side―衛宮士郎―
「大丈夫か?」
「はぁ、はぁ……な、なぜ……いきなり……マラソン大会に……?」
「……桜咲さんに……衛宮……足早すぎるし……体力ありすぎ……」
最後尾に居た俺が綾瀬さんと早乙女さんに安否を問うが二人とも余裕はないようだ。
突然襲撃してくるんだからなぁ。襲ってくるやつは白昼堂々の街中で何をやってるんだか。
――っと、また最前列にいたこのかちゃんを引っ張ってる桜咲さんに向けて投擲武器が飛んできた。
俺が防いでもいいんだが俺たちの正体は出来る限り見せるな、って言われてるしな。
牽制程度だから桜咲さんに全て任せてるけどさ。
「あれ!? ここって……シネマ村じゃん……桜咲さん、シネマ村に……来たかったの?」
シネマ村か。やはり仁の言う通り進むようだ。
これから先の起きるだろう出来事はまだ少ししか聞いてない。
それを言った当人は何処で何をやっているのか。
「すいません! 早乙女さん綾瀬さん。一旦ここで別れましょう!」
二人を巻き込むわけには行かないからな。
相手がこのかちゃんしか狙ってないようだし、ここで別れるのが正解か。
「失礼するよ、このかちゃん」
「ふぇ? し、士郎くん?」
このままだと桜咲さんがこのかちゃんを抱えて行くだろう。
だが女の子にやらせるわけにはいかないので俺が代わって、
このかちゃんを抱えシネマ村の塀を飛び越える。
「CG?」
「その通りだ」
不思議そうな顔をして言ってきたこのかちゃんに対し、咄嗟にそうだと答えたがCGで納得されてもな。
それにさっきは出来る限り敵にわからないようにするって思ってたのに、これだと早速破ってしまってる。
……遅かれ早かれ気づかれるに違いないので別にいいか。
「これだけ人が居れば相手も襲ってくることはないだろう」
ザワザワと溢れんばかりの人が居る。
修学旅行シーズンだから観光所だけに当然だな。
「ええ、さすがに敵もそこまで浅はかなことはしないと……
先ほどから思ってたのですが士郎さんは直接相手にしないのですか?
士郎さんなら敵も楽に倒せそうな気がするんですが」
「……さっきは悪かった。
相手に一人厄介なヤツがいるから仁の言うとおりにやってたんだが、
それもついさっき破ってしまったから、これから先は俺からも動いていく」
「そうですか」
桜咲さんには悪いことしてたな。
……前のことを悔やんでも仕方ない、先のことを考えないとな。
「ネギ君との連絡は取れるのか?」
「すみません、敵の攻撃で連絡が途切れてしまったようです」
ネギ君は狗族の子との戦いに勝ったようだが、
その結果を知った後、すぐにこっちが襲われてしまったんだよなぁ。
そういえばこのかちゃんは何処に?
「士郎くん、せっちゃん〜」
「む?」
名前を呼ばれて振り向いた先には、
――――着物姿のこのかちゃんが居た。
このかちゃんはすごく嬉しそうにしてる。
「お、お嬢様その格好は!?」
「知らんの? そこの更衣所で衣装貸してくれるんえ。えへへ、似合うかな〜?」
「ああ、綺麗だ」
「うっ、士郎くんストレートすぎやー!」
「――ッ!」
間一髪、このかちゃんの金槌つっこみが俺の頭に決まる寸前で受け止める。
このかちゃんは一体何処からその凶器を取り出したのさ。
「そやそや、せっちゃんも士郎くんも着替えよ〜」
このかちゃんは何事もなかったかのように話を進める。
とぼけたような所は少々学園長を彷彿させるとこだな……
「えっ、いえ、お嬢様っ。私はこーゆーのはあまり……」
桜咲さんはかなりの恥ずかしがり屋だな。
こういった衣装を着るのは遠慮したいようだが、
このかちゃんに引っ張られて更衣所に連れてかれている。
俺は誘われたからには自分から更衣所まで行く。
たまにはこういった時代劇風のものを着るのもいいと思うからな。
「いらっしゃいませ〜」
更衣所に入ると店員が営業スマイルで出迎える。
そういったものはファストフード店……
何か被ってるって気がするのは気のせい?
「あ、衛宮士郎様ですか?」
「ええ、そうですが」
店員が何故か俺の名前を口に出す。
敵意は感じないから敵というわけではない。
ってことは……
「こちらに防人仁様から預かった衣装と手紙があります」
「仁か……」
「士郎くんは仁くんから衣装があるんか〜。
そならウチはせっちゃんの衣装探してくるえ」
このかちゃんが桜咲さんを連れて楽しそうに衣装を選びに行く。
俺は店員が運んでくるものを待たないと――すぐに衣装が入ってあるであろう箱を持ってきたな。
仁という事は箱の中に入ってある衣装はアレしかない。
果たしてあの格好が今の俺の姿かつこの場に合うのかどうか。
とにかく渡された箱の上にある手紙の内容の確認だな。
『士郎、お前のことだから出来る限りに敵にばれないように行動しろというのは破っていると思う。
これは別にいい。次に服のことだが着といてくれ。士郎が何処にいるか把握しやすくなるからな。
それとこれからの動きだが――』
俺の行動を仁は予測済みだったのか。
手紙の内容は……アイツはしっかりと考えてるようだな。
巧くことが運べばいいのだが……まず着替えよう。
「すみません、もう一つ渡すものがありました。少々お待ちください」
着替えようと更衣室に入る前に店員に止められる。
渡すものとと言われても手紙と衣装以外に何があるんだろうか。
「お待たせしました。……大変可愛らしいお人形ですね」
仁の奴、チャチャゼロを置いていってたのかよ。
店員が苦笑いして連れて来たということは、
もしかして店員に聞こえるように暴言吐いていたのか?
それに仁は何と言って預けたんだろうな……
「仁ノ奴置イテキヤガッタ」
「許してやれ、アイツはアイツで大変なんだろうからな」
チャチャゼロは随分とひねくれてる様子。
仁の悪口をぶつぶつと言ってるのがこっちまで聞こえてるぞ。
――っと、着替えないと遅れてしまいそうだ。
着替え終わってからチャチャゼロの機嫌をとらないといけないしな。
更衣所から外に出るとこのかちゃんと桜咲さんは先に着替えて俺を待っていた。
チャチャゼロが暴言を吐かないよう、機嫌とるのには時間がかかった……少し待たせてしまったな。
「し、士郎くんそのカッコは……?」
「やはり似合わないか?」
「ううん、何や前から着てるカッコのような感じがしたん」
前から着てる格好か、ということは別に違和感ないのかな。
場所が場所だから俺と合っていても駄目な気がするけどさ。
外套の方はそのままだからそこは自ら応急処置して合わせたけど、
他は着てみて採寸がピッタリ合ってるのは驚きだった。
仁はいつの間に俺の身体データを取っていたのか……
だけど頭のどこかでデータを取っていたのは仁じゃないと思ってるのは何でだろう。
「チャチャゼロくんも一緒に行くんや」
「仁ガ置イテドッカニ行キヤガッタカラナ。マ、ヨロシク頼ムゼ」
このかちゃんが俺の頭の上に居るチャチャゼロと会話する。
本当にチャチャゼロの機嫌がとれて良かった。
更衣所であったままの状態だとこのかちゃんの前でも物騒な言葉を連発してただろうからな。
どのような言葉で機嫌を取ったのか……悪いのは全部仁だから俺は後のことは知らない……
せめて次に別荘に行った時に紅い魔槍の餌食にならないように祈ってあげよう。
「なぜ、私はこのような格好に」
俯き黙っていた桜咲さんが口を開く。
桜咲さんの格好はこのかちゃんと同じような『着物姿』になっていた。
そして髪型も変えてしっかりと整えている。
いつもの鋭さが目立つ桜咲さんとは違って可愛らしい感じになってるな。
だが桜咲さんがいつも持ち歩いている夕凪が全くと言っていいほど似合わないぞ。
「その格好だと動きにくいだろうから俺が頑張らないといけないな」
「あぅ、すいません士郎さん」
桜咲さんはずっと俯いてるが慣れない格好で恥ずかしいのか。
なんとなくこのかちゃんは桜咲さんを男装させると思ってたんだけどな。
――馬の地を蹴る音と鉄が地を駆る音が近づいてくる。
「……早速来たようだな」
「っ!?」
「――ひゃあっ」
激しい音を立てる馬車が俺たちの目の前で止まり、
一人で客席に乗っていた者が馬車から降りる。
「どうも――神鳴流です〜」
桜咲さんと同じ流派を名乗る女の子。
駅のホームでも見たがこの子が『月詠』だな。
月詠もこのシネマ村とは合わない格好だが何故か違和感がないぞ。
「じゃなかったです。
……そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人でございます〜……」
おや? シネマ村とのことだから劇に見せかけて、
このかちゃんを連れて行くのかと思ったんだが台詞が止まってしまった。
「……剣を持ったお姫様に赤髪の旦那さん、
今日こそ借金のカタにそちらのお姫様をもらいにきましたえ〜」
俺が居たせいで止まったのか。
だけどすぐ台詞を思いついたみたいだな。
感情も篭ってるし立派な役者さんになれるぞ。
「士郎くん、せっちゃん、これ劇や劇、お芝居や」
このかちゃん本当に嬉しそうだな。
……そんなこと考えてる場合じゃないか。
月詠に何か返した方がいいな。
「ふむ、借金のカタとは言え、そのような事をされては私が困る。
この身は姫を守るためだけに在るのでな」
「口調ガ違ウゾ」
ん? 口調が違うって言われても、
俺は普通に言ったつもりだったんだけど……
言われてみればオカシイとこもあったような気がするな。
「そないな人形を頭に乗せて凄まれてもー」
確かに。チャチャゼロを頭に乗せた状態だと迫力が激減だ。
このかちゃんか桜咲さんに渡してから台詞を出した方がよかったか。
「……旦那さんの情報はウチらにはありまへんでしたな。
仕方ありまへん、旦那さんを倒さなそちらの剣を持ったお姫様と戦えんようやし」
月詠は左手の手袋に手をかけ――こちらに投げ渡してきた。
決闘か、この場所的に何故果たし状ではなく手袋なんだ……
俺と月詠の格好が格好だから別にいいのか?
「このか様と刹那センパイを賭けて決闘を申し込ませて頂きます。
30分後、場所はシネマ村正門横、日本橋にて――
見る限り旦那さんは逃げまへんようで安心やけど、そちらのお姫さま2人も連れて来なきゃあきまへんえ。
ほな、来るときは助けを呼んでかまいまへんえ〜。それでは『刹那センパイ』」
月詠は最後の一瞬だけ殺気を放ち馬車に乗って去っていく。
それに桜咲さんに随分と固執してるようだったな。
む、このかちゃんが月詠の殺気に当てられて俺の後ろで怯えてしまってる。
「このかちゃん大丈夫か? ――ん?」
何処からか走り去っていく馬車とは違う地鳴り。
「衛宮にしてはノリノリな演技だったんじゃない!?」
「『この身は姫を守るためだけに在るのでな』っていつもと全然違うじゃん! カッコつけすぎー!」
「不思議な格好をしていますね士郎さん」
朝倉さん、早乙女さん、那波さんが同時に素晴らしい速さで俺に迫って来た。
三人とも嫌な笑顔だ……最初から見られてたのかな。
前の二名、朝倉さんは事前に止めれるとは言え、
話を広げる要因になり得る人物だからできれば俺の所は見られたくなかった。
さらに三人の後ろには村上さん、長谷川さん、綾瀬さん、委員長さんがいるな。
こちらは前の三人の勢いに負けて俺の方まで来れないようだ。
早乙女さんと綾瀬さん以外は店の衣装を借りてるな。
委員長さんの衣装はとても歩きにくそうだ。
「で、日本橋いくんでしょ? こりゃぁ私達も参加しないといけないねー」
「よっしゃ! 野郎共、お姫様を守る衛宮に助太刀だーっ!」
オーッって……ここまで流れが乗ったら俺には止められようがないか。
まぁ、止めるつもりは始めからなかったけどさ。
「士郎さん、まずいのでは」
「いや、止めても無駄なだけだ。このままみんなを連れて行こう」
桜咲さんが皆の勢いがある様を見て納得する。
では日本橋に向かうとしようか。
ところ変わって日本橋前。
早乙女さんと綾瀬さんもちゃっかり着替えてたな。
そろそろ時間のはずだが……
「士郎さん、刹那さん、大丈夫ですか?」
「え、ネギ先生どうやってここに?」
月詠より先にちっちゃな式紙のネギ君とネギ君に乗ったカモが現れた。
ネギ君は桜咲さんの気の跡を追って来たと言っている。
西洋魔術以外でも簡単に使ってくるとは優秀で羨ましい限りだな。
「俺達は大丈夫だ。その様子だとそちらは無事のようだな」
「はい、今は少々休ませてもらっていますが」
「それより何があったんでい、士郎の旦那?」
「それはすぐにわかることだ」
「ふふふふ」
笑い声、早速来たようだ。
戦闘前にしなければならないことがあるな。
「早乙女さん、チャチャゼロを頼む」
「ウォッ」
頭に乗せてるチャチャゼロは早乙女さんに投げ渡す。
チャチャゼロを乗せたまま戦闘を開始するとチャチャゼロが危ないかも知れないからな。
まぁ、傷を負わせない自信はある……が決闘申し込まれる前のように言われると嫌なのが本当の所か。
「わかったわ」
「オレヲ投ゲルトハイイ度胸ダ。後デ覚エテロヨ」
ちょっと投げ渡したぐらいいいだろうに。
それぐらいで悪口言われるのは勘弁だぞ……
「――ぎょーさん連れてきてくれはっておおきにー、楽しくなりそうですな。
ほな、早速はじめましょうかー。二人のお姫様はウチのモノにしてみせますえー」
淡々と話す月詠。
不穏な気をだすのが得意なようだな。
そんなにこのかちゃんに向けると怯えてしまうじゃないか。
「し、士郎くん……あの人なんかこわい……気をつけて……」
「大丈夫だ。この身は姫を守るために在ると言っただろ?
――故に俺は姫を守るための剣となろう。安心してくれ」
「……士郎くん」
「むー。良いとこ取りすぎですな〜旦那さん。
とりあえず、そちらにいる子のためにウチの可愛いペット呼んどきましょーかー」
月詠は決闘に参加をすることになった委員長さん達を指し大量の符を周りに散布させる。
あれが月詠の出す式紙か。ここまで『順調』のようだな。
「ひゃっきやこぉー」
「なっ……! 何このカワイイの〜!?」
月詠の大量の符は大量の式紙を呼び出す。
式紙のデザインは早乙女さんが言うとおり可愛らしいものばかりだ。
周りの観客もこれを見てCGか? と騒ぎ始めてる。
ここの世界の人はCGで納得するものなのか。
「士郎さん、これは――っ」
桜咲さんが周囲を見渡しながら言う。
委員長さん達の相手をする式紙は……猿の時と同じく破廉恥だな。
俺からは内容の詳細は言わない。
「桜咲さん、ネギ君を等身大に出来るか?
出来るならやった後、動きやすい『ネギ君』に先導させて
桜咲さんも一緒にこのかちゃんを逃がしたほうが良いようだ」
「え、あ、はい」
慌てて桜咲さんはミニサイズな式紙のネギ君を等身大にする。
少しは疑われると思ったが現状がこれだから大丈夫だったな。
「行け」
桜咲さんに向けて言うと同時に月詠に向かって俺は跳ぶ。
加えて、陰陽の剣の投影をすぐさま完了させる。
「にとーれんげきざんてつけーん」
月詠の声に覇気は感じない。
しかし、月詠の右手の大刀と左手の小刀からは上等な剣撃が飛んでくる。
躱して反撃に出るのも良いが俺の二刀で防ぐ。
実力は十分なもの。今の仁とどちらが上かな。
「旦那さんから闘気が全然感じられまへん。
今の動きも見ても大したことあらへんしその程度の実力なんですかー?
しかも刹那センパイを逃がしてしまって……許しまへんえー」
怒られてしまった。
攻める勢いが増してきてる……
はぁ……やっかいな役目になってしまったな。
『――それとこれからの動きだが、まずは月詠がお前達の前に現れ決闘を申し込む。
刹那が決闘に受ける予定だったが士郎が受けろ。
その後、少し時間が経てば委員長の班が来る。
委員長達もかまわず月詠の言う場所まで連れてってやれ。
決闘が開始すれば月詠が式紙を出す。その時までに既にネギが居るはずだ。
もしネギが居なければ刹那に何処かこのかと隠れやすい屋内に逃げろ。
居る場合はネギに誘導させて刹那とこのかの三人で逃げろと言ってくれ。
フェイトしかオレ等の事をわかってないとするとそれほど違いは出ないだろう。
月詠に対して決して実力は見せるなよ。そして最後は――』
仁の悪知恵通りに動いてるか――では最後に向けて全力で事を成そう。