23 修学旅行初日・目的地、西へ
「出発の時間だ」
別荘という中、本日も快晴過ごし易い一日だ。湿度よし、気温よし、これ程の環境の中で毎日が過ごせるんだから最高だ。むしろこの別荘の中で、これ以外の環境はエヴァが弄らん限りありえないが。
「今から行くんじゃ早くないか?」
オレが借りてる部屋の中の掛け時計を指して士郎は言う。
時計は円の中にもう一つ円があり、二つの円の外縁に1から12の数字。それが2セットの計24の数が刻まれている。針は長短の二本で、どちらも時間を示し、分針と秒針はない。短い針が内円の数字の別荘内の時間を示し、長い針が外円の数字の別荘外の時間を示す。内円の時計の針は通常通り進み、外円の時計の針は通常より24分の1と進みが遅い。外円から分かる時刻は5時の本の少し前、早朝という時間だった。
「集合する駅には9時集合だろう? 今から向かっても大分時間が余るぞ」
「1時間以上は余るだろうな」
旅行道具はここに来る前に準備を終えて、エヴァの家の中、別荘から出てすぐの所に置いてある。
「集合する駅は麻帆良から遠いし、少しぐらい早くても誰かは居るとは思うぜ」
「アノクラスナラ半分以上ハ居ソウダガナ」
ケケケと笑うベッドの上でゲイボルクを振りまわす人形。その言葉をオレも士郎も否定はできない。あの元気ハツラツなクラスなら、本当にその通りになりそうなもんである。
「とりあえず、別荘から持ってくのはコレだけだ」
ベッドの脇に立てかけておいたカラドボルグを手に取る。
図書館島から、すっかりとオレのモノになってしまった士郎の投影品。今では士郎との鍛錬も何処にでもあるような名無しのモノではなく、全てコレを使って行っている。「ゲイボルクは置いてく。でか過ぎて洒落にならん」
「詠春ノ剣モデケェダロ」
「どっちにしろお前は動けんのだから文句言うな」
舌打って真紅の槍を放り投げる。槍は華麗に宙を舞って、壁際の床へと垂直に突き刺さった。
此処はエヴァの別荘なのに、それでいいのかチャチャゼロよ。「マア士郎ニ投影サセレバイイ話ダ」
「そんなにほいほいと投影はしないぞ」
「ケチクセェ野郎ダナ」
チャチャゼロは、ケッと言葉を吐いてオレの頭の上へと飛び乗る。
エヴァが別荘内に居れば自由に動き回れるチャチャゼロ。別荘外では動けない反動もあってか、別荘へと来ればこの上なく愉快であるようだ。しかし移動時は外と同じように頭の上へと乗ってくる。習慣になっちまってるのかね。頭の上で髪を軽く引っ張るチャチャゼロを放っておいて、オレはカラドボルグに白い布を巻いていく。刹那の野太刀のように竹刀袋に入れればいいのだが、剣格が邪魔で丁度いいものが見つかってない。
他の案でチャチャゼロが言ったように士郎に投影させる、ってのも悪い気がするしな。簡素だが、これが一番最善であるので仕方ない。「その剣、持っていくのか」
声の方向は部屋の入り口。そこには、学校に通ってる時より一層とつまらなそうにしてる顔のエヴァが茶々丸を連れて立っていた。
「護身用にな。東と西は仲が悪いそうだしよ」
東は関東魔法協会。この麻帆良の爺さんが理事をする日本の東半分の本部。
西は関西呪術協会。陰陽師が統括する西洋魔法使い嫌いの日本の西半分の本部。
ここの本部とは裏世界のための組織の中枢ってトコだ。仲が悪いとは言ったものの、それは過去のもので、今は上の者同士は両者の親睦を深めたいとのコトである。何と言ってもこの二つの協会のトップ、血は繋がってないが親子である。
布に巻きつけたカラドボルグを紐で止めて固定する。外からは剣とは分からないようにしなくてはならないのが苦労所である。
「貸してみろ」
エヴァがオレへと近寄ってきて布に巻きつけたばかりのカラドボルグを、オレの意志を聞く前に力づくとばかりに奪い取る。
「おい、エヴァ」
そして次にエヴァがした行動は、布を固定してる紐を解いて抜き身の状態にしたコトだった。
折角上手く締めあげれて歓喜してたとこだったのに。そんなオレの心情も気にせずに、エヴァはカラドボルグの刀身を黙って見つめる。
十分に見終わったのかカラドボルグから視線を外して、お次はいつものように気に食わないと言いたそうな表情でオレを見た後に、懐から一つのアクセサリーのような物を取りだした。
ネックレスだろうか、細めの鎖の長さからしてきっとそうだろう。
鎖の先には十字架のペンダント。吸血鬼なのに、この形状の物を使うのに違和感があるが、きっとエヴァだから大丈夫なんだろう。むしろエヴァの場合はこういう形の物が好きそうだ。「……あれ?」
カラドボルグが消えた。エヴァの手にあった剣が瞬きもせぬ間に、その手元から跡形もなく消え去った。
「ほら――」
エヴァのもう一方の手に、変わらぬまま残っていたネックレスをオレへと投げ渡す。
「それは十字架の中心の宝石部分に物を所有者の意志で収納、又は取り出す力が加わった物だ。出し入れできるのは無機物のみ、壊れない限り何度でも出し入れは可能。入れる物の大きさは“一つの個”という概念があるならば大きさを問わない。だが余りに質量が大きいと、出すのも入れるのも時間が掛かる」
エヴァは淡々とオレの手元へと移ったネックレスの説明をする。その内容から、つまり消えたカラドボルグは今この十字架の中に存在するというコトだ。
十字架の中心に青く光る石。宝石と言っていたが、あの赤い悪魔のように宝石魔術みたいなコトをエヴァは出来るのかね。しかしアレは年月を掛けて宝石に力を込め、溜めたもんを術者の補助に使うってのヤツだったから、コレと中身は別物か。
「コレくれんの?」
十字架を投げ渡してくれた奴に問いかける。オレの頭の中では、そうなのかもしれないとは思っていても、お相手は自分から決して物を、特にオレに対しては有り得なさそうなだけに聞いてしまった。
「以前、学校で見た時に余りにもみっともなかったんでな。この世界の魔法は使えなくとも、コレぐらいは使えるだろう」
古菲と刹那に仕合いを申し込んだ日のコトか。あの日は紐で止めずに布を巻いただけの処置だった。オレ的には布で包むのは、結構イケてる方だと思ってたんだけど。
「くれるって言うなら、ありがたくもらおう」
思いもよらぬ贈り物。こんなのは想像もしてなかっただけに少なからず驚いてしまう。
「学園メンテナンスの日に防人さんに助けてもらったお礼だそうです。マスターは借りを残したくないと」
「茶々丸っ……!」
成程納得。エヴァの反応からして隠したかったんだろうけど、茶々丸の天然プログラムが発動したせいで努力は無意味と為ったな。ふ、意外と律儀な奴よ。
「撫でるな阿呆ッ!」
「うおっと」
お返しの礼に髪をくしゃくしゃとしてやったら魔力パンチが飛んできた。
かわせたからいいものを、当たってたら別荘内のエヴァじゃ洒落にならん。修学旅行の行けるかも怪しくなっちまうぜ。まぁ、からかいたくなってしまったので、その後の危険をかえり見なかったオレが悪いんですけどね。突き出し、空ぶった自分の腕を見て唸るエヴァ。オレに、キッ、と睨みつける目は悔しさが滲み出ていた。
また撫でたくなっちまう表情だ。二度目は流石にかわせるか自信がないので踏みとどめるけどさ。「使うか使わぬかは貴様次第だ」
エヴァは腕を引っ込めてそう言うと、タッタッと早足で部屋を立ち去っていった。
「防人さん、衛宮さん、修学旅行楽しんで来てください」
「俺モ行クンダゾ」
「もちろん、姉さんも」
茶々丸は丁寧にお辞儀をしてエヴァの去った後を追って行った。
「エヴァは呪いのせいで行けないんだったな」
「そのせいで従者である絡繰も行かないってな。主人想いのいい従者だぜ」
「何デ俺ヲ見テンダヨ、ブッ殺スゾ仁」
頭の上の人形と目を合わせると髪を思いっきり引っ張られた。抜けて禿げると困るから、やめて頂きたいものだ。口に出すと本気でやりかねないので言葉は出さない。
「さて、試してみるか」
十字架のネックレスを握りしめてた手を開いて物を確認する。
折角のエヴァからの贈り物、使わないという選択肢は毛頭なし。ネックレスだから首に掛ければいいんだよな、たぶん。
十字架の位置とは真逆の部分、フックって言うんだろうか? コレ外して、首に廻して、また繋げる……でいいんだと思うが、オレはネックレスなんて付けたコトねぇからな。首の後ろに手を回して外したフックを取り付ける。視界には入らないがすぐに両端のフックが引っかかる感触が指で判断できた。出来て普通なのかも知れんが我ながら器用ってコトにしとく。
「後は念じるだったっけ」
「早クヤレヨ」
所有者の意志に応じて、か。
中へと入れるコトが出来るのは一つのみ。既にエヴァがカラドボルグを中へと入れている。ソレを現存させる為には頭に中に、ソレを思い描けば? ならば、カラドボルグの形状、重み、感触、可能な限りを頭の中に描く。……反応はない。
この世界の魔法は未だに使えない自分。この世界の人間と外見は同じでも根本的な所で違うのか簡単な魔法すら使えない。しかし、エヴァがこれぐらいは使えると言ったのなら使えるのだろうとオレは思う。
そうだな、この世界に相応しい呪文ってのがあった。
「
来れ 」言葉を唱える。
するとオレの手に無かった筈のカラドボルクが握られていた。「面白いもんだ」
初めて魔法染みた物を使った。身体能力の向上具合から既に使ってるみたいなもんだが、こんな種も仕掛けもないマジックのようなのとは別モンだ。
「一々言葉ヲ唱エンデモ出ルダロ」
「そこはオレの力不足ってコトだな」
剣を振る。この手の馴染み具合は正真正銘、使い続けているカラドボルグそのものだ。
「
去れ 」出した時とは逆の意味の言葉を唱える。
すると手元にあったカラドボルグは、最初からなかったかのように手元から消え去った。「良いもんもらっちまったな」
「雑魚ノテメェニ御似合イダ。士郎モ魔力ヲ使ウ必要性ガ無クナッテヨカッタナ」
「どちらにせよ、仁は俺が出した宝具は消す気がないようだから関係ないんだけどな。俺が必要になったら投影するって言っても聞かないだろ?」
「当然。士郎に負担も掛からんで安上がりだろ」
「安上がりって……その表現の仕方は変だと思うが」
「そうかね、ピッタリだと思ってんだけど」
士郎の魔力は有限なのはオレだって分かってる。一日に使用可能な魔術、投影ともなれば創造する幻想のレベルによって回数も変わってくる。それは士郎にとって体の負担であり、脳の負担にもなる。士郎が率先して投影してくれるのは嬉しいが、知ってるオレは必要のないコトまでやらせる気はない。
「まぁ、行くとしますか。長居してもエヴァに悪ぃしな」
「……そうだな」
あの金髪少女は修学旅行には来れない。これから麻帆良の外に行くオレ達は目の敵って訳だ。
エヴァのコトだから大きくは言わないし、それ程気にも留めんだろうけど、オレ達が居れば嫌なもんだろう。十字架を服の中へとしまい込んで、オレ達は別荘を後にした。
◇
集合場所の駅まで、いつも登校してるように走る――のは汗かくからやめて、ちゃんと電車に乗ってきた。
考えたらかなり遠い距離。集合地に汗だくで到着なんてのはキツイ。学校なら爺さんの部屋借りて、着替えってもんができんだけどな。「ヤッパ五月蠅ェノダケガ取リ柄ダナ」
集合場所には3-A女子の姿が10は見える。
始発より1本遅れた電車だったから、コイツらは全員始発で元気よくきたってこった。大騒ぎできるイベント、修学旅行。浮かれてるのはいいけど、公共の場なんだから、ちっとは静かにした方がいいと思うがね。「おや、同じ電車でござったか」
「おうっす、仁、士郎」
「おはようです」
後ろから長身とちびっこ双子の声。最近になって思ってんだが、この忍者、オレのコト尾けてんじゃねぇかと疑問に感じるんだが。
「どうやら一両違いでござったようで」
「奇遇ってか」
気に留めるコトじゃねない。終始見張ってるって訳じゃあるまいし。
「仁の鞄でっけー。何入ってんだー?」
風香がオレの旅行用鞄を注視しつつ、オレの周りをくるくると回る。
「私服に菓子に、その他色々」
「菓子かー、僕に分けてくれても構わんよ?」
威張って言う風香。
「仁くん分けてくれるんですか?」
期待を込めて尋ねてくる史伽。
「うむ、仁殿ならくれるでござろう」
根拠もなしに吐きやがる忍者。
「誰も分けるとは言っとらん、士郎に言え」
この三人の菓子への食い気は底なしに等しい。一度渡してしまえば、兵糧が底につくのは間違いなし。こどもらしくていいコト……か? デコボコトリオだけど。
「俺は菓子類はのど飴ぐらいしか持ってきてないぞ」
……士郎よ、のど飴だけとはおっさんすぎやしないか。菓子それだけかよ、って風香に冷やかされてるし。
「まぁいい、お前らは皆と今日からのイベントのお話してろ。チャチャゼロはどっち行く?」
「俺ハコノママデイイ。五月蠅ェノトズットイルト気ガ狂ッチマウカラナ」
「そうか。じゃあ士郎、時間なったら呼んでくれ」
4人に向けて手を振り、皆が集まってる場所から反対の方向へと離れていった。
◇
「防人さん、時間ですわよ」
「おや、委員長」
顔を上げれば委員長こと雪広あやかがオレを見下ろしていた。
「士郎に来いっていったんだけどな」
「衛宮さんは忙しいようなので、率先して私めが参りました」
「ほう」
「ケケケ、アノ馬鹿ウロタエテヤガル」
クラスの務めとして当然、と話す委員長の後ろには、例の男がクラスの女子にもみくちゃにされてる姿があった。
アイツの困ってる顔は面白い。アイツはアイツなりに自分から下手なコト言わないように頑張ってるんだろう。「ではオレも参るとしよう」
ノートを閉じて腰を上げ、シャープペンを上着の内ポケットへとしまう。
「真剣に取り組んでたようですが、勉強をなさっていたのでしょうか?」
「気になる?」
「ええ。貴方と仲の良いハルナさんでさえ近寄り難いと言ってましたから」
委員長はオレが「勉強をしてたのか」とは言うが、それは違うと分かって尋ねてるようだ。
この委員長が言葉を曇らせるように言ってくるってコトは、外から見たオレは恐ろしい形相でもしてたように見えてたんかね。「予習ってトコかな」
「あら、では本当に勉強を?」
「生きるためには必要なんでね」
「何カッコツケテンダカ」
あながち嘘でもなく、真面目に言ったつもりである。
此処が物語の生死を選ぶ分岐点と言いきってもいい。誇大表現かもしれんが、それ程に今日から5日のイベントは重要なものだ。「それで、お次は点呼かな」
クラスメイトが集まる場所へと向かいながら委員長に問いかける。
「その通りですわ。班長の方が直々にネギ先生へ連絡をしないといけません」
ネギの名前を呼ぶ委員長は、幸せそうに声を高らかとする。
行き過ぎたショタコンは、見てるこっちは恐怖すら覚えるぜ。「そういえば、何故ネギ先生はアスナさんのお部屋にお住まいなのでしょうね。アスナさんのお部屋なら、私……いえ、男性である防人さんのお部屋の方がよろしいでしょうに」
「さて、それは学園の爺さんの考えであって、オレからは口出せるもんじゃねぇ」
「コノ委員長ハ欲望マルダシダナ」
「わ、私はただ一般的な疑問を口に出しただけで、やましいコトなど……」
委員長が反論しようとも、ネギと一緒に住んでるアスナに嫉妬してるようにしか聞こえない。のどかとは全く別の愛情の道を委員長は進んでる。偏愛ってやつか。
委員長はチャチャゼロの言葉にあった「欲望」ってのが効いたのか、口を閉ざして足を進める。頭の中ではオレへの誤解を解く言い訳の言葉でも考えてるんだろうか。アスナと小うるさく口喧嘩するような奴だが、堅い面も持ってる。
「仁……ッ」
「いきなり鬼がエンカウントかよ。旅立つばかりのオレには、ひのきのぼうくらいしか手持ちにゃねぇぜ」
こわいかおの神楽坂明日菜があらわれた。
逃げる? いいえ、立ち向かいます。「何よアレッ!」
「主語がないと全く分からんです、はい」
「誕生日ノアレダロ」
「ああ、昨日の内に見たんか」
1日前は4月21日、アスナの誕生日だ。
学校が終わり、寮へ帰宅し、エヴァの別荘に行く前にアスナの寮室へと訪問して、2日前に準備した物を手渡してやった。「受ケ取ッタ時ハ満更デモナカッタクセニ」
「そ、それは……仁が私に誕生日プレゼントを送ってきたのはビックリしたわよ。でも、アレはないでしょアレは! 一体、何のつもりなのよッ!」
「折角、良い表紙の物と自作のブックカバーを送ってやったのに何て言い草だ」
アスナに贈った物は一冊の雑誌。表紙は渋いおじ様系の写真集ってとこだ。
選びに選びぬいたこの一点物にケチをつけやがるとは。目立たないようにするためのブックカバーだって、写真集みたいな大きさの雑誌にねぇから作ってやったのによ。「中身が問題でしょ、中身が! 途中からあんな上手く本体と接着するように工作して……!」
「あら、どんなプレゼントをアスナさんにお贈りに?」
「い、いんちょは口出さなくていいの!」
アスナは委員長にどっかいけと手をシッシッと振る。
渡した本の中身はアスナってより委員長向きなもんだ。最初からめくった3ページまでは表紙の元の本だが、その後はショタものとなっております。我ながら悪戯のために編集技術をいかんなく発揮する凄さには舌を巻くね。ハハー。
「で、どうよ?」
「どうもこうもあるかっ!」
ほう、拳打。
「うっ……つぅ……」
「ふ、怒りは動きを曇らせる」
「ツッコミヲデコピンデ返シテモ、カッコツカネェゾ」
オレの右手中指がアスナのデコにクリーンヒットする。
かなり痛かったのか、うずくまって食らったデコを抑えて呻くアスナ。デコピンは人差し指、中指と弾く指は大きく分けて二つに分かれる。オレは中指タイプで、一番長い指から放つ一発は威力が最も高いと考えてるからだ。とってもどうでもいい。
こんなコト頭の中で描いてるより、拳骨でオレに向かってきたアスナの対応について考えるべきだろうか。今のオレなら耐えれるとは思うけど、痛いのは変わらんしさ。殴られるのはマジ勘弁。「えっと、仁さん、時間も押してきていて……よろしいでしょうか?」
いつの間にやらネギがオレ達の側へと来ていて、今のどつき漫才を見てたのか、よそよそしくオレへと言葉を投げかけてきた。
「おう、待たせてすまねぇな、ネギ。ほらアスナ、お前も班長なんだから立てい」
「くぅぁ……覚えてなさいよ、仁」
ゆらっと立ち上がってオレを睨むアスナ。そのデコが丁度中心の位置から赤く広がっていた。そんなアスナも集合との事で、渋々とオレへの怒りを抑えてクラスメイトが集まってる場所へと戻っていく。
「自由時間がこえー」
「バカレッドハ執念深イカラナ」
「ええっと、では班長さんの方は班員の点呼を取り次第、1班の班長さんから順に僕の方へ報告をお願いします」
ネギの声を合図に各々の班の長が、自分の班員を確認していく。
がやがやと己が所属の場へと、3-Aの生徒は1つ1つの班になるように集まっていく。「1班揃ってまーす」
寝不足気味なのか、だるそうに答える1班の班長の美砂。
班員は、円・椎名・史伽・風香のチア部と双子の班。楓が鳴滝姉妹の面倒を直接見れないので暴走しそうだが、円が居ればなんとかなろう。「2班大丈夫アルよ」
コチラは至って普通に答える2班の班長の古菲。
班員は五月・ハカセ・超・楓・美空、の超包子連合、忍者、逃走女の班。楓は1班じゃなくてコッチ、鳴滝姉妹と一緒にならんのはなんでだろうかね。まぁ、3-Aはみんな仲良いから、誰と組もうがどうともなろう。ただし吸血鬼は除く。「3班も揃ってますわ、ネギ先生」
喜々とネギの名を呼ぶ3班の班長の委員長。
班員は朝倉・ちう・村上・那波さん、のパパラッチ娘と、ネットアイドル、そして寮室が同じ3人組が居る班。委員長が居れば京都も楽しく回れることだろう。ちっと抜けてる部分あるけど、委員長の引っ張り方は上手だ。「4班オッケー」
ネギに向けてVサインで応じた4班の班長の裕奈。
班員はアキラ・まき絵・和泉・真名のいつも4人で行動してるのヤツと、最近憎き相手と認識し始めた隊長が加わった班だ。京都に入ったら真名には注意しねぇと。なんせアイツの好きな和風スイーツが京都にはある。事前に裕奈に班の行き先聞いとくべきか……。「5班も大丈夫よ」
でこを抑えながら喋る5班の班長のアスナ。チャチャゼロがからかいそうだったので口を抑えとくのは忘れない。
班員は、木乃香、ハルナ、夕映、宮崎のメンバーだ。此処はなんら問題ねぇな。オレと士郎にとって、ここの班員は付き合いの長いメンバーが多い。オレの場合は特に、アスナ、木乃香、ハルナの三人が、エヴァと茶々丸を抜かせば段違いに会ってるだろう。「……6班は、二人です」
刹那が困り果てた様子でネギに向けて話す。
班長は彼女なのだが班員は言葉の通り、後の一人はザジのみで、刹那とザジの二人しか居ない。本来ならばエヴァ・茶々丸と同じ班なのだが、あの二人は呪いの件で来れる訳もなく欠席となる。それとあと一人、出席番号1番の幽霊さんが何故か班員に含まれてんだが……考えすぎねぇ方がいいか。「二人……ですか、困りましたね」
刹那と同じ表情をネギも浮かべる。
そらぁ、折角の旅行を6班だけが2人で回らせるってのも先生として、どうにかしなくてはと思う場面だろう。「刹那はアスナの班、ザジは委員長の班に入れてもらえ」
「む、なんでアンタが決め――」
「文句言うな。元々6人の班もあるんだし、5人から1人増えてもかわらんだろ。2人で回るより人数が多い方が楽しいさ。な、ネギ?」
「……そうですね。では、アスナさん、いんちょさん、お願いできますか?」
「もちろんですわ、ネギ先生」
「構わないんだけど、仁の言いなりっぽいのが納得いかない……」
「ただの提案だ」
提案というよりは誘導である。オレが言わずに放っておいても、この結果になりそうなもんだが念のためだ。
「…………」
「おや、刹那。何かオレに言いたそうだが?」
「い、いえ……」
慌てふたむく刹那。その目線は一瞬だけ、あのお嬢様へと向けられていた。一度の呼吸を終える間もない時間。それに目線を送った自身も気づいているのかは分からない。相手もそれに気づいてるのかは分からない。
ただ、お相手の顔が喜び嬉しそうに目線を送った人物を見て微笑む顔が見えた。「決まったのなら移動しないと置いてかれるぞ。他の4クラスはもう新幹線に乗りに行ったようだしさ」
「あ、居たのか士郎」
「居タノカ女タラシ」
「……わざとそんな言葉出したのは分かってるから、つっこまないぞ」
ふむ、連れない奴め。しかし、士郎の言ってるのはその通りで、さっさとホームに行かねば乗り遅れる。新幹線はさすがの麻帆良学園でも貸し切りは無理で通常運転のもんだ。貸し切りでもダイヤに支障出るから時間は守らねぇと駄目だろうけど。電車は待ってくれはしないぜ。
「それでは皆さん、新幹線の方へと移動してしまいましょう。最初からつまづいてしまったら、せっかくの旅行が台無しですからね」
ネギの号令に元気よく「はーい」と返す3-A一同。その中に入ってないのは、いつも通りの面子と言った感じである。バカレッドとか、人の金食い虫とか、哲学好きとか、ネットアイドルとかさ。
ネギを先頭に、一班から順に並んでエスカレーターへと乗り、ホームへと向かう。
「そもそもアンタの班のコレ何よ。ふざけてるの?」
「おや、疑問文にしちゃあ、断言してるように聞こえるが」
先頭は1班、最後尾は6班から1つ減ってしまったため、今オレへと話かけて来たアスナが班長である5班、と言いたいとこだがオレと士郎の二人のチームが最後尾となる。
「コレを見たら誰だってふざけてるって言うと思うけどな」
士郎が言いながら、一冊の修学旅行のしおりを手の中で広げていた。クラス毎に制作された班員と修学旅行の予定を書かれた一冊の小冊子。表紙はハルナが力を込めて、イラストを書き込んでくれてる。もちのろんで自分好みの色に染めているのは、あの絵描きの特性だ。
「気に食わんかー」
士郎の言葉に返しながらオレもしおりを取り出して、コイツが指し示す部分を開く。それは各班員が書き記されてるページの1ページ。今となっては刹那が班長の6班がなくなってしまったが、その次に書かれてる文字の内容が気に食わないのであろう。
1班から6班までは、最初に1班、班長「柿崎美砂」、班員「椎名桜子~」といったように書かれてるが、オレ達は、
特殊捜査本部、元帥“防人仁”、軍曹“チャチャゼロ”、兵卒“衛宮士郎”
7班ではなく、特殊捜査本部だ。もちろん勝手にオレが変えた、遊び心満載で。
「悪ノリにも程があるだろ……」
「ケケケ、兵卒風情ガ粋ガルナヨ」
オレが決めたモノなのに、チャチャゼロが乗り気なのが意外か。士郎が役職的に一番下ってのが気に入ってるのかもしれない。
「そもそも仁の元帥ってなんだ……」
「響きがかっこいいだろ。つまりそういうことだ」
「そういうコトって、アンタはいつも意味わかんない風に言うわね」
士郎もアスナも頭が固い奴らだ。むしろ、こういう会話はハルナや千雨にしかわからないからオレの対応が駄目なんか。
「せっちゃん行ってもうた……」
物寂しげな声が耳に届いてきた。
「どうしたの、このか?」
「ううん、なんも――ほな、はよ行かんとみんなに置いてかれるえ」
問いただしたアスナに木乃香は笑い返す。木乃香がさっき浮かべた顔は何処かに捨て置いたように何もなく、足を皆と揃えて歩く。
「近衛が言ったのは桜咲のコトか……?」
アスナと木乃香がエスカレーターに足を掛けた所で士郎がオレへ問いかけてきた。
「何でそう思う?」
「いや、あのあだ名からして桜咲のコトなのかなってさ。桜咲の名が刹那だろ?」
エスカレーターに足掛ける手前でオレ達の足は止まってる。オレ達を除いて、アスナと木乃香は麻帆良生徒の最後。それに周りには他の誰もいないので迷惑もかけないだろう。
「士郎にしては、いい線いってる。正解だがコレ以上のコトは教えねぇぞ」
士郎に答えを返して、エスカレーターへと足を掛ける。
「今回は全て謎にしないで、答えが返ってきて嬉しいよ」
オレの二段後ろの踏み段に士郎は足掛けながら、皮肉混じりにオレへと言葉を返した。それには鼻で笑って返すぐらいしか、オレに選択肢はねぇな。
◇
「アー、ウッセーナ」
7両目の後ろ側から列車内へと侵入する。車内は既にワイワイと、修学旅行ムードで溢れかえっていた。
「発車から26分で東京、それから乗り換えだったな」
「お前は冷静すぎてツマランぜ」
「この歳になると、そうもなるさ」
「タダノ爺ジャネェカ」
爺くさい士郎を一番後ろの三人座席の奥へと押し込める。7両目は3-Aの貸し切りに近い状態で、座席は前の方から順に埋まり、後ろの方はすっからかん。端から見れば二人寂しい男共って訳だ。
自分のデカイ鞄を隣の二人座席の方へと置く。列車内に入る時もそうだったが、デカくて扉に入る時とかに少々邪魔になるのが難点だ。これを運ぶと決めたオレが悪いんだけどさ。
士郎の隣の席へ、と移る時に前方の入り口からネギが現れるのが見えた。その顔はオレを見てホッとしてる様子。本来は前から生徒が入って、先生が生徒を数えてく、だったか。これは失敬なこった。
手ですまないとネギへ向けてから座席に座る。「士郎って新幹線乗ったコトあんの?」
座席に座れば暇な時間。話を繋げて暇を潰すが一番だ。
ちなみにオレは一度も新幹線なんてのは乗ったことない。どれだけ速いか見せてもらおうか、その最新運送機の性能の違いとやらを。「あるぞ」
「あんのか。予想外だぜ」
士郎が新幹線に……合わんな。何故かあの赤いカッコで乗ってる姿を想像しちまう。合わん、超合わねぇ、ってか変過ぎる。
「女ト乗ッタンダロ?」
「……そうだが」
「コノ兵卒ハ最悪ノ女タラシダナ」
「まだ言うか……」
うむ、オレの頭の上のチャチャゼロは御機嫌な御様子だ麻帆良から外の世界へ出れて嬉しいんだろう。時にして15年の歳月だし、こうもなる。
さてさて、次の駅まで20分ちょいだし、ノートの整理の続きでもやってようか――
「ん……?」
「隣よろしいでしょうか?」
ノートを開こうと思ったら、横から声が一つ。刹那がオレへと尋ねて来ていた。
前から来たのなら嫌でも目に入るから、オレ達と同じように後ろから入って来たようだ。列車に入る前の木乃香の言葉からして、刹那は先に乗ってると思ってたんだが。「構わんよ。荷物はオレの鞄の上にでも置いときな。そんぐらいのだったら乗っけても問題ないし、手が届く位置の方がいいだろ」
三人掛けの座席、奥から押し込めたので通路側の席が一つ丁度空いてる。断る理由もないので素直に承諾した。
聞き手の刹那はオレの言葉を素直に聞いて、旅行用の荷物をオレの鞄の上へと置く。ただ夕凪の入った袋のみは手元へきっちりと持っていた。「何が聞きたい? 木乃香のコトか?」
刹那が座席に腰かけるのを見るとすぐにオレから言葉を出す。
理由もなしに、刹那がオレ達に近づいてくるとは思えない。その理由はオレからすれば容易に想像できるものだ。「……いえ――」
「下手ナ嘘ハ止メトケ。コノ阿呆ハ結構鋭イカラナ」
おやおやっと、先にチャチャゼロに言われちまったぜ。確かに今の反対する一言を見抜くのは簡単だったけどさ。
「……私としては、このかお嬢様が第一優先です。今回の旅行では西洋魔術師であるネギ先生が居るため、関西、“西”の者が私達“東”の者に手を出してくる可能性があります。それも友好の証を届ける目的となれば、それを良く思わない相手は間違いなく居るでしょう。その時のために協力を仰ごうと」
刹那の連ねた言葉を一言で示すなら「このかを守りたい」、この一言だろう。木乃香を大切に想っているのは、彼女の表情から誰にでもそうだと断定できる。
「オレ達、いや、士郎は麻帆良側にとっちゃ大事な手札だ。考えもなしに強い手を切るのは、チャチャゼロが好きな言葉の阿呆のするコト。出すならば、いざという時に出すのに意味がある」
「つまり協力は――」
「オレ達の判断で手を出すかどうかは決めさせてもらう。そっちから助けを乞おうとも一切応じないつもりだ」
強い口調で言い放った。曲げる意志はないと示す為に、明確に相手に伝わるように。
「それならば、私は満足です」
思ってもいない解答が返って来た。返ってくるなら今の言葉とは逆の言葉が返ってくると予想していた。怒るように、嫌がるように、不満を表すだろうと予想していたのに。
「む、木乃香が危ない時でも手を出さんかもしれんって言ってるんだぞ」
「分かってます」
やけに素直な刹那。この時点で、この刹那はありえるのだろうか。木乃香とも仲違いのままの刹那が。
「何でそんな風に――」
「何話してんのさ、仁」
前の座席から席の背に腕をかけて、アホ毛を二つに分かしたクラスメイトがひょっこりと話の間に入ってきた。
「お前は嫌なタイミングに来るな」
ニコニコと一人笑うハルナ。
コイツの席は、この車両内の人の中ではオレ達に一番近かったし、首突っ込みたがる性格だから、居てもたってもいられんくなって来たんだろう。「えー、だって気になるじゃん。アンタと刹那さんが接点あったなんて想像もしないし。もしかして刹那さんもコッチ側の人間?」
「それはない。士郎方面の人間だ」
「なんだ、やっぱりそうだよねー」
仲間が増えないコトに、ハルナは残念がる。
この仲間ってのは、当然とオタク仲間である。3-Aでライトからヘビーまで話会えるのは、オレとハルナの二人しか今はいない。そんな話をハルナとするようになったのは、このクラスに編入されてすぐだ。コアなレベルは今まで居なかったようだから、近くにそんな奴が来てコイツは喜んでた。
それともう一人話せる相手が居るんだが、あのネットアイドルは隠れてるから今は仕方ない。
オレに関してはコレだが、士郎方面というのはオレとは逆に真面目な奴というコトである。「でも衛宮と同じってなら、ますますアンタと刹那さんが話してたのに興味が出るんだけど?」
椅子の向きを変えて、オレの真正面へと座るハルナ。理由を聞くまで自分は此処から動かないとでも言いたそうだ。
「刹那は剣道部だろ? ちょいと先日、手合わせを願い出てな。それと古菲にも同じ日に一戦交えさせてもらった」
流すのも面倒そうなので、ハルナが聞きたい、刹那とオレの接点について正直に話した。正確な所、図書館島でのコトが最初なのだが、これはまだコイツに話せる内容ではないので却下。
「一戦って、こう格闘……?」
ジャブジャブストレートとオレの眼前に拳を振るハルナ。
「そう。古は格闘戦で、刹那は剣術戦」
「ほぉ~、で、結果は?」
「ドッチモ仁ノ負ケダゼ。雑魚ダ雑魚。ケケケケケ」
チャチャゼロは待ってましたと言わんばかりに笑い声を上げる。ここで爆発させるために今まで黙ってやがったなコイツ。嫌味な奴にも程があるぜよ。
「片や武道会チャンプだし、アンタが馬鹿なのは分かってたのはみんなが分かってるけどココまでとは……オレより強い奴に?」
「会いに行く――じゃなくて、オレのレベルがどのくらいか調べたかっただけだ」
「ふぅん。まぁ、調べたどころか馬鹿のレベルが上がってよかったじゃん」
「勝手に上げんな」
◇
「アイツと話すと喉が渇くわ」
はぁ、と自販機にコイン突っ込んで、冷たいお茶のボタンを押す。アイツという人物は早乙女ハルナ。今の京都行きへの新幹線に乗り換えるまで、ハルナの質問攻めにずっとオレが応答してた。
「あのマシンガントークを受けてる方は辛いかもな」
「お前のせいでもあるんだよ」
他人事のように隣の士郎がほざいてるが、コイツにハルナの言葉を応じさせると何言うか分かったもんじゃねぇから、オレがずっとハルナと喋らなければならなかった。
それは士郎だけでなく、一緒に座ってた刹那にも言えた。刹那の方は黙して人の話を一方的に聞くタイプだが、士郎と同じく話すとなるとマズイ言葉を出しちまうタイプでもある。それでも士郎よりは数千倍もマシなんだけどさ。「さてと……」
ここから目の前の扉を開けて、客室へと戻ればまたアイツと会話するコトになる。さっきの新幹線と違って今回はハルナの後ろに座るコトになっちまった。それでもクラスの中では一番後ろの席だ。
「士郎は買わんの?」
「……茶ぐらい買っておこうか」
「そうしとけ」
自販機に小銭を入れてる士郎を、缶の茶を少しずつ飲みながら待つ。
「お……?」
「あ、仁くん……」
戻ろうとしていた扉から、可愛らしい財布を手に下げた娘が出て来た。
オレの顔、そして自販機の前に居る士郎と順に見て軽く息を吐く。「木乃香も飲み物か?」
「うん、水筒家に忘れてなー」
テッテッと木乃香は自販機に歩む。先に茶を買うと言ってた士郎の手には既に缶が握られて、木乃香のために場所を譲っていた。
「……仁くんはせっちゃんと仲ええみたいやったなー」
「刹那とか」
小銭を入れながら木乃香は小さな声で語りかけてくる。聞いたコトのない声色。寂しいとでも言いたい声色だ。
「幼馴染なら自然と打ち解けるさ」
「そうかなー」
ガコンと自販機から商品が落ちる音が鳴った。
「……仁くんて、ウチとせっちゃんが幼馴染って知っとったんやな」
「爺さん、学園長から聞いたんだ」
「そかそか、おじいちゃんから聞いたんかー」
疑いもなしに木乃香は納得しながら、自販機から商品を手に取る。
オレはオレで木乃香のあんな姿見ちまったもんだから、つい口走っちまった。でも、これぐらいなら許してくれるだろう。許しを乞うてるのは、先の展開と深い内容は喋らないようにしてる自分に対してだけどさ。
「せやな。仁くんの言うとおり自然と接せばええよね」
「それがいい。木乃香の自然体はかわいいからな」
「んもー、そやってお世辞いってー」
笑顔で木乃香は応える。そんな表情を見せてくれるんだから、こんな風に言える。でも木乃香相手じゃないと恥ずかしくてコレは言えん。
「こう見てると仲良い兄妹みたいだな」
黙ってた士郎が突然とひょんなことを吐く。
「そうか? それってオレが兄?」
「仁が弟ってのは変だろ」
「んでも、ちょっと抜けたお兄ちゃんやなー」
「頼りないって?」
「うーん、そうやないけど、ちょっと口で言うんはむずかしいなー」
なはは、と可愛らしく笑う木乃香。飲み物を買いに扉から出てきた時よりは元気になってくれてる。やっぱ木乃香は明るく元気じゃねぇと。
士郎も女性相手だと気の利く言葉も選べるのが憎らしいぜ。オレ相手だとそんな場面がねぇ気がするんだけど。「っと、失礼しました」
士郎の謝罪の声。さっき木乃香が出て来た扉とは反対側の扉、3-Aとは別のクラスの生徒が居る車両が開いていた。士郎が謝ってたのは、自身が通行の邪魔になってたため。今は道を開けて通り道を確保している。
出て来たのは販売用の弁当を載せた台車を引いた、この新幹線の従業員の女性。「何かおかしな事でもあります?」
立ち止まっていた従業員に丁寧な言葉でオレが話しかける。通路は空いているのに立ち止まる車内販売の従業員。仕事中なのに不自然に止まり不思議と感じたから声をかけてみた――ではなく、オレはコイツを知っている。
何故従業員が立ち止まったのか。それは女子中の集団の中にオレ達が紛れ混んでる事についてではないコトだってのも容易に理解できた。「あー、出身は奈良の方なんですが、ちょいとオレの私用で遠くに来たら金がなくて帰れなくなってしまって……友人のコイツにも迷惑かけて申し訳ないと思ってたんですよ。こっちの車両の前の方に金髪の女性の先生居ると思うんですが、自分の知り合いで修学旅行に来れない学生が居たらしいので、代わりに乗せてくれたんですよね。いやー、あの方には、運賃も出して頂いて申し訳ない限りですよ」
笑って一度言葉を切る。
「女子中らしいですが、みんな気さくで良い子ばかりでびっくりです。この子とも前の新幹線から話してたんですが、とても良い子なんですよ」
ポンと木乃香の頭に手を置いて、従業員とは一度目を離し木乃香の目だけを見る。「口を開かないでくれ」、そう目で言葉を木乃香へと送った。
「良い子そうですものね。私も一目見てそう思います」
声へと振りかえれば従業員は訛りも無い標準語で話して、木乃香を見て微笑んでいた。
「お時間を取らせてしまい申し訳ありません。それでは、良い旅を」
従業員は笑顔を変えずに台車を引いて3-Aが居る車両へと入って行った。
「よくあんな嘘がトントンと出てくるな」
閉まる扉を確認してから士郎が声を洩らす。
「そら女子中に紛れ混んでる男子なんて知られたら面倒なコトになるし。どうせ時間がきたら、またあの従業員は回るんだから今の内に適当なコト並べといた方がいいだろ」
「んでも、嘘つきはよーないよ、仁くん」
オレを叱る木乃香。迫力はないが、真剣なのは分かる。
「肝に銘じとくよ」
守れそうにはないけど、心に留めとくぐらいは出来る。
こんな子の願いならスッパリと流すなんてのは出来ない。「さて、賑やかなクラスの中にお戻りしましょうか」
――4巻 28時間目――
2010/8/10 改訂
修正日
2011/3/15 修正