8 10歳の子ども先生

 

 

 この世界に入って7日、防人仁の鍛練が始まって6日が経過した。あのエヴァの別荘の日数も入れれば、正確な時間の経過として、もっと長くなるのだが。

「なぁ、仁。ネギってどんな子なんだ?」

 青い髪の上に人形を乗せた男に話しかける。
 ここ2、3日でこの男とエヴァの会話でよく聞くようになった名前「ネギ・スプリングフィールド」。会話に参加しようとしても、この男がことごとく俺が介入するのを拒み、「その日が来ればちゃんと教える」とは言われたものの、「その子が今日来る」という以外は何も聞いていない。

 俺が知っている「ネギ」の情報は、この世界に来た日に学園長室で行われた会話の一部分にあった名前と、仁がうっかり口を滑らした「その子」という事だけ。あの時の仁の慌てぶりは、特に鮮明となって記憶に刻まれている。頭抱えて心底悔しそうにしていた。

「あー、赤髪で、ちっさい眼鏡かけてちっさい身長で、でっかい杖もってる子だ」

 気の抜けた声で言葉を返される。登校してくる生徒を確認している仁の様子を見ると、どうやら無意識の内に返したようだ。
 しかし、ちっさくてでっかい? ややこしい……ではなくて、杖を持ってるって言ったな。それも大きな物を。それって端から見ればあからさまに怪しいだろ。それで大丈夫なのか、ネギ・スプリングフィールドって子は……

「ケケケ、サウザンドマスターノガキカ」

 仁の頭の上で、はめ込まれたかのように、しっかりとしがみついている人形が喋る。
 最近、仁はチャチャゼロと意気投合したようで、頭に乗っけてるのが普通となってきた。チャチャゼロはエヴァの従者なのに、エヴァもよく仁が連れ出すのを放っておくなと思う。

「ああ、士郎にも話してやんねぇとな。とりあえず、遅刻ぎりぎりになったらアスナ、木乃香と一緒に来るハズだ」

「なんだそのノート?」

 文房具を取り扱ってる店ならば売ってるようなノートを仁が見ていた。俺の質問の答えは言わずに、この男はただ開いていたノートを閉じて表紙を見せてくる。その表紙に書いているのは、

『無断で見たものは言わずとも絶対に突き止められる。そして今後の人生は不幸が当然となり、満足に寝る事など到底叶わぬ夢となるだろう。by―――』

 いや、色々とやばいだろ。

「フフフ、いつまでも詳細なコトを覚えてるハズがないからな。鍛練してる途中で頭ぶって、記憶が飛んだらヤバイってのもあるしさ。という訳でオレのわかる範囲で必要な事を書いておいた。そんで、お前にこの表紙を見せた意味は――」

「俺にも、その表紙の字が有効ってことだろ」

「正解」

 今後の発生するのであろう出来事や過去が書いてあるノートか。それなら表紙のタイトルも納得……はできない。名前の書かれるべき部分が掠れた文字になってるのが特に怖すぎる。

『学園生徒のみなさんこちらは――』

「ついに本編開始と言ったとこか。まずは、ネギ、アスナ、木乃香の3人を探すとしよう」

 遅刻寸前を生徒に知らせるアナウンスが響き渡る。それを聞く生徒達は、遅刻はしまいと学校に向けて走る。我先に、他の生徒と競争するようにと走る生徒は、この巨大な学園の日常の一つと言っていいものだ。

「茶を入れる所だったのだがのう」

 振り向く際に、ぽつりと呟く老人の声がした。

「なぁにお決まりな台詞で引き留めようとしてるのかな、爺さんよ」

「防人君も衛宮君も構ってくれないから寂しいのじゃよ」

 ソファで三つ分の空の湯呑を前にして、とても悲しそうな学園長の姿。普段なら学園長と行動する事などないのだが、此処は「学園長室」、学園長が居るのは当然の部屋だ。
 都合が悪くなったり、他の生徒と関わりたくない時などに、とてもこの部屋を重宝している。わざわざ学園長室まで行って話をしたいって人は、生徒、先生に関わらず少ない。気軽にここに入れるってのは、学園長の孫の近衛木乃香ぐらい……に加えてエヴァか。でもエヴァは、好きで学園長室へ入ってくることはない。

「ネギを捕まえたらまた戻ってくるさ。だから、この間に話したい事でも考えておいた方がいいぜ」

 仁が学園長に向かって言い、ついさっきまで眺めていた窓の外をもう一度確認してから、ドアの方へと歩いて行く。

「ふむ、防人君の言う通りにしとくかのう。ということは、衛宮君もまた後でかの?」

「ええ。また後でお会いしましょう」

 俺も学園長に挨拶を一言入れてから、先に退室した仁に続くように退室する事にした。
 学園長室を出れば、先に出た仁が腕を組んで待っていた。何か考え事をしている様子で、これから会う「ネギ」との挨拶の言葉でも探しているのだろうか。

「仁――」

「――ああ。さて、行くか」

 一声かけると、仁は廊下を歩き出した。俺も仁についていくように歩き出す。
 周りは時間も時間なので、自分の教室へと入る生徒の姿がちらほらと見える。そして教室へと入れば後の時間は、HRが始まるまで談笑が主だ。

「むー? 仁、どこ行くの?」

「ちょいとお出かけだ」

 こちらに向かって歩いていた三人組の内の一人に仁が声をかけられ足を止め、俺も仁に合わせる。

「今から出かけるって、時間がアレなのに? 用足しってんじゃないんでしょ?」

「良い線いってるけど、女子が男子に言うセリフじゃねーぞ、ハルナさんよ」

 仁に声をかけたのは、俺達のクラスメイトでもある早乙女ハルナ。あのクラスの中でも積極的に俺達を探ろうとしてる人物でもある。
 探ろうって言い方は変か……好奇心旺盛、彼女にはこれがしっくりくる。
 彼女達を今一度見れば三人とも鞄を持っていた。この三人は今登校してきたんだろうか……そうだ、

「そう言えば挨拶を交わしてない。おはよう、早乙女、綾瀬、宮崎」

 俺達二人は朝早くから学園長室に居て、クラスメイトは勿論、学園長以外の人には会ってない。ただ授業道具は教室に置いてきたから、一度教室へと行った人は俺達が登校しているのがわかるはずだが。

「お、おはよう、衛宮」

「……おはようです、衛宮さん」

 早乙女、綾瀬といった順に挨拶を返される。もう一人、言った相手は早乙女の後ろに半分隠れながら此方を見ているだけ。彼女の反応はコレが普通。この一週間で同じような反応を何度も確認してる。それも早乙女が毎日のように今と同じ三人組みで俺達に話しかけて来るお陰だが。

「いやぁ、唐突だったからビックリしたよ」

「む……挨拶、特に朝の挨拶はきちんとやるもんじゃないか?」

「お前はハルナが言ったように唐突すぎたんだよ」

 あはは、と笑いながら話す早乙女と、ハッ、と鼻で笑って話す仁。この二人とは逆に黙って俺を見てくる宮崎と観察するかの如く見てくる綾瀬。
 考えれば変な組み合わせだ。丁度周りに人が見当たらないが、もし居たのならば変と思われるだろうか。

「とりあえずオレ達は行くから――ハルナ、オレ達がHRに遅れてタカミチに何か聞かれたら上手いコト言っといてくれ」

「むむ、そん時ぁ、お礼もらうからね」

「ああ。頼んだ」

 仁が俺に行くぞと手で合図して再び進み始める。さっきより歩く速さが上がってるのは、呼び止められて時間を食ってしまったせいだろう。
 しかし、仁の口の上手さは相当なものだ。さっき切り抜けるために早乙女に言った言葉は、全部起こりえぬ事。タカミチさんにする言い訳を早乙女に任せたけど、タカミチさんは俺達がネギに会いに行くのは予想してるハズだ。故に俺達がタカミチさんに言い訳をする必要も無いだろう。そもそもタカミチさんが、俺達に学校生活についてキツく言いつける姿が想像つかないし。
 恐らく早乙女は、仁からお礼をもらう気満々のはず。期待だけさせておいて褒美なしとは仁の奴は相当酷い。

 

 

 

 

 早乙女達と別れてからは誰にも足を止められる事なく、すんなりと学校を出られた。
 これから取るべき行動は仁から聞いた標的の捜索。標的は神楽坂、近衛、そして赤髪の少年ネギ。彼らが真っ直ぐ学校へと向かっていれば、すぐに見つかるハズ――

「……居たぞ。神楽坂がネギを持ち上げてるとこだ」

 と思っていたら本当に、すぐ見つかった。
 神楽坂がアイアンクローで、大きな杖を無理に入れたリュックを背負ってる赤髪の少年を持ち上げている。たぶん、この少年がネギで間違いないだろう。この二人の他に、その様子を困った顔で見る近衛と苦笑いで見てるタカミチさんも居た。
 それにしても、神楽坂は女の子なのに恐るべしパワー。ネギは果たしてあれを食らっていて大丈夫か? しかし、何が原因でこんな有様に……神楽坂が機嫌悪いからって子どもにやつ当たりをするとは思えないし。

「やばい、ネギがくしゃみしそうだ。この距離オレじゃぁ間に合わんな。士郎、ドロップキックでいいからネギをアスナから離せ」

 いきなり無茶な注文が寄せられる。だが、仁がそういうからには何か考えがあるに違いない。気が引けるが……とにかくやるしかない。

「すまんなネギ、これも相棒の命令なんだ」

 早口で囁く言葉はネギの背後で。ネギの襟を掴み、距離を離した仁へ向けて思い切り投げ飛ばす。

 ――その瞬間、風が舞い上がった。
 今のはネギの出したくしゃみのせい? 仁はこれのコトを言ってたのか。

「朝っぱらからアスナは元気だな」

 指令を出した張本人が、俺が狙った相手を連れて一緒に歩いてきた。
 ネギを投げる時に力を込めすぎた感があるが、仁がしっかりと受け止めてくれたのでネギに怪我は少しも見当たらない。鍛練前の仁ならば、これほど巧く受け止めれなかっただろう。こういう所で成長の兆しが見れるのは良い事だ。

「おはよう、仁君、士郎君」

「おはようございます、タカミチさん」
「おはよう、タカミチ」

 タカミチさんが今の俺達の奇異な行動に驚く事なく、至って平凡に朝の挨拶をし、俺達も同じように挨拶を返す。

「……仁は朝っぱらから失礼ね」

 今度は仁の初めの言葉に神楽坂が返した。こちらも特に気にした様子ではないようで……それに近衛も気にしてないようだ。

「さて、話は歩きながらにして、とりあえず学校の方へ行こうぜ。新任がいきなり大遅刻ってなったら大変だろ? どうよネギ君や?」

「あ、はい。……そういえば、何で僕の名前を……?」

 仁に賛成してから疑問を投げかけるネギ。だが、こういう時の仁は質問に全く答えない。ただ笑って学校へと先導するだけだった。

 

 

 

 

「なるほど修行のために日本で学校の先生を……そりゃまた大変な課題をもろうたのー」

 タカミチさんとは途中で別れ、さっき出会ったメンバーを加え、計5人プラス仁の頭の上に乗っかっていた一体で学園長室へとやって来た。
 ネギが学園長の正面、その後ろに近衛と神楽坂が立って話を聞いてる。仁はソファに座って、テーブルの上のチャチャゼロの相手中。そして俺は、仁とは別のソファで皆の様子を見ていた。
 学園長の話の内容には、一般人である神楽坂と近衛が居るから魔法の事はもちろん入っていない。またお見合いの話が出たりしてるけど、俺からはつっこまんぞ。幾らなんでも相手はまだ少年って――今、強烈な近衛のつっこみが見えたが気のせいだよな? 金槌……? 学園長も普通に話してるし、頭から血を流してるように見えるのも気のせい。そうだとも。

「――ダメだったら故郷に帰らねばならん。二度とチャンスはないがその覚悟はあるのじゃな?」

「は、はいっやります。やらせてくださいっ」

 学園長の問いに、はっきりとした意思でネギが返事をした。その真面目さは、場に少々流れていた変な空気を簡単に飛ばす。この真面目へと変わった空気を茶化しそうな一人と一体が、まだ互いに話しをしていたのが幸いだ。

「うむ、わかった。では指導教員のしずな先生を紹介しよう」

 トントン拍子で話は進み、学園長が一声放つと、しずな先生が扉を開けて入ってきた。
 しずな先生は学園長室に訪れた時にたびたび出会うが、まだ詳しく話をした事はない。それもしずな先生が俺達が入室すると、気を使ってか早々と出て行くためなのだが。

 ……って、ネギ。何だそのハプニング……これはさっき近衛がやった事とは別な感じで口に出しにくいぞ。

「お前も似たようなもんだ」

「…………」

 突然と仁が俺に向けた言葉に、なんでさ、と言い返そうと思ったけど言い返せない。なんでさ。でも、コイツと一緒に笑ってるテーブルの上の一体が少し憎たらしい、という自分の気持ちだけは、はっきり分かってる。

「そうじゃ、ネギ君はこのかとアスナちゃんの部屋に、しばらく泊めてもらえんかの?」

「え……が、学園長! いくらなんでもそれはっ。仁と衛宮さんの部屋じゃ駄目なんですか!?」

 横のは無視して、学園長達へと再度耳を傾ける。
 神楽坂がネギと住まうのを拒否。ネギは俺達と一緒のさせた方がいい、か。その意見は俺も賛成できる。ネギは子どもとはいえ男かつ教師という立場。ならば女子の部屋に入居するよりは俺達の部屋の方が良いだろう。
 ……いや、俺と仁の身分が危ういから駄目か。一緒に居れば子どもと言えども感づかれる可能性がある。

「アスナ、子ども一人ぐらいどってことないだろ。お前の子ども嫌いを治す絶好のチャンスだから潔く引き受けた方が良いと思うがね」

「どうしても駄目かのぅ、アスナちゃん?」

「うぅ~」

 仁と学園長が二人がかりで攻め立て、唸り声を上げる神楽坂。
 どうやら仁もネギと俺達が一緒に住むのは良しとしていないようだ。近衛は学園長の意見に賛成しているようだし、ここまでやられたら――

「学園長がそこまで言うのなら……」

 気の強い神楽坂でもさすがに学園長の提案は断れず根負けして承諾した。

「フォフォフォ、ではアスナちゃんとこのかは先に教室に行きなさい。ネギ君と防人君と衛宮君には別に話があるからのう。しずな君も一度、退出しておくれ」

 ネギと暮らすのが嫌なのか、神楽坂がしぶしぶと重い足取りで退室。その神楽坂をなだめるかのようにしてる近衛としずな先生も退室する。
 ここに残ったのは男四人と一体。この面子で話す事となれば間違いなく魔法関連が入る。だが、時間も押してるし簡単な話ぐらいしかできないだろう。

「ネギ君、衛宮君と防人君はこちらの世界の住人でネギ君のクラスの生徒じゃ」

「えっ……コチラの……? そ、そうだったんですか!?」

 学園長の言葉に嘘が混じってるが、ネギに話すならこれぐらいが限度で適当だ。

「オレは魔法はまだ使えんがな。あー、学校前では悪かった。オレが士郎にやれと言ったんだ。さすがにアスナの服を朝っぱらから公衆の面前で吹き飛ばす訳にはいかんからな」

「あぅ、いえ、あれは僕が悪いので」

 服が吹き飛ぶ……? まさかネギのくしゃみを直撃すればそんな惨状に? もしや一歩間違えていれば俺の服が吹き飛んでたのか……?

「ネギ君、困ったらその2人に相談するとよい。時間もないから今は簡単にこれだけにするかのう。外にいるしずな君と一緒にちょっと急ぎめに教室に向かったほうがよい」

「じゃぁ出る前に改めて自己紹介と。オレの名前は防人仁だ」

「僕はもう知られてるみたいですが、ネギ・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」

「おい、士郎」

「あ、な、なんだ?」

 呼ばれた方を見れば、計八つの眼が此方を見ている。

「自己紹介だ、自己紹介」

 呆れたように仁が言う。今、自己紹介してたのか。ちょっと服が飛ぶとか何とかで動転して、全く気付けなかった。

「俺は衛宮士郎だ。よろしくネギ」

「よろしくお願いします」

 俺の自己紹介にネギが笑顔で言葉を返す。つい撫でたくなる程に笑顔が似合う少年だ。ああ、しかしネギのくしゃみに直撃しなくて本当に良かった。

「ケケケ、セイゼイ頑張レサウザンドマスターノガキ」

「えっ!?」

 チャチャゼロのサウザンドマスターという聞きなれない単語に反応して、ネギの表情が笑顔から一変、驚きの顔となる。

 ……サウザンドマスター……英雄の称号だったか……?

「こいつは魔法で意思がある人形で、ネギの父さんに興味があってな。それにネギがサウザンドマスターの息子ってのはコッチだと有名だから、俺も感動してるんだ。親父さんの事は公式の発表を聞いて残念に思ってる。ああ、話すと長くなりそうだ。早く行くことにしよう」

 仁の奴が哀しい顔をし、言葉には気持ちが込められていた。その表情は本物か偽者かは分かんないけど、コイツの事だから今の言葉の何処かに嘘が混じってるんだろう。仁が意識して嘘を吐く時は読み取れない……嫌な特技を持ってるもんだ。

「フォフォ、ネギ君をよろしくのぅ」

「あ、はい」

「わかってるぜ、爺さん」

 とりあえず時間も時間。とにかく教室にネギを連れて向かわないと。授業時間が終了してしまえば元も子もない。

 

 

 

 

 本日二度目の学園長室から退室後、待っていたしずな先生と一緒に「2-A」へ目指した。
 先にしずな先生と一緒に退室した神楽坂と近衛の姿が見当たらなかったので、しずな先生に尋ねてみると、先に教室に向かったそうだ。

 しずな先生がネギにアドバイスをもらってる所を、後ろで眺めながら歩き、今は「2-A」教室前。ネギが扉の前で今一度クラスメイトを確認しなくてはと、名簿と睨めっこしていた。
 さて、これからネギが先頭で教室に入る事になるんだが、いかんせん、またトラップが仕掛けてある。これまた双子の風香、史伽と春日の仕業だろう。俺達が初日に入った時もこの三人組の仕業だったそうだ。
 とにかくネギに教えといた方が――

「士郎」

 ん? 仁が……「教えるな」……? 口の動きだけで俺に喋った言葉は恐らくそれ。仁に逆らえば後が大変、かと言ってトラップに気づいてないネギに教えなければこれの餌食となる。

「よし……」

 ネギが意気込んでる。このままだとネギがすぐにでもトラップに引っ掛かってしまう。教えるべきか、教えるべきではないか。ああ、どっちとっても駄目な気がする。

「ケケケ」

 笑う仁の頭の上の人形。果たして誰に対して笑っているのか。
 そうこう思ってる内に、ネギはガラリと既に扉を開けてしまっていた。これで第一のお約束トラップ、黒板消しがネギ君の頭の上に落ち――てこない? ネギの頭上15センチの所で、どう見ても止まってる……っと、すぐに再び落下してネギの頭に直撃した。
 今のは魔法……? 身の危険を察知して咄嗟に使ってしまったのか。

「あはは、ひっかかっちゃいました」

 ネギが咳き込みつつも笑いながら教室へと入って行く。だが、先ほど第一のトラップと言ったように、トラップは一つという訳ではない。人が引っかかる丁度よい高さに設置されたロープに、早速ネギが引っかかる。どこかで見たようなトラップにネギは誘導され、次々と仕掛けられた物に見事に嵌っていく。そんなネギを見てクラスの大半が大笑い。酷いぞ。

「変わりない、か。席に着くとしよう」

「……そうだな」

「ドジナガキダ」

 頑張れネギ。今は何もしてやれなかったけど、俺は君を応援している。
 教卓の方で罠にかけたのが思いも寄らぬ相手「子ども」だと知り、クラスメイトがネギへと詰め寄ってる。心配したり、何故子どもがここに居るのかと訊ねたりと、がやがやと教室の前へと集まるクラスメイト。それを避けて俺と仁は自分の席へと向かう。

「はいはい。新任の先生から挨拶があるから、みんな一度席について」

 しずな先生が皆に注意をする、というよりお願いだ。
 がやがやから、どよどよとなるクラス。それもこんな子どもが新任と言われたんだから仕方ない。
 ひとまず俺も仁も自分の席に座り、皆が着席する姿を眺める。教卓の方には名簿を確認していた時のように、じいぃっと己の生徒を見渡す子ども先生。数秒経っても挨拶は未だ始まらず、クラスの話声だけが教室を包む。
 今度こそ何か手助けをしてやれれば……と、お相手と目が合った。

(頑張れ、ネギ)

 口には出さず、目だけでエールを送る。伝わってくれれば幸い。けど、これしか思いつかなかった自分が悲しい。

「え、えーと。今日からこの学校でまほ……英語を教えることになりました、ネギ・スプリングフィールドです。3学期の間だけですけどよろしくお願いします」

 幸いな方に傾いたが、いきなり危ない。一瞬魔法を教えると言いそうになってる。
 すごく心配になってきた。あと隣の仁はすごくいい笑顔。

 あ……まずいっ……。

「「「「「――――――!」」」」」

 一瞬早く気づいて自分の耳を塞げた、がキーンとする。凄まじい声量。他のクラスは授業中なのに、お構いなしのとても素晴らしいクラスだ。

「アホなガキどもめ……」

 仁から一つ越えた所から声が聞こえる。それは、またまた騒ぎ始めて、ネギへと襲い掛かってるような女子達を見ての言葉。肘を机につけて、つまらなさそうに溜息を吐いていた。

「ここのクラスはみんなそれだから良いんじゃねぇか」

「貴様は何でも前向きに考え――って、私までアホの一員とぬかすのか!?」

「良い意味だから、そんなに怒るな」

「そうやって一々頭を撫でるのをやめろ!」

 これは取っ組み合いになってしまいそうな勢いだ。だが、俺は介入しようとは一切思ってない。とばっちり食らうのが目に見えている。
 前でも何やら騒がしくなっている。そっちでは神楽坂とネギが隣でやってるのと非常に似た状況だ。そして、やはり介入はできない。すまぬ、ネギよ。

「ケケケ、阿呆バッカダ」

 机の上に置かれた人形が自分の主人と同じ事を言う。
 どう考えても主人を含めたその言動。きつい言動するのが大好きな人形を俺の頭の上に避難させ、前では委員長が頑張ってるなと思いながらすませることにした。

 

―――キーン コーン カーン コーン―――

 

 眺めてる内に終業のベルが鳴く。
 ああ、授業が始まりすらせず終わってしまった。時間がなかったにせよ、先生として最悪な結果になるとは。ネギ、めげずに頑張ってくれ。

 

 

 

 

「オイ、マダコネーノカ?」

「そう慌てなさんな、チャチャゼロさん」

 そんな何気ない会話が、いつもの奴らから聞こえてくる。

「それで、何が起こるんだ?」

「お前も慌てるでない、直にわかるさ」

 聞いても教えてくれないのがコイツだ。いつもより鞄が一つ多い事を聞いても何も教えてくれなかったし。それに追及しようとする意志が湧かない俺も俺だがな。まあ、コイツの事だからそれほど悪いようにならないだろう。
 そんな他愛ない事を考えながら、茂みの中で本日の主役の子ども先生を眺める。時間も放課後になって、今いる場所は学校内ではなく外。HRが終わり次第、急いで帰り自宅をしてこんな中にいる。下校する生徒に見られでもすれば危ない人って取られても仕方ない状況だ。こうなってしまったのも、俺達がネギの後をこっそりと付けてるから。もちろん、これの発案者は防人仁。朝に見たノートとペンを手にして楽しそうな表情でネギを見ている。

「お、ターゲット確認。総員直ちに戦闘配置だ」

「戦闘配置って言われても何も聞いてないから、何処にいればいいかわかんないんだが」

「雰囲気で言っただけさ」

 適当だなぁ……と言うより此処が一番隠れるのにいい所である。
 さて、つっこみは止めにしてと。仁が見てるのは……宮崎か……? ……ああ、宮崎だな。目の辺りまで積み上げられた本を抱えて、ふらふらと歩いてる。本の横から足場を覗き込んで確認してはいるけど、危険なのは明らか。しかも、その状態で階段を下りようとしてる。近くに綾瀬と早乙女は居ないようだし……

「まぁ見てろって士郎。でもほんっとに危ないってなったら手出しは許可する」

 手助けはするなと仁は言う。彼女に気づき危ないと分かってるのだから、助けに行ける俺や仁が行けば良い。
 だが、もう一人それに気づいた奴がいる。今まで俺達が監視していたネギだ。恐らくネギが宮崎を助けるのを見てろと仁は俺に言ってるんだろう。
 しかし既に宮崎は階段から下りていて、今にも階段から転げ落ちるのではないかと思える程危ない。前から落ちても危ないが、宮崎は階段の端を下りてるから側面から落ちても、階段の下り始めは普通の木程の高さがあるから危険だ。
 ネギと宮崎の距離は結構なもの。ネギの身体能力が高いなら間に合うかも知れないが、そうでなければこんな誰でも通るような広場で魔法を使わなければ――

「アー、アリャァ落チルナ」

 チャチャゼロの声と同時に足に力を込める。ネギが動かなければ俺が動くだけだ――

 

「ほらな」

 横から最初から変わらない楽しげな声が聞こえる。
 結果として宮崎は階段の側面の高い所から落ちてしまった。だが、それをネギが魔法を使って助けた。場所は屋外。宮崎が落ちるギリギリで落下を止め、ギリギリで受け止めたかのように誤魔化す配慮をしたのは流石と言える。
 しかし、目の前で一部始終を見ていた俺達以外の目撃者が居た。遠くならば誤魔化せたかも知れないが、運悪く一人通りがかってしまった。

「ケケケ、一限目ト同ジダナ」

 ネギに掴みかかる目撃者。そのまま朝と同じように文句を言う、かと思えばネギを抱えてこっちに向かって……

「ぐぁ……っ」

「おい、士郎。ぼさっとすんな退却だ!」

 仁に襟を引っ張られ、思わず声が漏れる。

「……仁、できればもう少し早く言ってくれ」

 木の影に隠れ、すぐ近くの別の木の影へと隠れてる奴に言う。
 仁は片手で悪いといった仕草を取るだけで、すぐにコチラに向かってきた二人へと視線を向けた。

「それにしても、ネギは何度も神楽坂に目をつけられて災難だな」

 少し先で言い争う、初日から大変な目に会ってる子ども先生と災難を呼ぶ生徒を木の影から見る。

「運命的な出会いで感動だろ?」

「タダノ腐レ縁ナダケジャネェノカ」

 はははケケケと笑う一人と一体。シンクロしてるのが何とも不気味だ。

「それで、これから何をするんだ? ただ黙って見てる訳じゃないんだろ?」

「そうだなぁ……ああ、じゃあ後は士郎に任せる」

「…………おい」

 ここまできて自分は動かずに全部俺任せ。仁の考えが全く読めない。

「15メートル先に居るアイツらをどうするかは全部士郎の自由。どんな道になるかも士郎次第ってこった」

 これだけ、コイツがこの状況を楽しんでるってのは分かってる。考えは読めなくとも、この男の性格は把握し始めてるから。そういえば一週間程前にも似たような表情を見た。今の方が確実に前より輝いてやがるが。
 さて、仁の思惑通りに動く、ってのは癪だ。その期待の斜め上にいけるように頑張ろうじゃないか。
 言い争ってる二人の姿をもう一度確認する。争ってるというより一方的に神楽坂がネギを言葉攻め、神楽坂は気が強いからなぁ。
 とりあえず問題となってるのは隠匿すべき魔法が一般人に知られてしまったということ。失態を犯した魔法使いは誤魔化す、記憶を消すなど対処しなければ罰を受ける。罰の内容は最悪のケースでオコジョにされてしまう、だったか。何でオコジョなのかが未だに理解できないが、辛い罰には変わりない。
 しかし、俺がネギの助けになってやるってとはいっても、記憶の操作は出来ないし、仁のように口も上手くない。それにさっき宮崎を助けたネギを考えると自身で解決するってのもある。でも仁の今の言動から察するに何かしら俺が行動しないと。

「……アイツ、何処行きやがった」

 笑い合ってた一人と一体の姿がなく、代わりに鞄一つだけが残っていた。

 とても嫌な予感がする。

 もしや俺が何を行動しようとも仁の思い通りに進むのではないか? だからアイツはあんなに楽しそうにしていたのでは?
 鞄からネギ達の方へと視線を変える。

「こうなったら記憶を消さしていただきます。ちょっとパーになるかもですが許してくださいね」

「え……ちょ、ちょっと、パーってどういう――」

 どうやらネギは記憶の操作が可能なようだ。だが、聞けば副作用で頭がパーとなってしまうようで、これは記憶が抜けるからって事か? それとも本当に悪くなってしまうのか。
 何にせよ俺が手を出すなら今しかない。ネギが神楽坂に魔法を施す前に間に割り込むのなら今しか――

  ――いや、ネギに任せてみよう。自身で対処できるのなら任せるべきだ。最初から最後まで俺が手を入れるのは、ただの甘えにしかならない。
 何よりもネギなら無事に解決してくれる気がする。

 

「あ、あれ……?」

 ネギの呆気に取られた声が聞こえてくる。
 俺が期待した通りに解決した、とは言い難い。それどころか想定外な状況だ。

「な、な、な……」

 慌てふためいた声。これは神楽坂の声だ。目で確認してる訳じゃないから耳だけで確認。アレを直視し続けるってのは……やってはいけないことだしさ。

「さっきの俺の自信は何だったんだろうな」

 一人呟くが返してくれるのは誰もいない。
 まさか朝に起こり得た可能性のあるものが今になって起こるとは。
 とにかく今は神楽坂を助ける事を念頭に入れないとだ。あの姿のまま帰す訳にはいかないし……解決するには消し飛んだソレに代用できる物が必要だが、生憎手元にはスクールバッグしかなく、中身も使えそうにない。
 神楽坂自身も手ぶらで、ネギも同じ。俺のを代わりに貸すってのも、さすがに足りない。

 肝心のアイツは鞄を置いて逃げやがったし…………鞄――? 

 

 

 

 

「結果はどうだった、上手くいったか?」

 学校前の階段で人形と並んで座る奴が声を掛けてくる。

「……ああ、お前があの鞄を置いていったお陰で助かったよ、仁」

「そう怒るなよ、士郎。オレはオレで別にやる事を思い出したからあの場を去っただけだしさ」

 チャチャゼロを頭に乗せ、掛け声一つ入れて仁が立ち上がる。

「それに鞄の中に入ってた、数パターン対応できるように書いてあった紙には恐れ入る」

「むぅ、結構根に持ってやがるな。でも役には立っただろ? 適当に見繕った男物のやつだけど一時凌ぎぐらいにはなる」

 話しながら階段を上がる仁に無言でついて行く。
 確かに仁の言うとおり役に立って解決したけど、何か釈然としない。全て仁の思い通りに進んでしまっている気がするからだろうか。

「そうだ士郎」

「何だ?」

「アスナの災難は忘れてやれ。何を見ちまったかオレは知らんが、お前は目が良いしな」

「…………」

「俺ガ見ルニ、コイツハ鞄ノ中身確認シタ後ハ投ゲテ逃ゲテキタンダロ。アイツ等ニハ知ラレテネェンダカラ別ニイインジャネェカ」

「……それ以上、蒸し返すのは止めてくれ」

 俺の複雑な気持ちに対して先に歩く奴らは楽しそうに反応する。

「学校に戻ってきたのはいいんだが、学園長にでも用があるのか?」

 何も言わずに仁の後を歩いていたけど、下校の準備をしたのにわざわざ学校へと戻ってきている。
 先程のアレの後は、仁の姿も見当たらなかったから夕飯の買い物に行ってさっさと帰ろうとでも考えたんだが、そこで携帯が鳴って今に至った。

「いいや、元々教室に用があって戻ってきただけだ」

「じゃあ別段帰り支度は急がなくてもよかったんじゃないか?」

「深い意味は、ないから気にすんな」

 コイツがこう言うなら本当に深い意味はなさそうだ。行き当たりばったりか深く考えるか、振り返ってみると仁は極端って部分が目立つ。

「お? これは二人組にプラス一、丁度いいとこに帰ってきた。アスナとネギ先生、見なかった?」

 これまた朝と同じような場所で同じ人物と出会う。違うといえば相手が一人で、立ち位置が逆転してるという所ぐらいか。

「さあ、知らん。俺らよりさっき宮崎が戻ってきたの見たから、そっちに聞いた方が早いんじゃねぇか?」

「うーん、聞いてみたんだけど黙秘したままだったんでねー、とりあえず私が皆のために行動をとってみた訳だ」

「ほほぅ、それで夕映が黙秘権を使ってる宮崎についていて、ハルナが一人行動か」

「うむ、大正解だ」

 出会った早乙女と、それに対応する仁。この二人の流暢な会話にはどうも俺はついてず、割り込むこともできない。これもまた朝と同じとこだ。

「そうだそうだ。衛宮も携帯持ってるんでしょ? アドレス教えてよ」

「急に話しが切り替わって振ってきたな……ん? 今の言動から察するに仁は早乙女に教えたのか?」

「朝にタカミチに会ったから無効だって言ったのに中々としつこくてな。冗談で提案した案に乗りやがったから渋々教えただけだ」

「むぅぅ、折角女の子のアドレスもらえてラッキーなのに酷い言葉ね」

「こいつぁ失礼、ハルナさん。だが自分で言うようなセリフじゃねぇぞ」

 早く早くとせがむ早乙女。それを見る仁は困った奴だとでも言いたそうだ。
 当初の目的を忘れてるんじゃないか、早乙女は? とりあえずアドレスを教えてやって行かせた方がいいか。ポケットから取りだしてと……操作は……

「あー、後は私がやるから大丈夫」

 シュパッ、と手元から操作してた携帯電話が消える。

「うおぅ、電話帳に学園長と高畑先生と仁しかない」

「こいつは携帯持たない性格だから、それで普通なんだ」

「ふむぅ、まあ色々聞きたい事はあれ追及はしないけど……よし、オーケー。じゃあ聞くもの聞いたし私は先に行くねー」

 ほいっと携帯電話を放り投げ返してきて、俺達がいる方と逆方向に早乙女は足早と去って行く。

「アイツ坊主達探スノ完全ニ忘レテヤガルナ」

 去って行った方向は教室の方、早乙女の行くはずだった方向とは逆。全くもってチャチャゼロの言う通りである。

「ネギとアスナもすぐ来るだろうし問題ねぇだろ」

「そのすぐってのは確かなのか?」

「何となくだから気にすんな」

 そう言って早乙女の行った方へと仁は歩む。
 少し楽観的すぎやしないか。しかし早乙女の代わりに俺が行くってのも……駄目だしな。そもそも早乙女が二人を探す目的が分からないしさ。

「……早乙女は置いとくとして、俺達は何で教室行くんだ?」

「あ? 前に士郎も聞いたハズなんだが忘れてんのか」

 心当たりがない。いや、よく考えれば思いだせる。何たってこの世界に来て間もなく、聞いたのなら最近。最近の事を忘れる程に俺は呆けちゃいない。
 恐らくエヴァの別荘で話した事か。あそこに居る時間が一番長い上に一日にあった事も話したりする。何か大事な話、行動する話はあったか……?

「ほら、着いたぞ」

 顔を上げれば2-A教室前。仁が扉に手をやり、半身で俺の方を向いて開けようとしていた。

「では、入ろうか士郎。本日のメインは男三人、後一人は直に出席だ」

 ああ、思い出した。そうだ、このクラスは騒ぐのがえらく好きだしな。とにかく耳を塞ぐのが先決だ。

 

「ホント賑やかで良いクラス、そんで良い先生がついたもんだ」

 軽く笑いながら仁が教室の扉を開けた。

 

 

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――1巻 1話――

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