるから、頃合いみて起こしてくれ」

 寝るから構わんで放っといてくれ、とでも言いたそうに右腕で目を覆う仁。
 重要な話も行動もしていた訳でもないので、コチラとしては邪魔をする気もない。今日の仁を思えば疲労しているのも分かるので止めはしなかった。
 俺の手の中にある二つの物。調べ物はしないとは言ったが、折角手元にあるんだし仁が取ってきた本でも読もうか。仁の携帯電話を空いているポケットにしまい込み、本のタイトルを眺める。

“Real Planet"

 本の表紙に筆記体で書かれたタイトル。日本語に訳せば「真の惑星」が適当だろうか。表裏に写真もイラストもなくタイトルのみの表紙の本は哲学書を彷彿させる作りだ。
 表、裏と眺めている内に一つ引っかかる事があった。この本には著者名が書かれていない。背にも表紙と同じタイトルだけで著者名は見当たらなかった。不思議と思いつつ本を開いてページを捲る。初めに飛び込んで来るのは、序の部分。コレも全て英語で綴ってある。さらりと流し読みして見ていくが、少々俺には難しい話だ。地学や天文学など分野外なのでテクニカルタームが入ると幾ら日常英語を使えるとは言っても読み詰まる。日本語でも分からない単語があれば読み詰まるものだから仕方ない。
 次のページを開けば目次が書かれていた。コチラも分からない言葉が在りはするが、簡単な言葉も在る。特にタイトル通りの惑星の名なら中学生でも分かる単語だろう。それを注視してみれば「地球」と「火星」についてのページ数が特に多いようだ。

「士郎くん、なに読んでるん?」

 地球についての項を読もうかと開くと前から声が飛んできた。反応して顔を上げてみれば近衛と神楽坂の二人が並んでいた。

「仁が持ってきた専門書だ。読むか?」

 俺の隣へ、ひょいと入ってきた近衛に、開いていたページを見せてやる。

「うーん、惑星かー。ちと難しそうやね」

 そうか、と俺は言ってから本を閉じて片腕で抱える。
 見るからにコレは学術書である。分野に余り面識がない人に勧めるものでもない。娯楽書ならば、また別ではあるが。

「仁は寝てるの?」

 寝ている男を観察するように屈んでいた神楽坂。

「ああ。仮眠を取るって言ってな。この様子だと叩きでもしない限り起きないぞ」

「そう……」

 神楽坂は相槌を打っただけで、ジッと仁を見たまま動かず。
 元気がよく、気になった所には自分から積極的に口を挟む常日頃の神楽坂とは真逆の神楽坂で疑問に感じた。

「上から仁くんの様子見てなー。アスナが行こゆうて来たんや」

 隣の近衛から、神楽坂を見ながら話していた。

「神楽坂も仁に対して何か言いたいみたいだな」

 仁に物申したのは龍宮、長瀬、そして俺は聞いては居ないがエヴァも何か言っているだろう。
 何かを仁に対して問いたいのは、俺も例外ではなく、皆も同じハズだ。特に神楽坂は何かを言いたいと、今日の屋敷での記憶を辿れば自ずと理解できる。

「……わかんない。あの時は衛宮さんに対して怒鳴っちゃったけど、いざ仁に喋ると何を言えばいいんだろ」

 仁が去った後の話し合いで、神楽坂は一度だけ仁に対して怒鳴り散らした。それも無意識に近い形だった。
 しかし、神楽坂の疑問を俺では答えられない。それは神楽坂自身でなければ答えようがないものだ。

「馬鹿ナンダカラヨ、イツモミタイニ殴ッテ済マセレバイイジャネェカ」

 トコトコと現れたチャチャゼロが神楽坂の斜め後ろから声を掛ける。

「……いつもと違うんだから、殴って済む訳ないでしょ」

「オ、チットハ利口ニナッテタカ。ケケケ、コレモ生真面目ナ子供先生ノオ陰ダナ」

 チャチャゼロは笑い飛ばしながら仁の腹へと乗っかって、屈んでいる神楽坂と睨めっこを始めた。
 あまり仲が良さそうではない一人と一体。こう思うのは、神楽坂からチャチャゼロに良しとして接する場面を見る事が少ないせいってのがありそうだ。

「オ嬢様ハ、人殺シ相手ト分カッテモ普通ニ接シヤガルシ、ホントオカシナクラスダゼ」

「しょーじきゆうと士郎くんがそうやったって実感わかへんからな」

 コレは近衛だけでなく早乙女も言っていた。仁は早乙女に対して其れが普通だと話した。俺も、そうだと思う。普通の人ならば、そんな出会いはない。すぐに実感が湧くってことは余りにも冷静過ぎる人か、先入観が余りにも強い人だろう。
 無邪気で嘘もない近衛の笑顔は、いつも和ませてくれるな。そんな笑顔の近衛は手をポンと叩いて神楽坂の方へと向き直った。

「せや、なんでアスナは仁君は呼び捨てやのに、士郎君のこと衛宮さん言うん?」

「急ね、このか」

 話題の対象が俺の名について、と方向性が180度変わる。
 暗がりに向かう話よりも、このような他愛ない話題の方が合っていると思うので、俺としては歓迎する。
 さて、これを気にかけて思い出してみると、そうだな、と言うしかないな。昔から敬語で呼ばれるコトも少ないと言えど、呼ばれ方なんてあだ名でもない限り気にしない方だ。それでも神楽坂のように仁と俺を、さん付けと呼び捨てで別なのは少しおかしいと感じる。大抵、俺達二人を呼び捨てで呼ばない人は「さん」や近衛のように「君」を俺達二人に付けるし、呼び捨て場合はドチラも呼び捨てで呼ぶ。

「言いたくないのなら無理に――」

「ううん、言う。だから、ちょっと待って」

 俺の声を止めて、唸って考える神楽坂。
 ホントに無理して考えてもらうつもりはないのだが、少々頑固気味な彼女に二度言ってしまうと此方が駄目な奴になってしまうな。

「衛宮さんは……その、少しだけ……接しにくいというか……」

 唸り声を止めて神楽坂は、言い辛そうに話す。
 これは俺自身も思い当たるな。なんせ俺はクラスの中でも姓で呼ばれる事が多く、仁は名で呼ばれる事が多い。この事実から俺と仁で比べれば、仁の方が接し易いって証明している。それにいつも接している俺も仁は接し易い奴だと思っているしな。

「べ、別に衛宮さんが嫌って訳じゃないんだけど……何処か衛宮さんは年上な感じがして……普段は接しにくいの」

 神楽坂の言葉を聞いて思わず苦笑いしてしまった。人の真理を掴むのが鋭い。それも知られてはいけない裏の部分に関してのものを。こう俺が思う人物は神楽坂の他に綾瀬もだ。でも二人は決定的に違う部分がある。神楽坂は直感的に人の真理を掴み、綾瀬は思案し、まるでパズルでも組み立てるかのように人の真理を掴もうとする点だ。

「ほえー、アスナにとって士郎くんは先輩って感じなん? んでも、アスナは先輩でもお構いなしな感じやと思うとったけどな」

「先輩ジャナクテ、オッサンダロ。イヤ、爺ダッタナ」

 チャチャゼロは人を貶すのが本当に好きな奴だ。俺の年齢的には、オッサンは近いのかも知れないけど、どちらもまだ勘弁である。
 近衛にチャチャゼロへ和み部分を分けてあげてくれと頼むべきだろうか。

「ホラ、先輩ッテ言ッテミロヨ。士郎ハ喜ブゼ」

「……チャチャゼロ、あまりからかうな」

 そろそろチャチャゼロの悪癖に歯止めを利かせる。
 これ以上冗談が過ぎると神楽坂と顔を合わせるのがキツくなりそうだった。こういう冗談は、後々響いて来るものだと経験上理解している。
 さあ話を切り替えてくれ、と息巻いていた所だが、二階に行く階段の入り口から早乙女の姿が見えていた。その表情は、チャチャゼロと同じく茶化す気が満々な訳で。

「衛宮って後輩属性持ちだったのかー」

「早乙女、それ以上は勘弁してくれ」

 からから、と気持ち良さそうに笑いながら神楽坂の肩を叩く早乙女。
 神楽坂も俺と同じように勘弁と早乙女に訴えていた。

「っと、本題はそれじゃなくて木乃香のお父さんが話あるみたいだから、聞くならおいでってさ」

 早乙女は気を一転させて上の階を示し、行くか行かないかの二択を迫ってくる。

「そうだな……」

 おそらく早乙女は勿論、近衛と神楽坂も聞きに行くだろう。しかし、俺はどうしようかと悩んだ。別段聞かなくとも仁から聞けば知れるのだろう。今の状況では邪魔者に近い俺だ、居れば迷惑ではないかと。

「行ッテコイヨ。コノ馬鹿ハ俺ガ見トイテヤルカラヨ」

「チャチャゼロはいいのか?」

「イイッテ言ッテルダロ、イイカラ行ッテコイヨ。嬢チャンダッテ士郎居ル方ガイイダロ」

「そうやな。せっかくやし、士郎くん行かへん?」

 ここまで言われるなら、俺も断る訳にはいかない。チャチャゼロに気を使われるのも変な感じはするが、今はありがたくとっておこうか。
 急かす近衛と早乙女の後を神楽坂と一緒に追って、階段へと足を進めた。

 

 

 

 

「テメェハ行カナクテイイノカヨ」

 人の気配も消え、静かになった辺りで、腹の上から声が聞こえてくる。

「知ってるからな」

 息を軽く吐いて、眼を覆った腕は変えずそのままでチャチャゼロに声を返してやった。

「とりあえず腹パンやめてくれ。いてぇんだぞ」

 記憶が少し抜けているので2、3分は眠っていたと思う。起きたのは今言った通りチャチャゼロのパンチのお陰だ。起きてすぐに聴こえた声は、殴ったら済むとかチャチャゼロが言ってる辺りで、会話を聞く限りアスナに言っていた言葉だった。

「鍛エタリネェンダヨ」

 まだオレの腹の上から重みが消えずに声が聞こえてくるので、チャチャゼロは退く気はないらしい。
 鍛えたりないって言われてるけど、一応オレの腹は割れてくれてんだが。必死に鍛えているんですよ。それとも気とか魔法とかという意味で、なのか。そっちも鍛えないと肉体だけじゃ耐えきれないのは分かってるけど、未だ気と魔法の感覚は分からんしさ。
 まぁ面白い話も聞けたし、腹の痛みは、その分チャラって事でいいか。アスナが何で士郎を衛宮さんって言ってるとかさ。

「槍兵倒ス策ハ練レタノカ?」

 またそちらの話か、とも思ったが相手はチャチャゼロなので、すぐに今思った事は忘れる。

「勝って生き残れる確率は2割ってところだな」

「ケケケ、死ガスグ傍ダゼ」

 残る8割は生き残るとは逆、死ぬ可能性である。

「あくまで、オレと士郎の二人で挑んだ場合だ」

 それも相手が、ランサーのみの場合に限る。もし、マスターも同時に戦うとなると勝率は必然と落ちる。その相手がフラガでも、神父でもキツイに変わりなし。
 数字の根拠は、昨日の士郎とランサーの戦いを見て、後はオレの知っている知識が何処まで役に立つかってのだ。根拠言っても、この数字は0にも成りそうで10にも成りそうなもんだ。数学的な絶対値ではなく、自信の数字ってところかな。

「でも、褒めてもらいたいところなんだけどな。アレに勝率が2割あるって言うなら、士郎の旧友のツンデレさんは褒めてくれるぜ」

「ツンデレナノニ褒メンノカヨ」

「ツンデレらしく褒めるんだ」

 俗語を学習しているチャチャゼロさん。会話に弾みができて楽しいねぇ……。

「最悪が重ならなければいいんだけど」

 重なる最悪、それは“聖杯戦争”の再現。
 槍兵のサーヴァント、ランサーだけならいい。現れてしまったものはどうしようもないんだから。
 しかし、ランサーだけでなく、他のサーヴァントが現れたらどうする。それも全てが敵だった場合どうしようか。仮に七人のサーヴァントを一人ずつ戦うと仮定しよう。全ての戦いで最善を尽くし、生き残れる確率は全てランサーと同じ勝率の2割だとして、最後までの計七回を戦い抜いて生き残れるか? 一度でも残る8割を引けば即刻終了。残った回数もやらせてもらえずに退場である。
 ああ、敵が一人でも十分過ぎるってのに重なるのだけは勘弁だ。

「イッソノコト行クトコ行ッチマオウゼ。最悪ヲ過ギテ混沌ダ。混沌ハ混沌デ楽シイゾ」

「生憎と行くかどうか決めるのはオレじゃないんでね」

 こっちが決められるんなら、それ程いいこともない。最悪なんてのはお呼びじゃないし、ランサーにも早々と帰ってもらいたいものだ。

「とりあえず眠らせてくれ、15分でいいから頼む」

「シャアネェナ。ジャァ15分経ッタラ俺様ガ急所突イテ起コシテヤルヨ」

「せめてビンタぐらいまでランク落としてくれ」

 今は本当に眠い。眼を覆っている腕を退けず、闇のまま視界の居心地がとてもいいんだ。
 さて、と息を吐いてから頭を空っぽにして眠る事にした。

 

 

 

 

 ゆっくりと眼を開き邪魔だった腕を退ける。視界にあるのは吹き抜けで三階先の遠い天井だった。
 体を起こして思わず苦笑いを浮かべる。

「起きたか」

 オレへと届く声は、パタンと本を閉じた士郎のものだった。

「チャチャゼロは?」

「先に皆と帰った。寝かせておけって言ってからな」

 成程、通りで窓から射し込む光が夕陽な訳である。
 15分でいいっていったのに、分じゃなくて時単位になっちまったみたいだ。
 周りを見渡す。右隣に士郎が居るだけで、人の気配は他には全く感じない。やり易いって言っちゃそうだが、寂しいもんもあるねぇ。

「エヴァが持ってきたのか?」

 オレが目の前のガラス造りのテーブル上のモノを見て問う。

「ああ」

 答えはすぐに返って来た。
 テーブルの上にあるものは士郎が暇つぶしにでも読んでいた数冊の本。そしてオレが一番目にして、手にしている剣だった。
 カラドボルグ。しかし、コレはランサーに砕かれたものとは別物。今日の朝、士郎が目覚める際に投影して現世へと召喚した物の一つである。

去れアベアット

 剣を手に取って、すぐに手元から消した。剣の行き先はオレの胸に掛けているアクセサリーへ。これで、いつでも自分の意志で手元へと出す事が出来る。

「旅館に戻るか」

「少し待ってくれ、本収めてくる」

 士郎が持っていた本をテーブルの本の山に乗せてから、全部を抱えて階段の方へと行く。
 手伝うにも何処から取り出した本か分からないので、手伝えもしない。そういえば、オレが借りた本があったな、と辺りを見渡して見るけど見当たらない。士郎が片してくれたのかね。

 見上げれば士郎のせっせと片付けてる姿が見える。
 するコトもないので、とても暇だ。いや、ノートを見返すなりとやるコトはあるのだが、そんな気分でもない。いつもならチャチャゼロが居るので話相手にしているけれども今は居ない。
 欠伸を一つ掻いて、上着から銀色のモノを全て取り出す。片手に収まるナイフが三本、残弾数だ。昨日の戦いで、ほとんど無くなっちまった。使い捨ての武器なので、金銭面で言えば減る一方の武器。ちゃんと回収すればマイナスにはならんけど。
 一本だけ親指と人差し指で挟んで全力で腕を振る。

「……危ないぞ」

「よく掴めるな」

 全力で投げた銀のナイフは、階段から降りてきた士郎に見事キャッチされた。
 ナイフを剣で弾くのならオレでも出来る。やったコトはないが自信は十二分にある。でも素手で掴むとなると別だ。技術そのものが別物になる。

「一本だけなら、なんとかだ。それより人の家なんだから、傷つけると修理代が大変だぞ」

「確かに」

 狙いは士郎から幾らか外していたので、士郎が掴まなければ壁に直撃。直径5cm程の縦穴が完成していた筈である。
 穴開きと言えば旅館の方もまずかった。コッチは後でしっかり対処しとかんと。オレの不備な訳だしさ。

「片付け終わったんだろ。とりあえず帰ろうぜ」

 長居をする気なんて更々ないので、こちらに歩み寄って来る士郎に急かすように言う。

「そういえば鍵はどうすんだ?」

「ネギから預かってる」

 チャリ、と士郎が差し出した手の平から音が鳴った。リングに掛けられた一本の鍵だ。それと、士郎が見事掴んだナイフをオレへと手渡しで戻してくれた。オレは黙って受け取り、手元に残ってたナイフ2本と合わせて元々仕込んでいた場所に戻す。
 問題なし、と立ち上がって玄関へ。
 此処、ナギの別荘には二度来ることは、あるだろうか。それでも今度訪れる時は日本語以外も勉強しとかないと、また無意味に過ごして終わっちまう。

「夕食時間までには戻らんとな。最終日は大広間で夕飯だから、さすがに言い訳も面倒になる」

 外に出るとまた一段と夕陽が眩しい。起き抜けの自分には辛い光だ。

「手は打ってるんじゃなかったのか?」

 士郎が家の鍵を閉め、しっかり掛かったか確認した後に問いかけてくる。

「面倒になったら瀬流彦先生にでも泣きつくさ。あー、士郎帰り道分かんの?」

「それは問題ない。でも、仁、余り瀬流彦先生困らせるなよ」

「瀬流彦先生甘いからなー」

「分かってるならいい」

 

 

 

 

 修学旅行4日目、最後の楽しい楽しい食事会の時間。最終日という事で料理も豪華だ。では、早速食材を見てみようか。目に留まったのは、たった今運び終えたばかりのサビを軽く添えてある刺身である。トロ、ヒラメ、甘エビ、イカ、etcと自分の好物でもある魚介類、おいしそうですね。右手側の奥には、小鍋がある。中身は、なんとすき焼きだ。コレも自分の好物。すき焼きはといた卵を絡めて食べる人と食べない人が居ると思う。オレは卵をからめないで、そのまま食べる派だ。さて、他にも色々あるのだが料理に疎い自分は、料理名が全く分からん。とりあえず豪華だし、おいしそうなので無問題なんだが、

「で、何だ、この席」

「文句言ウナヨ、最高ニ楽シイダロ」

 一緒に食事をするメンバーが最高に拙い。いつもは4班なのに、本日だけは何故か違う。

「士郎、代われ。いや、オレを動かしてくれ」

「……無理だ」

 背には士郎が居る。士郎は後ろで、オレとは別のテーブル。アイツは呑気に夕食を始めやがるだろう。
 ここで疑問もあるだろう、自分も思ってる。代われはいいが、動かしてくれって普通はオカシイ。

「エヴァ」

「黙ってろ」

 右隣のソイツから一蹴。そんで、オレをこんな状態にした張本人である。

 旅館には夕食会が行われる30分以上前に到着できた。旅館に入り一番に考えたのは夕食会の席についてだ。まず、本日近衛家及びナギの別荘に居たメンバーとは、なるべく一緒に食事を行いたくない。理由は勿論面倒だから。そこでオレが思いついたのは、さっさと広間に行って別の班なり先生達なりと席を決めてしまう事だった。
 士郎にも旨を伝えて、手洗いだけ済ませて二人で直行。まだまだ夕食までの時間に余裕はあれど、先生は何人か居るだろうし、風香や史香は基本早く居るのが分かってたので、どちらかに加わろうかと考えていた。別にあの面倒なメンバーが居ても、さっさと別の席さえ決めてしまえばオレの勝ちだったのだ。
 しかし、一つだけ見落としがあった、重大な見落としがあったのを当初のオレは気付いていない。
 広間の扉を開ける。その瞬間、オレは気付いた。自分が見落としていた事を。

「オ、ヤット来タカ。ドウ料理シヨウカ迷ッテタ処ダゼ」

 そう、チャチャゼロである。修学旅行が終わるまで"自由”に動けるチャチャゼロの事を失念していた。
 広間に入ってオレの目に映ったのは、チャチャゼロを頭に乗せた茶々丸だった。広間の一番奥より一つ手前の端っこに彼女だけが座ってコチラを見ていた。この時点で拙い。何が拙いか? そのマスターが端っこの席に座ってるって事だよ。茶々丸の後ろに金髪が見えたんだ。
 茶々丸から降りて、テコテコと走ってくるチャチャゼロが見えた。もう逃げられん。目を付けられた時点で終わりである。
 チャチャゼロはオレの処まで着くと、オレの制服の裾を引っ張って誘導する。逃げてもどうせ転ばされて無理矢理連れて行かれるのは分かっているので、素直に降参してオレは引っ張られるがままに足を動かした。
 そして到着したのが、広間の奥の席、エヴァの隣である。

「用は?」

 胡坐を掻いて座布団へ座り、エヴァへと問えば睨まれた。そろそろ……馴れはしないぞ。
 エヴァは、オレへ睨むのを止めると前を向き、眼を瞑って机をコツンと指一つで叩いた。それが何を意味するのか、オレはすぐに理解できたさ。オレの足が固定されて動かなくなっている。拘束魔法食らったんだと。
 さてと、考える。席は隣にエヴァとオレだけ。前三つとオレの左手隣一つが空いている。逃げれる算段は? 当然ない。誰か関係ない奴が座ってくれるか? 隣にエヴァが居る以上見込みなんてゼロだろう。もう面倒になると完全予知。後はどれだけメンバーが面倒じゃないかと、その時は祈るだけだった。

 そして食事が配膳されて、席が全て埋まった今に至る。

「まぁまぁ、いいではござらぬか」

「よくねぇし、ちゃっかりオレのヒラメを持ってくな」

 オレが席に着いたのが2番だとして、3番目に座ったのは楓だ。
 何食わぬ顔でエヴァの前に陣取って、本日の料理は何かと目を輝かせていた。

「夕映、お前は宮崎とハルナが居るアッチだろ」

「近いですし、ここからでものどかの顔は見えるので無問題です」

 5番目に座ったのが夕映。楓の隣ではなく、一つ間を空けて、オレの真ん前に座らない座席を取った。
 夕映が来た時の会話は、こんなんだった。

「私はアチラに座ります」

「え、う……うん。じゃぁ……私は衛宮のとこにしようかな、衛宮いい?」

「ああ」

 初めに夕映の声、そんでハルナのたどたどしい声が聞こえて、真後ろから士郎の声が聞こえた。
 ハルナもオレの方に座るかと思ったが、エヴァの無言の重圧に負けたのだろう。気楽に同じ席に座れる空気じゃねぇし。

「えっと、のどかはどうする?」

「わ、私はハルナと一緒にしよう……かな……」

「う、うん、それがいいと思うよ」

 そして、のどかとハルナは士郎、茶々丸と相席。オレも、夕映という5人目の時点で、すぐにでもソチラの席に移りたかった。

「アスナ」

「何よ」

 4人目を飛ばしたが、4人目はコイツだ。オレの真正面、無愛想な表情で睨んできている。
 スタスタ、いや、もうちょい足音が大きかったか。オレの視界に入ってきたら迷う事なく、オレの真ん前に座りやがった。とりあえず機嫌が悪い。エヴァと五分張れるぐらいに威圧感ばっちりの神楽坂さんだ。

 アスナが座り、2、3分後にネギと木乃香の声が後ろから聞こえた。むー、と唸る木乃香。そこでハルナが声を掛けて、ネギと一緒に自分の席へと座らせた会話が聞こえた。
 ネギは、そっち行ってくれてよかったが、木乃香にはコッチ来てもらった方が良かったと思う。和み具合が大分変わる。しかし時既に遅く、オレが木乃香に声を掛けようとする前に最悪な奴がオレと同じテーブルに入ってしまった。  

「六人掛けだから出ていく気は?」

「七人でも問題なく入っているだろう?」

 最後に来た真名。広間で食事する時は、いつも一緒だったコイツである。真名は一人だけ、テーブルの側面の席に陣取って、楽しそうな真顔で座ってやがる。
 そんでコイツが七人目、六人目と一緒に来て、一緒にオレと同じ席に座った訳だ。

「刹那には何も言わないでござるのか?」

 オレの隣に座ったのは刹那。真名が「座ればいいじゃないか」とオレの隣を指し澄ました顔で言っていたのは記憶に新しい。刹那は受け手タイプな為に断る事もなく座る。きっと木乃香が「せっちゃん、こっちや」とでも言ってくれれば、ソチラに行ったのだろうが、真名の方が一歩早かった。口惜しや。

「この際正直に言うぞ。刹那以外が面倒なんだ」

「おお~言うねー」

「ハルナは茶化さんでいい」

 ハルナの声は、声の方向からして茶々丸の真ん前に座っている。予測するようなのは、体が固定されていて振り向けないせいだ。腕だけ動くのは、おそらくは慈悲である。
 しかし、さっきは動揺していたのにもう復活ですか。こんな美味しそうなネタを傍から見ていたら復活も早いですよね。

 いただきます、の挨拶は既に終わっている。食事に手を付けてないのはオレだけ。エヴァ、真名、夕映は澄ました顔で食ってるし、楓なんていつも通りに食っている。ただアスナだけは、何が気に食わんのやらオレを時々牽制するように食事していた。いや、その気持ちも分からなくもねぇが。後、刹那はというと食事を始めるかどうか、少しだけオロオロとしていたのが印象的である。まぁ、皆さん食事を始めましたので、刹那も付いてくように始めてくれたけどさ。

「折角ダカラ議題決メテ、楽シイオ喋リシヨウゼ」

 オレが喋らなければ無言な食卓に一筋の光。焼け野原にしてくれる光が射し込みやがった。

「オレに関係ない事ならなんでもいいぞ」

 ガードは怠らない。素っ裸にされるのは御免である。

「貴様は関わらせないとは言ったが、コイツらの介入を止める気があるのか?」

 しかし無意味。エヴァンジェリンさんは渾身の固めたガードでさえ全く通じない相手だった。

「無理」

 逃げられるなんて縛られている時点で思ってもいないため、まずはキッパリ一言入れてやる。

「この食卓内で言えば刹那以外は無理だ。言っても止まんねぇし勝手に突っ込んでくるだろ」

 これで反応したのはアスナと夕映。アスナは眉根に皺寄せて眼光鋭く、夕映はオレの心を覗くかのようにオレを観察している。
 それと楓が「拙者は昼に言ったハズでござるがなー」と呟きながら、オレの甘エビを奪って行きやがった。図々し過ぎんぞ。

「だから、面倒って言ったじゃねぇか」

 能天気な楓は放っといて言葉を続ける。
 現在の食卓の面子は面倒な奴ら筆頭メンバーだ。刹那は例外として、他が面倒過ぎる。この中だと面倒レベルにすればエヴァは可愛い方。残る4人が、どうにもこうにも面倒臭い。

「そこまで言い切るのなら、お前は手を打っているのか?」

「チャチャゼロ、お前から見てオレの特技は?」

 横から言葉を挟む真名は一旦置いて、頭の上へと尋ねる。
 チャチャゼロがひねくれてなければ、オレを貶す言葉と一緒に真名の問う答えも言ってくれるだろうと。

「ハッタリト嘘ダロ。小物ニハオ似合イノ特技ダゼ」

「なるほど、延々と出し抜くという事ですね」

 夕映が答えの言葉を付けたしてくれた。説明の手間が省けて楽である。

「私はアンタに関わるとは言ってないけど」

「そうだな。未来なんて分からんし、お前が関わるかどうかも分からんね」

 アスナに返したオレの言葉で、右隣の金髪っ子が舌打ち、頭の上の人形は爆笑して、左隣のこんな食卓に巻き込まれた娘が気まずそう俯く。この二人と一体は、オレが何であるかをある程度知ってる面子だ。性格が顕著に表れている反応だね。

「お前と話すと気味が悪くなる」

「その割には口が笑ってますが、隊長?」

 今のオレは、わざと示した。お前らの事は何でも知ってるってな。
 そりゃぁオレの事を知らなければ気味も悪くなるだろう。知っていてもそうだろうかもしれねぇけどさ。

「――おい、楓、すき焼きは駄目だ。オレのメインディッシュが無くなるだろう」

「うむ、中々に鋭いでござる」

 楓の小鍋に伸びた手を、オレの手で楓の手首を掴んで止める。
 一人能天気な忍者は、何処までブラックホール胃袋なんだよ。

「では、拙者が場を和ませるでござるか」

「おい、やめろバカブルー」

 楓が人の食事に伸ばした腕を引っ込めると、ニコニコ笑った表情で指を一本立てる。
 ナギの別荘でのアレから言ってコイツの話題振りは、さっきとは違う意味で面倒だし洒落にならん。

「この中で仁殿の好みのタイプは誰――」

「やめろって言ってんだろ、バカブルー」

「ぬ、拙者のすき焼きも駄目でござるよ」

 今度はオレが楓の小鍋に手を伸ばして、楓に手に止められる。
 食事を奪う行為が、楓にとって一番効果的なのである。要チェックだ。

「では、刹那とお前の仮契約の話を聞こうか」

「おい、やめろバカ隊長。お前らは何だ、オレを脅して金が欲しいのか?」

 悪ノリにも程がある。オレだけじゃなく刹那まで巻き込もうとは容赦ねぇ。
 とりあえず今日の朝にもあったけど、刹那には顔を赤らめて俯かれるのは勘弁して欲しいんだぜ。オレも恥ずかしくなるから辛い。

「今、龍宮さんが言っていた仮契約というのは何でしょうか?」

「え……」

 更に飛び火して、アスナも巻き込まれてやがる。無意識にヤバいって声が出てるぞ、アスナ。
 しかし、コレは仮契約の知識がない夕映なので仕方なくもある。それでも、この負の連鎖はどうにかせんとオレの尊厳がマズイ。

「主と従者の関係になることだ。オコジョが魔法陣書いて接吻すれば成り立つ。お前の隣の馬鹿と後ろのお友達もカードを持っていただろう。それが従者としての証だ」

 2秒と掛からず終了。策を振る暇もなく吸血鬼が薙ぎ払って全滅だった。
 依然、澄ました顔で食事を続けるエヴァ。もっかいハンカチで口拭いてやろうかコイツ。

「あのカードは魔法使いの道具でしたか……ん? ……せ……接吻? つ、つまりキ――」

「カモニ言エバスグニデモヤッテクレルゼ。相手ハドウスル、デコッパチ? 士郎カ? 坊主カ? ソレトモ、コノ馬鹿ガイイノカ?」

「い、いえ、わ、私は……」

「チャチャゼロ、声が大きいぞ」

 後ろの士郎から注意だ。だが、もう少し早めに割って欲しかった。できればオレがエヴァの隣に座った時ぐらいにさ。
 ほら、夕映なんてアレだ、擬音で表せば、むきゅーって感じになってる。ノックアウトってかオウンゴールだ。

「イイジャネェカ。チャント御主人ガ周リニ気取ラレネェヨウニシテクレテルシナ。ドンナ話モアリダゼ」

「全くよくないし、よくないし、よくねぇよ」

 さすがはエヴァ、準備がいい。でもソレとコレの話は別である。チャチャゼロの言葉に、そうだねとは言わんぞ。
 話題を変えたい。しかし、話題変えの頼りになる奴がいない。コレはいっそ後が恐くともアスナの話題を出して、犠牲になって貰う他ないか。

「せっちゃん、仁くんとちゅーしたん?」

「お、お、お嬢様っ。わ、私は……その……っ」

 オレと刹那の間から、木乃香が顔を覗かせる。箸持ちながらは、はしたないぞ。じゃなくてどうしようかね。とりあえずオレは黙秘が一番か。
 木乃香よ、そんな物欲しそうな目で見てもオレは答えんぜ。聞くなら刹那に聞いてくれ。

「仁の旦那、けいや――ギュ」

「すき焼きにカモ鍋カー」

 ふとももに感じた重みに対して右手で反応。
 何か右手に感触があるけど、いい食材かなー。煙草吸ってばかりだから体に悪そうだけどなー。

「わ、悪かったっス。それに言うならカモじゃなくてオコジョっスよ。いやいや、そんな事じゃなくて……でも契約したくなったら、いつでも俺っちに任――」 

「士郎、血抜きの道具くれ」

「ナイフ持ってるんだから、それでやればいいだろ」

「お、お二人とも洒落にならんっス」

 ナイフは昼夕と変わりなく三本懐に持っている。普通のナイフだが、オコジョぐらいならどうにでもなるだろうよ。

「真名、血抜きって魚と一緒の要領でいいのか?」

「頭を落とせば何とかなるんじゃないか」

「く、黒過ぎる。ジョークがジョークに成ってねぇっスよ、仁の旦那ァ」

 

 

 

 

 理不尽な食事会も終わり風呂の割り当て時間でもなかったので、そのままオレ達の割り当て部屋に帰宅。

「野宿かー」

 現在は士郎とチャチャゼロと一緒に旅館の屋根の上。オレは寝転がり、夜空を眺めて一言発する。
 こうなったのも訳が在る。それはエヴァと茶々丸が旅館へと訪れたせいだ。食事は夕食会の通りどうにかなったのだが、部屋が確保できなかった。それで夕食会後に出てきた案が、元々二人部屋だったオレと士郎の部屋に一緒に泊めるというコトだった。この案を出したのはエヴァ。こういったコトは全く気にしない奴なので、おかしくもなかったが、ここで此方の話を聞いてきた委員長が倫理的に拙いと入って来る。委員長の言い分も極々常識人なオレには理解できる。この時にチャチャゼロが「イツモ――」と口を走らせようとしたのを止めたのはナイス判断だと我ながら思った。恐らくあの後は「同ジ屋根ノ下デ寝テルンダカライイジャネェカ」だっただろう。いらぬ誤解を生ませちゃいけねぇ。そもそも別荘でも寝てる部屋は違うし。
 結局、あの場ではオレ達は先生の部屋にでも行くから、と言ってエヴァと茶々丸に部屋の鍵を渡した。でも、そうなるとネギの部屋に間違いなく廻されて面倒だから、屋上で寝るというコトにした訳だ。
 士郎にはネギと一緒の部屋でも良いといったんだが、付いてきやがったし。今は士郎も皆と接するのが気まずいんだろうけどさ。まぁネギには適当に寝場所探して寝るって言ったし問題ねぇだろう。

「二日目モ此処デ寝テタダロ」

 二日目といえば枕投げ、刹那と事件起こした日だ。
 忘れたいけど忘れちゃいけねぇ事件。誰かあの日の出来事抹消してくれねぇかなぁ。平気に振舞ってるつもりでも正直合わせる顔がないんだよ。

「俺は野宿には慣れてるから問題ないけどな」

「さすが旅路の野生児」

「なんだよそれ……」

 ああいうハプニングはオレよりも隣のコイツの方だろうに。何だかんだで女子相手に騒ぎは何も残さなかったな、士郎。

「初日も居たしなー」

 欠伸吐きながら喋る。
 屋根で過ごしたのはいつも夜だった。

「思えば、初日から狂ってた」

 白髪坊主に奇襲食らったりと。あれでずっと見にも回れなくなっちまった。

「俺は仁の考えを聞けてよかったけどな」

 初日に此処で士郎とチャチャゼロに話したっけ。お陰で士郎の信用を得られたんだった、そうだそうだ。
 あの時、オレが何も話さなければ初日から変わっていただろう。初日から士郎と月詠のバトルとか始まったりさ。そんで、オレはソレを端から観ていたのか一緒に参加していたのか。とにかく分かるのは一人で端から観ていたら白髪坊主にやられてバッドエンド直行だったって事だ。

「酷く長く感じる修学旅行だった。4泊5日とは思えねぇぐらいにさ」

「面白カッタダロ。最後ナンテ死線ヲ潜レタンダカラ、イイ経験ニナッタロウシナ」

「いっつも言ってるだろ。死ぬのだけは勘弁だって」

 死線は潜るかも知れんと白髪坊主が居る時点で思っていたが、望んではいない。
 ましてやランサーなんて御呼びじゃねぇし。どうなってんだかね。今日は姿を見せないようだが、いずれまた顔を合わせる日が来るだろう。

「本気でやり合うのは楽しいってのはあるか」

「オ、ヤットテメェモ戦イノ楽シミガ理解デキタノカ」

 白髪坊主相手には全部及ばず。ランサーには殺されかけるし、てんで駄目なオレ。それでも士郎と鍛錬しなければ、一手すら打たせてもらえなかった筈だ。一応は食らいついてたと思う。まぁ数秒でボロ雑巾ですけどね。

「でも、オレはしょうもねぇ話をする方が性にあってるかな」

「アー、ヤッパ腑抜ケダナ」

「はいはい、腑抜けですよー」

 痛いのはやっぱり御免と。からかったり、趣味の話をしたり、どうしようもない話している方がオレらしいだろ。

「仁はそれでいいさ。それが仁らしい」

「士郎に心読まれたなー、一生の不覚だ」

「「なんでさ……」」

 少し理不尽を挟むと出る士郎の口癖。御覧の通り、声を被せるのは簡単だ。

「気色悪イカラ馴レ合ウノヤメロヨ」

「変なコト言うなよチャチャゼロ」

「……早乙女辺りが変な風に取りそうだ」

「士郎も変なコト言うな。まずオレは筋肉隆々な男より木乃香みたいな可愛らしい子がいいし」

「マジデ、シスコンダナ。アー、ロリコンカ」

「それ頼むから言いふらさないでくれよ。オレの地位が風評で愕然と下がる」

「事実ダロ、ナ?」

「…………」

「おい、士郎、否定しろ。ナギの別荘でも言っただろうが」

 士郎は否定する気なし、と。コイツの女事情話広めざるを得なくなっちまうぜ。
 まぁ、全部くだらない話だ。適当に話して、チャチャゼロの煽りや毒吐き聞いたり、士郎の天然で朴念仁な言葉聞いたりと楽しいさ。士郎とチャチャゼロに限らず、この世界の人なら誰と話そうが楽しい。楽しいのは分かってんだから、後は楽しさをぶっ壊されないようにするだけだ。

 

 

 

 

 京都駅、東京行きの新幹線。東京に付いたあとは大宮行きのJRに乗り換え、麻帆良に帰る。修学旅行とは逆の道順を辿るだけの帰路である。

「やっぱベットか布団で寝ないと体キツクなるなー」

 朝一番にカウンターからタオル一式借りて風呂に入ったが、それだけじゃ体の妙なだるさは抜けてくれなかった。

「これも慣れると変わるけど、まあ、仁の言う通り、ちゃんとした処で寝るのが一番だ」

「タダ単ニ寝過ギダロ」

 オレとは違って士郎は平気そうである。慣れっていうより身体の鍛えてる差じゃねぇかと思う。ちなみに就寝時間は普通だ。

「ソレトモ遊ビ疲レカ、ガキダナ」

「修学旅行だから、そうかもな」

 元居た世界で修学旅行の帰りの際、列車の中で爆睡していた記憶がある。最後の日は、何もかも発散した後で眠るのに最高だったんだ。この新幹線の中でも、そんな奴が続出するだろう。

「あら、また勉強ですの?」

 点呼を取りに来た委員長。オレ達が最後尾なので、32という数字を聴く限り幽霊っ子一人欠席の分を考えれば全員揃っている。
 途中参加組のエヴァと茶々丸も一つ前の通路を越えた先に座っていていた。

「そう、初日と同じ勉強。生きるためには必要なんでね」

 笑って委員長の問い掛けに答える。

 物語は変われど、コレは変わりない。如何に最善を尽くすのかだけはな。



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――6巻 53時間目――

2011/3/8 掲載
修正日
2011/3/16

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