10 事件の後の食事風景

 

 

 冷蔵庫の戸を開けるととガランガランと音が響く。音の出どころのビンに手を伸ばして、一本だけ頂戴した。

「遅いな……」

 もう21時を回ったっていうのに、風呂場で別れた男が帰ってこない。こっ酷く説教というか拷問というか、そういう類のものを受けてるんだろうか。しかし、すぐに玄関の開く音、トントントンと足音が廊下からこっちに聞こえてきた。

「いくら何でもその量は飲みすぎじゃないか、衛宮士郎」

「お邪魔します、衛宮さん」

 帰ってきたには帰ってきたが、引きずられて仁が帰ってきた。しかも意識がないみたいだ。
 仁を引きずってきたのは、片手に試験管を持っていつも以上に不機嫌そうに振る舞うエヴァ。一緒に居る絡繰は、いつものようにエヴァに付き添ってきたようだ。

「どこからそいつを引っ張ってきたんだ?」

「さて。それより客が来たんだ、飲み物ぐらいだしたらどうだ?」

 エヴァは掴んでた仁の襟首を乱暴に放してから、テーブル前の座布団に座った。
 不機嫌……というよりも怒ってるエヴァのためにも、注文通り早く何か出してあげよう。
 テーブルの上に放置していた五本のビンを取って、再び冷蔵庫へと向かう。冷蔵庫を開き、出せる飲み物といえば、今は酒と茶、それと俺がさっきまで飲んでたものぐらい。
 肩越しにエヴァを見る。絡繰に対し、隣に座れと命令してるようだ。それに少しばかり絡繰は戸惑ってる風に見えた。絡繰の事だ、うつ伏せに転がってる仁が心配なんだろうか。いつまでも見てる訳にもいかないので、更なる怒りを買う前に注文された事を終えるよう、二本だけ冷蔵庫から引っ張りだしてテーブルへと戻った。

「これでいいか?」

「牛乳か……さっき貴様も飲んでただろうに。一体、何本貯蔵してるんだ」

「後は二、三本ぐらいかな。苦手だったなら他のに変えようか?」

「別にこれで問題ない」

 エヴァが言いながら、俺が持ってきた二本の瓶を両手を使ってひったくる。

「それで、また茶々丸の分も用意したのか貴様」

「あ……すまん」

 絡繰は飲み食いできないんだった。そろそろ覚えないと嫌われてしましそうだ。

「いえ、衛宮さんの心遣いは好ましいものなので構いません」

「フン、どうせ目の前の女の子よりも女の子らしいから、とか思ってたんだろ。気に食わん」

 分かってるじゃないかエヴァ、と寝転がってる男のようには言えない。でも絡繰の気の配り具合が、本当にそう思えるので仕方ないだろう。さらに言うと、くっと牛乳を飲むエヴァの姿のせいで、そう思うのに拍車が掛かってると思うんだ。

「それで、貴様は今日のヤツに関わってるのか?」

「今日のヤツ?」

 中身が残り三分の一ほどになった牛乳ビンを、ガタンとテーブルの上に置いて質問してきたエヴァにオウム返しで答える。
 今日のヤツ、確証はもてないけど、恐らくは仁のしでかしたヤツの事に違いない。仁がエヴァの茶室に寄ったって言ってたしな。

「……どうやらコイツの単独行動か」

「たぶん、エヴァの考えてる通りだと思う」

 眉に皺を寄せて倒れてる仁を見るエヴァ。その横では絡繰がテーブル上の真ん中に置いてあったティッシュ箱を、さりげなくエヴァから遠ざけていた。エヴァの近くにあったら投げつけそうだ、寝てる奴に向けて。

「晩御飯まだなら食べていくか?」

 このままでは仁が追い打ちを食らうのが目に見えてるので話題を切り替えてやる。

「そうだな、遠慮せずに頂いていくとしよう」

「そうしてくれると、こっちとしてもありがたい。メニューの方は部屋に入ってきた時にわかっただろうけど」

「カレーだろう。実に貴様らしい料理じゃないか」

「ああ。温めてくるから、テレビでも見て待っててくれ」

 テレビ台の引き出しからリモコンを取りだし、絡繰に手渡してから台所へと足を進めた。
 仁の奴は、まだ倒れたままでピクリとも動かない。相当きつい仕置きを受けたんだろう。俺と鍛練して倒れた時以上に酷い様子だしさ。
 エヴァの方を目の端で見れば、何をする訳でもなく窓から外を眺めてるだけ。絡繰は主人と仁を交互に見比べたり、テーブルを見たりと少しばかり落ち着かない様子。そんな居間の気まずい空気を消すためにも、早く料理を出せるように心掛けた。

 

 

 

 

 鍋の中身のカレーを温めてから数分。程良く温まってきたので、皿とスプーンを二つ用意してご飯をよそう。
 居間の様子は、俺が台所に入った時から渡した牛乳が空になったこと以外は、大して変わりなかった。食事を始めれば、この空気も変わるだろう。そんな期待を込めながらカレーを順々に皿に盛る。
 後はコップとお茶を用意すれば準備も完了。飲み物はお茶が2リットルの新品一本あったから大丈夫だな。

「衛宮さん、手伝います」

 冷蔵庫からお茶を取りだしてる間に、絡繰が台所へと来ていた。

「確かにこれは一人じゃ大変だ。よろしく頼む」

 一人にやれば二度は行き来しなければならない量。素直に絡繰の厚意に感謝して受け入れた。
 料理と飲み物を居間のテーブルへと持っていきトントンと並べ、コップにお茶を注いでいく。
 それぞれ座る場所は俺がカレーを温める前と同じ、俺が一人、その前に絡繰とエヴァ二人が並ぶ。俺の横に本来なら仁が座っていただろうが、未だに起きる気配はなく、エヴァの事もあってアイツの状態を確かめるのにも気が引けた。

「では、いただきます」

「いただきます」
「……いただきます」

 絡繰は挨拶をするが食事は取れない。いつもより一人足りない中、いつもの挨拶をして食事を始めた。

 ――カチャ、カチャ。

 スプーンが皿を打つ音だけが鳴り響く。食事が始まっても部屋の空気が良くなりそうにはなかった。それに食事中に当たり前のようにある会話が始まらない。そういえば、いつも会話の切り口を入れるのは仁だったか……。
 話題を探さないと、この空気は変わりそうにない。何か気の引いた話を……今日はどうだったとか? いや、それはまずい。今日のが悪かったからこうなってるんだしさ。じゃあ、仁が何をしでかしたか……ってのは以ての外だな。話の種になりそうなのが、問題の仁関連しかないぞ……。

「貴様はコイツの事をどう考えてるんだ?」

 急にエヴァが食べる手を止めて話を振ってきた。それも、最もしそうにない話題に関して。

「それほど真面目な話でもないから、軽く答えてくれて構わん」

「……そうだな。悪い奴じゃない、と思うかな」

「そうか」

 エヴァは俺の解答を聞くと、スプーンを動かして食事を再開する。
 また同じように金属がぶつかり合う音だけが部屋に響いた。

 

 

 

 

 食事が終わったのは、俺とエヴァの二人、ほとんど同じタイミングだった。その中で会話をしたのは、一度だけ。後は黙々としたまま、食事会は終わりを告げた。

「送らなくていいのか?」

 玄関で靴を履く二人に尋ねる。居間を出る前に同じことを言ったが、その時の返信はノーだった。

「貴様は私を誰だと思っている?」

「む……」

 エヴァがキツイ目つきで俺に言う。俺がついてきては邪魔だと云わんばかりの態度だ。

「……とにかく馳走になった。行くぞ、茶々丸」

「お邪魔しました、衛宮さん」

 玄関の戸がパタンと閉められ、二人の姿はなくなった。

「静かになったな……」

 ぼそりと呟いた独り言が一層と部屋に反響しているように感じた。ずっと静かだったと言えばそうだけど、それでも二人減るだけでこうまで変わるとはな。

「――そうだ仁は」

 置き去りにされていた男を確認するため、居間へと急ぐ。
 居間に戻れば変わらずに突っ伏した姿があった。見れば見るほど不安になるぐらいに動かない。兎にも角にも容体を確認すれば、その不安も解けるだろう。

 意識は――揺すっても、叩いても反応はない。
 呼吸は――ある。息苦しそうにだが呼吸はしている。

 改めて仁の容体を見れば、エヴァも容赦がない奴だと。しかし、一体何をすればこんなに仁が辛そうになるんだ……あ……首? よく覗き込めば首に小さな穴が二つ。以前に見た覚えのある傷痕が仁の首元にあった。これで仁の疲労にも合点がいく。恐らく、かなりの血を抜かれてるって事で。
 ふと、些細な疑問が一つ浮かんだ。エヴァの普段の生活では牙なんて見えてないけど、魔法で隠してるのだろうか。それとも吸血鬼の牙ってのは、自分の思い通りに出したりしまったりできるものなのか……。

「あ……ぁ……?」

 唸り声が下から上がる。

「やっと起きたか」

「……士郎?」

 うつ伏せの仁が首だけ動かして俺の方へと見る。ぼんやりとした表情で万全とは、とても言い難い。

「あれ……帰ってきたのか?」

「ああ。動けるか?」

 仁はゆっくりとだが、己の腕を使って体を起こし、壁に寄りかかるように座った。

「具合悪……」

「見れば誰でもわかる。ご飯はどうする?」

「……もらっとく」

「じゃあ少し待っててくれ」

「……わかった」

 呆然とした顔で喋る仁。
 今度は本日一番の加害者であり一番の被害者のために、さっきと同じように早く料理を出そうと心掛けた。

 

 

 

 

 カチャン、と皿にスプーンが置かれる。

「ごっとうさん」

「お粗末様でした」

 カレーを一杯たいらげた仁が両手で合掌した。食事をして幾分か顔色は良くなったけど、声にまだ力が入ってない。それでもさっきの青白い顔の仁よりは良い。

「士郎は食わんかったけど、先に食ったのか?」

「そうだ。仁が起きる気配がなかったから先にな」

「ほうほう……ちょいと待てよ、頭の中がよくわからんようなってるから整理する」

 仁が指でトントンとテーブルをリズムよく叩き始める。その動く指だけを見つめ、集中してるから話しかけんでくれと言っていた。
 ならば俺は邪魔な食器でも片付けておこう。
 綺麗に食べ終わったばかりの器を持って流し台へと向かった。持ってる皿を軽くすすいで、同じ皿が三つ入った洗い桶に入れる。食器を洗うのは後にして、仁が話始めるのを待った方がよさそうだ。すぐさま引き返し、先程のように仁からテーブルを越えた所に座る。相手を見れば、頭を抱え悩ましげな表情って感じである。

「……士郎が服着せてくれたのか?」

 俯むいたまま言う仁。
 俺は何でそんな事を聞くのかと一瞬考えたが、すぐにその真意が分かった。

「……やっぱいい。そもそも先に消えたお前がやってくれる訳ないだろうし」

「それに関しては返す言葉がないが、服の方はタカミチさん辺りがやってくれたんじゃないか?」

 最初の仁の疑問に俺の言葉が出るより早く話す仁。もうこの話は止めようと立ち上がり、切り上げようとしていた。

「そうだといいんだけどな。とりあえずオレは明日の準備して先に寝させてもらっても構わんか?」

「片付けは俺がやっとくから、ゆっくり寝ておけ」

 言葉を返すと仁が洗面所の方へと向かう。まだ疲れているのは顔を見れば分かるから、休ませてやらないといけない。いつもは仁が積極的に洗いものをしてくれるのだが無理は言わない。

「じゃあ俺もさっさと片付けて、早めに寝るとしようか」

 床につくために、台所へと足を運んだ。

 

 

 

 

「起きろ士郎」

「…………仁か。時間は……まだ四時だぞ」

 正確には四にも達しておらず、枕元の時計が鳴るには、あと一時間は待たないといけない。早起きする仁は珍しいと思いながらも体を起こす。

「別荘に行くぞ」

「……別荘? 体の方は大丈夫なのか?」

「そのための別荘だ。あの中だと時間が稼げるからな」

 制服に鞄と準備は万端の仁。俺の方は、まだ寝巻きなんだが。とにかく折角の提案、断る理由もないし付き合ってあげるとしよう。

 

 

 

 

「まだエヴァは寝てるかな」

「寝てた方がオレとしては好都合だ」

 場所が変わりエヴァ家前。仁が入口の来客用の鐘も鳴らさずに家へと入っていく。
 いくら毎日のように通って、さらに家主が寝てるだろうとしても勝手に入るのはどうかと思う。それほど会いたくないっていう仁の気持ちの表れなんだろうけど。しかし入ってしまったのは仕方ないので、俺もお邪魔しますと一言入れて中へと入った。

「オ、生キテヤガッタカ」

 ソファで他の人形と混じって喋る人形が一体。そういえば昨日の風呂以来、この人形を見てなかった。エヴァがチャチャゼロを回収していったようだ。

「オイ、別荘ニ行クナラ俺モ連レテケ」

「最初からそのつもりだ」

 仁がチャチャゼロを頭の上に乗っけて、早速、別荘のある地下へと向かう。

「あ、防人さん、衛宮さん、おはようございます」

「おはよう、絡繰。ちょいと士郎と一緒に別荘借りるけど、できればエヴァに内緒にしといてくれ」

 二階から下りてきた茶々丸の登場で地下室に向かった足を止めた仁だが、それも一瞬で簡単な挨拶とお願いだけして、すぐにまた足を動かして地下へと足を進める。

「絡繰、おはよう。仁の言ったことは、出来ればでいいからな。じゃあまた」

 俺も簡単に絡繰と話しただけで、すぐに仁の後を付いて行く。地下に下り、人形の倉庫のような薄暗い部屋を渡り、目当ての『別荘』のある部屋へと。

「入るぞ士郎」

 別荘のある部屋で待っていた仁が俺に声を掛け終えたと同時に辺りの景色が変わる。通ってきた地下室とは反する、明るく青い真夏の景色に。

「それで、休むだけなのか?」

「そんな訳ないだろ。ここに来たからにはもちろん鍛練もする。あと今日は学校休みだ」

「休みって……今日が祝日だという記憶はないぞ」

「タダノサボリダロ。マァ本人ガ、コッチデヤル気ニナッテンナライイジャネェカ」

「爺さんには話つけてっから大丈夫だ。じゃあ準備して浜辺に集合な」

 タッ、と仁が走り去っていく。その姿には昨日の夜中のような疲れはなかった。
 そこまで手を廻してるのならいらぬ心配か。それに、仁のこの様子なら心配せずに俺も打ち込める。学校に行かない分、気合を入れてやってやろう。

 

 

 

 

「仁、そろそろ休憩だ」

 名もない二刀を手元から消して、目の前の男へと話しを切りだす。

「ああ……? 休憩……お前が言うなら……そうするが……」

「これ以上やるって言っても付き合わんぞ」

「わかった……わかった……じゃあ……お言葉に甘えて……」

 ドサッと砂浜に座り込む息を荒くした仁。その手に持つ槍で体が前に倒れるのを防いでいた。

「チャチャゼロ、何時間やってた?」

 仁が座るのを見てコチラに向かってトコトコと歩いてくる人形へと聞く。

「此処ニ入ッタ時ノ時間ガ八時。始メタノガ四十五分。基礎ガ何時モ通リ三時間。デ、今ガ二十二時四十七分ダ」

「実践訓練が約十一時間か……」

 チャチャゼロが別荘の倉庫から持ってきただろう魔法道具の光で、俺達の居る砂浜の周囲の50メートル四方だけは明るい。だが、ここ以外は月明かりが射すだけ。誰も喋らなければ、傍の波打つ音が静かに響くだけの夜だ。

「倒レテタ時間ト武器変エスル度に指導シタ時間ヲ引ケバ短クナルケドナ」

「それでも八時間以上やり合ってるだろ」

「デモ両手デ数エラレナイ程、倒レテタラ格好ツカネーナ」

 ケケケと笑いながら仁の腹を狙ってペットボトルを投げるチャチャゼロ。仁はそれを受け取る事が出来ずに腹に直撃。しかし食らっても反応がない。

「仁――」

「起きてる……大丈夫だ……」

「それならいい――あー、晩飯の用意してくるが何か要望あるか? 食べないって答えは体力の回復的な意味で却下」

 食事も取らずに時間を忘れて今までやっていた。さすがに何か腹に入れなければマズイ。

「……士郎に任せる……重いのでも軽いのでも……出したら食うぞ……」

「わかった。じゃあ俺は先に」

「いや、オレも一緒に行く……」

 俺でも分かる程に仁が無理をして立ち上がろうとする。一言、「無理しないで休んでろ」と俺が言えば、仁はその通りにするかもしれない。それでも何故か、その言葉が出せなかった。

「オイ、士郎。乗ッケロ」

「む……ああ」

 チャチャゼロを掴み頭に乗せて、仁の方を一度見る。歩みは遅いが塔の方へ自身の足で向かおうとしている。俺はそれを見てから仁より先に、仁より足早に塔の方へと歩いて行った。

「仁はどうだった?」

 頭の上へ話しかける。

「全ク駄目ダ」

「……チャチャゼロは辛口だな」

「後ノヲ見レバ誰デモソウ言ウダロ」

「そうは言ってもだな……」

「ジャアコレダ。泣キ言ガナカッタカライインジャネェカ」

「確かにいつもの仁なら一言くらいは入りそうだけどさ……」

 足を止めずに後ろを覗く。さっきよりも仁との距離は開いていた。それだけ確認して、後ろを見るのをやめる。

「そういえばチャチャゼロは動けてたけど、ちゃんと動けるのか?」

「御主人ガ此処ニ居ネート、軽イ物ヲ持ツ程度シカ動ケネーナ」

「そうなのか。だけど俺達だけで別荘にきて動いたのは初めてだよな?」

「サァナ」

 塔をぐるりと反時計周りに上がる階段に足を掛け昇り始める。

「一々上ニ行クグライナラ最初カラ上デヤレバイイジャネーカ」

「こちらとしては、場所を借りてる身故に傷つけるのも悪いしさ」

「ソンナヤワナ作リジャネーンダガナ」

 チャチャゼロが言うのは、この塔の長い螺旋階段を上りきった屋上部分の闘技場。その広さも直径100メートルはあって使うならもってこいの場所だ。それでも前々から使ってる浜辺で別段と事は足りるので使ってはいない。

「さっきチャチャゼロは、ほとんど動けないって言ってたけど、ここの他の人形は動いてるよな?」

 別荘に居れば必ず見かけるメイド姿をした絡繰ぐらいの女性型の人形達。食事を用意する時に、よく手伝ってくれる方々だ。皆喋りはチャチャゼロより流暢に喋るのだが、チャチャゼロと違って無口気味で毒も吐かない。

「動力源ガ違ウンダ。掃除役ガ居ナカッタリ使ッタリシネート腐ルダケダカラナ。御主人ダッテ、テメェラガ来タ日ニ久々ニ入ッタグライダシヨ」

「こんなに快適な場所なのに使ってなかったのか。エヴァは不老不死みたいだし、使っても不備はないだろうに」

 チャチャゼロは笑うだけで、ここで会話が終わった。
 また、足は止めずに後ろを覗く。仁との距離は、見切れるか見切れないかの瀬戸際ぐらいまで離れていた。これだけ離れていれば、別に聞こえても困るものでもないが俺達の会話はアイツには聞こえてないだろう。
 今はこれでいい。アイツと話さずに上に行くだけで。

 

 

 

 

「士郎は何も言わずに付き合ってくれるよな」

「何だ、突然」

 食事が始まって数分。仁が唐突に言葉を出した。

「思ったこと口にしただけだ」

 そう言って仁は目の前にある大皿から一つ料理を摘む。

「こっちは好き好んでやってるから気にしなくていい」

 俺も言いながら、仁が手を出した大皿から同じく料理を摘む。

「好き好んで……?」

 仁が手を止めて、こっちを見てきた。

「おかしいか?」

「……わかんね」

 気に食わなさそうな顔をしながらも、仁は再び手を動かし食事を再開する。

「テメェハ何デ急ニ殺ル気出シテンダ?」

「ん……んー…………」

 背の高い椅子に座っているチャチャゼロが仁に尋ねると、聞かれた仁は横目でチャチャゼロを見ながら唸り声を上げている。

「……正直に言えば、何も出来ずに沈められたからだ」

「沈められた……?」

「風呂場でエヴァにさ。エヴァは確かに強い。それでも今は別荘以外じゃ封印状態で、魔法も使えなく、身体能力だって並の一般人所か見た目通りのもんだ。オレだって士郎の指導を受けてるし、ここに来てから自分でも信じらんねぇ程に動けるようになってると思ってた。だから逃げるくらい出来ると考えてた……それで結果が、あの有り様だ」

 つまりは、悔しいと。表情は変えないが言葉の中は、そうだと言っていた。

「仁は強くなりたいんだろ?」

「ああ。ひとまず目標は、今言ったように封印状態のエヴァ越えだ」

「そうか。それなら俺はそれに付き合うだけだ」

 単純な理由。少女に負けたからという理由。恐らく当の本人、今嫌々と学校に通う準備をしてるだろう本人に聞けば笑われそうな理由。それでもこの男は真剣になっている。それは卑下する事なんて出来ない。それに――――

「テメェガ御主人越エルナンテ何十年モ掛カリソウダナ」

「オイ、人がいつになく真面目に言ってんのにそれはないだろ?」

「初期ノ魔法モ未ダニ使エネーカラナ、テメェハ」

「……むぅ、使えんでも戦っていけるようにすれば問題は――」

 面白かったのか、チャチャゼロがいつも以上に笑い声を張り上げながら仁と会話している。

 次にエヴァと会うのは、十日後くらいか。十日では仁の目標の達成は辛い。それでも、少しでも近付けるように手助けをしてやろう。
 それは俺に出来る事なんだから。

 

 

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2009/4/10 改訂
2010/7/28 修正
2011/3/14 最終修正


 闘技場の直径って100メートルもあるのかなと一言。

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