7 今後の予定と騒がしい学校生活
タカミチが終業のHRを始め、直に初日の学校生活が終わる。
中学生からのやり直し、それも女子中とな。何よりも賑やかなクラス、又は騒がしいとも言う。正直、休み時間になる度の質問攻めはしんどかった。自己紹介の時と同じように、適当な事を言って流した訳だが。
しかしあの妖怪爺さんには恐れ入る。授業に入れば科目毎に教師が変わり、当然タカミチ以外の教師とも会う。だが入ってくる教師達は、苦笑いしつつも授業をしっかりと進めていった。一体どんな風に説得すれば、あれだけ大人しく教師陣がしてるのかね。「じゃあ今日はここまで。それと仁君と士郎君は、学園長から来るようにとの連絡があったから忘れないないように」
「じぃさんが用?」
「わかりました」はて、何用か。今日一日の感想でも聞いてくるのかな。
「ほら、さっさと此処から抜けんとガキ共に囲まれるぞ」
くっ、と楽しそうに笑う隣の金髪のお嬢さん。
ええ、そんな事は百も承知ですよ。散々味わったばかりなんだから。「木乃香、これ委員長に渡しといてくれ。誰にも覗かれないようにして、すぐ見るようにってな――士郎、逃げるぞ」
「ん、ああ」
4つに折った手の平サイズの紙を、2つ前の席に座る木乃香に有無を言わさず渡して教室から飛び出る。
「委員長って言うと、雪広あやか、って娘だったか」
「その通りだ」
スタイル、性格、頭が良いと一見完璧とも取れる人。しかし、一週間後にショタコン伝説の始まりとなるのはオレしか知らない。
「で、その委員長に何かあんのか?」
士郎に受け答えはすれども、学園長室へと歩む足は止めず足早に進む。
「いや、ただ仁はああいう子がタイプなのかなぁと」
「おい、何でそうなる」
士郎の突拍子もない言動に足を止めさせられた。並び歩いていた士郎も同じように足を止めた。
「さっき渡したのは、所謂……一種のラブレターかと思ったんだが違うのか? やけに積極的だと関心したが」
「だから何でそう……」
なる? ……なる、か。渡した時の言い方が悪かった気がする。それに出る直前にクラスの奴らが、あの紙にえらく食いついてたような……。
「そいつは誤解だ。とりあえず歩くぞ」
周りの視線が酷く気になる。教室から覗く者、廊下にいる者、オレの視界に入る者の全てがオレ達二人を見ていた。
オレ達は場違いな者だし仕方がない事。こうなるのは分かってたさ。
◇
スタスタと進む事ほんの数刻。現在は二度程通った学園長室前。二度軽くノックして、さっとその中に入る。
「じぃさん何の用だ?」
部屋の中へと進みつつ、呼び出した本人に問いかける。
「フォフォ、単に今日一日の感想を聞きたかっただけじゃよ。うむ、そこのソファに腰掛けながらでよいから話を聞かせてもらおうかの」
「そいつぁ、ご厚意感謝だ。じゃあ士郎はそっちのソファな」
初めから座るつもりだったのだが、とても気の利くお爺さんです
さて、まずはオレの予想通りの用件だった。何を話すべきかね。「それでは最初は衛宮君に聞こうかのぅ。どうじゃった? ああ、思ったとおりで簡単に話してくれればよい」
「簡単に、ですか……」
爺さんが学園長の席越しに問い。聞かれた士郎は悩み始める。
士郎の奴は簡単に、とは言われたものの選ぶものが多すぎて、逆に困ってるって感じだ。「……挙げるとするなら、恐ろしいぐらい元気なクラスだった、ですかね」
士郎が言葉を絞り出す。その答えは、的確な答えと言えよう。言葉の中の恐ろしいってとこがポイントである。
「ふむふむ。どうやら防人君も同じような事を思ってるようじゃのう」
「む、御名答だ。ついでに付け足して良いクラスだった。士郎はどうよ?」
「そうだな、仁の言う通り良いクラスだったかな」
オレと士郎の意見は一致。あのクラスに、悪いクラス、と到底当てはまる事はないだろう。少々悪戯が過ぎる時があるけどさ。
「うむ、ワシはその言葉が聞けて満足じゃ。防人君に衛宮君や。来てばかりで早いが、どうやらお迎えが外に来ているようじゃよ」
迎え……まさか2-Aの奴らか。計り知れない行動力と速さ、休む暇もくれないとは恐れ入る。
「爺さん、何人いる?」
「いっぱいじゃのぅ」
「……声は外に?」
「壁に耳を当てても聞こえんから大丈夫じゃよ」
これは安心。そんで外は……どうしようか。クラスの大半が待ち構えている。素直に出て言っても面倒だろうしなぁ。
「そういえば、あの手紙は何て書いてあったんだ?」
「あー、委員長に渡した奴ならパーティーは一週間後にしてくれ、って内容だ」
「パーティー……?」
「なるほどのう。ネギ君が来るのが来週だから纏めて歓迎会をした方が良いということじゃな」
「そう。学生の身分で二度もそんな事やったら金がやばい事になるしさ」
委員長を筆頭に例外も混じってるけど、例を挙げればアスナは爺さんから援助とバイトで生活してる身分だし、何だかんだで金使うだろうしなぁ。しかし、手紙に「クラスで歓迎会をやるそうですが」って一文入れたけど、そんな雰囲気も噂も立ってなかった。うっかり誰かが漏らしそうなもんだが、こういう時に限って何故隠密行動になるんだよ、あのクラスは。
「成程、だから委員長宛てに渡したのか」
「クラスを指揮する身分だからな。爺さん、どっかに外へ出る隠し扉みたいのはないのか?」
「隠し扉はないが、丁度よい出口なら」
爺さんが学園長席から立ち上がり、後ろの窓の方へと寄る。
下校する生徒でも眺めている? いや、そうじゃない。まさかとは思うが――「一階でもない、この学園長室の窓から外に出ろと?」
「一般人には見えんように施してあるから大丈夫じゃよ」
「そういう問題じゃねぇだろ、爺さんよ」
そもそも、その窓は開く構造か? あ、魔法でそんな些細な事は気にせんでいいってか。
「まぁいーか。士郎、真っ直ぐエヴァの家に寄ってくぞ」
「何でだ?」
「これから首を突っ込んでも生き残るためだ」
自ら進んで突っ込む以外にも強制イベントも混じってるだろう。
オレの予想では修学旅行の辺りが危ないと見てる。士郎と一緒にいれば大丈夫そうだが、オレ自身戦える力があるに越した事はない。そのためにエヴァに少々手助けを頼みに行く必要がある。
何にせよ、まずはこの学園長室の正式な出入り口から奴らが侵入してくる前に出ていかないと。よいしょと立ちあがって、脇に置いた鞄を肩に下げ、忘れ物がないかチェックしてからじぃさんの側へと行く。「ふむ、では――」
「ああ、爺さん、色々とありがとな」
「――何のこれしき。では二人とも、また明日のう」
簡単に礼だけを言って、学園長室から退室した。
◇
「それで、何の用で来たんだ?」
場所は変わってエヴァンジェリン邸。学園長室を出てからは誰にも足を止められることなく此処まで着いた。
そして、今はソファに座るエヴァが足を組んで偉そうな格好で質問してきている。「うむ、魔法を教えてくれってのは……駄目か?」
「めんどくさい」
即答とは。だがコイツの性格からしてそういうと思った。
うーん、そうとなれば、子ども先生に教えてもらうか。けど気が変わったらエヴァの弟子入りした方が効率面、成長面を諸々考えて良さそうなんだがなぁ。子ども先生だと『あぶぶぶぶ』だし。「じゃあ、今のは気が変わったらってことでよろしく。それと魔法発動体と魔導書みたいのがあれば譲って欲しい。魔法発動体はリングとかネックレスとかだと嬉しいな」
「注文が多い奴め……私は悪い魔法使いだ。貴様が言ったそれらを渡すとしても、それなりの代価はあるのだろうな」
等価交換か。これもそう来るだろうって事は予測してた。
しかし、何も用意していないと言うか何もない。なんせこの世界には無一文で来たようなもんだし……そうだ!「士郎の投影した宝……は駄目みたいね」
士郎の顔こえぇよ。人を勝手に巻き込むなってか? 折角の名案も二秒でおしゃかになっちまったぜ。
……よし、こうなったら、この提案しかない。最終手段として残しておいたこれに掛けようではないか。「エヴァは囲碁部だったな? 囲碁で決着をつけようじゃないか!」
「ほぅ、囲碁か。私が万が一負けたらさっきの品を渡すとして、貴様が負けた場合は何を払うのだ?」
「オレと士郎の血ってことでいいか?」
「……まぁいいだろう」
ハハハハハ! 血に釣られるとは、かかったな金髪ロリっ子め!!
オレが負けることは万が一でもありえん。囲碁は盤上のゲームでは一番の得意種目。鍛え上げられた右腕が必ずやオレを勝利へと導く。確実な勝利をもぎ取るためにも、自信満々の相手を油断させたままにし、この笑い声は心の中だけで済ませておかなくては。
傍で勝手に条件に入れられたせいかコッチを睨んでる男は無視、集中力を高めろ自分よ。負けたら洒落にならんぜ。
◇
――――終了。結果というとオレの勝ちである。
「……何故貴様なんぞに負けるんだ……」
今は一階から二階へ上がって畳の間。洋造りのログハウスの中に和洋折衷の和室部分。囲碁と茶道を嗜むエヴァのための間取りだ。その中、オレの目の前には正座し、盤上をじっと見ている姿がある。最初は胡坐で余裕の姿を出していたエヴァだったが、途中から今後見れそうにないような今の正した姿へとなった。
朝にじぃさんとウォーミングアップしたのが良かったのか、自分としては思い通りに描けた最高の打ち回しだった。「それはオレがお前より強かった、唯それだけだ」
フッ、台詞もきまった。
今のオレはすごくカッコいい気がする。そしてなんて清々しい気分なんだ、神々しい光が天から降るような清々しさだ。「くっ、すごく腹立たしいが……しょうがない、茶々丸、こいつが言ってたものを持ってこい」
「わかりました、マスター」
流石に自分から呑んだ提案故に素直だ。
まぁ、これでオレも魔法使いグッズゲットだぜ!
……っと、そういえば士郎は――座布団に座ってチャチャゼロと話しているみたいだ。それに、空きの座布団が一つ。これは茶々丸が座っていたもんだろう。他にはテーブルとお茶請、上がってきた時には無かった物がある。この三人でどんな会話をしてたのか……想像できんな。「お待たせしましたマスター、防人さん」
「あ、すまないね」
茶々丸に分厚い本を手渡される。中身は……読めん、何語? 恐らくはラテン語だろうけど、これは士郎に解読してもらわんと駄目そうだ。
本を閉じてもう一つ頼んだ物を茶々丸から受け取る。銀色の腕輪型の魔法発動体か。見た目も上等。中々センスがいいとこで安心した。「いいもんもらった、ありがとな」
「……貴様が素直に礼とは奇妙だな」
「お、照れてんのか?」
「っ! うっさいこのボケェー!!」
痛い。また無詠唱魔法を使ってくるとは……からかいすぎた。それと、魔法薬の無駄遣いは控えた方がいいと言っておこうか……これは下策だな。言うと、もう一発食らって意識が薄れそうだ。面白い表情見れたからいいってことにしよう。
「さて、次は肉体の鍛練、と。別荘借りるぞ」
「コラ、貴様。勝手に次々と決めるな」
「というわけで士郎、相手と指導を頼む」
「いつになく真面目だな。そういうことだったら喜んで引き受ける」
エヴァと違って士郎は快く引き受けてくれる。
うむ、まだ日は浅いが最早君は親友クラスではないかと勝手に思っておく。では、後ろで何か騒いでるのは気にしないでさっさと地下室に行くとしよう。
◇
「この身は中学生から高校生程度。とりあえず基本的な筋トレが一番か?」
オレの鞄の中に予め用意しておいたトランクス型の海水パンツを身につけ、それ一丁の姿で砂浜に胡坐をかいて同じようなカッコで座ってる目の前の男に問いかける。
オレには今しがた士郎に問いかけた言葉のもの以外の案がない。部活も入ってなかったし筋トレなんて体育の授業でしかやったことないし。
しかし、士郎の奴はガタイが良い。オレと比べられると困っちまうぐらい良い。これが昔から鍛えていた奴とそうでない奴の差か。
……まぁ、お互い体はこの世界に来た時に変わってるってか若返ってるんだけど。ふ、なんにせよ比べられると男としては悲しいかな。「そうだな。まずは腕立て、腹筋、スクワット、背筋100回の10セットといこうか」
「いやそれ無理だから」
この世界に入ったからにはそれぐらい必要なのかもしれないけど、いきなり無理難題すぎる。士郎君は何処の超人様ですか?
「冗談だ。とりあえずさっき言ったのを100の1セットとして出来るとこまでやってみてくれ」
「……まさかお前に冗談を言われるとは……。よし、じゃあ気を入れ変えて、生きてくために頑張ろうかい」
意気込んで特訓という名の基礎トレーニング、腕立てから始まった。
「やり方が違う。もっとこう――」
「それじゃあ、ただ楽してるだけだ。いいか仁、ここを――」
「まだ余裕があるだろ? もう少しやってみろ――」
「ぐ……ぉ……ぅ………もぅ、無理」
腕立ての途中で砂の上へと倒れ込む。
記録は100回の3セット。4セット目の始めで沈黙した。体が変わったせいか思ったよりも多くこなせたが、士郎が冗談で出した10セットには程遠い……そんで、コイツの鬼コーチ振りに泣きなそうになりました。「今まで肉体の鍛錬したことないって言ってたから、上出来な方なのかな?」
「全然駄目だな」
「男ナラモウ少シ粘レ、ケケケ」
エヴァとチャチャゼロは辛口だぜ。
くっ、体を蹴るなエヴァ。今は体をすごく休めたいんだぞ。囲碁で負けたのを根に持ってやがんのかコイツ。「防人さんお水です」
オレを救ってくれるのは茶々丸、君だけのようだ。
「1時間休んだら次は試合形式で訓練するぞ」
「……うっ、アイアイ……サー」
厳しい、とても厳しいが、これもオレが生きていき尚且つ、これから起こり得る出来事に参加して生き残るためだ。頑張れオレ、負けるなオレ。栄光をこの手に掴むのだ!
とりあえずは茶々丸がくれた水を飲んで、疲れきった体を休ませるべし。
◇
「――――試合形式ってどういうことやるんだ?」
体が十分休まった所で、ふと、思った事を口に出す。
試合形式って、よくよく考えれば恐ろしい感じがしてくるんだ。「まずは竹刀で様子見。慣れていくにつれて剣、二刀、槍、斧といろんな武器でやっていくつもりだ」
海水パンツ一丁の姿から制服の下とワイシャツを着た姿に変わっていた士郎が答えた。
段々と物騒な武器を使っていくってことか。だが士郎といる限り武器には困らなくていい。その分つらそうな予感がするけど……「それって士郎が投影した奴か?」
士郎の側には銀色で築きあがった武器の山がある。
休んでる間に士郎が何かしてるってのはわかってたけど、疲れてて質問どころじゃなかった。「ああ。宝具でもない何処にでもあるような武器、いずれ使うんだから今の内にってさ」
「む、此処はゴミ溜めじゃないんだから後でちゃんと片付けておけ。それと、ある程度力がついたら私も貴様をいじめ……いや、鍛えるために参加してやろう」
「絶対にいじめるって言おうとしたなコノヤロー」
何処からか突然現れるたちびっ子吸血鬼。邪悪な笑みは、いじめっ子の象徴だ。
実戦の前に訓練で生きていけるのかどうか心配になってきた。「……士郎は全部の武器を使えるけど得意なのは短剣の二刀なんだよな?」
「簡単に答えるなら仁の言う通りかな。それで二刀でも一番使うのが干将・莫耶。俺の戦い方に向いてるってのと投影する中でも断然に効率が良いってのがある」
「ふむ……士郎は二刀として、オレの合ってる武器ってなんだろうなぁ。武器と相性が合わなくて徒手空拳ってなったら主人公と被るから嫌だぜ」
「ん? まぁ訓練していくうちに相性のいいやつが見つかるだろう」
ホント士郎が居ると武器に困らん。士郎だけじゃなく、エヴァも色々用意出来るだろうけどさ。
「コイツは話せる元気が有り余ってるくらいだから始めていいんじゃないか?」
「それもそうだな。時間がもったいないし」
エヴァの悪魔発言により休憩時間を大幅に削減された。まだ休み時間は30分以上あるはずなのに……。
只でさえキツイ特訓が地獄の特訓と化そうとしている。オレでコレだ、ネギの時はどんなんなるだろうなぁ。すごく気になる。ネギとはコレを通じて心の友になれるかもしれん。「とりあえず学生服の下とワイシャツだけでも着といた方がいい。着た後はこの竹刀を持ってくれ」
ふ、オレに猶予などない。休憩は結局ここまでのようだ。士郎がオレへと投げた学生服の下とワイシャツと竹刀をキャッチし、体に付いた砂を払い落してから早々に着る。
……士郎の持ってる竹刀に虎のストラップついてないか? ……気のせいか。とにかく深呼吸して、と。「まずは攻めの訓練だ。俺を殺す気でかかって来い」
「確かに殺す気じゃないと一方的にやられるだけだろうしな、行くぞ士郎!」
竹刀を構え一気に士郎まで駆ける。相手はオレと同じく、獲物は竹刀一本。オレの構えは我流、かかって来いと言ってるんだから、かかって行ってやるさ。
筋トレやったばかりのせいか体が重い、が気にしたら駄目だ。痛い目を見るぞ。狙うは士郎の頭部。刈り取るつもりで、出せる力の全てを竹刀に込め――振りきる――――っ。
「ぐっ……」
――――が当然のように受け流され、オレの横腹に士郎の竹刀が一太刀入る。
「そうだ、今みたいに必殺の心構えで打ってこい」
言われなくても、わかってる、と言いたいが声が出ん。今は言葉じゃなくて体で応えるしかない。
――次、狙うは胴。さっきと同じでは無駄。それ以上の力で――――
「っ…………」
また……一撃もらっちまった。これ程まで簡単にあしらわれるとは。
「――――」
視界が一瞬黒く変化した。
眩暈? まだ二つしかもらってないのに? 情けねぇ、もっと頑張れよ、オレ。――次、踏み込む足をもっと速く、狙うは首。
「……がっ」
突きも駄目。最小限の動きで逸らしやがる。
次は――――駄目。
次――――――駄目。
次――――――――。
全然……当たら…………ねぇ……………………
◆
見事にぼこぼこにされてるのが一人。それにしても見掛けに寄らず思っていたより粘る。此処に来る前までは一般人とは言っていたが……む、気絶したか。やはりまだまだ甘いな。
「どうだコイツを一方的に攻撃した気持ちは?」
「うーん、真面目で驚きってやつかな」
確かにふざけた行動をとる奴なので、先ほどの真剣な表情は余りにも不似合いだ。
「仁の動きはエヴァからはどう見えた?」
「……所詮は一般人ってとこだ」
「そうか」
問いかけてきた男は相槌を打って終わり。気絶しているコイツと比べると素っ気ない奴だ。いや、本来の歳は見た目以上と言っていた覚えがあるから、これぐらいの態度が普通なのか。
「…………」
寝転がってる青髪に足で触れても何の反応も示さない。
試合と基礎訓練をもう一度振り返ってみれば、根性だけは一般人と比べて抜きんでてるってとこか。まあ、まだ一日目、それも本の短時間の鍛練だ。全てを評価するには判断材料が少ない。
……そうだ。気絶してるし、いい機会だから血を貰ってやろう。「何をしようとしてるんだ……エヴァ」
「別荘を貸してやってる分を払ってもらうだけだ」
赤毛の言う事はさっと流して的を見る。
吸う箇所は首元でいいか。気絶してるのだから吸い易い箇所で好きなように吸わせてもらうとしよう。では、いただきますと……………。
…………………………
……変わった味だな。別の世界の体のせい? しかし、コイツは自分の姿が自分ではないと言っていたし……。
「……っ……うっ…………」
変な声を出すな。後の奴が白い目でこっちを見てるであろう。
「マスター」
「……これくらいで許してやるとするか」
男の首元に突き立てた牙を放す。
吸った相手の顔を覗けば、髪の色に近くなっていた。目覚める様子はないが、息もしているし別段問題ない。さっきの仕合を見る限りコイツのしぶとさは人一倍ある。「貴様の血も飲んでみたいがどうだ?」
「俺の血は飲めたものじゃないと思うぞ」
当然の反応か。まぁ良い。むしろココで了承されていたら相当の物好きか変態と認識している所だ。
「茶々丸、こいつの体を拭いてベットに連れていってやれ」
「了解しましたマスター」
こんな場所で寝転がられていても邪魔なだけ。ちゃんとした場所で寝させてやれば回復も早い。もう一度ぼこぼこにされている姿を見てみたいしな。
「女の子がそういうことするもんじゃないぞ。俺がやるから絡繰は休んでてくれ」
どっちが拭くかと揉めているが、どっちでもいいだろうに。コイツは茶々丸にとことん甘い奴。
さて、茶々丸達はほうっておいて、満足もしたし私は風呂に入って寝るとしよう。
◆
「……うぅ……」
頭が痛い……最悪な寝覚め。なんか血が足りねぇって感じだ。記憶も曖昧ときてる。でも、ぼこぼこにされてたってのだけは鮮明だ。
あぁ……ぼーっとすんな。士郎にやられ過ぎて血が大量に流れた? しかし、いくら士郎でも竹刀だったから、血が流れ過ぎるってのはない思うんだけど。ていうか、またオレの知らん内に別荘から出てたのか。どっからどう見てもエヴァ家のログハウスの一階に居るし。長時間の気絶かよ。「おはよう、仁」
「おはよう士郎、ってもうそんな時間か学校は?」
「まだ朝の5時前だから時間はある、大丈夫だ」
近くの窓から外を見て確認する。
確かに日は全く昇ってない。それにしても5時前から起きてるとは、早起きすぎないか士郎よ。「朝飯はどうする? 要望があればそれを作ろうと思うんだが」
「何か血が足りないみたいだから、朝からだけど肉料理とかを所望する」
気が利く士郎の問いに答えると、コイツ苦笑いしやがった。やはりこの頭がぼんやりしてるのは、ぼこぼこにしやがったお前が原因だからか? せめてものお詫びにと好きな物を食べさせようと?
むー、だがオレの第六感が何かが違うと言ってる……まぁいいや、美味い飯を作ってくれるんだから、気にせずにオレは大人しくご飯が出来るのを楽しみに待つとしよう。どうせこれからも同じような目に会うんだろうしさ。ふ、悲しむなかれ自分。「あ、絡繰、おはよう」
「おはようございます、防人さん」
二階に続く階段から降りてきた茶々丸と挨拶を交わす。
「……あの、体は大丈夫でしょうか?」
「一晩眠ったら大分いい感じになったから、とりあえず学校行くのは問題はない」
「そうですか」
心配してくれるなんて優しさ抜群な奴だ。もしやオレが起きたのを察して二階から降りてきたのか。そうなら素晴らしい慈愛の持ち主、つくづくロボットとは言えん。
「あー、士郎の朝飯作るのよかったら手伝ってやってくれ。オレは料理の心得がないから手伝えんしさ」
「わかりました。では、私は衛宮さんのお手伝いをしてきます」
「楽しみに待ってる」
ご飯できるまで時間あるだろう。そりゃあ5時前だし、朝食の時間を開始するのには早すぎる。しかし、幾らなんでも朝飯作るのには時間が余りにも早い気が……料理人の考えはわからん。
とりあえず二度寝――は出来ない。寝すぎたせいか、頭が冴えちまってるぜ。そこで、この持て余した時間をどう使うか。ここにあるのは人形ばかり、それで遊ぶ趣味は生憎持ってない。そうとなれば、一人でぼーっとするか話し相手を探すしかなく、オレとしては話し相手が欲しいとこ。茶々丸と士郎は料理作ってるし邪魔するのは気が引ける。ここの家主であるエヴァは、時間的にまだ眠ってるだろう。後、この家で残ってるとなると――「オレヲ探シテンノカ?」
「その通り、タイミングいいな。という訳で暇だから話相手になってくれ」
意志ある人形、チャチャゼロ。別荘の中では動けるがその中以外では喋る事しか出来ず、今の他の普通の人形の中に紛れていても喋らなければ何ら変哲もない、といったような奴だ。
「ジャア、別荘デヤッタテメェノダラシネェトコデモ話スカ」
「お手柔らかに頼もう」
お題は昨日の別荘の特訓内容について。その前に人形の軍からチャチャゼロだけを引き抜いて、話しやすい位置へと置く。
この道の先輩の話と会話が始まる事となった。
◇
「そろそろご飯できるから、エヴァ呼んできてくれ」
「おぅ、わかった」
エプロンを身につけ、すっかり主夫になってる士郎に返す。
時刻も頃合い、良い匂いが部屋に漂ってきていたので、そろそろだと察していた。「今ハ、ココマデダナ」
「ああ、ありがとさん」
チャチャゼロとは、これからのためになる話が出来た。これで早々と気絶ってのは、少しでも無くせればいいのだが。
とにかく今はエヴァを起こしにいかねぇと。チャチャゼロは……連れてくか。抱っこしてっと。コイツは毒舌さえなければ愛らしい人形なんだがなぁ。今しがたした話の中にも毒があったしさ。いや、それが良いとこって言えば良いとこになるけど――「オイ、気色悪イゾ」
「おっと、すまねぇな」
変に感づかれたみたいで、反射的に謝ってしまった。
注意、注意、気をつけろ自分よ。
さて、金髪のお姫様を起こしに行かないと、二度目の同じ言葉を主夫から聞くことになる。では、二階へと上がるとしよう。
……着いたはいいが、起こすのに躊躇うぐらいに気持ち良さそうに寝てる。しかし、寝てる時と起きてる時の差が凄いな。それはもう、言い表すのが難しいぐらいに。
何にせよ起こさなければ、学校に遅れる事にも繋がる。だから、これは起こしてやるのが優しさというものだ。そこで起こす方法は……よし、これでいこう。まずはチャチャゼロを利き腕じゃない左で抱き、利き手の中指を折り曲げてと。次に中指の爪の部分を親指で押さえ力を溜め、敵の額を目掛けて――「打つべし!」
「はぶぅ!?」
呻き声をあげ、両手で額を抑える寝起きのお姫様。
見るからにクリーンヒット、手ごたえも最高な一発のでこぴんでした。「おはよう、エヴァ」
唸ってる相手に可能な限りのさわやかな笑顔をと言葉を送る。
「貴様ーっ! そんな起こし方があるかぁ!」
「いつまでも寝てるからさ」
ガバッと起き上がって殺気を、びしびしと送ってくるエヴァ。でこが既に赤くなってるとこが笑えるとこだけど、ここはさわやかな笑顔のままで対応する。
しかし、吸血鬼でも、もうちょっと早く起きないと朝飯食えなくなるぜ。朝飯は一日の活力、昔のオレの場合の朝はコンビニおにぎり~。「飯できるから、着替えて下に来いよ」
一足先に居間へと向かう。
着替えを覗こうなんという意思はもちろんない。そこまでオレは落ちぶれちゃあいないし。それより早く飯食って血にしねぇと。「フッフッフ、ごは~んごは~ん」
おぉぅ? さっきより良い匂いがしてきたぞ。この匂いは、もしやサーロインなステーキ? 朝っぱらからなんて贅沢なモンを出してんだ。
「これは……昨日茶々丸に買わして残しておいた……! 今日の夜にゆっくりと味わおうと冷凍していたやつではないか!」
寝巻きから制服姿に着替えたエヴァがオレの後から料理を見て吼えた。とても着替えが早いことで。
「エヴァの食い忘れか。おいしいものは1人で食べるのは良くないぜ。一緒にいただきま~すだ」
パン、と両手で合掌して言葉を返してやる。
エヴァは納得いかない顔で、と言うより睨まれてる。そういうところは子どもっぽい――――考えてること読まれたのか、一層と睨みつけられた。これ以上は変なこと考えるのやめとこう、って、「おい、士郎、ワイン出すってどういうことだ。お前は元は20歳以上だとしても、今の体は未成年だろ」
「あ、そうだった……。見栄えも良くなるからって、つい――」
「いい、そのままにしておけ。“私からの贈り物”だ、飲めない訳でもないだろう?」
士郎がワインボトルとグラスを引っ込めようとしたのをエヴァが声で止める。一部強調して声を上げたのは、オレに対しての皮肉か。
とりあえず、それには触れない方がいいと本能的に判断。「エヴァがそう言うなら、このまま用意させてもらう。絡繰、そっちのサラダ、テーブルの中央に置いてくれるか」
「わかりました」
「仁も冷めるから立ってないで早く座った方がいいぞ」
「む、そうだな」
結局早々と席に着いたエヴァが言った通り、この豪華な朝食にワインは出すこととなった。
「貴様は酒を飲めるのか?」
「飲めと言われたからには飲む。折角の贈り物だしな」
「そうか」
まぁエヴァと士郎と違って、オレは本来の年齢的に怪しい。そのせいもあってか酒と縁がなく、耐性がないって言えばそうなんだが。
「ドウセ、飲マネェノハモッタイネェ、ッテ感ジノ貧乏性ダロ」
「ははっ、言い方が悪いぜ、チャチャゼロ」
食事中に抱えたままでは難なのでと、頭の上に乗せていたチャチャゼロが喋る。
そういう風に言われると、ほら、向かいの贈ってくださった主が機嫌を損ねちまうだろ。「とにかく今は飯にしようぜ。士郎、挨拶頼む」
「ああ。では、いただきます」
「「いただきます」」
「……いただきます」士郎に合わせオレ、茶々丸、そしてエヴァもしっかりと食事前のお約束の挨拶を行う。
茶々丸の前に食事はない。だが自分から挨拶をさせて欲しいとのコトで加わっている。いい子だなぁ、とつくづく実感する。そんでオレに何かを言いたげだったエヴァ。コイツが大人しく食事の挨拶をするのは、見ていて面白い。大人しくなるのは、もしや主夫である士郎が場をコントロールしている? ふと、思いついた事だが、これなら妙に納得できる。
――今は飯だ、とにかく飯を食わねば体がもたんと語りかけてきてる。
◇
時刻は7時半過ぎ、場所もエヴァの家から移って、学校へと入り、教室へもうすぐの所まで来ていた。面子は、お馴染の4人と、オレの頭の上に一体。軽く会話しながら、悠々と登校だ。ちなみに、朝食はさすが士郎と茶々丸だと言っておこう。
「一日経てば、少しは大人しくなると思ったんだが。どうよ?」
登校している最中、昨日の学校内と同じく、視線がこっちにいっぱいでございます。
一瞬見て走りさってく者、じろじろと観察してくる者、一人一人違う反応をする。昨日の廊下でも、こんな感じだった。「女子中に男が入ってるんだから、一日程度じゃ済むはずないだろ。阿呆か貴様は?」
「こればかりは、妖怪爺さんもお手上げってか。士郎、今のエヴァのきつい一言はどうよ?」
「それは俺じゃなくて、本人に直接聞いてくれ」
ふっ、つれない奴め。
「そう言えば、何でチャチャゼロを連れてきたんだ、仁?」
「つまんない授業の時の話し相手さ」
「オレモ1人ダト暇ダカラナ」
親指をグッと立てて士郎に返す。
突き立てた指の意味はつれない奴と思ってたら、自分から他の話題を出したコトに対してグッジョブってコトである。登校中に話題振ってたのは、オレとエヴァばっかりだったし、今の士郎は評価してやろう。
おっと、2-Aに着いたか。「次のイベントまで後6日。これからも頑張るとしようか」
そして、英雄の子が来る日を、この騒がしいクラスで楽しんで待つとしよう。
2008/12/26 改訂
2010/7/10 改訂
2011/3/13 最終修正