6 男子禁制の地

 

 

 この世界に来てまだ二日。あの別荘の中の分も考えると外の時間にすれば実際一日が正解だ。
 しかしエヴァが乗り気でエヴァ達と戦ったけどあれは疲れた。しかもついアレを射てしまったのは反省しないといけない。それにタカミチさんが手合わせしないかってこっそり言われた。ここの人って好戦的な人が多いのだろうか。

 

「……そろそろだな」

 両手で地図を広げた仁が言う。
 さっきのコイツは子どもみたいに「買ってくれぇ」と買い物中に泣いてせがんできていた。結局、根負けして黒い箱みたいなのと、それに必要な物だけは買ってあげたけどさ。学園長のお金だから、なるべくは必要最低限に抑えようとしたんだけど無理だった。だけど結局は両手にある袋を見る限り結構な額を使ってしまっている。コレに加えて配達で頼んだものもあるしな……。何もない状態からのスタートだから仕方のない事かもしれない。それでもいつかちゃんと返さないと。

「あれだ。そんであの六階部分に明日、顔を合わせる奴らが大勢居る」

「そうか」

 ついに到着してしまった……女子寮へ。本当に良いのだろうか、入ってしまえば人としての何かを失う気がする。

「まさか士郎と同じ境遇になっちまうとはな。男としては願ったり叶ったりだが、心労が酷くなりそうだ」

「何だそれは。それじゃあ、まるで俺――」

「おっと、的外れな事を言ったかね、衛宮君?」

「……言葉もないです」

 今の仁に逆らうと大変な目に合ってしまう。余りにも仁の言い方が恐ろしかったのだ。俺には反撃など出来やしない。

「さて、どう策を練って入っても士郎のスキルでハプニングが起きそうなんだが」

「俺のスキルって……なんでさ……」

 疫病神みたいに言われても困る。
 確かに元の世界に居たときは色々あった気がするけど、それほどひどい事は起きてないと思う……多分。

「授業してる最中に潜れば大丈夫だったんだけど、やる事いっぱいあったしな」

「悩んでも時間経つだけだし、もう正面突破でいいんじゃないか? それに寮なら管理人と話さないとまずいだろ」

「……士郎の言う通りだな。じぃさんからもらった封筒の中に紛れてた用紙に寮の管理の人、寮長には話つけてるって書いてるけどよ」

「そういう事は早めに言ってくれ」

 ……よくよく考えれば場所が場所だから、話をつけてるのはすぐに判る事だ。でもあの学園長の場合だと……いや、ちゃんと書いてあるって言ってるんだから大丈夫なハズ。
 気を変えて、仁と女子寮へと近づいて行く。近づくにつれて俺の手に汗が滲み出てくる。不安になってきた。叶うならば誰にも会わずに部屋に辿り着ければ――

 ――女子寮の扉が開かれる。

 

 

「さすが士郎スキル、その能力は伊達じゃないぜ」

 仁が意味わからない事言ってるが、言いたい事は掴めてるさ。
 敵は橙色のツインテールな女の子と長い黒髪の女の子。見つからなければいいと思っていたのに、早速見つかってしまうとは。これはどう切り抜けるべきか……ん? あの黒髪の子どっかでみたような。

「ちょっと! なんで男子が女子寮なんかに来るのよ!」

「ガフォッ!」

 あ、橙色の子に仁が寮の外へと吹っ飛ばされぞ。それはもう女子とはいえプロ顔負けの凄まじいドロップキックで。

「仁! 大丈夫か!?」

 吹っ飛んだ仁の容態を確かめるために駆け寄る。
 安否の方は――薄っすらと笑って何か言いたそうな顔をしていた。

「俺はここまでのようだ……後は君に任せた…………ちなみに士郎が困惑するの面白いから任せたわけではない、くっ」

「仁……仁ーっ!」

「……何あんた達、訳わかんない小芝居やってるのよ」

 はっ、つい仁に合わせてしまった。
 しかしどうする? 寝た振りしてるコイツを起こすか? いや、一刻も早くキツイ視線を送ってきてる橙色の髪の子をどうにかした方がいい。俺が無事に助かるには、それを為さねばならないと第六感が告げている。

「えぇっと、俺たちはその……そう、学園長に言われてここに来たんだ」

「え? おじいちゃんが?」

 率直に言った言葉に黒髪の子が目を丸くして答える。
 おじいちゃん……そうか今日の昼に見せてもらった写真の子か。ほんわか落ち着いてて橙色の子とは正反対な子だ。それにしてもあの学園長の血筋からこんな可愛らしい子が生まれるとは。失礼な考えだ、反省。

「ああ、自分達の部屋に行きたいんだけど、できれば連れていってくれると嬉しい」

「そういうことならええよ~」

 黒い髪の子が可愛らしい笑顔で快く了承。物分りが良くてこちらとしてはとてもありがたいのだが。

「ちょ、ちょっとこのか!」

「大丈夫やて、いい人そうやもん」

「むぅ……」

 初対面でこうも信用されるとは。それに、この子はこの子で、あの学園長と違うモノを感じる。

「フ、上出来だ士郎。だがオレはハプニングが見たかったぜ」

 終わったのを確認して、スクっと立ち上がる青髪のコレ。コイツには後できつく灸を据えておこう。
 ひとまず橙色の髪の子も黒髪の子の説得でなんとか納得してくれたみたいでよかった。

「そうや、ウチの名前は近衛木乃香、よろしゅぅな~」

「ああ、俺は衛宮士郎、よろしくな」

「オレは防人仁だ」

「……神楽坂明日菜よ」

 橙色の髪の子――神楽坂には睨まれている。完全に納得とはいかないか。女子寮……だしな。それでもある程度打ち解けられていて何より、これも学園長のお孫さんのお陰だ。
 個人的には青髪の男にもうちょっと頑張って欲しい。可能なハズなんだからさ。

 

 

 

 

 一階で管理人さんと話を簡単に済ませ、さっき会った二人と俺と仁、計四人で与えられた部屋へと行くため階段を上がる。
 神楽坂には管理人との会話で幾らかは理解を深めてもらえた。それでもまだ完全に納得はいってないようだけど。

「ほぇ~、防人さんは特殊捜査班でここに潜入、衛宮さんは正義の味方で2-Aのみんなを守るためにきたんや」

 さて、仁が早速嘘をついてる。度が過ぎればキツイつっこみを入れなきゃならない。今は相手が楽しそうな笑顔で受け取ってるので無粋な真似はしないが。

「その通りだ、このか嬢」

「このかに変なこと吹き込まないでよ」

「フ、アスナ君。たしかに私の特殊捜査斑は嘘だが、衛宮君の正義の味方は本当だ」

 その変な話方はどうにかならんのか。しかも、勝手に俺のことについて言ってる。でも、まぁ――

「仁の言う通り俺は正義の味方……を目指している、いや目指していたかな。笑わないでくれると嬉しい」

 

 ……今の俺でも目指すぐらいはできるだろうか。

 ……いや、未だに俺は目指しているのだろう。

 

「……そんな真面目な顔で言われると笑えるはずないじゃない」

 見上げれば数段だけ俺より上に居る神楽坂が困った顔でこちらを見てる。

「士郎くんはかっこええなぁ~」

 隣には軽めの笑顔で覗きこむように近衛が俺を見ていた。

「ほ、ほら、人も居ないみたいだし、今の内さっさと行くわよ」

「もぅアスナ~」

 神楽坂が上へと急かすように上り、近衛がそれに付いて行く。
 気まずい空気を作ってしまったな……。

「お前が何考えてんのかわかんねぇけど、暗くなるのは良くはねぇ」

「む……」

 仁が真剣な表情で俺に語りかける。ココまでは言うがコレ以上は詮索しないとコイツは言う。

 仁は俺の事どこまでわかってるんだろう。
 ……きっと訊ねても教えてはくれないだろうな。

 仁の事はまだほとんどわからない。ただ考えを見抜かれてるような気がする。だからこそ、こんな表情で語りかけてきてくれた気がしてならない。

「そうだ、そっから上を見てみな」

 続けざまに小声で語りかけてくる、青髪の男。

 上、上……上――――――ッ!?

「こんのアホヤローッ!」

 指示した男に小さな叫び声をあげて鉄拳制裁。両手にある袋の中身には細心の注意を払ってるから平気だ。
 しかし、人が真剣に考えてたってのにコイツは。

「ふ……さすがにやりすぎたぜ……これを受け取るがいい……」

 倒れ伏した男は小さな紙切れを掲げる。まあ灸を据えようと思ってたし丁度よかったよな。では、受け取る物は受け取って上の階に参るとしよう。

 

 

 

 

「遅いじゃない」

 六階のとある一室の前で先に上がった二人組が待っていた。
 周りには十以上の扉が見え、その一つ一つに表札が掲げられている。二人の寮室もあれば、三人の寮室、ざっと見ただけで五十は名前がある。人の気配がないのがホントに救いだ。

「すまん、荷物に引っ掛けられて手間取った」

「引っ掛けられて?」

「深く考えなくていいぞ、神楽坂」

 大きなお荷物はここに来るまで、しばし時間が必要だろう。

「それでアンタ達の部屋は六階だったっけ?」

「うーん……ああ、そうみたいだ」

 さっき仁から受け取った紙に3つの数字が書かれてる。
 前にある部屋の数字と紙の書いてあるのを見る限り――

「でも、誰かが部屋移ったなんて聞いてないけど……空き部屋なんてあった?」

「ウチも聞いとらんな~。おじいちゃんのことやからびっくりさせようと思ったんかな?」

「あの爺さんは存在事態が驚天動地だからな。さて、衛宮士郎、君に意見を聞こう」

「学園長が面白がってるだけ、かな」

 学園長ともまだまだ付き合いは短いから考えなど読みようがない。だけど、こう思えるのはあのお爺さんだから、って一言で済む気がする。ついでにこの横の……

「……お前いつから居た?」

「ふっ、教えてやる義理はない。ただ、お約束とだけ言っておこう」

 結構な力を入れて鉄拳を入れてやったんだが、随分と回復力が高い。今度から灸を据える時はもう少し強めにしたほうがいいいようだ。

「それであんた達の部屋は何号室?」

「……644号室だ」

 紙きれをもう一度見直してから言う。
 相手は予想通りの反応だ。そりゃあ君達は643号室で俺達と隣って訳になる。

「どうやら神楽坂の部屋の右手側のようだ。よろしく頼もう」

「何でこうなるのよ……」

 そろそろこの男の変な喋り方にちゃんと指摘するべきか。右手と左手どちらにしようかな――

「そか、ウチらの隣かー。そうや、アスナ~、せっかくやから歓迎会せーへん?」

「このか、さすがに――」
「いきなりそれは――」

「それなら我がシェフの士郎君が夕食を用意しよう。頃合いになったら644号室に来てくれたまえ。そうだな、時間も時間なので至急作らせるように手配しておこう」

 学園長のお孫さんの突拍子もない言葉に俺と神楽坂の間に割り込んだが、それもどこぞのホテルの役人風に喋る仁に止められた。
 仁は腕時計を確認した素振りを取ってるけど、そんなもん買ってないし、仁の腕には何もない。

「士郎くん料理できるんや~」

「高級ホテル並とはいかないけど、ある程度は自信あるぞ」

「……意外ね。いや、合ってる……?」

 何故か今、少し悲しい気分になった。自信はあるって強気で言ったばかりのはずなんだが……。

「よし、じゃあ決まりだな。ああ、人は他に呼ばんでくれ。まだ準備してないから困る。じゃあ後でな、このかにアスナ」

「ちょ、ちょっと――」

 仁が一方的に喋って俺の背中をぐいぐいと与えられた寮室へと押していく。俺も抵抗する事もなく誘導されるがまま歩いた。これ以上留まれば他の女子に見つかる。仁もこれを危惧しての早期の行動に違いない。

 扉の前に着くや、仁がドアノブを回す。数回確認して開かないと判れば手にあらかじめ用意していたのか、鍵を素早く使用し、ドアを開いて室内へ入り込んだ。

「第一関門はクリアだ。良くやった衛宮士郎」

 カチャ、と鍵を閉めつつ仁が喜びの声を上げて、グッと指立ててボディランゲージ。

「喜ぶのもいいが、準備を始めよう」

 それを止め、早く次の行動へ移るように俺が促す。
 喜んでる暇はない。コイツが早くすると言いだしたせいで時間が限られるのだ。

「まぁ、慌てるな士郎よ。いつも通り作れば問題ないさ」

「別段慌ててないし、いつも通りに作るつもりだ。それでも客を待たせるのはいけないだろ?」

「確かに」

 仁も納得したようなので早速行動に移る。まずは外出後の手洗い。これは基本だ。それにこれからするのは料理、故に最も使用する手は清潔にしなければならない。

「でけぇ冷蔵庫だ。最先端の奴か?」

「そうみたいだ。仁、タオル」

 部屋の片隅に一層と目立つ六つに分けられたドアのある縦長の箱。俺と仁の二人暮らしとなると到底必要のなさそうな物だ。

「じぃさんの気前の良さは大したもんだな」

「……ああ」

 ここに来る前に行った買い物、その中には夕食の食材も入っていた。保存すべき物は当然、保存するために作られたこの箱に入れる。ここまでは良いんだが、扉を開いた中には既に物が保存してあった。それも、

「魚、肉、ドリンク、チョコレート等の菓子類、果物、野菜……冷凍庫にはアイスと綺麗に完備だ」

 中身はタオル片手にした仁が言ったような状態。備わりすぎている。

「それに俺からも付け加えると、二人で相当の量を早めに食べないと駄目な物がある。しかもこの冷蔵庫並に目立つ大釜の炊飯器を見ると――」

「あのじぃさんは、オレ達が人を呼ぶのをある程度予測してやがったと取れる」

「お陰で追加の買い物に行かなくて済んだけどな」

 今日の食材は丁度二人分しか購入していない。
 もし、外に出てここまで戻ってくるような事になってたら、また下であったようなトラブルに巻き込まれてたに違いない。出来ればドロップキックなど食らいたくないのだ。平常な人間だから。

「ではオレは米を炊こう」

 仁が炊飯器の台の下に付属している米びつのボタンを押し、ザーっと流れ落ちる米の音が鳴る。炊飯器の上を見れば電子レンジ、見るからに値段が張りそうな多機能付きの物があった。
 あの学園長は、かなりの財産を所有してるのはわかってるんだが、俺達に対してこれはやりすぎじゃないか。

「……仁、何合炊くつもりだ」

「客が来るんだ、足りないって事になったらどうしようもないだろ。余っても一日ぐらいなら持つし、いざとなれば食べきるから任せろ」

 自信ありげに言ってるけど、米は炊飯器が持つ最大の容量分まで入ってる。1合炊くとご飯何グラムになるかわかってるんだろうか。
 ……ああ、もう俺は知らんぞ。こっちはこっちでやらんといけない事が多くあるからな。ただ目指すは、予約の入ったお客を満足させて無事に終わらせる事だ。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした……」
「ごちそうさまでした~」
「真に馳走になった」
「ごっとうさんだ」

「お粗末様でした」

 四人の特長染みた食事を終える挨拶に俺が返す。
 テーブルの上には先日別荘の方で出した皿よりも多いぐらい空き皿が散らばっていた。

「何回食ってもうまいなぁ士郎の料理は」

「……なんで男子があんなおいしい料理が作れるのよ」

「士郎くんに料理教えてもらえんかな~」

「うむうむ、おいしいご飯でござった、ニンニン」

 続けるように四人からそれぞれの言葉が出る。
 食事については上々の反応。食事中は仁と近衛が中心的に話を広げて盛り上がってた。

 楽しんで食事が終わったのはいいんだが、ここで疑問に思うことがある。誘ったのは二人で、食卓に座るのは仁と俺を入れて計三人。疑問に思ったのはここ。ごちそうさまの言葉をもらう人数は、俺を引いて三人のはずなのに何時の間にか四人目が居た。その一人とはニンニンって言ってる細目長身の女の子で、仁もかなり料理を食べてたけど、彼女が一番料理を食べていただろう。
 しかし、ニンニンって忍者か? それにござったって……

「そうでござった。拙者の名は長瀬楓でござる。明日転入生が2人来ると聞いておったがお主達のことか?」

「えっ、楓ちゃん、いつの間に!? って、それよりも転入生って何よ!」

 長瀬楓、か。神楽坂は長瀬の存在に気づいてなかったようだ。ちなみにずっと君の横にいたんだが。それに楽しそうに皆で話していたではないかと。

「2-Aを守るために来た正義の味方って言っただろ。忘れてたのか?」

 仁がまた「正義の味方」って言ってるし、出来るならあまり言わないで欲しい。まあそれは置いとくとして、なんで長瀬楓という人物が転入生がくるって事をわかってる? やはり忍者か諜報部員なのか? しかし忍者となれば、云わば男の憧れだよなぁ。ぜひとも分身の術が可能か聞いてみたい……また、何考えてるよ俺。

「女子中になぜ男子が来るか聞きたそうだな。めんど……いや明日話すことになるからそれまで待て」

「仁がそう言うなら、俺も話さない事にしよう」

 説明するとボロが出るっていつも言われてるから、俺から話はしない方がいいと判断。注意してるんだけど、悲しいことに上手くいかなく空回りしてしまうのが……

「もう遅い時間だから自分の部屋に戻ったほうがいいぞ。片付けは俺達でやるしな」

 すでに時刻は8の数字を悠に越えていた。
 話を切り替えて女子に帰るように促さないと明日が大変だろう。

「うむ、あとアスナと楓は勉強やってなさそうだから寝る前に勉強しろよ」

「「うっ……」」

 呻く二人を見ると、勉強は得意でないようだ。
 恐らく仁は知ってて言ったのだろうけど、言葉を少し選んだ方がいいと思う。

「勉強もいいがほどほどにな。女の子なんだから夜遅くまでやると良くないからな」

 あ、言い方が悪かったか……相手の顔色を変えてしまった。
 仁の言葉に少々酷なのが混じってたから、出て行く前にそれを中和しようとしたんだが……

「仁、どこか悪かったか?」

 小声でこっそりと隣の男に助けの船を求める。元凶はこいつだけど、出せる船はこの男しか持ってないのだからしょうがない。

「あえて言うなら笑顔と、いやらしい言い方だ。死ねと言っておこう」

「なんでさ」

「うるせぃ」

 疑問の答えは返って来ずに、お邪魔しましたとリビングを退出していく三人組を黙って見送る。

「さてと――」

 ドアが閉まる音と同時に、仁が立ち上がりドアの方へと歩きだす。そして、カチャと此処に初めて入ってきた時と同じ鍵を閉めた音が鳴った。これで突然入って来られたり、長瀬のようにいつの間にか居るような事にはならない。

「まずは片付けだな。そんで明日の準備に寝支度っと、今日は早めに寝といた方が良い」

「そうだな。明日は大変そうだ……ああ、さっきのは――」

「おっと、自分で考えるのも大事だぜ」

 むぅ、これ以上問うても、こいつの口が開く見込みはなさそうだ。
 とりあえず俺も動かないと。仁が言ったとおり、早めに寝るためにも洗い物に時間を掛けるのは問題である。

 

 

 

 

 翌朝。朝の登校時間を遅くすると、「初日だし女子に囲まれてやばい」と仁に言われたのでかなり早い時間に二人で登校。

 昨夜は洗い物が終わった後は、寮室に備わってた風呂に入り、寝る準備と明日の準備をしてすぐに就寝。明日の準備と言っても、これまた学園長からの贈り物らしきスクールバッグに勉強道具を入れた程度の事だ。ただ仁は一人で纏めたい事があるといって後から寝たようだが。
 そして早朝に起床して、エヴァと絡繰に挨拶してから登校するかという話になったのだが、結局は行かずに学校へ直行し――今は学園長室にて仁と学園長が囲碁の真っ最中である。

「待っ……」

「待ったは3回までといっただろう爺さん。修行が足りんな」

 碁石を片手に、はっはっはっと高らか笑う青髪の男が圧勝したようだ。仁の対戦相手の渋る表情。盤上を見ずとも試合内容を明確に表してた。
 仁はゲーム全般俺は強いぜ、とか言って燃えて囲碁を打ち始めた。それも盤をしっかりと確認すればその言葉に嘘はないと分かる。でも御老人に対してえげつないぞ。

「囲碁もいいがそろそろ登校時間だと思うが」

 学園長室内の時計の針を確認すれば、教えてもらった朝のHRの時間のもうすぐの所を指している。

「そうだな、そろそろタカミチが来るころだ」

 立ち上がる仁の手には碁石に変わって封筒が握られていた。その一面には御小遣いと筆字で書かれている。
 あぁと……勝てば御小遣い、負ければ学園長が孫を許嫁にすると言ってたっけ。冗談だと思ってたけどお互い本気だったのか。こんな無茶な提案を素直に受けるって事は、どうやら仁の奴随分と自信があったようだ。もし俺の場合だったのなら決してしない、そういう事をすると何故か負ける予感がする。

「フフフ、これでオレの趣味に使える」

「変な気が出てるぞ」

 ただでさえ大金を受け取っているのに、こいつは御小遣いまで手にするとは……。

「そうだじぃさん、あの部屋どうしたんだ?」

 仁が制服の内ポケットに封筒を入れ、それとなく言葉を出す。

「はて、何の事かの? “あった”部屋を君たちの物にしただけじゃが」

 特徴のある笑いで返す学園長。それに応えるように仁も軽く笑う。

「さて、行くとするか士郎よ」

「いいのか?」

「問題ない」

 囲碁をする際に学園長の机に置いていた鞄を手に取り、先に部屋を出る扉へと仁が歩く。
 今のやり取りはお互いの……黒さが出てた。もっと判り易い言葉で表すなら狡賢さか。それも戦略とか堅苦しいものではなく……やめておこう、仁に睨まれそうだ。
 先に歩く仁が学園長室の扉を開く。その先には丁度よく会う予定だった白いスーツ姿の男性が立っていた。

「おはようございます、タカミチさん」

「今日も渋いねタカミチ、おはよう」

「おはよう士郎君、仁君」

 仁はタカミチさんを呼び捨てで言う。曰く、10歳の子も呼び捨てなんだからオレも馴れ馴れしくいくぜ、だそうだ。さすがに俺は敬語を使わないと嫌な感じがするのでそうしてる。

「さて行こうか戦場へ」

「なんで戦場なのさ」

「ハハハ、仁君の言う通りかもしれないね」

 不穏な言動をする仁と、それに明るく返すタカミチさん。
 いやな予感がしまくりだ。ただ教室に行くだけなのに…………ただ?

 

 

 

 

 歩くこと数分、先導していたタカミチさんが立ち止まる。

「ここが僕のクラスの2-Aだよ」

 そしてハハッと笑い、こちらへと振り向いた。

「そんなに心配しなくていい、君達はいつも通りにしていれば問題ないさ」

「という事だ士郎」

「……大丈夫です」

 タカミチさんの言葉は俺と仁の二人に対してだが、実質は俺に対してのみ。
 さっきまでは結構平常のつもりだったけど、目の前にすると気持ちが揺らぐ。何せ此処は女子中学で、前の扉を開けば女子しかいない空間だ。改めておかしい。世界が異なり、多くのおかしな部分を体感したが、また違ったおかしさがここに在る。

「では、先鋒を士郎に任せるとしよう」

 コイツは俺と違って、この状況を楽しんでやがる。しかも今の言葉のせいでタカミチさんも俺に先を譲る事を決定したようだ。こうなったら、諦めて歩を進めるしかない。
 さて、微かに開いた教室の扉の上に挟まった物、典型的なトラップが目に映っている。目立たせないように、廊下へと突きださずに仕掛けられた黒板のお供。直撃はご免なので取り除く。

「チッ、さすが士郎だ」

「先に行かせといて、わかってるなら何で言わないんだ」

「引っ掛かると面白いからに決まってるだろ」

 ふむ、この手にある黒板消しは仁にくれてやろう。む? 受け取れずに頭に直撃したか。ちょっと強く投げ渡しただけなのにな。ふ、粉で白くなってる。よし、気持ちを変えて入るとしようか。
 ガラリと横引きの扉を開き、そこで一旦止まる。目的地は教卓と決まっている。扉を開けた勢いで進んでしまいたいのだが、またもや誰かの悪戯が仕掛けられてるのが目に映った。数歩先に張り詰められた紐状の物、足を引っ掛けるために用意された二つ目のトラップだ。

 まずポケットに手を入れて“―――投影トレース開始オン

 投影した物は掌に収まる程のナイフ。何気ない素振りで仕掛けられた紐を一瞬で断ち切った。

「む…………」

 紐を切ると同時に天井から目の前に降ってきたバケツをキャッチ。更に追い打ちを掛けるかの如く降る六本の玩具の矢。それの軌道が此方に向いた二本の矢を空のバケツで受け止めた。

「はぁ……」

 トラップは紐に引っ掛かって転びそうになった所にバケツと矢の追撃、か。
 とりあえず床に刺さった玩具の矢は、受け止めた矢と同じようにバケツの中で纏めるとしよう。バケツは教卓の横にでも置いとけばいいかな。

「……これで良しと」

「全てのトラップを見抜くとはすげぇな」

「ハハハ、士郎君は手際がいいね」

 置いた所で後ろの二人が傍まで来ていた。
 まあ、子どものトラップだからこれぐらいは簡単によけないといけない。それにしては凝った物を作り上げられていたのだが。
 しかし本当に女子しかいないなぁ、と教室を見渡す。エヴァは一番後ろの廊下側、その前に絡繰か……エヴァの奴、笑い堪えてるし。昨日会った三人、長瀬が窓側より一つずれた所、神楽坂と近衛が丁度真ん中あたりで隣同士か。挙げた順に、よくわからないが楽しそう、引きつってる、ほんわか穏やかといった感じだ。
 他は、ほとんどが固まっていて皆似たような状態。その中で際立つように鋭い視線が二つほど此方を刺してきている。一つは竹刀袋を持った子、もう一つは色黒の子。色黒の子は相当背が高そうだ。長瀬も高かったけど彼女もそれぐらいありそうだな。

「みんな、転入生の衛宮士郎君と防人仁君だ、仲良くして欲しい」

 担任のタカミチさんが皆に俺達を紹介。爽やかさの中に苦笑いが混じっている。
 タカミチさんは納得はしてるようだけど、結局は俺達は男だしな……。先生なら勿論、問題ない。だけど「転入生」、女子校の中に男の転入生だ。
 はぁ……何にせよ、まずは喋らないとマズイか。

「衛宮士郎です、よろしくお願いします」

「防人仁だ、ボケ担当っぽいけどよろしく」

 改めて俺が自分の名前を挙げ、続けて仁が挙げる。
 静寂な雰囲気がさらに、って感じになった。何か打開策を打たなければ、どうすれば――

「えぇっと……」

「「「「「「「えぇぇぇーー!!!」」」」」」」

「ぐっ――っ」

 脳まで響きわたるこの声量、とても痛い。ワンテンポ置いてからだから油断した。言ったら悪いと思うが戦場での騒音みたいだった。

「どこから来たんですかー?」

「何で女子中なのに男子が転入してきたんですか?」

「彼女とかいるんですか?」

「好きな食べ物はなんですか?」

「女子校に来るなんて、まさかあなた“変態さん”ですか!?」

 女子が詰め寄ってきて一斉に質問をしてくる。

 いや、そんな一気に言われても答えれないし、喋る暇もない。
 それと質問の中に変なのが混じって横から聞こえた。そうだな、丁度手にはナイフがある。

「痛! くぅ、我慢、皮一枚だ――ああ、タカミチありがと。質問は一人ずつ順に答えていこう。じゃぁ出席番号3番のあなた!」

 仁が片手でタカミチさんから借りた出席簿を開いて軽く覗いた後、顔を上げてカメラの持った子に対して言った。

「ふっはー! 待ってました! このパパラッチ朝倉和美がどんどん聞いちゃうよ!」

 やけにテンション高い子だ。仁といい友達になれそうだな。この子に限らず多くの人がテンション高いような気がするけどさ。見たところ半々と迫ってくる活発の子と座っているままの大人しい子とで別れてる。

 昨日までに会った5人は皆座って眺めてるだけ。
 ……大人しい子? 神楽坂も……いや、もう会ってるから眺めてるだけなんだよな、きっと。

「まずは何故この女子中の2-Aに、しかも2人も男子が転入して来たんですか?」

「フッ、いい質問だ。これは誰もが持ってる疑問だろう。簡潔に言うとこれは近衛爺の陰謀で、衛宮士郎が2-Aみんなを守るために来た正義の味方と言っておこう」

 また昨日と同じように正義の味方って言いふらしてる。
 今度ちゃんと仁に言っておくべきか。忘れないでおこう。

「それ以外は何もオレとコイツからも喋れない。今言ったように、企んでる学園長に聞いた方がより良い情報を得られるかも知れんな。これだけ秘密主義故に当然ながら、安易にオレ達の噂を広げるといった行動を取れば…………」

「取れば……?」

 流暢に話し続け、嫌な間の取り方をするこの男。聞いてる側は真剣に受け止めてるようで、静かに次に吐かれる言葉を待っている。
 俺は俺で仁の奴が何の狙いがあって話しているのか考えてる。本当に重要な事を言おうとしてるのか、はたまたさっきまでと同じように面白がってるのか。

「大変な目に会う」

「え、な、何で私の方に対して……?」

「何となくだ」

 最後の溜めた言葉を、眼鏡をかけ髪の毛の数本の束がピンと二つに別れて跳ねてる子に対して言った。
 仁が何となくとは言ったものの周りが、うんうんと同意している。その子の近くに居る子からは、「ハルナだからね」との声も聞こえてくる。どうやら仁は、予めこういう子だと知っていたから釘をさしといたようだ。
 噂を広げる、か。周りに知られ過ぎるってのも良くはない。仁、ちゃんと考えて話してたんだな。しかしコイツ、語りが上手い。

「そうですか。それでは次の質問は……そうですね……。あ、これならさっきのにも関係しないでしょう。では、思い切って聞きましょう――ずばり、彼女はいるんですか?」

 色恋沙汰か。このぐらいの女の子には好きそうな話題である。

「はっ、当然、オレはいない。ちなみに彼女もった暦は0年だ!!!」

「い、いや、威張って言われてもですね……。オレはいないってことは衛宮さんは?」

 仁はまた余計なことを言ったな。しかし、これは正直に言ったほうがいいのかなぁ。みんな目を輝かせてるし……

「うーん、そうだな……。ある人に告白してOKもらえたんだけどもうその人には会えないんだ。その後は今まで何もなし。つまり、仁と同じって事になるのかな」

「―――――――」

 ん、仁が何か言った? 聞き取れなかったけど……。

 それにしても、やはりしんみりした空気になってしまった。もう少し凝った言い方をすればよかったか。

「すいません、衛宮さん」

「いや、いいんだ。いずれみんなに話してたかもしれないしさ」

 この場で今のことを言わなくとも、このクラスなら確実に話す事になる気がする。うん、絶対にそうだ。確証はないのに何故か言い切れる。ならば、切り出しは少々悪くとも早めに済ませれて良かっただろう。

「さて、そろそろ授業が始まるから皆席に着いて。士郎君と仁君は後ろの……長谷川君と夕映君の後ろの席に座ってくれるかな」

「了解だ、先生」

 長谷川と夕映……仁はその名前について分かってるようだが、俺にはさっぱりな訳で。

「真ん中の後ろだ。特に長谷川が変な顔すると思うけど気にすんなよ」

 察してくれたのか、仁が小声で語りかけてきてくれてから教室の奥へと先に進む。
 眼鏡をかけた子が、際立ってすごく嫌そうな顔してる。どうやら彼女が仁の言う長谷川って子だろう。

「士郎君はウチらの後ろか~」

「ああ、よろしく頼む」

 席へと向かう際に近衛からの一言に返す。
 彼女の席は長谷川の一つ前。近衛と長谷川、前後の表情が完全に逆になっていておかしな感じだ。

「おい、エヴァ。お前の席は一つ隣だろ寄ってくるな。色々ややこしくなりそうだ」

「こう何年も授業を聞いてると暇なのでな、貴様らで遊ぶとしよう。む、逃げるな。貴様には聞きたい事があるからこっち側でいい」

 エヴァが自分が元々座っていた席から一つこちら側にずれて仁と横でじゃれてる。まあ、俺は気にしないで仁の隣に座ろう。

「…………」

 座れば周りの視線が気になってくる。
 チラチラと確認して来る人から、じいっとこちら見てくる人。その中でも自己紹介前に感じてた刺さるような視線が増えてるから困りものだ。

「さて士郎、社会と理科は真面目にやらんと居残りがかかることになる。まずは勉強だ。エヴァみたいに不良にならないよう頑張ろうぜ」

「おい貴様、人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

「ハグァッ!」

 仁は気楽そうで羨ましいな。金髪少女に殴られてるのは別として。
 とにかく仁の言うとおり、中学生に勉強で負けないようにしないと自分の中の尊厳が失ってしまいかねない。
 ひとまず今は、勉強に励むとしようか。

 

 

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2008/11/26 改訂
2011/3/13


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