12 忍、地底図書にて

 

 

 麻帆良の大図書館の遥か地下へと、学園長の陰謀でネギ達が送られた。
 今は長瀬を除くネギ達一向が伸びてるるため、俺と仁が進んで、この訳の分らぬ程に広い地下空間を探索する事に。

「こうも備えが万全だと怪しすぎねぇか。いや、アイツらじゃ何の疑問も抱きやしねぇか」

 まずは此処についてから一番と目についた建物の中へ入ると、そこにあったのは大型冷蔵庫に一級品の調理道具。明らかに、この場所には不自然すぎる物である。
 冷蔵庫を開ける。中には十分な食料、準備してたかのようにコレも不自然だ。冷蔵庫以外にも外で保存できる食糧もあり、あの人数でも何日かは余裕に持つ。学園長は最初から此処に皆を送るつもりだったのだろうか。

「仁、タオルがあったぞ」

 束になって置いてある中から一枚取って仁に投げ渡した。
 湖に使ってまだ間も無いので、俺と仁の衣服も髪も乾いてはいないため丁度いいものだ。

「しっかし、電気どうやって引っ張ってんだか。こっちのコンロは……ちゃんと動くか」

 カチッ、と響く音へと視線を移せば、火が円状に立ちあがってる様子が目に入ってくる。

「探せば生活に必要なものは一通り出てきそうだな」

 万全を期した物々に言葉が自然と漏れる。
 火もある。保存庫もある。食糧もある。サバイバル生活するにしても十分な準備の物が整い過ぎて、こんな地下図書の不思議な空間でも安心して過ごせるぐらいだ。

「あの爺さんは何考えてんだか……」

 仁が白い二つ折りの厚紙を手に取り、開いて何故か苦笑い。

「これは、オレんじゃなくてお前んだ」

「は……?」

 仁が見ていた紙をコチラへと器用に投げ渡した。
 二つ折りの厚紙は、裏も表も白紙。内側に何か書いてあるのだろうか。

「…………」

 筆字で仕上がった釣書。つまりこの厚紙は見合いのための物である。丁寧かつ本格的だが、学園長の事だから何処まで本気なのか。御丁寧に一流の写真家に撮らせたような学園長の孫の写真が、俺に対しておかしな不安を煽ぐ。
 思い返せば、初対面でもあの対応だった訳で……。

「良い写真だ。まあ元もいいんだけどな。親がこう言ってんだし、素直にもらってやればいいんじゃねぇか」

「冗談も程々にしとけよ、仁……」

 中に添えられた学園長の俺宛ての小さなメモが、仁と一緒に笑ってる気がした。

「とりあえず今必要な探索は済んだし、一旦楓のとこに戻るか」

「俺の記憶違いでなければ、まだ10分程しか探してないと思うんだが」

 タオルを頭に被せて建物から出ようとしてる男に一言。俺の声を聞いて、その足を止めてこちらに振り返った。

「これだけあれば十分じゃねぇか。それに濡れたままのカッコで歩くの嫌だから乾かしたいし、もう結構な夜中だしよ」

 つまりさっさと報告して制服を干して寝たいと。少々投げやりすぎないか、仁。

「それでも脱出路の確保は必要だろ。それとも当然のようにソレも分かってるのか?」

「いや。テスト日ギリギリまで居るつもりだから後回しだ」

 そう言って仁は、来た道を引き返して行った。

「何を好き好んでこんな場所に留まるんだ……」

 何を喋ろうとも誰も傍には居ないので、言葉は当然と何処からも返ってきやしない。
 溜め息一つついて、仁の後をついていくことにした。

 

 

 

 

「おや、これは早い帰りで」

 砂浜へと帰れば、さっきと同じように長瀬は胡坐を掻いた所にチャチャゼロを置いて、いつもの笑い顔を浮かべていた。

「思った以上に収穫……ってかありすぎた」

「ほう、それならば別に残念がって言う必要は――」

「ないが、思い返せばなんともしっくりこねぇ…・・からな」

 仁と長瀬が互いの顔を合わせて話す。

「まだネギ達は起きないのか」

 砂の上で寝言ってる人達を見て長瀬へと俺から尋ねる。
 並び揃って横になっているネギと、その生徒達が何かの魔法でもかけられてるかのように、静かに眠り落ちている。

「うむ、起きる気配は一つも。しかし衛宮殿は意外と心配性な面を持ってるでござるな」

「……意外か?」

「オレの顔を見られても困る。まあ、士郎は何かと素っ気ないとこあるかなぁ」

「無愛想ダシナ」

「確かにもう少しは愛想よくしたほうが女子からの人気がでるかもな」

「ほっとけ……」

 このまま放置しておくと一人と一体の俺に対するからかいがスタートするので切るように言葉を放った。

「それで、これからどうするんだ。この遥か地下から抜け出す出口を探す訳でもないんだろ? まさか何もせず、ホントにこのまま寝る気なのか?」

 さっきの仁は今の俺が言ったように「何もしない」とは言っていたものの、このまま今日を終えるとは思えない――

「その通りだが?」

 ケロっとした顔で俺の思いをこの男は砕きやがった。

「ネギ達は……ココで寝かせといて問題ないな。悪いが楓。ネギ達を任せてもいいか?」

「ふむ、ということはまた何処か別の場所に?」

「濡れてる服を乾かしにな。風邪を引いちゃ元も子もないし、こんな場所で脱いで乾かし始めたら、ただの変態だ」

「テメェハ、ムッツリ野郎ダカラ変態ダロ」

「その決めつけは酷く傷つく上に、こんなトコで言うのは勘弁して下さい」

 仁とチャチャゼロの漫才みたいなやり取りを遠目で見るのは……いつものことである。
 しかし、仁が言うのはもっともな事ばかり、素直に長瀬に任せるしかない。ないのだが、全てを任せるというのには、少しばかり酷な気が……

「士郎殿、そんな顔せずとも拙者一人で十分でござるよ。それにこのような場所ならば、ネギ坊主を見張るのと同時に睡眠を取ることもできよう」

「とまあ、そういうことだ。こんな地下だから変なもんでも湧き出そうだが、早々心配もいらんだろ」

「……それなら任せた、長瀬」

「うむ。時が経ち、まだ納得できぬのなら、其方の服が乾いた後にでもまた此処に」

 じゃあ、と仁が一言放って長瀬とネギ達の元を仁と共に離れる。

「それほど離れるまでもないよなぁ。士郎が心配なら、お前の眼で見える辺りでいいんじゃねぇか」

「それならさっき行った建物の近くがいい。あの上からならネギ達も優に見ることができるしな」

「中ではなくてか?」

「ネギ達があんな場所で寝てるのに、俺達が悠々と中で寝るわけにもいかないだろ」

「そりゃあそうだ。言い出したのはオレだしなぁ。しかし、そういう細かいとこの士郎には好感が持てるぜ」

 そう言って、お先と、建物目指し水上に建つ橋を駆けていく仁。
 その仁が駆ける先の橋の上には水滴が点々と落ちている。これは先程長瀬の元に戻った時に落とした物か、それとも最初に建物に行く時に落とした物か。後ろを見れば、薄らとだが新たに落ちた水の滴。確かにこれは早々と乾かさないと風邪を引きそうだ。

 

 

 

 

「……仁の奴、何処行ったんだ」

 またこの古めかしい建物へとやって来たが、先に来てるだろう姿が見えない。
 中で服を乾かすために必要なものでも探してるのか? 使えそうな物は揃いに揃ってたし……学園長は気前が良いというか何というか。

「士郎、裏だ裏」

 建物に入る寸前で建物越しに聞こえてくる声に呼び止められた。

「何やってんだ」

「何やってる、って見りゃ分かるだろ。薪割りだよ薪割り。これも多分爺さんが用意したんだろうな」

 裏庭へと着けば、仁が喋りながら薪を楽しそうに、カッカッ、と音を立て次々に二つに割っていく姿があった。

「薪割りなんて初めてだが意外とどうにかなるもんだな」

「ああ……そうか」

 見れば分かると仁は言った。そりゃあ見ればそんな事はすぐに分かる。俺が問いたいのは、まだ割られてない薪の側にある斧を使わず、カラドボルグでコイツが器用に薪を割ってる事だ。
 まさか宝具がこんな風に使われようとは……すまない、ケルト神話の英雄。

「さて、こんなもんかね。組み方は……オレは素人だが、士郎は?」

「俺だって大して詳しい訳じゃないから仁が好きにすればいい」

 仁は返事を聞くとそうかと言って揚々と割った木を組み立てていく。

「火種は――」

「中に何かしらあるだろう」

 仁が山形に薪を積み上げてく中で俺へと渡された視線は流す。それにふっ、と鼻で笑う仁の奴。あのまま言わせていれば間違いなく何か投影してくれと、コイツは言いきっていただろう。

「じゃあライターでも探してくるから士郎は……まあ、好きにしてろ」

 建物の入り口へと消えて行く仁。
 そうは言われても困りものだ。やる事といえども薪割り。しかしコレは今必要な分は既に仁が十分に用意してある。今後のため更に、という考えもあるが仁のを見た後だと割り始めるのに気が引ける。
 他にと言えば焚きつけるための落ち葉拾い程度。でもここらのは水分含んで適してないか。となると残るは、

「これしかないけど大丈夫だよな」

 濡れた制服の上着とワイシャツを脱いで組み木の側の木の枝へ干す。
 下の方も乾かしておきたいが、傍にはいないとは言え、いつくるか分からない女子達も居るから易々と乾かせない。

「変ナ事考エテンジャネェダロウナ」

「一切ない」

 後ろから聞こえてくるチャチャゼロの言葉に、キッパリと即効で切り返す。
 こういう茶化しは、ぼかすと痛い目を見るから……ん? チャチャゼロ? アイツ今まで居なかったよな。仁とも一緒に居なかったし、エヴァの別荘でなければ動く事すらできない。それに最後に一緒に居たのは――

「いやはや、忘れ物を届けに来たのだが、丁度良く衛宮殿が脱ぎ始めたので声を掛けるに掛けずらかったでござる」

 チャチャゼロを頭に乗せた長身の同級生が呑気にのたまった。その片腕にある鞄は仁の物。これをわざわざ届けにきたのだと彼女は言っている。

「予想以上に鍛え上げられてる身体でござるな」

「……そんなにジロジロと見られても困る」

「これは失礼。しかし、これ程鍛えているとなると、やはり衛宮殿は先の剣を出し終いした魔法で戦うでござるか?」

 ……魔法? まさか投影を初めから見られた? いや、端から見ても到底理解出来るものでもない。あのエヴァでさえも“投影”という言葉を聞いて初めて理解していた。それでも、長瀬がこう言うからには――

「バーカ、テメェハホントバカダゼ」

「は……?」

 高くから見下ろす人形の目に向けて思わず声が漏れた。

「衛宮殿は正直物でござるな」

 まさか引っ掛けられた? 十も離れている女の子に?

「少し頭につっかえていた言葉を確かめたくてな。騙して誠に申し訳ない」

「軽ク流シチマエバイイノニ、誰デモ悟ラレル顔シテタテメェガ悪インダヨ」

 ああ、やってしまったな。チャチャゼロの言ってる通り、警戒してない俺が悪いだけだ。

「長瀬がどこまで分かったか俺には分からないが、秘密にしててくれるとありがたい」

「うむ、言う気は毛頭ないでござるよ。後はチャチャゼロ殿に魔法人形か機械人形か尋ねるぐらいにしとくでござる」

「サァテ、ドッチダロウナ」

 長瀬は自分の頭上の人形と会話を交わしながら、建物の脇に仁の鞄を置く。

「では拙者はこれで。お休みでござる、衛宮殿」

 長瀬は軽く笑って、この場を去って行った。現れたのは突然、去るのは颯爽と。
 前にも思っていたが、長瀬はホント忍者みたいだ。この地下空間に来た時もチャチャゼロが忍びがどうとか言ってた覚えがあるし……

「あーもー、何でコンロはあんのにライターは用意してねぇんだ爺さんは」

 長瀬と代わるように仁が愚痴を吐きながら戻ってきた。

「あれ? 士郎、魔剣でも出したのか?」

 俺の後ろを指さす、仁。振りかえれば組み木には火が付き、焚き火へと変わっていた。

「いや、俺じゃない。たぶん長瀬だ」

 去り際に火をつけていったのだろうか。騙したお詫びにと、とでも言いたそうに燃え上っている。

「お前の鞄を届けに来てくれたんだ。あとチャチャゼロも一緒に居たが、長瀬に付いてったな」

「ほー、わざわざ届けにか」

 仁は鞄の中をゴソゴソと調べながら話す。
 大事なもの、と言えばあの『ノート』くらいか。チャチャゼロが居たから見られるような事は万が一にもなかっただろうけど。

「ところで、仁。長瀬ってどんな奴なんだ?」

「ん、お前からクラスメイトの質問とは珍しい。最初は真名だったが次は楓か……そういうの好み?」

「……茶化すんなら流してくれ。まあ、どうせ聞いても教えてくれないだろ。でも、ここまで接触したんだから、ある程度教えてくれるとありがたいんだがな」

「全てがごもっとも。まあ、その答えは一言で表すなら忍者だ。もちろん、なりきってる訳じゃない本物のな。チャチャゼロも言ってたろ?」

「言ってたろって言われてもな……」

「折角だからついでにもう一つ。あの2-Aは普通じゃねぇって思ってれば、後にも先にも困らんぜ。クラスメイトが全員普通の生徒のように過ごしてて、実はみんな魔術師でした、とでも思ってればな」

 ハッハーとでも言いたそうに、やたら上機嫌に言い放つ。例えが飛躍しすぎてる気がして嘘のように聞こえるが……仁の言うコトは何処までが本気なんだろうか。

「しかし、なんか変だな。長瀬に何か言われたのか?」

 ピタリと止まり、その目で俺の頭の中を見透かすように俺の目を見る。

「む……いや、特に……。ただ上の服を脱いでる時に長瀬が来たから気まずくはなった……けどな」

「ふーん、まあいいや。オレは服をさっさとかわして、来るべく明日に備えるために寝る」

 誤魔化した。誤魔化せたと言った方がいいか。
 仁はそれ程、気にする様子は見せず、燃える焚き火の傍の木に服を干しに行った。仁相手に言葉で逃げれたのは、自分にとっては上出来だ。正直に話すという考えもなかった訳ではないが、それはまた落ち着いた時に話した方が良いと思えた。

「じゃあオレは先にちょいと寝るぞ。起きてるつもりなら、ネギ達に変化あった時に起こしてくれ」

「ああ、そうする」

 タオルケットを敷いて焚き火の側で寝転がる仁を確認してから、建物の上からネギ達を観察することにした。

「学園長も居ることだろうし、問題は起きないだろうな」

 遠くには楽しそうに人形と話す俺の想像していた忍とは似つかない姿があった。

 

 

 

 

 誰かが体を揺らす。

 ――もう少し寝てたいのに。

 ぐらぐらと更に体が揺れる。
 五月蠅いと思いながらも、目覚まし時計代わりのソレに仕方なく体を起こす。寝る前に何かあったら起こせとあの男に言ったのだから、寝ているオレを無理矢理起こそうというのは当然ソイツだ。ソイツなハズなのに何かがオカシイ。オレは寝る前に士郎に起こせっていったよな。だからオレを起こすべき奴はアイツ、でも起こしたのはアイツじゃなくて、

「おはようでござる、仁殿」

「オイ、何で楓がいるんだよ。士郎はどうした士郎は!?」

「皆の御飯を用意してもらってるでござる。何もかも士郎殿に任せては難なので、代わりに拙者が仁殿を起こすと」

 何というありがた迷惑。でも士郎なら全部オレがやるって言いそう……でもない。相手が強気で言ってくれば、たじろきそうなトコがあるし。

「拙者はそれほど気にならぬが、服を早く着た方が良いと思うでござるよ」

 確かに、楓の言うように「このまま」の姿じゃヤバイ。だからアイツに寝る前に、何かあれば起こせって言ったのに。

「長瀬さん、こっちに居る――――って仁!? なんてカッコで長瀬さんの前に居るのよ!」

 ほら、案の定橙色の悪魔が現れた。

 

 

 

 

「何で顔が腫れてるんだ?」

「お前が起こさなかったせいだよ、コノヤロー。お陰でいっつものように、殴るのが好きでたまらない子に殴られちまったぜ」

 カチャカチャと子ども先生と一緒に食器を並べ、食事の用意をしている本日の災難の根源の男。

「だって、あんなカッコだったら変な事してるって誰でも思うでしょ!」

「まあ、アスナ殿がそういうのは無理もないでござるな」

 ハハハと笑ってる災難の根源その2のクラスメイトの忍者。
 そりゃあ、オレがパンツ一丁だったのは確かに悪いさ。でも乾かすにはあの姿が一番はえーし、そもそも士郎が起こせばこんな事にはならんかったんだよ。

「でも仁君何でここにおるん?」

「単なる気まぐれだよ、木乃香」

「えー、ほんまに?」

「ほんまに、ほんまに」

 むぅ、と顔をしかめてオレの真正面から尋ねてくる木乃香だが、気まぐれなのはホントの事。何を聞かれようともネギ以外には、まだ喋る気はないしスルーが重要だ。

「夕映も何か聞きたそうだな」

「……何で私に聞くのですか?」

「いっつも考え事して何か聞きたそうな顔してるから」

「……特には」

 とは言っても夕映以外はお気楽もんだらけなメンバーだし、深い事は聞いて来ないのは目に見えてる。そんな夕映でもこんなだし。

「士郎君って料理できるんだねー」

「それなりに、だけどな。でも此処の寮生活だと皆も料理くらいはできるんだろ?」

 まき絵が並ぶ料理に関心して出した言葉に、返した士郎の言葉はトンデモナイものだった。
 士郎が木乃香を食事に招待した日以来、何度か一緒に料理をしていると以前聞いた。それ以外には、それと似た話は聞いたこともない。その上にオレの聞いた話じゃ木乃香の料理の腕前は、結構なものだと聞いてる。
 つまり今の士郎は木乃香を基準に考えて放った言葉で、大体の女子生徒が料理が可能だと思ってやがる。

「う……自信はあるけど、比べられると困るかもー……」

「拙者と古はどちらかと言えば食べる専門でござるな。食べられるなら十分でござる」

「むむ、それは心外アル」

「……きつい言葉ね」

 バカピンク、ブルー、イエロー、レッドの順に眼下に並ぶ鮮やかな料理を見ながら言葉を出す。一人恥知らずな言動が混じってるが、各々が妥当な反応を示してる。

「士郎のアホは放っといてとりあえず飯だ。ネギ、話は食ってからでいいか?」

「そうですね。冷めない内に衛宮さんが作って下さった料理をいただきましょう」

 士郎とネギが同時に空いてる席に座り、料理長がお約束の食事の挨拶をして、地底一回目の食事会が始まった。

 

 

 

 

「何か聞きたいコトはあるか?」

「えっと……」

「誰モ居ネェヨ坊主」

 食事が終わりすぐにネギとチャチャゼロを連れ、食事会をしていた建物から遠くへとやって来た。

「答えれそうな奴には、ちゃんと答えるから片っ端から言ってみろ」

「仁さん達はどうしてココに来たのでしょうか?」

「それは、木乃香にも言ったように単に気まぐれだ。あとついでに士郎も連れて来たって感じかな」

 驚いた顔をするネギ。本当にそうなのか、と問うようにオレの顔を覗いてくるがそうなんだから仕方ない。この真面目なネギの事だから、もっと違う言葉を期待してたんだろうが、自分で言うのもアレだがそこまで考えちゃいない。

「……では、次に。ココは一体どこなんでしょうか」

「それは、本物の魔法書を見つけたから言う言葉か」

「はい」

 ネギが此処に来るにあたって見つけたのは最高レベルの魔法書だったか。オレはそれを見ちゃいねぇけど、できれば手に取ってみたいもんだ。
 でも、あの本、爺さんがゴーレムで居た場所にあった筈。落ちたとは思えんし、オレ達が入った時に咄嗟に隠したんだろうかね。

「此処が何処かという答えはオレから全てを語るのは難しい。それと、も一つ言うなら麻帆良ってのはトンでもねぇ場所だから、こういった変な空間があってもオカシクは全然ねぇってとこかな」

「……そ、そうですか」

「難シク考エスギタラ、アノジャジャ馬ミテェニ馬鹿ニナルゼ」

「そうなっちまったらオレも困るな」

 冗談混じりに笑う。ネギがあんなツッコミ女になられちまったら、オレはどんな顔していいやら。

「保護者ガコッチニ向カッテ来ヤガルナ」

「悪口感知装置でもついてんのかね」

 勘が鋭いのか、気に食わない噂を嗅ぎつける能力が高いのか。何にせよアッパーをもう一度もらうのは勘弁だ。

「テストまであと数日。月曜のテストまでは時間がある。この時間をどう使うかは、ネギ、お前が決めろ」

 ネギへ言葉を置いて、台風が来る前に場を離れた。

「坊主ハホットイテ、テメェハコレカラ何スンダ?」

「好きなようにするだけだ」

「テメェハ、ドウシヨウモネェ楽天家ダナ」

「褒められたと取っておこう」

 笑うチャチャゼロの声を聞きながら走る。
 大木から大木へと飛び、本棚から本棚へと飛ぶ。人が歩く道などは、ほとんど此処にはない。だから到底道とは思えぬ道を自分で作り、道を決める。
 まずは昨日士郎が言ってたように、出口でも探すとしようか。とにかく思い立った事を始める事にした。

 

 

 

 

「非常口って、こんな場所にこんな看板あるのは変じゃないか?」

「オレは分かりやすくて良いと思うけどな」

 朝食の片付けをしてる最中、朝食の後すぐに何処かへ姿を消していた仁が現れ、その場は近衛と佐々木がやってくれるという事になり、無理矢理と引っ張られて今は滝の裏で見つけた非常口の前に居た。
 俺の指がさすのは、デパートやホテルなら何処にでも設置してるような、扉の上にある非常口の緑色に光る看板。此処だけ現代というか、周囲の空気に全く同調の欠片もないのに違和感がある。

「それにこの扉、学園長が仕掛けたものだとは思うが、えらく手間が掛ってそうだ」

「士郎が見ても予測出来てるだろうけど、問題を解けば開くってやつだろう」

「アノ妖怪爺モ面倒ナ爺ダナ」

 非常口とは言っても、ドアノブも取っ手も見当たらない。扉にあるのは、中学生なら考えれば解けるような問題が、丁度目線の位置に書かれているだけ。

「じゃあ答えを口に出せばいいのか?」

「お前なら難なく答えれるだろうが、それだとあの爺さんが泣いちまうな」

「そうは言っても帰らない訳にはいかないだろ」

 答えは仁の言う通り用意している。答えろというならすぐにでも答えるだろう。

「そこんとこは、これからネギがどう動くか見てからにしようぜ」

 戻ろうぜ、とカラドボルグでトントンと地面で突つく仁。

「帰るかどうかは置いとくとして、余りその剣は見せびらかすのはマズイんじゃないか?」

 宝具を当然のように持ち歩く、この青髪の男。

「それぐらいは分かってるから、あの建物からコッソリもってきたんだろ。消すのが一番無難なんだろうけど、折角士郎が魔力削ってこんな大層なもん出してくれたんだしな」

「仁がそう言うなら、もうこれ以上この話はしない。後は仁の判断に任せるだけだ」

 滝の裏の非常口から離れる。
 次に此処に来る時は、この図書館とも言えぬ場所から地上へと帰る時だろう。

「折角ダシ体動カシトケヨ。ガキ共モ離レテルシ丁度イイ機械ダロ」

「そうは言っても此処は狭い上に足場も悪いから、大したことはできないぞ?」

 仁の頭の上で喋るチャチャゼロに俺から言葉を送る。
 辺りは水面ばかりで、地面は砂浜。これだけならエヴァの別荘と同じだが、それに加え点々と本棚と大木が立ち構えている。大木はちょっとやそっとの事じゃ、倒れる事はないだろうけど、本棚と本は別だ。傷でもつければ、学園長に会わす顔がない。

「10分グライ実戦ヲ想定シテヤリ合エヨ。折角ノ名剣ガ台無シダシ、コンナ悪イ地形ッテノモ早々ネェダロ」

「俺は仁が戦う場合は、万全の状態、最高の場所で戦うべきだと思うんだけどな――って、仁、何か俺おかしな事言ったか?」

「いいや、何も」

 人の顔見て笑うなんて失礼な奴だ。
 しかしどうしようか。チャチャゼロが戦好きなのは重々承知してた事だが、ここまで強く言ってくるとは思わなかった。むしろ、このまま2日間この場所に居れば、チャチャゼロの好きな戦闘もしないまま過ごす事になるから痺れを切らしたと言うべきか。

「オレは士郎がいいなら、喜んでチャチャゼロの提案を受け入れるけどな」

 俺が迷ってる一方で、俺の投影した剣を持つ相手はやる気満々だった。その仁の言葉を聞いて、チャチャゼロが嬉しそうに笑い声を上げる。
 片腕で剣を振り、その挙動を確かめる仁。やる気はいつもより、二倍も三倍も感じられる。

「……やるからには手を抜かないぞ」

「そもそも士郎は、今まで手を抜いてた事あんのか?」

「さあ、どうだろうな」

 ここまで言う一人と一体の提案を断るのは、余りにも無粋。

「干将・莫耶か」

 自らの手の平へ、自らが最も頼る幻想を召喚する。

「時間は最初の打ち合いから丁度10分。いつもなら、悪いところには随所に指摘していくが、今日は時間まで好きなように動いてみろ」

「ツマリ何トシテモ生キ残レッテ事ダナ。アア、士郎ニハ似合ワネェドS発言ダガ面白ェナ。精々スグニ倒レタリスンナヨ、仁」

 宝具同士で剣を交えるのはコレが初めて。俺と仁の力の差は、まだ天と地程あると言っていい。本当に実戦を想定するならば、俺は一撃で仁を斬り伏せる事が可能だろう。

「ホラサッサト始メロ」

 仁の頭の上から木の上へと移ったチャチャゼロの声を合図に戦闘は開始された。

 

 

◇◆

 

 

 先に手を出したのは、防人仁。振り下ろす剣は、迷いもなく衛宮士郎の頭部へ。奇襲とも取れる初撃。相対してる衛宮士郎は構えもなしに、その動きだけを己の目で見極めていた。

 ――銀色の一閃が空を走る。

 しかし、目を見開いたのはソレを放った防人仁だった。奇襲を掛けていた筈、構えもない状態から衛宮士郎の白の陰剣・莫耶でその一太刀は流されていた。
 防人仁の体が沈む。防御と同時に攻撃を横一文字へ放っていた衛宮士郎の陽剣・干将を躱すために。
 躱す行動は仁と同じく士郎も取っていた。飛び退き間合いを三間離し、刹那に再び己の間合いへと詰める。

「思ッタヨリ動ケルジャネェカ」

 笑ったのは赤い髪の一人と人形の一体。そして、それとは逆の顔をする青の髪の男。笑った一人と一体は衛宮士郎の反撃に躱すだけだと思っていたが、その実、防人仁は躱すと同時に敵の足を刈り取ろうと、銀の剣を払っていた。
 攻守が入れ替わる。

 一分が経過し、一瞬のミスが死を招く打ち合いが終わり、防人仁が戦闘の進めを変えた。

 二分が経過し、地形を盾にし、打ち合う二人の姿。

 三分が経過し、防人仁の体に十を超える傷が出来あがっていた。

 五分が越え、上着を捨てた防人仁の中の白いシャツに赤が混じる。

 八分が終え、息も絶え絶えにしながらも攻める防人仁と、最初から変わる様子など一つもない衛宮士郎。

「十分ダ」

 人形の声と同時に防人仁の剣が、士郎の干将によって弾き飛ばされた。

 

 

◆◇

 

 

 宙を舞ったカラドボルグが地に突き刺さった。

「ここまでだ、仁」

 空の手を見つめる仁の肩を叩く。

「……涼しい顔しやがって……一太刀も……浴びせれなかった……オレが駄目なんだけどよ」

 仁がドサリと座り込んで俺を見上げる。肩で息をし、疲労が見て取れる。それに加え、服には至る所に斬り刻まれた傷が仁の無理を物語っていた。

「悪い、少々やりすぎた」

「……いーや、深い傷はない。全ての傷が正確に皮一枚ってヤツ、トコトン力の差を見せつけやがって」

 深呼吸をして、ゆっくりと仁は話す。

「先にチャチャゼロと一緒に戻ってろ、士郎。そろそろ心配性のネギ先生がオレ達を探しに来る頃だ。オレは、少し休んでから帰るとしよう」

 しっしっ、と手を振ってさっさと行くように促す仁。

「そうするよ」

「イツマデモ休ンデネェデ早ク来イヨ。ガキ共ガ騒グト喧シクテ敵ワネェカラナ」

 仁と交えた双剣は消し、チャチャゼロを頭に乗せて来た道へと足を動かす。

 数分もすれば仁も来るだろう。
 先日の別荘の時と比べれば、疲労も大したことはない。

「チョロチョロ動キ回ルセイデ、全部ガ見エナカッタノハ残念ダ」

「別荘みたく動ければいいんだろうけどな」

 動けないチャチャゼロは、仕合いとなるとどうしても見えなくなる場面が出てくる。地形も視界が塞ぐ物が多いってコトでそれは尚更のコト。

「ソコハ御主人ガ不甲斐無イセイダカラナ」

「エヴァに怒られるぞ?」

 こんな会話を聞けば、エヴァは……いや、呆れるか、それほど気にも留めない程度か。チャチャゼロの性格は主人であるエヴァ自身」が分かってるだろうし。

「さっきの仁の反省点でも話ながら帰るか」

「後デ、イビル為ニナ」

 剣を交えた10分と言えども、今の戦いはこれまで最もアイツの“ため”になる時間だった。
 時間は生かすためにあるものだ。だからこそ、今話し合う価値がある。いずれ必要になるかも知れぬ力を仁に与えるために。

 

 

 

 

 俺とチャチャゼロは皆で食事をした建物へ、もうすぐのトコまで帰って来ていた。

「あ、士郎さん。今までどこに行ってたんですか。出て行ってから帰ってこないと木乃香さんに聞いて探したんですよ」

 ネギが声を上げながら神楽坂と一緒に俺の方へと歩み寄ってくる。
 この場所は広く、探すには人が歩くに辛いものが多い。探す方向が違えば、普通とは違う此処では、それだけ苦労も増える。
 ネギ達は近くを探してたようで、無理して遠くまで探しに来なかったのは褒めるべき所だろうか。

「周りの探索をな」

「成果ハ全ク無ェケドナ」

 ネギへ返答、それに付け足すようにチャチャゼロが喋る。

「あれ、仁……は?」

 辺りを見回す神楽坂。アイツがコッチに来るまでは、まだ時間が掛かるだろう。

「もう少しすれば帰って来ると思う。それでネギ、探してたという事は何か俺達に話したい事があるのか?」

「テストまであと2日の間、ココでみんなで勉強しようと思うんです。教科書と一緒に良さそうな参考書も沢山見つかったんですよ」

「え……」

 嬉しそうに話すネギ。それに対して神楽坂は、そんな話は聞いてないという顔でネギを見つめていた。

「ちょっと来なさいよ、ネギ!」

「え、あ、痛いですよー、アスナさん」

 神楽坂はネギの襟を引っ張り、ズルズルと力づくで引きずってく。

「聞いてないわよ、ネギ! そもそも魔法の本を私達は探しにきたんでしょ」

「ですが、あの魔法書はココから遥かに上ですし、今となってはココにある参考書を最大限に利用して勉強をするしか」

「それは、そうだけど……」

 コソコソと二人で話し合ってるが全部筒抜けている。特に神楽坂の声の方が大きく、コッソリ話し合おうとしてる意味が全然ない。

「どうして二人で話してるんだ?」

「アノ馬鹿レッドガ、テメェラヲ魔法使イノ関係者ッテ分カッテナインダロ」

 成程、って神楽坂に睨まれてる。俺は何も悪いことはしてないぞ。ソレをしてるのはいつも仁で――

「何突っ立ってんだ、早く帰るぞ」

「オ、早カッタナ」

 神楽坂の睨みにビビっ……た訳ではないが、神楽坂を見てた内に仁が隣に来ていた。
 仁の制服の上から2つボタンを開けた胸元を見ると、着ていた白のワイシャツは見えず、素肌だけが見える。おそらく何処かに隠してきたのか、捨ててきたのだろう。所々赤く染まったあのシャツを着ていては、不自然な事この上ないので良い判断だと思う。

「仁、どうしたのその制服……?」

 声を出したのは神楽坂。その視線は仁の制服の下へと行っていた。そこには遠くからでも確認できる程の裂けた部分がある。更によく見ればそこから覗く切り傷。彼女が心配するのも当然だ。

「辺りを探ってたら、足場が悪いせいで派手に転んでな。上は脱いでたからシャツだけで助かったが、見ての通り下は酷ぇのなんの」

 仁が事前に用意していたのか、嘘を淡々と吐いていく。

「アンタはホント見た目通り、そそっかしいわね」

 それに神楽坂は呆れた声で仁に言葉を返した。
 仁がこれだけ軽口を叩いてるお陰か、彼女の心配した様子も薄らいでいた。

「オレの事はどうでもいい。それより、ネギ、これからどうするか決めたか?」

「はい。ここにある書物を利用して勉強をしようかと」

 ネギの言葉を聞くと、楽しそうに仁が笑みを零す。

「じゃあ帰る出口はオレと士郎が時間を見つけて探そう。ネギはバカレンジャー共を鍛えてやれ、テストで最下位とったら大変なんだろ?」

 尚も楽しそうに喋る、仁。その中の質問に、ネギの出した答えは「はい」の一言。それを聞くと仁は、先へと歩き始めた。

「って、余裕出してるアンタはテスト大丈夫なの!?」

「少なくともオレと士郎は、お前たちよりは良いと思うけどな。まあ、それでも出口探しながら勉強するさ。だからアスナは、優秀な先生から少しでも知識をもらっとけ」

 納得がいかないのか不満そうな神楽坂。抗議をする神楽坂と、それをさらっと受け流す仁がとんとん建物に向かって進む。

「仁と神楽坂って仲良かったんだな」

「馬鹿同士ダカラ気ガ合ウンダロ。ホラ、坊主、時間ネェンダカラ行動シロヨ」

「あ……そうですね」

 トッ、と先に歩く二人を追いかける、ネギ。

「士郎モ勉強シタ方ガイインジャネェカ? 仁ト成績デ賭ケテタダロ」

「人の心配をするとは珍しい」

「何モシネェ内に負ケルノ見テモツマンネェカラナ」

 仁は吐く言葉は嘘混じり。それを知っている俺は、それに悪い気はしなかった。
 そうだな。今は仁の思惑に乗ってやるとしよう。

 

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――2巻 9時間目

2010/7/29 改訂
修正日
2010/8/12
2011/3/14

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