1 現実と運命と

 

 

 状況を整理しよう。寝る前までオレは自分の家に居たはず。記憶がハッキリあるから間違いない。
 寝る前は講義が無くなって、仕方ねぇから本屋行って、漫画購入して、家でぐーたら過ごしていた。うん、ダイジョブ、完璧に覚えてる。意識がはっきりしてる上にやった内容もキッチリ覚えてるから頭の中は正常だ。
 何よりも言いたいことは、

「寝た感じがあるのになぜ夜? 昨日は自分の部屋で過ごしていたのに……何故に森の中?」

 疑問の答えは返ってくる気配もなし。
 現在、オレが居る所は闇が覆う森の中。子どもが居れば泣き叫ぶような雰囲気が辺りを漂っている。

「フム、オレはいつのまにか夢遊病になっていたのか。医者んとこ行かないとなぁ」

 頭に浮かんだ該当しそうな病症を口に出す。コレ以外に考えられないし、そもそも医者目指してる訳でもないので知識もない。もしもコレなら厄介過ぎる。寝てる間に勝手に身体が動く病気だったよな? 医者のとこに行って治るもんなのかね。通院先は内科か? 外科か? 精神科か?

 もう一つ病気とは別に拉致という言葉が頭をよぎった、あんなボロアパートにわざわざ拉致しに来る馬鹿はいないだろう。オレの家は隠し財産がある訳でもないし、オレ自身、苦学生ではないが、それでも富豪じゃなく極々一般的な財産しかない学生である。

「とりあえず、熊とかに襲われたら大変だ。ここを抜けないと」

 夏場の森は獣が怖い。熊なんて対峙したらビビるなんてもんじゃない。稀に人が熊を投げ飛ばすなんてのも聞くが、オレは格闘技どころか通信空手もやってない。高校で柔道の授業で戯れてたくらいだ。

 しかし、夜中の森は不気味すぎて怖すぎる。この場を迅速かつ安全に退くために――

『ガァァァァァァァァァァァ!!!』

 ケモノの叫びが辺りに響いた。
 安全に退くと考えてた矢先にコレとは運がないどころじゃない。しかも今の叫びは今にもオレを襲いにくると言わんばかりな訳で。

「シャレにならんぞこのヤロウ!!」

 悪態づいてケモノの叫びが聞こえた反対方向へと、未だわからぬ相手から逃げるため駆け出した。

 

 

 

 

「ぁ………はぁ……これだけ……離れれば……大丈夫……か?」

 数分走った。呼吸が乱れてる。
 全力で走り抜けるなんて何カ月振りか。元々体力がある方じゃねぇし辛い。こんなコトになるんなら高校の時から柔道か剣道部にでも入っておくべきだった。

 木にもたれかかって辺りを見渡す。景色は不気味な森の中で、起き上がった時と変わりがなかった。
 出口は何処か。安心できる場所が欲しい。速く逃げ出して人通りが多い場所に行きたい。せめて人と会えれば、少しでも気が和らぐのに。
 こんな森の中で人と会うのは無理だろうな、と思いながらも体をじっくり休ませる。
 遠吠えのような声も聞こえなくなったお陰の休息だ。呼吸が落ち着いたらすぐに森を抜ける道を探そう。

 手に当たる草の感触が少し嫌になる。獣とかでない森で、夜ではなく昼だったらハイキングとかに最適……ではないか。幾らなんでも木が茂りすぎて恐い。

 ブチブチと、手に引っかかる草を数本引っこ抜いて、やり切れない気持を落ち着かせる。それに疲れてはいるが少しでも体を動かして誤魔化さないと平常心を保てそうになかった。
 パニックだけは起こしちゃ駄目だと何度も自分に言い聞かせ、ゆっくり、ふぅ、と深呼吸し呼吸を整え、抜いた草を見つめる目を離し見上げると

 

 

 ――そこに【異形】が現れた。

「は……夢ならもう覚めて欲しいんだけどな」

 しかし、この疲れと緊迫した空気は決して夢ではないと感じ取れる。
 目の前に身の丈2メートルは楽に超えようかという異形の生物。そのナニカについて何か分かり易い単語で表わすなら‘鬼’と表わすが適切だ。

 オレの体は疲れでいうことを利かない。どう足掻こうとも万事休す。熊どころか鬼は予想外過ぎる。何より体格差が絶望的だ。その拳で殴られればぐちゃぐちゃになるんじゃないかって思うぐらいにさ。それに加えて鬼の息の荒さで恐怖が込み上げてくる。

 こういう時って走馬灯が頭ん中で巡るんじゃないのか。

 阿呆なコト考えている内に目の前にいる鬼が近づいて来てる。
 見たこともない姿、見たこともない魔の手。それがオレの体を数秒も経たん内に跡形もなく粉砕するんだろう。

 ――――ヒュン――――

 風を切る音が聞こえた。目の前の鬼がオレを薙ぐために出した音?

 そうではなかった。目の前で鼻息荒くしていた鬼は居ない。
 何処に行ったのかと見渡す。助かったのかと、安堵が混じった思いで四方に眼を配らせる。

「あ……」

 よく見れば右側面に鬼はいた。それも10mほど先の木で、鬼が木に縫い付けられたかのように静止していた。
 鬼は小さく呻き声を上げてもがいている。己れの胸の“何か”を取ろうとするように。

 何だ?

 森は暗い。だが目を凝らせば次第にソレが見えてくる。

 矢……?

 細い棒が鬼の胸に突き刺さっていた。鬼が刺さっている胸の部分とは逆の先端に、羽根飾りのような物がついているため、それは矢であると思った。

 ――――ガッ――――

 音が更に一つ。今度は何であるかは分かった。見ていた鬼の頭に矢がもう一本刺さっている。刺さる瞬間は分からなかったが、刺さっている事実はきっちりと眼で理解していた。

 さらに一呼吸終えると同時に鬼に刺さった二本目の矢が光を放ち、轟音を辺りに響き渡らせて鬼は姿を消した。

 

 

 

 

「ハハハ、遠坂怒るぞ」

 アイツが何処かへ俺を飛ばしたのはすぐに理解した。あの場面で俺を逃がすのなら飛ばす以外に有効な選択肢は無かったから。
 そこまではいい。だがコレは何だ。何処かに飛ばされたにしても――これはまずいだろ!?

 現在位置は地面から遥か上空。さっきまでのしんみりした空気を跡形も無く吹っ飛ばす程に、この身に風が当たる。
 非常にまずい状況。まずこのまま落ちたら普通の人間は命を落とすことになる。だが、この身は<魔術師の端くれ、普通の人間とは異なる。
 しかし、本当にひどすぎるぞ。これが遠坂特有のうっかりならば大概にして欲しい。

 幸いなことに下は森。幾らか強化して枝をクッションにして強化すれば大丈夫か。とりあえず、何かしなくては死ぬのだけは確かだ。

「―――同調、開始トレース・オン

 身体に魔力を通すと同時に剣を一振り投影する。
 間もなく体が木々にぶつかり、体と接触した枝は次々に折れ、激しい音を鳴らす。

「くっ……っ……」

 地に着地音が重く響く。

 一応は無事に両足で着地できたようだ。続けて体に異常はないかと確認するが、傷も見当たらない。
 ホントに無事で良かったと落ちてきた空を見上げる。うっかりで殺されてしまいましたは洒落にならない。

 辺りを見渡してみれば、空からも見ていたように此処は森のようだが、さっきまで居た森と同じか? しかし、見渡せば見渡す程何処か違うように見える。

 今しがたの出来事を思い返してみる。不思議な感覚だった。飛ばされたって感覚は在るが、今までの経験には決してない現象。同じコト、いや、似たようなコトを試そうとしてもどうも出来そうにない。

 

 あれ? 不思議といえば、何か変だ。そういえば視点が低い気がするし、衣類もぶかぶかだ。いつもは締まるような着心地の自分の衣装が、手を隠そう、靴を隠そうと言ってるようだ。
 鏡か、それに代わる何かがあればいいんだが……投影すればいいけど、拒否反応が出る。無駄な魔力を使うなと守銭奴うっかりに怒られそうな――

 

『ガァァァァァァァァァァァ!!!』

 ――今のは――っ!?

 何かに狙いを定めたようなケモノの声。
 嫌な予感がする。人が襲われているという最悪な展開が何故か浮かんでくる。
 ならばこの身は一刻も早く動かなければならない。

 駆ける。最悪の結末が出る前に。 

 

 

 

 

 ――やはり誰か襲われていた。
 勘が冴えて良かったと思うと同時に、その危機に対して備える。眼に映るソレは思い描いていた展開になりかけていたのだ。
 間に合うか、いや、間に合わせる――っ。

「―――投影、開始トレース・オン

 投影するのは最速で引き出せる弓と矢。

 俺から倒す標的と守る標的が遠すぎる。
 武器はコレ以外に選べないない上に、木々を潜り抜けて正確に射抜かねばならない。許されるのはこの一矢のみ。失敗などもっての外。

 ――外す道理などない。

 自身が可能な最高の速度で、構え、射た。
 矢は風を切る音とほぼ同時に標的の胸を射抜いていた。

「何だアレは? 鬼か……?」

 射抜いた標的を見て今まで見たこともない姿だと呟く。
 だが、ただこれだけ、人に害為す存在だとはわかる。ソレの人と比べば桁外れの腕で人を潰そうとしていたのだから。

 両目が潰れてるせいか、射抜いた鬼らしきモノの気性が荒い。射抜いた矢が浅かったのか、胸を射抜いてもアレには息がある。
 胸の矢を抜かれて、再び襲いかけられるのならば厄介だ。

 二本目の矢を投影する。今度は別の矢。完璧に鬼を葬るために備えた矢である。

 一呼吸だけ置き、矢を放つ。
 手を離れた矢は鬼の額へと吸い込まれた。

“―――壊れた幻想ブロークンファンタズム

 頭の中で言葉を紡ぐと、二本目に射た矢が爆発する。
 まじないと同じ言葉だが、それだけで十分の言葉であった。
 鬼を留めてた木を倒し、爆発で撒きあがった煙が晴れた後には、滅しようとしていた標的の体が跡形もなく消え去ったという事実だけが残った。

 これで一まずは大丈夫だろう。次は襲われていた人の様子を見に行くべきだ。
 さっきの鬼は気性が幾らか荒れてはいたが、それほど驚異でもなかった。それに対処できなかったってコトは襲われていた人は恐らくは一般人。あんな化け物のような姿を見たせいで、下手をすると錯乱状態に陥ってるかもしれない。ならば落ち着かせてるのは俺の役目だろう。

「大丈夫ですか?」

 駆け寄って木の寄り掛かり座っている人へと声を掛ける。
 突然の声に驚いたのか一瞬震え上がって、鬼が居た所から俺を確認する目の前の人物。
 見ればまだ若く、少年と言える年頃だ。歳は中学生か高校生ぐらいだろうか。

「衛宮……士郎………?」

「なっ……」

 驚く。助けた人は俺の記憶には全くない。では何故この男は俺の名を呼べたのか。
 記憶にない人に自分の名前を呼ばれる、おかしいことこの上ない。普通の日常ならば、忘れていただけと思うかも知れないが、この場は普通ではなかった。
 力ない者だとは、思いながらも身構える。俺を見上げる男を慎重に観察した。

 

 

 

 

 助かったみたいだ。それにしても今のは……爆発? 手榴弾か、それとも別の爆薬か? 
 ……やっぱり考えてもわからない。今の光景で、頭に引っ掛かる部分もあるが、思い出せない。思い出せそうなだけに、もどかしい。

「大丈夫ですか?」

 不意に飛んできた人間の声に体が震え上がる。
 そうだ誰かが助けてくれたんだ。オレが今の状況から考えだせるのはそれぐらい。

 声のする方へと振り向く。助けてくれたのなら礼をせねばならな――――い!?

 な、何だコイツは? 見たことある気がする赤髪に異様な赤い外套と黒のインナー。
 そういえば、さっき矢が光を放って爆発した。ならばアレは壊れた幻想か? だとしても何故この男が使える。アレが使えるのはコイツでなく、同じ服を着た同じ男であってコイツではなく……おい、狂ってきたぞ。そもそもコイツがこの格好なのがおかしい。いや、しかしコイツは何処をどう見たってあの――

「衛宮……士郎………?」

「なっ……」

 ああ、口に出てたみたいで、しかも当たりのようだ。図星というか顔に出易い奴だコト。

 オゥケィ。もう一度整理しよう。余り認めたくないが、コイツは衛宮士郎だ。それであの鬼も本物だったと。ドッキリなんてもんは考えない。あんな恐怖がドッキリでした、だったら企画した奴の顔面の形が変わるまでぶん殴るぞ。
 それに、何よりあの爆風がリアルであったのが現実であると決定づけてる。巻き込まれてたら絶対に死んでた。

 とりあえずここに衛宮士郎が居ると言うことは、この森はアインツベルンの森ってコトか? つまりは“運命”の世界に来たってことか。
 アレ? やっぱり夢じゃね? もうあれだ、オレ死亡決定? コイツに関わったら十中八九死亡ルート一直線な気がするんだが。死ぬのは勘弁なので夢といって欲しい。いや、どう足掻いても鮮明すぎて夢と思わせてくれないんだけどさ。

 よし、今は助かったんだ冷静になれ。オレよ、落ち着いてくれ。

 この世界には、あかいあくま、が居てオレのコトを知られれば実験材料にされるかも知れない。むしろ裏の世界に関わった時点でアウトっぽい。まぁオレの好きな世界にこれたってのは嬉しいのが少しあるけど、死ぬのはやっぱり御免……ってこの判断は冷静か?

 あ、目の前の人物をほったらかしにしてた。

「すまん、とりあえず助けてくれた正義の味方にはお礼言わないとな。ありがとう」

「いや、当然のことをしただけだ……それよりも」

 目の前の人物、衛宮士郎が渋った顔をしてオレの方を見る。その表情は得体の知れないものを見てるって感じだ。もしかしたらオレもそんな感じで見てるかもしれんが。

「何でお前の名前を知ってるかってことか?」

「ああ」

 衛宮士郎に言っていいものなんだか、コイツは顔に出るタイプで嘘もつけない。それは時によっては最悪の事態を招く訳であり、オレの存在事態を嘘で塗り固めなければヤバイと思うので……いやいや、衛宮士郎はいいやつだ。本当のコトを言うべきか。命を助けてもらった礼もある。短絡だけど、どうかこの決断は間違いじゃないってことになってくれ。

「士郎、正直なこと言うとオレは異世界からきた」

「え?」

 普通なら頭がオカシイって言われそうな発言だけど、目の前のコイツからすればそうでも……あるか? まぁ、何でオレがこんな場所に居るのか分からんが。

「もっと詳しいことを言うと第5次聖杯戦争のうろ覚えだが知識がある。しかもほとんどがお前視点でな」

 一気に迷いなく発言する。
 あれ? 聖杯戦争のことを知ってるって言っていいのか?
 ……いいだろ、さっきのは恐らく投影、しかも一瞬にしてあの化け物を吹っ飛ばした。どう考えても聖杯戦争時点での士郎ならば考えられない。

 

 じゃあ何故、言ってはいけないと思った?

 ――未来の事は話さない方が良い。

 これに関しては、ただオレの勘が告げた。

 

 自問自答を頭の中で繰り返す。

 またもや目の前の人物をほったらかしてしまった。今は意味不明だ、という顔をしてこっちを見てる衛宮士郎。その頭の上にハテナマークが沢山見える。
 士郎視点って分かり易くいったつもりだが、やはり駄目か。というか分かりにくかったような気もする。

「どういうことだ?」

「うーん、オレの居た世界ではお前が主人公となったゲームがあってだな。ちなみに金髪の大喰らいの少女か、赤くて猫被りのあかいあくまか、一つしたの可愛い通い妻の後輩の誰と好き合ったかは知らんが……お前と誰かかの秘話の話も出来るが」

 これは更にわかりやすい説明だと思うが、士郎にとっては現実味が全くない回答。だが士郎の顔が真っ青になっていく。今度は比較的身近で分かり易い例えの人物を挙げ、特定の話をできると言ったせいでだろう。これを話して、もし士郎の記憶とオレの話が合ってたら大変も大変。青くなるのは無理もないと言えよう。

「いや、わかった。信用するからしなくていい……」

「物分りいいやつで助かる」

 フッ、さすがにオレからあの話はするのは嫌だぜ。オレはそんなに神経が図太いって訳じゃない。もし話をすれば恥ずかしすぎて死んじまうね。

「士郎、ここはアインツベルンの森か? 道わかるなら案内して欲しいんだが」

「それなんだが……遠坂に飛ばされたからはっきりしたことはわからない。」

「なにぃ! うっかりスキル大暴走だとッ!?」

 なんてこったい。まさかオレだけじゃなく士郎まで飛ばされているとは……どういう事情でだ?
 ……とにかく、ここは得体の知れない場所の可能性が高い。幾ら壊れた幻想が使える士郎が居ても、未知の場所は危険すぎる。 

「でも、遠坂ならうっかりでも、自分でも手がかりのある場所に飛ばしそうなものだが」

「うむ、確かにうっかりでも、遠坂凛は用意周到な人物で聡明な人物だしな」

 本人が聞いてたなら二人ともブッ飛ばされるコト間違いないが、居ないと見込んで好き勝手言う。
 しかし、ホントにどうしようか。あの鬼だってイッパイ出てきたら、お荷物のオレが居る今、士郎も大変になるだろうし。人の足を引っ張るとか、男として悲しいコトこの上ない。

「士郎、とりあえずこの森を出ないといけない。さすがにあの鬼のようなのと会うのは御免すぎる」

「賛成だ」

 賛同も得た所で、行動を開始するとしよう。今は人が普通に歩き回る街がとても恋しいのだ。

「士郎はそっちから来て、オレがあっちから来たから一まずは――」

「貴様ら! 何者だ!」

 オレでも士郎でもない第三の声が割って入って来た。
 高い声のする方へと振り返る。そこには金色の長い髪の少女と薄い緑がかった少女が立っていた。

 何コレ? 夢?

 

 

<<BACK  NEXT>>

TOP  SUB TOP

2008/10/25 改訂
2010/7/21 改訂
2011/3/12 最終修正

fateで凛に召喚されたアチャって痛そうだと思う。

inserted by FC2 system