21 3-A麻帆良武術組

 

 

「おはよさーんっ!」

「うっせーぞー、仁!」

「声が大きいです」

 元気よく教室へと入って朝の挨拶。
 今日は双子の出迎えで、騒がしい一日がまた始まる。

 昨日のコトもあってアスナとは会いたくないが、どうやらまだ来てない。さすが毎日遅刻ギリギリに来る女だ。お陰で質問攻めの回避の言葉をわざわざ考える必要はなくなった。

「エヴァは昨日ちゃんと負け認めたか?」

「貴様に関係ないだろ」

 頬づえしながら、むすりとした顔で座っているエヴァに話かけるが相手にしてもらえない。依然としてオレが嫌なようで何よりです。昨日のアレの後じゃ、変わらない所か悪化するのが当然か。それでも本来のエヴァの席より、オレの席側に一つ寄ってるのは変わらない。オレ達が編入して以来、エヴァは一つ移った席にずっと腰掛けてる。元の席に戻らんのは負けず嫌いというか頑固というか。

「仁、その手の何さ?」

 構おうともしてくれない金髪少女を相手するのは諦めて自身の席に着くと、ハルナが寄って来て、オレの手にある白の布で巻かれたモノを指さした。

「爺へ誕生日プレゼント」

「……嘘でしょ」

「当然」

 端から見れば白布の中に棒か杖か、はたまた竹刀でも入っているとでも思えるだろう。このクラスからすれば、ネギの杖や刹那の竹刀袋を毎日見てるので大したコトだとは思わないかもしれん。むしろ、今挙げた二人のモノと比べ、短いコレは目立つ部類ではないだろう。
 この布に巻かれた中身は“カラドボルグ”。見せろと言われても、こんなモノを、はい、と見せる訳にもいかんので嘘をつくしかない。

「注意しろよ」

「分かってるさ」

 オレの口からは聞けぬとすぐに諦めて戻るハルナの背を見てると、オレの後ろを通って自分の席に座ろうとしてる士郎から、厳重にと呼びかけられる。
 コレを持ってきた理由は、本来の持ち主の士郎にちゃんと説明した上でのコト。士郎は快く思ってなかったが、オレがあの行事に参加する前にやっておきたかったコトだ。士郎と合意の上での行動。しっかりと計画を練ってある。

 

 

 

 

「ネギ先生、仁君、士郎君、学園長がお呼びです」

 HRも終わり、時間は放課後。しずな先生が3-Aの教室に顔を出してオレ達の名を呼ぶ。
 クラスは〈修学旅行〉という単語で飛び交い大盛り上がり。お菓子はどうとか、何処に行こうとか、服はどうしようとか青春の一ページを垣間見れる。しずな先生が言う爺さんの用事ってのも、中学校の大イベントに関わってくるモノだろう。

「士郎、オレの分も聞いといてくれ」

「お前は?」

「逃げる」

 チャチャゼロを頭に乗せ、鞄と布で巻いたカラドボルグを持って席を立つ。

 朝からアスナに眼をつけられてる。今日一日、難なく回避してきたが放課後ともなると自由になって、しつこさも増そう。それではオレの本日やりたかったコトを実行するのに支障が出てくる。

「エヴァも風邪治って調子戻ったみたいだしな」

「死ね」

「これはこわい」

 教室の去り際に金髪少女に一言かけてから出て行く。低音で返された言葉は、本当にそう思ってそうで震えあがっちまうぜ。

「では行動を開始しよう」

「アア、楽シミダ。ケケケケケ」

 ひとまずは学校の校門を出るコトにした。

 

 

 

 

「ふむ、一人のようだ。丁度いい」

「ケケケ、ボコボコニサレチマエ」

 草葉に隠れて、人の流れを観察し、その中の一人に眼をつけていた。今のオレは、いかにも怪しい人であると、とられる行動だが自重はしない。これはこれからに絶対的に必要なコトであるのだからな。

「フッ、オレはやれば出来る子だからきっと大丈夫さ」

 オレの眼に映るは浅黒い肌の少女。小柄だが、運動能力は現時点ではあのアスナ以上の持ち主。
 帰り道、寄り道のルートも事前に調査済みで計画通りよ。決して変態じゃない。

「中国武術研究会部長、古菲」

「ム、仁アルか……?」

 古菲の進路を阻むように前に出る。急に人が自分の進路へと出て来たせいか、古菲は身構えたが、オレと分かってすぐに警戒を解いた。

「手合わせ願おう」

 鞄を地に捨て、その上にチャチャゼロを乗せ、その横に布で覆ったカラドボルグも置く。

「手合わせ、試合アルか。なるほど、その気迫喜んで受けるアルよ」

 オレがやりたかったのはコレ。他人との試合だ。士郎に相談したのは師匠であるアイツにも礼儀を持たんといけん。故に師匠のアイツから了承を得たかった。
 相手が女子、それも同じクラスの奴と知ると士郎は渋い顔をしたが、手練れであるコトを十二分に説明してやっと了承してもらえた。説得するにあたって戦好きのチャチャゼロの援護をもらったお陰で、ってのもあるが。

「素手アルか?」

「駄目か?」

「てっきりその布の中身を使うと思たアル」

「これは気にすんな」

 さすが武術の達人。布の中が得物だと気づいてたようだ。
 だが今は素手、コイツとの仕合いは素手がいい。

 中国武術研究会部長。麻帆良武道四天王の一人、古菲。
 形意拳、八卦掌を主とし、八極拳と心意六合拳を少々使い、色黒で身長は150前半の語尾にアルをつける女子。弱点としては、少々学が足りなくバカイエローと呼ばれてるコト。だが闘いにおいての相手としては申し分なし。

「そこのおっちゃん、合図してくれ」

 古菲に弟子入りにしに来ていたのか、いくらか前から古菲の後方に引っ付いてた男の軍団の一人に話かける。

「なんだと――」

 合図してもらえるかと思ったら歯向かってきた。命令口調だったのがいけんかったか。

「っ……うっ……」

「すまん、そっちの兄ちゃん代わりに言ってくれ」

 向かってきた男の腹に一撃入れて、改めて眼をつけたもう一人へ蹲ってる男を投げ渡す。
 乱暴だが、古菲を取り巻く奴らはこれぐらいしてやるのが丁度いいのだ。だが今の騒ぎで人が増えてきたのが、ちょっとした誤算だったかね。

「これは、中々アルね」

「光栄なお言葉だ」

 古菲が構える。型の名は拳法が詳しくないオレには分からんが、攻守共に自身の可能性を引き出すというモノであるコトが全てに共通なんだろう。相手が未知ならば、オレは自身の可能性をぶつけてやるコトぐらいだ。
 オレの構えは古菲のように綺麗や美しいと言った表現は無理だろう。何たって喧嘩拳法。士郎からちょいと徒手空拳を学んだくらいのモノしか持ってない。

 構え終えて、間合いは4間程。双方の視線が交錯して時が止まる。

「は、始め!!」

 ――先手必勝ッ。開始の合図で右足に全力を込めて踏み込んで飛ぶ。

「シッ――!」

 狙うは腹部。飛んだ勢いのみを利用した単純すぎる拳。ただの力任せ。だが反応できなければ単純でもいい。故に最高速に達する初撃のコレこそが、オレの徒手空拳の最高の技となる。

「ッ……」

 だが――いや、やはり甘くはない。オレの渾身の右の拳は、古菲の脇腹部分の服を裂いただけに終わる。
 相手が半歩ずれただけの最小の回避。古菲の次の動作は始まっている。

「ハッ!」

「ガッ……」

 古菲の掛け声と共に発する中段突きが、逆にオレの腹へと食い込んだ。
 オレの前へと進む勢いが古菲の突きの威力を上げる。見事なカウンター。

「今ので気絶しないとはやるアルね」

「……頭くらっくらする」

 飛び退いたのはオレ。腹に食らったのが頭にまで効いてる。
 あの間合いではボコボコにされるのは目に見えていた。最初と同じ間合いに戻るが、体の状態としては比べるまでもなく差がある。

「アチャー、制服破けちゃったアル」

「すまんな、今度弁償する」

「ケケケ、モウ無理ダナ勝テネェ」

 外野からは古菲を応援する声援と黄色いというか茶色い変な声援が混じって聞こえるが、聞いてる余裕はそれ程ない。

「続きだ。攻めて一撃入れさせてもらおう」

「フム、根性はある男は良いアルね」

 双方構え直して、一からやり直し。
 単純では効かないとなると方法を変えなければならない。無論、最初のスピードを今となったら出せる力がないため、何にせよ変える必要はある。

 

 

 

 

 結果はチャチャゼロの言った通り無理のようで一撃も入れれず負けた。完膚なきまでに、これでもかというぐらいに拳を体中に叩き込まれた。

 オレの生半可な徒手空拳では明らかに実力差が浮き出る。
 一撃目で決める。もしくは少しでもダメージを与えなければ、オレの勝ちは薄かったってコトだ。確か未来の古菲談だぜ。微妙に違うか?

「ハァ……ボロボロだ」

 アスファルトの地面、最初に置いたチャチャゼロの隣へと座り込む。観客も試合が終わったと知った途端、どんどんと彼らの帰路についていた。

「いんや、仁は良くやたアルよ。それに徒手空拳は専門分野じゃなさそうアルし」

 白い布を指して言う古菲。

「もしかして、図書館島の時の剣アルか?」

「戦い方面だと頭の回転が良いようだ」

「ム、ちょっと失礼アルよ」

 裏の世界はまだ知らないとは言え、戦闘に関して一般人の最強の部類の少女。
 勝つ自信もあったのに、こうも打ちのめされると泣く以前に清々しい。

「よっこらせっ、と……付き合ってくれて感謝だ」

「ウム、私も楽しかったアルよ」

 チャチャゼロを右腕で抱え、鞄と布で覆ったカラドボルグを右手で持って立ち上がる。
 古菲とオレの力の差はあったと言え、言葉の通り古菲は楽しめていたのだろう。嘘はつけない彼女の表情がそう語っている。

「ああ、じゃあな、古。修学旅行の三日目に期待してるぜ」

 今の言葉を古菲は絶対に理解できないだろう。コイツはそういう人間。真っすぐで馬鹿正直で戦い好きな奴。良い個性ってやつかね?
 古菲と残った観客に手を振ってこの場を去る。もう此処には用はない。必要なモノは得られたのだから。

「ケケケ、アト一人試スンダロウ?」

「それは明日だ。この体で二連戦はさすがに無理……いや、今日二連戦しよう」

 体が万全の状態で二連戦。古菲にボロボロにされて不可能だと思ったが可能だ。なんたって一時間を1日に変える世界がある。走る体力はまだ残ってるし、そうと決まれば即実行。時間は有限である。

 

 

 

 

 別荘をチャチャゼロとオレだけで使って中の時間で一日。古菲と別れてから、外の時間で計算すると一時間半を過ぎた所だった。
 幸いなコトに別荘でもログハウスでも、エヴァと合わなくて済んだのが良かった。最近はアイツと会うと精神が地味に削れる。何とか良い方向にしようと頑張ってるんだけど、いつもの調子で攻めてるのがいけんのかねぇ。

「ツーカテメェ何デ、ウチノ鍵持ッテンダヨ」

「絡繰に頼んだら合いカギくれた」

「ソレ御主人知ラネェダロ」

「知ってたらこのカギは融解されちまうね」

 手の中にあるキーホルダーには自分の寮室とエヴァ家の鍵の二本がぶら下がってる。
 学校の休み時間、絡繰に冗談半分で頼んだら、なんとびっくり、簡単に次の日持ってきてくれたのである。その後はエヴァに言わん方がいいと助言しといたので、無事に今まで持ち運べてます。

「さて、体は万全」

 体全体を動かして調子を再確認。別荘の中では休憩メインにし、後は軽く体を動かした程度で済まして最高のコンディションを保つように心掛けた。

「では入るとしようか」

「マァ鍵ハドウデモイイカ、今ハ道場破リダシナ」

「当たらずとも遠からず、だが道場で戦う気はないぜ」

 頭の上の人形と何気ない会話をし、息を整え、目の前の戸に手をかけ一気に横へ開く。

「たのもう! 桜咲刹那を借りにきた!!」

 腹から声をめいっぱい出す。

 此処は麻帆良剣道部。日々、部員が鍛錬を励み、共に高め合う武道の一つの会場だ。剣道の特徴的な黒の防具、それを纏って練習していた剣道部員と、防具なしで生徒達を監督していた顧問の目がオレへと集まる。道場の奴らの視線に殺気のようなものが痛い程感じるぜ。
 言葉間違っちまったか……舐められんように言葉と雰囲気を読んだつもりだが。

 道場の中に居た部員が一人寄ってくる。たれには「桜咲」と書かれた名前。此方としては実に分かり易くていい。

「じ、仁さん……何の御用で?」

 面を外してオレへ視線をやる刹那。
 うむ、困ってる表情。実に分かり易くていい。

「手合わせを願いたい、という訳で早く着替えてきてくれ。ここでやるにはさすがに無理な試合だ。それにいくつか刹那には話しといた方がいいと思ってるコトもあるしな」

 困った表情は変わらず、渋る刹那。
 ああ、剣道部員の一員だし自分の一任だけでは無理ってことか。ならば此処まできた我儘は貫き通すのみよ。

「では顧問の先生、師範と呼ぶべきでしょうか。練習中に突然の訪問、真に申し訳ありません。しかし刹那は私個人の理由で勝手ながら借りていきますので、有意義な練習を再開して下さい」

「オイ、ツイデニ威圧シトケ、ソノ方ガ面白ェ。ヤンネェト殺ス」

 ハハー、この頭の人形は何てコトいいやがるんでしょうか。折角丁寧に頼んで済まそうと思ってたのにさ。
 はぁ……後で延々と毒吐かれるのも面倒だし一応やってはみるか。

「文句があるようでしたら部員全員まとめてオレにかかってきてもいいですよ。最早後には引けないので、問答無用で蹴散らします」

 柔らかい声と笑顔を作り、道場全てに届くように言葉を放つ。恐怖心を煽るように最後の一文だけは声色を変えて。

「ケケケ、心地良イ殺気ヲ放テル様ニナッテキタナ。マァ蟻程度ダケドヨ」

「それはどうも。ついでに無茶振りもどうも。という訳で外で待ってるぞ」

 刹那に一言添えて、道場から退場する。そうでもしなければオレが作った空気が終わらない。この時が凍った道場の空気が続いてしまうだろう。
 少々やりすぎたと反省するが、後には引けないし引く気もない。

 

 

 

 

「お待たせしました、仁さん」

 数分もすると、先程オレが勢いよく開けた扉から刹那が出てくる。その手には毎日持ち歩いてる大きめの竹刀袋とスクールバッグ。それと、同情の中からは元気な稽古をする掛け声が聞こえてきた。あのまま練習にならなくなってたら、刹那にも迷惑かけちまうし良かった。

「本当ならシャワーを浴びるべきなのですが……」

「全く気にならんから大丈夫だ」

「変態ガ」

「何故にそうなる」

 オカシな言葉など言ってないし、言葉の通り本当に気にならんのだ。
 刹那は運動をしていたせいか、どうしてもそれについて気になるようだが、彼女なら剣道部で汗をかくなどあるのだろうかと疑問が残る。

「まぁ、女の子らしい感情も持ってて何よりだ」

「ヤッパ変態ジャネェカ」

「だからちげーよ」

 ただでさえ突然の訪問なのに、チャチャゼロの発言で元々危うい信頼がガタ落ちになっちまう。

「とりあえず手合わせの願いで、応か否かの解答をもらいたいんだが」

「私は構いませんが、どうして突然……?」

「受けてくれて何より。訳は全て後で話そう。とりあえず、人目が遠い林の中の方で良いか?」

「はい。仁さんにお任せします」

 事前に全て計画はあるので、仕合う場所も決定済み。合意を取れた今は、彼女をそこへと招くだけだ。

 

 

 

 

 予定していた場所に着くと、まずは見通しが良さそうな木の枝の上にチャチャゼロを乗せる。これをしなければ、いざ仕合いを開始する時にコイツが五月蠅い。次に鞄を放り投げて、ずっと持ち歩いてきた白い布から中身を解放する。

「……剣……あの時の西洋剣ですか」

 刹那の眼は地に刺さるカラドボルグを凝視していた。

「ああ。刹那と仕合う為に持ってきたもんだ」

 巻いていた布をチャチャゼロと同じ枝に掛けながら言う。

「余裕って訳じゃないが、この剣を使っても夕凪は大丈夫か?」

 万が一これを使って刹那が常に持ち歩き、彼女の片腕とも言える太刀の‘夕凪’が折れたりしたら偉い問題となる。

「改めて見ても、何か凄まじい力を感じますね……でも、大丈夫だと思います」

「それなら安心だ」

 カラドボルグを地から抜き、二、三軽く振るう。体の調子は万全を期していた。

「……本当に真剣でやるんでしょうか?」

「ほぅ、素人に見える?」

 調子の確認のために振った剣を再び地に刺す。

「テメェノ普段ノ生活見テタラ雑魚ダト思ワレテモショウガネェナ」

 笑うチャチャゼロの言葉はどうやら的を射ているようだ。刹那の申し訳なさそうにする表情がオレの心に少しばかり刺さる。刹那は心を顔に出しやすい奴だ。自分の心のように分かり易い。

「本気で頼む。刹那の強さも知った上で申し込んだんだから、そうでなくては意味がない」

「……わかりました」

 普段以上に真面目に喋ったつもりだ。そのお陰か刹那の心も入れ替わって、相応の受け答えをしてくれている。ホント、分かり易い奴だ。
 刹那は竹刀袋から一本の鞘に納められた刀を取り出す。それは自身の身長を同じ丈程の太刀。

 オレも一度、士郎が投影した日本刀を使ったコトはあるが、手に馴染むどころか一度の打ち合いで折ってしまった。士郎の投影品だから正確には幻想が壊れたと言った方が正しい。
 何にせよ、その後にチャチャゼロに一言、「テメェニ刀ハ無理ダ」とのコトで、それ以来は一度も刀を手に取っていない。さらに、刀の長さが増す程に、扱いの難度は上がると聞いた。

 さて、それよりも現時点の相手の確認をしようか。
 お相手は京都神鳴流剣士、桜咲刹那。サイドポニーで、身長は外の世界の時間にして約2時間前に戦った古菲と同じ丈程。得物のリーチは、オレが一般的なサイズの西洋剣、お相手が規格外の長さの太刀。剣術の腕も相手の方が格段と上だろう。
 また他にも、秘匿してるモンを眼の前の少女は持ち合わせているが、今話すコトではない。

「よし、開始の合図は任せたぞチャチャゼロ」

「アア。後、奥義使ワネェトツマンネェカラナ刹那」

「……はい、わかりました」

「ソレトコイツニ構エハネェゼ」

「余計なコトを言いやがって」

 さっきの古菲戦のように初撃は奇襲かけようと思ったんだが、パァだぜ。ほら、お陰で刹那は鞘から刀を抜いて構えに入っちまってる。間違いなく相手のが格上。だからこそ奇襲はオレの手札の一枚だったのだが。

「ジャァ、始メダ、死ネ仁」

「チッ」

 間合いは二時間前と同じ約4間。
 合図と共に地に刺さる剣を右手で掴み前に踏み込む。この体勢から撃てるのは下からの斬り上げ。
 考えなしに撃つならこれでよい。だが相手は此方と同じように前へと踏み込んでいる。技量では確実に劣るだろうオレが、このまま撃ち込んで勝てる見込みはゼロに等しい。

 ――斬り上げる。
 頭の出そうとする結論から考えて愚直と思える程単純な解答。

 だが、それはまだ互いに間合いに入る前に放った一撃。当然と誰も居ない空間の振るわれる剣は空を斬るのみ――だが。

「くっ……」
「汚ェ野郎ダ」

 刹那の小さく漏れる声と後ろから避難する声が聞こえた。

 オレが実行したのは投剣。字の如く剣を刹那に向けて投げ飛ばした。
 真剣の勝負と言って初っ端でコレ。自分でも汚いとは思うが、勝つ為の選択肢だった。

 しかし、剣は刹那には何一つ傷をつけるコトは無く、相手の後方へと飛んで行っただけ。相手に変化を与えたとすれば、わずかに体勢を崩してよろめかせたというコト。

 それで十分。むしろ刹那相手では結果がこうだと分かっていた。
 踏み込んだ勢いはまだ消えてはいない。間合い、徒手空拳、近接の更に近接である間合いに入る。

「ホラ、死ヌゾ」

 だが、間合いに入っただけでそれは終わる。刹那も回避の姿勢を取って、横に跳び、既に間合いは7間。この距離はマズイ。

 ――オレの初めに跳んだ勢いはまだ消さない。

「斬空閃!」

 言霊と気を放った曲線の斬撃。オレの進路方向へと剣気が飛ぶ。それは木々を薙ぎ払い、切り裂く、神鳴流の奥義の一つ。

 しかし、森林破壊だぜ刹那さん。

 体が跳ぶ勢いの進路を変更する。それは、オレが欲しいモノが手に入ったから可能な変更。オレが進むは此方へと飛ぶ斬撃の方角。踏み込むは一つの大木。地の代わりとして、力の限り大木を土台し、足に力を入れる。

 

 ――――――

 

「……負けか」

 刹那の夕凪の切っ先がオレの首元で止まってる。
 一方、オレの剣は間合いに入れずに、ぼんやりと浮いたまま。

「……無茶しすぎですよ、仁さん」

 刹那が刀を下ろして鞘に納める。オレも同じように剣を地に刺して、仕合いは終わりとの意思表示を出した。

「マ、馬鹿ナリニハ良クヤッタヨ」

「今度はオレの制服がおじゃんだ」

 右腕の袖の七分程度まで、ズタズタに引き裂かれてた。その間から覗き見える腕の傷。斬空閃に突っ込んだのは馬鹿だったな、うん。

「大丈夫でしょうか……」

「これぐらいなら心配ねぇかな」

「イッツモモットボロボロダモンナ、雑魚ダシ」

 不安そうな顔でオレの右腕の眺める刹那。自分がつけた傷のせいか、その表情はいささか暗い。

「ほら、ちゃんと動く。一日もすれば塞がるさ」

 右手で刹那の頭を二度ポンポンと軽く叩いてやる。
 まあ、実の所は、やせ我慢なんだけど、此方が強気を見せとかないと刹那みたいなタイプだと後が不安だしな。

「古菲にも負けて刹那にも負けて、士郎には毎日のように負ける」

「ホントイイトコネェナ」

 カラドボルグを持って、さっきからオレを罵倒して下さるチャチャゼロの下へと進む。

「相手しての感想はあるかい」

「……奇抜なスタイルだと」

「そうかそうか」

 チャチャゼロを手に取って頭の上へ、カラドボルグは初めと同じように白い布に巻く。

「打チ合イモ見タカッタガナ」

「まともに打ち合ったら、腕だけじゃすまなくなりそうだったんでね」

 さて、帰るにしても人通りが少ない場所を選ばんと。この腕で出歩いてたら何処の変質者だと疑われちまう。

「刹那は心配性だな。コレはオレが弱いのが原因なんだから、そんな気にすんなって」

「……はい」

 うろうろと泳いでる刹那の目。オレの顔を見たり、腕を見たり、喋るのが得意ではない子で、こんな性格。どこかの金髪お嬢様とは正反対な子だ。

「オレは寮に帰るつもりだが刹那はどうする?」

「えっと、私は――」

 

「おっと、逃がさんでござるよ」

 スタッ、と上から振ってくる人影一つ。オレの目の前に降り立ち、その体格差から必然的にオレは見上げるコトとなる。

「仕合わんぞ」

 忍者参上と言わんばかりの楓に一言、強めに言う。

「古と刹那には仕合ったのに拙者は駄目と? どちらかと言えば約束を以前からしていた拙者が先でござろう」

「わがまま忍者め」

 格好が忍姿でヤル気満々なのは分かるが正直キツイ。コイツに至っては、勝てる算段が全くついてないのだ。それは戦闘スタイルが似通っているから。楓もオレと同じように奇抜さで相手を翻弄し制する。今はオレの引き出しの数で数段も遅れを取っているため、コイツとの戦闘は一番避けたい。

「やせ我慢男と戦って何が面白いんだか」

「……お前も見てたのか」

 もう一つ人影が現れる。楓と同じように此方も体格差で、オレは見上げなければならない。忍者と違うのは、制服姿でオレの腕を見てつまらなさそうにしているってところ。

 コイツの名は龍宮真名。いつだかにトラウマを仕込まれてるので、あんま関わりたくないです。

「楓に面白いコトがあると言われたんでな。存外に楽しめたが、やはりお前は何処か抜けている」

「はいはい、お好きなように罵って下さい。とにかく肉体的にキツイし、精神的にも堪えたんで戦うのはパスだ」

 手をヒラヒラと振って解散解散と皆に、特に忍者へ向けて合図する。

「むー……では代わりに何か奢ってもらって我慢するでござる」

「そいつぁちょいとオカシクはないかい」

「そういう話なら私も賛同させてもらおうか。お前との戦闘は望んじゃいないが、甘味処は望んでいる」

「いや、だからオカシイだろ」

「刹那も来るといい、全部この阿呆の奢りだ」

「オレハ酒ガイイナ」

「拙者はプリンが食べたいでござる」

「話きいてねぇよな、おい」

 真名に襟を持たれて動けない。話はずいずいと進み、体はずいずいと引っ張られていく。
 引きずられて後ろ、というか前からといった方がいいのか、付いてくる楓と刹那。楓は奢ってもらえると既に思っているようで、機嫌よく、さっきのコトなど忘れているようだ。それとは変わって刹那はどうしていいか分からなく、真名の恐喝染みた発言に仕方なしに付いてくるって感じか。

「……逃げられんようだし、刹那も来い。アッチに何か心配あるなら、士郎を代わりにつけさせる」

 アッチと指したのは、刹那が常日頃護衛をしているお嬢様のコト。

「ほら、この阿呆はこう言ってる」

「……申し訳ありません」

「刹那が謝るコトはない。っていうか最初に提案した楓が謝れ」

「約束破る仁殿が悪いでござろう」

 はぁ、観念しましたよ、がっしりだもの。もし逃げても蜂の巣にされそうだし、クナイと鉄砲で。
 刹那に奢るのは仕合ってくれた礼もあって良いんだが、残り二人が恐ろしい。遠慮ってものを知らなさそうな二人だし、楓に至っては飯をたかりにくる奴なので大喰らいであるコトを重々承知してる。
 オレの小遣いよ、もってくれ……皿洗いとか嫌だからよ。

「デートだと思えばいいじゃないか」

「どう考えてもカツアゲの部類だ、コンニャロウ」

 オレを引っ張る高身長の色黒女に言葉を吐き返した。

 

 

 

 

「くっそ、最悪だ」

 天井を見上げで叫ぶ。

「ハハハ、私は最高だよ」

 色黒の制服の女子が高らかに笑う。

「拙者は満足でござる」

 細目の制服の女子が頭に人形を乗せて満足そうに言う。

「…………」

 前者二人とは比べ小柄、いや、年齢を考えると平均的だろう。格好は前の二人と同じ、制服の女子が俯いたまま歩く。

「オ似合イスギルナ」

 そして人形がオレに向けて毒吐いた。

 デザート食いに連れまわされ3件。楓の底なしの胃袋と、真名のデザートは別腹発言で、財布の中身が高身長二人組に連れ回される前と比べて断然と寂しくなった。この二人の良心のなさとは逆に、刹那だけ遠慮してくれるのが唯一の心の救いとも言えよう。

 そして今は修学旅行のための買い物の荷物運びという雑用をさせられている。
 時間が経つにつれて、オレの両腕に増える紙袋の束。こちらも例の如く二人の仕業。真名に至っては、オレを弄るために買ってる物もあるから性質が悪い。

「服は分かるが、真名が買ったこれ、非常食一式とか絶対にいらんだろ」

「いざ戦になれば兵糧ほどに重要なモノはない。空腹になれば集中力も必然と落ちるだろう? それは死にも繋がる」

「もっともらしいこと言いやがって……」

 本当に性質が悪い。

「真名、これ以上は仁さんにも――」

「いいじゃないか刹那。上手いコトはべらかして、コイツの過去でも聞きたいしさ」

「それは堂々と言ったら駄目じゃねぇか。絶対に上手くもいかんし、オレのテンションも下がる一方だ」

 ビニール袋がオレの腕へ一つ追加される。中身は大量のお菓子、持ってきたのは頭にチャチャゼロを乗せた忍者だ。どう見積もっても旅行に持ってける量じゃねぇぞ。しかも、また何か買いに行こうとしてるし。

「折角私が代わりのワイシャツ買ってきてやったのに礼もないのか」

「甘味食ったお代のがワイシャツ一着よりでけぇよ」

 真名の奴め、ふんぞり返って自分が正しい、と言わんばかりにされても困る。確かに、あんなボロボロの制服の上着とワイシャでは好きに外を出回れないために、コイツが買ってきてくれた新品のワイシャツはありがたい。でもコイツ、やけに絡んでくるし受け答えしてるオレは辛い。

「刹那だって、この得体の知れない男の過去に興味ない、ってコトはないだろう。あの学園長がわざわざ私達のクラスに入れたぐらいなんだから、コイツの経歴に何かしら大きな理由があるってのは、お前も分かってるだろうに」

「それは……」

 自分も聞きたいが、オレに迷惑は掛けたくはない。そんな態度の刹那。
 オレとしては、この謙虚さを真名にも学んでもらいたいもんだ。

「時が来れば0から100まで教えてやる。オレのコトも士郎のコトも全部な」

「その時とやらも何日後、はたまた何年後になるんだか」

「うっせ」

 真名には理由をつけなければ納得させられない。ずっと自身が納得するまで問いかけてくる奴。厄介すぎる女だ。

「あー、丁度いい、ケータイショップ寄ってく」

「電話持ってたのか」

「昨日水浴びしてぶっ壊れたんだよ」

「ふ、それは災難だ」

 両腕に掛かる荷物の山を揺らし、店へと入って行く。
 入店と同時に店員の目が刺さってくるが、気にしない、気にしたくない。

「持ち合わせは?」

「お前と楓のせいでかなり減ったがどれでも買える」

 店頭に並ぶ電話の一つ一つを手で触って自分に合う物を選びたいがこの腕じゃ無理。仕方なしに眼のみで、電話の横に備えてる大雑把な機能の説明と値段で決めるしかない。
 出来れば前のと同じ赤色の折りたたみ、ネット検索機能の操作性が良かったからそれがいいんだが……生憎と人気商品で、やはりなかった。売り切れの文字がとても悲しい。オレは荷物大量に持ってるが欲しい物なんて一つも買ってないんだぜ。

「刹那、選んでやれ。時間の無駄だ」

「オレの買い物にはケチつけんのかよ」

「いや。女の子に選んでもらうのも悪くないだろう? お前は女っ気なさそうだしな」

「あー、耳がいてぇ」

 チキショウ、好き放題言いやがって。オレをからかいたいのか、本当に時間が惜しいのか。なんなんだよ、コノヤロウ。

 刹那は刹那でオレの味方になってくれてる……ハズだが、余りにも真名の態度がデカイせいで引っ込んでしまっている。この色黒ノッポが悪い。誰がみてもそう言う。そうであると信じたい。

「……まぁ、選んでくれるんなら、喜んでそれに決めるが」

 でも真名の言うコトも一理あるのは否めない。
 そりゃあオレだって男。毎日使う物を選んでもらえるなら、これ程嬉しいコトもないさ。

「ほら、コイツもこう言ってる選んでやれ」

「そうですか、では……」

 刹那が店内を歩き、一つ一つ携帯電話を眺めて行く。その後ろに笑いを含んだまま付いている真名。時たまオレの顔を見てからかいの言葉でも投げたそうにしていた。

 そんな様子を店のカウンターの側で眺める。カウンターには店員が二名でどちらも男性。女の子二人連れてケータイショップに寄ってるんだから、嫉妬の目でも見られそうなもんだが、憐みの眼差しでオレを見ていた。
 オレはそれに笑って応えるだけさ、愛想という笑いをな。

 店の入り口を見ると一人のお客が入店してきた。頭に人形、両腕に紙袋二つぶら下げて、ご機嫌の顔でケータイを選ぶ二人の側に行く。

 真剣な刹那を後ろで談笑しながら見る二人の姿を眺める。

 どうしようもない普通の日常だ。
 それはオレが生まれて、この世界に来るまでに味わってきたもの。
 それと何ら変わった光景でもない、何処にでもありふれた日常。

 彼女らのこれまでの人生では、この誰にでもある日常以外にも他の一面、エヴァや士郎のような裏の一面とも言えるものがある。アイツらはオレのコトを知ってはいるが、この三人はオレのコトは知っちゃいない。
 一方的に知っているオレはずるい奴なんだろう。

「考え事でござるか?」

「荷物が増えそうで大変だってな」

 チャチャゼロを乗せた楓が一人でオレへと寄って来た。

「うむ、勘がいいでござるな」

「これだけ持たされてるんだから、勘も糞もねぇだろ」

 ひょいと、オレの左右両方の手に紙袋を一つずつ、楓が当然の如く掛けてくる。

「それと、士郎殿が肩にカモ殿を乗せて一緒に歩き回ってたでござる」

「士郎とオコジョが? それは珍しい」

「坊主デモ探シテタンジャネェカ」

 大浴場の事件のせいで、カモは士郎にしばらくは近づかんと思ってたが、アイツも度胸があるというか馬鹿というか。あの一人と一匹の組み合わせは……まあ、カモは目先の利益を取る奴だし、士郎はお人好しだ。士郎が居るなら安心だろ。

「仁さん、コチラの機種はどうでしょうか……?」

 刹那がケータイのモデルを持ってやって来た。右手の手の平でオレに見せやすいようにだが、少々遠慮がちに差し出す。
 折りたたみ式で外見はシンプル、色は青と黒の二色の物。タカミチに似合いそうな渋めの選択だ。刹那の生真面目な性格、印象にも合ってる物とも言える。

「防水機能もついてて水浴びするお前にピッタリの物だ。よかったじゃないか」

「はいはい、童心に返って水浴びするオレにピッタリですね、色黒巫女さん。じゃあ、刹那が懸命に選んでくれたコレにさせてもらう」

 人をからかい続けるお調子者はいいとして、刹那が真剣な表情で選んでくれたのだからコレは無碍にできない。さっきも思ってたように嬉しい上に、ぜひ歓迎すべきコトだ。

 後は店員にコレを……と、もう店員が刹那が選んだ機種の販売用の箱を持ってきてくれていた。接客サービスが満点の店舗だ。男の店員二人の心優しい笑顔がオレの心を癒してくれるぜ。

「楓、チャチャゼロから書類へ記すために必要なオレのコトを聞いて代わりに書いといてくれ」

「あい、わかった」

「メンドクセーナ」

 店員からカウンターでペンを受け取った楓が、オレの代わりにその手を動かす。
 面倒と言いながらもチャチャゼロは楓にちゃんと教えてくれてるようだ。まぁ住所は同じで部屋番変えればいいだけだから、必要なのは保護者名と生年月日ぐらいである。

「お客様は……防人仁様ですね。前回のプランと同じでよろしいでしょうか?」

 携帯買う会社も同じなので、オレのデータが会社のデータバンクに入ってるのか、後は口答で済む。

「ええ、それで頼みます。機種の代金は――」

「拙者が払うでござるよ」

 と、楓が割り込んで言ったものの、その手に持ってるのはオレの財布な訳で。
 楓は人の財布を自分の財布のように、パッパッ、と万札だしてお釣りをしまい手際よく済ましてる。いつの間に盗りやがったコイツ。

「うむ。店員殿、感謝でござる」

 楓が片手に新品の携帯電話。もう一方の手に、その機種の箱と専用のスタンド充電器が入った袋を店員から受け取る。後は店員から「ありがとうございました」と、お決まりの言葉を聞いてから店を後にした。当然、袋はオレの手に無理矢理掛けられてる。

「そろそろ運び屋という雑用を辞めて帰って寝たい訳だが」

「何だ、折角女子といるのに詰まらん奴だ」

「少なくとも、その態度のお前さんは女子とは思わん」

 一々絡んでくる真名の相手は調子が狂う。というよりも、逃がしてくれねぇために狂わされる。今は一刻も、色黒ノッポさんから遠のきたい。雑用疲れるっす。

「仕方ない。じゃあ今日はここらで終わりにしようか」

 やっと解放してくれる気になったか。ありがたい。幾ら女子相手とはいえ、荷物持ちながらの甘味処周りは勘弁である。

「で、何やってんだよ。それ、この三カ月の間の三台目なんだからあんま弄くって欲しくないんだけど」

 帰してくれるって言った真名が楓からオレの新機種を引っ手繰ったので、いささか心配になって声を掛けてしまった。

「その期間に三台目って幾らなんでも壊し過ぎやしないか」

「仁殿はおっちょこちょいでござるか」

 ちなみに1台目は、真名からトラウマ直前で、その壊れた場面には刹那も居た記憶があるのだが、きっと刹那は覚えちゃいないだろう。
 携帯の機種は新規の物程馬鹿に出来んのだから、壊すのはオレだってこりごりである。おっちょこちょいで壊す程、自分は間が抜けてるとは思ってないし。

「ほら、楓」

 ポンっと名を挙げた相手に投げ渡す。この二人なら落とす心配はないとはいえ、今しがた大事にしてくれと言ったばかりのコトを気にしてない真名は酷い奴だと思うんだ。

「勝手に電話帳交換するとは良い御身分ですね、隊長」

「気になっていたんだが、その呼び方は何だ?」

「いいえ、何でもありませんよ、イエッサー、イエスマムです」

 楓に渡す前に真名がやってた行動。自分の携帯を取り出して、オレの新機種と向かい合わせていた。どう見ても赤外線送受信していたというコトです。人の許可も取らずに勝手にさ。

「どうせ、前のも大して入ってなかったんだろ。普通はありがたく健全な女子からの電話帳はもらうものなんだがな」

「オゥケィ、少し鏡見てから喋りな。どこが健全かって鏡見て千回ぐらい言ってくれ」

 無駄と分かりながらも冗談めかしに言っておく。ちなみに最初の反論は無理にしておかない。電話帳に入れてある人が少ないのは悲しいコトに事実なのだ。でも真名のは欲しいとは思わない。今日付き合ってみて分かったが、今みたいに雑用させるために呼びだしてきそうだから。

「では、拙者のも入れておくでござるか。士郎殿は入れてたでござるが、仁殿は入れておいてなかったでござるし」

「女ナンテ、腐レ女シカ入ッテナカッタシナ。入レトイテヤレ。何ダカンダデ、コイツモ喜ブダロ」

 ふ、楓の上の人形が余計なコトいいやがる。比較的表情の堅い真名が勝ち誇って見えるのが悔しいです。

「刹那はどうする? コイツの番号を入れとけば、使う時に色々と便利だと思うが」

「え……私は……」

「オレはどちらかと言うと面倒なだけだと思うけどな」

 真名とは逆に、オレからは無理すんなと言っておく。
 刹那の場合、流されて嫌でも入れてしまいそうだ。逆に長身二人は神経図太いんで何も気にしないのが……やっぱ女の子とは言えねぇよ。

 カコカコと、さっきの真名のようにオレの携帯を弄ってた楓が、今度は勝手にストラップつけてやがる。それオレの携帯ですよ。

 楓が虎のようなストラップを付け終えると、次は刹那が楓からオレの携帯を受け取っていた。
 あー……真名の勝ち誇った顔が腹立たしいな。

 

 

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――4巻 26時間目――

2010/8/8 改訂
修正日
2011/3/15

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