20 吸血鬼の接し方
「ほいほいっと、粥が出来ましたよ、お嬢様」
土鍋、レンゲ、水入りのコップを置いたおぼんを、エヴァのベッドの傍へと一階から事前に調達しておいたテーブルの上に置く。
相変わらず頭に布団を被せて顔を出そうとしないエヴァ。寝ているのならそれでいいのだが、寝てるとは到底思えない。「ほら、折角絡繰と士郎が作ったんだから、少しぐらい食べとけ」
布団を無理矢理引っぺがす。
額に白いシートを張っ付けた少し間の抜けたエヴァが、キッ、と睨みつけてきた。そしてコホッコホッ、と咳を二度。今のエヴァは目の力以外とても弱々しい。
そんなにオレに敵意を向けられても困る。それでもあの二人の作ったものと分かってか、体を起こして食べる意志は見せていた。「……何だその手は」
「嫌か?」
「良イジャネーカ御主人」
「貴様、からかってるだろう」
「うん、まあ」
エヴァの口元に粥を掬い取ったレンゲ。それを持つのは食べる本人ではなくオレだった。
ちなみにちゃんと冷ましてるので、現在のエヴァちゃんでも十分安心です。思った通りエヴァの表情の機嫌の悪さが加速する。まぁ病人相手なので、これ以上ちょっかい掛けるのは――
「……やっぱ風邪ひでぇのか」
「うっさいボケ」
やめようと思ったら、自分からレンゲへ口をつけた。
恐ろしい程に判断鈍ってるようだ。ほら、チャチャゼロも今のエヴァみて絶句だし。口ではエヴァに食えって風に言ってたけど、そりゃあ本当にやられると反応に困る。オレもチャチャゼロも。「米の味しかしない……」
「塩ぐらいかけてやりてぇが病人に塩ってのもな。後はエヴァの好きな肉類はもってのほかだ。それ以前に、そんな重いもん食えんだろうけど」
二口、三口、とさっきと同じように冷ましてからエヴァの口元にレンゲを持っていく。一度やったら後に引けなくなった。とても申し訳ないのと、風邪が治った時にコレを覚えられてた場合の報復が怖いです。
黙々と、ゆったりとしたペースで口を動かし、喉を動かして粥を食べるエヴァ。次第に唯一力が残っていた目も虚ろになってきて、弱々しさが増してきた。「……もういい」
「丁度なくなったよ。作る方もちゃんと考えてる」
綺麗に空となった土鍋にレンゲを置く。
「……水」
「水な。ほら、水」
次いで、レンゲに代わって、口元にコップを持っていってやって様子を見る。
エヴァは今にも眠りそうな眼で、コップの水面をじっと見て黙ったまま。「はぁ……しゃぁねぇな」
コップをおぼんへ戻して、自身の制服の内ポケットを探る。
「っ…………飲むか?」
左の人差し指をエヴァの口元に持っていく。その指から流れる赤色の滴。布団とエヴァのパジャマを汚さないように右の手の平を皿代わりにするのは忘れない。
刃渡り10センチ程の折りたたみ式のナイフで指に切り込みを入れた。マゾヒストではないので、痛みもあるし余りやりたくはなかった。エヴァが流れる血を見てから数秒。オレの指に口をつけて、流れていたソレを飲み始めた。何処を見てるのか分からない程に虚ろな眼で、黙って小さな喉を鳴らし続けていた。
「……ん……変なコト考えてないだろうな」
「考えてたらどうすんだよ」
か細い声にオレの声を返すが、その後は返ってこない。意識がうつらうつらとしてるんだろう。それでも口調を強くみせようとしているエヴァに笑いが込み上げてくる。貶そうという訳でなく、意地っ張りな奴だなという笑いが。
こうしてオレの血を飲む姿を直に見るのは初めてのコトだ。士郎曰く、オレが気絶してる時に度々失敬してるようだけどさ。
初めて意識ある時に自分の血を飲まれてる身としては、ただ飲み上げてるだけだからなのか、非常にくすぐったい。吸血鬼状態で牙を立てられて飲まれると痛いのかね。そりゃあ、体に刺さる訳だし痛みはあるんだろうなぁ。「……っ…………んっ……」
と、考えを巡らせて目の前から気を散らす。そうしなければならない、そうしないとヤバイんだ。ただでさえ理性的な面でマズイ事させてんのに、風邪のせいもあってかエヴァの息遣いが荒いせいでヤバイ。それに加えて、たまにエヴァから変な声が出てるのでホントヤバイデス。
「……はぁ……ぁ…………」
そうだな、士郎に頼む晩飯の献立でも考えよう。ラーメンは最近食ったし、カレーは普通すぎる。粥? 鮭粥は大好きだけど物足りない気もする。それなら牛丼とかの方が。む、何故に牛丼が出て来た? けどあれって作る時は量作らんと損だよな。手間暇結構かかっちまうし。お、そうだ、寿司がいいな、ああ、お寿司食べたいですし。
「あ……終わったか」
コテンとベッドに倒れ込むエヴァ。
お腹がいっぱいになったお陰か眠りへと入ったようだ。「面白カッタゼ」
「オレは冷や汗が止まんなかったわ」
はぁ、と一息ついてポケットからハンカチを取り出して血の流れる左の人さし指に巻く。きちんと巻かさったのを右手で確認してから、エヴァの上半身に布団をかけてやった。
「やっぱ、血を飲むのが一番効果的なのか」
「ソリャア吸血鬼ダシナ」
今のエヴァは息遣いも荒くなく、安定した状態と言える。静かな寝息で、顔色も此処に来た時と比べると、間違いなく良くなっていた。
ともかく、これで一息つける。ひとまずは、土鍋とレンゲの洗いから始めようか。
エヴァが口をつけなかったコップから水分補給してから、チャチャゼロを頭に乗せ椅子から立ち上がり、おぼんの食器を運ぶ。「理性ガ強ェノカ、根性ネェノカ。ケケケ」
「前者だな、確実に前者」
「マ、ソウデナイト狸爺モ困ルシナ。両方ッテコトニシトイテヤルヨ」
「ふ、ハートはストロングでなければならぬ」
「テンパッテヤガルモンナ」
おぼんの上の三点を台所のたらいへと入れて、蛇口から水を注ぎ込む。
――カラン、カラン――
鈴の音。この家にとってはブザー代わりの音だ。つまりはエヴァの家に客が来たことを示す合図。
流れる水の元の蛇口を止める。
家主は風邪で就寝、従者は主の薬を調達に留守。居留守の選択肢を使わなければ、必然的にオレが出るコトとなる。「どちら様ですかー」
声と一緒に玄関の扉を開く。
こうは言っても来る人物など、今の時点では3人だろう。一人目はお馴染み爺、二人目は家主の旧友のタカミチ、そんで三人目は、「あ、あれ、仁さん……?」
「いらっしゃいだ、ネギ」
「テメェ教師ナラ、サボッテンジャネェゾ」
「さぼりっていうならエヴァの方が度は酷ぇけどな」
きょとんとするネギ。それもその筈で、ネギはエヴァの家に来ようとしてたのだ。それが今日は欠席中のオレが、他人の家であるエヴァの家から出て来たのだから動揺もするだろう。逆にオレはやっと冷静になれました。
「ここはエヴァンジェリンさんの……」
「そう。で、風邪引きのエヴァの看病をしてて、やっと寝てもらえたってトコだ」
「え……? では、本当にエヴァンジェリンさんは風邪で?」
「ああ。オレは嘘付くのが多いが今のは本当だ」
ネギはエヴァが風邪とは信じられずに此処に来たようだ。これは書き物の通りってトコだ。不老かつ不死であるエヴァが風邪を引くってのもオカシな話だと思ってるんだろう。その通りオカシイんだけどさ。
「なんなら入ってけ」
ネギの肩を掴んで、無理矢理と中へ引き込む。それはこの少年に一つやってもらいたいコトがあるから。
「わ……人形が沢山……ファンシーな部屋ですね」
中に入ってすぐにネギが部屋の感想を口から漏らした。
「全部がエヴァの趣味。これでも最近は地下の方にいくつか放り込んだんだけどな」
主にテーブル周りの人形が以前よりなくなっている。
別荘ではなく、此処で食事をする時にどうしても邪魔となる人形。毎度食事をする時に別の場所へと人形を移し、食事が終わると元の位置へと配置しなおすという毎日だったが、いつしかそこには無くなっていた。どうしたんだと、エヴァに聞けば、茶々丸が片付けたと言っていた。誰が気を利かせたんだかは聞いてないが、エヴァなのかね。
「というコトは、仁さんはエヴァさんの家によく来てるんでしょうか」
「ちょいと訳ありだ。ほれ、とりあえず付いてこい」
早速、二階へとネギを案内する。オレは堂々としてるが、ネギはオドオドと周りを警戒して対照的。エヴァに襲われた張本人ってのもあるが、オレとしてはネギには胸張ってもらった方が嬉しいんだけど無理も言えん。
「……寝てますね」
「オレが来た時なんて、無理に歩いてぶっ倒れたんだ。治るまではこのまま寝入ってもらう方が安心できる」
小さな寝息を立てる少女を二人で眺める。恐らく、ネギはこんな一面もあるのかとでも考えてるのだろう。こんな状態でもなければ、エヴァの弱々しい姿なんて見れるもんじゃない。
「寝に入って数分。夢を見るなら見ている頃だろう。夢見の魔法があるなら見てみると良い。もしかするとサウザンドマスタ―の記憶が見れるかも知れんぞ」
「サウザンドマスター……?」
「オレは食器洗いせなあかんから、一階行ってるぞ」
じゃ、とハンカチを巻いた左手を上げて二階から降りる。
「俺ハ従者トシテ止メルベキカ」
「止める意志ない癖に言うなよ」
「コレデモ御主人ハ大切ニ思ッテルゼ」
「それは主人に直接言ってやると喜ぶ」
「言ッテモ主人ガ信ジテクレネェケドナ」
台所までと再びやってきて、左手に巻いていたハンカチを取る。血は止まってる。傷口も切った跡の線はまだ見えるが、それほど心配ない。再生が早くてなにより、安心して食器洗いに励める。
蛇口から水を出して、上の心配もしつつ食器洗いを始めた。
◇
「と、まぁ、この後にエヴァが起きて、自分の夢を覗かれたの知って、また気分悪くなって口も利いてくれなくなったって訳だ」
「それはネギに覗かせようとした仁が悪いんだろ。あの後一緒に過ごす絡繰のコトも考えて行動した方がいい」
「そりゃあ、昨日のコトはホントすまんと思ってるさ。今日の学校はマジでキツイ目もらってたし」
「イイカラ黙ッテ見テロヨ」
辺りは真っ暗闇。麻帆良の郊外ギリギリの橋の吊り張を支える塔の上に、オレ、士郎、チャチャゼロと居た。
オレとチャチャゼロはレンガ作りの塔に楽な格好で座り、士郎は立ったまま何かに備えるようにしている。前方には光が見えるが、後方の街並みはどこぞの山かと思える程暗い景色が広がっている。橋の下に広がる湖がなんとも不気味を匂わせ、落ちてしまえば上がってこれないとも思わせる程だった。
麻帆良の学園都市メンテナンス。午後8時からの都市全体に渡る半年に一回の大停電。この暗闇も必然的に起こる出来事の一つだった。
「士郎は分かるんだが、チャチャゼロは見えんのか?」
「雰囲気ダケダ。御主人ガ俺トノ繋ガリヲカットシテルセイデ、見エルモンモ見エネェンダヨ」
橋の中央、発する閃光。それを起こしてるのは、ネギ、アスナ、エヴァ、茶々丸の4人。オレの目では人の姿は正確に視認するコトの出来ない距離。
「このままだとネギが負けるが、いいのか?」
「そん時はそん時だ」
オレは見えなくとも士郎は見える。どうやらネギの勝ち目は薄いと士郎の目が確認してるようだ。
満月の夜でもなく、魔力を取り戻したエヴァ。
普段、エヴァの魔力を抑えているのはサウザンドマスターの呪いと、学園の電子結界の二つ。後者はメンテナンス中にのみ発生する抜け道を茶々丸は利用して解くコトが出来る。それでも前者の呪いは残っているために、エヴァは全開という訳ではない。「今ノ御主人ニ負ケチマッタラ才能無シノ烙印ダナ」
「でもネギは素人だろう?」
「ネギの勝ち目は薄いのは、オレだって初めから分かってるさ」
戦闘訓練も未だ独学のみのネギ。幾戦にも及ぶ戦場を渡り歩いてきたエヴァ。持ってる武器は二人とも一緒だが、この違いは大きい。道具が同じだろうと素人とプロでは話にならないのだ。
「ま、ただの素人って訳でもねぇか」
「アー、坊主モ、モウチョット頑張ラネェト、折角ノ狸爺ノ手配モ無駄ダナ」
「学園長も噛んでるのか?」
「御主人モ一応人払イノ結界張ッテルケド、コレダケ派手ニヤッテタラ爺ダッテ気付クシ、他ノ馬鹿デモ気付ク。ソノ馬鹿共ハ他ノコトデ忙シイダロウガナ」
「爺さんも大概ってこった」
空から突如現れる、巨大な氷の塊を眺めながら言う。
氷の塊を押し返そうとする十数本の光の閃光。魔法と魔法のぶつかり合いは、遠くからでも確認できる様は確かに派手で、同時に綺麗なモノと思えた。「オレは未だに魔法使えねぇしなぁ」
「嫉妬カヨ、醜イナ」
「そりゃあ使ってみたいもの」
初級の魔法すら使えぬオレ。でも自然と強化のようなものは使えてんのか、そうでないのか、身体能力は常人以上。あれか、魔法タイプじゃなくて気タイプなのか、オレは。
「……上手い」
「何だよ」
「神楽坂が絡繰を躱して、エヴァの不意をついてるトコに、ネギが一撃入れようとしてた」
「ドウセ入ッテネェダロ」
「結果はそうだが……神楽坂って一般人なんだよな?」
「ただの運動馬鹿だ」
士郎はアスナに脅威的な戦闘センスでも感じたんだろう。
皆まで言う必要はないし、これからもアスナのコトを言うつもりはない。それは士郎に限らず、他の誰にも。アスナはあのクラスの中でもネギ以上に特別な存在なのだから。「しかし、士郎は手出さんのか?」
「……必要なコトなんだろ」
「まぁ、オレとしては手出さんでくれた方がありがたいけどよ」
「でも危ないと思ったら出させてもらうぞ」
「そっか。何にせよ士郎を止める力がないオレでは単なる願望ってコトになるしな」
オレの協力をすると、この男は言う。
此処に来て、やっと互いの意見が真に合致したと言っていいんだろうかね。何も語らず一方的に乞うオレに協力するって、コイツはホントのお人好しだ。「すまんな、士郎」
「これも縁だろ。元はと言えば最初の出会いからして奇妙なものだったんだ」
「確かに」
別々の世界から同じ時に現れて、元居た世界とは別の世界で同じ場所に過ごす二人。
奇妙、奇怪、奇跡、どんな奇でも当て嵌まろうオレ達二人。
何の因果か。オレには分かりもしない。「アレガ坊主ノ切リ札カ」
チャチャゼロが愉快とばかりに笑う。
「そろそろ魔力切れだから締めに来たってとこかね」
「……だが、あれではエヴァには」
「イヤ、御主人モ合ワセヤガッテル。ホント遊ビ好キナ御主人様ダ。相手ガ坊主ダカラッテコトモアルケドナ」
見えんのが惜しいかな。だがコレ以上は近づきたくないので仕方なし。発する光と、士郎とチャチャゼロの言葉だけで戦況を判断する。
「坊主ガ‘雷ノ暴風’、御主人ガ‘闇ノ吹雪’カ。マァ坊主ニシテハ努力シテル魔法ナンジャネェカ。雷ト氷ジャ相性モ糞モネェ、単純ニ“魔法使イ”ノセンスデ勝負ニナルナ」
遠く離れた二つの光点の輝きが時間の経過と共に増す。同時に光点の周囲を取り巻き橋を揺らす風の渦。このどちらもが、これから発散される力の余波を指し示していた。
「鬼が勝つか子が勝つか」
「…………」
「デモ五分デハネェナ」
爆裂音が轟く。
白の光と黒の光の衝突を視界に捉えた。
前者はネギ、後者はエヴァのモノ。音の発信源。力のぶつかり合い。伸びる二つの光の境目を中心として、拡散するエネルギーが周囲の大気を震わした。
「これが魔法戦か」
輝かしい光景に、オレは呟くだけ。
「テメェハ近接戦闘シカシテネェシナ」
「宝具の真名解放でもできればいいんだけどな」
「それが出来るなら、俺も仁に教えるコトが減りそうだ」
皮肉染みて言う士郎。それにも訳がある。以前にオレがカラドボルグの名を上げて剣を振るったコトがあるのだ。当然と反応は、うんともすんともしなかったが、寮室でやってしまったせいで士郎にこっぴどく怒られた。
「アァ……?」
「どうした、チャチャゼロ」
突然と珍しく疑問を吐いた人形に士郎が問う。
「ナンデモネェヨ、ソレヨリテメェハ前ヲ見テロ。テメェシカ目視デキネェンダカラヨ」
「……エヴァの負けだ」
白の光が黒の光を包み込み消し去った。
同種の魔法の打ち合いの末、軍配が上がったのはネギのようだ。「満足な結果だ」
そう言ってオレは携帯電話の液晶を見て時刻を確認する。
「これもお前の思い通りという訳か」
「さぁてね。それと時間」
携帯電話をポケットにしまい、頭だけ後ろを振り返させる。視界に映るは上下反転逆さまの世界。
暗闇の空間が瞬時にして眩さを放つ。電気という力を利用した光の明るさを。「タァイムアップ」
逆さまの世界に映る橋にも光が照らす。
橋の光は道を標す為。街の光は次々と装飾という美しさを奏でるように。「オイ、士郎」
「今日も一日長かった。これで晴れて完け――ッ」喋ってる途中で言葉を切らされた。
力づくとも言える行為のせいで、全てを言うコトは叶わなかった。「何のつもりだよ」
首根っこ捕まえられて士郎と一緒に空を翔けている。風を切る音が耳へ強制的に入ってくる。速い、ただ速く、空を翔け渡っていた。それに対しオレの体に自由はなく、士郎が主導権を握ってる状態であった。
「手を出すって言っただろ。でも俺だけじゃ足りない」
「ハハッ、嫌な予感がする」
「言い訳は後でするし、後で謝る。頭に注意して守れ」
早口で士郎は言い終わると、ボールの如くオレを投げた。
唯でさえ翔ける速度があったのに、さらに加速をする。
ふ、風を感じるとは正にコレよ。「あんの糞野郎……」
つまり士郎が言うのはこうだ。
電子結界が復活したため、空に浮いていたエヴァが魔法が使えなくなり湖に真っ逆さま。ただの人間と同じくなったエヴァを湖に叩きつけられる前に体を張って助けろと。
この役はオレじゃなくとも相応しい相手が居ただろうに。何を考えようとも、空を自由に動くコトが出来ぬオレに選択肢などはない。既に賽は投げられ、後戻りは出来ぬのだ。
視界に金髪の少女を捉える。
この速度死ぬんじゃね? 死んだら士郎責任とってくれんのかな。後で謝るって言ってたし責任とってくれるよなー。
くそっ、痛いのはお断りなんだがよ。「なっ……」
「はい、お嬢様。恨むならオレじゃなくて、でかい方の赤毛の馬鹿を恨め」
空中で両腕でエヴァをキャッチして抱く。
翔ける速度は依然緩まずに矢の如く体は空を舞う。この速度で上手くエヴァを捕まえた自分へ褒めてやりたい。「ひでぇ格好だ」
「見るな阿呆ッ!」
「見てねぇよ」
ネギの魔法のせいか、自身に覆っていたハズの蝙蝠が魔法行使不可で居なくなったために裸のエヴァ。蝙蝠は服じゃなくてマントだけだったか。
「暴れんなよ。お願いじゃなくて命令な」
舌打ちが聞こえたが、気にしてられない。
決して離すまいと両腕に力を込める。オレの背中は水面へ向いている。これならばエヴァも何とかなるだろう。
後は己の体の強さを祈るのみ。「いっ……っ――」
水面を体が跳ね、背中に痛みが走る。
オレが水中に入るのを嫌がるように、水面は拒絶して入れようとしない。続いて二度目。
またもやさっきと同じように水面はオレを拒む。
痛い、壁に叩きつけられてるみたいだ。三度目。
両腕に力を込める量を増やす。
水に嫌われてるってのも嫌なもんだと頭の中で吐く。そして、四度目にしてやっと体が水の中に沈んでくれた。
背中は痛いが意識はしっかりとある。士郎に言われた通り、頭を守るように注意したかいがあった。
腕の中に居る人の眼を見るといつものように睨まれる。
そういえば、エヴァは泳げないんだった。態度はコレだが暴れないでくれてオレも助かる。暴れられちゃ人抱えて泳ぐのが辛い。「「くはっ――」」
水中から水面へと顔を出すと、二人揃って体から失われていた酸素を求め、空気を吸った。
「はぁ、互いに無事か」
「くっ……」
エヴァに視線は向けないで言う、理由はコイツが裸だから。向けようとした瞬間に鉄拳が飛んでくるに違いない。それに後が怖い、ただでさえ嫌がられてんのに。
「大丈夫ですか? 仁さん、エヴァンジェリンさん」
見上げると杖に乗ったネギと、ブースターで飛ぶ茶々丸がオレ達を見下ろしていた。
「背中がヒリヒリする以外は無事だ。それよりオレを乗せて上に連れてってくれ。残念なコトに飛ぶ術がなくてな。エヴァは、絡繰に任せていいか?」
ネギも茶々丸も頷き、了承を得た。
茶々丸にエヴァを渡し、オレはネギの杖に手を掛け、ネギと背中合わせになるよう乗る。一息吐くと、杖は浮上する。
初めて乗る魔法使いの杖。安定性もあってちょっとやそっとバランスを崩しても落ちそうにはない。さっきとは比べ物にならぬ程、快適な空の旅が出来るだろう。「よっと」
大橋の上まではすぐに到着した。
自身の足でアスファルト造りの地を噛み締める。「アンタ、何してんのよ……」
「見学。あー、携帯逝っちまってる」
アスナに言葉を適当に返して、ポケットから取り出した電子機器を見て舌打ちする。
電源ボタンを長押ししても反応はなく、液晶は真っ黒のまま。機械の中に水が入り込んで御釈迦となってしまったようだ。「士郎、オレを殺す気か?」
アスナの後ろに立ってオレを見てる男に声を掛ける。
「いや、仁なら大丈夫だと思って行動したまでだ。でも危険だったのは変わりない、すまない」
「はぁ……」
びしょ濡れの上着を全て脱いで自分の前に持ってくる。
制服の上着、Yシャツ共に背部分には、風通しが良さそうなでかい穴が出来ていた。「何だよ、水も滴る良い男に惚れたか」
「……アンタ、馬鹿じゃない?」
「うっせ、冗談でも言ってねぇとやってらんねぇんだよ」
破けた制服を力いっぱい絞りながら、変な眼で見てくるアスナと会話する。
「仁」
「む……」
士郎がオレにと自分の制服の上着を差し出す。オレは絞られて縮んだ布を士郎の手に渡してそれを素直に受け取って身に纏った。あんなの着ても着なくとも変わらんもんだし、この厚意はありがたい。
「はぁ……帰る、士郎」
士郎の肩を叩いて麻帆良の我が寮へと足を進める。
「あ、そう……って帰すかっ!」
「ガード」
「ごおうっ……!?」
アスナの鉄拳を士郎という盾によって防ぐ。
呻き声をあげて膝を崩す士郎。どうやら急所にでも、剛拳をもらってしまったらしい。
蹲ってる士郎の様子に「ご、ごめんなさい……」と謝ってるアスナは新鮮な光景である。「何だよ。こっちは背中いてぇし疲れたんだよ。アスナみたいに、いっつも元気って訳じゃねぇんだ」
「私だっていつも元気じゃないわよ! それよりも、この状況で素直に返す馬鹿が何処にいるのよ!」
ガーッ、と耳につんざく大声でアスナは叫ぶ。
背中だけじゃなくて、耳もやばいです。「じゃあ、一つ言葉置いてく。エヴァ――」
いつの間にやら真っ黒のコートを着て、さっきから黙ってオレを見てたエヴァに眼を合わせる。
視線に気付いてはいたが、触れるような状況、というよりオレ自ら故意に触れようとしなかった。剛拳食らってる誰かさんのせいでややこしいコトになったし、掛ける言葉が考えても見つからなかったから。「――やっぱいいや」
「ちょ、ちょっと仁……!」
アスナに呼び止められるが放って、士郎の首根っこを捕まえ引っ張って足を進める。
「ネギ、お前の父さんの話でもしてやれ」
振りかえらず帰路を歩きながら口を出す。
どっかの金髪少女に貶された言葉を言われた気がするが聞かなかった。幻聴だな。さて、チャチャゼロを回収して夜食に手をつけんとな。
――3巻 22、24時間目――
2010/8/7 改訂
修正日
2010/8/22
2011/3/15