48 修学旅行4日目昼・空白の後日

 

 

 カツカツカツ。
 空になり掛けの蕎麦ざるを箸でつついてリズムよく鳴らす音が真正面から聴こえてくる。

「お嬢さん、行儀が悪いね」

 そんな子どもが駄々をこねたような……失礼。不機嫌な態度を取っているエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、齢600歳越え。このくだりは、コイツが年相応ではない――いや、見た目通りの態度を示している時に使うくだりである。
 今の時刻は11時。それまでは京都の観光を付き合っていた。文字通りに一方的にコイツが行きたい場所を付いてった訳だ。それも何故か二人きりで。
 さて、一見修学旅行で男女の二人が出歩いていたらデートみたいにも聞こえようが、どう足掻いてもそんな雰囲気じゃない。まぁデートのように初めは軽く会話していたとは思うが、時が経つにつれてエヴァの淡々とした態度が、時間を追うように静かな方向に移っていった記憶がある。なんせ、今オレが話掛ける前に言葉を交わそうとしたのが何十分も前だった筈なんだから。

「貴様が京都について何も理解していないから呆れていただけだ」

 ムッスリとした顔と鋭い目つきで毒づくように言葉を吐く相手。容姿が容姿なだけに、ビビりはしないが恐い表情なのは確かである。

「そりゃあ歴史なんて不得意科目だし、京都人でもないし」

 自然に振るうように、頭の中で思った通りの言葉を返す。するとどうだろうか、エヴァの眉根には余計にヒビが入ってるではないか。

「二十歳前後の人間が威張る事ではないだろう」

「別に威張って言ったつもりねぇが」

 どうもオレの言動は、マイナスに働く。というよりもエヴァ相手だと、そういう言動になってしまう。そのせいか、オレが喋る度にエヴァの表情は、拗ねた顔、呆れた顔、不貞腐れた顔、睨む顔といったマイナス面の表情をされるコトが多い気がする。エヴァが、そういう性格ってのもあるが、オレの言動は省みるべきなんだと思う。実行するかは不明だけど。

「それで、そろそろ聞いてもいいか?」

 声を掛ければ、ピクリと思ったように反応してくれる相手。それは、オレが唐突に話を切り替えようとしたってのもあるが。 

「断ると言ったらどうする」

 どっちつかずの興味なさそうなエヴァの態度をみれば、オレから何か言葉が来ると判っていたに違いない。

「何にせよ聞くけどな」

 そして、オレは構いなしに聞くつもりだ。訊けるモノを訊かないというのは具合が悪い。それに質問は、たったの一つで簡素な疑問の言葉だ。

「オレを連れてきた理由は?」

 わざわざ転移魔法を行使して、皆とオレを分断したんだ。この行使した相手がエヴァではなく、アスナのような直情的な奴ならば理由なんて無いとも納得できようものだが、相手はエヴァ、理由が無ければ納得できない。
 エヴァは湯飲みに手を掛けて、ゆっくりと口に運んでいた。

「ただの気まぐれだ」

 カタリ、と湯飲みをテーブルに戻すと、茶を濁す訳でもなく言い切った。つまらん質問だ、とでも言いたそうに睨む青色の瞳が返答の印。
 これは嘘かどうかなんて、エヴァ相手では見分けるのも難しい。しかし、これは真実だと思う。本当にエヴァの気まぐれ。オレがあの場に居ては淀む空気は変わらなく、あの場には時間が必要だ。それはオレにも言える事で、オレらしくない無茶をしたから落ち着く為に時間が欲しかった。どちらも解消するには、何処か別々の場所に飛ばさない限り叶いやしない。そこでエヴァの気まぐれだ。人と関わるのを極力避け、それにオレを避け始めているエヴァが、わざわざ条件を全て揃えてくれた。気まぐれ以外に何と言えよう。

「てっきり木乃香の家の出来事以外で、何か訊きたいものかと」

 ここで礼を言えれば立派な人間だったろうに、オレの言葉は追求するものだけ。

「貴様はつくづく自意識過剰だな」

「この世界の住人に対しては、そういう対象だろう?」

 オレが言ったのは、口に出さずとも判り切っているコトだ。ただオレは、話そうとしない。オレを知っている此処の世界の住人なら知っている。オレが自発的に話そうとしない限り口を割らないってな。だから、これはあの時の夜と同じ、相手は違うがオレからわざわざ喋ろうとしている。今回は詫びではなく、礼の気持ちってのが詫びとは異なるところだと言えよう。
 エヴァは溜め息を吐いて、オレの考えを読んだかのように呆れている。オレは真正面から礼の言葉を送った訳ではないが、エヴァの性格的に礼をされるのは歯がゆい、それよりか気にいらないものって部類なんだろう。

「訊くと言えども、衛宮士郎が居なければソチラの話は二度手間になるといったのは貴様だ。だから他愛もない話をする」

「ありがたい配慮なコト」

 エヴァと真剣な話をするときは、とても進めやすい。気まずい時もあるが、これ程話を進めやすい相手は、オレが元居た世界の親友ぐらいなもんだ。
 こちらの意志を配慮するような質問を幾つか想定しつつ、相手の目を見て来る質問を待つ。

「何故貴様は、私達を買うんだ?」

「……なんだ、そんなコトか」

 なんだ、と言われ機嫌を幾らか損ねられたのが見て取れるので、失敬と反省して、エヴァの疑問に真剣に考える。

「言っちまえば……一つ、二つ……三つほどか」

 テーブルの上に置いている自分の手の指を、親指から順に口に出した数字を追うように折る。そして握りこぶしを作り、人差し指だけ立ててエヴァの目を見た。

「一つは物語として成功している姿を見ている。いや、違うな。これから成功する姿を見る予定。言うなれば絶対に上がる株を知っていて買ってるもんだ。こう言っちまうとズルイってかあくどいな」

 エヴァ相手に、この例えはどうかとも思ったが反応を見る限り理解してくれているようだ。エヴァの表情が気の乗らない方に傾いているから、そうだとわかる。

「まぁ、オレが未来を知っているのはエヴァも周知の事実だろ」

「貴様が初日にべらべらとぬかしていたからな」

 これは言葉がキツイと苦笑いで返してから、次の話へと切り替えるために、中指を立て、人差し指と合わせて計二本の指が立つ。

「二つ目は人が良い奴ばかりってとこ。言っている自分でも信じられねぇぐらいに。特に3-Aの面子に限って言えば、ハッキリ言って裏切られるイメージが一寸も浮かばないぐらいに良い奴揃いだ」

「虚言だな」

「いいや、真実だ」

 すこぶる程に気に入らんのだろう。オレの言葉はエヴァ自身も含めて言っている。断言できる信頼が有ると言ってやったんだ。エヴァにしてみれば、これ程気味の悪いものもない。
 エヴァは早く話を進めろと手を払ってオレに無言の言葉を送ってきたので、話を進めるとしよう。

「ただ、それは此処の世界のみだ。士郎の世界となると、こんな気楽な台詞は吐けねぇさ」

「それ程、衛宮士郎と私達の世界に甘ちゃんかどうかの差があるのか」

 一部分だけ声を大きくして喋るエヴァ。相当気に障っているみたいだ。エヴァが居る世界、オレが来てしまった世界、この世界と士郎が居た世界とは全く別物であると答える。

「いいや、今居る此処が特別なだけで、オレの元居た世界も士郎の世界も人と関係を作るなら苦労は同じだ」

 さらに細かに、今度はオレの世界も加えて説明を加えた。
 こんな話をしては、当然とエヴァの機嫌は良く成る筈もなく悪くなる一方である。彼女の過去と境遇を考えれば、さも当然。この世界は素晴らしいと連呼しているのだから当然だ。この世界に対してのエヴァの考えは、どちらかと言えば逆である。

「良い奴ばかりと言っても駄目な部分も多く、オレの癇に障る時も当然ある。それ以上にいい部分が見えてな。総合的にみて、嫌いになる理由がないだけだ」

 素晴らしいと言い続けていても完璧ではない。完璧な人間の定義なんて知っちゃいねぇが、オレの観点からしてみりゃ完璧な人間なんて存在する筈がない。でも、それなら素晴らしい人間ってのはオレの中でランク付けするならば最上位の部類になんのかね。

「三つ目は何だ? さっさと吐け」

 眉根に皺を寄せる目前の人。痺れを切らしたように出す声は、オレがもたもたと考え事をしていたせいだ。
 どうやって、オレの考えを伝えればいいか。時間を掛けても駄目、下手なコトも言えない。エヴァ相手に機嫌を取りつつ熟すのは難しい。

「三つ目は……あー、なんだったかな」

 親指を立て、計三本の右指が立っている。小さく右手を振るわせるが口が一向に開かない。

「三つ目は無かった。二つってコトにしといてくれ」

 エヴァに言うと当然なことに呆れた目で見られる。だが、それもすぐに止め、ため息一つ吐いてから真剣な表情に戻っていた。

「貴様は結局どうしたいんだ。あんなコトまでして、何が望みだ? ぼーやを親のように完璧な英雄へ仕立てる指導者にでも成るつもりか?」

 エヴァの言う「あんなコト」とは、オレが手の甲にナイフを刺した行動。普通の人間では、あんなコトはしない。オレも自分では普通の人間だと思ってる。しかし、あの場では諭し、危険を教える為にアレ以外で優良とされる行動が無かった。誰かがしなければならない。オレが何処かの王のようにカリスマが在れば言葉だけでも可能だったかも知れないが、それは到底叶わぬ話。

「無理だな。俺は助言者になれても指導者にはなれない」

 エヴァの問い掛けに答えた。オレは“王”でも“師”でも“先生”のような器でもない。故に指導者にはなれない。オレが可能なのは、極一般的な“友”や“兄弟”のように教えるぐらいなもんだ。だから助言者。一言二言のアドバイスを送るぐらいしかできやしない。

「若造の癖に生意気な口を利く奴だ」

「できれば自分の立場を弁えてる奴って言って欲しいな」

 呆れ顔で少量残っていた蕎麦を小さな口で啜るエヴァ。そんな表情でも、訊きたいコトは訊き終わったと満足そうにも見える。せめて微かにでもいいから笑ってくれればいいんだけどな。

「む……なんだ?」

「しかし、そばつゆを口元に引っ掛けるようなお嬢さんに若造と言われるのはどうかと思ってね」

 オレは体を軽く乗り出してエヴァの口元に自分の手を持って行く。オレの手にあるのは、真っ白なハンカチーフである。最近になってオレも常備するようになったコレだが、そう言いつけたのは当然と主夫である奴だ。
 さて、エヴァはというとオレが今やった一連の行動の後にみるみると顔色を変えている。その変わった色は、誰もが言わずとも判るだろう。

「――――っ」

 顔を赤くして睨む睨む、オレを睨みまくるエヴァ。こんなエヴァの表情は、とってもレアケースだ。カメラやビデオ、携帯電話の機能を使って保存しときたい所だが、エヴァのために脳内HDDだけで我慢しておこう。

「ハンカチは、ちゃんとウチの執事が毎日清潔なものくれてるから御心配なく」

「死ねッ!」

 怒鳴り散らしてエヴァが退店してしまった。幸いと客はオレ達だけになっていた。居るのは口をぽかんと開けて此方を見ている店員だけである。その店員に申し訳ないと一礼して、オレも店を出る準備を始めた。特に私物はないので、財布を取り出して勘定を払う準備だけ。

「兄ちゃん、女の子を怒らせると後が恐いよ」

 レジの前に行くと店主らしきオジさんがレジを打ちながら忠告染みた言葉を贈ってくれた。その後ろに店の看板娘らしき女性も居たが、目を合わせるとすぐに逸らされてしまった。うむ、気まずい。

「いつもこんな調子なんで。大人しくしてれば可愛い奴なんですけど、いかんせん、オレの性格上悪戯したくなってしまい、この通りです。とにもかくにも、お騒がせして申し訳ない。蕎麦は大変美味しかったので、また此方に寄った時にでも寄らせてもらいます」

「兄ちゃん良い性格してるな。ま、今度来店の際は怒鳴らせないように頼むよ」

 店主の笑顔と、お釣りを貰ってオレも店を出る。次来る時は、ホント注意しないと店に悪いなと思いつつ足を進めた。

「怒って出て行った割に律儀に待ってくれてるとは」

「…………」

 外へと出れば店の入り口のすぐ側で、店の壁に寄り掛かっているエヴァ。目の端でオレを睨んで沈黙である。顔も向けてくれなくなったのは困りもんだ。

「あ、悪い」

 オレのポケットからデフォルトの携帯の電子音が響いた。店の出入り口は邪魔になるので、少し移動してエヴァの隣で同じように壁に寄り掛かって電話を取り出す。折りたたみの電話を開けば、液晶に移ってる文字は、ハンカチーフを持たせてくれたあの男の名だった。

「士郎、どうした?」

『おっと、ごめんね仁君。士郎君じゃなくて詠春です』

「長でしたか」

 渋めの申し訳なさそうな声が耳に入った。これから想像できるコトは唯一つ。

「そちらに何か問題が?」

 わざわざ長から連絡が来たのだ。オレが屋敷から居なくなった後に何かしらあったに違いない。

『そうだね、君にとってどれ程のものが問題に当て嵌まるか僕には見当がつかないけど――此方で起きたコトは士郎君かチャチャゼロにでも聞くといい』

 長が話を濁す。無理に今訊くべき内容なのか、これだけでは判断しようがないが、長がこう言うからにはオレも引き下がろう。

「それでは、何用で?」

 オレが想像していた一つも確かに在ったようだが、長がオレに連絡を入れたのは「屋敷で起きた何かしらの問題」とは別のモノである。それに受け応えできるように心構えだけはしておく。

『君にもナギの別荘を案内しようと思っていてね』

 なるほど。そういえば最終日にネギ達5班と、今オレの隣に居るコイツと茶々丸で行く場所だった。ノートに記した記録を頭で浮かべながら真っ直ぐ前を見ている隣の奴を横目で眺めると、相手も気付いたようで睨み返される。オレは軽く笑ってから、さっさと次の話を進めようと長へと返事をすることにした。

「それは先にネギへと――?」

『勿論。だけど君の話もあってか、ネギ君は昨日と違って乗り気ではなかったね』

「ネギには無理にでも連れてくるように頼みます。ネギの進もうとする道には必要不可欠の場所なんで」

 これは予想通りの展開だ。あの話を聞いた後で、自分の用事へ素直に行きたがる奴は、相当神経が図太い奴だけだ。例えば吸血鬼とか人形とか守銭奴とか。

『そうですか。では、もう一度ネギ君に意志を聞いておきましょう』

「ありがとうございます――ああ、長、少しお待ちを」

 後は一言二言話して電話を終える流れではあったが、制止の願いを出して、電話を耳から離した。

「ほら、エヴァ。近衛詠春から」

 声を掛けてから電話を手渡す。受け取った相手は「なんだコレは」と無言で言ってきやがる。確かにコイツは機会音痴で携帯電話も持ってないような奴だが、携帯電話ぐらいは知っていよう。

「これからナギの別荘に行くそうだ。さっきまでのオレを見て分かるように、オレは京都をよく知らんから、集合場所を代わりに訊いといてくれ」

「ナギの……別荘……」

 エヴァはポツリと呟いて携帯電話を耳にあてた。人が作った最先端の電子機器を使うのはエヴァに似合わないな、と思いつつ空を見上げる。空は快晴だ。昨日の闇なんて忘れさせるくらいに天気が良かった。

 

 

 

 

 長から電話が来た後、何処を観光する訳でもなく、何をする訳でもなく、適当な休憩所でエヴァとオレの二人は黙々と休んでいた。コチラから話すこともしなければ、アチラからも話して来ない。別段とオレは問題ないと言えるのだが、どうもエヴァらしくないので困りものである。とにかくエヴァの「時間だ」の一言で、エヴァの歩調に合わせて長が指定した集合場所へと目指している最中だ。
 歩いている周辺を眺めてみれば観光地のような広い街道でもなく、それらしい建物もない。一般的な住居しかない町並み、都心のような街並みとは違って草木も生え、住宅には広めの庭もある。こんな町並みはオレの実家を思い出す。

 さらにしばらく歩けば、人の集まりが見えた。そのほとんどが見覚えと馴染みのある制服姿。アチラのメンバーも気付いたようで、目が会う。さて、おっかない顔しているアスナのお嬢さんは、どうしようか。いつも通りなんだけどさ。それよりも、アレか。本来居る筈のない奴らも居る気がしてならない上に、来るだろう少ない男メンバーのアイツが居ないのが問題だ。

「オ、生キテタカ」

 と、考えていたら横道から、ソイツの姿が見えた。変わる表情が少なく、真顔が多い衛宮士郎君だ。コチラに喋り掛けて来ていたのは、士郎の頭の上にある人形で今は自由に動ける筈なのに、何で頭の上に乗って移動してんのかね。

「おあいにく様でピンピンとしてる。そんで、お前が居なければ、もっと元気が出てたハズだ」

 立ち止まって言葉をチャチャゼロへと返す。後半の言葉は、チャチャゼロでもなく、士郎でもなく、その隣で一緒に歩いていた長身の奴だ。

「何だ突然。私は、お前に何かした覚えはないが」

 ビニール袋を片手に持って、軽い苦笑いで返して来る龍宮真名。
 何だ? 最近コイツは、しょっちゅう突っかかってくる。 

「むしろ感謝されるべきだと思うんだが。こうやって、血が流れたお前の為に血を作る食糧も買ってやったし、旅館の方で長が施していた身代わりの符が起こした騒動も止めてきたんだぞ」

「士郎、説明しろ。何で5班とは別班のコイツが居る」

 食糧は有難いし、やんちゃする近衛家特有の身代わり符の始末までしてくれて嬉しくもあるが、ソレとコレとは別の問題だ。

「五班とは別の班の朝倉だって、昨日から五班と行動しているし、長瀬や古菲だって居るんだから別段オカシな所は無いと思うが……」

「そーか。まぁ、オレの話を聞いた奴らでもあるからオカシクはねぇな。ああ、オカシクねぇよ」

「仁、怒ってないか?」

 怒ってはいない、とは思う。でも、どう返そうか迷ったので士郎の質問は沈黙ということでパスである。
 いや、分かっていたさ。集合場所に楓が居たのは、あの身長故に一目で分かったし、古も居るってすぐに気付いた。ただ、あの場に楓と同様、すぐ気付く筈の真名が居なくて心の中でホッとしてたのもあったんだよ。でも、士郎が居なかったから、もしやすると二人で何処かに居るかも知れないという疑念もあった。そしたら案の定コレだよ。

「隊長、おめでとう。これで晴れてクラス厄介ランキングベスト一位だ。昨日までは三位だったけど単独トップに踊り出たぜ」

「賞金が出るなら貰っておこうか」

「ねぇよ」

 言い放った後、立ち話も続けていられないので、足を進める。目的はナギの別荘に行くことなのだ。
 一歩足を進めると、トスン、と頭に何かが乗っかる感触を感じた。そして、すぐに髪を二ヶ所で掴まれる感触。コレが何かと確かめる必要もなく理解できる。正体はチャチャゼロだろう。今はコイツが動けるのだから、自分から移動したに過ぎない。わざわざ移動せんでもいいだろうに。とりあえず髪を強く引張るのだけは止めて頂きたい。

「長、待たせてしまい申し訳ない。時間も限りがあるので早速案内を」

 人が集った処へと足をつければ、息つく間もなくオレから言葉を入れる。皆もまだ整理もついてないだろうから、気まずい空気を作る前にテコ入れだ。そんなオレの声を聞いて、オレよりも一足先に先に皆の下へと着いていたエヴァが先に歩いて行ってしまう。既に居場所を長から聞いていたのだろうか。まぁ、コレから先は見る限り一本道のようなので決まっているってのもあるだろうが。

「わかりました。では、皆さん私の後に」

 長が言うと、長はエヴァの後を追って、すぐにエヴァと並び歩いた。それで他は、と言うとオレに何か言いたそうにしてるのもチラホラと見えたが、しっ、と手を振ってやるとアスナが皆に「行こう」と声を掛けて行ってしまった。オレに対しても、たまには気が利く奴だ。
 残ったのはオレ、チャチャゼロ、士郎、後面倒なクラスメイトが一人。一体コイツはオレから何を絞ろうとしているのかね、と思っていたら、先に歩いていた一人が反転してコチラへと戻って来た。

「一つ確認しときたいんだけどいい?」

 オレへと語り掛けてきたのはハルナだ。オレの予定が狂って、早めにコチラ側へと介入させてしまった一人。

「答えられるものならな。でも歩きながらだ」

 ハルナが止まれば、連れて夕映、のどかが立ち止まる。足を止める人数が増えれば他にも気になって足取りが重くなって連鎖。だから、さっさとオレ等も前の奴を追って、皆が前に進むように誘導せねばならん。
 オレはハルナと並んで、オレ達の後ろに士郎と真名が歩いている。片方は先頭にでも、さっさと行ってもらいたいもんだけど聞く耳持たないだろう。

「えぇと……さっきの衛宮が言ってたコトってマジ……なんだよね?」

 ハルナが一歩退くように話す。コイツがよそよそしくするのは珍しい。昨日のアレから色んなコトで珍しいもの続きだ。しかし、コイツの言葉の中身がオレにしてみりゃ意味不明。何の事か、さっぱりである。

「むー……ゴメン。何て言えばいいのかな――」

「士郎ガ人殺シタ事アルッテ公言シタ事ヲ言イテェンダロ。マジデ士郎ハ馬鹿ダゼ、馬鹿」

「あー、なるほどな。そりゃ馬鹿だわ」

 ハルナが誤魔化し混じり小さな声で、チャチャゼロがハッキリと周囲に聞こえるぐらいに喋り、オレが賛同するように後ろに歩くソイツを横目で見ながら答えた。
 もしや、コレが此処へ来る前に長が言っていた問題か。こんなの聞かされたら、普通は人間関係がボロボロに崩れちまう。しかし、士郎もよく言う気になったもんだ。どういう流れで、こうなったのかは……まぁいいか。

「やっぱ、マジなんだ……。それで当然と仁も、その事を知ってんだよね?」

「そりゃそうだ。誰よりも士郎の事は知ってる」

 お決まりの文句。コレ以上の適切な言葉はなし。

「……アンタは――」

「いい質問だ」

 即刻、ハルナの言葉を切ってやる。その先は、どうせ詰まらせる言葉なんだから先に喋ってしまおうと。

「オレは士郎と違って全く経験がない。なんせ最近になって、こんな世界に入ったばかりなんでね」

 人を殺した経験なんてあるハズがない。オレが此処に来るまでに生きてきた場所は、変哲もない平和な日本で、変哲もない人間関係だったんだから。ニュースや新聞で目にしても、オレが直に味わう事なんて在りはしなかった。

「殺し殺されなんて無いのが一番だ。士郎は士郎で、境遇はレアケース。そんな状況には今の時代で此処に居る限りは出会わない。士郎は、その出会わない状況に運が悪かったから出会ってしまった。そんで、どうしようもないから、そうせざるを得なかっただけだ。好き好んで殺生するような奇人じゃないしな」

 後ろをチラリと見れば、返す言葉もなしと当の人物が表情で訴えている。コイツ以上に殺し合いなんて皆無になればいいと願う人はいねぇだろうしな。この願いが叶うかどうかは、オレが考えるものではない。

「俺ハ殺シ合イ以上ニ楽シイ事ナンテネェトオモウゼ」

 頭の上からキツイ本音混じりの冗談も入るが、軽く笑って次へと進める。

「もし、オレの身にそんな面倒が起きれば、オレは間違いなく士郎と同じ行動を取る。自分の命が危険と分かれば尚更な」

 今のオレの言葉は冗談ではない。そんな経験は無いと、オレの境遇では出会わないと思っていた。そんなもんは、この世界に来て麻帆良で過ごした時点で崩壊してしまっている。それでも、まだ生死を分けた選択には出会わなかったかもしれない。しかし、ランサーと出会ってしまった。この世界の住人ではない存在。もう会っちまったんだ。

 一歩違えば、血のように紅い魔槍がオレの心の臓に――

「まぁ、全てが救えるのに越した事はない。でも、こんな最悪に出会わない為に努力しろってな。だろ、士郎?」

 槍兵と相対した三手を頭の中から取り上げる。コレ以上振り返るのは落ち着いた時に。忘れたくとも忘れては未来は望めぬ記憶だ。

「ああ」

 オレの質問に対しては、士郎らしく戸惑いもなく返してくれて満足である。

「じゃあ、コッチからも一つ質問だ」

「む、なによ?」

 これからオレが喋る内容は、オレ自身の純粋な興味だ。殺し合いとか、魔法使いとか、何にも関係ない。気にする必要もなければ、深く考察する必要もない、当たり前の事実を。

「士郎の話を聞いて、お前はどう思った? 一言でいいから10秒以内でな」

「10秒って、アンタ……」

「いーち、にー」

 数を数えてやれば、ハルナは反論したいと表情では訴えてきても口を閉じて真剣に悩む。 オレは数を順に、時計を見ながらでもないので正確ではないが、なるべく正確に時を口で刻む。6、7と続いて8まで刻んだ所で止めた。

「……実感が全く湧かないかな」

「そうだな。それが普通だ」

 士郎が話したものは、コイツらにとっても現実味なんてものはない。ハルナが返した言葉は極普通の模範的な感想だ。なによそれ、とでも言いたそうに不満げな顔を浮かべるが、それ以上の言葉なんて来るもんじゃねぇから、コレで今の話は終わりだ。

「順応スルト後戻リデキナクナルケドナ」

 チャチャゼロは、ケケケと笑って言葉を締める。
 果たして本当に、順応すれば後戻りできなくなるのか。コレはオレには分からないな。経験もなく体験もないので言いようがない。いや、今体験してるのかね。

「今のオレと喋れば空気が重くなるだけだ。ほら、修学旅行最終日なんだし、楽しくみんなでお喋りしてろ」

 今度こそ手を払ってやってハルナを先に歩かせる。むー、と困った顔してもオレからは何も言い聞かせる予定もなし。とりあえず、前の集団の最後尾にいる図書館三人組から、幾らか間を置いて歩く形で締結した。

「防人」

「なんだよ」

 オレの姓を呼ぶ後ろの長身女。振り返るのも面倒なので、前を向きながら応じてやる。

「お前が言った最悪にアイツ等が出会った場合、お前はアイツ等自身で対処できると思っているのか?」

「その質問は、オレへ質問する前に真名の中で答えが出ているだろう」

 やれやれと言いたそうに、後ろからため息だけが聞こえた。
 真名の質問の答えを言うならば「ノー」だ。真名とエヴァ以外は対処できるとは思ってない。絶対と断言してもいい程に不可能だと思っている。士郎の世界の住人と、此処の世界の住人は出会ってはいけないんだ。裏に関わっている奴らなら尚更に。もし戦が始まれば負け戦なのが手に取るように分かる。実力が拮抗していようが、はたまた上だろうが、結果は負けで決定されている。負けると分かっていて誰が賭けようか。この負けは時に死を意味する。在ってはいけないし、会わせてもいけない。

「せいぜい私達に迷惑を掛けるなよ。金にならない面倒は御免だ」

「言われずとも」

 この面倒に勝算はない。逃がしてくれるのなら逃げたいぐらいに、やりたくない賭けだ。しかし、コチラの賭け金は知らず内に払われている。逃走する権利なんて既に無いし、主導権は相手側だ。長年携わってきたディーラーとギャンブル一日目のド素人が賭け合うような分の悪い戦いであり、ビギナーズラックで勝てるようなものでもない。

「話し合いで何とかならんかなぁ」

 ぼやいてみるが、当の槍兵がいないので答えはなし。
 希望というより願望。一番楽に済ませられそうな選択肢を取らないかなと。

「殴リ合イナラナルカモ知レネェゼ」

「死が近くになければなんでもいいけどな」

 痛いのは御免でも、死ぬよりはマシだ。
 ため息吐いて、叶いそうにない願望を飛ばしながら黙って前に進み続けた。

 

 

 

 

 ナギ・スプリングフィールドの京都邸。外観は一般住宅というよりもアトリエ風味の別荘である。立地条件は、とてもじゃないが良いとは言えない。土地は広い訳でもなく、草木が家を覆うぐらいに茂るぐらいである。長が10年も手入れをしてないからとは言え、伸び過ぎであるので面倒この上なし。しかし、狭い地形で家を隠すように茂る草木はナギのような忍ぶ身分には売ってこいの条件なんだろう。

「お前は調べんでいいの?」

 オレがソファに座る隣で、空いている隣にも座らずに腕を組んで壁に寄り掛かって何やら考え事をしている士郎に問う。

「今はいい」

 見た目に反して調べ物が好きなコイツではあるが拒否された。
 ナギの別荘は、オレの記録の通り本の山。此処のオレが居る一階から、二階から四階まで吹き抜けの為に本棚が連なって並ぶのが確認できた。

「それに情報を得るなら、調べずとも仁から聞くものの方が有益だろ」

「それもそうか。ここには別段最重要なものもないし」

 正論だ、と頷いてオレは初めに取って来た手の内にある一冊の本を眺める。しかし眺めていても英語で書いてある為にさっぱりである。せめて片手に辞書がないと読めたもんじゃない。

「折角、コレだけの本があるのに読まないでござるか?」

 軽い声で片手に分厚い本を持った楓が、空いているオレの隣へと座る。

「オレは日本語以外は碌に読めねぇし。お前だって持ってる本さっぱりだろ」

「うむ、さっぱりでござる」

 楓はいつものニコニコとした笑顔でパラパラと本のページをなびかせる。オレに見せようとしているのか、それとも余りにも分からなくてヤケクソになったから本に対して反抗したいのか、とりあえず前者なら物理的に見えない。とりあえずは、良いかと思いながら、ついさっきの楓が来た時の記憶を辿った。

「士郎、この言語なんだ?」

 オレが指さして、まだ何やら悩む男へと問う。辿りついた記憶は英語でも日本語でもない異なる文字だったので知ってそうな奴に質問する。でも、数学や物理でよく見る文字だったので恐らくは、あの言語だと思うが。

「ギリシャ語だ。図書館の地下でもギリシャ語の文献は結構な数であった覚えがある」

「ほぅ、やはり士郎殿は博識でござるな」

「ギリシャ語は多少読めるぐらいで、ほとんど知らないに等しいけどな」

 答えは予想通りだったか。α、β、γ、θぐらいなら余り興味ない奴でも知っている文字だろう。これがギリシャ文字だと理解して数学とかを学んでいる学生は居るかは見当つかんけど。
 しかし、さらっとオレの質問に答えた士郎に前々から浮かんでいた疑問が一つある。

「ふと気になったんだけど、お前幾つ言葉話せんだ?」

「ちゃんと話せるのは英、独、露。後は中、仏あたりかな。他にもあるが片言で齧ってるぐらい。でも何処に行こうと英語が話せるなら何とかなる」

 英語は、まぁいいだろ。日本語と英語話せる奴は、この時世でも多い。オレは話せないけどさ。ドイツとロシアは、士郎の周りの知人を考えれば話せるのも分かる。一方はツインテお嬢さん、一方は白い髪のお嬢さんが使う言語である。中国とフランスは、世界を廻るのに便利な言語なんかね。
 とにかく結論として、

「改めて士郎は予想以上に高スペックだと実感するな……」

 6ヶ国語+αって、どんだけ凄いんだよって日本語しか話せないオレは思っている。しかし、こんな風に多くの言語を話せる奴は何ていうんだろうか。二カ国だとバイリンガル、三カ国だとトリリンガルであると知っているが、それ以上は分からん。

「俺の日常的な取り柄って言うと、言葉を話せるか多少の家事が可能なぐらいしかないけどな」

「ぐらいって言えるのはオレに対する嫌味か」

「そんなつもりはないが……ほら、数学や物理は苦手だしさ」

「お前の特技は理系科目が出来なくても十分過ぎるんだ」

 正直理系科目を鍛えていても使うかどうかも分からない分野の筆頭だ。これを使うのは数学者や物理学者、あとは情報や土木などの理系の専攻。場合によっては、その専攻でも基礎数学さえ分かっているなら将来まかり通るものがあるそうだ。それに理系の論文は英語のモノが多いので英語が身についていないと辛い。

「確かに料理が出来る男性はいいでござるな」

 そう、料理が得意なら、調理師免許さえとってしまえばシェフになれる。多国の言葉を喋られるなら、大手の会社に入った時でも海外組等で重宝されるから有利である。士郎は将来有望な技術を持ち過ぎだ。一つぐらい喋れる言語を分けて欲しい。

「しかし、楓が言うと食い意地張ってるようにしか聞こえんな」

 と、まぁ士郎に対しての妬ましい感情は流して、いつも何時の間にか料理泥棒しにオレ達の寮質にやってくる奴に言ってやった。

「否定はしないでござるよ」

 横目でソイツを見れば、上階を見上げていた。楓の目に映っているのは、此処に一緒に来たクラスメイトであり先生だろう。

「仁殿は威圧し過ぎでござるよ。そこまで気を張らなくともよかろう」

 オレは声の方を見ずに前だけ向いて聞く。
 ナギの別荘に来てからオレ達の下に誰一人と話しを掛けようとはしてない。それは楓が言ったようにオレが「来るな」って態度を取っているからである。

「わざとだ」

 そんなオレの態度を気にしなさそうな奴ら、エヴァと真名は上に行って家主の本を見に行ったようだし、チャチャゼロも一緒について行った。だからこうやって男二人で楓が来るまで黙々としていた訳だ。

「それで? 遠ざけるように振舞ってるオレに構って来てる楓はどうすんだ? 幾らモノ好きでも真名の態度を見れば、どれだけ面倒か理解できるハズだが」

 真名と仲のいい楓なら知っているハズだ。真名から直接話を聞いてなくても、現状どうなのかぐらいは分かっているハズである。

「仁殿は拙者達が関わる事をよく思ってないのでござろう?」

「そう屋敷で話したハズだが」

 介入する介入しない、どちらの選択を取ろうがオレは介入させるつもりはない。

「ズルイでござるなー。どれだけ危険か教えて、後は知らぬ存ぜぬ、そして教えぬでござる。これでは拙者達に助けさせる選択肢を与えるつもりなんて更々ないでござろう」

「自殺願望があるなら手伝ってくれても構わんよ」

 オレは視点を変えず、今も尚、前だけ向いて話す。
 きっと隣は、いつもの満面な笑みを止めて困ったような微笑み浮かべて喋ってんだろう。

「さすがに死ぬ気はないでござるよ。例え冗談でも、そんな願望は持ち合わせていないでござる」

 まともな奴だ。コイツもまた自分の意思をしっかり持って一時の感情に流されたりはしない。

「しかし、友が危険と知っておいて黙っている程、拙者も薄情でもない」

 そうだろうな、と心の中で頷く。見て見ぬふりなんてコイツらには出来ない。

「お前たちには危険とは言ったが、オレ達が危険とは言ってねぇぞ」

「でも変わりなく危険なのでござろう」

 はぐらかすような冗談も、さらっと流されちまった。別にいいが、ここまで来られると嬉しいやら悲しいやら。コッチの身を案じてくれてんのに悩ましい。

「とは言っても現状だと傍観するしか拙者には選択肢がない。策もなしに突っ込み、むざむざと足を引っ張るのも御免でござるからな」

「策があれば突っかかって来んのか」

「仁殿が知りうる情報を少しでも教えてくれるなら入っていけるでござるよ」

 喋れば楓は協力する。きっと、負け戦と知ろうが付いてくる。

「そろそろ軽いお喋りだけにして欲しいね」

「仁殿は贅沢でござるなー」

 隣を見れば、またいつものような陽気な笑みを楓は浮かべていた。
 今後これ以上は、楓から今の話を振ってくることはないだろう。別の誰かが振らぬ限りは、オレと楓の話は進むこともない。

「では一つ軽い話題を振るでござるか」

 腕を組み右腕を上げて、指を一本立てる楓。オレは話題を変えてくれるなら別に構わんと待ち受ける。
 楓の事だから食事を奢ってくれか、士郎を料理当番として一日くれとかの他愛ない話だろう。

 

「仁殿はロリコンでござるか?」

 

「…………おい、なんでそうなる」

 斜め上だった。想像を絶する程の重い話題振りである。

「うむうむ、此処に来る時に古と朝倉殿と話していたのだが、エヴァ殿にちょっかい掛ける姿をよく見るでござるし、夕映殿にもそういう傾向があろう。ほら、好きな子には何とやらでござる」

 楓は何故か得意げに話を進めていく。
 ちょっかい掛けているのは否定しない。でもコレは、堅物さんを弄ると面白いからなんだ。口げんかというか口論というか、この二人には負ける気はしないし、上手くからかってやれば面白い反応してくれるために、ついちょっかいを出してしまう。特にエヴァに言える事なんだけどさ。

「しかし、エヴァ殿と話す割には一緒に居る茶々丸殿と話す姿を余りみないでござる」

 これも否定はしない。茶々丸自身が口数少ないってのもあるが、オレから話そうともしていないのは確かだ。話す機会なんて士郎と一緒に居る時ぐらいしかないし、それでもほとんど話さない。理由としては、何というかオレとしては接しにくい事。穏やか過ぎるせいで、どうしても遠慮しちまうんだ。

「拙者や真名には何処か冷たいでござるしなー。真名に至っては、裸を見ても見向きもしなかったと聞いたでござる」

 あの色黒女、旅館の件を楓に話したのかよ。楓は誰から聞いたとかは言ってねぇが、絶対話したのアイツだろ。そもそも冷たいじゃなくて、真名と楓は間違いなく厄介な奴らなんだから、そうなるだけだしさ。
 真名にはオレから厄介な奴だと直接言ってやったがアイツの事だ、前々からオレが思ってるって自覚しているだろう。でも楓は分かってなさそうだ、忍びの癖に。

「逆に木乃香殿に対しての仁殿のあたりは群を抜いて優しいでござるな」

 ああ、うん、そうですね。木乃香に対してはそうです。でも別にそんな気はなくて純粋にアレだ、親心というか兄心というか、そんなんだ。

「それに昨日の夜、かよわそうな女子を川にも関わらず力づくで押さえつけたと聞いたでござるし」

 昨日の月詠の話か。コレも真名、それとも見ていた古が楓に教えたのか。どうしても真名っぽく感じるが。そもそも、アレは仕方ねぇだろ。あんなんでもしない限り、あの戦闘狂は抑えられない。というよりもアレは、気になるとか、ちょっかい掛けるという次元じゃねぇし。お互い得物持ってて、一歩違えばオレの首飛ばされてたんだぞ。

「他には刹那と――」

 楓の流暢に滑らせていた口が止まる。オレは眉と口端が、ひくひくと動いてる。

「聞いたのか?」

「おっと、きゅーよーをおもいだしたでござる。ではまたでござるよ」

 スッ、と姿を消す楓。ここだけは如何にも忍者っぽい。
 刹那との件を知ってるのは、張本人の刹那と現場に居た士郎、アスナ、加えて今日屋敷で教えたエヴァ、後はネギ、小動物と朝倉のみ。楓に教えたのは、どう考えてもオレのあらぬ話題を共にしていたという朝倉しかいない。
 朝倉め、口を滑らしおってからに。後で仕置きが必要なようだ。

「何だ、その目は?」

 何かに納得したような顔と、憐みにも近い目でオレを見ている士郎。被害妄想かもしれんが、そんな風にしか今は見れん。

「いや……なんだ……神楽坂とか早乙女とも仲良いから違うんじゃないかと」

 士郎にしては、よく即興で言い訳を思いついたと誉めてやろうじゃねぇか。
 しかし、なんだよこれ。オレは、そんなコト女子に思われてたのか。馬鹿とか、モテない奴とか思われてるよりもキツイぞ、コレ。ってか、木乃香と刹那は含まれんのかよ。そりゃぁ士郎が言ったアスナやハルナと比べれば、若干幼く見えるかも知れんけど、歳は四人とも同じだしさ。オレの本来の歳から考えりゃ、そう見られてもオカシクはねぇが、楓はオレの歳を知らんし。でも楓の言葉で確かにと頷けるは同じ歳でも夕映やエヴァは皆と比べても外見が……何考えてんだよオレ。

「とりあえずハッキリしとこうか。お前だけには言われたくないし、思われたくもないからな。むしろ立場逆だ」

「なんでさ……」

 なんでさも何も、自宅に同い年、後輩、姉妹的存在等々のオール女性を毎日のように出入りさせて、男一人で一緒に過ごしていた奴には言われたくねぇよと思うオレだった。

 

 

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――6巻 53時間目――

2011/3/4 掲載
修正日
2011/3/16

 

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