13 地底図書暮らし

 

 

 何処ぞの森の中のような図書館の一部“地底図書室”。
 この地底図書室という名は、仁曰く勝手にそう呼んでいるらしいが、不規則に配置させられた本棚の図書と、地上から遥か地下のにある一つの空間から、この名称は適切だと思える。そして此処の本は、水に浸ってる物でも全く傷む事を知らないのが凄いものだ。これもきっと‘魔法’に関係しているのだろう。
 あと図書館探検部だったか? それに所属してる綾瀬と近衛が特に関心して初日から本を調べていた。

 皆が起きてからの一日目は、ネギが積極的に此処に来たメンバーに勉強を教えていた。生徒がわからない所は先生に聞く。どこにでもある授業を、このへんぴなトコで違和感も覚えさせないぐらい熱心に皆勉強をやっていた。
 いつもは、それ程勉強には熱心とは言えない彼女達がココまでするのは、テストの成績が悪いと小学校からやり直すと思っているからだそうだ。本当は罰則を受けるのはネギだけなのだが、仁は黙っとけって言ってるから俺の口からは教える事はできない。

「士郎くんって英語上手やけど、小さい頃から勉強してたん?」

 俺の真正面で、近衛が俺の目を覗き込んでいる。
 二日目に入って、一日目と同じようにテスト対策。今は休憩時間との事で、近衛の頼みで綾瀬と一緒に本の探索をしていた。

「英語は覚えといて損はないし、俺の場合はコミュニケーションを取るために必要だったからな」

 水に浸る本棚から、本を一冊手に取る。この本はギリシャ語……か。読めなくもないが得意ではない言語。この厚さでは読むのに数日じゃ済まなそうだ。

「コミュニケーションとは、衛宮さんは外国に?」

「うーん、それは好きに想像してくれたら……いいかな。それより綾瀬から質問してくるなんて珍しいな」

 綾瀬から言葉を投げ掛けてきた。いつもなら尋ねれば濁そうとしたり、深く入ってはこない所を何度か仁とやり取りしてるのは見ていたが、自分からこっちに話かけてくるのは初めてだ。

「ただの興味本位です」

 しかしそれもコレだけで、さらっと一言で返してきて、いつもの我関せずといった態度を取る。

「ゆえー、折角だから思ってることあるなら聞いたほがええよ。士郎くん優しいから何でも答えてくれるはずや」

「おだてられても困るぞ、近衛」

 ほらほら、と近衛が綾瀬の肩をゆさゆさと揺らす。
 近衛を見ると綾瀬の困った横顔が喋るべきかどうかと悩んでいた。

「まあ、近衛の言う通り折角の機会だ。それに聞かずより聞く方が良いと思うぞ。溜めておいてもストレスにしかならないし、俺に聞きたい事なら考え込んでいても答えは出てこないだろ?」

 綾瀬が近衛から俺へと顔を向ける。出来る事なら断ってくれた方が良かった、とでも言いたそうな顔だ。

「……そうですか。そこまであなた方が私をはやし立てるのなら、私の疑問を解消するコトにしましょう」

 ふっきれたのか、いつもの綾瀬とは似つかない、やけに強気と皮肉さが混じった言動。
 大人しい子とばかり思ってたが、こういう一面の方が本来の綾瀬なんだろうか。

「私の聞きたい事は、ただ一つです――」

 綾瀬が人指し指を立てて言葉を出し、じっと俺を見て間を置く。

「ずばり貴方達、衛宮士郎と防人仁が、私達のクラスメイトになった本来の理由とは何ですか?」

「……本来の理由って何だ?」

「そのままの意味です。貴方達二人が私達のクラスに来た時に、防人さんが言ったコトは、このかさんのお爺さんの陰謀、そして貴方が私達2-Aを守る正義の味方、と言いましたがにわかに信じがたいのです。例えそれが本当だとしても、このかさんのお爺さんの考えと、何故貴方が私達を守る必要があるのか、その理由を聞きたい」

 積もりに積もっていた問題を、やっと解放できると早口に綾瀬が言葉を出した。
 しかし、これに回答できる言葉がすぐに出てこない。あの時、仁が言った言葉の全ては真実。俺達を2-Aに入れたのは『近衛近右衛門』という人物で、俺、そしてあの仁でさえも、何故わざわざ編入させたか、という意図がわからない。でも、仁はそれは好都合と素直に受け入れているようだが。
 そして、もう一方の俺が2-Aを守ると言う事。勝手に仁が口走った事だが、人としてそれは当然の事だ。
 それに、仁が今日までに鍛錬している様子からして、このクラスに何かが起こるのだろう。仁はその何かについては何も話してはいないから、これはただの俺の予測。恐らくそれは、ネギというこの世界にとって、とても深く重要な人物に関わる事で始まるコト。

 それと今、綾瀬が言った2-Aに編入した時の仁の言葉の最後に、あの男は俺達の事は安易に触れれば大変な目に会うと付け足していた。俺がちゃんと理由として、話せるとすればここだろう。それは、この世界にとって裏の部分に関わるコト。しかし、これは魔法使いという言葉を説明する事になり、結局簡単には口に出来ない。

「やはり話せませんか?」

 返す言葉を考えてる内に、綾瀬が目の前まで迫ってきていた。真剣な眼差しは、どうしても答えが欲しいとねだっているように見えた。

「ウチのおじいちゃんのことやから、陰謀って間違ってなさそーやけどなー」

 声の聞こえる方へと、振りかえる綾瀬。

「ですから、その場合はその理由を私は衛宮さんに――」

「でもゆえー、それなら直接おじいちゃんに聞いたほがええと思うし、士郎くんより仁くんに聞いたほがええと思うよ。士郎くんは口下手っぽそうやもん」

 にこにこと無邪気に近衛は綾瀬に向けて話す。俺の口下手ってのは否定できない。むしろ仁の口が上手すぎるってのが問題だが。
 綾瀬は俺と近衛を交互に見る。その顔は近衛にあんな事言われるとは思ってなかったとでも言いたそうだ。

「近衛が言うように、俺より仁に聞いた方が良い答えくれると思うけどな」

「防人さん、ですか……」

 言葉を詰まらせる綾瀬。その考え込む姿は、初めに見せていたものより更に増して困り果てていた。

「もしかして、仁が苦手か?」

 びくりと綾瀬の体が跳ね上がる。
 まさかと思って口に出してみたが、どうやらそうみたいだ。仁が綾瀬に話かけても、口をほとんど聞かなかったのはこのせいだったか。

「アイツは悪い奴じゃないと思うんだけどな」

 青い髪の男の姿を思い浮かべて、さらっと述べる。

「……衛宮さんがそう言うならそうなんでしょう。それにハルナやこのかさんと仲良く話す姿もよく見ています……で、ですが私にはどうも、あの人と話すとコチラを試す、というよりも見透かすような感じが――いえ、現に話しの進め方がそのように誘導するように……」

 悪い人ではないと分かってはいるが、話をするのに戸惑いがある。会話を拒む理由は仁の正体を知っているかのようだった。

「俺は仁と話をしてもそう感じた事はなかったな」

「仁くんとしゃべるのはおもろいと思うやけどなー」

「わ、悪い人ではないと重々承知はしてるのですが……」

 焦る綾瀬。これ以上この話を続けるべきか。でも、このままだとまずい。普通に接せた方がこれからにも良いだろう。かと言って綾瀬に仁と話せとも無理に言えない。

「よし、ほなウチ仁くん連れてくるよ」

「このかさんそれは……!」

 二人をどうしても仲良くさせたいのか、近衛がいつものほんわかした雰囲気には似合わぬ強引さを出す。綾瀬が仁を悪く思ってないのが確かだからこそ、近衛は積極的に行動しようとしていた。それでも、それは困ると綾瀬が近衛を行かせまいと懸命に引き留めようとしている。

「何だ士郎を取り合って喧嘩でもしてんのか?」

「……お前はタイミングいいんだか悪いんだか」

 噂をしてたせいか、近衛が呼びに行く前に当の本人が登場。チャチャゼロを頭に乗っけてるのは、いつも通りなのだが、おかしな点を二つ付けてきている。

「仁くん、その剣どうしたんや?」

「探し歩いてたら拾った。本物の剣のようだから危ねぇし触らせんぞ」

 その一つ目に近衛が早速問いかけ、仁が返したのは注意の言葉。
 仁の持つ剣は俺が投影した“カラドボルグ”そのもの。俺に消させるつもりはないから、隠すとは言ってたが、諦めたのかなんなのか。帰る時に結局皆に見られるから、早めにバラす事に決めたって所だろうか。
 それでも、仁の剣を手に入れた理由は単純すぎだろう。いや、近衛は信じてるようだから、余り大きくは言えやしないが。

「ああ、こっちのは聞かんでくれると嬉しい」

 仁が近衛と綾瀬に向けて話す。仁が向ける視線は、その二人。しかしその中には俺も含まれてるだろう。
 剣の話をした後は、俺、綾瀬、近衛の三人は仁の左頬へと目がいっていた。手の形に赤く腫れた仁の頬は、痛々しい気持ちになる。しかも叩かれた訳が薄々分かる俺は仁の気持ちを理解してる気がする、ホントニ。

「覗キ魔ニハ天罰ッテナ」

「おい、オレは覗いてもいねぇし、あれはネギの意味わからん悪運のせいだ」

「バカレッドノ一発ハ、見ル方ハ楽シイカラナイイケドヨ」

「なるほどなー、仁くんはエッチやなー」

「くっ……ほら、いらん誤解受けるから話したくなかったんだよ!」

 仁の唸り声が一層と大きく、つい先ほど起こった失態の悔しさを滲み出してる。からかわれる仁も珍しいものだ。

「仁が覗き魔ってのは分かったってことで、綾瀬が仁に質問したいそうだ」

「覗き魔ってのは否定するが、夕映がオレに質問とな」

 仁がここまで来てしまったんだ、近衛がやろうとしてたように、いっそ会話するように促した方がいいだろう。
 でも急すぎたか。話がズレてた所を急に戻したせいで、綾瀬が仁と話すどころか、さっき見せてた顔より余計困った顔でこっちを見てくる。

「仁くんって友達としゃべる時は、考え事しおるん?」

「ん? んー……」

 先に割って話す近衛。綾瀬が仁と話せない理由を、言葉を代えて聞きだそうとしていた。仁へと話す彼女の声からはいつもより真剣さが感じ取れた。そのせいか話かけられた仁も真面目に考え込んでいる。
 仁は一拍おいて、近衛、俺、綾瀬という順に顔を見て唸りながら、さらに考え込む。そして再び仁から出る唸り声。コレはさっきのものとは意味が違う。この仁の真剣さは昨日の俺と対峙した時と似たような雰囲気だ。

「そんな風に自分でも思ってもいなかったが、そちらがそう言うのならば、もしかするとそうなんだろう。悪いとこだと自分自身で思ったら治すってのは、オレの信条。会話をする時は人を試すような事をしないと心がけよう、で、どうだ夕映?」

 空気を変えずに淡々と仁は言葉を連ねた。

「……どうして、私だと?」

「士郎が夕映から質問あるって言ったろ。まぁ木乃香からの質問だったってのも考えられるけど、聞き出そうとする木乃香は誰かを思って話す感じだったからな」

「……分かりました。ではもう一つ。貴方が今、人を試す、という単語を出したのは何故ですか?」

「それは夕映が考えそうなコトってとこだな。それと、ここいらで相手の内心を読もうとするのも止めるようにしよう」

 ピシリと言い放つ。盗み聞きしてたのではないかと思う程、仁は綺麗に言い当て続けた。綺麗という二文字より、不気味という三文字の方がこの場合は合ってるか。

「やはり、私は貴方が苦手です……」

「真正面から言われるとキッツイなそれ」

 呟く綾瀬の声は、簡単にコチラまで届いた。それを仁は言葉では嫌そうだが、声は笑って返している。

「それで、まだ他にも質問あるんだろ……士郎、お前聞いてんなら、代わりに言ってくれ」

「……お前が編入初日に言った言葉は真か嘘か。嘘なら本当の理由が教えて欲しいとのことだ」

「なんだ、そんな事か」

「えっ……」

 小さく声を上げたのは、本来これを聞こうとした本人。
 しかし、これは俺も予想外だ。仁の真に迫るコトに「そんな事」と言うなんて。仁にしては余り話したくない内容だろうに。どうして簡単に話そうと――

「それは時が来たら、隅から隅まで教えてやる。今はホントか冗談かって楽しみに考えてな」

 する訳がなかった。楽しそうに笑いを含みながら、自身に向けられた質問の答えを言う。やはり仁は仁。茶化すのを好きなのが防人仁だ。さっき自分で言った事を反省してるのかコイツ。

「じゃあオレは一人でそこらを探索してくるぜ。士郎、何かよさそうな本あったら拝借しとけよ」

「お前が拝借って言うと、良さそうな意味じゃないな」

 俺の返す言葉を聞くと、仁は走り去って行った。

「デ、テメェラハ何スンダコレカラ?」

 綾瀬の腕に収まってる人形が声を上げる。仁が去り際に、綾瀬へと手渡したチャチャゼロ。一人で探す、という言葉の通りアイツはチャチャゼロを置いて一人でこの場を去った。

「本探しだ。チャチャゼロは読みたい本はあったりしないのか?」

「ソレナラ猟奇的ナノガ好ミダナ。ソレヨリ、デコッパチ。イツマデモ見ツメテネェデ、頭ニ乗セルカシテ気ヲ利カセロヨ」

「で、でこっぱち……」

 チャチャゼロの今の綾瀬と向かい合ってる体勢では、その本人しか見えない。別荘以外では動けない身から、誰かに動かしてもらわねばならないチャチャゼロ。だからその態勢が気に食わなく、気分悪そうに声を出していたのだろう。
 しかし、いくらなんでもその呼び方は酷いぞ。

「え、っと、こ、こうでしょうか……」

「バランス悪ィナ、オイ」

「うぅ……」

 気迫に負けたのか素直に言うことを聞いて、頭に上手く乗せようと格闘する綾瀬。

「あぁ、ここはこうすると良い」

「オ、マトモニナッタナ」

 四苦八苦する姿を、いつまでも見るのはコッチとしてもいいもんではないので、チャチャゼロが綾瀬の頭から落ちないように少し手を加える。

「仁くんはいっつもやけど、士郎くんもときどきチャチャゼロくん乗へてて、二人とも全然落とさんよね」

「それは姿勢がいいから……なのかな」

「俺ニ聞クナヨバーカ」

 いつもと違って俺の視線より低い位置から人を貶す声が聞こえてくる。誰と一緒に居てもチャチャゼロは変わらないようだ。

「それより、私には人のように会話する方が不思議ですが……」

「デコッパチ、ソレハ俺ヲ馬鹿ニシテンノカ」

「い、いえ、そんな事は滅相も……ただ葉加瀬さんは凄い人だなと」

 そういえば、チャチャゼロは葉加瀬が作ったって仁は言ってたんだっけ。本当はエヴァが作った人形なのだが。葉加瀬も聞いていたが別段と口を挟まなかったし、葉加瀬にどう話を仁がつけたのかを俺は知らない。

「さて、そろそろ本を探し出さないと、次のテスト対策の時間まで話をしただけで終わる事になるぞ」

「ゆえが仁くんと話できたんはええけど、これやけの本から探さなもったへんなー」

「そうですね……あ、チャチャゼロさんは衛宮さんの頭に乗せれば、わざわざ私が」

「俺ガ嫌ナノカ、デコッパチ」

「こ、このままというコトで」

 チャチャゼロにさっきから困惑させられてる綾瀬。
 出来れば綾瀬が言おうとしてたように、俺がチャチャゼロを引き受ければいいんだけど、チャチャゼロが楽しそうなために無理に綾瀬の頭の上から取ったりしたら後が怖い。無論、俺だけじゃなくて、綾瀬の身を案じての事だ。
 ともかく、宝のように散らばる本。折角の機会なのだから優良の物を探すとしよう。

 

 

 

 

「切り上げた方がよさそうかな」

 本を探し始めて、結構な時間が経過していた。その証拠に周りには、それまでには無かった本の山が積み上げられていた。

「よさそうな本はあったか?」

「ウチは面白そなのは、この一冊かなー」

「私は欲しい本が数冊です」

「コイツノ読ムノハ、ツマンネェノバッカダ」

 本の山とは別に置いていた本を二人は取り上げる。綾瀬のは表紙からして難しそうな本だとすぐ分かる。大半が哲学的な内容だろう。チャチャゼロの趣向とそぐわない本なのは確かだ。

「じゃあ、それらを借りるって事でいいかな」

「しかし、借りるにしても返す時が大変です……」

「それなら俺が何とかするから心配するな」

 ここに来るにあたって予め仁から借りていた鞄を開く。このぐらいの量ならば、まだ鞄にも余裕がある。

「ですが、衛宮さんは図書館探検部という訳でもないと思うのですが……」

「心配しなくていいって言ったろ? こんな場所に学……いや、ちょっとした間違いで珍しい場所に来てしまって、しかもそこは図書館という場所だったんだ。学生が本を借りてもおかしくはないし、これぐらいの場所ならしっかり俺が責任もって返しにくるよ」

 危ない。学園長のせいだから、多少の我儘は許されるって言うところだった。でも後半に言ったのはその通りだと自分で思う。とは言っても、図書館と呼ぶに躊躇いがあるけど。

「ほな、お言葉に甘えて借るなー。ゆえもそないしよーや、士郎くんって頑固そうやし」

「そう言われる事は、よくあったかな」

 にこにこと悪気なく近衛は話す。あの男や人形とは違って嫌味が含まれてないために悪い気はしない。

「……では、私もお言葉に甘えましょう」

 一番熱心に本を探してたのは綾瀬で、読書がどれだけ好きかは俺にも分かった。これだけの本を軽く読むにしても時間は必要。近衛はこう言えば、綾瀬は断れずテストが終わってから、ゆっくりと読書に浸れると考えたのだろう。友達思いのいい子だ。

「衛宮さんは借りる本はないのですか?」

「珍しいってのは沢山見つかったけど、俺と波長があいそうなのは無かったってとこかな」

 綾瀬と近衛本を受け取り、鞄に積めながら質問に答える。

「テメェハ本読ンデネェデ、デコッパチ見テ面白ガッテタダロ」

 綾瀬の頭の上に居る人形が急に話しを振ってきた。

「綾瀬が余りに熱心だったせいで、チャチャゼロがズレ落ちそうになった時の綾瀬の仕草がおかしかったな」

 それも一度ではなく、何度もあった。チャチャゼロが声を出してるのに気付かず、手の中の本に没頭する綾瀬。いつもギリギリのとこで、ハッ、と頭の上の存在を思い出して、なれない手つきでチャチャゼロの位置を直す仕草は面白い以外の言葉がない。

「士郎くん、いじめっこやなー」

「俺よりも仁だったら声を上げて笑いそうだけどな。近衛は一度くらい見たりしなかったか?」

「んー、まーあのゆえはかわいらしかったなー」

「も、もう怒りますよ、このかさん」

 綾瀬に抱きつく近衛。はっきり言って直視しづらい。
 しかし目をそらせば、綾瀬の頭上でぐらついてるチャチャゼロに何か、それもキツイ冗談めいた一言が出てくるだろう。せめて同じ男である仁が居れば、いくらかマシなんだが。あ、やっぱりそれも駄目だ。茶化してくるし。

 

「キャーーーー」

 

「……悲鳴?」

 遠くから聞き覚えのある声が微かに耳に届く。

「私も聞こえました」

「ウチも聞こえたえ。まきえっぽい声やった」

 不安そうな声色を出す二人。幻聴ではなかったならば――

「俺が先に様子を見てくる。二人は……チャチャゼロ頼んだ」

「メンドクセーナ」

 チャチャゼロは何だかんだ言っても、ある程度の事はやってくれる。動けなくともチャチャゼロに二人を任せた方が安全だ。
 チャチャゼロを今一度確認してから、声のする元へ走り出した。

 

 

 

 

 あの悲鳴からして、恐らくこの辺りの筈。相手が遠くからでも分かり易い場所に居れば、高い所から探して一息に行けるのだが、ここは見渡すのに邪魔な障害物が多い。それに危険な目に会ってるなら、その場所にずっと留まってる訳がない。故に走り回らなければならなかった。

「……何だこの音?」

 立ち止まって耳を立てる。重い音が何度も地を叩く音が聞こえる。さらに耳を傾ければ、騒ぎ声も一緒に耳に入った。音の位置は掴んだ。悲鳴を上げた張本人、近衛は佐々木と言っていたが、恐らく彼女はそこに居る。
 再び地を駆ける。万が一を考えて、投影の準備はできている。学園長が送り込んだ場所だから、安全なのだとは思っていたんだが。

「佐々木居る……のか?」

「あ、士郎さん!」

 考えが甘過ぎた。そう、一瞬の前までは思ってた。
 言葉を返してくれたのは俺が名を呼んだ人物ではなくネギだった。でもネギ以外にもちゃんと居る。先程、本を一緒に探していた二人と一体、そして仁を除いた地底図書に来た残りのメンバーが俺の方へと走ってきている。

「おお、これは士郎殿。あの石像どうにかできぬでござるか? 見た目通り堅くて厄介でな」

「士郎は腕が立つアルか?」

 あの悲鳴を出させたのは石像、つまり学園長。心配は要らぬものであり、どうしようもない程呆れる。
 毎度のコト、何を考えてるのか分からないお爺さんだ。

「えぇ!? 士郎くんなんでここに……」

 佐々木から小さく唸る声が聞こえた。
 言いたい事は、よくわかる。ネギ以外の四人の姿はタオル一枚。そんな姿を女の子としては、男の俺に好んで見せたくはないだろう。
 そういえば仁は覗いてて、神楽坂に殴られたんだった……な。その神楽坂は沈黙してる……後が怖いぞ。

「いや、今は退こう」

 声と同時に来た道へと、その足で引き返す。
 学園長の意図が分からない今、投影で石像を破壊という考えは浅はか。それに、こんな人数の中で、投影は出来るなら避けたい気持ちがあった。
 団体を先導して走るのは俺、そして長瀬が俺と並行して走る。

「とても言いにくいんだが、服はどこに置いてきたんだ?」

「丁度反対方向でござる。いやぁ、あの石像に上手いことしてやられた」

 あはは、と陽気に回答する横の長身の女性。
 困ったな。皆をこのままの姿で走りまわらせる訳にもいかないし。かと言って俺が女の子の服を取りに行くのも気まずい、というより倫理的に駄目だ。
 それに追ってくるゴーレムは、明らかに学園長な口調で待てと言いながら追いかけてくる。そのせいで緊張感がないせいか、上手いこと頭が回ってくれない。

『ふぉふぉふぉ、待つの――ふぉ!?』

 石像から奇怪な声と同時に、石像はドスンと倒れ込んだ。その衝撃と音で、皆は同時に足を止めて石像を見る。

「あー、いつの間に動いたんだコイツ?」

 うつ伏せに倒れてる石像の上で話す、一人で何処かへ動いていた防人仁がいた。右手に剣を、左手に厚めの本が仁のそれぞれの手にあった。寝そべる石像の背中をトントンと右手の剣で叩き、それに疑問を投げかけるように話す。

「ほれ、アスナ。お前達が欲しがってた本だ」

「え……?」

 左手にあった本を無造作に神楽坂へと投げる。神楽坂の手にあるそれを見て喜ぶ2-A生徒と、一人呆然としてる神楽坂。

「出口は、士郎、昨日行った滝の裏で見つけたから誘導してやれ」

 出口は俺も一緒に初日に見たのだから仁が話したのは嘘。

「お前はどうするんだ?」

「木乃香と夕映の二人、それとチャチャゼロも一緒だろうからオレが連れてくるさ。ところでお前ら服どうした――」

『ふぉふぉ、まさか君があの書物を見つけるとは。だが渡す訳にはいかんぞい」

 地に伏していた石像が再び立ち上がる。背に乗っていた仁は石像が起き上がる直前に、その背から飛び離れていた。
 学園長がこう言うってコトは、もしかして今神楽坂が持ってる書物を探すために動いたのか?

「じゃあオレは行く。後は頼んだぞ士郎」

 有無も言わさず仁は去って行った。

「ふむ、ならば拙者は服を急いで取りにいこう。士郎殿任せたでござるよ」

 続けざまに仁と同じようにして、長瀬がこの場を去って行った。

「仕方ない、逃げるぞみんな」

 一言だけ発して、言われるがままの行動を起こした。

 

 

 

 

「仁が言ってた出口ってコレ……?」

 神楽坂がココにいない男に向けて出す声が聞こえた。
 学園長もとい石像から逃げる事、数分。昨日、仁とチャチャゼロと一緒に見つけた滝の裏の出口に着く。
 石像の動きは速くなく、それにメンバーがネギを除いて運動神経は良い上、そのネギでさえ逃げるだけならそう難しい事ではなかったのが幸いだった。

「『問1、英語問題readの過去分詞の発音は?』ってなにこれー!?」

「まき絵、声が大きいアル」

 非常口の看板の下の扉の前で、先に到着した二人が声を上げる。

「さて、答えれば開くんじゃないのか? ネギ、大丈夫か?」

「はい、大丈夫です士郎さん。それより出口は……?」

 一足遅れて、長瀬と一緒に到着するネギ。息が少しだけ乱れてるのが気に掛ったが、この反応ならまだ大丈夫だろう。
 あの扉を開けた後、これから俺達は地上に出るためにどうするのか、そう考えた時、地下深くのこの場所から答えとして、仁の様に言うなら「面倒」としか思いつかない。

「red……」

 ピンポーン、と呟く神楽坂の声に反応して軽快な音が扉から鳴る。

「お、おお開いたアル。ふむ、答えを言うと開くアルか」

「何でわかったのアスナ?」

「な、なんとなくよ。それより早く行きましょ。またあの石像が来るわ」

 神楽坂が納得がいかなそうな顔をしつつも一番に扉の先へと進み、その後に古菲と佐々木が進む。神楽坂が言うように石像と距離は離したのだが、今の待機してた時間のお陰でもうすぐそこまで来ている。
 急がねば学園長のちょっかいがまた始まるだろう。ただ――

「あの、仁さん達は……?」

「丁度来たでござるよ」

 ネギが心配したように仁、近衛、綾瀬、チャチャゼロの3人と1体が来てなかったが問題もなかった。
 仁がさっきと同じように石像を転ばせて、一緒に走る二人の時間を稼いでいる。いざとなれば俺が石像を相手にしようと考えていたんだが必要なさそうだ。

「はー……疲れたなー」

「……遅れて申し訳ないです」

 息を切らして近衛、綾瀬が話す。

「荷物バラバラニシトクテメェラガ悪インダヨ」

 毒吐くチャチャゼロは綾瀬の頭の上から。どうやら手分けして帰り支度をしてたようだ。仁の腕にもアイツの物ではない鞄がかけられてる。

「できれば休ませてやりたいが」

「士郎があれの相手すんなら問題ねぇよ」

 最後に到着した仁が素っ気なく言う。

「ううん、休まんでも大丈夫や。ウチまだ若いしなー」

「私も問題ありません」

 近衛は笑顔を忘れず、綾瀬はさらりと言葉を返して、二人一緒に先へと進んで行った。

「ま、アイツらならこう言うって予想できてたがな。休ませたかったなら、無理矢理行動するしかなかったってことだ」

 ニッ、と笑い顔を俺へと向けて、仁も二人を追いかけるように中へと入って行った。

「士郎殿、此処は逃げた方が無難だと思うが」

「……そうしようか」

「ネギ坊主もそれでいいでござるか?」

「うぅ、役に立たない先生ですみません」

「そんな事はないでござる。適材適所という言葉があるでござるからな。さあ、今は逃げに集中しておくでござる」

 長瀬がネギの背中を軽く押して、二人は中へと入って行った。

「無理矢理行動を起こせ、か」

 石像は地を揺らし此方へと迫って来ている。学園長は何を考えて今を行動しているのかを俺には分からない。自分が不器用すぎるからだろうか? 過去にそう言われた記憶もあった気がする。
 それなら不器用なりに行動を起こせばいい。

 頭の中で言葉を交わらせ、足を前へと動かした。

 

 

 

 

 滝の裏の入り口から中へ入り廊下を十数メートル進めば、そこにあったのは天井が見えず円柱状にぽっかりと空いた広い空間だった。その空間の中央で、先に入ってた明日菜、古菲、まき絵の三人が上空を見上げていた。
 壁をぐるりと回る螺旋の階段。遥か地下のこの場所から、地上へと上がるならば天井が見えないのも納得がいく。それよりも昇り切るのが大変だと一目見たときに思った。恐らく先の三人もそう思っていた事だろう。

「さっきから聞きたかったんだが、何で夕映の頭の上に居んだ?」

 トントンと石造りの階段を昇りながら、オレより前で先を昇る夕映の頭の上の人形に話しかける。

「成リ行キダ、バーカ」

 振りかえらずに、というより振りかえれずに前を向いたままチャチャゼロが返答してくる。コイツがこう言うならば、もうコレ以上聞いても無駄なので同じ話は振らない。

「……士郎さん遅いですね」

「忘れもんでもしたんじゃねぇのか」

 後ろからの声。長瀬と一緒に昇るその声の主、ネギに答えてやる。
 この二人が中へ入ってきたと同時にオレが昇ろうと皆に急かしてから数分、ネギが心配する男の姿はまだ見ない。

「士郎なら心配ない、仮にもアイツは男だ」

 不安そうにしていた木乃香に向けて話す。木乃香が気に掛けてるのは、当然と姿を見せぬ衛宮士郎の事だろう。木乃香は「そうやね」と一言返してきて、歩みを止めずに進み続けた。
 衛宮士郎は姿を現さない。それに加えオレ達を追いかけまわしていた石像も姿を現していなかった。これから少し考えればアイツが何してるか思いつく事だ。木乃香もそう考えてるから心配してるのだろうか。

「拙者が見てこようか?」

「んー、そう言われるとな……じゃあ頼――いや、やっぱいい」

 後ろからの言葉に振り返って話をしていたら、階段を駆け足で昇る男の姿が視界に入ってきた。

「おせーぞ、士郎」

「すまん、忘れ物したから取りに行ってた」

 さっきオレがネギに言ったままのコトを士郎が言う。
 オレはその場しのぎで言ったコトだったんだが、本人がそう言ってんなら仕方ない。当然、オレはそれがホントの事だと思っちゃいねぇが、心配してた木乃香もネギも安堵してる事だし、今は深く追求しないでやろう。

「石像はどうなったでござるか?」

「……入口が狭かったから、諦めたんだと思うぞ」

 しかし、士郎は嘘が下手糞だな。まあ、今のメンバーじゃ気づけるのも少ないとは思うが。
 厄介事が減ったのは皆にとっちゃ良い事だろう。オレにしたら少々面倒になっちまったけどさ。

「むー、またこれか……」

 先頭で進むアスナが足を止める。その前に立ち塞がるのは石の壁。階段を上がれぬよう、行く足を止めるためだけに邪魔する壁だ。

「問2、今度は数学アルね」

「えー、また解かなきゃ駄目なの?」

 うぬぬ、と壁にある問題を指でなぞりながら嘆くまき絵。滝の裏にあった出口同様に、これもあの爺さんが用意した面倒な仕掛けだ。

「よく見ると上にも同じような壁がたくさんあるですね」

「ほんまやー」

 夕映と木乃香と同じように見上げれば、見える範囲だけでも十は同じような石の壁がある。
 爺さんはいつからこんな仕掛けを用意したんだろうね。

「先週同じような問題やっただろ。それに昨日ネギが解き方の基本を教えたはずだ」

「え、何で仁が分かるのよ。昨日はアンタ勉強会に居なかったでしょ?」

 アスナが眉根を寄せて返してくる。

「確かに士郎もオレも居なかったけど、楓がチャチャゼロを持ってったからな」

 これはオレも予想外だったのだが、チャチャゼロが勉強会の内容を覚えてたので話を聞かせて貰えた。中学の勉強なんてチャチャゼロにすれば、ツマンナイの一言で全て流しそうなものなんで、しっかり覚えている事に驚いたさ。
 他にはオレが賢明にやってたネギの勉強会をばっくれたせいで、アスナに食事の時間にどやされたのは別の話。

「ところでアスナ、その本はどうするんだ?」

「……あ、そうよ! この本使えば――」

「それでお前はその中身読めるか?」

「え、う……うーん……」

 アスナは本を開いてパラパラと眺めて行くのだが、一向に読めるとの一言も返ってこない。

「よ、読めないけど、でもさっきは持ってるだけで頭が冴えたような……」

「だからさっきはアスナでも解けたアルか!」

「おー、それなら私も納得だよ!」

「くぅ……コイツらは……!」

「じゃあ、これで次のテストも安心アルね」

「もー、一時は私とアスナのせいで穴に落っこちてどうなるかと思ったよー」

 喜んで舞い上がるまき絵に古菲。元気なのは良い事だけどさ。

「仮に噂の‘魔法の本’で読めずとも持ってるだけで頭が良くなるとしてもだ。テストの時はどうすんだ?」

「え? ……あ」

 此処に居た全員が、オレが言いたい事を理解したのか予想通りの反応をする。
 こんな分厚い本を先生が見張るテスト中に、生徒が片手で持ちながらやるなんて不可能なのだ。そもそも一冊しかないので持ってるだけで効果があるとしても一人。読めもしないし使えもしない。

「馬鹿バッカリジャネーカ」

 その反応した中に何故か士郎も入ってたのが悲しい事だ。何これ? オレ泣くべきとこ?

「ほ、ほらでも、本の1ページだけでも持ってれば効果あるとか……」

 まき絵が苦し紛れの案を出す。

「それでネギはカンニングまがいの事を生徒がしちまう事になるが、それでいいのか?」

「それは……良くないことです」

 答えた夕映の言葉に、皆もそうだと思っているる表情だった。

「折角やった勉強会の努力が泡となって消えちまうしな」

「でも、アンタがコレを渡したんじゃない」

「あれはただのノリだ。まあコレはオレが責任とって預かっといてやる」

 アスナの手から分厚い本を奪う。心の中では昨日やった努力が消えて欲しくないと思ってるせいか、心底欲しかった魔法の本も素直に手から離してくれた。

「そうだな。努力したなら結ばれる。ずるしてまでネギが麻帆良学園に残っても、学園長も喜ばないしネギ自身も嫌だろう?」

「……はい、士郎さんの言う通りです」

 この男と先生は心底真面目と言うかなんというか。

「え……? ちょっと待って。ネギが残るってどういうこと?」

「ん? 2-Aの点数が悪かったらネギが学園から去るから、みんなして頑張ってたんだろ?」

 アスナの疑問の声に、とぼけた振りしてオレから返してやる。

「へ? クラスが解散して、点数悪い人達が小学生からやり直しじゃ……」

「やり直しってどういう事ですか、アスナさん……?」

 アスナもネギも話がかみ合わないと顔を見合わせる。

「じゃあ、やり直しってのはデマで、仁の言う通りネギが居なくなるってのがホント?」

「さぁ。でも伝言ゲームは恐ろしいってつくづく思うってな」

「――くぉのネギいい!」

「あうー、アスナさん怖いです」

 鬼の如き面持ち……とまではいかないけど恐い顔なアスナ。自然と士郎がネギの前に守るように立ってるのが愉快だ。

「おかしいと思ってましたが、そういう事ですか」

「せやなー、クラスが解散は変やし」

 図書館組は前々からオカシイとは思ってたようだ。疑問に思わん方が俺からすればオカシイんだが。

「時間がもったいないし、さっさと先に進もうぜ。それと折角問題があるんだから、お前ら5人で答えるといい。ネギ、木乃香、士郎は手だすなよ」

「って、何で仁が決めてるのよ!」

「わざわざ問題がある機会に利用しない手はないと考えただけだ。建設的だろ?」

「ウチも仁くんの意見に賛成やな。問題解くのが、テスト対策の一番の近道やえアスナ」

「むぅ……」

 アスナはオレの意見には賛同しやしないが、木乃香が言うとなると別。勉強は嫌いではあるが一理あるのは否めないと思ってるんだろうな。

「残念ながら仁殿の案が一番良いようでござるな。アスナ殿ここは潔くしておくべきだと」

「そうですね。現に勉学で足を引っ張ってるのは私達です。楓さんの言う通り、潔くが良いと思います」

「長瀬さんもゆえちゃんも……じゃ、じゃあ私も潔くがいいと思うなアスナ」

「私は立ちはばかるものなら立ち向かうだけアル」

「みんなして……むー、でも仁の言いなりっぽいのが――」

「それが嫌なら士郎が言ったコトにしとけ」

「何でそこで俺が出てくるのさ」

 アスナ以外は素直にオレの提案を受けてる。いや、アスナがオレに反抗したいって気持ちもわからなくもないんだ。アスナに対して最近は申し訳ない事してる気がするしさ。うん、余り思い返したくないけど。

「もう! やればいいんでしょやれば。我儘女ですいませんね!」

「そこまでは言ってないですぜ、アスナさん」

「ヒステリー女ハ、コエーコエー」

 アスナはチャチャゼロの言葉で一層と顔を強張らせながらも、体は石の壁へと進んで行った。それを合図にして問題児5人は一斉に壁の問題とにらめっこを始める。

「仁くんはアスナと仲えーよなー」

「ん? そーか?」

 前の5人の背中を眺めてたら、さっきの怒声とは逆の和やかな声がオレに飛んでくる。

「僕もアスナさんと仁さんは、とても仲が良いと思います」

「うんうん、やっぱそうや。不思議やなー、まだ会って全然経ってへんのにこない仲ええなんて」

「まぁ、比較的話しやすいって言えばそうだな」

 笑顔には此方も笑顔で応える。この二人は、見てるこっちが心地良い程に無邪気さを感じる。

「――っ、やった、開いた! どんなもんよ!」

「おー、またアスナが開いたアル」

「オレに対抗したいのか知らんが、女の子っぽくない言動だな」

「くっ、デリカシーない男め……!」

 石の扉が壁の中へ完全に収まると、アスナはタンタンと足音を鳴らし駆けあがっていく。

「からかうのもいいが、ほどほどにしとけよ、仁」

「前もそれ言われた気がするな」

 言いながら足を動かす。出だしは順調、だが問題はまだ一つ目に過ぎない。
 オレは彼女達の後ろで悩む姿をゆっくりと眺め楽しむとしよう。

 

 

 

 

「仁くん楽しそうやなー」

「ああ、楽しいよ」

 数段上でネギと並び歩く木乃香がこちらへ振り向く。さらに数段先には士郎が、そのさらに先には5人組と1体が石の壁の前に居た。
 5人組が石の壁を解き始め30を軽く超え、階段を上がり始めてもう2時間半は経過している。本来ならば石像爺さんが来るハズなのだが、誰かさんのお陰で追ってこれなくなったので、ゆったりと進めていた。

「そいえば、仁くんは余裕そやけどテストだいじょぶなん?」

「今んとこは、石像の問題は全部分かってるつもりだがな。なんだ、オレの点数心配してたのか、ネギ?」

「えっと、その……すいません」

「もー、何でもお見通しやなぁ、仁くんはー」

「少なくともオレと士郎は、前のメンバーほど酷い点数は取らんから安心しとけ」

 コソコソ二人で話してたのは、これについてか。気にはなってたがコソコソ話を大きな声で聞ける程、人間できちゃいねぇからな。それよりも、

「夕映と士郎が仲良さそうなんだが、あの時からか?」

 階段を昇り続け、目につく二人と、それに加えて頭の上の一体が話す姿。
 オレが夕映から話を振られる前に木乃香と士郎、そして夕映が一緒に居たようだが、どんなコトをしてたのかまでは知らない。

「うん、そやね。ゆえはふっきれると聞きたいことは、自分からどんどん聞くタイプやからなー」

「そうかそうか。でも悲しいかな、オレには話かけてもらえん」

「んー、ゆえは仁くんと話すの恥ずかしいんかなー」

「今は木乃香の言うように、そう思っとこう。でも士郎は守備範囲広いから気をつけんとな。夕映とじゃ、どう考えても士郎がロリ……おっと、すまん士郎」

 睨みつけられたので、すぐに睨む眼に言葉を返す。こういう話には気付くのが早いぜ士郎。

「同い年やのに?」

「うむ、例え同い年でもだ。そこんとこはハルナに聞くと分かり易く説明してもらえる」

「近衛、仁の言葉は余り真に受けないでくれ……」

「ふ、冗談の通じない男め」

 話をしてる内に石の壁が動き始めていた。前の5人の様子から、問題を解けたのはどうやら楓一人のようだ。これで楓が解いた数が一番。二番に夕映、三番に意外な明日菜、四番に古菲、五番にまき絵だ。
 五問目からは全員が一斉に答えを言って壁を開いている。分かった人から早押しのように回答するのではなく、考えた後に回答した方が効果があるとネギが言ってから、皆はその提案を素直に取り入れている。答えが違っていたり、口にも出せなかった人は、すぐにどう分からなかったか復習。ネギも先生らしく生徒の事を考え、関心な事この上ない。
 早速、今もネギが五人の前に行って、解答できた楓と一緒に他の四人に説明していた。

「せやけども、この階段どこまで上るんやろなー?」

「さすがに疲れたか?」

「いやー、ウチはまだまだ平気やけど、こない上っても先が見えへんとちびっと不安でなー」

 親と人の指で小さいと表現して、見上げる木乃香。オレも同じように見上げてみるが、確かに先は暗く、天井がないのかと疑問に思いそうになる。

「石の壁は今ので最後のようだ。階段を上りきるまでココから少なくとも30分はかかるだろうから、キリがいい今に休んどくってのもありだと思うぞ」

 壁に寄り掛かって木乃香と同じように天を見る士郎が言う。

「ほえー、30分かー。んでも、士郎くん上まで見えたんか。そない高くまで見えるなんて士郎くん目いいなー」

「ああ、目の良さはそこらへんの人に負けないぐらい自信あるからな」

 言葉では自信あるとは言ってるけど、得意気って訳には聞こえない。士郎らしいっちゃらしいが感情を表に出さないコトが多いってのも考えものだ。

「みんなもう問題は終わりやてー。ゴールまで時間かかるって士郎くん言うてるし、ちっと休んでこか?」

 声を張り上げて皆の下へと行く木乃香。

「ん、そうなの? じゃあ、休んでこうか。ネギ、あんた上りっぱなしで疲れてるでしょ?」

「えっと……それじゃあ、お言葉に甘えましょうか」

「ホント、アスナは保護者だな……」

「え、何かいった仁?」

「おおう、地獄耳怖いです」

 ぼそっと言った声にも反応してくるアスナさんホントに怖いです。
 さて、どうにせよアスナの決断で休む事になったようだ。オレも腰かけて、ゆったりとしようか。疲れちゃいねぇが休む重要さは分かるので、こういう時は悩まず休む。
 階段に腰をかけて螺旋階段が続く下を覗き込む。上を見上げたように、下も暗くて階段の全ては見えず途切れている。こんだけの階段を爺さんが上らせようとしてたなんてなぁ。

「なんか爺くさいわね」

「突然人を爺くさいって酷くねぇかい?」

「お相子様でしょ?」

 アスナが隣に溜め息吐きながら座る。

「そんで何か用か?」

「アンタが一人で寂しそうだから相手しにきたのよ」

「おうおう、これはお優しいですね神楽坂さん」

 むー、とした顔をするアスナ。珍しく女の子らしい表情をしてる。しかし余り失礼な事考えると、勘がいいコイツに勘付かれるからすぐにやめにする。

「一つ聞きたいんだけど、その剣どうしたの?」

「ああ、コイツか」

 アスナが指さすのは、オレの手にあるカラドボルグ。じいっと、色が異なる二つの眼で剣の切っ先から柄までなぞるように見ていた。

「探索してる時に拾ったんだよ。ほら、興味あんなら持ってみろ」

「ちょっと! 危ないわね!」

 ポンと投げた剣をアスナは片手で剣柄を器用にキャッチした。
 今は熱心に運動をしてるって訳でもないのに、コイツの反射神経と運動性能はずば抜けてやがる。

「ホントに本物の剣……のようね」

 アスナが目ではなく、実際に剣を指でなぞる。そして二、三度、剣を振って自身の言葉を今一度確かめるようにしていた。

「こんなの持ってったら警察に捕まるんじゃないの?」

「そこは上手くやるさ。それに、その前に学園長へ相談してどうするか決めようと思ってたとこだ」

「ふぅん……」

 アスナがカラドボルグを手渡しで返してくる。この剣について聞きたい事は、全部終わったようでさっきほど気にした様子はなくなってた。

「ところでアンタ、テストだいじょぶなの?」

「それ木乃香にも言われたな。お前、オレを馬鹿だと思ってるだろ?」

「うん」

「そこは正直過ぎると泣けるどころか清々しいわ」

 オレは本来の歳の奴と比べると決して良いどころか悪いぐらいだけど、中学生には負けんぞ。

「ん、何だ木乃香?」

 後ろからオレを呼ぶ気配に対して体を倒して後ろを見る。視界は上下反転。士郎はさっきと同じ場所で壁を背にしてるが、他の面子は皆、オレ達と同じように座ってた。

「ほんま仲ええなーって、な、ネギくん」

「そうですね」

 くすくすと可愛らしく二人は笑う。

「それより、仁殿のそのカッコはどこかスケベでござるな」

「そんな気はないし、そもそもスカートで巧いコト隠してるだろお前ら」

 上の奴らが今のオレを見れば覗き込もうとしてるように見えるんだろうけど、振りかえって後ろを見ても階段の上と下じゃどんなカッコだろうが大差ないだろうに。
 しかし、楓は茶化そうとして笑ってるんだが、それとは反対に夕映のオレを見る顔がとっても恐く見えるな。

「デ、何時マデ休ムツモリ何ダ。馬鹿ハ一分一秒モ勉強スル時間ガ惜シイダロ」

 ドSな人形の発言が夕映の頭の上から響く。

「何でも適度な休みが必要だとオレは思うけどな。でも急ぐんなら、士郎が二、三人担いでけば速えだろ」

「無茶言うな、仁」

「じゃあ、夕映でも抱えて先に上行ってろ」

「何故、そこで私が出てくるですか……」

「こん中じゃ一番軽そうだから。士郎も女子担ぐんなら悪い気はしないだろうしよ」

 さっきの恐い顔のお返しにと夕映の名を出してやる。
 それに今の士郎と夕映ならやってくれんじゃねぇか? それならそれで、話の種になるから見ておきたいしな。

「アンタはそういう冗談は、ほどほどに方がいいと思うわ。衛宮さんだって困ってるじゃない?」

「ちなみに――いや、止めとこう」

「なんかすごい腹立ったんだけど、仁?」

 重そうなのはっていいそうになったけど、なんとか言い留まった。言いきれば隣のお嬢さんの拳骨を食らってただろう。ちゃんとオレだって発言するのものを出すかどうかを考えてるんだ。

 

 

 

 

「おおー、あれアルか?」

「え!? あー、エレベーターだ!」

 声を上げる古とまき絵が階段を駆け上がる。その先にあったのは「1F直通」と扉に書かれた、まき絵が言ったようにエレベーターだった。押しボタンの上には地下30Fを示す文字。という事は、オレ達は地下100Fくらい下から上ってきたのかね。

「やれやれだな。それより、それには一回で全員乗れるのか?」

「大きそうやし、多分乗れそやけどなー」

 士郎、木乃香、夕映以外は、見えたエレベーターへと駆け上がっていた。
 地下生活ともこれで暫くはおさらばだろう。いやー、オレにしては士郎が言うやれやれどころか良い経験だった。

「どうよ、夕映の頭の上は?」

「イツマデモ全然安定シネー」

 ここまでの道で見続けて、分かってたが聞かずにはいれなかった。
 夕映の頭の上でグラグラと揺れるチャチャゼロと、何度も支え直す夕映。実に微笑ましい光景だった。それにオレだけじゃなく、士郎と木乃香も気にしてたみたいだしさ。それでもチャチャゼロが夕映から離れようとしないのは、それほどに気に入ってるのだろうか。

「はぁ……やっと帰れるですね」

 上り疲れたものを吐き出すかのように、溜め息をする夕映。そして、そのままエレベーターの中へと足を運ぶと――

 ――ブブーッ――

「うっ……」

 夕映が中へと入ると同時にエレベーターから電子音が高らかに鳴った。

「スペースまだあるのに根性なしやなー」

 士郎、木乃香、オレはまだエレベーターの中には入っておらず、木乃香の言うように全員が入れるだけのスペースはある。手入れ不足なのか、設定ミスってるのか、爺さんの悪戯なのか、そこんとは分からずだ。

「仕方ありません、私達は二回目で行くと――」

「いやー、拙者が降りよう。荷物もある拙者が降りれば夕映殿と木乃香殿も乗れよう」

 言うや否や楓がエレベーターから降りて、中に入ってなかった木乃香の背を押す。

「じゃあそろそろ返してもらおうかな」

 オレがついでと言うように、夕映の頭の上からチャチャゼロを取り上げてオレの頭の上に乗せた。

「ふ、心惜しいか?」

「……首が楽になりました」

「オー、言ウジャネェカ」

 ケタケタとチャチャゼロは笑う。夕映にしては珍しくいくらか毒のある言葉だ。でもチャチャゼロ相手するには、これぐらいの返しのが丁度いい。

「ほら、お前達が行かねぇとオレ達も帰れねぇ。どうせすぐに会えんだ、さっさと行ってくれ」

「はいはい、分かりましたよ。じゃあみんな閉めるわよ」

「上に着いたら待ってるなー」

 アスナが面倒そうに、木乃香が笑顔で応えてから、チンッ、と機械音を鳴らしてドアが閉まった。

「はぁ、長かったな」

「おや、仁殿疲れたでござるか?」

「気疲れだ。それより士郎よ。お前、ゴーレム壊しただろ」

 本来なら追ってくるハズだった石像。アイツらが居なくなった今になって、やっとコイツに問いただす事ができる。

「あれは学園長が悪い」

「ほぅ、石像の正体は学園長でござったか」

「お前はまた余計な事を……」

 士郎のどこか浮かない表情と、これは良いコト聞いたと言いたそうな楓の表情。

「馬鹿ダナ、馬鹿ト生活シテ馬鹿ガ移ッタカ馬鹿」

「……酷いぞ、チャチャゼロ」

「まあ、楓には嫌なトコ見られてるし小さい事か」

 ゴーレムは予想通り士郎が壊していた。大した事じゃないとは思ってるので、これは別に良い。それより、士郎がやる時はすぐさま行動に移す、ってのを知れて得るものを得れたと言うべきか。

「やはり一戦交えたいでござるな。修行中の身故に、強き者と相対するのは必要不可欠でござる」

「俺は遠慮したいな。仁ならどうだ?」

「いくらオレの師とは言え横暴すぎだぜ」

「士郎殿が仁殿の師でござったか」

 ふふ、と楓は笑いながらノリノリで何処から取り出したのかわからんが、クナイを一本手にして弄りだす。

「遊ンデヤレバイイジャネーカ。忍者馬鹿ト、テメェガ殺リ合ウノモミテミテェシヨ」

「ったくお前らは……じゃあ、気が向いたらな、気が向いたら」

「誘いを楽しみに待っとくでござるよ」

 楓の手にクナイが一本、二本、三本と嬉しさを表現するように増え、手品の如く手中を泳ぐ。
 希望する相手が違うのに、こんなに期待されてもコッチとしても困るんだが。あぁ、いつも以上に鍛えるのを頑張らないと、この相手の期待には応えれない。

「それよりもまず勉強だな。楓、ネギのコトは忘れてねぇだろうな?」

「当然承知してる。その後の楽しみもあるので勉強もはかどる、ってところでござるよ」

 ニンニンとエレベーターの階数表示を、早く来ないかと言いたそうにに見上げていた。

「とりあえずオレも勉強しねぇと。ネギが去ってっちゃオレも悲しいしな」

「言葉と顔が合ってないぞ」

「不気味でござるな」

 思った以上の言葉を浴びせられたのは気にしない。
 チンッ、と機械音を鳴らして到着したエレベーターへと乗った。

 

 

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 図書館島編は改訂前と大分違ってる気がする。というか長い気がry
 フラグ建築士さすがですね、と言った方がいい回です。


修正日
2010/8/13
2011/3/14

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