5 世界の違いに困り果てる

 

 

「つぅ……」

 目が覚めての一言目は痛みを耐える言葉。
 昨日の風呂場ではひどい目にあった。半殺しってやつだ。とりあえず士郎はからかいすぎると死を招く、メモしとかないと。
 うっ、思いだしたら体に震えが……真夏日の別荘なとこに居るのに身震いとな。

「まぁ疲れは取れたか」

 周りを見渡す。周囲は白い壁ばかりで、他にはオレが寝てたベッド、シーツ、そして丸テーブル。簡素である部屋だが天井も高い上に広い。どっかの借りアパートとは大違いの部屋だ。

「洗濯してある……?」

 丸テーブルの上のこの世界に来てからも来ていた綺麗に畳まれている服の一式があった。
 昨日、肌に一番触れていた記憶のある上の服を両手で広げる。昨日は色々あって結構な汗を掻いた。故にヤバイ部分があってもいいハズなのだが見当たらないし、臭いも大丈夫。
 何よりもこんな綺麗に畳んだ記憶なんてない。記憶にあるのはエヴァに部屋を貸してくれって言って快く貸してもらったぐらいだ。

「ここまでサービスが行き渡ってるとは」

 衣服を次々と確認してく内に一つの物が目に留まる。

「洗濯してたとしてもエヴァの使いの人形だよな……」

 思い浮かべるのは茶々丸以外に元からエヴァの別荘に居たと思われる別荘主の使い。
 オレの今の格好はタオル一枚腰に巻いただけ。目に留まってる物は大事な衣服、それも下に着用するものなのだが、

「……着替えて歯でも磨いてくるか」

 気にしないことにした。

 

 

 

 

 タンタンと軽快なステップで階段を駆けて屋上へ。
 さすが別荘なだけあって環境がいい。動く足取りはそれに比例するように軽くなってる。

「阿呆、寝すぎだ」

「おはようございます、防人さん」

 階段を上がり切り何処ぞの西洋風の神殿のような施設がある屋上へとつけば、顔を会わせて早々暴言を吐くエヴァと、穏やかな雰囲気で挨拶してくる茶々丸。

「ああ、おはよう絡繰。あとエヴァ」

「何でついでみたいに言う」

「自分の言ったことを思い出しな」

 俺の言葉でエヴァが悩みだす、つまりは分かってない。
 改めて確認するとエヴァと茶々丸って悪魔と天使なコンビだよなぁ。エヴァは悪魔っていうより子悪魔か? 今の間の抜けた感じで、そっちの表現のが濃厚となっております。

「……そういえば士郎が見当たらんな」

「あいつなら飯を作ると言ってたぞ」

 人の家に関わらず士郎は早速頑張ってるのか。まさしく執事、いや主夫の鑑だ。フフフ……む、茶々丸がここにいるってことは、

「絡繰は作らないのか。絡繰のご飯も食べてみたかったんだけどな」

「すみません。衛宮さんに手伝いますと言ったのですが、顔色を変えて自分1人でやると」

 ああ、風呂場でハプニングがあったしな。
 昨日の茶々丸は焦っていたが、今はもうそれほど気にしてないようだ。士郎の方はさすがに半日しか経ってないって事で近くに居られると恥ずかしいんだろう。

「フム、期待して待つとしますかね」

 ガバガバと酒を呑んでる小さい人形の隣に座って暇を潰すコトにした。


 

 長テーブルの前で、ぐてーと待つこと30分少々。お目当ての人物が階段から、ファミレスよろしく器用に皿を抱えて料理を運ぶ姿が視界に入る。その男の後ろには人形が4体、同じように料理を運んでいるメイド達。

 士郎の格好がぶかぶかの赤が基調の衣装からオレみたいな一般の人が着るような服に変わってた。
 エヴァが用意したんだろうか……しかし、何故男物を持っている?

「お待たせ。あ、仁昨日は悪かった。俺暴走しすぎたよな……」

「お前は悪いことはしてないさ。オレに落ち度があったのが原因だし」

 ちゃんと謝る士郎。やっぱり芯の通ったいい奴。エヴァには士郎と茶々丸をもう少し見習って欲しいとこだ。そんな事思ってる内に料理は、料理人の士郎とメイド人形の手によってテーブルへと並べられる。
 大皿に取り箸と、大勢の人数で食べる料理が多めなのは運ぶ手間も考えてか。キッチンは此処より下にしかないようだし、この屋上で食べるなら階段を使用するしかないために、運ぶ手間が少ないコチラの方がいいだろう。
 しかし、用意されたテーブル上の料理は彩り鮮やかでバランスの良さが伺える。料理なぞ思い通りに出来んオレには考えられん完成度だ。

「衛宮さん、私はロボットなので用意しなくても……」

 全ての料理が並べられ、オレの隣に士郎が座った所で茶々丸が口を開く。

「あ……すまん。どう見ても普通の女の子に見えるからつい、な」

 エヴァの隣に座っていた茶々丸の前にも小皿を用意してる士郎さん。

「そのお気持ちだけ、ありがたく受け取っておきます」

 茶々丸が士郎へと優しく微笑んで言葉を返す。
 フラグ立てようとしてないか士郎君? いや自然とああなったのか、なんていっても士郎だしな。くっ……。

「おい、さっきのコイツはわざと言ってるのか?」

「ああいう恥ずかしいコトをやってのけるのが衛宮士郎だ。エヴァも赤面しないよう注意しな」

 注意したところで無駄だろうがな、と心の中で付け加える。

「ケケケ、士郎ハドウ見テモ女泣カセダナ」

「その通りだ、チャチャゼロ」

 向かって来る言葉に当たり前のように返す。
 しかしチャチャゼロよ。お前の傍に転がってる空き瓶の数からして飲み過ぎだし、空き瓶眺めて悦に浸ってるのは最早真性の酔っ払い所じゃないぜ。
 ああ、それより朝食朝食。士郎の挨拶に合わせていただきますっと。

 

 

 

 

「うまかったうまかった。これからは士郎に料理任せるとなると安心だ。オレのメイン料理と言ったらカップラーメンだしな」

 ご馳走様、お粗末様と一連の流れをやってから感想を洩らす。
 今回素晴らしい料理を作ってくれた士郎は変な顔でこっちを見てた。おそらくカップラーメンに反応してんだろうと思われる。確かに体に悪いだろうし。あぁ衛宮家ではそういうものはご法度だからか。三分から五分でお湯を入れただけでできる素晴らしい料理だと言うのにな。
 それにしても久方ぶりの充実した朝ご飯だった。これも士郎の血と涙の結晶の一部分から出来たモノか、主に虎的な意味で。

「では落ち着いた所で昨日の話の続きとしよう。まず貴様ら――」

「ああ、片付けて来るから待ってくれ」

 カチャカチャとテーブル上の食べ終えられた皿を重ねる士郎。
 それを茶々丸はどうすべきか困った様子で見てる。彼女なら片付けるのも手伝いそうなのだが、

「私の使いにやらせるから貴様は座っていろ」

 マスターがこの様子だから仕方がない。怒ってますよコレ。結構大事な話を始めようとしてるのに、士郎のこんなマイペースを怒りたい気持ちもわかるけどさ。でも話を始める前に片付けたいってのもわかる。同じ日本人だからか? うーん、でも食べたら片付けるのは日本人関係ないよな。エヴァも従者というか使いの人形がいるから話を始めつつ当然のように片付けさせようとしてたんだろうし。食器ある前じゃ話も始めにくいだろうし――

「失礼します」

「あ、悪い」

 オレの腕が邪魔してたようで、すぐに避ける。
 士郎と一緒に料理を運んできていた従者達がテキパキと食器を片付けてた。その皿の料理を作ってくれた士郎はと言うと、しょんぼりしてる。女の子に怒られたのがとてもショックのようです。今後とも多く見ることになりそうな光景である。

「まず率直に一つ、貴様らに戦う力はあるか?」

「ない」

「……ある程度は力をつけたつもりだ」

 一瞬早くオレが即答し、士郎がその後に答える。
 士郎の言葉は謙遜にも自信ありげにも取れるように聞こえた。話題が切り替わると、ちゃんと気持ちも切り替えるんだな。

「貴様には昨日のであらかた予想していたから期待をしていない」

「うん、酷い言い方ですね」

「それでは手合わせと行こうか衛宮士郎」

 うん、ガン無視ですね。
 ふ、力が無いオレが悪いのさ。認めろ防人仁よ。

「悟ッテモカッコ悪イダケダゼ」

 まさに悲惨とはコレの事だ。追い打ち掛けられても泣かないぞ。

 

 

 

 

 浜辺で戦闘をやると言われて屋上から飛び降りて来た。文字通りあの屋上から飛び降りたのだ。
 もちろんの事だが、士郎の補助付き。もし単体で降りれば大惨事になったのは目に見えてる。

「やんないと駄目なのか?」

「それ、エヴァに言ってみ」

 士郎は消極的であるが、やる気満々のエヴァとチャチャゼロ。やる気のやの字は各自で好きなように変換してもらって構わない。
 そして一人浮いてる茶々丸。コチラは余り乗り気ではないが、主人のためならば全力でやるといった所だろうか。できれば傷を受ける姿を見たくないな。エヴァとチャチャゼロは何とでもなると思うので、こうは思わない。

「士郎、大丈夫か?」

 しかし、三対一。見る方は幾らか心配にもなる。

「エヴァの実力がわからないから何とも言えないな。けど真祖って言うぐらいだから相当な力があるんだろ?」

「うむ、舐めてかかると一瞬でやられるかもな」

「準備はいいか、いくぞ!」

「っおおい!」

 話してる途中なのに、行き成りエヴァが開始の合図を出しやがった。まだオレが士郎の近くに居るのに待てやコノヤロー。

  ――何とか巻き込まれずに済んで、遠くへと避難できた。
 開始の合図の魔法の射手一発当たったと思ったんだが、どうやら対応力が高い体になってるのか良かったぜ。若い内に死にたくないんでね。

 試合状況は、というと……士郎がチャチャゼロ相手に干将・莫耶を投影して凌いでる。しかもチャチャゼロの方は昨日投影してもらったゲイボルクを早速使ってるし、アレ食らうとやばいだろうから士郎も散々だ。
 エヴァと茶々丸が魔法、ビーム使って後衛、チャチャゼロが前衛という形が出来て完璧に数で勝ってるエヴァ組が優勢なようだ。容赦ないぜ、エヴァ。

 

 

 

 

 ……なかなか勝負が決まらん。それに小手調べが済んだのかスピードがどんどん増して、オレの目じゃ追いつかんために断片的にしか理解できないから困るんだ。
 まあ士郎は1対3なのによく頑張ってる、のかな。

 げ、此処に来てエヴァの大魔法かよ。でっかい氷の球出してきたが士郎大丈夫か? 凌げるのか?

「――――――――」

 あ……黒い弓と螺旋の――――

「おいおい、士郎! 本気で撃つなよ! こっちまで被害きたら堪ったもんじゃねぇ」

 アレはマズイ。エヴァの出した魔法以上にマズイのが持ってる知識以上に感覚で理解した。戦いにド素人なオレでも危機が感じ取れた。
 しかもエヴァへの射線上にオレも居る状態。とにかく退避しねぇと。エヴァが躱した場合、オレが死ぬコトになる。
 あとオレへの返答で「ふっ」て笑いやがっただろアイツ。また弓兵モードか? 実はまだ昨日の怒ってたり? オレが生き残る道はあるのか?

 エヴァの魔法が士郎へ迫る。それを士郎は今投影したモノで迎撃するだろう。

「―――――――――」

 士郎の口が動いた気がする。遠く、声は聞こえないが微かに視認出来た。
 何を紡いだかを分かっている。それは口の動きではなく、弓へと装填した矢と呼ぶには異様すぎるモノを見たから。

 もしや風圧で周りに広がってる海のはるか向こうへとぶっ飛ぶんじゃねぇのかオレは。
 ああ、どう考えても避難は無理、行動が遅すぎた。

 矢が閃光へ。軌跡などオレが見えるものじゃない。

 消える。エヴァの魔法が士郎の射た矢で消滅した。
 より強い力が打ち勝っただけの事。

 矢の勢いは衰えず、エヴァへと向かう。その果ては、エヴァの体を矢は貫くというコト。
 だが――――

 

 

 

 

「エヴァは油断してたんだろうが、士郎の勝ちってとこか? お互い本気出してないんだろうけど」

 本気だしてたら、さっきみたいに見学なんぞ出来ない。見学していたら巻き込まれてデッドエンドだったろう。

「最後のアレはなんだ! あんな切り札があるなんて聞いてないぞ!」

 無視されたよコイツめ。さっきの戦いが始まる前といいオレに発言権はないようです。
 なにはともあれエヴァはこの通り元気いっぱいで無事、もちろんチャチャゼロも茶々丸も無事だ。
 結果は判ってた。士郎があのまま射抜く訳ないし、あくまで試合だしな。

「うーん、どう話せばいいか……」

「オレも士郎も言ってないからな。てか全部説明するのめんど――ぐっこっ……」

 こんな時だけ人の言った内容を聞きやがって……氷の塊……無詠唱魔法かコンチクショウ。エヴァめ仕打ちがひどい、ひどすぎるぜ。

「気のせいか……?」

「っぅ……なにが気のせいかだよ。痛いじゃねーか謝れい」

「誰が貴様なんぞに謝るか。それより暇なら茶の1つでも用意しろ」

 悪びれた素振りもせずに、私が絶対的に上であるという態度を変えないエヴァ。聞く耳もたんの言葉は彼女にこそ最高に相応しい。反省させようとしても無駄である。

「悪いがオレにそんなスキルはない。頼むなら士郎に頼んだほうがいいだろう……今は疲れてるし駄目みたいだけどさ」

 オレが用意したところで駄目駄目の落第点なお茶ができるだけだ。そして、茶を渡した瞬間に無詠唱魔法をまた食らうと。そんなのは間違ってるぜ。
 さて、そうは言っても飲み物は必要だろう。茶は駄目だが水を用意してやりますか頑張った士郎には。

 

 

 

 

「士郎の勇姿はしかと、この目に焼き付けたと言っておこう。かっこよかったぜ」

 ペットのミネラルウォーターをぽいっと砂浜に座る士郎に投げ渡しつつ、さっきの戦いについての感想を述べる。どうやって仕入れてきたのかは今までと同様なので割愛。

「ん、水ありがとな。最後の……アレはわかったか仁?」

「“カラドボルグ”だろ?」

「当たりだ。やっぱりわかってるんだな」

 カラドボルグと言えばケルト神話に出てくる剣。チャチャゼロが使ってたゲイボルクの本来の持ち主と因縁がある剣でもある。オレとしてはゲームでよく聞く銘って言った方がよさそうだ。
 だがアレは弓にセットしてたから剣ではなく矢。カラドボルグは本来剣であるが士郎が扱ったのは捻り曲がった――

「どうした?」

「いや、何でもない」

 深く考えるのはやめだ。それにこれは士郎に聞けば答えてくれると思うしさ。

「フン。実力は認めたくないが貴様は及第点のレベルで戦えるようだ」

 と、ここで悪魔っ子が登場。腕を組んで偉そうなのはこいつらしい。
 何も言わずに付いてきてる茶々丸の奴はさすが従者ってな。もう一体の従者であるチャチャゼロ……は見当たらん。
 それより、

「及第点って、負け惜しみか」

「うっさい、阿呆」

 魔法の射手。さすがにこう何度も食らってたら回避でき…………ない。
 くそっ、素人相手に沢山だすなよ……あれ、なんかすごく眠たい………………

 

 

 

 

「む、いつの間にかファンシーなエヴァの家に戻ってる。しかも朝か?」

 窓から入る外の日差しが眩しい。
 目覚める前の前が森の中、前が別荘、そして今は人形さんだらけの部屋と寝起きの場所が転々と移ってる。改めておかしい状況にあると実感してきた。

「おはよう。やっと起きたか、気絶して目がなかなか覚めないから心配したぞ」

「おはよう士郎。気絶かぁ、生まれて初めてだ……」

 この世界にきたら沢山気絶しそうだなぁ。普通に生活してたら気絶なんて絶対にしねぇし。
 おおぅ? 武者震いか。

「寝覚め用にコーヒーか熱いお茶でも入れてこようか?」

「じゃあ、お茶で頼む」

「了解した」

 うむ、気配りバッチリの士郎君は本当に優しい奴じゃのう。
 しかし既に他人の家を当然の如く使える様は異様だ。意外と順応するの早い奴なのね。

「ん? そういえばエヴァと絡繰は?」

 家の主達の気配がない。エヴァが居るとそれだけで騒がしいっていうか、圧が掛かるってのに。

「学校にいったみたいだ。あと昼時になったら学園長室に行けと言われた」

「また妖怪見にいくのか。昼まで―――そんなに時間はないみたいだな」

 時計を見やると中々の時間が経っていることに気づく。別荘で寝過ごしてた分も考えると相当なもんだ。オレは何時間気絶してたんだよコノヤロー。そんな強い魔法撃つなんて、エヴァの鬼。

「……茶を飲んで行くとしますか」

 とりあえずちゃっちゃと行ってきたい。気絶したせいなのかまだ眠気と疲れがありありなのだ。早く戻って惰眠を貪りたいぜ。

 

 

 

 

 学園長室前に到着。昼前で授業中のこともあってか誰にも見られずに済んだ。
 主に2-Aに見つかるとやっかいそうだからなぁ。特にパパラッチ娘と噂拡大する娘の二人。

「失礼します」

 士郎が二度ノックして先に学園長室へと入り、オレが一歩遅れて中へと入る。
 扉の先にはやはり妖怪じぃさんが鎮座する姿が初めに来た時と変わらずにあった。

「衛宮君に防人君かね。ふむふむ、似合っていて何よりじゃ」

「ええ、素晴らしいプレゼント、ありがとうございます」

 軽い笑顔を浮かべてる爺さんに強めに返答した。
 オレ達の格好は制服。そんで士郎とオレは同じ格好をしている。エヴァの家から出発する前に士郎から着替えるように言われてこのカッコだ。
 文句は別段ない。こうなるのは初めに学園長室での問答で決定されてたのだから。

「あれはちょっとした冗談じゃ。そう怒るでない防人君や」

「わざわざ箱を二重底にして本来下に着用する制服を隠すとはホント酷い学園長です。どうよ士郎?」

「ああ、俺もスカートが目に入った時は焦った」

 オレ達宛に送られていた箱の中を調べると、まず最初に制服上の男物。そしてその下に眠っていたのは、女子が着用する赤チェックのミニスカートだった。
 士郎もオレも女装趣味は一欠片もない。あんなスカートを着るものならば発狂してしまう。

「では本題に入るかの。まずは今防人君と衛宮君が着ている制服の他に直接渡さねばならぬ物があるのじゃ」

 制服の他に渡すもの? なんだ? むむむ……ご飯食べてきてないせいかお腹が空いて頭の回転が悪いぜ。
 士郎は気遣ってくれたんだけど、指定された時間までそれほど無かったってコトで帰ってからたんまりご馳走してくれ、って言ったのが失敗だったか。

「む、その前に会わせなければならない人が丁度来たようじゃ」

 コンコン、と背後から妖怪爺の部屋に入るために扉を叩く音が鳴る。

「失礼します、学園長」

 ダンディーだ。渋いおっさん降臨だ。白いスーツにさわやかな笑顔。
 そうかそうか、今の2-Aの担任ってタカミチだったな。

「君達が士郎君と仁君かな? 学園長に色々聞いたよ。それに僕のクラスに来るんだってね」

 色々って、この狸じじぃはまさか言ったのか? 誰にも話すなって言ったじゃねぇか。
 ……まぁタカミチなら許せるか……他に言ってねぇだろうな。

「僕の名前は高畑・T・タカミチだ、よろしくね」

「衛宮士郎です。よろしくお願いします」

「防人仁です。自分のこと聞いていたのでしたら誰にも言わないようお願いします。あと士郎のコトも」

「……俺はついでかよ」

 士郎がヤバいのは承知してるが、オレの方がヤバいからな。どっちもヤバいって? いやぁオレには魔力はあれど戦闘力ありませんから。
 お、ダンディーな笑みで返されたよ。さっきの言葉に了承してくれたって事でいいのかな。

「フォフォフォ、では明日に転入とするから遅刻しないようにの」

 明日ってもうあのクラスに入るのか。行動が速い爺さんな事。善は急げタイプだ。
 そういえばネギっていつ来るんだろう?

「タカミチ君はあと1週間で2-Aの担任ではなくなるからのぅ。短い期間だが仲良くするのじゃぞ」

 この爺さん、オレの頭の中での疑問をすぐ答えるとは魔法使ってるんじゃねぇだろうな。

「それと、これが直接渡したい物、君達が生活してくためのお金じゃ、無駄遣いはだめじゃぞ」

 おぉぅ、と爺さんが手渡してくれるのは貯金通帳。確かにこの世界じゃ見寄りもない上に金のあてもないために、爺さんのこの手配は感謝するものだ。ありがたく受け取っておこう。
 さて中身はというと…………げ、0がいっぱい金ぴか爺さんだな。それにしてもワホーイだ、一瞬にして一般人から成金様だ。

「それは俺が管理することにしよう」

「なぜだ士郎!?」

 オレに渡された通帳をめにもとまらぬはやさで取り上げる御方。

「遠坂と同じオーラが出てたからだ」

 制服の内ポケットに誰にも取られまいと入れる士郎さん。
 しかし、守銭奴オーラが出てたとは何たる失態だ。まぁ使えるんだからいいけど。

「あと君達の住むところは、2-Aと同じクラスの所に住んでもらうと思うのじゃが」

「なにぃぃぃぃぃ!」

 叫ぶ。何故なら此処は女子校。そんでクラスと同じ場所で住めというコトは女子に囲まれろってコトだ。
 士郎といるかぎり絶対にハプニングが起きる。そして乙女の鉄拳制裁。巻き込まれるオレ。何という悲惨劇。何という悪循環。

「チェンジは?」

「できぬ。それに君達、特に衛宮君は護衛にも適してるようだからのう」

 さいですか。てか何故に士郎が強いとわかってるんだ。その目にはスカウターの機能もあるのか? あ、そういえば戸籍とかは大丈夫なのかなぁ。

「戸籍なら心配いらぬ。もうすでに用意しておいた」

「……学園長。魔法で意識覗いたりとかしてるんですか?」

「フォフォフォ、何のコトかのう?」

 もういいです。自分諦めました。この爺さん食えん。
 自分の対魔力がそれほど高くないと知り、騎士王並に対魔力が欲しいなと思った今日この頃。

「最後に、これが一番重要なことなのじゃが」

 重要なことだと。何だ? じぃさんの考えが読めん。エヴァを抑えとけとか、この学園に来る魔物全てを倒せとかか? そんなメンドイこは光速でお断りだ。

「この写真はうちの孫のこのかなのじゃが、どーじゃ彼女などに? 何なら嫁でもよいぞ」

「……さすがにまだ会ってもいない女の子を彼女とかには」

「………………………」

 あー、そういえばこの爺さん早く結婚させたがってた。
 士郎はちゃんと返すがオレは呆れてなにも言えぬ。真面目?に考えてたのに何だそりゃとな。

「そうか、それは残念。気が変わったら言っておくれ。では後の事は、この紙を読んでくれれば十分じゃ。明日、遅刻せんようにの」

 爺さんから封された紙を受け取る。中身は後で確認しておこうか。

「失礼しました、学園長」

「……失礼しました」

「それでは、学園長。僕はまた後程来ますね」

 士郎、オレ、タカミチの順に学園長室を出て行く。
 やっと妖怪から離れられる。人の意識を覗くとはなんたる所業。本当に覗いてたかどうかは知らんが十中八九あれはやってると思われる。

「士郎君はかなり強いらしいね、エヴァが言ってたよ」

 タカミチがパタンと学園長室のドアを閉めて士郎に話しかけた。
 ドアを閉めた手がポケットの中へと変わったが、居合い拳使うって訳じゃないよな? タカミチって好戦的……っていうかこの学園の人達全員が好戦的? 巻き添えだけは後免だぞ。

「いえ、そんなことないですよ」

「お前は十分反則級だと思うがな」

 英雄王と互角にもっていける能力もちだし。いや、英雄王だからこそ互角にもってけるだったっけか。
 どっちにしろ士郎はこの世界で余裕に生きていけるのかな? けどサウザンドマスターの周りはおかしなぐらい強いのが多いしなぁ。

「仁君は魔力をもってるようだけど、本当に魔法は使えないのかい?」

 おっと次はオレに質問してきたよ。
 子どものように興味津々にしながらもダンディーオーラを放ってる。オレもその渋さが欲しい。

「ええ、魔法とは無縁の世界でしたから」

 うん、使えたらびっくりだ。ネギみたいに派手なの撃ってみたいけどなぁ。雷の暴風!! って感じでさ。

「おおっと、もうこんな時間だ。ちょっと別の待ち合わせもあってね。また明日にでもゆっくり話そう、士郎君、仁君」

 タカミチは自身の腕時計を確認して颯爽と行ってしまった。先生故に時間が危なくても決して走らずに歩く。
 それにしても去ってる姿も随分と渋い。何故それほど渋さが出る。

「……さて、最後に渡された封筒は……部屋の鍵と地図か、どうする士郎?」

 封を切って中身を滑らせると、鍵とこの麻帆良の地図が出てきた。

「とりあえずは生活用品買わないとな。それとこの都市の調査も必要だろ」

「ああ、確かに。ここ広いしな……あ、士郎はここで全体見渡せばある程度大丈夫なんじゃ?」

 誰も居ない廊下に広げた地図上でやけに目立つでっかい木を指差す。
 地図でなくとも、この学園都市内に居れば何処からでも確認できるほど大きく高い木だ。

「俺は大丈夫でも仁が駄目だろ? それじゃあ意味が薄いし、見るだけじゃなくてしっかり足で確認して行った方がいい」

「ごもっともだ。要は体で覚えさせるって事だな」

 見知らぬ土地は何度も行き来して覚えたもんだ。学校が変わってより遠く知らない場所でも何度も登校すれば身近な土地となったりってさ。

「まずこっから離れねぇと始まらないな。まだ会いたく奴らが居るしさっさと出よう」

「分かった、従おう」

 授業中なため、廊下に人の気配はない。
 注意してけば士郎も居るし容易に学校から離れられるだろう。とにかく2-Aに見られると用意もしとらんし今は嫌なのだ。

「そうだ、包丁等の金属製品は投影で経費削減ってのはあり?」

「駄目だ。ちゃんとしたものを買わないと」

 唐突に思い浮かんだ案は駄目でしたか。お金浮かしてゲーセンとかで遊びたかったのに。まぁゲーセンは無理だとしてもゲームは欲しいよなぁ。確か今は2003年だった、何かしら売ってんだろ? レトロでもいいしさ。

 

 ――とにかく今日はこの学園都市でもゆっくりと見学でもしようかね。

 

 

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2008/11/3 改訂
2011/3/13 最終修正

 前は茶々丸食べるように書いてましたが、フェイクで食べるって食べてる振りってコトだよね、と思った。故に修正。
 14巻でズズって紅茶やってるけど、資料の所に書いてあるように人間の真似を研究してるだけな気がします。

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