46 修学旅行4日目朝・カワリユク(Ⅱ)

 

 

「着替え終わったか?」

「ああ、問題ない」

 オレより一足遅れて私服に着替え終えた士郎。今のコイツの服は赤い戦闘服ではなく、一般人が着るような普段着。ここには士郎の普段着は持ってきてないので、おそらく長が用意してくれた物だろう。起きていたチャチャゼロに聞いてみたが当然教えてくれやしなかった。

「テメェハ何着テモ、ナンカ地味ダナ」

「普段から洒落た格好なんてしないからな」

 オレの頭に自分から乗っかってきたチャチャゼロが士郎に向けて言う。士郎の格好は本当に普通で、地味って言われれば、そうとしか言えない。ある程度は良いカッコだと思うんだけど、なんでかね。
 それよりも部屋の中が気になる。未だに投影された宝具は健在。消すのも、いつものようにオレから士郎に制止しているので、現界させたままである。畳に刺さったままの宝具もあるが、抜いた宝具もあって一見すれば散らかっている状態。一纏めにしても、なんだかな、との事で放置するコトにした。

「さて、アイツらは大広間か」

 オレは部屋から一歩外に出てから、後ろについてくる男へ尋ねる。

「ひとまずはソコに行くべきだろう。それか屋敷の使いの人に聞くのがいいんじゃないか?」

「そうだな」

 パシン、と軽く士郎が障子を閉めた。
 しかし、辺りに人の気配なんてない。オレがあの話を始める前に長が部屋の前へ来ていたとチャチャゼロが言っていたから、わざわざ人払いしてくれたのだろうか。あの長なら読み取って手を打ってくれる人物なので、この考えは打倒な線である。あれ以前に、初めから手を打っていたという線もあるけど。
 先に出て行ったエヴァも見当たらないので、まずは初めに立てた予定通り大広間を目指しながら、屋敷の使いの者でも探すとしようか。そう意気込んで進もうとしたが、まだオレの足は止まっている。

「どうした……?」

「いや、やっぱ無いなってさ」

 投げ掛けてきた士郎の疑問に返す。
 屋敷の屋根を眺めるが何もない。チャチャゼロから聞いていたギリシャの英雄の盾なんて何処にもある気配はなく、晴天の空から降る朝陽が屋根を照らしているだけだった。

「ダカラ無ェッテ言ッタダロ」

「そうだったな」

 廊下を歩く足を進める。

「体は大丈夫か?」

「ああ、何ともないみたいだ」

 オレの一歩後ろからついてくる士郎から返って来る言葉は普段話す調子と変わりない。別団と強がったりしている訳でもないようだ。

「士郎ヲ心配スルノモイイガ、テメェモブッ倒レテタンダカラヨ。ナ、雑魚野郎?」

「はいはい、雑魚野郎さんも何の問題もないですよー」

 頭の上の笑い声に言葉を返しながら目的地を目指して足を進め続ける。
 屋敷を幾つか越えても人の気配がない。士郎の新しい服といい、直接部屋の前まで訪れた時といい、長は何処までオレ達に気を使ってくれてんだか。

「あー、カラドボルグ持ってくればよかった」

「……必要ないとは思うが」

「手元に無いと、どうも不安でね。いや、投影しなくてもいいぞ」

 首にはクロスが掛かっているが、中身は空っぽのままだ。オレがいつも使っていた幻想は、槍兵と戦った時に砕けたので、無くなってしまった。幻想の群れが現れた部屋には、新たなカラドボルグがある。おそらくはオレが今まで使っていた幻想と変わりなく同一のソレ。持ち運びコトも可能だっただけに惜しいのだが、もうある程度大広間の方へ歩んでしまっているので取りに戻るのはパスだ。士郎の言う通り、今はあまり必要ない。
 懐に手を入れる。上着に仕込んでいたナイフが数本あるのが手に当たる感触で分かる。今の戦える装備といえばコレだけか。しかし、コレも白髪坊主の戦いで本数を失っているので万全の状態ではない。

 ん……?
 カサリ、という音が懐から聴こえた。その出所に指を伸ばしてみるとナイフの硬い感触ではなく、薄っぺらな感触が指に伝わる。
 紙か、と白く折りたたまれた物を目の前に持ってきて確認する。

『隠し短刀なら効率のよい装備の仕方を拙者が教えよう。気兼ねなく聞くといい。長瀬楓』

「……アイツ、人のモノ勝手に弄りやがって」

「マァ、ソレダケ御粗末ナ物ダッタンダロ。諦メロ阿呆野郎」

 四つに折られた紙を広げると、あの忍からのプレゼントのようだ。しかし、意外と漢字を書けているのが驚きである。むしろ忍なのだから漢字は得意な方なんだろうか。
 他に何か書いてはいないかと、裏表を見てから、何もないなと確認し終わった後に、入っていた上着ではなくジーパンのポケットへとしまう。

「おっと、やっと見つかった」

 正確には見つかったじゃなくて聴こえてきた。曲がり角から複数の足音が耳に届いている。
 曲がってみれば、同じ巫女装束の女性が三人。コチラに用があると気付いてくれたのか先頭に歩く一人が立ち止まり、続く二人も止まってくれた。

「どうかしましたか?」

 先頭の女性が丁寧な口調で尋ねてくる。

「自分達のクラスメイト、まぁ友人なんですが居場所は分かりますか?」

「御客人の方々は、お嬢様と一緒に大広間にいます」

「そうですか。ありがとう」

 では失礼します、と応じてくれた女性が挨拶をし、三人の女性が丁寧に呼吸を合わせてお辞儀をして、オレ達が歩いてきた方へと進み、曲がり角で姿を消す。それを軽く見送って、またオレの足を進めた。目的地は今の話で完璧に大広間と確定だ。

「相変ワラズ、テメェノ敬語ハ気色悪イナ」

「そりゃないぜ、チャチャゼロさん」

 こういう時のチャチャゼロは笑わない。傷つくぜ。

「まさか、お前もそんな事思ってたり――」

 後ろを振り返る。完全な違和感。士郎が頭を抑え、壁に手をつけ体を支えていた。
 すぐに浮かんだのは、士郎が叫び声を上げて起き上がった時の事。異常な事態が士郎の身体に訴えているのだろうと理解する。

「――士郎、大丈夫か?」

「悪い……一度にあれだけの宝具を投影したせいか、急に頭の中に負担がきてる……」

 士郎が、俯き頭を抑えたまま呼吸を深く吐いて答える。
 オレが士郎の多重投影を見たのは、今回が初めての事。何処にでもあるような武器でさえ、一つ一つ投影する所しか見たコトがない。それに今回は、あの宝具の山だ。

「魔力は残ってるのか?」

「……魔力の方は大丈夫だ。空っぽで投影すると動けなくなるからな」

 士郎は顔を上げて笑ってみせる。その表情は慣れたコトだとでも言いたそうな表情をしていた。

「アイツラニハ見セラレネェナ」

「士郎は変なトコで格好つけるし、ってか」

「否定はしないが、酷い時は強がらないさ」

 もう一度深く呼吸を終える士郎。

「……行こうか」

「本当に大丈夫か?」

「ああ、落ち着いたよ」

「強ガンナヨ」

「次に、くらり、ときた時は仁の肩でも借りるさ」

 今度は士郎が一歩前に進んで歩む。よろけもしない屈強な後ろ姿。さっきのを見て安心とは言い難いが、コイツの為にも安心としておこうか。

「チャチャゼロ、エヴァからもう一人については聞いたか?」

 アイツに訊きそびれた大事な事。

「サァ。顔モ見テナケリャ姿モ見テネェ。ソレニ鉛ノ球モ見テネェッテヨ。ホント腑抜ケニナッチマッタ御主人ダゼ」

「怒られてもしらんぞ?」

 ケケケ、と笑って先に行ってしまった御主人をからかう従者。
 今のオレの問いには昨夜のエヴァの話からして良い答えは無いと思っていたが、もう一人については収穫が0とは。相手が上手だったと賞賛を贈るしかないか。

 さっきのやり取り以降は会話無しに屋敷を歩き、士郎が一歩先のまま大広間へ向かう。大広間に向かうにつれて屋敷の住人が多くなっていた。忙しそうに歩く者が多いのは昨日のせいだろう。それでもオレ達とすれ違う際に足を止めて軽く頭を下げるので、礼儀が正し過ぎると驚いてしまう。
 それからしばらく歩いて大広間前。戸はしっかりと閉まって中の様子は見えない。

「開けるが、強がりたいなら気合入れとけ」

「そうしとこうか」

 ガラリと戸を開ける。一斉にコチラへと集まる視線。二度目だな、と思いながら部屋の中へと入って行く。
 あの部屋の異変を見た人全てに加えて詠春の姿が大広間に在った。まず目につくのが真名。固まって一カ所に居る皆と離れて、あの部屋の中の時と同じように一人で壁に寄り掛かっている。次に目に付くのはエヴァと茶々丸。コチラの二人は大広間前方の壇上の端付近に座っていた。後の皆は、大広間の中央で座布団を円に敷いて話していたようである。

「おやおや、心配させてしまったか」

「アンタは相変わらず軽口叩くわね」

 正面向いているアスナに笑い返しながら円になっている組の所まで歩く。円とはいっても等間隔に座っている訳でもない。一人一人の間は、ある程度の距離を確保しているが、夕映とのどかの組の間隔と、刹那と木乃香の組の間隔に至っては他よりも狭い。のどかは一人だと心細いから、木乃香は刹那に付き添いたいからだろうかね。
 円になっている所まで行くと、オレ達に一番近かったハルナと木乃香が互いの逆の方へと幾らか動いてくれて、二人分の座れるスペースが確保された。木乃香と近かった刹那が木乃香と軽く接触してしまい慌てた様子が面白可笑しかったけど、今はつっこむのをやめとこうか。
 ハルナが、円の中央の空いてるスペースに敷かれた4枚の座布団から一つ取って「仕方ないな」と隣に敷き、木乃香が膝の上で抱えていた座布団を隣に敷く。残った3枚は、当然と座ってない奴らの為に用意したものだろう。

「士郎くん、大丈夫なん?」

 木乃香が尋ねるのは自身の隣に座った人に対して。不安そうにしながらも、身を案じる言葉を送っていた。

「ああ、すまん。みんなには心配掛けてしまったようだが、この通り今は大丈夫だ」

 強がりだろうか。さっきの士郎を見ているオレには、そう見えても仕方ない。それに、あの時の士郎を見ているネギやクラスメイトの眼には、どう映っているだろうか。士郎の表情は常日頃のものと変わりはないし、息も乱れちゃいない。それでも皆には、何処か不安というモノが心にあるのが見て取れる。

「長、コイツもこう言っているので問題ないと」

「そうですか、仁君がそう言うならば士郎君も大丈夫そうですね」

 オレから一つ付け加える。長は見ていないと言え、あの出来事は聞いたに違いない。此処に座っているメンバー、もしくは前に見えるエヴァのどちらかには聞いているだろう。

「ところで仁。あの剣の話なんだけど、つっこんでもいいの?」

 隣の未だコチラ側を知っていないハルナからの質問。オレの頭の上のチャチャゼロが「ツマンネェ質問ダナ」と、言いながら頭から降りて、自分の御主人の下へと走って行く。

「手品って言ったら、どうよ?」

「ぬぅ、私もそう言ったけど、いまいち納得できん……」

 ハルナは不満なんだろう、表情にありったけの態度を込めてオレを見てくるんだからさ。
 コチラの世界を知るのは、また仁は誤魔化すのか、とでも思っているのかね。エヴァは、そう思っているだろうし、アスナもきっと思っている。他の奴らはどうだろうか。一人一人に対し、よく考えれば予想はできそうだ。

「そうだな――」

 ――バシンッ!――

 床を叩く音。平手で叩いた甲高い音が大広間に響く。
 音に反応して、体を震え上がらせていた奴も目の端に映ったが気にしない。

 ――――ガッ。

 次に続く鈍い音。床を穿つ低音が大広間に響いた。
 視線が音の出所に集まる。周囲に居る奴ら、離れている真名もエヴァもチャチャゼロも茶々丸も例外なく一点を見ている。

 オレの左手の甲に突き刺さった小さな銀の刃を見ていた。

「え……仁、アンタ何やって――」

 アスナがソレに向けて言う。ナイフで床に縫いつけられたソレに向けて。

「さて、お前ら。コレを見てどう思った?」

 オレは誰一人も例外なく問う。唐突にオレが起こしたソレ。示しているのは、銀の刃から溢れる真っ赤なモノ。

「ハッキリ言って糞痛いと分かってたから、やりたくなかった。現にありえねぇぐらい痛いし、腕は痺れてくるし、頭も痛くなってきたし、泣きそうだ」

 左手首を右手で強く抑えながら言葉を連ねてく。

「正直今回も誤魔化して、それでいいと思ってたが辞めだ」

 大きな声ではないが、強い口調で言葉を吐いた。

「まず、コレは手品でもねぇし、ナイフが本当に手の甲に突き刺さって床に貫通してる。でも、こんな傷じゃあ死にはしない。あー、けど血が滲み溢れてきてるから、何か手を打たないとヤバイかもしれねぇな」

 左手へと目を落とせば赤色がオレの視界に入る。だが、オレが見るのはコレじゃなく、すぐに話の矛先を決める為に視線の先を移した。

「真名、お前はどう思ってる? 余りにも唐突過ぎて馬鹿な奴とでも思ったか、いつものように面倒だとでも思ったか、いやいや、それともオレの正体を知るチャンスだって所か?」

「――フ、答えるのも面倒だ」

 遠くに居るソイツは、さらっと受け流して終える。

「アスナはどうだ――」

「そんな馬鹿な事言ってないで――」
「そんな馬鹿な事言ってないで、早くナイフを抜いて治療しろ、ってか」

 アスナと声が重なり、途中からはオレ一人が喋る事になった。

「お前の考えが一番読み易い。お前はホント優しい奴だよ。純粋過ぎて恐いぐらいにな」

 不機嫌そうに顔を顰めるアスナ。威勢も失くし、言葉も失くし、黙ってオレを見ている。

「夕映、お前はどうだ? きっとお前ならオレを狂――」

「ええ、貴方のやり方は狂っています。何か教えようとしているのでしょうが、今のそれは狂気染みている。昨日の月詠という人と同じくらい今の貴方はオカシイです」

 今度はオレの言葉が、左手隣の間を一つ開けた所から止められた。
 夕映が話したのは昨夜の派手な衣装を纏った少女の事。オレも間近に対峙した相手だ。その時は夕映も傍に居た。
 分かってるさ。アレは戦闘狂。まるで血に飢えた獣だ。それと同じくらい狂ったコトを、今オレが成しているってコトも。

「貴方の口の巧さなら、教えるにしても他に方法があるでしょう」

「いいや、見つからんね。オレは、ただ狂ってるという事を本能的に伝えたいだけだ」

 夕映が続けた言葉に反論する。夕映は「狂ってる」という事に納得している為に、それ以上の言葉は続けられなかった。
 昨日の出来事から、夕映にしては考える時間も十分にあった。聡明で利口な奴。そんな奴だから迅速にオレの言うコトも理解も出来る。

「いいか、コレから大きく二つ、重要な事を言おう。それもオレが重要だと思ってるだけ。心に留めようが聞き流そうがどうでもいい。オレの話は大抵そんなもんだ」

 息を吸う。当たり前の動作に痛みが勝手についてくる。痛みなんて歯を食いしばって堪えるしかない。オレには魔法なんて使えないんだから。

「まずネギ・スプリングフィールドと同じ道を進もうと考えるのなら、こんな境遇も覚悟しなければならない。ハッキリ言っちまうと危険極まりない。しかもコレについては、つい最近まで知らなかった奴も少なからず分かっている筈だ」

 以前から知っている奴なら「危険」については当然知っていよう。年長のエヴァ、詠春、士郎は勿論、真名や刹那も知っている。ネギに至っては言うまでもないだろう。修学旅行の中で知ったのは、のどか、夕映、木乃香、古の四人。古だけは、昨日のアレ程度だと余り深く考えないだろうし、前の三人より深く関わってもいないので怪しい所だが、他三人は知ったのは確かだ。後は楓も居るが、コイツだけは曖昧な所。

「さらにアスナに至っては自ら進んで危険を冒してまでもネギの手伝いをしてやがる。ホント何処までお人好しなんだか」

 今のアスナの始まりは、ネギとの出会いから。言わば巻き込まれた形で、ずるずるとネギを手伝っている。エヴァの事から、修学旅行の今までだ。自分にとっては何の利益もないのに、コイツは自分の好きで、心配だから、または放っておけないという理由でネギに付きあっている。ホント自分の気持ちに素直な奴なんだろう。

「さて、オレは危険と以前から知っている。友人とするなら普通は危険なんて分かってる道を進んで薦める奴はいやしない」

 コレは、ただの前置き。
 一旦間を置いて息を吸うが、落ち着こうとすると痛みが気を抜くなと言いたそうにやってきやがる。いい迷惑だ。

「そうだ、極論を言ってしまおうか――オレはお前らがどうなろうが関係ないと思ってる。幾ら危険な道に行こうが、怪我を負おうが、命を落とそうが、お前らが望んでいる道なら止めようとはしない。勝手にすればいい」

 オレを知っている一人と一体を除いた誰もが、今のオレの言葉に反応する。面倒だと言った奴も、オレを嫌っている奴も、考え事する奴も、まだよくわかってない筈の奴も、情に正直な奴も、今一番に大きく心が動いた。一人一人が別々の考えで、オレを見ているのだろうが、今はソレを推測して当てるのがオレの仕事ではない。

「危険な道だから覚悟しなければならないと言ったが、今言ったように別段とお前らに覚悟を問うつもりなんてねぇよ。オレはそんな出来た奴じゃねぇし、エヴァや夕映みたいに難しい言葉も分からなければ、お前達みたいにお人好しでもない。ただ生半可な思いで突っ込めば危ないとは助言しといてやるがな」

 最後に助言は入れるが、結局は極論と銘打ったように「勝手にしろ」の一言で済む話になる。

「昨日、刹那にオレはこうだと言った。オレは見方にとっては糞野郎だってな」

 オレは示した。言葉の中にあった可能性の一端、見捨てるという行動も考えていると。 コイツらへ助言しても危ない道に勝手に突っ込んでいるのだから、もとは他人のオレが危ない道に突っ込む必要なんてない、我関せずでいい、だから糞野郎じゃないだろ? と、考える奴はいるか? そりゃいるだろう。だがオレの観点では、ソイツは糞野郎だね。だから自分に糞野郎って言っている。オレは、そうすると言っているのだからさ。

「オレは観察者。それよりも管理者の方が近いか。自分の中で気に食わないコトがあれば手を加える。時にはお前らに手伝う事もあるかもしれねぇが、それ以外は何もしない」

 でも、今のオレの考えに退くという文字はない。それで良いと自分で思っている。

「何故手伝わないか? そんな疑問もあるだろう。オレも人だ。今さっき、命を落とそうが止めはしないと言った。でも、お前らの内一人でも死なれてしまったら悲しいし嫌だよ」

 正直な気持ちだ。嘘偽りなんてない。そうなったら、どうなるかね。やっぱ泣いちまうのかな。いや、今それは考えるべき話ではない。

「では手伝わない理由を述べようか。率直に、ネギ・スプリングフィールドが英雄の子だからだ。英雄、ヒーロー、救世主、メシア、ネギの父親はそういう人だ」

 オレの視線はネギに向けて。進める内容は知らない奴にも分かり易いように進める。

「大きな戦いの中でネギの父は英雄になった。コレが肝だ。戦いという事は何かしら敵が存在する。もし、その敵の残党が残っていたら? もし、敵の中に親密な人が居て英雄が仇になっていたら? 他にもまだある。大きな戦い故に巻き込まれた人も居るだろう。関知しない所で望みもしない犠牲があったかもしれない。まだまだ他にも、英雄という存在、出来過ぎた人に妬むという奴も出てくる。オレ的に言えば、コイツが一番厄介だな」

 ネギの顔が話を進めるにつれて青くなっていく。コイツも利口だ。だから理解しているのだろう。
 さて、どうもオレの話は人の心を抉るのが得意なよう。だがオレは暗い方向に人の心が動く様は良い気がしない。どこぞの神父のように捻くれちゃいないんでね。

「まぁ今のは、少し負の一面を見せすぎた。ネギの父親は人を救ってきているのは事実だ。自分の身を削ってまでも我が道を進んだ。心底尊敬できるよ。余程切羽つまってるか、それしか道がなかった時ぐらいにしか命を掛けてなんか普通の人間じゃできねぇ。できたとしても口を出すぐらいだろう」

 自分は安全な場所で、決して命の危機になんか晒さない。生きたいと思うのが普通の人間。それでも命を賭ける奴は自殺志願者か、呆れたぐらいに良い奴すぎるお人好しの二択だろ。あの英雄はドチラかなんて言わずともだ。 

「それでも負の面は削れない。今は直接ネギに降りかかる火の粉はないが、いずれ出てくるかも知れない」

 ただ可能性を示しているだけ。何も知らない奴でも、コレぐらいは理解できるだろう。

「ああ、身近な例を挙げればエヴァの事があった。だが、生憎とエヴァはネギに対してぬるくてな。あれが危険と思ってしまうと困りものだ」

 話を振った相手を見ると、自分に振るなとコチラを見下ろしている。それに「悪いな」と視線を送り返し、ネギの方へと見直す。

「あくまで推測だ。負の遺産なんてエヴァのものぐらいで、他に残ってないかも知れない。無かったら無かったで、ネギにとってもいいもんだろうし、ネギの父にとっても子にそんな物を背負わせなくて、この上ないってもんだ。さぁ、推測も推測。ソレが無いかどうかは、ネギ自身が分かってるんじゃないのか?」

 ネギはオレに言い返さない。つまり肯定だ。コレで理解出来る奴には理解出来る。幾らか日が早くなったが、いずれ皆には知れ渡るネギの過去。しかし、オレが話すのは此処までだ。後はネギ自身が話す時を待とう。

「話を少し戻そうか。オレがネギを手伝わない理由だったな。そんなのは簡単だ。オレも万能ではないし、戦いにおいてはオレと比べ物にならん程に強い士郎も万能ではない。降りかかる火の粉を全て振り払える保証はないんだ。別に手伝ってやってもいいが、ネギのためにはならない」

 コレは、もしも敵が居た場合の時の話。敵なんて皆無という希望ではなく、ネギにとっては悪い方向に物語が進んでいた時の話だ。

「ネギの性格上、英雄の跡を絶対に追う。断言してやろう。ネギは自ら進んで辛い道だろうが危険な道へと進んでいく。そんな時に、ずっとおんぶにだっこで過ごしていた奴が生き残れるか? いいや、無理だね。そんな道に進めば幾らなんでも手伝える範囲に限界が来るんだ。人を守りながら戦って生き抜くコト程、難しいコトもないからな。自分を守るので精一杯なのが大抵の人間だ。だからネギ、お前は自分に降りかかる火の粉は自分で払えるようになれ」

 言い切り、深く呼吸を吸う。

「コレが一つ目だ」

 左手の痛みも大分慣れてきた気がする。痛すぎて起きている錯覚だろうか。でも落ち着こうと思えば、汗が流れ、痛みがオレの脳の突つくように思い出せさせようとしやがる。
 さっさと話を進めよう。焦点がしっかりと合っている内に。

「じゃぁ次だ。昨日、この中で士郎と槍を使う青衣装の男の剣戟を見た奴が居るだろう」

 それを挙げれば、ネギ、エヴァ、茶々丸、チャチャゼロ、木乃香、刹那、アスナ、そしてオレと相対した本人である士郎。

「アレが二つ目。アイツにお前達は関わるな。全部オレと士郎が片をつける」

 見ていた奴にも見ていない奴にも、注意ではなく絶対にするなと命令する。

「とは言ってもアイツの目的が不明だ。推測を立てれば、アイツと少なからず因縁がある士郎が目的だろうが、確証がありはしない」

 コレばかりは、どうしようもない。相手を捕まえられずに逃走させてしまった。しかし非は誰にもない。急に現れてきたアイツらが悪いだけだ。

「さっきも言ったようにネギは英雄の子だ。それに木乃香は木乃香自身も含め皆が既に聞いているかは分からねぇが極東最高の力を持つ者、昨日のように力を求め攫われるかもしれない。他にもエヴァだって狙われる可能性としても十分なモノを持っているだろう。どうもネギの周りには厄介な奴が多くて、幾らでも槍兵の目的の推測が立てられる。アレを見たというだけで今後襲いかかってくるという可能性も否めない。だから、お前達の前に現れる事も十分に考えられる。その時は全力で逃げろ。一つ目とは違って全霊をもってオレ達が自ら動いて其処に駆けつける」

 何故、オレを助けたのか。何故、士郎と戦ったのか。何故、槍兵と一緒に居たと思わしき主は、人質を取るような行為を行ったのか。その主の正体は誰なのか。全てが不明。オレの知るモノからでも推測が全く立てられない。アレは、この世界には居なかったものなんだから、今までと同じような推測の立て方など出来やしない。

「いいか。単純に狂ってんだよ。オレがこんな阿呆な事やった具合に恐ろしい程な。狂ってるモノにわざわざ付き合う必要はない。だから関わる必要もないし、対処なんて考えなくていい。それ以上に、アレはお前達が会うべき存在じゃなく、オレ達と会うべき存在だからな。以上だ」

 だから言う。絶対に関わるなと。今のコイツらじゃ相手が悪過ぎる――それだけだ。
 話は終わった。場は静まり返ったまま。その中で一人の姿がコチラへと向かい歩んでいる。

「詠春、治癒術師を呼んでやれ。其処の馬鹿は治す術を持ってないし、此処に居る奴らも、その傷は治せんだろう」

 オレの話が終わり、初めに動いたのも、初めに言葉を発したのもエヴァだった。
 次に詠春が立ち上がって足早に大広間の外へと走り去って行く。目的はエヴァの言葉にあった通りのものだろう。

「馬鹿が。貴様の御得意の口で誤魔化せばいいものを」

「――――いっ……」

 情けないが痛みで声が漏れる。それもエヴァが躊躇いもなく、オレが自分の手の甲へ刺していたナイフを引き抜いたせいだ。

「この止血の仕方は、どうかと思うがね」

 エヴァは足でオレの左手首を抑えている右手を強く踏みつける事で止血の手伝いをしている。床の軋む音が聞こえる気がするぐらい強く抑えつけられている。手の甲も痛いが、手首も痛い。
 エヴァのオレを見下ろす表情は、何か言いたそうに、と言ってもオレに対してはいつも何か言いたそうに不満にするエヴァだけど。
 詠春が発ってから、十数秒もしない内に後ろから足音が二人分聞こえてくる。すぐに右手側に居た士郎が避けて、そこに詠春、そしてオレの右斜め前に見慣れぬ女性がオレの方へ向いて座った。

「おや、よく見るとさっきの方でしたか」

「覚えて頂いて何よりです」

 この部屋に来る前に、皆の場所を教えてくれた女性だ。忙しそうに屋敷を廻っていたのは、もしかして術師だったからなのかな。
 心の中で軽く笑う。痛いと左手が訴えてくるのに意外と余裕があるもんだな、と。そんな事を考えている内に、目の前の女性が両手でオレの傷口を覆い被せていた。そして、傷口から広がり感じる暖かなもの。見れば女性の手が微かに光輝いていた。

「……完治しました」

 時間にして二十秒前後。途中エヴァが足を離して、そして治癒術が行使終えた。
 女性が両手を自分の膝に戻すと、オレの左手が見えてくる。そこには傷口がないのに血が付着した左手だけが残っていた。

「すまない……違うな、ありがとう」

「いえ、私の務めですから」

 左手の手の平を目の前に持ってきて確認する。やはり傷口がなく、血糊が付着しているだけで痛みもない。
 床を見れば誰が流した血なのかと、思えるように血だまりが出来ていた。

 ――パチンッ――

 突然、軽快な音が鳴り、風景が突如変化した。

「あ……? 転移?」

 立ち上がって辺りを見渡す。
 何時間か前の記憶と同じ現象なために、すぐにそうだと思えた。それに前よりもハッキリと場所が変化しているだけあって分かり易かった。

「清水寺か……?」

 修学旅行初日にやってきた所。そして、今居る此処は国宝でもある本堂だ。
 しかし、おかしな事にオレと魔法を行使しただろう吸血鬼しか居ない。あの大広間に居た面子は、誰一人周りに見当たらなかった。他に人が居るとしても早朝にも関わらずに居る少しばかりいる観光客だけ。清水の門が開くのは6時頃だったかな、と思いながらオレを此処へ連れてきただろう奴を見る。昨夜、来ていた黒いキャミソールではなく、普段も着る事が多い黒いセーラー服のエヴァが本堂の柵に手を掛けて階下を眺めていた。

「嘘つきめ」

 その小さな背に声を掛けようと近づいたら、先に無愛想な声が飛んでくる。

「なんだよ、急に」

 言葉を返しながら、エヴァと同じく柵に手を掛けて、同じように本堂の下を眺める。映るのは緑が茂っているという簡素な情報だけだ。
 1メートル程離れた隣の奴は、つまらなそうにしている態度から変わらずに、溜め息一つ吐いて口を開いた。

「貴様に対する素直な感想だ。そもそも貴様が、いつものように第三者として坊やを観察するだけなら忠告せずにいた方が都合もいい。貴様が他者に本当の事を言えば、その分だけ貴様の正体に近づき、貴様がしたい事も難題になる」

「ごもっとも」

 正論なために反論のしようがない。

「それでも、お前はぼーや達の安全を取った。考え得る限りの安全策だ。最低限、いや、最大限に教える事によって、パンドラの箱をアイツらが開かぬようにな」

「希望が詰まった箱か?」

「災厄しか詰まってない箱だ」

 冗談交えてもコイツは笑ってくれないな、と横目で少し窺って、また本堂の下を眺める。
 ともかく、目の前にある箱の中は災厄しかないなんて、オレだって分かっているさ。それでもパンドラと例えるのは、そこに希望があるかどうか……どうだろうかな。

「焦っているのか? 自分の予想の遥か外から来ている出来事に直面して」

 エヴァの言葉を受けて、それに対し考える。

「……そうだな。多分焦ってる。でもアレは全く予想しなかった訳でもない。既に、この世界に居なかった前例があるんだからな」

 槍兵と同じ世界の住人、衛宮士郎。そして、このオレも此処の世界の住人じゃない。別段と他の奴が此処の世界に来ようが、前例があるなら全くの摩訶不思議と感じるものではないだろう。

「試練なくして人は成長しない。英雄の子なれば受ける運命なぞ自ずと理解できよう。其れから逃げるか、其れを抱くか、決めるのは其の下に生まれた者だ――しかし、人ならば十の子に与える試練ではないと言うだろう」

「そりゃそうさ。だから爺は安全な場所を提供している。麻帆良学園は何処よりも安全だ。西の本山も日本の中では麻帆良と対を為す程安全だ。面倒な奴らを匿うには、これ程整った施設もないし、麻帆良ほど得られるモノが多くある場所もない」

 エヴァの言葉に、オレの考えを添えるように答える。何故かオレの頭の中に自問自答という言葉が浮かんできた。それに何故だと問うが、コレには答えが返って来なかった。

「英雄の子だから、と期待する者は居よう。それでも同時に子であると皆見ている。時には親が諭すように手を差し伸べようとしている」

 エヴァが次の言葉を続ける。それには、そうだろうと思えた。なんせ言っている本人が当て嵌まりそうなものなんだからさ。

「だが、お前は違う。お前は、ぼーやを子とは見ていない。言うなれば衛宮士郎と同じく平等だ」

「さぁ、どうだかね――例えそうだとしても、ネギをそんな風に見る奴は他にも居るさ。多いか少ないかで言えば、当然少ない方だろう」

 世界の人口は何人だ? 正確な数字は分からない。じゃあ、ネギを知る魔法使いの人口は? かなりの数は居る。そんな中で、さっきエヴァが言ったような考えを持つ人は居るだろう。英雄の子だから子ではなく一人の人、大人のように扱う考え方。特殊な考えだとは思えるし、思うだけで行動に移す者も少ないに違いない。でも、人間ほど多様性があり、考えて行動する生き物もいない。一人一人が違う奴、ってよく聞く言葉だ。人が多ければ、それだけ特殊な考えや行動があり得るって普通の事だろ。

「今回の件は単に内部の亀裂。それも主犯は決して一流じゃない」

 今度はオレから話を進める。

「しかし、想定外の敵が混じっていたから危険が伴った。誰もが想像だにしない敵がな。予知の力でもなければコレは決して回避できやしない」

 思い浮かべる白髪の少年。分かっていながらもオレは回避しようとしなかった。いや、回避しようと考えを改めても、昨日のあの状況じゃ厳しかった。それでも士郎という札があったんだから、やろうと思えば巧く、危険もなしに全てを回避する方法もあったのかもしれない。

「加えて最後に、そんな予知染みた力を持つ糞野郎が、まさか来るとは思ってなかった敵、か」

 くっ、と語り笑った後に自分の左手を見る。すっかり乾いた血の痕。阿呆な事したな、と思う。オレらしくない行動だ。夕映にも言われていたしな。でも槍兵が来なければ、こんな阿呆な事をしなかったんだろう。
 左を、ふと見てみれば話していた相手が消えている。柵から手を離して辺りを見回してみれば、一人でスタスタと歩いているソイツがすぐに見つかった。

「おい、何処行くんだよ。こっから旅館も本山も遠いから転移してくれないと困るんだが」

「……貴様は黙ってエスコートぐらい出来んのか?」

 軽く振り返ってオレを睨みつけるエヴァの眼。
 出した言葉に少しばかり意外だと驚いた。だが戸惑い立ち止まってばかりも居られず、すぐにエヴァの隣まで行く。

「何だ、その顔は?」

「おやおや、私めが可笑しな顔をしていましたか、お姫様?」

「……そんなだから女が貴様の周りに来ないんだ」

「コイツはキツイ」

 勝手に進んで行くエヴァに歩調を合わせる。まだやる事も残っているし、考えないといけない事もある。だが今は考え事するのは野暮ってもんだ。折角コイツが麻帆良から出られた機会なんだから、誘われたからには付き合おうか。
 次の時間が来るまで、今は普通の時間を過ごそう。

 

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――6巻 52時間目――

最終日
2011/3/4
2011/3/16

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