45 修学旅行4日目朝・カワリユク

 

 

 和室の中に、決してそぐわない異物が混入している。

「コレは一体……」

 誰が言っただろう、その言葉。この部屋の中に居る誰もが今の言葉を言いたいだろう。
 だが、いつまでも異変に対し、呆然と景色を眺めている訳にも行かない。

「士郎――」

 異変を避けて、起き上がった男の下へと向かった。
 腰を降ろしてソイツの顔を見る。汗だくで焦点もあってない表情。片手で胸を抑え、肩を揺らして必死に呼吸を整えようと懸命になっている。間近に居るオレに気付かぬ程、憔悴している。昨日の夜に続き、どれもこれも初めて見る姿だった。

「ア――仁、か……」

 やっと傍に居るオレという存在に士郎が気付き、オレを見る目も、やっと焦点が合った。

「体は何ともないか?」

 不安定としか言えない男に対して問う。受け取った相手は、胸を抑える片手を一層と強くし、焦る気持ちを抑えるように深く呼吸をする。少しばかり落ち着いてから胸の手を顔に持ってきて、いつもより虚ろに映る目で、顔を抑える指の間から周りを確認していた。

「――俺がやったのか……」

「テメェ以外ニ誰ガ居ンダヨ」

 映る光景は自分の仕業ではないと言いたそうなのだが、チャチャゼロの言うように、この光景を創れるのは衛宮士郎以外在りえない。

 部屋に軋めく幻想の軍。剣群と言った方が分かり易いか。だが剣の中に、別のモノも混じっている為にそれは剣の群れと呼ぶと正確ではない。ただ、衛宮士郎の幻想なのだから剣群と表現する方が、コイツを知るモノに対しては分かり易い。

「剣……? 何、手品……?」

「ハルナ」

「うっ、ごめん……」

 疑問を吐きながら、傍に突き刺さっていた二刀を手に取ろうとしたハルナが、夕映に強く咎められて手を引っ込める。それはオレにも馴染み深いモノになった陰陽の二刀。

「士郎が使ってた剣アルね」

 自分の傍に在った陰陽の二刀を手に取る古。二刀を持つ古とハルナの距離は2メートル近く離れている。では、なぜハルナの近くに在った筈の陰陽の二刀が古の傍に在ったのか。それは簡単な答えだ。陰陽の剣【干将・莫耶】が、二組あったのだから。正確に言えば、もう一組だけ、古とハルナの丁度間に存在し、同じモノが計三組六本の剣が在った。

「コッチは刀でござるな。しかし随分と長い。刹那の刀ぐらいの長さでござる」

 楓がじっくりと眺めるのは、青い柄に飾り房が二つ下がった長い刀。今の言葉の通り、刹那の持つ夕凪と同程度の長さはある。
 刀は繊細な武器。長さの分だけ持ち手の技量が深く、大きく関わってくる。

「コレは……あの時の……?」

「ネギ、それは特別だから触らん方が良い」

「あ、すいません……」

 ネギが手に取ろうとした歪な形状の短刀を取るなと注意する。ネギが、この刃に触れれば面倒なコトが起きるのは間違いない。

「杭……釘……いや、鎖鎌に近いものだな」

 真名が傍に刺さっていた短剣を床から引き抜いて、じゃらり、という鎖の音を鳴らす。

「…………」

 士郎の左手隣、木乃香の近くには黒い洋弓が置かれていた。木乃香の手に取れる所にあるソレを木乃香は見るだけで触ろうとはしていなかった。

「貴様が使っている剣、あの時の剣、そしてアイツの槍か」

 士郎の枕元より数歩後ろの畳に刺さっている剣、捻じり曲がった剣、そして紅い魔槍。二つの同じモノだった筈の剣が交わるよう斜めに、その間を垂直に魔槍が畳に突き刺さっている。コレで一組だと言わんばかりに綺麗に纏まっていた。

「小物カ、大シタ事ネェナ」

 チャチャゼロがオレの頭から降りて二つの剣を拾い上げていた。一方は黒い短剣。そして、もう一方の形状は剣ではあるが、その本質は魔杖といったモノ。

「これって剣……?」

 アスナの傍にあったそれは、黄金の柄、黄金の黒い刀身の中に赤いラインが入った剣。しかし剣と呼ぶには、刀身がオカシイとしか言えないだった。三つの円柱という部品で、出来上がった刀身。それでもコレは一つの剣である。

「っ、ご、ごめんなさい……」

 アスナがソレに軽く触れようとすると、音もなく一瞬で異様を放っていた剣が消え去ってしまった。余りに呆気なく、自分が壊してしまったのではないかと、アスナは必死に謝罪する。

「……アレは見てくれだけだから壊れて当然だ」

 オレの傍の男が呟くように、壊れた異質の剣を語る。分かり切ったように、アスナにではなく自分に言い聞かせているようだった。あっという間に姿を消した剣が残したのは、畳にあの剣特有の穴を開けただけであった。

「アレもお前のか?」

 真名の手の中にあった釘型の短剣を隣の茶々丸に手渡して、空いた右手の親指で、くいっ、と部屋の外を指す。本来ならば何の変哲もない屋敷の庭。だが、その中央には場の空気を圧迫する無骨な岩の斧剣が突き刺さっていた。

「――すまんが皆一度出て行ってくれねぇか? 士郎を心配しようと思うのは分かる。が、コイツを思っているなら時間を幾らか貰いたい」

 やっと起き上がったコイツを心配する気持ちもあるだろう、言いたいコトもあるだろう、疑問しかないのだろう。それでもまだ早い。コイツらに話すかどうかは準備が必要だ。

「面倒になりそうだ。私は先に退出しよう」

 真名が一番に手を軽く振って颯爽と出て行く。その姿が何処か栄えて映るのは潔さからだろうか。

「時期が来るのを待つしかないでござるな」

「無理して聞く必要もないアルね」

「私もさっさと退散ってね。アンタに目をつけられるのは御免だもの」

 古が手に取っていた二刀をそっと置いて、真名の後を楓と一緒に追って行く。それに一歩遅れて、手をひらひらと振ってから朝倉も部屋を出て行った。

「行きましょう。ココに居ても邪魔なだけです」

「う、うん……」

「むぅ、またもや致し方なし」

 夕映がのどかの背を軽く押して部屋から出て行き、ハルナも一瞬悩みはしたが逆らわずに、さっさと部屋から出て行った。

「あんまりみんなを心配させないでよ。ほら、行くわよネギ」

「えっと……わかりました」

 ネギの肩を掴んで、連れ行くようにアスナが部屋から退出した。こういう時のアイツは文句を言うどころか協力的になる。いつもこうならばオレも安心して過ごせるんだけど。

「……士郎くん、仁くん、またあとでな」

 微笑んでから立ち上がり、部屋から出る足を進める木乃香。さっきのメンバーの中でも断トツに士郎を心配していた人。日常の付き合いがもっとも多いのだから。それでも、促したオレを思ってか、それとも士郎を思ってか、無理に残ろうとはしないで部屋から出て行く決心をした。心の中では一番に訊きたいのだろうが、木乃香の優しさでは無理矢理と踏み込もうとしない。そんな木乃香に刹那が一歩後ろから付いて行く。今は刹那に木乃香を任せよう。刹那が木乃香の傍に居るのなら心配はない。

 木乃香と刹那も部屋から消え、茶々丸が真名から渡されていた鎖付きの短剣を静かに部屋の脇に置いてから、丁寧に一礼して部屋を退出した。
 コレで部屋に残ったのはオレ、士郎、そして後一人。それと、部屋に無用と残りそうな人形は部屋の一歩外で、何やら誰かと話している。

「聞くのか? 真名も言っていたが、間違いなく面倒になるぞ」

 オレは布団から退こうとしていた士郎を手で制止しながら、その傍で立って部屋の光景を変えた男を見ていた残る一人へと問う。

「何が面倒かは私が決める」

 どうやら、この我儘っ子は退く気が更々ないようだ。

「もう一度言うが面倒になる。それに加えて後戻りも出来ない――コレを聞いちまえば場合によっては手を貸せと強請る事になるぞ」

「くどい」

 一言で一蹴。オレの忠告なんて聞く耳もたんってか。
 さぁ、どうしようか。腰を降ろしていたオレへと目線を合わせる為に腰を降ろした目の前の金髪っ子。と言うよりも、退く気がないという意志を示す為か。部屋から退かせるのなら力づくしか無さそうなのだが、そんなコトを出来る訳もなく、返り討ちが目に見えている。

「クソ重テェ剣ダナ」

 部屋の中に戻ってきた部屋の中で、ただ一人残っている奴の従者の人形。その手には体に不釣り合いな巨大で無骨な岩を削りとったような剣を携えている。

「部屋は誰が弁償するんだか」

 鈍い音が一つ。チャチャゼロが持っていた斧剣を部屋の隅に投げて馬鹿でかい穴を一つ作ったせいだ。

「テメェダロ。開イタ穴全部テメェガ払エヨ」

「これはまた無茶な発言だ」

 和室部屋の景観を壊した穴は10を楽に越える。何よりも最後の一刺しの被害が甚大なんだが、ケラケラ笑ってるチャチャゼロに言おうが無意味だろうな。

「それで誰と話してた?」

 部屋の外でチャチャゼロが誰かと話していた。それは、さっき部屋に居た奴らではないのだろう。おそらくは屋敷の使いの者、もしくは当主である――

「詠春ダ。情ケネェ声ニデモ釣ラレテ来タンダロ。トリアエズ自分ノ仕事ヤッテロッテ返シテヤッタゼ」

「それはよかった」

 コレから士郎に言おうとする事は、可能な限り他に話す事じゃない。思った内容を口に出すだけなんだから、聞かれてはマズイ内容を含むのだ。話すのなら、いつものように纏めた話。決して今ではない。
 エヴァに関しては諦めようか。どうも退きそうではないから仕方ない。何かあれば全力を尽くすさ。

 部屋の隅の畳に大穴を開けたモノに近づく。衛宮士郎の過去の話を始める為に。

「バーサーカー、無銘・斧剣」

 狂戦士が使った名の無い剣。灰色の暗さが鉄を思わせる重々しさなのだが、岩の剣である。刃は荒々しく、到底斬れるとは思えない岩を削っただけの剣だ。それでも唯の岩ではなく神秘の塊。あの大英雄を呼びだす為の触媒なのだから唯の岩では困る。

「ライダー、無銘・短剣」

 傍に落ちている鎖で繋がった巨大な釘を手に取る。鎖特有の打つ音を聞きながら、長い蛇を思わせる鎖を手でなぞった。
 騎兵が扱った剣。この尖端は衛宮士郎の身体を穿つコトが出来ない。単純に名が無いこの剣の精度が悪いのか、あの時の彼女が手加減していたせいなのか。さて、どうなのかな。

「アサシン、物干し竿」

 釘剣を置いて突き刺さった長い日本独自の刀の方へと歩む。
 五尺の刀。白兵戦に置いて得物は長いだけで有利に進むのは常。しかし、それを扱える技術が無くては腐るだけだ。それも刀という繊細な武器で、コレだけ長いとなると扱いは難題である。此処の世界でも巧く扱う少女も居るが、暗殺者という枠に例外で入ってしまった男には剣技で及ばないだろう。

「真のアサシン、ダーク」

 士郎の傍に落ちている黒い短剣を見る。本来呼ばれる筈だった暗殺者の道具。此処にあるのは一本だけだ。だが、コレは一本で扱う剣ではなく、複数用いてようやく様になるモノである。加えて、コレの目的はオレが扱うナイフと同様に本当の攻撃の起点にしか過ぎない。

「キャスター、ルールブレイカー」

 歪な短剣の下まで行って手にとって眺める。形状は雷のようである、と言えばわかり易いだろうか。しかし、30センチ程度の剣では雷のように強力な訳でもなく脅威でもない。それに、この剣は対象を破壊するモノではなく破戒するモノ。今、現れている幻想の中で、敵を殺す武器としてではなく、他の要因が突出しているモノはコレぐらいだ。コレを使う者が剣士ではなく、魔術師なのだから当然だろうか。

「ランサー、ゲイボルク」

 昨夜の槍兵が扱っていた紅い魔槍を眺める。アルスター神話の英雄の槍。アイルランドの大英雄の槍。早速とコチラの世界の真祖に名が暴かれてしまったが仕方ない。あの男が、この世界に居るのが分かっていたのなら、ゲイボルクなんて士郎に投影させてなかっただろう。

「アーチャー、カラドボルグ、カラドボルグⅡ、洋弓、干将・莫耶」

 一つはオレが使わせてもらっている剣。一つは、その剣が捻じり曲がった剣。そして捻じれたそれを射る為の黒い弓。最後に部屋の辺りに3組ある陰陽の剣。どれもが一人の男が使用出来るモノ達。だが、それを扱う弓兵のモノは幻想、言い方を変えれば贋作に過ぎない。それもその筈、弓兵の本当の名が名だけに幻想でなければオカシイ話なんだ。

「遠坂凛、アゾット剣」

 弓兵の主であった女性の名。衛宮士郎をコチラの世界に送ったと言われている女性。
 今オレが口に出した剣の名は、アチラの世界では魔術師の中だと、よく聞く剣の名。それとチャチャゼロが手に取っていた時にもオレが思ったように、コレは剣ではなく本質は杖に近いものだ。

「……バゼット・フラガ・マクレミッツ――」

 挙げる予定も無かった名を挙げた。挙げる必要も無かったが挙がってしまった。何故なら、彼女が扱っていた武器が紅い魔槍の傍に転がっていたせいだ。武器に思えぬ球状の幻想を。

「それは……?」

「会ったコトないのか?」

 誰、もしくはオレの手に持っているモノは何だ、とでも聞きたそうにコチラを見ていた士郎へと言葉を返す。オレの疑問は球状のコレに対してではなく、オレが名を上げた女性について。

「……聞いた覚えがない」

 士郎は数秒考えた後に答えを出した。それを受け取ったオレは、実にオカシイと思った。衛宮士郎が、あの女性に会っていなければ、此処にある球状の幻想は存在していいものだろうかと。衛宮士郎が視なければ幻想が呼びだされるコトはない筈なんだから。それともコレは彼女のモノではなく、黄金の甲冑を纏った男が呼びだした神秘を視たから、士郎が呼びだすコトが出来たのだろうか。それならば納得できる。あの英雄王は、全ての原点を持つ男だ。彼女が扱う剣の原初の道具を持っていてもオカシクはないし、コレがソレであるならば合点が行く。

「まぁいい、ソイツの話は後にしよう。コレで全部か?」

 歪な剣を持ちながら、確かめるように言葉を出す。

「アー、サッキ詠春ガ、屋敷ノ上デ七枚ノ花弁ヨウナモンヲ見タトヨ。障壁ミテェダッタッテ言ッテタナ」

「まだソレは在ると?」

「サァナ、スグ消エタッテ言ッテタゼ」

 七枚の花弁。間違いなく、あの弓兵も扱うロー・アイアスだろう。それは障壁ではなく盾の一つ。武器ではなく防具。衛宮士郎の中で防具という存在は珍しいモノと言えよう。

「……コレだけあるのに、アイツの装備が何一つないな」

「………………」

 当然気付く。オレだからこそ気付ける。そして、沈黙している士郎も気付いているのだろう。

 ――円卓の王の剣が無い。

 彼女の持つモノが何一つ無いのだ。神秘が高いせいで、この世界に投影されていない? それもあるだろうが、この考えはすぐに否定された。なんせ形だけだったのだが、英雄王のみ許された剣も現れたのだ。ならば本来投影出来なくとも、形だけで現れるのが素直な考えではなかろうか。

「――遠い朝焼けの大地。黄金の草原にも似た光景の中で、お前はアイツと別れたのか?」

「……そうだ」

 単調に、あの日を思い出すように士郎がオレへと言葉を返す。
 コレで確定した。あの物語の最後の一節。衛宮士郎が思い描いた言葉。衛宮士郎の従者として、冬木という街の中で起きた戦争を駆け抜けた王の名を持つ少女と衛宮士郎が結ばれていた事を理解した。今までは、そうではないかと、ぼんやりとした状態で留まらせていたが、聞かなければならなかった。コレでコイツがどういう道を踏んだのか、ある程度は推測出来る。

「士郎、お前の魔術回路は27か?」

「いや……19だ」

「なるほどな。アイツに森の中の離れ小屋で移植したって訳か」

「ああ。仁の思っているもので間違いないだろう」

 有耶無耶に済ませていた話の中身を聞く。あの時は人のプライベートに加えて、大っぴらに話せる内容のモノも含まれていた為に聞かなかったが、ある程度は聞く必要がある。

「お前の魔術の本質はなんだ?」

 オレの中の不確定要素という穴を埋めるために話を進める。

「固有結界――属性で示すなら剣だ」

 士郎が出した答えは、自分が何であるかを理解している事を示していた。

「此処にある全ての武器の担い手になれるのか?」

「その魔槍だけは駄目だ。投影は出来るが真名の解放は出来ない」

 衛宮士郎の背後にある紅い魔槍。此処の部屋の中で唯一剣ではないソレ。担い手になれないというのは、衛宮士郎の本質的にも当たり前と言えた。

「それと、その球状のモノだけは分からない」

「……解析してみろ」

 歪な短剣を持った手とは逆の手で鉛の球を拾い上げて士郎へと手渡す。

「剣、か……」

 士郎が鉛の球に触れて、やっとソレが何であるかを理解した表情を浮かべる。

「覚えがなくとも、視ただけで分かると思ったんだが」

 鉛の球を眺め続ける士郎を見る。オレが思うのはオカシイとだけ。衛宮士郎の力は、何かしら知っている、もしくは創ろうとでもしない限り生まれてはこない。では、何故初めてみたかのようにしているのか。さっきは英雄王の貯蔵から読み取っていたモノを衛宮士郎の奥深くにしまい込んでいただけではないか、と思って納得しようとしたがオカシイという疑問は残り続けている。

「其れが貴様の昨日言っていた“切り札は使うな”という正体か」

「そうだ。本来ならば、あの槍兵のマスターだった人の武器だ」

 初めの頷きはエヴァに答えるように。後の言葉は士郎に伝わるように。

「宝具を使う者がマスター? コレは現代にある宝具なのか……?」

「ああ。お前の世界、お前の居た時間の中では数少ない宝具の現物の一つだ」

 さっきから頭の隅で残る疑問は置いておこう。今は答えるべきものを答え、教えるべきコトを教えるだけ。

「じゃあ初めに、この剣について話そうか」

 士郎の手から、もう一度オレの手へと、球状の剣を受け取って話を始める事にした。

「剣の名は、“逆光剣フラガラック”。彼のケルトの光神ルーが持つ戦神の剣だ」

 ケルト神話の神“ルー”、呼び方によっては“ルグ”とも呼ばれるダーナ神族の一人。彼の物語の中で有名とするなら、彼の祖父“バロール”との戦いだ。バロールは睨みつけるだけで相手を殺すという魔眼を持った一つ目の神。よく創作の中でも出てくる名前だろう。ルーとバロールが敵対した理由は、バロールがダーナ神族の敵であるフィモール族の王だった為である。今は、この中で語られる心躍る神話の経緯、話の詳細を省こう。結果としてルーはバロールの魔眼を貫く事で戦いに勝利する訳だ。その時に魔眼を貫いた武具として挙げられるのが、この手の中にある戦神の剣ではなく、戦神の槍。ルーが扱う武器として最も有名な魔槍。投擲する事によって力を発揮する武具だった。更に面白い事に、彼の息子も投擲する事によって真価を発揮する魔槍を扱う男――

「――太陽神ルー。クー・フーリンの父親か。その武器を持つバゼットとか言う女と、あの槍兵が手を組んでいたと。なるほど、実に愉快な組み合わせじゃないか」

 くつくつと、エヴァは笑う。頭の中では、光の神子と戦神の剣を持つ女性の関係でも想像しているのだろう。情報が皆無であっても、接点が皆無ではない二人の間柄に何かしらのハプニングがあると思えるモノだ。

「その剣の力は何だ? 如何なる鎧すら貫く剣、不死すら殺す剣か?」

 エヴァが気の済んだように笑いを止めて話を戻して来る。

「それもまた伝承の一つだろう。だが、この剣の持つ力は時間を逆行する力。相手の切り札に反応し、対象の行動を初めから無かった事にして、敵を貫く魔剣だ。ただし、攻撃をするのは敵が力を行使した後でなければ、その本領を発揮しない。発揮すれば……まぁ、今言った通りの不可避の力が生まれる」 

「アンサラー……“後より出でて先に断つもの”。名の通りの剣か……」

 オレの言葉に付け足す士郎。それは剣から読み取った情報なのだろう。

「問題は一発限りの使い捨て宝具で残弾数に限りがあるって所と、使用場面を間違えれば力が激減するって所かな」

 一発限り、故に不死性を持つ者や命を複数持つ者には相性が悪い。エヴァが相手の場合は前者に当て嵌まり、やはり相性が悪い。しかし、あの時は、無闇に突っ込んで致命傷になってしまうのでは、という考えがあった。なんせ、この戦神の剣と真祖の吸血鬼の在るべき世界は違うのだから何があっても不思議ではなく、最悪は回避せねばならない。

「時間の因果を狂わせる剣。まさに神話の武器か」

「俺達ノ世界ニハ、コンナ大層ナ武器ハネェナ。マ、神話ノ武器ナンテ、御伽話ミテェナ自分勝手ノ世界ノ武器ダシヨ」

「エヴァもチャチャゼロも神話を信じてないのか。夢がないな」

「当然だ、阿呆」

「俺ハ信ジテルゼ」

 エヴァは言わずもがな、チャチャゼロもケラケラ笑って口とは反対に信じている様子はない。オレとしては笑ってるお前達に加えて士郎も神話のような存在である。剣製の男と吸血鬼、生ける人形。ほら、御伽話の完成だ。

「それで、太陽神の子である槍兵の槍の力はなんだ? さっきの話を聞くに、ただ投擲して投げる武器でもあるまい」

「まず初めに、コレに“刺された”者は傷が癒えない呪い。ただ、この呪いについて、あの槍兵はコントロール出来る。何処まで可能なのかは、槍兵自身に聞かねば分からないけどな」

 エヴァの疑問に対してオレから解説する。
 解消できない疑問だろうか。しかし、敵であっても、あの男ならば簡単に話してくれそうでもある。それでも何か条件でも付けねば無理かね。

「一つは、投擲にプラスアルファってトコかな。そのプラスアルファが尋常じゃない破壊力を生む訳だが」

 簡単に言いはしたが、コレは魔槍ゲイ・ボルクの真価の一つ。

「もう一つ。心臓を必ず穿つ槍だ。突ける槍の範囲に居れば、どうなろうが槍が必ず相手の心臓に刺さる。心臓に刺したという運命染みた結果の後に、槍が向かってくるのだから刺さるのは必然だ。コレに分かり易い例を挙げれば、地面を狙ったのに軌道を変えて心臓を穿つ、とかな」

 因果逆転の呪い。不可避の一撃。
 全て真の話。だが、自分で言っていても可笑し過ぎて笑える力である。

「初めに挙げた投擲は、この“呪い”を最大限に解放し破壊力に換算している。それでも躱されようが相手を貫くという概念が存在するようだがな」

 突けば三十もの小さな槍となり、投げれば三十もの矢となって襲いかかるとも言われる魔槍。だからこそ、確実に殺す死棘となり、爆撃の如く破壊する死翔と成ったのだろうか。
 ゲイ・ボルク、「雷の投擲」を意味する魔槍は名に恥じぬ力を持った槍だ。

「北欧神話の主神が扱う槍のような力だな」

「オーディンのグングニルか、言われてみればそうだ」

 エヴァが挙げた例に士郎が返した槍の名は、投げれば百発百中、決して的を外さずに、相手は躱す事も出来ない北欧の主神の槍。幾たび躱されようが相手を貫く紅い魔槍は、五つの光で破壊する戦神の槍よりも北欧主神の槍の方が確かに近い。

「其レハ投影デキネェノカ」

「生憎と、投影の中で槍の最高レベルと言える宝具はゲイボルクだけだ。剣の属性の俺がコレを精巧に投影出来るのも一度心臓を穿たれたお陰かな」

 士郎が話し、浮かべる苦笑い。今しがた言った過去の話は、苦笑い以外の表情なんて出来るもんじゃない。

「……よく生きていたな」

 エヴァの反応は当然の反応。今までの説明を聞けば、あの槍を食らった奴が生きている道理なんてない。それでも、衛宮士郎が此処に居るのだから、コイツは生きている。

「友人に生き返してもらってな。そいつのお陰で未だ俺は生きてる」

「正確にはギリギリ死んでなかった、って所だ」

 コレが理由。士郎は、ちらりと傍に落ちている短剣を眺めたが、自分を生かしてくれた人を思いだしたのだろうか。

「魔槍の癒えぬ呪いを癒すには、ゲイボルク以上の神秘が必要だ。エヴァがもし槍兵とやり合う事になったのなら注意した方がいい」

「言われんでも、それぐらい理解出来る」

 槍兵が使う槍だけは、特に注意しなければならない。この紅い魔槍は不死すら殺しかねない槍なんだから。回避するには、類をみない幸運か、槍の力を躱す何かでもなければ無理なモノである。

「それで、他の武器にも何かしらの神秘とかいう力があるんだろう? 貴様が持っているソレはなんだ?」

「これか」

 エヴァが指さすのは、オレの右手に在り続けている歪な短剣。妖しく虹のように光る刃。武器としてではなく装飾の創りの道具。

「名は“ルールブレイカー”――あらゆる魔術を破戒する短刀だ」

 士郎とチャチャゼロは言葉が失ったようにオレを見て、エヴァに至っては眼を見開いてオレを見ていた。
 一文で表わした言葉は、エヴァの15年の間、長々と待ち望んでいていた目的に合うモノだった。それも――

「……貴様が私に隠していたのは其れか」

 エヴァにオレが率先して隠していたものだったのだから、オレがあのように言った時の皆の反応は然るべきものだ。

「士郎、この剣についての詳細な力を言ってくれ」 

「――魔力で強化された物体、契約によって繋がった関係、魔力によって生み出された生命を“作られる前”の状態に戻す究極の対魔術宝具」

「ああ、ありがとう」

 この剣については、初めてコレを出した日の後に士郎からチャチャゼロに教えているので、今の説明はエヴァに対してだけのもの。
 エヴァは黙して歪な剣を凝視しながら話を聞いている。

「さて、実の所この短刀については、此方の魔法にも効果があると実証済みだ」

 あの時は思わぬ形で、歪な短剣と出会ってしまった。オレの遊び心が過ぎたせいで、拳銃使い相手に命を落としかねない状況だった。士郎には改めて感謝だ。

「当然エヴァに刺せばサウザンドマスターが残した解呪も可能かもしれない、と推測できるが――」

 言葉を切って、コレが心底と気になっている相手の反応を窺う。

「私の真祖の力が失われるかも知れぬという事か」

「そうだ」

 理解が早いのは、さすがエヴァと。
 エヴァは苦虫を噛み潰したような顔で短剣を見ている。自分を縛り続けている呪いを解く術が目の前にあるが、同時に真祖の力を失ってしまう可能性もあり、それが自分の体にどんな影響を及ぼすかわからない未知の可能性も出てくる。余りにリスクが高い行動。下手をすれば死にも繋がるだろう。今はネギも近くに居るため、将来的にネギが呪いを解いてくれる望みもあるだけに、エヴァが易々と裏切りの短剣を取る事は出来ない。

「エヴァの体については、オレじゃなくてエヴァ自身に聞いてくれ」

「そうか……今は辞めておこう」

 エヴァの生まれ、吸血鬼にされてしまった事、自分に対する想いについてはオレから話すものではない。

「カラドボルグについては、一度エヴァも体験済みだろう」

 右手にある短剣についての話は、ひとまずは保留。次の話へと早々と切り替えた。

「空間すら断裂する力の渦――雷の一撃と言われるだけあって破格の斬撃という所だ」

「エヴァの眼には、そう見えていたのか」

 あの時のオレは遠くに居たコトもあり、到底目で追いつけない事柄だったので薄らとしか印象に残っておらず、オレの中にある知識でしか判断するしかなかった。それでも力が溢れだす感じだけは肌で覚えている。

「見た目以上に範囲が広い。捻じれた剣の軌道周りの無の空間でも、その力は及ぶだろう。防御を施さずに食らえば、そこらの人間なら散りも残らん」

「言われると相当えぐいな。それを手合わせのエヴァに使ったってのも――」

「……申し訳ない」

 項垂れる士郎と、見下すエヴァ。第三者が、この光景をみたらどう映るんだろうか。

「アレを防ぐ手立ては障壁よりも、純粋な力で拮抗する他ない。それも剣の名を呼ぶ本の一秒足らずで同等以上の力をぶつけるしかない」

「お、あの時遠かったのに、士郎が剣の名を呼んだって分かったのか」

「私はそこらの温い魔法使いとは違う」

 何故か怒られるように言われたオレ。今、オレがエヴァに対して言ったのは、からかったんじゃなくて、賞賛のつもりだったんだが……。

「お前達が神代の武具の力を解放する条件は、一に武具に魔力を込め、二に武具の名を呼ぶ事によって力が解放される。そうだろう?」

「その通りだ」

 士郎がエヴァの問いに、すぐに答える。

「それも準備に一秒足らず。さらに込める時間、魔力によっては力も増幅するとみた。後は名を呼ぶだけか。此方の魔法で対抗するには無詠唱呪文でなければ速さが足りない。さらにいうと対抗する最低ラインは古代最上位呪文レベル。それ以上でなければ拮抗すら叶わぬだろう。モノによっては対抗出来そうにないものもあるがな」

 淡々と話した後は満足そうに士郎を見下している。あの一度だけで、エヴァは士郎が居た世界の力について、最大限に理解し尽くしている。相手が未知であろうとも長年の経験で、結論がすぐさまに出せると。さすがしか言いようがない。チャチャゼロは、そんなエヴァに拍手を送っているが、お前が拍手すると嫌味にしかならなくて、エヴァの満足そうな機嫌に不がついてしまってるぞ。

「後は面倒な力を持つ武具は無いのか?」

 エヴァは不がついたままの表情で疑問を投げてくる。

「そうだな……後は武具というよりも、ソレを持つ奴ら全てに面倒な技術や能力を持ってるって所だ。特に七つの仮の名を与えられた存在にな」

 それには、オレから答えた。
 宝具は、あくまでも切り札。仮の名を与えられた彼らには、元々持つ能力事態が範疇の外のものだ。さらに、衛宮士郎が出会った英雄達の宝具は、此処にあるものが全てではない。

「人間が祀り上げた英雄か――つくづく面倒な連中を連れてきたものだ」

「…………」

「士郎が自分の意志で連れてきたって訳じゃねぇと思うが」

「関連性ハ零ジャネェダロ。コイツノ世界ノ奴ナンダカラナ。士郎ガ関係シテネェッテ方ガ薄イ筈ダ」

「……そうだな」

「チャチャゼロはお手厳しい」

 いつもの調子のエヴァとチャチャゼロと違って、士郎の表情と言葉は暗い。しかし、今回の事件については、衛宮士郎の世界から来たという事で非があるとするのなら衛宮士郎しかいない。でも、オレとしては誰にも責任なんてなく、たまたま悪い事が起きた。不運だったが死人も出ずに良かったって言い切れる。

「衛宮士郎の過去の話は後日聞くとしよう。今は待ってる阿呆共に言い訳の一つでも言って来い。貴様が達者なのは、口と愚直さだけだからな」

「酷い言われようだ」

 澄ました顔でエヴァは言ってくるので心に突き刺さるが、幾分も味わってきたので大分慣れてきている。アレ、駄目じゃね?

「……まぁいいか。さてさて、アイツらに話をする前に浴衣じゃアレなもんで着替えたい訳だが」

「チッ……死ね」

 暴言吐いて、さっ、と足早に部屋から出て行った金髪っ子。感慨もなし。

「……何で死ねって言われた?」

「シラネェヨ」



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――6巻 52時間目――

修正日
2011/3/4
2011/3/15

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