9 くすりのゆくえ

 

 

 キーンコーンカーンコーンと朝のチャイムが鳴り響く学校。今日も一日が始まんなぁ、と思いながら一限目の準備を始める。
 一限目は英語でネギの授業だった。さっさと準備して迎え撃つコトにしよう。

 

「どうした士郎、何か用か?」

 ネギも教室に到着して、起立、礼といつも通りの挨拶。そんな中、左手側の男が何か言いたそうにしてるので、こっちから聞いてやった。

「そのノートがチラチラと見えたら、知ってる俺は気になるのは当然だろ」

 どうやら英語の教科書の下になってる例のノートの中身を見たいらしい。

「見せんけどな」

 見たいと言えど、要求は却下。何を言おうとも士郎に見せる訳にはいかん。
 さて、とりあえずは昨日起きた事でも纏める事にしよう。あのパーティ終わった後は、いつも通りエヴァの別荘行って、寮に帰った後は気分転換してしまった。
 やる事はやんないと、授業中なんだけどさ。

「どうした夕映?」

「……いえ、何も」

 斜め前から視線を感じたので、その相手へ問うが隣の男のようにすぐに諦めた。好奇心旺盛なコトで何より何よりと。もう一人、覗ける位置でこれに興味持ちそうな右手隣りの吸血鬼は、半分寝てるから気にしなくて良しだ。
 では再開。昨日はオレが見て聞いて行動した感じは、このノートに書いてあるのとほとんど変わらずに進んだ。それはもう面白い程、思い通りに。               
 書いてあるのはチェックでも付けて、他に目ぼしい情報は書き足しておくのが良さそうだ。
 ……こう書いてくと、このノートは未来日記ってか。でも感想染みた言葉は大して書かずに頭ん中に入れてる。日記と言うと少し誤解があるか。

「眼ェ逸ラシヤガッテ阿呆ドモガ」

 楽しそうな声に、ん、と顔を上げると、ネギがどうしようかと迷っていた。

「えーと、じゃあ、士郎さんお願いできますか?」

 おっと、ネギが和訳しろとでも言ってたのか。こいつは当たらなくて良かったぜ。オレの英語力は昔から良いとは言えんし、直訳過ぎて変な文になるコトがある。

「――――――――――」

 席を立ち、ネギの要望通りスラスラと訳した日本語を喋る衛宮士郎。今のお前の姿で、そんなに達者だとオレは何処か複雑な気分だ。

「あ、はい。士郎さん、完璧ですね。ありがとうございます」

 ネギはにっこりと笑って満足そうな様子。それとは別にクラスの雰囲気が変わった。どうやら士郎が答えた和訳に皆が関心しているようである。
 そういえば、士郎が授業で当てられたってのは今日が初めてだ。オレ達に先生方は当てにくいってのもあるせいだろうけど。
 ……士郎の奴、困った顔しやがって。あんな風に答えたらこうなるコトぐらい予測しろってな。

「じゃあ……次は……」

 一方、ネギは士郎を当て上手くいったので意気揚揚とし、次のターゲットを狙ってた。でも顔を逸らす生徒が大多数、誰も彼も当たりたくないと態度で言っている。
 オレはというと勿論の事お断り。目が合ったけど、ネギは察するのが良い奴で助かるぜ。

「では――アスナさん、お願いします」

「えっ……うっ……」

 まぁ、当然こうなる。今のネギなら誰にでも当てそうだったけど、アスナはそん中でも昨日の出会いもあって当てやすいだろう。しかし、アスナにとっては災難。士郎が悠長に答えた後ではとても可哀そうな立場である。拒否しようにも素直に士郎が答えてるから口出しは難しい。

 

 …………………………

 

 席を立ったのは士郎と同じだが、士郎と違って口に出す訳はしどろもどろ。静かにそれを聞くクラスメイト達のアスナへと向ける目が暖く感じるのは、この光景を見慣れてるからだろう。

「――アスナさん、英語ダメなんですねえ」

「なっ……!?」

 ネギの口撃は決してジャブではなくストレート。会心の一撃だ。
 言われた本人の顔色はオレからは見れない位置だが、赤くなってることだろう。ネギの無邪気な笑顔が、そんな状況を作ってると教えてくれている。そして、さらにクラスの追い打ちが掛かる。アスナは英語以外も駄目だとクラスがネギに伝えて、アスナの立つ瀬なしだ。

「……どうなってるんだ、仁?」

 士郎が前への視線をコチラに変えて尋ねてくる。

「オレはコレで忙しいから好きなように解釈してくれたまえ」

「アホガキ共メ」

 前方の光景はクラスの笑い声、アスナのネギへ突っかかりと、二転三転して、最後にはアスナが飛散な格好になってた。服が飛ぶのは何度目かって。一連の二人の漫才みたいなもんだし、っと、オレはノート、ノートと。
 次は…………これか。よし、今日手がけるべき一番の事柄は決まった。後は来る時にどう行動するかだ。

 

 

 

 

 士郎とは離れ、学外を一人歩く。頭の上に一つカウント取れるが、いつものコトなのでそこは良し。今は昨日から主役の先生をまたまた尾行中である。
 周囲に人影はなく、周りを警戒するネギはいかにも怪しい。さらに見慣れぬ小道具やらを用意し、怪しさに拍車がかかる。善からぬ事をするつもりなら、爺さんからネギの事を少なからず頼まれてる身分として止めるべきなのだが。

「アノガキ、媚薬ガ違法ッテ分カッテネェノカ」

「そりゃあ子どもの内にそんなもんに興味示さねぇからな。ましてはネギだしよ」

 ネギがやろうとしてんのは、チャチャゼロが言ったように、媚薬もといホレ薬を作ろうとしてるコトだ。
 昨日に続き、今日の朝とアスナに迷惑かけたから何か詫びの品でも入れようとネギは必死なんだろう。それで出てくるのがホレ薬ってのが悲しいとこだけど。

「で、できた……よし、これでアスナさんにお詫びが――」

「ハッハッハ、ネギ! 面白そうなものを作ったじゃないか」

 ネギが走り出す前に、隠れていた木の陰からネギの目前に出る。
 オレの突然な出現と陽気な様子のせいか、ネギは鳩が豆鉄砲を食らったように呆然としてる。

「さて、こいつはオレがもらっとこう」

 その隙を逃す訳もなく、ネギの手から薬の入った瓶をひったくった。

「アスナに渡そうとしてもお前が逆に飲まされるのが目に見えている。それと、これ作ったってのをタカミチと学園長以外には言うんじゃねえぞ。ではまた会おう、ネギ・スプリングフィールド先生」

「え……あっ、待って下さい仁さ~~~~ん!」

 ネギが気づいた時にはもう遅い。すでに人通りが多いとこに出たオレを捕まえる術が今のネギには存在しない。魔法が使えないネギなど恐るるに足らず。このまま逃走するぜ。

 

 

 

 

「撒いたか」

 タッ、タッと通りを五分ほど疾走して立ち止まり、赤毛の少年が居るか周囲を確認する。

「お、丁度いいところに。士郎~」

 赤毛は赤毛でも違う奴が見つかった。

「何やってたんだ、仁。学園長がお前を探してたんだぞ」

「爺さんが? ……暇つぶしの相手でも探してんのか。まぁいい。士郎よ、身長を伸ばしてパワーアップさせてくれる秘薬をネギから譲り受けたんだが、飲まないか?」

「…………いい」

「なぜだ!?」

「鏡を見てみろ、その表情だと信用できない」

「むっ……」

 チッ、失敗か。ちょいと興奮しすぎた。
 しょうがない、とりあえず今日のこれのために用意しといた水筒に中身を移そう。そして断った君にはこの台詞だ。

「後悔するなよ、もうやんねぇからな!」

「………………………」

 フッ、何も言えなくなって今頃後悔したか。
 じゃぁ、もう1人のターゲットのとこにさっさと行くとしよう。

 

 

 

 

 ついたぜ。この和の雰囲気、そして茶道部という看板。まさしくここだ、ここに目当ての奴が居るはずだ。

「ケケケ、マサカ御主人ニヤル気カ」

「フフフ、そのまさかよ――たのもう!」

 戸をバーンと開け、オレの視界に入るのは目的のその人。他に人は丁度よくおらず、オレの頭の上に乗ってる奴と同じ立場であるもう一人の従者も居ない。

「何だ貴様か。人が折角、静かに過ごしてたと言うのに毎度のコト騒がしい奴め」

 予定外の訪問のせいかムスっとした顔をしてるエヴァ。確かに此処は茶室だし、もう少し静かに入室した方が良かった。揚々としすぎたせいで失念しちまったのは反省しよう。
 反省した所で早速、次の行動、懐に持っていた水筒を取り出して見せてやる。反省時間短い気もするが、さっきのはさっきので一区切りだ。時間も押すとオレの思惑が外れちまうからな。

「これは、タカミチ、ネギ、そして士郎に作らせた秘薬だ。効能は……そうだな、エヴァが飲んでこそ効果があるってとこか」

「私にだけ効果がある? ……まさか、吸血鬼から人間に戻す薬、という訳ではあるまい。サウザンドマスターの息子や異界の術師、衛宮士郎が関わったとは云え、そんな物が作れる筈がない。他には登校地獄の解呪か? それは衛宮士郎では不可能だと貴様自身が言っていたではないか?」

 やけに警戒されてる。それにエヴァのオレへと向ける眼も厳しい。どうやら今の話題はエヴァの機嫌を損ねる話題になるようだ。今後のために注意しないといけない。

「確かにエヴァの言うとおり。そんでコイツの正体は成長薬って言えばわかりやすいかね」

 もったいぶらないで言葉を切ってみたはいいが、さらにエヴァの眼が険しくなる。だが、警戒の方は解けたように感じる。最初からさっさと言っちまえば良かったな。

「効果の方は不老のエヴァに出るかは分からんが、試しに瀬流彦っていう魔法使いの教師に少し試させてもらったから成功してみたから持ってきたんだ」

「……私にだけ効果が出るというのは不老だからこそって意味か」

「そういうこと」

 まだ全く接触してないのに話の種にして申し訳ない、瀬流彦先生よ。
 しかしこうもエヴァがオレの嘘に嵌り始めてるのを見ると心が痛くなってきた。初めはどう仕掛けてやろうかとは思ったが……止めるべきかね。

「コイツハ御主人ニ迷惑カケテバカリダカラナ。セメテモノ礼ダロ」

 な、なんですと……!? 思いもよらぬ、まさかの頭上からの横槍。オレの気はなんのその、己の主人を進んで嵌めようとしてるのかコイツ。

「そういうことならありがたく頂こう。そうだな、貴様も半分飲むといい」

「……え?」

「貴様も男なら、もう少し身の丈があった方がいいだろう? そのセルヒコとやらに飲ませて成功したなら貴様にも効果があるだろうしな」

 や、やばいぞ、予想外の返しだ。しかも言い返せねぇ。嘘を作り過ぎたのがここで穴になるとは……断る言葉は見つからねぇし、断れる雰囲気でもねぇ。何せエヴァの表情はいつも見てるような澄ました表情なんだが、いくらか喜んでるようにも見えるから。
 人の表情をここまで鮮明に判るってのは今までにない経験だ。それほどまで冷静になった自分が居るせいか。しかし、エヴァにしては可愛い仕草……じゃなくて、どうすんだオレよ――

「では、乾杯といこうか」

「あ、ああ……」

 目の前には椀が二つ。中にはネギが作った例の薬。
 ……もうやけだ。飲むしか道はない、アディオスオレ。

 

 ――――――ゴクン。

 

 一息に椀の中の液体を体へと流し込んだ。思ったより味は悪くはない……が、どうしよう。

「ん……? 体が熱くなってきたがこの薬の副作用みたいなものか?」

「いや、すまん」

「何を言ってい………うっ………………」

 エヴァの顔が赤くなって、オレからは言いにくい表情になってきてるぜ。つまり、すでに効果が出てきちまってるようだ。このままいくとオレも……果てしなくまずいな。

「また今度なエヴァ!」

「待て――――――」

 遠くから呼び止める声を置いて、全速力で茶室を後にした。

 

 

 

 

 こんだけ離れれば、エヴァからのヤツもさすがに効果が無くなるだろう。しかし、今日は走る日になってるな。これぐらいで疲れはしないけど。
 とにかく例の薬を飲んじまったのを対処する方法を考えないといけない。一番いいの案は人が居ないとこで籠城する。だがこれはこの麻帆良で可能か? 今いる場所は丁度人が居なく、オレの姿も簡易にだが隠れられている。短時間ならこのまま維持することも可能だろうが、薬の効果時間は長いかどうか不明だし。
 次に対処する方法と言えば、誰かの手を借りる事か。飲んだ薬の効果は〈異性を虜にする〉だったから、自ずと手を借りるのは男となる。そこでオレが信頼できると言えば、タカミチ、爺さん、士郎の三名。だが、こんな事にタカミチや爺さんの手を借りるのには気が引ける、故に――

「……士郎か? すまんが罰があたったみたいだ。ルールブレイカーを俺に刺してくれるとありがたい」

『切羽詰ってるな、自業自得だ。……それで何処にいるんだ?』

 電話を受けとった士郎はなんだかんだ言っても結局は助けてくれるようだ。
 ははっ、さっきは悪をしようとしてたのに、何だか涙が出てくる。それと頭の上の人形は笑いすぎだぞコノヤロウ。

「ああっと、場所は……学園の茶室を出て……あー……」

『少し落ち着け、仁。茶室って言ったらエヴァが通ってる処か? それなら近衛がそっちの方に行ってるはずだから落ち合っといてくれ。お前まだ学園長の所に行ってないだろ? その話を近衛が聞いて手伝うって――』

「お、おい、士郎よ。木乃香がコッチに来るって……?」

「仁く~~~ん」

「ぬぁ……!?」

 自分の体が何者かによって押し倒される。同時に背中の下の部分辺りからバキッと派手な音が鳴った。
 ああ、その音の原因は知ってるさ。現に助け舟を呼ぶため手に持ってたもんがねぇんだから。新機種で高かったのに……いや、それよりも、

「スマンが、木乃香離れてくれ」

「何でや~、いいやんか別に~」

 精神衛生上全然いくない。そもそも態勢がやばい、やばすぎる。本日のやばいの勢いは衰え知らずだぜ、コンチクショウ。
 女子突き飛ばすのも気が引けるし、どう抜け出せばいい? 誰か教えてくれ。

「このちゃんばっかりずるい、ウチも~」

 げっ、刹那。このか見張ってて一緒に薬の効果にかかっちまったのか。なんつう強力な薬作ってんだあの坊ちゃんは……やむをえん。

「あっ……」

「すまん、木乃香」

 手荒だが刹那の方へと突き飛ばし、倒れた際に頭の上から落としたチャチャゼロを再び乗っけてこの場を逃げる。そうでもしないと恐ろしい事態になったのは明確だったから。あと刹那はまだそんなに砕けた風になっちゃいかんだろ。

 

 

 

 

「絶望しか見えてこねぇ」

「ケケケ、俺ハ面白エケドナ」

 原点回帰、ネギから今回の根源である薬を取り上げた広場の隠れた場所へと戻ってきて悪態づく。
 薬の残り効果時間は未だ不明。助けも呼べなくなった。それに木乃香達が今にも現れるかも知れん。走り疲れはしないが、精神がどんどん削れてきてるぜ。
 とにかく、さっきの木乃香達のを考えても薬の効果が強過ぎる。士郎よ、どうかオレが此処に居るってのを気づいてくれ。

「オイ、仁。今スグ俺ヲ木ノ上ニ移動サセロ」

「は……? 何を――」

 ――乾いた音。よく耳に入るフレーズの言葉が頭に浮かんだ。

 乾いた音から真っ先にオレが想像するのは銃声。そして、現実に起こったのも想像通りのものだった。
 目前に居るのは龍宮真名。二丁の拳銃を両手にオレに狙いを定めた姿で立ちはだかっていた。

「フフ、私のために死んでくれ」

「屈折しすぎだろ……」

 悪乗りにも思える言葉を吐き捨てる目前の相手。今度ばかりは、どうやら逃げられそうにない。ならば立ち向かうだけだ。
 チャチャゼロを木の上へと放り投げ、相手を見る。敵は銃使い、それも歴戦の使い手。だがオレだってあの男の前で修行をしてる。薬が切れるまで逃げれば良いだけの事だ。
 さぁ、相手は撃ってくるぞ。銃身を見て軌道を予測すれば避けれ――――ルワケネェダロ。
 今、打たれたのは五発か? ……そのようだ。地面の弾痕が語ってくれてる。隊長の奴め、オレに当たらないギリギリの所に撃ちやがったのか。なんつぅ陰湿な性格なこと……っ。

「――あ、あぶねぇッ!」

 今度は狙ってきやがったが、何とか逃れられた。しかも狙いは脚。機動力落としてじわじわ痛ぶろうとしてんのかコイツ。それにいつの間にかサプレッサーらしき物体が銃口についてやがる。最初の一発は気付かせるためか。思っていたより陰湿な性格って覚えてやろう。

「オ、オレの命が風前のともし火だっ! 士郎っ!」

 とにかく助けを乞うしかなかった。

 

 

 

 

『お、おい、士郎よ。木乃香がコッチに来るって……?』

「その通りだが、まずかったか? …………仁?」

 名前を呼ぶが返事が返ってこない。どうやら相当ピンチな状態がアイツに襲ってるようだ。とりあえず仁から聞き出せた茶室の方へと向かうのがいいか。

「あれは……」

 走り出そうと進む道に困った顔でキョロキョロと誰かを探すように歩いていた少年が目に入った。

「ネギ、どうした?」

「あ、士郎さん。あの……仁さんを見ませんでしたか?」

 声をかけ、話を聞いてみればネギも俺と同じく仁探し。今回のアイツが起こした騒動の正体が段々と掴めてきたぞ。

「ネギはどんな用事で仁を探してるんだ?」

「ええっと……仁さんにアスナさんにあげようとしていたホレ薬を奪われて――」

「ああ、もういいぞ」

 これでハッキリと今回の事は分かった。
 アイツと会ったあの時、アイツは俺にそのホレ薬とやらを飲ませようとしていた。俺に飲ませられないと判断した仁は茶室の方へと向かい、今度はエヴァに飲ませようとしたが失敗して自分が飲んでしまい慌ててると。
 うんうん、人を貶めようとするから罰が当たるんだ。

「って悠長に構えてる暇はないな」

 近衛が仁と会っていたら大変だ。むしろその可能性が高い。電話が通じなくなった理由がそれのせいだってのが最も筋が通ってるからだ。

「恐らく仁は茶室の方から人通りの少ない方へと隠れながら進んでる。俺は見晴らしの良い所からアイツを見つけてくる。それでアイツが捕まったら……真っ先にネギの下へと連れてこよう」

「そうですか……あ! 見晴らしの良い場所なら僕の杖で空を飛びましょうか?」

「しかし、まだ昼間だから人に見られるぞ」

「いえ、認識阻害の魔法を使うので、余程のコトじゃなければ外からは見られません」

「……それなら頼もうか」

 一人で行こうかと思っていたが、協力してくれるなら断る理由もないので素直に受けた。

「ネギ、俺はどう乗ればいい?」

 杖に跨り今にも空を飛ぼうとするネギに問う。俺はこういった物の経験はないため、どうすればいいか勝手がわからない。ネギと同じように後に跨ればいいのだろうか?

「士郎さんの好きなようにでいいですよ。ちょっとのコトじゃ落ちませんから」

 それならばと、俺はネギが跨る後ろへと地面に足をつけるのと同じように立った。

「では、行きます」

 ネギの言葉を合図に杖が空へと飛ぶ。

「何処まで上昇しましょうか?」

「地上から600フィートぐらいで十分だ」

 ネギがわかりましたと一言入れ、なおも杖は高度を上げる。その中、俺も上昇する様子を見るだけではなく、麻帆良を見渡し、皆に迷惑かけてる一人の男を探す。見るのは茶室周辺からアイツの足で行けそうな範囲を想定、さらに人の気配がない場所を絞る。

「見当たらないな……」

 杖の高度は俺の注文通りの高さ、軽く麻帆良を一望できるで処で留まっている。
 早く探さないと、アイツに会った人達が大変だ……何処だ……。

「ネギの作ったホレ薬ってヤツの効果時間はどのくらいだ?」

「正確な時間はわかりませんが……それほど長くないとは思います」

 作った本人が、正確に把握できてないか。怪しい感じがしてきた。ホレ薬という名前だけで十分怪しいもんだけどさ。
 ともかく、あの青髪をこの眼で見つけないといけないのは代わりようがない。

「仁から何処かに行くって聞かなかったか?」

 見つけようとしようとも、アイツの気配を全く感じ取れない。ネギから得られる情報は僅かな物にしかならなそうだが、今は少しでも情報が欲しいとこだ。

「すみません……広場で仁さんが唐突に現れてすぐに去ってしまっただけで、場所の方は……。ただ、ホレ薬を作ったのはタカミチと学園長以外には教えるなとは言っていましたが……」

「……俺には言ってよかったのか?」

「あ……」

 ネギの慌てる姿、どこか抜けてる部分は会った時から幾度か目にしたが、直接味わうとは。それよりネギから話しを聞いたのはいいが有用な情報はなし、か。

「広場ってのは、昨日宮崎を助けた場所か?」

「はい、士郎さんの言うとおりですけど」

 何気なくネギが話した中の言葉を拾う。
 さっきの話した中では、場所と言えばそれだけ、それだけだが別段と仁が行くと言っていた場所でもない。ただ気になっただけだと、その場所へ目を凝らす。

「……士郎さん、昨日ってあの場所に――」

「居たぞ、ネギ。広場傍の草木の所に仁が居る。急いで向かってくれ――危ないようだ」

「は、はい」

 宙に浮いていただけの杖が走った。木々の中に隠れ動く二つの影を目指して。影の一つは俺達が探していた人物の防人仁。そして、もう一方の影は龍宮真名。
 思ったとおり、人の気配がない処で仁を見つけたが、アイツの運が悪かったのか龍宮に見つかってしまったようだ。しかも相手は拳銃二挺のオマケつき。よくそんな物騒なモンを中学生が持ってるものだ。

「俺が飛んだら、ネギは離れてろ」

 地を目指し加速する杖。声は後へと流れるが、前に居る少年が頷くのを見ると伝わったようだ。
 後は俺だけ。仕事を自ら受けたからには完遂する。

 杖から地へ。降りた地から一度跳ねる。
 再び地に足をつけた時、目前には俺よりも頭一つ分も高い姿。完全に懐に入った。俺の間合い。龍宮が持つ拳銃を叩き落とせば解決――自ら両腕の拳銃を落とした……?

「――――――ッ」

 金属の弾丸が俺の身体を裂いた。

 

 

「……何をしてるんだ衛宮?」

 今、俺という存在に気づいたように龍宮が声を掛けてくる。

「こっちが聞きたいぐらいだ」

 溜息一つ吐いて、それに答えた。
 俺の右頬から僅かに避けて流れる血。ギリギリだった。龍宮が銃を落としたのは、相手の油断を誘うため。だが、その“落とした銃”から俺の顎を狙って撃ってくるとは思わなかった。

「コレをやったのは衛宮か?」

「悪かった。今度弁償する」

 それだけなら良かったのだが、龍宮に三挺目の拳銃を握られた。それを干将で落としてなければ、腹に穴が開いてたかもしれない。

「助かった、士郎」

 振り向けば今回の騒動の犯人が申し訳なさそうにしていた。

「さすがにもう同じようなのは御免だ。やるなら自分で解決できる範囲でやってくれ」

「悪ぃ悪ぃ。隊長も巻き込んですまんな」

「……何かは知らないが、とりあえずコレは後で連絡する事にしよう」

 銃身が切り落とされた拳銃を俺へと投げて、龍宮が去っていった。

「龍宮、急いでるみたいだな」

「時は金なり。隊長は守銭奴だしな。オレからも迷惑かけた分のお返しを考えねぇと」

 ふぅ、と一息ついて額の汗を袖で拭う、仁。疲れてるのが見て取れる。

「しかし、まさか士郎が傷を負うとは……油断した?」

「……想像以上の使い手だったからな。中学生でアレはおかしい」

 右手で傷を負った頬をなぞる。手に付着した己の血を見て判る通り、かすり傷程度。大した事じゃない。仁も手の甲に切り傷がある以外は無傷だ。それは龍宮ではなく、俺がつけた傷なのだが。とにかく互いに大事に至らなくて良かった。

「仁、一段落ついた所だから風呂にでも行くか? その汗は入らないとまずいだろ」

「それもそうだ。じゃあ早速行くとしようぜ」

 むんずと背後の何かを捕まえる仁。先程、俺に協力してくれた人間でもあり、原因でもあるその人物。

「いえ、僕は遠慮しとき――」

「そう言うな。今回はオレが勝手しすぎたから、ネギにも謝らんといけんしさ」

 仁の言葉だけ聞けば下手で申し訳なさそうにしているが、ネギを無理矢理に引きずって連れてっているという有様。助けてと俺に訴えてくる少年の目を見ながら、仁の後をついてくことにした。

 

 

 

 

 カポーンと音が鳴るのが似合う空間で溜息を一つ吐く。
 さっきは本当に危なかった。生きた心地がしないって程に。もう少しでこの世からおさらばするところで、助けに来てくれた士郎はまさに救世主って奴だ。こっちに来た時とコレで助けられたのは二回目、いつかは借りを返してやらないとなぁ。

「あぅぅ」

「風呂ぐらいは一人できちん入れるようにしねぇと。アスナに笑われて学園生活を過ごす事になるぞ」

「うぅぅ……」

 唸り声を上げるネギ坊主の頭をガッシュガッシュと掻く。

 場所は広場の端から変わって、寮の風呂場。それも寮室の風呂場ではなく大浴場。
 最近になってオレ、士郎、ネギと三人のためだけに浴場を割り当てられるようになったのである。まぁ、使ったのは今日が初めてで、頭を掻いてやってる奴も割り当てられた時間で入るのは、まだ来て二日目のネギも初めてだろう。
 しかし、ネギの反応が面白い。頭を掻く度に嫌そうに反応する。こっちとしては小動物と戯れてるって感じだ。
 鏡越しにネギの顔を見てやれば、泡が目に入るのが嫌なようで強く瞑ってた。そんな反応してると、つい悪戯したくなるってもんだぜ――

「仁、やりすぎるとネギの頭が禿げるぞ」

「ええっ!?」

「心配すんな、そこまでやりゃあせん」

 ここまでにしといてやるか。これ以上やると士郎に怒られそうだしさ。
 備え付けのシャワーで一気にネギの頭を洗い流してやる。

「仁さん、僕の作った薬は……」

「全部なくなっちまった。でもお前にはこう言ったろ、『アスナに渡そうとしてもお前が逆に飲まされるのが目に見えている』ってな。言い訳って言ったらそうなっちまうけどさ。とにかくアスナのご機嫌取ろうとすんなら、ホレ薬はやめて他のを考えてみろ。あー、士郎終わったんなら交代してくれ。自分の体を洗っちまうからよ。とりあえずリンスなリンス。念の為にもう一度シャンプーでもいい」

「わかった」

 オレの方はさっさとシャンプーを使って頭から洗ってく。頭、首、腕ときて後は上から順に手早く済ましていった。

「それで少しは風呂に慣れたかネギ?」

「うぅ、さすがに今さっきじゃ無理です……」

「そうかい、そうかい」

 何も言わず念入りにネギを洗ってやってる士郎を傍目に、オレは入る風呂を決めるため動くコトにした。
 大浴場なだけあって風呂の種類も様々。時間も余裕があるし、順に全て入っていこうか。お気に入りの処を探すってのも重要だしな。
 それでは、と目をつけたのは一番広く、シンプルな風呂。その奥へと進んで行く。後は頃合いを見て、奥のものから入口へと順に行けば、良いぐらいに上がれるだろう。

「はぁ、生き返る」

 ゆったりと肩まで湯に使ってお約束の一言。少々熱めだが、心も体も癒される丁度いい温度だ。

「別荘の風呂より広いなぁ……」

 毎日のように入ってる風呂も相当広いものだが、比べるまでもなく一目で此方の方が広い。あちらの風呂は一人用、こちらの風呂は何百人も住んでる学生寮用ってのもあってのものだけどさ。

「…………」

 はぁ、と溜息一つ吐いてオレの方に一人向かってくる赤毛の大きい方。その後ろに赤毛の小さい方も付いてきている。

「どうした?」

「……何でいきなり質問をする?」

「いや、溜息吐いてたからさ」

 自分の溜息に気付かなかったとでも言いたそうな表情の士郎。きっと吐かせた原因は苦労かけさせてるオレ、だよな。だが士郎は誰かと話したい様子でもないし、話すのは後でにした方が得策なようだ。

「ネギ、熱いなら別の所にいってもいいんだぞ。入口近くのあの手の風呂なら温度も低いだろうしな」

 オレがネギに言葉を渡す。士郎は普通に入ってるが、ネギには熱い湯だったようだ。目を搾るようにして我慢してる姿が辛いって言ってるように見えた。
 湯の温度は熱い風呂に入りたいと思ってなければオレでも熱いと思える程の温度。設定温度を間違えてるんじゃねぇか、とさえ思えてくる程の温度だ。ネギが出て行くのも無理はない。
 ネギがすいませんと一言入れて、オレが指差す風呂に向かって行った。

 ネギは遠くに。士郎はこんな様子なんで話せる相手もいないため、高い天井を見上げ一人で今日を振りかえる。
 ……死にそうだったなぁ。いや、いくら薬の効果があったとはいえ、隊長が麻帆良で人の息の根を止めようとするか? やっぱりアレは悪ふざけだったんだろうか。本人に聞くにしても怖いので聞きに行きはしねぇけどさ。
 それよりも問題なのはエヴァだ。すごく悪ぃ事しちまった気がするし、どう埋め合わせすればいいか思いつかねぇ。

「仁」

 歯切れ悪そうに士郎がオレの名前を呼んだ。

「龍宮ってどんな奴なんだ?」

「何だ、士郎は龍宮が気になんのか」

「誤解させるような言い方はやめてくれ……ただ一般の中学生ではないってのは今日ので分かった。よくよく考えれば、あのクラスにはエヴァや絡繰って例がある。もしかすると龍宮以外にもあのクラスは――」

「ほう。かの士郎君にしては良い勘してる。外から見ればあのクラスは、他よりも活発な奴が集まってる程度って見えるだろう。そもそもこの麻帆良自体がはしゃぐ奴らが多いのが普通。まあ、あのクラスに関しては特別って今は思っておけばいいんじゃないかね」

「……やっぱり全部は教えてくれないのか」

「楽しみは取っておくもんだぜ」

 どうやら諦めたようだ。食い下がらないので、質問受けてるオレとしては楽なような空しいようなってか。

「あ、ネギ坊主! 一体今までどこ行ってたのよ!」

「え、アスナさん……?」

「アスナは、ほんまにネギくんのことが好きなんやな~」

「っ、違うわよこのかっ! だってこいつったら――」


「うわっ熱っ! 風呂の温度おかしいよこれ!」

「まだ体を洗ってない内に入ろうとするから罰が当たったんですよ、ハルナ」

 あ、あれ? すんごくヤバイ気がするんですが。

「おい、士郎。何で気付かなかったんだよ」

「俺だっていつも警戒してる訳じゃない。そもそも時間はまだまだ余裕はあったはずだ……」

 入口の方に人影が沢山。とりあえず10人程度ではないってのは確かだ。ネギはもう捕まって助けるのは無理。いや、最初から助けようとは思ってないけど。

「とにかくネギが生け贄になってる内に逃げねぇと。それも早く、ネギがオレ達を売らない内に」

「入口はもう無理だ。幸いタオルはあるし、裏からどうにかして俺達の寮室に向かおう」

「了解だ」

 見つかれば別段と悪いことしてないのに問い詰められるのは男であるオレ達だ。寮の外からの経由でもいいから、とにかくこの浴場から見つからないように逃げないといけない。
 身を低く構え、細心の注意を払って集団とは逆の方へと進み始めた。
 この大浴場は三階。そしてオレ達の寮室は六階。それも建物が浴場と寮では別々。帰るには正規の入り口、つまりは今ぞろぞろと人がやってきたとこから経由しなければ建物を移れない。しかし、こうなった今は、例えタオル一枚だろうと屋根づたいという経路も考えないといけないのだ。

 

「仁、後ろだ!」

「は……?」

 士郎が急に声を上げた。言われたまま、その方へと顔を向ける。
 ……だが、何かある訳でもなく変わった所もない。

「焦らすなよ。てっきり見つかったと思った――?」

 士郎がいない。見渡せどもあの毎日のように見る男の姿が突然と消えた。ということは、これはまさか……。

「ほう、チャチャゼロが更衣室に居たからやはり貴様も居たか」

 ああ、まさかもまさか。アイツって奴は……。

「これはエヴァさん。皆と一緒に行動するのは珍しい」

「葉加瀬に誘われたから仕方なく来てやったのだ」

 後ろからオレの肩が掴まれてる。逃げようにも掴まれてるせいで立ち上がれもしない。完璧に抑えられちまってる。さっき後ろ見た時は居なかったのに、いつの間にオレを捕まえてくれたんだろうかね。

「……今から謝っても遅いか?」

 後ろを見ずに言葉を出す。見つかってしまったのは仕方がない。むしろ、さっき悩んでた事を話せるいい機会だ。

「何をだ……?」

「悪いことしちまったって思ってさ」

「…………」

 どう言葉を続けようか。即席な言葉では余りにも酷い。悪い事したんだから、考え抜いて心から謝らないと駄目だ。

「……許さん」

「え……?」

「貴様がどのように謝罪の言葉をしようとも、私の気は晴れん――だから」

「だ、だから……?」

 ただ簡潔に、二音だけの言葉が聞こえた後、抵抗する暇もなくオレの意識が途切れた。

 

 

<<BACK  NEXT>>

TOP  SUBTOP

――1巻 2、3時間目――

2009/3/21 改訂
2010/7/10 改訂
2011/3/14 最終修正

600フィート=180mくらいらしい

inserted by FC2 system