24 修学旅行初日・新幹線京都行き

 

 

 後ろへと線を帯びるように流れる街並みの景色を眺める。茶の入った市販の缶を時たま傾かせては、ただ黙って外を眺める。

「酔わねぇか?」

 隣で自分のノートを眺めてる男から声が飛んできた。

「大丈夫だ。近くをずっと見てると酔う人が多いみたいだけどな」

 ふうん、と相槌打って仁はまたノートへと目をやる。
 いつもと比べ、少し耳が寂しい。仁がこれ以上突っかかってこないから――ではなく、所々に毒吐く人形が近くに居ないせいだろう。
 賑やかな前の座席。今はその中にあの人形が紛れ混んでいる。新幹線を乗り換えた時に、自ら移せと仁に向けて言い放ってからそれっきり、ある人の頭の上に乗っかっていた。

「何々? また勉強してんの?」

「またお前か」

 ひょっこりと前座席から現れた早乙女に仁が反応する。
 確かにノートにペンを持ってたら誰しもが早乙女の言ったように、仁は勉強してるのだと思うだろうが、その実態は誰もが想像もできないものだ。そのノートの中身を分かるのは書いてる本人と、今は居ないがいつも仁の頭に乗っているチャチャゼロだけである。

「折角、話終わったと思ったのに、お次は何の用じゃい。またお話か?」

「えー。だって近くに居るのに男二人って可哀想だからさ。ね、アスナ?」

「私に振らないでよ」

 神楽坂の声だけ、俺と同じ窓際の一つ前の座席から聞こえてくる。
 早乙女が真ん中の座席からコチラを見てるってことは、神楽坂は今まで一人で座ってたんだろうか。

「そうそう。カードゲームやろーよー。アンタなら持ってるでしょ?」

「オレだけ誘って、士郎は誘わんのか」

「うむ、ずばり持ってなさそうだし」

「カードゲーム?」

「残念なコトに、この反応の通りで、お前が言ったコトは正解だ」

 最初から期待してないといった風に言った早乙女と面倒そうに話し続ける仁。
 俺は生憎と二人が言っているカードゲームのカの字も知らない状態だ。トランプやUNOぐらいなら分かるが、この二人に限ってそんな一般的な物ではないのだろう。

「しょうがねぇ、相手してやっか。場所は?」

「前の方に場所とっとくよー」

「じゃあ、ハルナ。準備しとっから先に士郎連れて行っといてくれ。オレ一人じゃ寂しいしよ」

「おっけー。じゃー、衛宮こっちね」

 仁は隣の席の自分の鞄へ、早乙女は俺へ来いと手でジェスチャーを送って前へと行く。
 俺に決定権や拒否権なんてものをくれないのが悲しいかな。仕方なしと席を立ち、早乙女の後へとついていく。
 立ち上がって、まず目に入ったのは神楽坂が一人でさっきの俺と同じように外の景色を眺めていたコトだ。疲れてるのだろうか? 彼女にしては大人くしている方だと思う。
 次に早乙女の後をついて行くと通りでクラスメイトを見れば、仲良く隣同士で会話をしたり菓子を食べたりと、いかにもな修学旅行の空気が流れていた。

「衛宮はこっちの端っこに座ってね―」

 早乙女が三人掛けの座席を向かい合わせとして、六人で向かい合わせに座れるようにした通り側の空いてる座席の一つを指さす。

「ナンデテメェガ来テンダヨ」

「誘われたから来たまでだ」

 俺の向かい側の席の一つ隣から、仁の下から出掛けてた人形から早速と言葉が飛んできた。

「防人さんを呼んだですか?」

「ふっふー、アイツの腕前を見てやろうとね」

 早乙女が綾瀬の問い答えながら、オレの向かい、綾瀬の隣へと座る。

「アノ馬鹿トヤロウッテノハ物好キダ」

 いつもの笑い声を上げる人形。その声は俺の向かい側の席の一つ隣から。つまり今は綾瀬の頭の上にチャチャゼロは居る。乗り換える時に自分から綾瀬の方に行きたいと申請したのだ。当然と、その時の言葉はこんな丁寧ではなく、行かせないとブッ飛ばす的なコトをチャチャゼロらしく言っていたが。

「ん、士郎もカードやんの?」

 俺の左隣の空いた席を越した席からの風香の声。風香の前には佐々木が両手で広げる数枚のカードを見て唸っていた。二人は膝を支えにするように厚紙を載せて台代わりにし、カードゲームで遊んでるようだ。
 繰り広げられている物を見てもさっぱりで、やはり俺の分かるようなものでもない。

「残念ながら持ってない。やるのは仁だけだ」

 風香に言葉を返すと「そっか」と一言返してきて、無邪気な笑い顔で佐々木を見る。
 この二人を見比べると、きっと風香が勝ってるのだろう。楽しそうに風香は勝ち誇っているためにそうだと思ってしまう。

 逆隣の通路を越した席でも、同じようにカードゲームで遊んでる姿があった。みんな真剣に遊んでる――この表現はちょっとおかしいか。それでも皆、楽しそうに遊んでいた。

「士郎、持っといてくれ」

「む……」

 ドスン、と俺の膝の上に体重が掛かる。そこには半透明のプラスチックの横幅30cm、縦幅20cm程の透明な箱。中に見えるのは……カードだろうか? 所々に仕切りと色分けがされている。しかし、やけに枚数が多いようだが……。

「……デッキ多すぎでしょ」

「普通な方じゃねぇかね」

 置いた張本人が早乙女に言葉を返して、空いてる俺の隣の席へと座る。

「相手は夕映か?」

 仁は続けざまに俺の膝の上にある箱の止め具を自分の方へ向けるように動かして、自分の真ん前の人へと話掛けた。

「こん中じゃ夕映が一番オレに勝てねぇと思うけどな」

「……それは聞き捨てなりませんね」

 仁の挑発染みた発言に、むっと綾瀬が睨む。その頭の上から、バーカと連呼する声のせいでどこか変に感じる。

「まー、ユエもノリノリみたいだし、まずユエとだね。アンタは何か賭ける? みんなお菓子賭けてんだけど」

 話は進んで、早乙女が仁へと問いかける。
 提案の内容は賭け事。麻帆良中学校の生徒、いや学園都市全体の人物が賭け事を好んでる。勝ち負けが決めれるような小さなコトでもあれば賭けが始まり、都市を歩けば結構な頻度で賭けを行ってる声が耳に入ってくるぐらいだ。清々しい程に、はっちゃけた学園都市であると言える。

「じゃあ士郎の好みのタイプと昔の女事情」

「おい、仁」

「冗談だ」

 ハハー、と笑って箱の止め具を外す仁。コイツの場合は本当に実行しかねないので恐い。そもそも俺の過去をどれだけ鮮明に知ってるのかも俺からすれば未知数なのだ。でも最初の接触で、公共の場で大っぴらに言われると困るコトを知っている。故に恐怖の数値を最大で100だとすると、100から始まり、その後に未知数分の数が加わって、恐怖の数値はオーバーフローしてしまうってコトだ。恐しい。仁の冗談は毎度と心臓に悪すぎる。

「そうだな。オレが負けた時の賭けの商品は、オレに勝った奴の好きな願いを聞いてやろう」

 仁が訂正して言うのは大きな賭け品だ。さっきのも俺にしてみれば、大きすぎる賭け品だったけどさ。でも、コレはコレで俺も危ない気がするが……。

「そんなの提示して対戦する相手はどうすんのさ」

 早乙女も賭けの品が大き過ぎると感じたのか、それに見合う賭け品を出す自分らの身が困ると言ってるようだ。
 勝負事になれば律儀に対応するのは、いい子なんだろうかな。賭けなんだけどさ。

「オレが勝った場合は……菓子でいいか。何の菓子をくれんのかは、その人の心の広さに任せるぜ」

 そう言いながら仁は箱の中からカードの束を取り出した。
 仁の持つ束は、そのカード一枚一枚が同じ色つきの入れ物に入れられている。箱の中に残された他のカードの束は、それとはまた別の色で区別されていた。

「さて、じゃあ準備して始めるか」

「……泣きを見ても知りませんよ、防人さん」

「イザトナッタラ顔面ニ食ラワシテヤレ、デコッパチ」

「それは勘弁だ」

 仁のカードの束を切る音でゲームが開始された。

 

 

 

 

「お姉ちゃんそれ出したらダメだよー!」

「史伽、男ってのはいざという時にはやらなきゃならんのよ!」

「お姉ちゃん男じゃないでしょー!」

 バシッと厚紙の台にカードを叩きつけて音を鳴らす風香と、それを非難する史伽の双子の会話が響く。二人は楽しそうなんだか、悲鳴染みてるのかよくわからない調子の声だ。こう思うのも双子のノリが、その二人の目の前の男と似てるからなんだろう。

「強いでござるなー」

 俺の目の前の座席で菓子を、もぐもぐと頬張って現在のゲームの惨状を語る長瀬。その手を伸ばして食べてる菓子は、そもそも君の物ではないと思うのだが。

「しゃあねぇ、あと1ターンやるか」

「武士の情けのつもりかっ。後悔すんなよ仁!」

 余裕の態度の仁と、さらに調子が高まる風香。どうやら風香が威勢よく出したカードはわざと仁が見逃したようだ。

 ゲームを何戦か見てる内にルールも理解した。
 初めに自分の持つカードの山から、プレイヤーがカードを引き、ゲームを始める際に攻守を決めてから順に攻守を変え、自身の持つカードのルールで先に相手の持ち点を0にすれば勝ち。それを2本先取すればゲームの勝者となる。
 分かってしまえば単純なルールだ。ただ一枚一枚のカードに存在する様々なルールを把握するのには少々時間が足りない。
 それと対戦方法に、1対1、2対2があり、今は仁1人で2人分の役をして史伽風香と対戦していた。

「アァ、仁負ケネェカナァ」

 俺の頭の上で人形がぼやく。こう言いたくなるのもチャチャゼロの性格からして当然の言葉だろう。
 仁が風香史伽とゲームを行うまで他の対戦相手に対し、成績は3戦3勝で1本のゲームも落とすコトなくストレートで勝っていた。

 対戦した相手は、最初に綾瀬、次に早乙女、3番目に明石。この中で一番粘っていたのは明石だった。いや、どちらかというと仁が手加減していたお陰で粘っていたように見えるゲームだった。仁の勝ちが重なって余裕の態度が増してきたって感じだったかな。

「負ケ犬共ジャナクテ試合ミセロヨ」

「む……」

 俺の目が通路を越した席、三人の落ち込む姿へと無意識にいってたようだ。俺の頭の上のチャチャゼロは動けないために、俺と同じ方向に向くしかないので文句も言う。

「揚々ト調子コイテ負ケハ、ダセェダケダヨナァ。ケケケ」

 視線を外したのに追い打ちをかけるように言葉を吐く人形。

「泣きを見ても知りませんよ」
「だらしのないユエの仇を取ってやろうか」
「仁に負けるようじゃだめだよねぇ」

 それぞれが対戦前に意気込んだ言葉。吐いた言葉の一つ一つ考えてみれば、どれも仁を舐めてかかってるような……実際舐めてかかっていた。仁がそう言われるタイプってのもある。だが結果は三人共見事に惨敗なので、俺からフォローのしようがない。
 特に綾瀬の負けが酷かった。仁の開幕の「一番勝てない」と言う宣言通り、何もさせずに2本先取して終わらせてしまった。そのせいで今、長瀬が食べてるように、早乙女曰く通常の三倍の菓子を差し出してくれたそうだ。とにかく、対戦後の綾瀬の落ち込み具合が何とも表現し難い。チャチャゼロを黙って俺へと渡し席を移ってから、それっきりのあの沈み具合である。

「ええぇ、何だよそのカード! ずるいぞ仁!」

「ずるくもないし、1ターンで防げんかった風香が悪い。もうちょっと出すカード抑えるなりせんとオレには勝てんぜ」

 どうやら勝負が決まったようだ。結果は言うまでもなく仁の二本先取。はっきり言って大人げない。いや、今は同じ歳……? いや、中身は大人だから、やっぱり大人げないだろう。

「くぅー、しょうがない。ここは僕に非があるとして、史伽の分も僕が出そうじゃないか」

 風香が隣に居る長瀬が持っていた鞄を取って、ゴソゴソと中を探る。
 この光景を見るのも4度目か。仁が獲得した菓子は何故か俺の場所に置いてくから、俺が取ってるみたいで心が痛い。

「ありがたく敗者のけんじょーひんを受け取るといい!」

 俺の膝上のプラスチック箱と菓子箱が積んでる上に風香からの賭けの品が載る。

「お姉ちゃん、けっちぃです……」

 風香が差し出したのは10円で買えるような菓子が二つだった。仁が「賭け品は、その相手の好きな菓子でいい」と言ってたのでこれもありだろうけどさ。

「まぁ、なんでもいいさ」

 仁がそう言いながら、風香が差し出した菓子の一つの包みを解いて口に入れる。仁にとっては勝ちで得る菓子より、カードで遊んでた方がいいといった所か。

「さて、これ以上やる相手はいねぇかね」

 周りを見渡せば、後ろの席やら前の席やらのクラスメイトのギャラリーが此処を見学していた。この仁の圧勝振りからして、これ以上は対戦を申し込む相手は居ないとは思う。わざわざ旅行が始まる前にタダでお菓子を差し出すなんて苦節――

 ――何だ? 急に近くで何か違和感を……

 ……龍宮? 俺を見て笑ってる……?
 目を合わせると、すぐに目を逸らされた。だが龍宮の口元が笑ったまま。何か言いたそうだったが、何をだろうか。

「楓は食い過ぎだ。誰の菓子だと思ってやがる」

「仁殿が勝ち取って手に入れた物でござろう。それぐらい拙者にも分かるでござるよ」

 カタンという小さな音と膝に軽い振動が伝わる。視線を目の前に移せば、俺の前で積み重なっていた菓子箱が一つ消え、長瀬が新しい菓子箱を手にしていた。

「食欲旺盛なのもいいが、甘い物は程々にした方がいいぞ」

「ふむ、士郎殿がそういうのならコレで最後にしとくでござる」

「それよりも遠慮ってもんをお前に教えてやりてぇ」

 長瀬が手にした箱目がけて、風香と史伽も寄って来る。
 何だかんだいって、こういうとこはみんな女の子だ。微笑ましい光景で、頭の上のチャチャゼロでさえ高らかに笑ってる。
 ……チャチャゼロが高らかに笑うって変じゃないか? こんな普通の光景で。変といえば長瀬も変だ。開けた菓子箱を手にしたまま……固まってる。

「か、カエル……?」

 風香の小さな声は、こんな新幹線に居る筈のない生物の名を呼んでいた。

「キャー! カエルー!!」

 違う場所から悲鳴染みた声が続けて飛んでくる。紛れもなく風香が出した言葉と同じ名前。その一瞬後、一つの小さな影が俺の顔目がけて飛んでくるのが見えた。

「ナイスキャッチダ」

「蛙……? 何でまた……」

 俺の右手で掴んでる生物は、感触、形状、体のぬめり具合、出す鳴き声、間違いなく本物の蛙だ。それが長瀬の持ってた箱から飛び出してきた。仁が勝ち取り、新品だった菓子の箱から急に現れたのだ。事前に箱に、とも考えられなくもないが、賭け品を渡した3人の内の誰もがこんな悪趣味なコトをしそうにない。

「な、なんですかこのカエルの団体さんは!?」

 ネギの声が上がる。通路を見れば緑の軍団が喉を鳴らして跳ねまわっていた。

「仁」

「知らん」

 即答で言葉が返って来る。これは俺の聞く相手が悪いか。仁から返って来る言葉なんて分かり切ってたコトだ。

「回収しないとまずいだろう?」

「女子の悲鳴が好きという性癖がなければ回収した方がいいだろうな」

「そんな性癖は持ち合わせてない」

 膝の邪魔な物を俺が座っていた座席へと移して行動へ移る。

「士郎、コレ使うといいネ」

「ああ、超、ありがとう」

 超から大きめの透明のビニール袋を受け取る。彼女は蛙が平気なようで、古菲と一緒に俺に渡した袋と同じ袋を持って緑の生物の回収作業に移っていた。
 もらった袋一つでは足りないぐらいに蛙がそこら中を跳ねまわっている。この突発な異常性は‘魔法’に関わってそうだ。

「食用蛙って美味いのかね」

「調理したコトはないな」

 後ろから聞こえてる仁の声に合わせながら、跳ねまわる蛙を捕獲していく。一匹ずつ掴んでは袋に入れての繰り返し。訳はないが、これを仕組んだ相手は趣味が悪いのは確かだ。

「苦労してるな」

 顔を上げれば龍宮が片手で蛙の足を軽く掴みながら語りかけてきていた。

「それほど苦でもないぞ」

「お前は蛙平気なら手伝う気ねぇのか?」

「私がやらずとも、お前らで事足りるだろう」

 龍宮が二本の指で掴む蛙を離してビニール袋へと落とす。そして我関せずと、肘を立てて楽な格好で座り続け出した。

「相変わらず面倒事には連れない隊長さんだ。士郎」

「手は動かしてる」

 龍宮と話してる間も蛙を捕まえ続けてはいた。既に自身で15、後ろから捕まえてる仁の分を合わせれば倍になってるに違いない。時間の経過と共に左手で持つ袋は段々と重さを増している。

「騒ギニ乗ジテ変ナトコ触ンナヨ」

「しない。頼むから誤解されるようなコト言わんでくれ」

 頭の上の人形がこんなコト言うもんだから、今、長谷川の近くで跳ねまわってる蛙を取ろうとしてるのに、蛙じゃなくて俺の方を恐がってるだろう。

「いいペースすぎて袋がヤバイな」

「こっち側は後3匹だ。まだ居るなら代わりの袋が要る」

 車両の後ろ側の端に辿りついて、左に2、右に1見える計3つの緑色。

「じゃあ、ついでに何匹か移すか。破けちまったら水の泡だしよ」

「頼む」

 左手の袋がいくらか軽くなり、後ろの気配が消える。新しい袋は、おそらく袋をくれた超にでも貰ってくるのだろう。

「完了だ」

 最後の1匹をビニール袋に落として、袋の開け口を手で押さえる。中では何十匹もの蛙が特有の鳴き声を上げ、出してくれと懇願してるように聞こえた。

「今日ノ晩飯ハ蛙ノフルコースダナ」

「この蛙は食べられるか不安だ。次の駅についてから駅員に上手いコト話して自然に帰すなりが妥当だな。仁ならそういうのは得意だろ?」

「ケッ、ツマンネェノ」

 誰かから水を分けてもらって、浸からせてあげるべきなのか。蛙の飼育や生体研究みたいなコトをした経験がないので勝手が分からない。次の駅まで、この中でも大丈夫だといいんだが。
 暴れ回る袋を見て、どうか無意味な被害がない事を祈る。

「士郎、袋」

 呼び声に振り返ると、そこに俺と同じように蛙詰めの袋を持つ仁が居た。

「どうするんだ?」

「新田先生に相談してくるさ」

 仁は任せろと自信たっぷりと言葉を出す。仁に頼めば、きっと心配はないだろう。

「チャチャゼロ」

「何ダ、後ロノハ知ラネェヨ」

「そうか」

「ん、何だ……?」

 急に目の前の一人と頭の上の一体がやり取りが始まる。言葉足らずで聞いてる方は意味不明なやり取りに思わずコチラから言葉が出た。

「いいや、何も。ネギ」

「はい、なんでしょうか?」

 仁は俺からの問いを簡潔に流して、仁の後ろに居たネギの下へと向かう。
 ネギも小さめの袋であるが蛙入りの袋を持っていた。他にも同じように袋を持っている人も見えるし、全部合わせれば100匹は超えそうだ。

「気ニスンナヨ、兵卒」

「いつもコレだから、それほど気にしてない」

 仁に袋を渡して、慌てて自分の身体を探り出し始めたネギを見ながらチャチャゼロに言葉を返す。
 ネギのあの様子を見ると、仁がまた何かをネギに吹きこんだのだろう。

「自分から袋って言ったのにな」

 左手で掴んでる蛙詰めの袋を見直す。寄こせと言った張本人の仁はネギの下に行っている。

 仕方がない。此方から持って行くコトにしよう。
 歩くたびに通過した両座席から悲鳴染みた声が上がる中、仁の下へと向かう。蛙の鳴き声と相まって、新幹線の中に居るとは思わしくない状況だ。

「ん……親書か?」

 ネギが自分の手元に出した封筒を見て喜んでいるのが見えた。
 成程、これで蛙の件も納得できる推論が出てくる。つまりこれは、学園長が先日言っていた関西の妨害というヤツだ。あの説明の場に仁は居なかったが、いつものように最初から分かってたのだろう。
 しかし、蛙を出して妨害になるんだろうか? 嫌がらせ程度にはなるだろうが、これぐらいで関東と関西の仲に亀裂が深く入るとは到底思えない。

「へ……?」

 小さな声が耳に届く。

投影トレース――」

「手出スナヨ」

「む……」

 顔付近にささやかな風が通るのを感じた。
 俺の右の手には仕込み投剣。標的もなく、ただ右の手に収まっているだけ。

「すいません、士郎さん!」

 謝りながら俺の横を駆け足で通りすぎて行くネギ。

「いいのか?」

「何のことかな? それより袋」

 仁に問いただすも、またはぐらかされる。
 ネギが親書を取りだした一瞬後に、それをかっさらう一つの飛ぶ小さな影が見えた。小鳥の形状をした紙の物体。恐らく式神の一種だろう。それが親書を奪い、俺の横を通りすぎて後方へと飛び去って行った。

「それならいい。じゃあ、コレは任せたぞ」

「オッケーだ。士郎はオレのカードセットをオレの鞄トコの上に戻しといてくれ。古、行くぞ」

 仁はオレから蛙詰めの袋を受け取ると、同じように袋を持ってた古菲と一緒に前の車両へと移って行く。
 妨害にしては迷惑かつ子供染みた悪戯なものだ。いや、親書を奪うまでの計画だったのならば、巧妙な手口となるのか。

「……片付けしとくか」

 頼まれたコトを野暮にする訳にはいかない。やらなくとも、アイツはそんな小事は気にする性質ではないがやっておいてやろう。
 さっきまで座ってた席へと戻って――

「……長瀬、大丈夫か?」

「かえで姉は蛙が大の苦手で嫌いですから……」

 菓子箱を片手に持ち、開いたまま固ってる長瀬が史伽にゆさゆさと揺らされていた。表情は菓子を食べたくて喜んでるのだが、肌の色が真っ青である。

「マサニ、バカブルーダナ」

「お、チャチャゼロちゃん上手い!」

「お姉ちゃん、変なコト言ってないでかえで姉を――」

「…………」

 

 

 

 

『――まもなく京都です』

 目的地の到着を報せるアナウンスが響く。
 もうすぐ修学旅行が本格的に始まるとのコトでクラスも張り切っている。

「おっと御到着か。2時間半も早いもんだが肩がこる」

 首をコキリと鳴らしながら立ち上がる仁。

「それは仁がノートばかり見てるせいだ」

 蛙の件が終わってからは、仁はまた黙々とノートをチャチャゼロと一緒に眺めていた。 ペンを走らせては、じっくり眺めて、再びペンを走らせての繰り返し。仁がこの作業をやってる時にクラスメイトは話掛けてこようとはしない。掛けてくるとしても早乙女、もしくは雪広ぐらいだろう。

「皆さん、降りる準備をしてください――!」

 元気よくネギがクラスの生徒に呼びかける。
 聞けば親書も無事に取り返せたようなので何より。お陰で無邪気なネギが見れるというものだ。それに旅行が始まる前に奪われたのなら、学園長にも失望させてしまう。

「京都か……和菓子だな」

「食イ物ノ話バカリジャ忍者馬鹿ニナルゾ」

「ふ、甘いでござるなチャチャゼロ」

 ニンニンと長身のクラスメイトのモノマネでチャチャゼロと話す仁。
 そういえば、長瀬はもう平静となってるのだろうか。蛙の件で固まってるのを一度見てからは見てない。俺ではとても手を貸せるような状況ではなかったので風香と史伽に任せたが心配だ。

「最初は清水寺だったな。忘れ物すんなよ士郎」

「俺よりも荷物多い仁の方が注意すべきだぞ」

 修学旅行が始まる。十何年も前に行ったコトもある行事。きっとそれは普通ではないのだろう。

「士郎、早くしろよ。麻帆良に帰るんならいいけどさ」

「着イタ途端帰ルッテ間抜ケモイイトコダナ」

 考え過ぎるのも駄目だな。
 人をからかって先に降りる男に続いて、これから始まる旅行の不安を少しだけ思いながら新幹線から降機した。

 

 

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――4巻 28時間目――

2010/8/11 改訂
修正日
2011/3/15

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