3 妖怪爺

 

 

 現在の時刻は真夜中。現在位置は学園長室前と札がある扉の前。この扉の向こうには妖怪とも仙人とも言われる人物がいる魔境。気をしっかりもって行かねば食われるかもしれない。いや嘘だけど。
 とりあえず反応楽しみだし、士郎を先に行かせてみるか。

「ジジィ、入るぞ」

 エヴァが慣れたように先導して扉の先へ入り、その次に茶々丸、そして士郎が入ろうとする。

「失礼しま……!?」

 期待通りの士郎の焦った反応が見れる。
 一度その相手を見て、目をこすり再び相手を見る士郎。何度確認しようともその相手の姿は変わらんよ。

「仁……妖怪がいるぞ」

 士郎がやたらに後頭部が長い老人に示して小さな声でオレへ告げる。両手の構えが投影しそうで怖いぜ。しかしもう下の名前で呼んでくれるとは嬉しい限り、ではなくて。

「待て士郎、ここは入る前にも見たとおり学園長室だ。妖怪がここにゆったりと座ってるはずがないだろ。即ち妖怪に見えるが一応は人間ってやつだ!」

「そ、そうか……」

 安心した所で学園長の席の前まで士郎と一緒に移動。
 エヴァは後ろのソファでどっしりと座り、茶々丸がそれに付き添うように座った。

「フォフォフォ、初対面なのに手厳しいのぅ」

 どうやらやり取りが聴こえてたようで、妖怪爺が落ち込んだ。奴も人の子……か?
 まぁオレも知ってなかったら絶対にびびる。何故後頭部があれほど成長する、というかある妖怪に酷似した姿になる。そうか、魔法の力か。そしてあの後頭部に魔力を凝縮して妖怪のように力を……

「妖怪ジジィ、こいつらが結界に反応があったやつらだ」

「そうかそうか、ふむ」

 ぬ、妖怪爺さんに対して金髪少女のエヴァさんが悪意を押してつけてるというか、最初に付け足した単語が悪ふざけしてたオレよりも一層と嫌悪感を押しつけてるように聞こえた。爺さん相手にも躊躇い無い毒吐き、さすがエヴァさんだぜ。
 だが、目の前の妖怪爺さんはそれに動じた様子はない。つまりさっき落ち込んだのは演技? そうなら中々やりおる爺さんだ。

「こっちの赤髪が衛宮士郎で、こっちの青髪が防人仁だそうだ」

 後ろに座ってるエヴァが士郎とオレの名をつまらなそうに呼び挙げていく。
 それにしてもフォフォフォって、この爺さんは何回笑えば気が済むんだ。この爺さんからフォフォ笑いとれば……なんでもいいか。

「ワシはここの学園長、近衛近右衛門じゃ。どうじゃお主らここで働くか生徒としてやっていかないか?」

「「は?」」

 士郎と声がハモる。
 そりゃあ相手が予想だにしてない質問をしてきたから仕方ない。てっきりオレ達がどんな奴かとか何をしにとか聞いてきそうもんを、この爺さんは斜め上の問いかけをしてきやがった。

 しかし、いきなり働くか生徒? 何故この二択なのだ。働くのは別段問題ない、生きるためには必要なこと。生徒は……大学も行ってたから大丈夫か。
 いや、この爺さんを甘くみるな。どちらの決断にせよ厄介なコトになる気がする。ここは選択肢を決める前に巧く相手の意図を聞き出すべき。それもオレが此処の世界について知ってるコトを悟られないように。

「働くか生徒って、生徒になるならここは大学とかありそうなので大丈夫そうです。ですが働くのは……オレはまだバイトの経験しかありませんし、士郎は見て分かると思いますがまだ高校生ぐらい、下手すりゃもっと下に見える年ですよ?」

 衛宮士郎は童顔。会う前から知ってる知識。会った今は、その通りと言うしかなかった。
 とにかく、これは自分でも高く評価できるぐらい普通な感じに説明――

「え? 仁、高校生って?」

「ありゃ? 士郎、高校生じゃないのか?」

 爺さんより先に隣の男が言葉を出した。
 そうだ、こいつに会ってから格好が変だと思ってただろ。やけに体に合ってないアイツと同じ違和感がありありの服装。こいつがこの見た目ぐらいの年齢でコレを着るコトがあるか? 実際着てるのだから、事実は否定できないが……というか、こいつ歩きにくそうなのに気にしないで此処まで来たよな。

「何を言っている貴様ら。特に青髪の、貴様もそっちのと同じくらいだろ?」

「…………?」

 後ろでジトっとした目で面倒だー、とでも言いたそうに座ってるちっこい子に言われた。
 そういえばオレって青髪の突然変異したんだっけか、まず確認しないと。

「学園長、鏡ありませんか?」

「ふむ、そこにあるぞい」

 ぞい? いや、とにかく鏡っと。
 丁度よく全身を確認できる鏡だな……………………誰だ? 指をさすと鏡の向こうの青髪の人が動く。手をひらひらと顔の前で動かせば、やはり鏡の向こうの人も同じように動く。つまりオレがお前で、お前がオレで?

 ……ハハー、まるで別人ですね。以前のオレから幾らかランクアップしてるのは間違いないようだ。鼻で笑う姿が憎たらしい。

「なんでさ……」

「お約束なセリフだな」

 士郎もオレと同じように自分の姿を確認して、口癖を声に出していた。
 あ、やっぱりぶかぶかの衣服は邪魔くさいのね。正そうと試みてるけど裁縫道具ないとそりゃ無理だ。

「どうしたんじゃ?」

「えーっと、オレは若返ってるって言えばいいのかね」

「俺も若返ってます。それにここに来た時からわかってたんですが身長がかなり縮んでます」

 若返って身長がかなり縮んでる? それにこの服装ってことは士郎の年は実はかなり上? フフ、これは戦力の期待大。オレの寿命は伸びるコトが約束されてきた。
 しっかし、何でこんな体に……しかも二人揃って変化ってな。
 ……駄目だわからん、これは後回し。

「ふむ。ここに来た時という事はどういうことじゃ?」

 そうだった、エヴァ達には言ったけ爺さんにも言っといたほうがいいか。これはオレが一目見たときの印象だが、この爺さんは信頼できる気がする。これが良し悪しどっちに転ぶか……自分の勘を信じよう。

「説明してませんでしたね。エヴァと絡繰には言いましたがオレ達は異世界から来たんです」

 決して得意ではない敬語を使うのは大変だ。だが、敬語は初対面の人に好印象を持たせるために重要。いつまで持つかは自分でもわからなく、多分長くはない。何故なら目の前の人が人だからだ。

「ほぅ、異世界とな」

 爺さんが目を光らせてオレ達を見る。そしてその何とも言えない、しいていうなら奇妙さに拍車がかかったような表情が怖いぜ。

「はい。えぇと異世界の説明は……士郎、さっきオレが説明したから頼む。似たように説明すれば問題ない」

「ああ、了解した」

 メンドイからとは決して言わない。士郎に任せても今の落ち着いてる士郎なら大丈夫だろう。

「座らせてもらうぞ」

 一言挨拶を入れて金髪少女と大人しいロボットとは別のソファに座る。

 座ってやっと休めたって実感が湧いてくる。この短時間で色々ありすぎてホント疲れた。鬼のような物体に会うわ、異世界に来るわ、思ってた異世界とは違うわ、でもやっぱり来た世界はオレの知ってるとこだわ、で大変すぎた。
 それでも頭の中はそれほど混乱してない、これは凄いとこだと自分で褒めたいとこだ。

「馴れ馴れしいな。まぁいい。さっきそこの赤髪が口を滑らせていたことだが、貴様の世界とアイツの世界は違うのだろう?」

 さすが年の功と言うべきか、士郎が口滑らせたことを忘れずに疑問点を問うとは。それと悪戯心が溢れている笑みが恐ろしい。
 どうする? この事はきっといずれバレる予感がする。例えば魔法で意識覗くとかで……コイツならやりそうだ。面白そうなことは見逃さないタイプだし、オレもだけどさ。

「その通りだ。だけどあまり聞かないでくれ、恥ずかしくて死にそうになる」

「ん? ふむ、どういうことかわからんが、そう言われれば余計に聞きたくなった。絶対に聞かせてもらうぞ」

 懇願したのが逆に仇となったか……もしや、これは逃れられないイベント? くぅ、オレの趣味を曝け出すしかないのか、それも一から百まで。エヴァなら百歩譲っていいとして、隣に座ってる純心そうな茶々丸には絶対聞かれたくない。
 話すとなったら終わりまで話すしかなさそうだ。つまり萌え要素が完璧に入ったやつまで女子相手に。そうなったらオレの精神が最後まで持つ確率は――驚きの0%である。

「じゃぁ後でってことで。ほら士郎も簡単に説明して終わりそうだし、オレも爺さんに言うことあるしさ」

「おい、貴様!」

 こんなとこで早々と精神崩壊はしたくない。取るべきは逃げの一手。さらば金髪の少女よ。オレはどうやっても逃げる、逃げ切ってみせるさ。無理だって? そんな哀しいこと言わないでくれ。

「ふむふむ。そういうことであったか。いきなり異世界とはのぅ。衛宮君の説明で事情はわかった。それでさっきの話はどうするんじゃ?」

 爺さんの所に戻れば早速問い掛けが待っていた。

「さっきの話と言うのは生徒か働くかってことですか……士郎、どうする?」

「うーん……」

 これはどうするか。ふむぅ、士郎も眉間に皺を寄せて悩んでるな。何よりじぃさんの意図が全く掴めない。何故その二択が出てくるのかが。
 ……信頼出来ると思ったんだ。ここは――

「答えが出るのに時間がかかりそうなので学園長に任せます」

 どちらも選ばないって選択もあるが、今は目の前の人物を全力で信用してみようじゃないか。

「ほぅ、では生徒になってもらうとするかのぅ。衛宮君もそれでいいかの?」

「……そうですね。ひとまず落ちついた形を取るのが一番だと思いますので、そちらの話に一度乗らせてもらいます」

 学園長が選んだのは生徒で、士郎もそれに了承する様子を見せた。
 あれ……? じぃさんが楽しそうな表情を見せてるぞ? これはまさかの選択肢ミスでしたか?

「では、君たちには2-Aに転入してもらうとしよう」

「っ! 待て、ジジィ! もしや2-Aって言うことは私と同じクラスということか!?」

 ソファから立ちあがって怒鳴るエヴァさんとは反対にフォフォフォ笑いの陽気なじぃさん。
 聞き間違いではなければ、この妖怪爺はとんでもない発言をした。オレの頭の中で描かれたのは女子が集う中学校、つまり女子中ってコトだが。いいのかそれ犯罪じゃねぇのか? あ、もしかして生徒ではなく仕事を選んでも内容は殆ど変わってなかったりしてね、うん。不可避のイベンツでしたか、わかります。

「フォフォフォ、2-Aにはもうすぐ新任の先生が来るんじゃ。そこは女子しかおらんから、その先生の相談役やお手伝いをしてくれるとありがたいんだがのぅ」

 女子しかいないって聞いて士郎が目を真ん丸にして驚いてるよ。心は硝子だからな。頑張れ士郎、負けるな士郎、オレはいつでもお前を応援してるぜ。
 さて、そんな冗談半分なのは置いといて。結果としてこうなっちまうとは。まぁ、薄々そんな感じはしてたけど。それに、これはこれで好都合だし結果オーライか。あとは上手く話を切り返して切り上げれば終わりだな。

「オレ達に相談役って……その子はどんな先生なんですか?」

「ほぅ……その子、とは。まるで誰が来ると知ってたみたいじゃのぅ」

 オゥ、シィィィィィィット! こんなとこであかいあくま並のうっかり発動だと!? それまで連れてくんなよ士郎ォッ! いや、今までが巧く行きすぎてた反動で発動したのか――っ!? くっ、なんてこったい、「子」って言ったのは、どう考えても間抜けだ。ありえない解答。狸爺に知られちまうとは。これはこの場で話すしかないのか!?

 前を見る、じぃさんが興味津々な表情。
 隣を見る、赤衣装の男が不思議な奴でも見てるかのような表情。
 後を見る、金髪の少女の諦めろ阿呆がとの表情とそれほど興味なさそうなロボットの表情。
 だ、駄目だ逃げ道が見つからん。

「は、話さないといけませんか?」

 汗が流れる。冷や汗というジメっとした最悪の体の発汗作用。

「ふっ、素直に諦めて話すのが懸命だ」

「くっ、このロリっ子め」

 エヴァが満面の邪悪な笑みだぜ。応援は……士郎に頼んでも無駄ということはわかってる。士郎はこういう時は役に立たないことは百も承知。
 腹をくくるしかねぇのか……いや、いいさ。頭を勝手に覗かれてバレるよりは、ある程度喋ってしまって、全部を知られないようにする方がマシだ。

「しょうがない、今から言うことは他言無用ということでお願いしたいんですが。あと士郎は特に注意するようにな、お前が一番口を滑らせそうだ」

「む、なんか聞き捨てならないがわかった」

「フォフォフォ。ワシは誰にも話さんよ」

「それは貴様次第だ」

「わかりました。防人さん」

 フッ、みんな個性的な対応で面白い。唯一反論してるエヴァだけど、きっと約束は守ってくれる気がする。という訳でやはり問題は士郎。危なっかしいからな……皆さんお待ちのようですし、とにかく説明を始めるか。コレからは迂闊に喋れねぇぞ、防人仁、落ち着いて喋ってくれ。

「オレと士郎は此処と異なる世界から来たとは言いましたが、オレは士郎のいる世界とはまた別の世界から来ました」

「なんと、衛宮君とは違う世界とな」

「ええ、では次に貴方達にとっては嘘のようですが事実を言います」

 さて、次に言おうとしてるのが山場。正直まだ言うべきを躊躇ってる。本当に言っていいのだろうかと。

 ……迷ってもしゃあない、男なら一度決めた事を変えるな。

「学園長が察したとおり自分は2-Aに転任してくる先生を恐らく知っております」

 一呼吸。次に出す名前がじぃさんの頭の中で描いてる人物と同じなら――

「――その先生の名はネギ・スプリングフィールドです」

「ほう、確かにそのとお――」

「スプリングフィールド……!? まさか……! おい、ジジィ一体どういうことだ!」

「む、言っておらんかったかのぅ。タカミチ君には言った覚えはあるんじゃが……」

「聞いてないぞこのボケジジィ!」

 これで相違はないと決定された。ネギがこれから来るってことは、オレから言わせてみると物語がこれから始まるってとこか。
 ん、騒がしいのは勿論我関せずです。介入したらどんな目に合うか想像するだけで恐ろしい。

 ……アレ? でもエヴァってネギ来るコトをこの時点で知ってないのか? そうでないと満月事件だか、なんだかが食い違って話が遅れる気がするが……まー、これは士郎の血でも飲ませろてやれば、オレの知ってる流れになってくれるって啓示ってか。その方がオレ的には面白いから全くもって問題ないこった。

「チッ、ではなんだ、貴様は予知のような力でも持ってるのか?」

「そんなけったいな力なんてない」

 じぃさんからオレへとエヴァの怒りの矛先が変わる。そんなに怒らんでも、怖くて泣いてしまうぞオレ。

「では嘘のような事実を。簡単に言うと漫画、そこから知識を得ています」

 部屋の温度が下がった。今の言葉でエヴァもじぃさんも呆然としてる。
 さっさと進めてしまいたかったから簡単に言ったんだがいけなかったか。

「おい、ふざけてるのか貴様は」

「熱もない、落ち着いてる、至って正常。本当のコトだから諦めて認めてくれ」

 とは言ったものの金髪の少女は納得してない様子。
 漫画とか意味わからんだろうし、相手の気持ちはわかる。茶々丸、オレが可哀想な奴的な目で見ないでくれ。すごく心が痛いよ。

「ちなみにその漫画の主人公は先程話にあったネギ・スプリングフィールド、サウザンドマスターの子です。これからくる新任の数えで10歳の子ですね。まだ信用できないなら、その子の過去について少しお話できますが。ああ、その他にはエヴァのスリーサイズとか――」

「なっ! スリーサイズだと!?」

 エヴァが今にも殴りかかってきそうな勢いでオレに言ってくる。
 最後のは完全に余計だったな、また墓穴掘っちまったぜ。

「いやそこまででよい、防人君の言うことを信用しよう。エヴァに殺されてしまいそうじゃしのぅ」

 確かに、スリーサイズを言った瞬間エヴァの魔法がこの部屋を包み込むことになる。その時点で初日にしてデットエンド、哀しいコトこの上ない。

「仁、お前この世界のことまで……」

「士郎……もう話さないでくれ、話がややこしくなりそうだ」

 大人しいと思ったらすぐコレだぜ。
 ちょっとキツく言ったせいで士郎がしょんぼりなったが、その通りだからしょうがないだろ。その言葉を言われるとお前の世界のことも知っていることになって色々と追求されることになるんだよ。

「衛宮君は面白い子じゃのぅ。フォフォフォ」

 チクショー、絶対にバレちまっただろこれ。もうどうにでもなっちまえよッ! 士郎のあほー! じぃさんのばかー! エヴァのおこりんぼー!

「衛宮君の話は今はよい。それで、防人君はそれを知っていてこれからどうすのかの?」

「そうですね、皆さんに悪いことはしないと言っておきましょうか」

 これは当然のコト。決してオレは世間一般的に悪いことはしないつもりだ。そんな行動を取るほど間抜けではない。けど少しくらい?の悪戯は確実にすると思うが。

「……とりあえず今日は色々ありすぎて疲れたので何処か休むところが欲しいんですが。話の続きが後日でいいのなら、そうして頂けるとありがたいです」

 爺さんに願い出る。
 体にも頭にもガタがきてるので、身体が休みを欲していた。

「そうじゃのう。今日はエヴァンジェリンの家で休ませてもらうとよい」

「ジジィ、何から何まで私に……いや、こいつらには聞きたいことが山ほどあるから良いか……」

 休むどころか地獄行き決定の切符が今発行された。爺、最悪でござる。オレもやばいが士郎の魔術をエヴァが見ることになるから士郎も同じくらいやばいだろうな。フ、ミチヅレじゃ士郎。

「それでは学園長、失礼しました」

 切りあがった所で士郎を先頭に、学園長室を訪れたオレ達四人がさっさと退出した。

  ……生き残れるよう頑張るとしますか。

 

 

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2008/10/26 改訂

2010/7/21 改訂
2011/3/11 最終修正

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