11 大冒険、図書館島

 

 

 時刻は二十時を回り、家の中の明かりが街を照らす時間。

「眼が悪くなるぞ」

「もう少しでやめる」

 見える景色は明るいが、オレ達が居るのは寮の屋上。明かりなど月から届くもんしかない。そんな中でノートを見てるオレに士郎が注意してきた。心配性な奴め。
 ノートを閉じ、手元の鞄に突っ込んで、寮の出入り口近くを眺める。

「月曜はテストのようだが、仁は大丈夫なのか?」

「オレは勉強は決して出来る方じゃない。それでもテストは中学校レベルだ、心配ねぇよ。それより士郎の方こそ大丈夫なのか?」

「仁に同じだ」

 今日は金曜でテストは三日後の月曜日。昼間の学校内では対策を取る生徒で溢れていた。2-Aメンバーもそれに漏れず……とはいかない。確かにテスト期間だと真面目に勉強する奴も居るけど、やらない奴も居る。その中でも2-Aは不真面目なのが多めのせいか、毎度毎度の試験が学年のクラス別で最下位だ。それに加えて同じ学年で群を抜く程、成績が悪い奴が5人も居るしな。

「俺達のテストの点は、クラスに加算されるって学園長に聞いたか?」

「……いや、爺さんからはそんな話聞いちゃいねえよ。なんでだ?」

「その、なんだ……2-Aが最下位になるとネギが教師から降ろされるんだろ」

「ああ、そういう事か」

 今のネギの立場は、先生(仮)の実習生。士郎が言ったように最下位を抜けないと教師生活が終わってしまい、それに加えて多くの魔法使いが目指す“立派な魔法使い”という道も閉ざされる。この事は士郎にも教えてある。つまり、こいつはネギの将来を心配しているのだ。確かにあのクラスを見てたら、心配になってしまうけどさ。

「オレが爺さんの立場だったら、オレ達二人の点は加えないね」

「どうしてだ?」

「だって、何かズルイいだろ?」

「テメェガソノ台詞ヲ吐クノカヨ」

「ズルイもんは、ズルイ。まあ、そうは言ってもテストは頑張るけどな。そうだ、どうせならテストの点で賭けでもしようか。その方がやる気でるしさ」

「賭けるとしても、お金を出す訳にもいかないし、出せるものなんてないぞ」

 確かに。何か賭けるときて一番に出てくるのは金。でも、それは俺達二人は爺さんから借りてるもんだから提示するなんて変だ。次に出てくるのは物品ってとこだが、これもその金で買ってるからアウト。

「負ケタ奴ガ勝ッタ奴ノ言ウ事ヲ聞クトカデイインジャネェカ。負ケ犬ニ人権ハネェ」

「うーむ……オレ達がやれるってのは、それぐらいになっちまうよなぁ」

「……ネギ達が出てきたぞ」

「おっと、やっとお出ましか」

 何だか呆れた顔をしていた士郎の指差す寮の出入口近くに目を凝らす。
 制服姿でコソコソと寮から出ていくのが7と、他の格好してるのをプラスして2。計9人が、こんな夜中に行動を取っていた。

「いつものように後を付けるんじゃないのか?」

「もう少し待て。多分、あと一人出てくるから、そいつと一緒に行くとしよう」

 寮から遠ざかって行く影の軍から、再び寮の入口へと視点を変えて目を凝らす。
 凝らす事、数秒。動く影が一人分、さっき出て行った奴らを追うように寮から出てきた。

「さて、士郎。追いかけるぞ」

「わかった。でも降りれるのか?」

「無理だ」

 最短の道を取るために此処から降りるとして、一度飛んだら地に足がつくまで高さ15メートル以上ある。足も折らず無事に着地、といった芸当は、まだオレには出来ない。
 士郎がオレに行くぞと一声掛け、その合図で同時に飛ぶ。着地前に士郎が片腕でオレの着地を補助。あの高さから降りても互いに何事もなかったかのようにし、すぐに寮から最後に出て行った者を追いかけた。

「刹那」

 物影に隠れながら行動している者に話し掛ける。
 突然過ぎたせいか、携えてる袋入りの業物を構える相手。

「貴方達でしたか……」

 刹那はオレ達だと分かると、すぐに構えを解いた。

「話しをするにせよ、立ち止まってるのもアレだ。木乃香を追いかけんだろ?」

「え…………はい……」

「士郎、先導してくれ。楓に気付かれんように注意してな」

 士郎がさっきの刹那と同じようにして隠れながら先頭で進む。その後ろにオレ、そして刹那と続く。

「聞きたい事あるか?」

 悩ましげな顔をしてる後ろの奴に話しかけた。
 オレと刹那の眼と眼が合うなり、更にと悩み始めだす。何を聞けばいいか、どれから質問すべきか、ってとこか。刹那は類を見ないほど生真面目な性格だしなぁ。

「じゃあ、オレから先に聞いていいか?」

「あ……はい、どうぞ」

「学園長から、オレ達に関して何か聞いたか?」

「……学園長は今後来る者のために派遣した者達と、ただそれだけで、それ以上の事は……」

「そうか。まぁ、爺さんにしては、きっちりとまとまった良い解答だ」

 当たらずとも遠からず、一行でまとめ、不利になる事は口に出さない。
 爺さんは、お気楽なとこをしょっちゅう見せるが、真剣にオレ達の事を考えてるようだ。

「……私からも一ついいでしょうか?」

「答えられる内容なら、ちゃんと答えるさ」

「では――貴方達は、私達……いえ、私の事をお聞きに?」

「京都の神鳴流剣士で木乃香の護衛。後は特になしかな。クラスの連中も、ざっとの事しか聞いてないし、聞いたのはネギの事がほとんど。学園長から刹那も聞いたように、そのためのオレ達だからな。後、聞いたのはオレでコイツは何も聞いちゃいない」

 最後に士郎を指して付け加える。
 士郎の奴を見れば、そんな話聞いてないと顔に出してやがって。またややこしい事になるとこだぞ。

「えっと……貴方達はどんな関係なのでしょうか」

「ああ、士郎に教えてなかった、ってので疑問を持ったか。ただコイツが知らない事で、どういった反応すんのか見たいだけだ」

「ソレジャアタダノ変態ダロ」

「その言い方は正直傷つくぜ、チャチャゼロさん」

「仁、もう少し警戒しないと気づかれるぞ」

「む……すまん」

 困った顔をする刹那を横目に、予定を完遂するために口を閉ざした。

 

 

 

 

 オレが士郎に注意されてからは、誰も喋る事はなく図書館島に到着し、さっきと同じように物陰に隠れている。

「さて、平然と誤魔化して入ってもいいが――」

 ネギとバカレンジャー、そして木乃香が図書館と名を打った建物の中へと入って行き、出入り口付近にはサポートとしてハルナとのどかが残っている。

「それじゃあ、此処まで隠れてきた意味ないしな」

 オレと士郎とチャチャゼロだけなら、別段あいつらを説得して入っていってもいい。だが、今はオレ達以外に一人加わってる。そいつの事も考えれば見つからずに入る方を選ばなければならない。

「という訳で士郎、頼むぜ」

「急に振ってきてもどう……いや、わかった」

 士郎に500円硬貨を一枚渡すと、オレが何をしたいか、すぐに理解してくれたようだ。では、オレも一枚同じものを用意して適当なとこに――

 ―― チャリーン

「む、金の音? 今の音から推測するに100円以上……!?」

「は、ハルナ~何処行くの?」

 オレが空中に投げた500円硬貨を士郎がオレの渡した500円硬貨で宙で見事に当てた。
 ははは、と横から男の乾いた笑い声がオレの耳に入って来る中、入口で待機してた二人は音のした方へと移動して行くのと眺める。正確には、一人が釣られてもう一人がそれに心配で付いてってるってとこだけど。

「ナイスコントロール、士郎。じゃあ、さっさと侵入しちまおうぜ」

 あの二人が離れている内に、図書館の入り口へと急ぐ。
 入口前に広がる大きな水溜りは、点々とする石を使い軽快に渡って、鉄の扉へ。

「これでひとまず良しだ」

 刹那が最後に入り、扉を閉めたところで一息入れる。

「アイツ等は今頃地下二階辺りかね。ところで刹那、道順は分かるか?」

「地下三階までなら分かりますが……」

「仁は分からないのか?」

「おおよそしか分からん。調べるにしても資料が少なかったからな。とにかく、アイツ等が三階より下に潜る前に見つけないと。急ごうぜ」

「待ってください――」

 一歩踏み出したとこで刹那に止められた。

「この先には罠があります。闇雲に動くだけでは痛い目に――」

「あー、そうだった」

「罠って、図書館に何でそんなものが……」

「物好きが取り付けただけだろ。とりあえず士郎、手ごろな武器を一つ良かったら出してくれ」

 むっ、とよろしくない顔をする、士郎。刹那が居るせいか、投影を躊躇っているんだろう。それに、気にするなと目で言葉を送る。

「―――投影トレース開始オン

 どうなっても知らないぞ、と言いたそうな顔をしながらも、士郎は言葉を紡いだ。
 何もない空間から、突如、士郎の手の中に出現する西洋の剣。いつ見ても、この光景を自分の目で見るのは不思議な気分だ。

「何だその剣?」

「カラドボルグだ。捻じれてる方は知ってたみたいだが、こっちは知らないのか」

 士郎はそう言いながら、オレに投影した剣を手渡す。

「これ、オレが使ってもいいのか?」

 カラドボルグと言えば、かなりの高ランクの剣。あの青の槍兵の持つ槍と同等かそれ以上のモノだ。士郎が投影したモノとは言え、この剣がオレに相応しいだろうか。

「構わないさ。いずれ試そうとチャチャゼロと話してたトコだし、丁度いい機会だ」

「今ノテメェナラ、正ニ豚ニ真珠ダケドナ」

 それならば、ありがたく使わせてもらうとしよう。せいぜいチャチャゼロに言われた惨状にならんように気を付けるさ。

「今のが士郎の魔法の一部だ。できれば今見た事は内密にしといて欲しい。もちろんコッチ側の龍宮にもだ。人に知られれば知られる程、不利になっちまうしな。まあ、そうは言っても見せちまった訳だが」

「貴方がそう言うのでしたら、私はその言葉を守るだけです」

「ありがとう。じゃあ、今度こそ行くとしようぜ」

 図書館という場所に相応しくない、暗い螺旋の石造りの下に続く階段に足を掛けた。 

 

 

 

 

「見つけた。どうやら、皆休憩中のようだ」

「それならオレらもここらで休もうか」

「いや、ここじゃ尾けるには場所が悪い。休むならもう少し進んでからだ」

 士郎はそう言って先導を続ける。ネギ達を見つけるために位置取っていた高い所から低い所へ。進む道は本棚の上。足場は一人分歩ければいいほどの狭い道。踏み外しでもすれば、二階建ての家から落ちるぐらいの高さが待っている。それに加えて罠。図書館は本来静かで落ち着いた空間にすべきだろうに、作った奴も飛んだ物好きだ。

「ここにしよう」

 立ち止まる案内人。眼前にそびえるは、やはり本棚。そびえるコレの後ろの奥先にネギ達が居るのだろう。
 足場はさっきと同じようなものだが、尾けてるこっちとしては贅沢も言えない。むしろ、あちらに見つかりにくい場所なら最高の場所だ。

「ほら、刹那。これに座るといい」

「え……と……ありがとうございます」

 担いできた鞄の中からバスタオルを一つ取り出してそれに刹那を座らせる。
 バスタオルはこれ一つ、オレは別に無くてもいいので剣を置いてこのまま座り、再び鞄の中を漁る。

「来る前に夕食取ったばかりなのに、もう食べるのか」

「育ち盛りってことにしとけ」

 オレ達と少し離れた所、本棚の端に寄り掛かるように立ってる男へ言葉を返した。

「食べるか?」

 鞄の中から取り出したタッパの中身を刹那に見せる。中身は定番のサンドイッチ。四人分くらいはあるので、あげるには余裕が十分にある。

「……では一つ」

 刹那が遠慮がちに端から一つ手にとって口に運ぶ。無言で一口、二口と少しずつ減らしてく食べ方がなんとも女の子らしい。

「これは――」

「士郎が作った奴だ。気味悪いくらいにキレイにできてるだろ?」

 オレは3つ目のサンドイッチに手を伸ばしつつ話す。その話のサンドイッチは、まだタッパの中に半分以上のものが色取り鮮やかに入っていた。

「ごちそうさまでした、衛宮さん。とてもおいしかったです」

「お粗末様。簡易食でも、そう言ってくれると嬉しい。できれば、ちゃんとした物を用意したかったんだけどな」

 語る主夫。確かにコイツは時間があったなら、立派な弁当の一つでもこしらえてただろう。急にオレが頼んで用意させたので簡単なサンドイッチになったが、それでも十分に作り込んでるように感じる。

「茶だ。飲んでもいいし、飲まんでもいい。飲まんならオレがもらうけどな」

 トン、と水筒から入れた茶を刹那の前に置く。

「士郎も立ってないで座ればいいだろ。アイツラの事だから、まだまだ出発しないだろうしよ」

「俺はこれでいい。それより、そこの三段目分厚い本に触ると危ないから気をつけてくれ」

 士郎がオレの側にある本棚の中で一際目立つ本を指す。きっと触れれば矢でも振ってくるんだろう。少し触れてみたい気もするが……やめておこう。

「シカシ、テメェハ誰ニデモ馴レ馴レシイナ」

「なんだよ急に」

 頭の上から尖った声がした。コイツ用になだめる為の酒は持ってない。

「オレは昔から、こうだから仕方ない。あー、刹那、気になるなら姓の方で呼ぶが」

「いえ、好きな方で呼んで頂いて構いません」

「そうか。それならこのままで行かせてもらおうか」

 チャチャゼロに言われた言葉が気に掛ったので聞いてみたが、相手はそれほど気に掛けてないようだ。

「それと、オレの方はどっちで呼んでもいい。防人って呼びにくいってよく言われるから、下の名の仁って気楽に言ってくれていいしさ。二音と四音って結構差があるって自分は思ってんだけど、どうよ、どっちも三音の衛宮士郎さん」

「……確かに“仁”の方が呼び易いと思うが、そういうのはそんなに気にした事ないな」

 そういえばコイツ、オレと同じ二音と四音の組み合わせの遠坂凛を、遠坂って呼んでたか。相手が女性だから上の名の方ってのもあるだろうけど。

「では、名で仁さん、と――」

「ああ、分かった」

「半バ強制染ミテタケドナ」

 心外な、とでもつっこみを入れようとしたが、刹那が苦笑いしてた。チャチャゼロの言った通り、オレの言い方がマズかったのか……?

「ついでに士郎の方も、どう呼んでくれてもいいぜ」

「それは仁じゃなくて俺が言う言葉だろ……」

「別にいいじゃねぇか。どうせどっちでも構わないだろ?」

「そうだけどさ……」

 他愛ないコトを話して一時の休息を味わう。取れる時に取っておかねば、こんな罠だらけの場所じゃ辛いからな。

 

 

 

 

 本棚で構成された迷路を越え、配置された罠を欺き、ネギ達に後をつけるコト約2時間。ようやく目的地に辿りつけたようだ。その間の途中途中に触れた本のせいで、何度も士郎に助けられ、その回数だけ怒られた。そりゃあアレだけの本の軍、気になる物は手をつけたくなる。

「士郎、様子見てくれ」

 天井に1平米程の空いた、光の射す出口を指して頼み込む。天井の出口とは言ったものの、床と天井間の高さは頭二つ分と少し程度しかない。よって此処に来るまでは、ほふく前進で、この薄暗い道を通ってきた。

「オイ、俺ニモ見セロ」

 士郎が出口から顔を覗かせようとする前に、オレの背中からの声がした。そこに手をまわして前の士郎の手元まで、声の主チャチャゼロを滑らせる。

「…………」

 士郎が空いた天井から中の様子を見たと思ったらすぐに戻ってきた。

「どうした? 見失ったか? それともアイツ等がこっちに戻ってきたか?」

 後者ならすぐに此処を離れないと、こんな場所じゃ間違いなく見つかってしまう。
 ――まあ、聞いた二つの問いの可能性はないんだけどな。

「ガキ共ナラスグソコデ楽シソウニ、ツイスターゲームヲヤッテタゼ」

 士郎が抱えるチャチャゼロが愉快愉快と笑う。

「後ハ、ソッカラ結界張ッテ合ッテ音ガ此処ト離レテンナ」

「それなら誰か見てねぇとな。刹那、頼めるか?」

 横でオレと同じように這っている娘に声をかける。

「分かりました」

「俺モ連レテケヨ」

 刹那は断る素振りは微塵も見せず、さっきの士郎と同様にチャチャゼロを連れて天井の出口へと向かった。

「そんで、オイシイとこ取りの士郎や。女子の姿以外に何か見た事、分かった事は?」

「……広さは教室8つ分で天井高が7メートル程。そこの入り口は部屋の中央に位置して、入ったら隠れられるのは柱の所ぐらいだが、迂闊に入れば見つかる。それとネギ達は……さっきチャチャゼロが言ってたような状況。あと動いてる石像が居た」

「一瞬だったのによく把握したもんだ」

 士郎が中に入ったのは4、5秒程。関心してしまう。

「……今思えば、あの石像の声が学園長のものだった気がするんだが」

「さてな。オレは見てもいねぇし、聞いてもいねぇ」

 士郎の問いに笑い返す。確かにその石像の正体はあの爺さんだろう。こんなへんぴな場所でツイスターなんて子ども染みた事をやらすのは、あの妖怪爺さんぐらいだ。

「ともかく、女子の姿を士郎は見た、それでいいじゃねぇか」

「はは、まだ言うか……」

 おっと、これ以上触れると、そこらの罠で仕返しされそうだ。そろそろ自重して真面目にいくとしよう。

「ガキ共ガ落チタゾ」

「もう入っても問題ないか?」

「問題ネェヨ。早ク入ッチマオウゼ」

 真面目にいくと思った矢先、丁度よく行動できるようだ。それにチャチャゼロの言う通り、さっさと入った方が賢明。なんせ刹那が言葉を発してないが表情を険しくしてる。恐らくチャチャゼロが止めたのだろう。そうでなければ一人で、こいつは先に行ってる。
 チャチャゼロの誘いに一言で応じ、入口に近い順に、チャチャゼロを抱える刹那、士郎、オレと中へと入っていく。

「うむ、広いな」

 パンパン、と這いずってきたお陰で制服についた埃を払いながら一言。
 部屋の両脇にでかい本棚がある石造りの中世って感じな図書室。でかい石像が前で往生してる以外は……こんな場所、普通っては言えんな。

「で、じぃさんよ。自分の生徒いじめて楽しいか?」

『フォフォフォ、それは心外じゃのう』

 喋る石像の声を聞いて、やっぱり学園長か、と隣で呟く男の声が聞こえたがほっとく。

「一応聞いとくが、その穴は落ちてったネギ達は大丈夫だよな?」

『もちろん、ネギ君達は無事じゃが――』

 変なトコで言葉を切る爺さん。こういう場合は決まってオカシイ言動をする。そんで今、それを大方予想できる自分が嫌だ。

『その後に入ってく者の事はわからんのう』

「ケケケ、クソジジイダナ」

 全くもってその通り。この爺、オレ達があの穴に落ちていけば無事で済むとは限らないって言ってやがる。
 ……そういえば、カラドボルグまだ使ってなかったな。

「まあ、細かい事はいいか。とりあえず刹那は帰っとけ」

「え……」

「テスト近いんだから勉強しねぇと駄目だろ? 刹那は決して良いって言えない成績と聞いてるしな」

 言葉を詰まらせる刹那。
 刹那の成績は、あの決して良いとは言えないクラスの中で見ても後ろの方。少々勉強して欲しいと学業の先輩として言いたい。オレは勉強嫌いだけどさ。

「木乃香は無事に連れて帰るから心配すんな。爺さん、帰り易いルートで連れてってやってくれ」

『初めからそのつもりじゃよ』

 話の分かる学園長でいいこった。それに教師として、それが当然の姿か。今は石像だけど。

『しかし、衛宮君が入ってきた時にはどうしようかと思ったのう』

「学園長まで言いますか……」

「そりゃあ、保護者としての観点からだろ」

「そうだが……桜咲が居るんだから少しは控えてくれ……」

 刹那を見れば居づらそうに俯いていた。こういうアレな話は、刹那には得意そうじゃない。と言うより、オレだって刹那が居るんじゃ進んで話したくねぇ。

「じゃあ、オレ達は早速行くとするか――刹那、チャチャゼロ持ってっていいか?」

 両腕で大事そうに抱えられちゃあ手が出せない。やっぱ人形は女性が持ってこそ映えるもんだ。毒舌人形だけど。
 刹那が「すみません」と一言入れて、オレにチャチャゼロを手渡してくれる。

「テメェガソノママ行ッタラ、ドウ殺ソウカ考エタトコロダッタノニナ」

「そのまま連れ帰ってもらってもいいって思ってたけど、そうすると後が恐いって分かってるしな」

 頭に乗せてから軽く挨拶を交わして、すぐにガッポリと空いた穴へと飛び込んだ。
 光もほとんどない空間。そこを重力にのって速度が上がる中、下へと落ちていく。

「士郎、どうにかならんか?」

 オレの後から入ってきただろう男に話しかける。
 このまま地面と接触すれば間違いなく、ぺしゃんこである。たとえ接触するのが地でなく水でも、この落下速度、まだまだ加速は止みそうにないので無事に済まない。

「当然、どうにかする。だけどな、仁、もう少し考えてから行動してくれ」

「以後注意する」

 でも、あの場面であの雰囲気は、すぐに穴に入って追いかけないと駄目な感じだったんだ。うん、ただの言い訳だ。
 右腕はカラドボルグを携え、左腕で頭のチャチャゼロを支える中、尚も落ちるスピードは上がっていく。

「そろそろいいかな……仁、いくらか荒くなるから覚悟しとけ」

 士郎はそう言って、片腕一つでオレを支えて下を見下ろす。同じように見下ろせば、光が差し込んでいて、そこに出口があると語っていた。

 ――不意に堅い何かが石を貫く音がした。それと同時に体にガクンと衝撃が走る。

「力技ダナ」

 士郎の片腕には大剣、それが壁に突き刺さり、腕一本でオレと自分の体を支えていた。
 チャチャゼロの言うように、力なくしてコレは不可能。勿論、それだけじゃこんな芸当はできやしないが。

「ネギ達の姿は見えるか?」

「いや、一人も見当たらない。それに、ここじゃ視界が悪いし、そもそもこれぐらいなら仁の目でもわかるだろ」

「そうだけど、念のため」

 オレの目から見ても下の景色は水面だけ。士郎の言うように、この位置じゃ壁が邪魔して見渡せない。高さは20から30メートルくらいか。あの別荘使ってたら、この程度の高さにもそろそろ慣れてきた。

「このまま此処に居ても変わりやしねぇ。士郎、さっきまでと同じように頼むぜ。此処までの苦労を無駄にしないように、特に楓に気をつけてな」

「誰に気をつけるでござるか?」

 言った側から一瞬で無駄になった。

 

 

 

 

「それで、ネギ達は?」

「皆伸びてるでござるよ」

 仁と話しをしている相手は、人一人分の大きさもある十字手裏剣を壁に刺し、それを足場にしていた。

「爺さんがミスったのか? とにかく全てが台無しだぜ……」

「テメェノ不手際ダロ。小一時間アソコデ待ッテレバ、コノ忍ビ馬鹿ニモ見ツカラナカッタダロウシナ」

「うむ、落ちてきた道を辿るのが一番でござるからな。御三方を見つけたのは、ほとんど偶然でござる」

 残念そうな仁と楽しそうな長瀬。そういえば、長瀬はいつも笑顔だよなぁ。

「見つかっちまったならしょうがねぇ。楓、リュックと携帯、それに剣とチャチャゼロ頼む」

 仁は言ったものを次々に投げつけ、それを当然のように受け取る長瀬。そして――

「ヤケクソダナ」

 俺の腕を押しのけて、下に広がる水面へと飛び込んだ。

「テメェモ携帯渡シタ方ガイインジャネェカ?」

「……じゃあ頼む、長瀬」

「あい、わかった」

 ポケットから取りだした携帯を、長瀬の胸元に放り投げる。
 次に下を確認する。これから飛び込む先を。図書館に不釣り合いな程、澄みわたった湖。そこに、さっさと早く来いと言いたそうな顔で仁が見上げている。
 ならば、言う通りにしてやろう。宙で体を支えてた大剣を消して一気に飛び込んだ。

 数秒とかからずに湖の中へと身体が落ちた。

「――――っ」

 呼吸をするため、水中から水面へと顔を出す。思った以上に湖は深く、とても足がつきそうにない。

「皆はあっちの砂浜でござる」

 頭の後ろから長瀬の声が聞こえた。

「何処見テンダテメェ」

 振りむけば同じ目の高さにチャチャゼロが居た。

「すまん、長瀬。……しかし、謝っといてなんだが、胡坐はよくないと思うぞ」

 チャチャゼロの居る場所は、湖の上で長瀬の胡坐をかいた足の間。何かしらの術なのは間違いない。
 そして、チャチャゼロと目の高さが同じなのだから……不可抗力と言えなくもないが、今のは俺が悪い。だが、隣の男に鼻で笑いながら変態めと言われる筋合いはない。

「では拙者は先に」

 スッ、と立ち上がって、水の上を長瀬は軽快に歩く。

「士郎はアレできねぇの?」

「……無理だ」

 仁の示すものは、ああも容易く地面と同じように歩く長瀬の水上歩行。可能なら確かに便利。でも今まで必要とはしなかった技術だ。
 そういえば、エヴァも同じように出来るのだろうか。浮いてたぐらいだし、簡単にこなすとは思うけど。

「とにかく追っかけようぜ。制服のまま湖の中は正直しんどい」

「そうだな」

 とにかく今は、長瀬の行く後を追うことにした。

 

 

 

 

「あー……疲れた」

 砂浜に上がって一番に仁が言葉を吐く。

「気持ち良さそうに寝てるな……」

 打ち上げられたように砂浜で横たわってるネギとその生徒達。これ程まで普通ではない場所に来てるというのに、危機感ってものを感じさせない。

 それにしてもつくづく不思議な場所だ。遥か地下のハズなのに自然光のような光が天井や壁から射し込んできている。
 そして、やはり此処も図書館の中の一部なのか、本棚が点々と配置されている。それも砂浜の上、水の中と不規則に。他にも自然の中のようなモノが確認出来る。天井まで伸びる大樹の数々が良い例。後は古めかしい洋風の建物。幾らか人工的に整備された水上の上を歩くための橋。軽く見た感じでは、此処はそれほど人が使って居る場所ではない。

「楓、どうかしたか?」

 仁が長瀬へと問いかける。見ると腑に落ちなさそうな顔を長瀬が浮かべていた。

「皆の服がいつの間にか乾いていたでござる。まあ、濡れていない方が良いのだが……」

「何で俺を見るんだ……?」

「何処からか士郎殿を見ろと聞こえた気がしたでござる」

 長瀬は笑ってるが、俺は笑えない。
 しかし、今日はどうもこの系統の話題が多くないか……? こういう話は出来れば仁だけにしてもらいたいものだ。ないのが一番だけどさ……。

「そもそもオカシな部分が多々あったでござるからなぁ」

「ドウセ狸爺ノ仕業ダロ」

「と言うと誰でござる――?」

「学園長だ。まあ妖怪だしな」

 相変わらず仁とチャチャゼロの学園長に対する発言は厳しい。

「楓、剣だけ渡してくれ。後は適当に置いといてくれていい」

「探検でござるか?」

「そんなとこだ。何か役に立ちそうな物でもあればいいんだけどな。楓はチャチャゼロと一緒に、ここでネギ達を見といてくれ」

「ふむ……では、探索の方は御二方に任せて、拙者達はのんびりと待つコトにするでござる」

「勝手に決めてるが俺の意思は?」

「当然考慮してない。でもどっちにしろ付いてくるだろ?」

「そうだけどさ……」

 まあいいか、いつもの事だし。だけど、毎度これじゃあ示しがつかないよな……。

「む……チャチャゼロはいいのか?」

 チャチャゼロなら仁と一緒に行動しようものだが、文句一つ言わないのは珍しい。

「濡れたカッコのオレが連れてけるはずねぇだろ」

「コッチカラ願イ下ゲダ。最低デモソノ青髪カラ落チル水ガ無クナンネェトナ」

「ほらな? とりあえず最初の目的としては、服の代わりなんてないし火の確保でもしようぜ」

 仁が長瀬からカラドボルグを受け取って先を歩く。
 さっきは疲れてると自分で吐いてたが、そんな気配はなく、それどころか元気が有り余ってる。多分、口では言わないでいるけど、楽しんでるんだろう。コイツはそういう奴だ。

「先を進むは良いが、これだけ広いんだから迷うなよ」

「そこんとこは士郎に任せるぜ」

「あのな……」

 

 

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――2巻 8,9時間目――

2010/7/28 改訂
2010/8/12 修正
2011/3/14 修正

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