47 修学旅行4日目朝・カワリユク(Ⅲ)
エヴァと仁の姿が唐突に消えた。未知からの強襲ではなく、おそらくはエヴァが仁へと仕掛けた転移魔法だろう。昨日、河から巨躯の大鬼まで送って貰ったものと同じモノのように見えたから、そうだと言える。
二人の姿が消えた所で、ざわつく事もない。むしろ語り手が消えた事で、部屋は静かになってしまった。聴こえてくるのは足音だけ。長が仁の治療を行った使いの者と一緒に部屋の入り口の方へと行く音、そしてチャチャゼロを抱きかかえた絡繰がコチラへと歩み寄って来る音のみだった。
見渡せば、在るのは真剣な表情をした面々。言いたい事が有れども、あの話の後では話しを始めようにも難しい。特にネギに至っては、元々の色白さに加えて青さと暗さが表情に表れている。
今のネギに一声掛けるべきかどうか。その答えは分からない。仁の話は危険という面を重視して提示した。そしてネギの過去の表面しか出していない。それは聞いているコチラの身には分かっている。だからこそ、ネギに立ち入るべきか悩んでしまう。仁を知っている俺が、仁の話の後で、安易に少年へ言葉を掛けるべきかと。「ちょっと、突飛すぎてオーバーヒートしそうなんですけど?」
口火を切ったのは、手を挙げて主張する早乙女。今の面子では、彼女が一番に話し始め易い立場であるので、この反応に驚く事ではない。
「テメェ以外ハ全員分カッテンダケドナ」
それに返したのはチャチャゼロだった。
仁が座っていた座布団へは、今は絡繰が正座で座っていて、その膝の上にチャチャゼロが楽な格好で座っている。「え……マジ? あの話を架空じゃなくて現実にあったものとして?」
「ソーダゼ。ソンデ俺ハ機械人形ジャナクテ、魔法人形ダッタッテ訳ダ、腐レ女」
「おぉー、マジかー。魔法ねー……」
信じ難いと言えども、先程の仁の手を治癒した場面を見ているのだから誰もが納得できよう。
早乙女は“魔法”というモノを納得した上で、自分の中の常識を改め、初めて見るかのようにチャチャゼロを観察していた。「しかし、私だけ仲間外れとな。お姉さん超悲しいよー」
「パル、仁も言ってたけどホントに危ないのよ。昨日、ネギは一度死にそうになってるし、私だって、その……危なかったし……漫画とかに出てくるおっきい鬼みたいのもイッパイ居たんだから」
周りの空気とは少しずれて軽めに話す早乙女に、神楽坂が叱りつけて諭すように口を挟む。
「なになに? それってネギ君とアスナが鬼と戦ったって事?」
「……私っていうよりも衛宮さんが、だけど」
二人の眼がコチラへと向く。神楽坂は、よそよそしそうに。早乙女は先程チャチャゼロに渡していた視線と同じような眼で俺の方へと向いていた。対する俺は、一言ぐらい返すべきかと迷う所である。そうだな、と簡潔な一言で済まして流せそうな問題だが、神楽坂が何かを訊きたそうにしているのがありありと表情で出しているから迷っていた。昨日の戦闘と呼べる日常と掛け離れた行動を起こした俺を初めて間近に見た神楽坂。訊きたい事もソレについてだろうが、俺は上手い返しも思いつかない。アイツの語りのスキルが高いのが羨ましくなる。
「ソモソモ、テメェハ全身石化食ラッテタシナ」
「マジで!? 全然覚えないんだけど……」
意外な事に、チャチャゼロが言い留まっていた俺の助け舟を出してくれた。それに早乙女は、いの一番にチャチャゼロの話へと食い付く。
「ハルナ。先程の防人さんのした事と話した事を考えれば、そこまで陽気に振舞えるものじゃないと思うですが」
だが、此処で怒り気味に綾瀬から渇が早乙女へと飛んでくる。
「いや、うん、そりゃぁユエ、さすがの余り空気読まない私でも分かってる。でも沈黙してただけじゃ話も進まないだろうし、幾らか場を盛り上げてだね――」
「ああ。早乙女が言うのも尤もな事だ」
「コレは一人でニヒルに立ち構えていた龍宮さん」
早乙女の声に割って入ったのは龍宮だった。龍宮は、ネギの隣、元々長が座っていた座布団へと、早乙女の声にも集まる視線にも気にせずに静かな態度で座った。
「折角、あの阿呆が似合いもしない真面目な話をしたんだ。話の記憶が薄れる前に話し合うのが得策だと、私は思うがね。どうだい、ネギ先生? もちろん君が一人で悩み考えたいと言うのなら、私も無理に話し合おうとは思わない」
そして、龍宮は自身の隣へと何気のない口調で尋ねる。受け取ったネギは、はっ、と顔を上げて声のした方へと振り向いていた。その表情は依然暗いままで、少年には似合わない深く悩んだ顔だ。
「……いえ、話し合いましょう。仁さんの話の中には僕の話もありましたが、皆さんにとっての話でもありました。龍宮さんの言う通り、時が経つ前の今に話し合うべきだと思います」
この少年には、つくづく驚かされる。幾度も思うのは、十の子とは思えない精神力と判断と言動。確かに普段は、子どもらしい一面も見せるが、いざと言う時には大人も顔負けの態度を示す。それは、ついさっきあの男が語った中にある『英雄の子だから』という言葉で完結させるのが相応しいだろうか。この親にしてこの子ありと言う事だろうか。俺はネギの父親が、どんな人物であるか上辺のモノしか知らない。それでも、語ったアイツの態度で英雄という言葉に相応しい人なんだと思える。
「それで、アイツの言葉の中に矛盾があったが気付いたか?」
龍宮が自分自身に集まる視線に対して、まずは、と問いかけを始めた。
「デコッパチト茶々丸ハ喋ルナヨ」
「むぅ……」
「わかりました」
すぐにチャチャゼロが忠告を入れ、綾瀬が唸り声をあげてしぶしぶと、絡繰はすんなりと了承する。
「アト、詠春モナ。ソコデ見テロ」
「えぇ、私は少し傍観していましょう」
背の方から聴こえてくる声へ振り向くと、長が大広間の入り口へと戻って来ていた。片手には、新たに何処からか持ってきた座布団を携えている。
チャチャゼロの言葉に文句も言わずに肯定した長は、部屋の入り口の傍で座布団を敷き、コチラを優しい目で見ていた。さっきまでの龍宮と長の立ち位置が変わったという所だろう。俺から無理にコチラに来いと言える訳でもない。
さて、チャチャゼロの言葉の中に俺は含まれていなかったが、その中には俺も当然入っている。言わずとも理解しろという事だ。
龍宮の問い掛けを聴いた皆は、というと、忠告された者を除いた誰もが真剣にソレを考えていた。「防人さんはネギ先生を手伝いはしない。それはネギ先生自身で、自分に降りかかるモノを払いのけるぐらいにならないといけないから。ですが、私達がどうなろうと関係ないというコトは私達がネギ先生のお手伝いをする事を考慮しているという事でしょうか。初めに挙げたように、防人さんはネギ先生を手伝う事に対してよく思っていなかったようなので、どこか矛盾している気が……」
声を上げたのは、小さく手を上げた宮崎だった。当然と声のした方へと視線は集まってしまい、宮崎が怖々と縮まってしまう。
「あ、うぅ……ごめんなさい、でしゃばりました……」
「のどかは、もう少し自分に自信を持つべきですよ」
宮崎の隣に座っている綾瀬が、満足そうに励ましている。きっと考えていた事が同じだったから、そんな表情なんだろう。そして、俺の頭の中も宮崎が言った事と同じ考えだった。
「本屋ジャナクテ、コッチ側ノ先輩ノ坊主カ馬鹿ニ答エテモライタカッタケドナ」
「む……」
ケケケという独特の笑いから少しずれた笑いがチャチャゼロから漏れ、それに神楽坂が反応して嫌な顔をする。きっと、どちらもが昨夜と同じ光景を思い出したからに違いない。あの時、言葉を送ったアイツは電話越しだった為に、どんな様子だったのかまでは分からないが。
宮崎の出した答えに納得している面々、不思議そうに未だ考えている者も居る中で、一人が手帳を手に取り床に広げてソコに何かを書いている人が居た。それを隣で見ていた神楽坂が、不機嫌そうな顔を変えて口を開いた。「何やってるの朝倉?」
「んー? アンタらの為に纏めてるのよ」
床に置かれている手帳に、次々とシャープペンシルで朝倉の手によって文字が書き加えられて行く。要点を一つ一つ纏めて鉤括弧で2ページに渡り、語られた言葉が書き記されていった。
「仁が私達に言った“一つ目”を纏めると『ネギ君は英雄の子』『英雄の子故に敵が多い』『だから私達のような一般人は危険』『仁は手伝わない。何故ならネギ君の為にならないから』『だけど気に食わないコトがあったら手は出す』。それと『私達がどうなろうが関係ない』かな」
「糞野郎モナ。自分デ言ッテタンダシヨ」
最後に一つと、オマケという文字の後にチャチャゼロが言った言葉をカタカナで書き記して朝倉の手が止められた。
「気に食わないコトがあったら手を出す、って曖昧ね……」
「こういう場合は、期待すると後で後悔するパターンっスよ姐さん」
ひょっこりと手帳の傍に現れた小さな生き物。手帳の中の一項を小さな指で示して言う。対して言葉を発した神楽坂は、不機嫌そうな表情から呆れた表情に変わってオコジョ妖精を眺めて口を開く。
「……アンタ居たのね」
「う、お、おっかしいっスねー、姐さん。俺っちずっと居たんだけどなー……何か昨日もこんな扱い受けてた気が……」
「オコジョが喋った……だと……」
「うむ、喋ったアルね」
早乙女と古菲が朝倉の手帳の傍で沈んでいる白い物体を見て目を輝かしている。早乙女はもちろんの事、古菲も喋るコイツを見るのは初めてのようだ。
カモは下げた顔を上げて神楽坂の方を一度見ると、ネギの肩へと戻って行った。そんな話の中心となり進めて行く神楽坂は、顎に手を当てて隣に居る持ち主の手帳を眺めていた。「それよりも、何でアイツ矛盾するような事いったのかしら」
神楽坂の視線は手帳に落としたままにして独り言のように呟く。
きっと、それは自問しようが答えに辿りつけないだろう。「例えば、仁の言う通りにネギが危険な道に進むと仮定しよう。そうなった場合、みんなはどうする? 深く考える必要もない。一言でいいから思った事を言ってみてくれ」
だから、そっと、一言を添えた。仁や俺、此処の皆の誰もが損をしないように。
「……止める」
まず自問していた神楽坂が一言で答えた。その真剣な眼差しは、正直の表れだろう。
「近衛はどうだ?」
俺が問いを放ったのは、ネギ以外の全員に対してだ。この問いには、すぐに問いが欲しかった。あの男の話を聴いた後では、難題でもある。神楽坂は、すぐに答えてくれたが皆の表情を見れば考えているので、そうであるとすぐに分かった。近衛もその内の一人である。それでもコレは、すぐに訊かねば意味がない問いかけ。無理にでも答えを求めた。
「えっ……と……ネギくんが、どー考えてるか、かなー……。んでも、危ないんならアスナと同じで止めたいってのが本心や」
俺の右手隣りからの声。途切れ途切れに答えが返って来るのは不意なのだから仕方もない。
「桜咲はどうだ?」
さらに、その隣へと問いを渡す。
「私もお嬢様と同じ意見です。わざわざ危険に立ち入る必要性はないと思います」
今度は、さっと答えが返ってくる。堂々とした答えは、予め心に留めていたのだろうと想像できた。
「拙者は、どうとは言い難い。けーすばいけーすが重要でござろう」
桜咲の隣の長瀬が、俺から問う前に自分から答えを言った。
彼女はどちらかと言えば、神楽坂より近衛よりで、さらに見に回る意見だ。「ムー、難しいアルね。試練は立ち向かうべきアルが、無謀に近い危険は意味ないアルよ」
さらに進んで、その隣の古菲が言う。
彼女もどちらかと言えば長瀬に近い意見だろう。「ノーコメントにしておこうか」
その隣の龍宮。彼女だけは何処か皆と雰囲気が違う。一線を引いていると言うのだろうか。それでも答えたくないのならば、無理に聞く必要もない。
「朝倉は、どうだ?」
龍宮の隣のネギを飛ばし、朝倉へと問いかける。今はネギが答えられる質問ではないので、飛ばすのが当然。
「私は楓と一緒かな。まぁ、五体満足で命ある限りならいいってのが必要十分条件だけどね」
朝倉はメモ帳に書きとめながら答えを言う。
どうやら他の人の意見もメモしているようで、ペンを置かずに手を構えていた。「私は止めておくべきだと思うです。危険な道ならば時には渡らない決断も重要です。とは言っても、楓さんの言う通り場合によっては進まねばならぬ道もあります。ですが先程、桜咲さんが言ったように危険を回避する事に越した事はないです」
綾瀬は綾瀬らしく、深く考えた結果を出したような論理的な意見である。
「私はネギ先生からお話を聞いて一緒に考えたいな、と思います……」
宮崎は思う事があれども、このような話は性格的に難しいだろう。
先程の彼女から説明した内容は驚いたが、コレが普通と言える。「うむ、この超展開続きじゃ上手い答えが、よくわからん。一つ言うなら、どれだけ危ないかによるってトコかな。こりゃ朝倉や楓ちんと近いかね」
この問いは早乙女が答えるのが一番難しい。彼女は軽めに言ってはいるけど、彼女なりに真剣に考えて言っているだろう。
「私は、ネギ先生の御意志が重要だと思います」
俺の左隣の絡繰が淡と言葉を締めてクラス全員分の意見が揃った。
もし、ネギが危険な道に進むと仮定した時にする皆の行動は、止める、もしくは場合によって方針を変えるというものに二分されている。さて、この答えはそれ程重要でもない。次へと進めよう。「じゃあ、どうしても止められなかった場合はどうだ、神楽坂?」
今度は、俺から先程一番に答えた神楽坂へと直接質問を渡す。
「……手伝う……助けるかな……?」
神楽坂は戸惑いながらも答える。コレは起きては欲しくない、出来れば想像もしたくない結末。ネギが危険な道に入ってしまうという終点。
「そうだな。きっと、この質問に対してはみんなが神楽坂と同じ答え言うだろう」
これぐらいの事なら、俺でも皆がどう行動するかは予測できる。
「仁はみんなが、そう行動するだろう事も予測している。アイツは妙に人の先を読む奴だからな。みんなもソレは理解しているんじゃないか?」
俺の言葉に大きく反応するのが数人見えた。
きっと初めの質問も、この質問も、アイツは予測する。何気ない表情で、はたまた軽く笑いながらか。意識してそうしているのかは判らない。でも、さっきの仁ならば簡単に人の考えを正確に読んでくる気がしてならない。「みんなは好きなように、自分の信じるように歩いてみればいい。それが正解か誤解かは自分自身で決めろと。アイツが言いたいのは、ソレだけだ」
「――――でも!」
大声が場を包む。それは俺が二度に渡って質問して反応を求めた最初の相手。
「じゃあ、何でアイツはみんなを見捨てる様なコトを言ったの!? アイツの言う通りならネギは危険な道に進むんでしょう!? 勝手にしろって、どうでもいいとか言って! 仁は、そんなコト言う奴じゃ――」
納得出来ないという反論が、神楽坂の口から怒声に成って広間に響いた。
「あ……ごめんなさい……」
さっきと比べると聴こえないぐらいに小さな声で神楽坂が謝罪する。神楽坂は自分自身でも信じられないと言いたそうに驚いた顔をして俯いてしまった。
神楽坂が言わんとしている事も判る。仁が日常に居る時は至って普通の人だ。それに、どうかと言えば仁も神楽坂と同じ、皆を積極的に助ける奴だろう。それを仁は皆を完全に突き離すに等しい意味の言葉で表した。アイツが絶対に、やりそうにない事をしてまで皆へと言った。「ズルシタラ駄目ッテコトダ、バカレッド」
「なによ、それ……」
チャチャゼロが言ったソレは、仁からの言葉に近いと思えた。
「もしかしたら、神楽坂は俺よりも仁の事を分かっているのかも知れないな」
俺からは、コレ以上アイツの事は語れないし、語れるものも持っていない。傍にいるコトの多い俺でも、アイツの考えが読めない。それとも深く追求しようとしないから読めないだけか。ただ、そんな俺よりも感情を表に出した神楽坂の方がアイツの事を知っているだろう。
「それと、アイツはアイツでネギの手伝はしないと言っていたが、それは俺も同じだ」
俺からの話を続ける。予め言っておいた方がいい内容。
また神楽坂が怒鳴る声が飛ぶかと思ったが今度はないようだ。それどころか、唖然とした顔がいくつも俺の目に入る。
そして困惑した表情の近衛が俺を見上げて小さく口を開いた。「でも士郎くん、ウチとせっちゃんもシネマ村で助けてくれたのに? ネギ君に対しては別ってコトなん?」
「いや……そうだな、コレは話しても問題ないか」
一瞬、話すのに躊躇ったが、あの男に対しても不利益なものでもない筈。
「仁はネギに対して手伝わないとは言ったが、実の所は他の皆にも当て嵌まる。アイツは積極的に手を差し伸べようとはしない。つまり、俺もみんなを自主的に助けようとしないという事だ」
俺の言葉を聞いて、不思議そうにしている人がほとんどだ。訊いた近衛も例外ではなく、その一員。それも助けた事実に対する答えが、まだ曖昧だから。
話を続けよう。「それでも昨日は、ある場面では近衛を助けた。コレはココに居る人の半分は知らないと思うがある人に対しての仁の詫びなんだ」
コレを知ってる人は俺と事件の被害者から顔を逸らそうとしている。被害者は、どうすればいいか戸惑っているのが見て取れた。図書館島の時からそうだと思ってはいたが、彼女はホント顔に出易いというか不器用な人だ。
さて、事件の加害者の方といえば、心底後悔した表情を見たのは、あの時が初めてで一回きりって所か。思い出すのもいいが、今は必要もない。「仁の詫びなのに仁が近衛につかなかった理由、それは戦力として俺の方が上だから。有利な者を置くのは戦の理だろう。加えてアイツは、ある理由で単独に敵側へ対し何があってもいいように仕掛けを行っていたからな。ここまで言えば、あの観光所に居た人なら、アイツが何をしていたかを幾らか推測も出来ると思うが」
余分の言葉だったのかもしれない。それでも説明するには省く訳にもいかない事。コレで判る奴には、あの時に仁が観光所に居たのは偶然ではなく、必然だと理解できた筈だ。
「あの事故が無ければ、きっと近衛達の傍に俺は居なかったに違いない」
もし、の話で、どうなるかは今となっては判らない。それでも俺が仁の考えを否定しない限り、同じような展開に成らなかったんだろうと思う。
「それは、貴方の意志ですか?」
綾瀬からの質問が飛んでくる。
「そうだ」
俺の一言は、質問した綾瀬を落ち込ませるのに十分過ぎる効力を発揮してしまったようだ。
今の質問、彼女はどう思って俺へと言ったのか。見知らぬ世界の中に居る住人の意志を聞きたかったのか、アイツに強要されているとでも思われていたのか。綾瀬の思考は中学生らしからぬモノが多いから正解を引くのは難しそうだ。「しかし、言い切ってる割には士郎殿の表情が優れぬな」
今度は長瀬から声が飛んでくる。
どうやら俺の顔を見て思ったコトを言ったようだ。そんなに俺って判り易い奴なんだろうか。
それでも――「大方、自分も率先して手を出してやりたいが、アイツに口出しされて踏みとどまっているのだろう。今の話を聞くだけでもアイツが衛宮を止めていると簡単に想像できる」
続いて龍宮が素っ気なく言った。その言葉は真理に違いない。
「……自分でもよく分からないんだ。でも、今は仁の考えについて行こうと思ってる」
きっと仁が居なくて俺一人ならば、何もかもに手を出しているのだろう。助けたいと思ったから助ける。素直で単純な理由。助けられる力もある。それで手を出さない方がオカシな話だろう?
それでもだ――それでも、俺は仁の考えについて行こうと、正しい道だと信じて歩いている。「どうやら衛宮の援護は期待しない方がいいようだぞ、ネギ先生。信頼という枷を外すのには骨が折れる。あの阿呆が衛宮に与えたモノ以上のモノを与えれば引きこめるだろうがな」
龍宮は軽く笑った後に、隣の少年へと諭すように語る。龍宮の表情は動くのが少ないが、今の表情は何処か呆れて楽しそうにしていると思えた。
「もちろん、この男ならば自発的に私達の誰かが危ないとなれば駆けつけそうなものだが。しかし、こういう時は期待しない方がいいだろう」
「それ、さっきの俺っちのセリフ……」
先程同じ言葉を吐いたカモにわざと目を合わせないで言う龍宮。
「それよりもアイツが言った“二つ目”についての方が私としては聞きたいのだがな。当然、衛宮は知っているだろうし、防人の口振りからして他にも知っている奴が居るんだろう?」
空気が固まった。龍宮が話を切り替えたソレについて、誰も答えようとはしない。
「龍宮も人が悪いな」
そんな中で、俺から一言発する。
「不可避の面倒事は先に手を打ちたい性格なものでな」
龍宮が問いただそうとしたのはいい。だが方法として、俺に問うと同時に、突然と話を周りに振り掛ける事で各々の反応を観察し、相手に有無を言わさずに訊きたい内容を知る方法だった。特に大きく反応したのは神楽坂と桜咲の二人だった。その内の一人、桜咲の方はすぐに龍宮の思惑を悟ったようで、不甲斐無いと意気消沈とした態度をありありと出していた。
「不可避かどうかは分からないが、二つ目に関しては仁の意見に素直に賛同してくれ。コレに関しては仁の意見に大賛成。皆が深く関わるとコチラとしても困る」
アイツの対処はネギや彼女達には任せられない。
あの青き衣を纏った英雄は、本来彼女達とは会わない筈のものなんだから会う必要もない。二度と会わせては駄目だ。「一ついいでござるか?」
「それが俺から答えられるものなら」
手を挙げた長瀬へと受け応えようと視線を移す。
「仁殿が言った槍を扱う青衣装の男が、もし拙者達の前に現れたのなら勝てる拙者達が見込みは?」
「…………」
相手は槍という武器を持った者なのだから武芸者。戦う者として長瀬は認識している。
長瀬の質問、コレの回答は幾つある? ネギ、神楽坂では勝てないだろう。近衛は莫大な魔力があるらしいが戦える力はない。綾瀬、宮崎、早乙女、朝倉は一般人そのもの。そして桜咲、古菲、長瀬、龍宮はアイツから力を持っているとは聞いているが、それだけで俺の中では未知と同等として扱っている。直接、彼女達の力を見ていない為に何とも言えないからだ。
本来ならば、あの槍兵は人であれば敵わぬ存在として扱われていたのが俺の元居た世界の理。だが今俺が居る世界は、その理とは違う。しかし、それでも回答は一つしか頭に出てきそうにない。「オ前ラガ、ソイツヲ何ノ躊躇イモナク殺セルナラ勝テル見込ミモアルゼ」
俺が言い留まっている最中、在りえない程にハッキリと簡単にチャチャゼロが言い放った。
「制スルダケジャナクテ殺サネェト駄目ダ。アリャァ例エ追イ詰メヨウト、生キテル限リ刃ヲ突キ立テルヨウナ奴ダゼ。マ、本当ニドウナルカハ、ソウナッテカラジャネェト分カンネェケドナ」
チャチャゼロの言葉は全てが正しい。いざ、あの男と戦いを決するのなら、殺す意志なくしては勝利など掴めない。試合ではなく、殺し合いなんだから。それはネギや彼女達には不可能。その閉ざした口が、絶対に勝つコトは不可能と教えてくれている。ただ、隣のチャチャゼロを膝に乗せてる彼女と、先程からやけに口を挟んでいたマイペースな色黒の彼女だけは除くが。
「チャチャゼロの言う通りだ。だから俺に任せて欲しい」
だから言おう。限りある命は投げ捨てるものではない。これは警告と命令である。理解している者なのだから、教えなければならない。だから、仁も自分でも判っていながら似合わぬ行動を起こした。
俺の言葉の後に返って来る反応は、さらに彼女達を困惑させるだけのものだった。
それは、そうだろう。俺は必要ならば、戸惑いもなく殺せる、そう言ったんだ。そういう道を進んできたのだから彼女達とは違い不可能なモノではない。「俺の手には、もう血が付いている。みんなのような人が手を血に染める必要もない」
コレで薄々ではなく、完全に俺がどういう奴なのかを皆は知った。
“衛宮士郎には人を殺した事がある”という事実が在ると言う事を。
これは大っぴらにする事ではなく、むしろ隠し通すべきもの。それでも時が時。あの槍兵が現れてしまい、ネギや彼女達の無謀と言うべき行動を事前に止めるには話すべき内容だと思った。
これで仁の話した事と俺の話した事を合わせて刺した釘は二つ。皆のあの槍兵に対してするかもしれない行動を止めるには十分だろう。「俺は一度退席しようか」
もはや互いに話など出来る場ではなくなった。改めて話すには幾らか時間が必要。それに俺が此処に居ては、かえって邪魔になる。
「此処に来る前に居た部屋に居るから、話があるのならソコへ来てくれ」
立ち上がり、皆には背を向けて退出する準備をする。
「……すまない」
一言だけ置いて、大広間の出口へと足を進めた。
俺の足を止める障害もなく、歩を進めて行く。そして、入口近くに座る長の手前で一旦足を止めた。「長、先に失礼します」
「わかりました。コレからの話については少し間を開けましょう」
「……ありがとうございます」
長は、俺に対し追求しようとしなかった。きっと俺から話さない限りは、長が俺について知りはしないだろう。だからこそ、俺の過去ではなく、次の話をしようと持ちかけている。
俺に礼を一度。そして俺は大広間から出て行った。「テメェモ余計ナ事ヲ言ウ奴ダナ」
大広間を出て少し歩いて所で後ろから声が飛んできた。この片言の声は当然とチャチャゼロのもので、足を止めて振り向けば別荘の中と同じように外でも自由に動ける人形の姿があった。他に姿はないので、チャチャゼロのみが大広間から出てきたようだ。
「誤魔化すのは性に合わないと言っておこうか。それにチャチャゼロが言っていた事は正論だ」
チャチャゼロが先程皆に言い放った内容は、俺の本心を代弁したようなものだ。言葉を躊躇っていた俺の代わりをしただけに過ぎない。
足を進める。目指すは一カ所。長に与えられている俺達の部屋。「バカダナ、バーカ」
チャチャゼロは俺に煽りの言葉を吐きながら、俺を追い抜いてテコテコと足早に先へと進んでゆく。俺はペースを変えずにケラケラと笑う人形の後に向けて足を進める。
広い近衛家の屋敷は、まだ騒がしい。外には、その様子を出さないように屋敷が努めているが、中から忙しいと言っているように感じる。昨日の騒動は収束したと言え、此処の守りが一度完全に落ちたのだから始末が難しいのだろう。それに対し俺から手伝える事はない。一個の組織として出来ているのだから無理には口を挟めないのだ。
チャチャゼロの後を追っていく内に、あっという間に自分達の部屋についた。扉は閉まっていて部屋の中に気配はない。「長く……居過ぎたかな」
勝手に俺の口から出た一言。
「コノ世界ジャ行キ場モ無ェ癖ニ何ホザイテルンダカヨ」
それに答えるのは、俺と同じく扉の前で立つチャチャゼロだけ。
「難しいな」
つくづく正論を言われ、困り果てそうだ。だから笑って返す。出てくるのが苦いものだけになるのは仕方ない。
部屋の扉を開ける。
其処に待つのは荒れた景色。出て行った時と同じで、誰も触れた様子などない景色だった。
其れは幻想の群れ。あの街、俺の育った場所で起き、俺が介入した戦争に関わるモノ達。手に取れば確かに伝わる贋作という存在。それも俺が創造したものだから当然だ。真作は本来の持ち主しか持ちえない。
チャチャゼロは嬉しそうに笑いながら部屋を駆け廻る。一つ一つの武器を自由に手で確かめて笑いこける人形。そして最後に手に取ったのは、チャチャゼロが初めて触った事もある紅い槍だった。「心臓ヲ必ズ穿ツ槍カ。オイ、ドウヤレバデキルンダヨ」
「俺じゃあ出来ないって言っただろ。その力を使いたいなら本当の持ち主に聞いてくれ」
叶わない冗談を交えて、気ままに部屋の幻想と戯れているチャチャゼロを放っておく。
まず、俺がしなければならないのは、ある一つの幻想に対する疑問の解消だ。その為に、その下まで行ってすぐに拾い上げた。「フラガラックダッタカ」
「そうみたいだ」
胡坐で座り、片手にある球状のソレをじっくり眺めながら、チャチャゼロへ曖昧な返事を返す。自分のモノの筈なのだが、ハッキリと答えられなかったせいだ。
コレは剣。投剣の一種の武器だ。剣ならば、ほとんどのモノは真作に迫る勢いで投影できるのが俺の魔術。例外と言えば神楽坂が触ろうとして砕け散った英雄王の剣だろう。アレはみてくれだけのモノだった為にすぐ壊れたが、この球状の剣は壊れてはいない。つまり投影魔術として完成しているものと言える。
俺が投影出来る条件としては二つ、直接そのモノを見るか、一から創り上げるかだ。難度が緩いのは前者、後者は綻びが出易い。だが、この剣はどちらにも当て嵌まらない気がしてならない。もしかすると、あの戦いの中で視たのかもしれないが――「オ前ハ、何処迄アノ馬鹿ヲ信頼シテルンダ?」
「急だな」
俺を敵と見なしたように槍を構えるチャチャゼロ。真紅の穂先が、俺の眉間を貫こうとしていた。
「タダノ興味サ。デコッパチト同ジヨウニ単ナル興味心ダゼ」
チャチャゼロが例えに出したのは綾瀬。確かに彼女は、さっきも積極的に中を知ろうとしていた。きっと自分の心が満足する為に。
「残念ナ事ニ俺ハ、テメェノ過去ヲ知ッチャ居ナクテナ。ソレデモ昨日ノ槍兵ハ、マズイト誰モガ判ルコトダ。アノ未来ヲ予測スル馬鹿ニモ予想外ノ事ガ起キタ。描イタ未来ガ簡単ニ変ワッチマウ程ノモンダ」
知る者でも知らぬ者でも、あの青き槍兵は危ないモノである。知っている。俺はアイツに一度刺されたのだから、心の臓を目の前にある槍で貫かれたのだから、誰よりも危険だと知っている。
「ソレデ、何処マデ馬鹿ノ言葉ニ付イテ行クツモリダ?」
「変わりないさ」
一拍も置かずにチャチャゼロへ答えを返した。
「さっきも言っただろ、アイツの考えについていくって。幾ら訊ねられようが答えは変わらない。今はアイツについていくって決めたんだ」
広間で龍宮へ答えた言葉と同じもの。この答えは、変わりはしない。
チャチャゼロは、ケッ、と一蹴して槍を収めて肩に担ぐ。満足そうではないが、訊かずとも判っていた事だろう。何せ、いつも一緒に行動しているんだから。「そういうチャチャゼロは、どうなんだ? 俺から言わせてみれば、俺よりもチャチャゼロの方が仁について行っているだろう?」
此方も興味心で質問を返した。
チャチャゼロは嫌そうな顔を一瞬だけ浮かばせてから口を開いた。「俺ハ、ド素人ノ足掻ク姿ヲ見テルノガ面白イダケダ」
チャチャゼロらしい素直な答え。素直すぎて思わずコチラは笑みが零れそうになる。可笑しいからなのかな、どうなんだろう、と考えようとしたが、思考が止まった。なぜなら、第三者が部屋の外に居る。コチラから見えはしないが、一人、この部屋に入ろうか否かと迷っている気配を感じた。それはチャチャゼロも感じていたようで、人の居る場所へと視線を送っている。
「……近衛か」
外に居る“一人”の人物は誰なのか判らなかったが、近衛木乃香であると思った。理由は深く考えても出てはこないが、きっとそうだろうと感じた。
「うん……」
小さな返事を送ってきて、俺達の見える所に近衛が出てくる。
「一人か?」
「みんなに、ちょっと嘘ゆうて来てもうた」
近衛が、暗く申し訳なさそうに、いつもは見せない表情でいた理由が判明した。
俺からは、近衛が皆にどう話したのか聞く事でもないだろう。「入ってもええかな?」
「ああ」
俺が二つ返事で返すと、近衛は幻想で荒れた部屋にゆっくりと入ってくる。近衛は、転ばないように慎重に、と目を周りに配らせているが、その中でも俺に対して何処か力強く視線を送っていた。
近衛が俺の傍まで辿りつくと、ゆったりと腰を降ろして行儀よく座る。「恐くないか……?」
近衛と相対して俺がすぐに問いを入れた。
「恐くない言うたら嘘なるな」
近衛は正直者だ。彼女の心は本当に澄んでいる。目前で会話をすれば、誰もがそうだと頷くはずだ。
だからこそ、コチラには関わらせたくない。俺の居た世界とは接触して欲しくはない。「士郎くんは、ホント……その……」
「ああ。この手で人を殺した事がある」
ハッキリと誤魔化しも、比喩もなく、そうであると答える。
コレは人を突き放す言葉だ。まっとうな人間が聞けば、危惧し、人は危険なモノからは離れて行くのが道理。その筈なのだが、彼女の目は俺という人から離れようとしていなかった。では彼女が、まっとうな人間ではないのか? そんな筈はない。「前の時と同じように話をしようか」
言葉無くして意志は伝わらない。だから俺から話しを進めた。
「俺が人を殺めた時は単純に選択肢がソレしかなかった。そうしなければ、より多くの犠牲が出てしまっていた」
過去を掘り返す。それは俺が歩んできた過去。
「話し合いで和解できるのなら一番だろう。死者はなく、何事もないのなら一番だろう。それでもソレは選べなかった。相手の息の根を止めるしか……それ以外に俺が選べる道は無かった」
記憶にある映像を言葉に出していく――頭が焼けそうだ。
「全てを救いたい、天より高い理想だ。ソレを掲げて歩けば思い知らされる、目の前のモノ、手の届く距離のモノしか救えないという現実を。歳を重ねれば重ねるほどに。果てには代償を払い、奇跡を望むしか理想は成せないとすら思わされる」
心にある言葉を出していく――肺が焼けそうだ。
「それでも俺は“正義の味方”に、子どもが夢描く存在になりたかった」
言葉を掲げる――喉が焼けそうだ。
「でも、救えない人が居て、いっぱい居て、名乗るには遠くて、ずっと手が届かない」
伸ばそうと、届かせようとしようが、絶対に俺の手は払いのけられる。
「ある男が、こう言った」
「――正義の味方とは、明確な悪の存在なくしては成立しえない」
「救えるものがなくては目指せないのが俺の目指すものだ。平和な世界に正義の味方は必要ない。コレを目指すという事は、他者の危機を望むも同意。その男には皮肉なものだと煽られたよ」
未だ嫌になるほど鮮明に残っている遠い過去の記憶の一つ。俺が初めて、この手でコロシタ人の言葉。誰かを救う為に対峙した相手。
「それでも俺は目指そうとしている。俺の理想だ」
――所詮借り物の理想だろう?
違う。純粋に其れが美しいと感じた。だから目指している。あのようになりたいと。
――ギシリ
何処からか、軋む音が聞こえる。
反論。否定。俺の意志を誰かが訴えるかのように鉄が軋む音が鳴った気がした。
違う――俺の言葉に嘘はない。俺の道は――「また少し士郎くんのこと知れたなぁ」
声がした。少女の優しい声。
前を向けば優しく微笑む近衛の姿が在った。「ウチが士郎くんに必要なんは、話し相手やと思う」
今度は真剣な表情で近衛は言葉を連ねてく。
「んでも、士郎くんのそばには仁くん居るからウチはあんまり意味ないかなー」
次に近衛は、少し残念そうにして、声を抑えて言葉を出した。
「俺ハ、馬鹿ヨリモ嬢チャンガ一緒ニ居タ方ガ良イト思ウケドヨ」
「ほんまに? なんでか聞いてええかな?」
「男同士デ付キ合ッテル姿見テルト暑苦シインダヨ」
「うーん、一理あるなー」
チャチャゼロは槍を置いて近衛の膝の上で議論を続ける。
今の近衛は、いつもの近衛、明るい近衛だ。チャチャゼロも言葉は乱暴だが、冗談を交えて進めるのは上手い。アイツもそうだが、こう見ていると羨ましくもなる。ただ毎度の事ながら、チャチャゼロは何処までが冗談かは疑問な訳だが。「マァ人殺シナンテ、戦争ガ起キレバ必ズト言ッテイイホド出ルカラナ。ダロウ詠春?」
「おや、気付かれていましたか」
部屋の外から、チャチャゼロが言った人の声が聞こえてくる。
顔は出さずに声だけ。苦笑いをして、コチラの様子を想像している長の姿を連想できた。「長一人ならば気付かなかったかもしれませんが」
俺の言葉で、ガタリガタリと音が立て続けに聴こえてきた。
きっと、皆そこに居るんだろう。人が多ければ気付き易くなるのは長も判っていただろうし、他にも判っている奴が居る筈なのに物好きが多いクラスメイトだ。「俺の過去は人に多く語れるものじゃない」
顔を出さずに居る皆に対し、そして傍に居る人に対して言う。
「今は語れないが、その日が来れば――俺も全てを話すさ」
今は時ではない。俺に関わるモノを排除してからでなければ話せない。
「仁くんも士郎くんも秘密が多そうやからなー」
「俺自身は仁ほどではないと思ってるけどな」
話は、きっと全てが終わった後に。それまでは抗おう。
――俺が出会って来た“運命”に負けぬよう――
――6巻 52時間目――
2011/1/4 掲載
修正日
2011/3/4
2011/3/15