4 金髪少女邸より毒舌人形と穏和機械の姉妹

 

 

 遠坂に救われた、これは事実。あのままいけば俺は死んでいただろうから。
 遠坂が命を救ってくれたのは何度めだろうか。加えて数えきれないほど迷惑をかけてる。
 感謝の言葉は絶えない……だが、お得意のうっかりによってか異世界に飛ばされてしまった。
 初めから異世界に飛ばす気でやったのかもしれないけど、そこのところはよくわからない。もうアイツは此処にはいないんだから。

 今は自分が可能な事、先へ繋げるために考えよう。

 まず問題点を挙げれば異世界に飛ばされたというショックのせいか体が縮んでしまった事がある。しかしこれはそれほど支障がないと思う。隣に居る青髪の防人仁、この男を助けた時だって、俺は何ら変わらぬ動きを取れた。ただ昔のように低くなってしまったのは惜しいが。

 それとコイツ、防人仁。ちょっと言い方が悪いけど厄介な人物である。にわかに信じがたい事にゲームから第5回聖杯戦争の知識があると言う。それも殆どが俺視点だそうだ。
 つまりそれは、その時の私生活も見られていたという訳で……すごく恥ずかしいのだ……。
 これは置いといていいか。あっちも深く追及するつもりはないみたいだから忘れる。

 加えて防人仁は、今俺が居る此処の世界の知識もあるって自分で言ってた。さらに驚くべきコトである。後は俺と同じように防人仁も体が変化してるみたいだ。

 聞きたい事は山ほどある。それは先導する金髪の少女の家に着いてからにしよう。
 この子と言えば、随分と活発な子だった。一緒にいる絡繰茶々丸って子は大人しい感じで正反対。だが仲は良いみたいだ。いや、正反対だからこそ仲がいいのか。

 

 少々風変りな人物が居た学園長室から出てしばらく歩いた。
 今は緑が茂る林の中に入って一軒の家がこの目に留まっている。周りに他の家がない事から推測するに――

「着いたぞ。ここが私の家だ」

「エヴァンジェリンちゃ……エヴァンジェリンの家って木造りの家なのか。もっと城っぽいところ……洋館にでも住んでるのかと思ったな」

 エヴァンジェリンちゃんと言おうとすると一瞬すごい殺気を送られた。
 しかし、歳を取るといけないな。どうも子どもに対しては……これ以上コレを考えると危険な気がしたので止める。でもコレは別に俺だけじゃなくて――ああ、遠坂もあの性格だから隠れた所で同じような事を言いそうだ。泣いてる子供に飴とかあげたりして、って変なこと思ってしまった。目の前にアイツが居れば間違いなくガンドが飛んできただろう。
 まあ、この年頃の女の子は難しい年頃ってやつだ。十分に注意した言動をとらないと。

「さっさと入れ、ドアを閉めるぞ」

 エヴァンジェリン以外の人、仁と絡繰茶々丸の双方の姿が既にないので先に家の中へ入ったようだ。
 これ以上待たせると入れなくなりそうだ。とにかく入ろう。

「うわ……随分と人形が多いな。女の子の部屋ってこういうものなのか?」

 家の中に入ると人形だらけ、装飾も可愛らしいものが多い。エヴァンジェリンと絡繰はこういうのが好きなのか。しかしこうも多いと掃除する時とかえらく大変だろう。

「いやこれは明らかに異常だ。女の子の部屋がみんなこんなんだったら鼻炎アレルギーの人は堪ったもんじゃない」

 仁が言う。確かにそうだ。それに人に寄っては分かるけど、遠坂が子どもだった時の部屋がこんなのだったらびっくりだ……あ、これで今回のガンド二発目。注意力が散漫になってるぞ俺。

「貴様の魔法、いや魔術だったか。それを見せろ」

 ソファに学園長室でも見たようにどっしりと座り込んで足を組んだエヴァンジェリンが俺に命令した。
 逆らうと捻り潰すぞ、と言わんばかり。この傲慢っぷりは……やめとこう。

「うーん、あんまり人に見せるのはよくないんだけどな」

「大丈夫だ。エヴァはいい子だから心配するな。大船に乗ったつもりで投影するがいい」

 仁がそこまで言うなら大丈夫だろうか? 最後の方の言葉がやけにわざとらしかったが、きっと大丈夫……だろう。そう思いたい。

「俺のできる魔術は解析、強化、それに投影の3つだ。解析はモノの構造を見るもの、強化はそのままだな」

 まずは簡単に説明する。解析と強化、一見して分かり辛いものは見せるよりも言葉で説明した方が分かり易い。

「その3つしかできんのか。へっぽこだな衛宮士郎」

 こんな小さい女の子にへっぽこって言われた。何度か言われた事のあるこの言葉、心にいつも響き渡る。

「そんなこと言うなエヴァ、士郎がへこむだろ。それに士郎は自分のいた世界では封印指定ってのに選ばれるほどの能力の持ち主だ。へっぽこなんてことは…………多分ない」

 仁はフォローしてくれたんだろうけど、何故か傷ついたぞ。二人して言葉攻めとは酷すぎやしないか。

「封印指定? なんだそれは」

「魔術師にとって名誉であり迷惑である、全くありがたくないと言える称号だったかな。それを受けてる奴が魔術師に捕まると永久に脳とかを保存されるだかなんだかだと思ったが、合ってる?」

「ああ、大体はそんなところだな」

 仁が次々と俺の世界のことを説明していって俺が確認を取る。
 ここまで俺の世界の知識があるとは、当然といったら当然なんだろうけど改めておかしな奴だ。深く知ってれば知ってるほど、こいつが恐ろしい存在だとわかる。色んな方向でだが。

「それより早く投影を見せた方がいいんじゃないか? 絶対驚くぞ。あと士郎の得意な武器をこの目でみたい、よろしくな!」

「他人事だと思って……」

 子どものように目をキラキラ輝かせてこっち見てる青髪の男……すごく怖い。
 コイツが言う俺の得意な武器ってのはアレしか考えられない。とにかくリクエストに答えてやろうか。

「―――投影トレース開始オン

 目を瞑って言葉を小さく紡ぐ。数えられないぐらい紡いできた言葉。当たり前のように紡いできた言葉。

 ――目を開ければ俺の手に陰陽の二つの剣が収まっていた。
 剣の名は“干将・莫耶”。出来は上々、体は変わっても思ってた通り異変はなかった。

「なんだこのアーティファクトは……投影と言ったな。まさかこれは……」

「さすがはエヴァだ。察しがいいな。士郎の魔術……この世界に来たんだ、面倒にならんように魔法に統一するか。まぁ士郎のお得意の魔法は投影。自信の魔力を使用して世界に物質を半永久的に生み出すものだ。壊れたり、士郎が消そうと思わない限り消えない」

 淡々と告げる仁の言葉は的確に的を射ている。けど俺の言うことが全然なくなってくるから寂しい。

「俺の魔術、いや、魔法の属性は剣だからな。剣以外は大したものはできない。例外も幾らかはあるが、一つ挙げるとするなら矢とかを投影できたりする」

 俺も魔術ではなく魔法と言わないといけないか。間違っても言わないようにしないと。この世界に多数居るらしい魔法使いに感づかれると面倒だ。

「なるほど。物質を半永久的に無からの創造。いや、それでも魔力を使ってるなら等価交換ではあるが、それでもこれは……先ほどの封印指定というのも納得できるな」

 エヴァンジェリンは俺の顔をジッと、まるで品定めでもしてるかのように見て言ってくる。その表情から面白いおもちゃ見つけたみたいな感じに見えるんだが……
 横では仁が嬉しそうに干将・莫耶を振り回して遊んでるし。それに『しんぎ むけつにしてばんじゃく』ってなんで詠唱してんのさ。なにも発動しないだろうけど、部屋の中で振り回してると本当に危ないぞ。

「……そうだ、その投影で呪いが解けるという能力がある剣か何かないのか?」

「呪いの解けるもの……?」

 エヴァンジェリンが真剣な表情で訊ねてきた。
 こう言われて丁度いいものといえば、あの剣だろうか。
 ……しかし、変だな。こういうって事はつまり呪いを掛けられてるように聞こえる。別段そういう風には全く見えないのだが。

「ああ、それなら――――」

「いや、たしかに士郎は持っている。が、サウザンドマスターの呪いを解けるほどのものじゃないからな」

 仁が俺の目の前に干将を突き出し、俺の視界を遮った。
 掠って前髪が数本落ちたじゃないかコイツめ。

 それよりあの剣ならなら、あらゆる魔術を破戒できる。だから大抵の呪いは解けると思うったのだが。豊富な物事を知っている仁が言うからには何か考えがあるんだろう。ここは素直に従うのがよさそうだ。

「そうか……それなら仕方ないな……」

 エヴァンジェリンが酷くがっかりして項垂れる。
 先ほどの威厳がある姿とは対照的に年相応の可愛らしい態度だ。それほど嫌な呪いなのだろうか……だが、やはり呪いに掛かってるようには見えない。

「ケケケ。イイ下僕ヲ連レテ来タナ、御主人」

 何処からか片言な言葉。誰だ? 声が聞こえる方向を見渡せども人形しか見当たらないが。

「何だ、チャチャゼロ居たのか」

 エヴァンジェリンがある人形を見て、つまらなさそうに言葉を吐いた。
 ちょこんと他の人形に囲まれて座る一体の人形。エヴァジェリンの後に立っている絡繰茶々丸とどこか似ている人形だった。名前をチャチャゼロと言ったか。名前も似てるし何か関係があるのだろうか。
 しかし、この人形。腹話術でもなければ誰かが操っている様子もない。動けないようだが、ケケケと此方を見て笑う人形は自律しているとしか思えない。

「ソレハナイゼ御主人、モットオレヲ労ッテ――」

「おお! チャチャゼロだ! 抱っこしてもいいかエヴァ?」

「あ、ああ」

 仁の張り切った声にエヴァンジェリンが少々焦りを含んだ声で返答した。
 その返答に対しすぐさまと人形、チャチャゼロを抱える仁。対して喋る人形は抱えられて鬱陶しそうにしてる。
 それにしても仁はテンション上がりっぱなしだな。まるで宝石を目の前にした遠坂って感じ――ああ、これでガンド三発目だ。

「オイ、オ前。モット派手ナエモノハナイノカ?」

 仁に抱えられているチャチャゼロが俺に向かって物騒なことを吐く。
 何故人形が武器を欲しがる……エヴァンジェリンがしつけたのか? それならば真に悪趣味である。

「派手なエモノって言われてもなぁ」

「禍々しい武器でも出してやりゃいいんじゃないか?」

「オ前良イコト言ウナ」

「……仕方ない。体に合わないと思うがこれは気に入るかもしれないな」

 仁も人形の言葉に乗り気なので、ここは諦めて人形の願いに従う事にした。
 一度深呼吸し、先程と同じように自己暗示の言葉を紡ぐ。

「―――投影トレース開始オン

 ――目を開けて、手に収まる槍を眺める。

 投影したモノは紅き魔槍、名は“ゲイボルク”。俺とは最も因縁深い槍。血の様な紅で期待に沿うだろう十分な禍々しさを放っている。

「ゲイボルクだな。かっこいいのぅ。士郎の能力が羨ましいぜ」

「オオ、オイ抱エテイルオ前アソコニ連レテ行ッテアレヲ持タセロ」

 二人?とも目を輝かして仁がゲイボルクを持ったり、チャチャゼロに持たせてやったりしてる。
 チャチャゼロにこれを持たせると危険な感じがするんだが。扱うにも注意が必要なモノだし、出すべきではなかったかな。

「ゲイボルクか……貴様どこまでも規格外だな」

「まぁ、俺はコレしかできないからな」

 確かにこれしか出来ないから、自分で言ってても少々悲しくなる。どうしようもなく、しょうがないことなんだけどさ。

「そういえば腹減ったなぁ。そうだ、もしよかったらだけど士郎と絡繰のご飯食べたいなぁ」

「はい。私でよければ、おつくりしますが」

 仁の奴は神経が図太いというか自由人だ。
 しかし料理……か。腕は落ちていないとは思うが――

「もう深夜だし軽いものの方がいい。明日にちゃんとしたものにしよう」

 部屋にある針時計の短針が12の数字を示している。本来なら我慢して寝ろと言った方が良いのだが、俺も小腹が空いていた。多分、体に変化があったせいだろう。それと若くなったからってのもありそうだ。

「貴様料理もできるのか。意味わからん奴だな」

「あと士郎は家事全般と壊れた機械の修理とか、その他雑用が諸々できるハズだ」

「本当に意味がわからんやつだ……まぁいい、ついでだから私の分も作っておけ。食材はそこらへんにあるだろう」

「ケケケ、一家ニ一台ノ雑用ダナ」

「……台所借りるぞ」

「衛宮さんコチラです」

 ソファに座る二人と一体に比べ際立つ心穏やかな絡繰の後についていった。

 

 

 

 

 ご飯がむすばれた握りが分けられた皿がテーブルの上に3つ。周りが人形だらけな不思議空間で夜食会が開始された。

「む、ただのおにぎりの癖に良い仕事するな……」

 エヴァンジェリンが一口食べたおにぎりを見て感想を漏らす。その瞳は気に食わんとばかりに圧力をかけてコチラへ睨みつけている。

「おかしいねぇ。これもある意味魔法だ魔法」

 仁の方は次々と口におにぎりを入れて大げさなコトを言う。ついでにその口へ運んでるのは俺の分な訳だが、この男、気にする様子もなしに人の皿から自分の口へと運んでいる。まぁ喜んでもらえて何よりだ。

「普通に作っただけなんだけどな」

「衛宮さんの料理をしている姿は何と言いますか……板に付いている、いえ、職人でした」

 コチラの女性も仁とは違う感じに大袈裟なコトを言いだした。しかし、こう言われると反応を返そうにも困る。過去からコキ使われていた成果とでも言うべきなんだろうかな。

 この少女、絡繰と言えば彼女の前にだけ皿がない。それは何故かというと彼女はロボットなのだそうだ。
 初めは4つ皿を用意しようとして彼女に皿の所存を聞いたのだが、「私はロボットですから、用意する必要はございません」と返された。どっから見ても人間の女の子に見えるだけに驚きである。苗字が絡繰とのコトで、ロボットだからそういう名前なのだろうかと思ったが、ここのとこまでは深く追及しなかった。
 それにしてもロボットなのに、エヴァンジェリンより女の子らしいと言ったら怒られるかな。

「ごちそうさま~」

「……お粗末様でした」

 早い、そして綺麗さっぱりなくなった。
 作り手としては嬉しいが、そんなに虎のように早く食べたら見てる方も胃に悪かった。

「腹もいっぱいになったとこで眠くなってきたなぁ。あ、そういえば風呂に入ってない。エヴァ、風呂はないのか?」

「貴様はさっきから人の家を何だと……チッ、風呂ぐらい入って貰わねば家主の私が困るしな。そうだな……丁度よかった整理のついでに地下室用意してる大浴場がある。ついて来い」

 整理のついでに用意してる大浴場? 何かおかしい響きな気がするが……まあ俺も諸々あって汗掻いているし、コチラとしても丁度いいのは確かだ。
 ん? 仁が変な顔してるが……いいか。とにかく早く付いてかないとまたエヴァンジェリンの機嫌を損なわせてしまう。ここに来て観察し続けた結果、そうなってしまうと大変だと学習した。この教訓は生かさねば。

 

 

 

 

「ここだ」

「いや、ここだって言われてもそこに模型があるだけじゃ」

 着いたぞと胸を張るエヴァンジェリンに言葉を渡す。

 此処に案内されるまで沢山の人形が並ぶ地下を通ってきた。あそこまで数があると不気味な感じだった。それはいいとして、目の前にあるものは目的の大浴場ではなく、台座の上に直径70cm程の球体のボトルが一つだけある部屋。その中には水に浸っている精巧な塔のような模型が入っており、これを照らすように明かりが灯されている。

 ボトルに文字が書いてあるな。えーと……<EVANGELIN'S RESORT>、別荘?

「ここで正解だ士郎。ちなみにこのネタがわかるしらんが精神と時の間みたいなものだ」

「何だそれ?」

 仁の返答を聞く事はなく ――気がついた時には文字通りの別荘にいた。
 気候や風景が全く別のものに変化した。ログハウスから高さ100メートルは悠に超える白い二つの大小の塔の施設。森の中の家に居たハズなのに、天を見れば青い空と眼下には澄んだ青い海。涼しい春の気候から晴天の真夏日だ。間違いなく此処は別荘といっていい環境に置かれている。
 大体の状況は呑み込める。この場所に来る前にカチッとスイッチのような音が聞こえた。半径7メートル程の小の塔の天辺に描かれている俺達の足元の五芒星の魔法陣と思わしきもの。あの音が此処に入るための扉で、この魔法陣が外へと出る為の扉なのだろう。

「やはり貴様は此処もわかってたようだな」

「そりゃあなぁ」

 エヴァンジェリンが仁に向けて言い、隣にいる仁は顔は苦笑いで返す。

「ここはあの模型の中なんだよな? この世界の魔法ってすごいな」

 こんな類の術は見たコトもないため、正直に関心する。

「注意として、ここの24時間は外の世界では1時間だ。つまり私達がここにいる限り、外の世界の者より早く老いる。あとは、ここで1日いないと外に出れんからな」

「……時間を操っているのか?」

 時を自在に操作する術。完全に自らの意志でソレが可能ならば、俺の世界では“魔法”と呼ぶに等しいモノ。

「外の時間に対して引き延ばすくらいにしか出来ん。時間跳躍や完全時間停止は私にも出来んぞ」

「そうか、安心した」

 それは、そんな魔法が目の前の少女に無くて。
 さて、こう言うというコトは一日出れないってのは制約だろうか? 聞けば時間の引き延ばしも制限染みてるようだし、不都合なコトがあってもおかしくはない。多少でも時間を操作しているんだから。

「一日は盗難防止だ。この別荘にはエヴァの宝物庫があるからな。ついでに外から何人中に居るかも確認出来るから侵入者が居れば抹消できるって寸法よ。まぁ、別荘の外に居たら一時間以内に家主さんは行動しなきゃならんがな」

「む……」

 何故か仁が疑問部分の一つを答えてくれた。鋭い奴だ。
 というコトは本来はノーリスクで時間を引き延ばせるのか。いや、だが人には寿命という最大の壁がある。此処に居ればそれだけ命を早めるコトになるのだからノーリスクとは言い難い。

「そして、ここなら私は真祖の力を完全でなくとも十分に発揮できる」

「なっ、真祖!? エヴァちゃん吸血鬼だったのか!」

「誰がエヴァちゃんだ!」

 ぐぉ――ぅ――鳩尾に……拳が……っ。
 焦りすぎた。こうなるから歳を取るといけんと自分に語りかけたのに……。いかんぞ衛宮士郎。いくら吸血鬼のパンチとはいえ女の子のパンチ、斃れる訳にはいかん。

「うーん、真祖っていってもお前の世界とは相違が沢山あるぞ。あと血を吸われても強制的にグールになったりしないしな」

「そ、そうか。まぁエヴァンジェリンならいい子……みたいだから大丈夫か」

 断言できないのは何故だろう。決して乱暴だからとは口に出せない。

「そうだな。じゃあエヴァンジェリンではなく、エヴァって呼んでいいか? こっちの方が可愛らしくて合うと思ったんだけど――」

「くっ、勝手にしろ」

 快く受け入れてくれたようだ。エヴァンジェリンだと語呂が悪いというか何というか。とにかくエヴァにはエヴァって呼ぶのが良いと思った。仁だってそう呼んでるしな。
 ……ん、仁は笑ってるけどどうしたんだ?

「フ、じゃぁ風呂に入ってこようぜ士郎」

「そういえば当初の目的はそれだったな」

 余りにも予想の外の出来事の遭遇に当初の目的を忘れる所だった。

「よし。エヴァ、覗くなよ?」

「誰が覗くか!」

 はっはっはっと青い侍みたいな笑い方でからかいつつ先に歩く仁。
 覗くって普通は逆だろ、じゃなくて……何考えてんだ俺。

「ほら、行くぞ士郎」

 ずんずんと白い小塔から大塔へと渡る高い橋を臆すコトなく先導して進む青髪の男。ひとまず体を癒すためにも付いていこう。

 

 

 

 

「おお、実際に見ると本当にでかい風呂だなぁ」

「個人で持つなら大きい風呂だ」

 贅沢だこれは、と裸の姿にタオル一枚腰に巻いての感想。巨大な施設なだけあって、それに相応しい程に大きな風呂である。だが、とても個人の別荘には相応しくない。
 しかしこの風呂、何人入れるか。20人? 30人? もっといけるか?

「ここの湯って何処から汲んでるんだろうな。アレか。海から還元してきてんのか。ってか蛇口もシャワーも洗面台も見つからん。オレは体を洗ってから湯に浸かるタイプだから困るぜ」

 困ると言いつつも桶に入れた洗面道具片手にひゃっほうと浴槽に飛び入る男。困ってるようには全く見えない。
 俺もタオルとは別に仁が持つ物と同じ洗面道具を手にしている。浴場に入る前にメイド姿の人形の方に頼んだらもらえたのだ。方ってつけるのは変かもしれないけど、あれは人形なのだがまるで人のようだと思えた。
 仁に聞けば「エヴァの魔法だから仕方がない。お前にはこの一言で十分さ」とカッコつけてた。
 なんかどうでもよくなってきた。俺も入るとしよう……ん、後ろから何か気配が――

「衛宮さん、防人さん背中を流すようにマスターから命令が」

「な!?」

 俺の口から驚く声が漏れる。
 後ろを振り向くと、メイド服姿の少女が見えた。その人は女の子より女の子らしいと思ってた人物で、風呂場に来てる訳で。俺の格好はタオル一枚、ほとんど裸に近い状態な訳で。そんでもってこれは……えーと……

「……エヴァめ謀りやがったな。確かにエヴァには覗くなと言ったが、茶々丸には言ってないからな。それにしてもこれは……」

 仁がボソボソと顔だけ湯から出して呟いてる。
 ちなみに覗くってのとコレは違うだろ。コレは所謂……まて、混乱しすぎだ。まず落ち着け。
 とにかく一人で、真面目過ぎるこの子の相手は辛い。仁に手助けを……何か思いついたような顔で片手を皿にしてポンと叩いてる男が居た。

「ああ、絡繰さん。実はオレはもう体洗ったんです。士郎は熱いのが苦手なようなので、見ての通りまだなんです。ですからその男は好きにやっちゃってください」

「な――っ」

 んだって!? いけしゃあしゃあと嘘を並べて人を売るとはなんて奴だ。
 しかし俺の浴槽に入る一歩前の状況、そう取られてもおかしくはない。

 ど、どうする? 仁の余計な機転で俺が危ない。敵はわかりましたと言って既に俺をロックオンしてる。さすがに会ってばかりなのにそこまでされるのはいけない。
 そ、そうだ! 俺も仁のように機転を利かせて――

「それでは衛宮さん、背中を流します」

「うっ……く……っ」

「ふ……」

 ――メイドに介護されて溺死しろって聞こえた気がした。

 

 

 

 

「衛宮さんどうでしょうか? 気持ちよいですか?」

「……ええ」

 短絡な言葉しか出てこない。
 結局はエヴァと仁の思惑通りな展開になってしまった。エヴァの方は今頃、椅子にでも座って嘲笑っているだろう。

「ハハハ、うらやましいのぅうらやましいのぅ。さすがは女の子沢山はべらかしてたお兄さんやコノヤロー」

 遠くから変な声が聞こえるけど幻聴のようだ。
 しかしこの状況が続くのは精神衛生上よくないのは分かってる。さっきは機転が利かなかったが、そろそろ利かせないとダメなのだ。
 そうそう、なんせ長いことやってると絡繰の腕が疲れてこうやってタオル落としたりするし、それを取ろうとして俺の前を隠してたタオルが一緒――

「に……?」 

「あ……その……」

 タオルがない、手元にタオルがない。
 俺のタオルは? 絡繰が持ってる。
 予備のタオルは? そんなもの持ち合わせてない。
 後ろの人物は? 固まってる。
 先に風呂に入ってる人物は? 笑ってる。

「……す、すみません!」

 タッタッタッと走り去る音。
 風呂場で走ると危ないぞと言う暇はない。

「さすが士郎。嬉し恥ずかしのハプニング、オレの予想通りだ」

「はは。仁、予想通りとは。つまり起きると予測して楽しんでたな。そうなんだな?」

「いやぁ、まぁ何とな~くだけど何か起きるかなぁとね。何てったって士郎だし、ってオレの目に干将と莫耶が映ってるんだけど幻覚?」

「……さて何のことかな、防人仁。俺は何も投影してない。見えるのは君の言う通りの幻覚ではないのかね?」

「な、なんか弓兵っぽいぞ。し、士郎よ、幾ら少年時代は切れ易かったとは言え、今はもう大人だろ? さ、さっきも言ったけど予想してただけで起こるってのは実際わかんなかったんだぜ? ってかオレ何も悪くねぇだろ」

「む、確かに仁の言う通りだな……」

「わ、わかってくれて嬉しい限りだ」

「――でも、人の不幸を見て楽しんでただろ?」

「そりゃあ、士郎だし――あっ、しまっ――」

 

 

「アア、遠クカラ良イ悲鳴ガ聞コエタゼ」

 

 

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2008/10/28 改訂
2010/7/21 改訂
2011/3/13 最終修正

 もうちょっと別荘の描写増やした方がいいかもですが、漫画のと変わらないので増やしてもなぁ、とコレぐらいで。8巻をパッと眺めるといいと思います。お風呂は15巻です。

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