25 修学旅行1日目昼/夕・寺参りとらっきー○○○
「ありがとうございましたー!」
3-Aが一斉に写真屋にお礼を言う。清水寺の本堂をバッグに修学旅行のお約束である現地の集合写真を撮ったのだ。わざわざ礼を皆で揃えて言うのは、麻帆良の学生らしさがある。
「気にしてるのか?」
「まぁ、ちょいとね」
仁に尋ねてみると、すぐに答えが返ってきた。
集合写真を撮るにあたって、仁は「オレ達は入れんでいい」と否定的だったのだが、クラスに押し切られて結局は一緒に入るコトになった。クラスメイトから、そんな風に言ったらダメと一喝。さすがの仁も、それには反抗できないようだった。実に仲間意識が強いクラスである。「ハーレム気分味ワエヨ」
「……その言い方は色々とマズイだろ」
「チャチャゼロに言われると皮肉にしか聞こえねぇぜ。特にオレに対してのな」
少し仁の気が落ちたように見えた。チャチャゼロの危ない発言の肝を冷やしたのだろうか?
「仁、衛宮、置いてかれるよー!」
早乙女が声を大きくして呼び掛けてくる。3-Aは、もう次へ次へと行きたくて仕方ないようだ。
「士郎、周りに何か気配は?」
「気配というと、関西の妨害ってコトでいいのか?」
「そうだ」
それなら、と周りに気を張らす。此処は自然が多く木々や草、更には建造物の形状や配置といって隠れるにはもってこいの場である。相手が一流ならば、それだけ見つけるのは苦労をするだろう。
「アノ猿臭エババアナラ居ネェナ」
「お、何だ、教えてなかったのに気付いてたのか」
「オイ、舐メンナヨ」
「すまんすまん。ああ、もう探んなくていいぞ」
「そうか」
仁に肩をトンと叩かれて、集中していたのを解く。
「でも警戒だけは、頭に入れといてくれ。士郎とチャチャゼロが頼りだからな」
「メンドクセェナァ」
「分かった」
元よりそのつもりである。学園長からも言われていたコト。京都に入れば何かしらの妨害は目に見えていると。それが起こったのは言われていた京都入りの前と、敵の手が予想よりも早かった。人混みの中では相手も手は出しては来ないとも学園長は言っていたが、警戒しておくに越したコトはないだろう。
「じゃあ、早速お散歩だ。折角京都来たんだから楽しまんと」
「大仏ノ首殺ッチマオウゼ」
「取るって……それは罰あたりだぞ」
動けるのなら今にでも仁の頭から降りて言葉通りにやりかねないのがチャチャゼロだ。俺との稽古中でボロボロになって倒れてる仁を蹴り起こすぐらいである。こういう場所で動けないのはホッとするというか何というか。
「しかし、仁王門近くで撮ればいいのにな」
「本堂ジャネェトシマラネェンダロ」
「む、それもそうだな」
チャチャゼロと何気もない会話をする。本堂をバッグに撮るとなると清水寺の逆の場からではないと良い写真は撮れず。チャチャゼロが言うのも最もだが、全てを見終わってからでも良いのではいいかと思う。
でも、そうすると写真屋の都合が厳しくなるのか? けど、時間を決めて、その通りにいけば大丈夫だとは思うが。「オイ、黙ッテルガ仁王門ッテ分カッテルカ仁」
「清水寺の入口だろ、それぐらい分かるぜ」
「ジャア、門潜ッタ先ハナンダヨ」
「ふっ、そんなコト一々覚えんでも人間生きていけんのさ」
「カッコつける所じゃないだろ……」
「ヤッパ馬鹿ダナ」
トントンと軽快な足取りで進む仁の後を追う。貴重な国の文化財と周りを警戒しながら歩を進めた。
◇
「夕映がここから飛び込んでも生存率が85%だとよ。行ってみるか!?」
「パスだ。公衆の面前で恥をかく訳にはいかない」
本堂に入ると綾瀬が観光業者顔負けの勢いでクラスメイトに対し清水寺の概要を説明し始めた。歴史、事件、記録、並の人では出てこないような内容までもが、綾瀬の口から次々と出ていた。
「あれで成績が悪いのが信じられないな……」
彼女は学年の中でも特に良くない方の成績の一人だ。あの調子なら社会科目だけでそこそこの点数を稼いで、下の方となるコトはなさそうなんだが。
「得手不得手。それに好きなコトなら頭に入るってヤツだろ。オレだって今までやったゲームの内容なら全部言えるぜ」
「比ベルレベルガチゲェヨ馬鹿」
仁の言うコトはほっといて、綾瀬の国の文化を尊重する意志は見習える。俺もいくらか知識はあるといえ、一般レベル程度のものだ。
「仁、シャッター押してシャッター!」
急に飛んでくる明るい声。その声の主は明石だった。明石は飛ぶ声と同じくらい勢いよく指名した人物へとカメラを投げ、見事にキャッチする俺の隣の男。
「オレは雑用係じゃねぇんだが。それにオレより写真撮る適任が居るだろうが」
「えー、いいじゃんすぐ終わんだしー。女の子撮れるなんて役得だよ、や・く・と・く」
「お前、その言葉の意味分かって使ってんだろうな」
仁は溜め息吐きつつも明石から受け取ったカメラを構える。そのカメラの持ち主は仁が撮ってくれると知るや佐々木、和泉、大河内、龍宮の四人を呼んでるようだ。確か同じ班で4班だった。
「仁くん私のもー」
次に声を送ったのは佐々木。明石と同じようにカメラを仁へと投げて、それを仁が片手で受け取った。
「お前ら二人は、もう少し物を考えて扱え。それでアキラと亜子はカメラいいのか?」
仁がカメラを構えるのを止めて、一度並ぶ5人の内の2人に聞き直す。
「ウチはゆーなか、まき絵に焼き増ししてもらうから……ええかな」
「私もそうする」
「了解だ」
一人は遠慮がちに、もう一人は落ち着いた様子で答える。仁は聞いた二人の意思を聞くと再びカメラを構えた。
「私には聞かないのか?」
「真名はカメラ持ってねぇだろ」
「ふ、御名答だ」
龍宮には素っ気なく言葉を返す仁。冷たいな……龍宮は気にしてないようだが。
「仕事が増えそうだな」
仁の隣で俺から一言。
「そんなのカメラ受け取った瞬間から感づいてる」
班毎の写真を全部撮るコトになりそうだ。それも全て仁が。クラスメイトが眼を光らせてコッチを見ているのだから。仁にだけ押しつけられる理由として、俺の手も空いているが俺の方には誰も願い出てこないって理由が挙げられる。
俺に頼みづらいのか、仁が女子に人気があるのか。前者は俺が悲しいが、後者は仁にとって良いモノと言うべきか。どちらにせよ、今は仁の熱心な仕事振りを横で見ておくとしよう。
◇
「仁、どうもアルネ」
「はいはい、どういたしまして」
仁が古菲にカメラを返して、これで1から4班の写真撮影が終わった。
古菲と同じ班である長瀬だが、笑顔で写真撮影を臨んでいたので蛙事件からはすっかり立ち直れたようだ。むしろ自分から、その記憶を忘れるように何処かへ置いたようにも見えた。さて、残り一つ班が余ってる訳だが、その一つの班員は辺り見渡して誰かを探しているようだ。
「士郎、連れてこい」
「無理矢理か?」
「上手いコト話せ」
「また無茶な注文だな……」
否定的に仁へと返しながらも、俺の足は俺達が目をつけていた目標へと進む。修学旅行生徒を避け、他の観光客を避け、先程からずっと物陰越しにある人物を見ている人の下へと。
「桜咲」
「――っ、し、士郎さん……っ」
声を掛けると飛び上がるよう驚く桜咲。近づいている最中も気付いてないと分かっていたが、話かけるまで気づかなかったとは。
「見てたから分かると思うんだが5班があの調子だ。可能なら出てきて一緒に写真撮ってやって欲しい」
仁が写真を撮り始めてから、桜咲もクラス全員が同じコトするのではないかと動揺しているのは見て取れた。
「……その……」
「俺が桜咲を連れていけないとなると、きっと仁が強引に引っ張ってくと思うぞ」
仁の方を見る。神楽坂に何故か殴られてる男の姿が見えた。きっと非があるのは仁だろう。神楽坂は理由なく人を殴りはしない……と思う。
「掛かっても1分足らずだ。近衛のコトを嫌ってる訳じゃないんだろ?」
「…………」
彼女は近衛を避けては居るのは示す態度で分かっている。だが桜咲は近衛を決して嫌ってはなく、むしろその逆だと思えた。何故なら陰から見守るように近衛を見る彼女の瞳が、言葉もなしにそう教えてくれているからだ。
「……分かりました。行きましょう」
「ありがたい」
強張った足取りで進む桜咲の隣を進む。
いつになく緊張を示す桜咲。きっと彼女と近衛の過去の何かがそうさせているのだろう。しかし、俺にはそれを聞く資格もない。「やっとか。ほら、並べお前ら」
仁が片頬を赤くしながら、揃った5班へと指示を出す。
最後に加わった桜咲はというと近衛が隣に、いや、近衛から桜咲の隣に行ったのか。近衛が桜咲の目をチラリと覗くも、桜咲は意図して合わせないように努めていた。「何か冗談言った方がいいか?」
「アンタの冗談はつまらなそうだからパス」
「確かに、仁のはつまんなさそーだわ」
「お前ら白状すぎんぞ」
神楽坂と早乙女は仁に手厳しい。これも仲が良い証だろうか。
「刹那ワラエヨ」
「えっ……す、すいません」
表情が堅い桜咲にチャチャゼロが一言。逆にその言葉は、一層と堅くさせてしまったようだが。
「まぁいい、撮るぞ」
カメラをサッと構える仁。時間も押してきていて、早く終わらせないと予定通りといかなくなる。急ぎ気味になってるのも仕方ない。
「ハイ、シーネ」
「チャチャゼロは普通に合図する気はないのか……」
カシャリと仁が写真を撮り終えた後に、合図係を請け負っていたチャチャゼロに聞く。
「ネェヨ」
予想通りの言葉が返って来る。今までクラスメイトを仁がカメラを撮る時の合図は全てチャチャゼロ。そして言葉も少しずつ違ってはいたが、全てが物騒な言葉だった。
だが、よくよく振り返れば、撮られている方は誰一人そんな言葉に気にもせずだ。もしやコレが普通の写真撮る時の言葉なのか……? 普通ってなんなんだろうな……「すいません、私はコレで」
急ぎ足の声を放ったのは、走り去る桜咲だった。写真を撮り終えるのを悟るとすぐに彼女は場から離れた。
「メンドクセェ奴ダナ」
「まぁ、そう言うな。ほれ、夕映。お前達は経済的でいいな。写真一回分、撮る方も楽で助かる」
「防人さんがちゃんと撮ってくれているコトを願うだけです」
「そこんとこは御心配なくってな。オレだって頼まれたからには、タイミングみて真面目に撮ってるぜ」
綾瀬が此方へと歩み寄って、仁に託した自身のカメラを受け取る。この二人は図書館島以前の時と比べて、ギクシャクとした空気は薄くなっている。それより馴れてくると結構きついコト言うタイプなんだな綾瀬。
「ありがとうございました、御二方」
「ソレハ俺入ッテルノカ、デコッパチ?」
「チャチャゼロさんもありがとうです」
「ツイデミテェダナ」
「とりあえず次に行った方がいい。委員長がネギ連れて行ってるし置いてかれるぜ」
仁が指さす先には雪広……も居るが、多くのクラスメイトが強引にネギを連れてこうとしている姿があった。このクラスにとってのネギの人気は感嘆に値するものだ。
「ええ、ではお先に」
そう言って綾瀬は5班の下へ戻り、残っていた班員の皆と一緒にネギの下へと急ぐ。
「桜咲はあのままでいいのか?」
「ほぅ、お前が意見とな」
「したくもなる」
桜咲はあの様子で、それを今、間近に受け取った近衛からは寂しいという表情が溢れていた。それでも近衛は皆に心配を掛けたくないためか、一瞬しかその表情を浮かべず、すぐにいつもの調子を作っていた。
「時間が掛かんだよ。女の子に優しい士郎の気が分からんでもねぇが今は放っとけ」
「士郎ハフェミニストダシナ」
「……その表現は否定しておこう」
ココまで仁が言うなら干渉はしない。コレ以上は野暮ってものだろう。
「それで、敵の見張りか不穏な動きは?」
「ネェヨ」
「ないな」仁の問いに答えるチャチャゼロと俺の声が重なる。
本堂から階下に広がる木々を覗く。特に変わった様子もなく、ただ木々が静かに風に揺られていた。「即答って、頭に入れとけとは言ったがずっと警戒してたのか」
「ずっとではないが合間合間に」
「俺ハモグラ叩キガ好キダカラナ」
チャチャゼロはいつも面白可笑しく捻った言い方する。この常々とした余裕振りは羨ましくもなる。
「オット御客サンダ、ケケケ」
「あ……? あー、面倒なのが来やがった」
仁と見る方向へと顔を向ければ、コチラへと向かってくる人物が一人。無表情で、ゆったりとした足取りで歩んで来ていた。
それを見て仁は溜め息を二度吐く。どうやら仁にとっては、この相手が苦手なようである。俺としては仁にも苦手な相手がいるとは珍しい。
そんな仁の様子を見てる内に、向かってきた相手は既に俺達の目の前へ来て見下ろしていた。体格差で必然とそうなるのだから仕方がない。「何のようですか、龍宮さん?」
仁は溜め息をもう一度吐いて、俺達の前で立ち止まった相手に問う。
「写真の礼と、団体行動を守れない奴らを注意しに来ようとな」
軽く笑って言葉を返す龍宮。体格と肌の色黒さもあってか、若干ニヒルな感じが漂っている。
「お前がそんな真面目な奴だとは思わなんだ」
「当然と違うがな」
仁と龍宮の乾いた笑いが交差する。
「ショウモネェ寸劇ダ」
「俺は余り此処に居たくないな……」
周囲の観光客も無意識にか故意にか、この近辺を遠ざけていた。
「で、本題は?」
二人の笑いが止まった所で、仁がもう一度溜め息を吐いてから問い直す。
「至極どうでもいいコトなんだが、どうして衛宮が式神を“わざと”逃がしたのか気になってな」
どうでもいいと言う割には豪く強調された部分があり、そうとは思わせない口振りだ。
龍宮は、あの蛙の事件の時は冷静だった。常日頃冷静な態度の彼女は、あの不可思議な出来事があろうとそれは変わらず、黙って様子を伺っていた。「それを言うなら、お前も分かって見逃したってコトだろ」
「私は依頼がなければ面倒事には手を出さない性質なんでね。手を出せていただろうに出さなかったお人好しと噂が流れている衛宮に疑問を持っただけさ」
理由を聞けないなら、それでいいと龍宮は言っている。それは仁にとっては好都合なものだろう。この理由は、仁にとって話したくはないものだ。
これでこの会話は終わり、初めから無かったコトと同じになる。「そもそもオレ達と関わるコト事態が面倒事だと思うんだがね。真名ならそれぐらい分かるだろうによ」
話は式神の件から、やはりと変わる。今度は彼女自身のコト。仁の言葉の通りなら、さっきの龍宮の言った言葉には矛盾が生じる。
「しいて言うなら、ただの興味だよ。お前も楽しいコトは首を突っ込むだろ? それは人間として当然のコトだ。付け加えると、私はクラスの中でもお前達を一番買ってると思っている」
軽く笑いを含んで、龍宮は言葉を吐く。先程の矛盾を全て納得させ解消させる内容だった。
しかし、この内容は仁に思わしくなかったのか、仁には沈黙を与えていた。いつになく真剣な表情で、だんまりと龍宮の様子を窺う仁。「……お前、刹那に何か吹き込んだろ?」
数秒の沈黙の後に仁が低い声で言葉を出す。
「言葉の意味がよく分からないな」
「いや、いいさ。真名と刹那は同じ寮室だったもんな」
一人呟く仁。何かに納得したようだが、それは俺には分からない。俺が気にかけて考えようとも答えは出ないだろう。
「さて、そろそろクラスを追いかけねぇと。はぐれて迷子になっちゃ洒落にならんぜ」
「はぐれるって子どもじゃないんだからないだろ……」
「確かに、私と衛宮は大丈夫だろうな」
「仁ハ心配ダナ」
「ふっ、泣くぞ」
◇
クラスを追いかけると言うコトで、そこまでの旅路の世界遺産の風景を3人と1体で歩き眺めた。
龍宮は普段、クラスの中では静かに振舞っているが、喋るのが苦手という訳ではないようだ。興味を示したものなら積極的に話を振り、それを笑い飛ばしたり、更に深く聞いたりとクラスの中では見せない一面を見せた。
仁は龍宮を苦手のようなコトを言ってはいたが、二人の話す姿を見ていると決して敬遠している訳ではない。それどころか、早乙女や神楽坂のように仲が良いと言える。これは何もあの二人と龍宮に限ったコトではなく、仁は誰にでも雰囲気よく立ち振る舞っているのを観るのだが。「酔ってるな」
龍宮が一言。
「ああ、酔ってる」
俺も同じ言葉を吐く。
「何処ニ酒アンダヨ」
酒好きの人形がのたまった一言には誰も答えない。
クラスに追いついたと思ったら、クラスの3分の1程が<音羽の滝>付近で顔を赤く変えて酔い潰れていた。「これも妨害か……?」
「知らん」
仁から返ってくる答えはいつもと同じ。
だが、これも恐らくは蛙事件と同じ犯人だろう。
そういえば恋占いの石の手前にも工事中の標識が立っていて不自然な穴があった。もしや、あれもコレに関わっていたのだろうか。「まぁ、一つ言うなら縁むすびに縋って引っ掛かったお茶目な奴らってか」
仁が明らかに作った笑いで、クラスの惨状を述べる。
音羽の滝は健康・学業・縁むすびと流れる落ちる滝の一つ一つに意味が在る。その一つの滝に酒が如何なる巧妙な手で……上にチラリと見えるが、あれは酒樽か。なんとも簡素で原始的な仕掛け。縁結びの滝に向けて酒が流れている。色恋話が好きな年頃の彼女達には致命的な罠だろう。
何にせよ、蛙の時と同じく悪戯染みた妨害工作だと言える。しかしコレが教師の面に知られれば停学処分になってしまうから、程度はコチラの方が断然と上だ。「さすがにコレは率先して手伝わないとまずいだろう?」
「仕方ねぇな。じゃあ先生とこ行ってくっから、テキトーに介抱してやれ」
「ソレヨリ酒ダ」
酒、酒と連呼するチャチャゼロを連れて仁は去っていく。説明しに行くなら、その頭の上の人形の発言が誤解を招きそうなので置いていった方がいいと思うが……いいか。
「龍宮は?」
「ふ、お前に任せるよ。そこの甘味でも奢ってくれるなら考えないでもないがな」
「さっきの話を聞く限り、龍宮に奢るのは厳禁だと認識してる。それに今の状況は食べてる間も惜しいってトコだ」
「ごもっとも」
龍宮の笑ってる所を見ると、どちらにせよ手伝う気は更々なかったようだ。端から見てる方が楽しいと言いたいのだろうか……どこの人形連れた青髪の男だよ。
「ネギ、手伝えるコトあるか?」
ひとまず、酔っ払いの方々の担任で必死になって介抱してる先生に声を掛けるコトにした。
◇
「何でそんな大事なコト言わないのよっ!」
「ぐ……おぅ……」
「だ、大丈夫ですか、仁さん……」
神楽坂の華麗な‘ぐーぱん’である。仁が綺麗に一発もらって旅館の床に転げ回り、ネギが仁を心配していた。
「お前、オレに厳しすぎませんか?」
「タメ口と敬語が混ざって変だぞ」
「酒渡サナカッタ罰ダナ」
クラスの10人が酔い潰れ、仁が先生へと誤魔化しを入れて、他のメンバーが酔ったクラスのために旅館へと向かって、さっさと部屋へ押し入れ終わってから旅館内の休憩所での一幕。
神楽坂が何かおかしいと感じ取ったようで、仁へと問いただしてきた。その時の仁の言葉は「ネギが来たら話す」と一言。
そしてネギが現れた所で、仁が魔法関係のコトであると、神楽坂に対して要点を纏めて説明を終え……現在の悲劇となった。「それで、関西のなんちゃらほんちゃらってのが悪いのね?」
「関西呪術協会だぜ、姐さん!」
これは、きっと笑う所なんだろう。さっき仁が殴られる前に言ったばかり言葉が悲しいコトに関西しか出てない。
笑うと俺にも、ぐーぱんが飛んできそうなので笑えないが。でも人形は笑ってる。「そ、そうだ、一つ聞くが、いいかい仁の旦那」
「何だ、つまんねぇことなら握り潰すぞ」
不意にカモから尋ねられた仁は殴られた部位を片手で押えながら、不機嫌そうに言葉を返す。そのせいで聞きづらそうにしていたカモの様子も一層と険しくなっていた。
「仁の旦那と士郎の旦那って関西のスパイじゃ……あ、違うっすよね、やっぱ違うっスよね、い、痛いっス、仁の旦那っ」
案の定、仁にギリギリと握り絞められるカモ。だがそれぐらいじゃまだ甘い。まだ絞れる余裕があるぐらいだ。
「また何で俺達がスパイだと思ったんだ?」
仁がカモを離した所で、俺から言葉を切り返す。
ネギ達の邪魔をする行動をした覚えもなく、むしろ手を貸してる方の筈なのにカモの言う結論に行きつくのには疑問に思った。「そりゃあ御二方は、あの……エヴァンジェリンと仲が良いってのがあるし、何より京都出身の桜咲って奴と内密に話してたでしょう?」
カモがまた仁に絞られるのではないか、と恐れながら言葉をゆっくりと出していく。
「桜咲が京都出身――」
「そういえば桜咲さんは、このかの昔の幼馴染だって聞いた憶えがあるわね……」
その話は新幹線で俺も近衛から聞いた憶えがある。近衛と幼馴染なら桜咲も京都出身なのは当然か。しかし、幼馴染の桜咲は近衛とは違って、どういう訳か話し言葉は標準語を使ってるのは何処かおかしく感じる。
「僕は桜咲さんを関西のスパイだとは信じたくないんですが、みなさんの話から京都出身なのは間違いではないでしょうし……それと、この名簿にも……‘京都かみなるりゅー’ってのは何でしょうかね」
ネギが黒い堅紙で閉ざされた本を開いて俺達へと見せる。
中を見ればクラスの顔写真が出席番号に並ぶのが確認出来る。つまりは、クラスの先生の誰もが持つ名簿だ。
この中に俺と仁の二人の写真はないのは、今は置いとくとして、さっきから話題に上がる桜咲の写真を見る。写真の下に機械字で名前と入部している部活動、そしてさらに下に手書きで補足された‘京都神鳴流’という文字があった。「この読みは‘かみなるりゅー’じゃなくて‘シンメイリュウ’じゃないか?」
「自分で考えろ」
仁は笑顔で関わるのを断固拒否している。今は放っておくのが賢明なようだ。
「士郎の旦那、何か分かるのかい?」
「いや、詳しいコトは分からないが、名前からして京都の何処かにある流派だろう。それも剣術のな」
桜咲は竹刀袋に入れた野太刀を常に持ち歩いてるから、この結論で正解だろう。
しかし見ていて思うんだが、堂々と街中でアレを持っていて国の偉い人に捕まえられないか肝を冷やす。「剣術ですか……」
「あの桜咲刹那って奴は、いつも木刀みたいなのを持ち歩いてやがるから士郎の旦那が言うので間違いなさそうだ」
ネギの表情は暗く、カモの表情は一つ相手のコトを知れたためか明るい。
「あ! 桜咲と御二方が協力者じゃないってコトは、新幹線では御二方が桜咲にスパイかどうか探って――」
「残念、ただの世間話だ」
ハッハー、とカモの言葉を潰す仁。満足そうにチャチャゼロと一緒に笑ってる。
「あらあら、みなさん楽しそうですね」
突然の後ろからの声へ振り向けば、浴衣姿のしずな先生がバスタオル片手に優しく微笑んでいた。身体から微かに立ち昇る湯気を見ると、丁度お風呂上がりのようだ。
「ネギ先生、教員は早めにお風呂を済ませるようにお願いします。それと仁くんと士郎くんも一緒にとのコトです」
「そうですか。了解です、しずな先生」
「え、えっと仁さん?」
丁寧に仁が言葉を返してから、ネギの首根っこ掴んで引っ張っていく。ネギが風呂嫌いだとしても少し強引だ。
「話をするなら後でだな。仁は俺がネギに手を貸すのを良く思ってないみたいだから、神楽坂が良いのなら話相手だけでもいいからネギに手を貸してやってくれ」
「え、ええ、分かったわ……」
神楽坂の返事を聞いてから、ネギと仁の後を追いかけた。
◇
「カポーン」
湯の中で三人と一匹。その内の一人が風呂場によくある擬音を真似た間の抜けた声が木霊する。
この旅館の共同風呂は露天風呂の一択なようで、自然に切り崩された岩で囲った風呂、不規則に突き出して配置された岩が一層と自然の岩場を感じさせる。「……シャンプーハットでも買ってやればいいんじゃないか?」
さっき仁に髪を洗われた時から、目に涙を溜めてるネギ。洗剤で洗髪するのがどうしても慣れないようで、それで風呂嫌いなんだとか。
前も仁が洗ってるのを見たが、洗うにしても荒々しすぎて風呂嫌いに拍車を掛けるだけだと思う。注意しても、この男は「これぐらいがいい」とか意味不明なコトを言うし。「先生がシャンプーハットってのもカッコつかんだろ? 子どもじゃあるまいし」
「いや、なんだ……ああ、やっぱりもういい……」
「ところで仁の旦那は、そのアクセサリー外さないのかい?」
カモが自分のサイズに合ったお猪口を、ぐいっと傾けさせ、もう一方の空いている小さな手で仁の首から下がっているクロスを指して言う。
「大事なお守りだ」
エヴァから修学旅行出発前にもらった魔法具。今は言葉を唱えれば俺が渡した剣が、クロスの持ち主の手元へと現れる。
仁の言葉の通り、己が身を守るための必要な大事なお守りだ。「オレはネギの持ってる杖のが気になるがね」
仁はお返しにとネギの片手に納まってる小さな杖を指す。
「そりゃあ魔法使いである兄貴は杖がないと魔法使えないからさー。もう敵が迫ってきてるのに護身用の装備がないといざって時に……ん? ってことは仁の旦那と士郎の旦那は魔法使いじゃない?」
カモの魔法使いという単語に、ネギも顔をコチラへと覗かせ食いついてきている。
ネギとカモには、俺達からこういった話を全然してないから興味もつきないってやつだろう。「確かに魔法は使えん。カテゴリーに入れるとすればオレは剣士、士郎は……弓兵でいいや」
「いい加減だな」
本来ならば魔術師と言うべきだが……ある意味コレも正確か。
「剣士と弓兵かー。兄貴は魔法使いだし……御二方、兄貴の護衛を――」
「断る」
「やっぱダメっスよね……」
仁相手では頼むものもすぐに拒否されるのはカモも承知済みなようだ。俺としては、仁がすぐに応としたコトを挙げて欲しい程、コイツは頼み事を断る。
消沈するのはカモだけ。断られて気が落ちるのはネギの方が上だろうが、ネギは既に仁のコトを把握しているのか、表情を変えるコトはなかった。
ネギの潔い態度は子どもなのかと、心配――いや、仁相手だからこその潔さか。「でも、爺さんにネギの手伝いしろとは言われてるし、何もなしじゃあ爺さんにも悪ぃな」
「何をいまさらと、つっこむべきか……?」
「まぁ、そう言うな」
いつも見に廻ってる仁が態度を変えるとは。明日の天気が心配になる。
「そうだな、士郎、戦いに置いてのアドバイスでも一つ頼む」
「……結局、手を貸すのはお前じゃないのか」
「まぁまぁ、そう言わずに頼むぜ。それにコレに関しては、オレよりも士郎のが経験豊富なんだしさ」
無茶振りもいい所だ。
人に教授する。それに対して俺は適さない奴なんだと自覚してる。それを仁に稽古付ける初めの頃に一度言った時は「そりゃそうだ」と返されたっけ。それでも俺が一番だとも言っていた。よく分からないのが仁って奴だ。しかし、アドバイスか。口頭で述べるものは、体で教えるものより更に難度が高い。それもネギという今も真剣な表情で構え、純真な子に言葉を送るとなると、余計な言葉は吐けない。どうしたものか……
「ふ、チャチャゼロが居たら悪口の連発が入ってるな」
「……急かすと変な言葉しか出てこないぞ」
あの人形は水気のある場所に置いといたら、旅行中はエヴァも絡繰も居ないとのコトで手入れも大変なため、今は割り当てられてる旅館部屋で留守番。
時間が掛かりすぎても、仁の言う通り駄目だ。結局は俺の持ち得る今までの経験の言葉しか出てこないのだから、吐き出す言葉なんて知れている。
「それがどれ程の相手だろうと、油断と慢心なく、冷静に対応しろ――それと自分の命を投げ捨てるようなコトだけはするな」
ネギの眼を見て言葉を吐き切る。
「まぁ、お前らしいアドバイスだ」
「何だよ、不満そうに」
俺の言葉を真剣に言葉を受け切ってるネギとは別に、仁は逆の態度が顔に分かり易いように出ていた。
「後半の言葉はお前の言葉なのかねぇってさ。いや、細かいこたぁいいか。良いアドバイスってコトでオレも貰っとくぜ」
「む……」
仁が手を振って、また間が抜けた擬音を口に出し、この話題は切ろうという意志をあからさまに見せる。
「あー、オレからも一つ。オレと士郎の言葉はあてにせんでいいぞ」
「……つっこむべきか?」
「痛いのは勘弁だ」
仁は作った笑い声を上げながら、ネギの頭を乱暴に撫でる。こんな風に言われては、ネギは困るだろうし、あのカモですら呆れてる。
まあいいか。常に真面目に居過ぎても滅入るだけだ。休める時に休み、仁の冗談めいたコトも真面目過ぎるネギには必要だろう。
今は敵の気配も無ければ、音もなく静かなひと時だ。響くとすれば、仁の声と風に揺れる木の囁き声とカラカラという音ぐらいしか気にならない。朝から悪戯染みた妨害でも、ネギには疲れる一時だっただろうし――カラカラ?「…………」
今にして思えば、仁がでどうして岩の側で隠れるような位置を陣取っていたのか理解できた。兎に角、二つの人影に謝りたい。
◆
士郎がオレの側の岩陰に隠れるように静かに動く。
「どうした?」
「恨むぞ」
小声で互いに言葉を交す。どうやら見てはいけんもんを見てしまったような士郎さん。回避も出来ただろうに、どういう宿命かコイツはこういう事態は中々回避できんようだ。からかいがいが有って飽きないってな。
「あ、あれ? あの人達は……」
「ネギ、仮にも先生だから覗きはよくない」
「あう、すいません……」
「オイオイ、ここって混浴――」
「カモに至っては尚悪い」
「う、す、すまねぇ、士郎の旦那」
オレの背の方へと眼を向けてるネギとカモに士郎が注意する。士郎の言動は紳士なのだが、一番に見ていたのはお前自身だと言葉を挟むと、コイツの立場がないので黙っとく。
「……ネギ、“人達”って言ったか?」
「え……はい、そうですが……」
おい、ちょいと記憶違いがあるぞ。新幹線からココまでは順調だったのに、ココで外れちまうのか? 本来ならば、ココに来るのは一人のハズだ。
「士郎、誰が居る?」
「……桜咲と龍宮だ」
嫌そうにオレへと答える士郎の言葉の中に、予定通りの女子と本日の昼にオレの厄介ランキングの上位に食い込んだ女の名前が入っていた。
今は5班の風呂時間のハズなのに……アイツ刹那に無理言って来やがったな。おめでとう、これで更に上へとランクインしたぜ、隊長。「士郎、周りの状況は?」
「……問題ないが」
それならば予定は少々狂っちまったが、無理矢理にでも手を加えた方が良い方向に進むかね。とりあえず全てが終わった頃にオレの命が残ってるのを願うだけだ。
「ネギ、刹那がスパイかどうか確かめれる良い機会だと思わんか? あっちは大した警戒はしてねぇだろうし、耳を澄ませば何か探れるかもしれんぜ」
「……確かに仁の旦那の言う通りだ。絶好の機会、逃すなんてもったいないぜ、兄貴」
「カモは覗くのを止めんと、さっきみたいに絞るぞ」
「も、もうしないよ、仁の旦那……」
当然と刹那がスパイな訳がなく、それを知ってる士郎は何言ってんだとでも言いたそうな表情でオレを見てる。それでも口にまで出さない士郎は、オレのコトを信頼してるのか、関わるのが面倒なのか、それとも自分が関わると厄介な方に進むと思ってんのか。まぁ、今士郎はどうでもいいか。オレも耳を澄ますとしよう。
「――恥ずかしがらずにアレを誘えば良かったのにな」
「それは関係ない。そもそも4班の真名が居る時点で間違っている」
「折角の旅館だ、できるなら広い風呂へ多く入りたいだろ? 一人増えた所で、こんな広い風呂では変わらん。それにお前が私の願いを断れば済むコトだったろうに」
「……もういい」
やはり真名が刹那に無理矢理頼んだようだ。
しかし、刹那は真名と喋る時は堅い喋りっつうか、荒々しい喋りだ。聞いてるオレは珍しく新鮮な感じがして面白い。「真名は手を貸してくれないのか?」
パシャリと水が打つ音で時が止まったかのように音が止む。
「依頼もされてなければ、頼まれてもいない。金にならないコトを私がやらないのは、お前自身分かってるだろう」
「そうだな」
二度先程と同じ水が打つ音が聞こえてくる。
「きっと、あのかわいらしい先生が何とかしてくれるさ」
「ネギ先生か。そうだといいが……」
話題に上がったのは、オレ達の側に居る子ども先生。
「え、ぼ、僕ですか?」
「むぅ……兄貴の敵が……どういうことだこりゃあ?」
「カモ」
「……ごめんでさぁ」
ちょいちょいと覗こうとしてるカモに、次は士郎が注意。
しかし話を聞いてれば、下手するとあの隊長のせいで穏便にいっちまうのか? いや、ネギからするとそっちのが良いんだろうけどさ。更に耳を凝らせば、チャプ、と今度は水に浸かる音が聞こえる。これはいよいよとマズイ予感がしてきたぞ。
「士郎、持ち前の心眼で回避する方法を探せ」
「無茶言うな」
互いに出す声は更に小さく、士郎の声からも焦りが伝わってくる。
ふ、色んな意味でヤバイぜ。うん、ワロえない。入口からココはいくらか遠い場所とはいえ、ワロえない。「いざとなれば衛宮が居る。あの男の実力は知らんが相当なものだと評価している。アイツは根っからのお人好しだから、いざという時に手を貸すだろう。まあ、あの男の事だから表で分かり易いように出すかどうかは知らんがな」
これは真名の声。
「お前、真名と喋ったコトある?」
「あの薬の事件で一言二言話したぐらいで、今日が初めてに等しい」
「そうか」
ならばアイツは人を見る目が、それだけあるのだろう。士郎が言ってたあの事件の時、真名は士郎と相対したとはいえ、意識がまともにあったとは言えんからノーカンだ。
「後はあの馬鹿か。アレは……今はもう話題に出さんでいいな」
ふ、名前が上がらずともオレに対して失礼なコトを言われてる気がするぜ。
何? やっぱりオレはクラスで皆に馬鹿だと思われてんの? テストでも良い点数出してんのに、この所業ですか。せめて普通と言え普通と。「風呂に入る時ぐらい、置いてこないのか?」
「……分かってる」
夕凪持った刹那に真名が指摘したって所か。
風呂場でその姿をコッチ側の世界の人以外が見れば、刹那は異様な人物って見えちまうだろう。でも、まだ此方の世界に関わっちゃいないが彼女を親しく想ってるお嬢様は、そんなコトは意に介さないだろうけどさ。「えっと……」
「ネギの好きに解釈すればいいさ」
話を聞いて困り果ててるネギに、オレから一つ言葉を添える。
「仁の旦那、まさか、あの色黒の姉さんまでコッチ側の人間なのかい?」
「お前には何も教えん」
「扱いの差があんまりっスよ……」
「仁、マズイぞ。隠れ続けるにもこの場所では無理だ。何か手を打たないと」
「分かっとる」
馬鹿に加えて変態扱いされるのは御免だ。嬉し恥ずかしハプニングの覗きはネギと士郎の役割である。
待てばアッチから、近づいてくる。動けばアッチが気付いて終わり。猶予はなく、行動に移らなければならない。「ネギ、結論出せたか?」
「桜咲さんと龍宮さんは、仁さんと士郎さんの味方って事でしょうか……?」
「当たらずといえども遠からず、ってとこだ」
ネギの物分かりの良さには舌を巻く。お陰で苦労も少ない。
「でも兄貴、それじゃあこの二人が敵だったらアイツ等も敵って事に」
「ハハ、聞こえてるぜ」
「あ、ち、違うっスよね」
カモは、オレ達を悪者にしか見れんのか。ファーストコンタクトは最悪だったのが原因ってか。
まぁ、ある程度は思惑通りにクリア。後は変態という道へ進まないための危機回避策はもちろんある、さすがオレだ。「ネギよ、お前の犠牲は無駄にしない」
「え、仁……さん?」
ガシッとネギを右腕で掴む。
隣の士郎は、オレがしようとする事を理解してるのか、ネギに憐みの眼を。むしろ、ネギはオイシイ目に会うんだから逆の眼で見ればいいのに。とりあえず時間もないので、早速。ネギを掴んだオレの右腕を振る。狙いは厄介ランキングトップの声がした方向へ。
「ネギは犠牲になったのだ。オレ達の尊厳のための犠牲の犠牲にな」
「なんだよそれ」
一瞬後に投げ飛ばしたネギが着水する大きな音が鳴る。
少し乱暴? 障壁常に張ってる魔法使いだから、これぐらい大したことない。「兄貴……」
「ふ、エロガモは残っとれ」
「うぅ、エロガモって酷いっスよ」
目を離すとこの小動物はエロ親父顔負けのおっさんと化す。ネギの純真さとは反対の男よ。
「何だ、聞いてたのか?」
真名の声は、アイツの傍に居るだろうネギではなくオレ達の方へと向けられている。
「ハッ、嫌でも耳に入るわ」
オレは声の送り主に相応しい言葉で返してやった。
「え、あ、えぅ……? ネ、ネギ先生……?」
「う、あ……すいません、桜咲さん、龍宮さんっ。僕は決して覗くつもりじゃ――!」
「こんなかわいらしい先生相手に何を戸惑ってるか」
見えなくとも声だけでどんな様子か想像つく。真名の落ち着きぶりだけが浮だってて変だけど。
「刹那、それよりもアッチの男共の方が心配だ。衛宮に至っては、前科があるようだしな」
「な、ち、違う! あの時は仁に嵌められてッ!」
「オレになすり付けかい。どうせなら元凶のカモにしろ」
「あの時は本当に悪かったと反省してるっス……」
士郎の慌て振りに笑える。いつもムッツリな分、余計に笑えるぜ。それ程、あのカモの初日事件は衝撃的だったんだろう。
「えっと……士郎さんと仁さんもそこに……?」
「あー、覗いちゃいねぇから心配すんな。信用してくれるかは、そっち次第だけどさ」
こんな場面じゃ説得力が皆無だが、一応、弁解の言葉を述べておく。これだけは相手の裁量に任せるしかない。真名はいいとして刹那には気を使わないと。真名はホントどうでもいい。
「しかし、混浴とは粋な旅館だ」
「お陰で、士郎は前科二犯だけどな。いや、二犯どころじゃねぇか?」
「……やめてくれ」
士郎弄りとネギ弄りは、何度しても飽きんぜ。
「さて、撤退しようにも、そっちの様子が分からんから出るに出られんのだが」
オレから提案を岩越しに女子二人へと送る。
今の背にある様子は、相手が説明してくれないと判断しようがない。エヴァみたいに相手の意志を読めるなら、そんな必要はないが、生憎とオレも士郎もそんな芸当はできない。「ああ、裸で隣の先生と一緒に湯に浸かってるよ」
「あ、すいません、ぼ、僕タオル持ってきますっ」
「アイツ自分から動く気ないだろ……」
ぼやくがオレの声は聞こえてないようで返事はない。オレと士郎をどうしても変態扱いに仕立てあげたいのか、あの色黒巫女の奴は。
「ひゃあああー!?」
――チッ、もうか。
よく知る女子の声。冗談言い合ってる暇はなくなっちまったようだ。
「って、仁の旦那アァァァア!?」
とりあえず邪魔な小動物を投げ飛ばして排除。
「お嬢様!?」
叫ぶ声と一緒に遠ざかる足音と水音が聞こえる。
「士郎、敵は」
「顔は見えないが、隠れてる場所は見つけた。手を出せというなら一撃で行動不能にする」
「いや、ほっとけ。まず木乃香だ」
索敵が早く、頼もしくて何より。あの隠れてる敵は今討つべきではない。
オレの言葉通り、悲鳴の主であり、敵の本当の狙いである近衛木乃香の確保が優先だ。「タオルは巻いとけ」
「分かってる」
ザッ、と立ちあがって声の下へと急ぐ。
「手伝わんのか?」
「お前らで十分だろう?」
湯から上がって、岩場にゆったりと座っている真名。昼の新幹線と全く同じ発言。手伝う気は微塵もねぇ。あと、当然とコイツも体にタオルを巻いてる。
「士郎、投影はなしだ。任せたぞ」
「使わないで済めばいいが。ひとまずは了解した。近衛を助け――待った」
「何だよ」
オレより一歩前に進んでた士郎が立ち止まってオレへと振り返る。
木乃香の悲鳴が上がった女性の脱衣所までは、もうちょっとだ。
ほら、ネギと刹那の後ろ姿が見えんだろ。うむ、一刻も猶予はねぇんだぜ。ハハー、悲鳴で分かるだろう悲鳴で。「今の言動からすると、お前は行かないのか?」
「士郎が居れば、問題ないかと」
「正直に言え」
おっと、珍しく勘が冴えわたる士郎だこと。さっき似たような話題が挙がってたせいだろうかね。
「……まぁ、刹那だけで十分だ。折角いつもの士郎君パワー発揮して、おいしいとこ持ってくと思ったのに」
「ははは、怒るぞ」
士郎の口から出る笑いは乾いてる。
連続で前科が付く失態は犯さなかったか。気付かれちまったらしょうがないため、諦めて脱衣所の出入り口の脇に待機する。「隠れてる奴はどうするんだ?」
オレとは反対の場所で待機してる士郎が語りかけてくる。
「オレ達に仕掛けて来ないとなると、あっちはオレ達の厄介具合に気付いてない。盗聴を疑ってたが、この様子じゃそんな心配もねぇな。こん中が五月蠅いってのもあるだろうけどさ」
脱衣所の中が騒がしい。主にキーキー鳴く猿の声と、刹那の怒号やらネギや木乃香のパニックの声。あとついでにヤンチャ少女のアスナの声も混じってる。
「気付いてないなら、そのままがベスト。オレの狙いは、今隠れてる奴じゃなくて別の奴だ」
士郎が狙いをつけてる奴は、チャチャゼロ曰く三流。三流相手に衛宮士郎という手札をわざわざ切るまでもない。
「フ、手伝えばいいものを」
「ややこしくなるから、こっちくんなよ。お前だって刹那だけで十分って分かってんだろ」
さっきの岩場で大人しく座ってればいいのに、わざわざオレの側まで来やがって腰を据える真名。極まる程にマイペース、唯我独尊、コイツと話すと碌な事にならんぜ。
「あの刹那との戦い振りからして無茶な鍛錬を積んでるとは思ってたが、衛宮につけられた傷か」
真名は人の身体を勝手に眺めて話す。
注視すれば、切り傷染みたものが浮かぶのは自身の身体なので分かってる。これでも昨日と比べれば消えてきた方だ。「手加減なしのサディスト師匠っていっとこう」
答えないのは答えないで真名の気に触れれば更に面倒になるので、適当に答えてやる。
「手加減しなくていいって言ったのは仁だろう」
「では衛宮がサディストなら、お前はマゾヒストってトコだな」
「はいはい、お好きなように呼んで下さい」
真名は楽しそうだが、オレはちっとも楽しくねぇぜ。
馬鹿呼ばわりされて、変な趣向持ち扱いされて、そんでオレの思惑をおもいっきり狂わしてきやがる。そりゃあ思い通りに行かんほうが人生楽しいだろうけど、その原因がコイツじゃ頭が痛い。「しかし、お前はそっち方面に疎いのか、その気がないのか知れんな」
「は……?」
真名が喋る一言は、また頭を悩ます事が増えそうな気がするんだが。
「以前、楓が言ってたんだがな。防人に色仕掛けは効かないと」
真名だけでなく、あの忍者も噛んでやがったか。あらぬ風評を流すのは御免こうむりたい。
「こんな近くに女子がこんな姿で居て動じる様子もないし。私自身で中々の物だと思ってるが、どう思う衛宮?」
「仁だけでなく、龍宮もやめてくれ……」
「からかってんだろ」
歳に似合わぬ何処ぞのコンテストにでも出てるモデルのようなスタイルの奴が、バスタオル一枚で目の前に居るって状況だと分かってる。それでも時と場面は、一歩違えば危うい場所に行っちまうので、現を抜かす訳にはいかない。オレだって冷静にもなる。
「フ、衛宮をからかうのが楽しいのは事実だ。面白いように反応してくれるのでな」
この隊長の暇つぶしは、いつになったら終わる? アレか、刹那が猿退治完了するまでか? 頑張れ刹那、オレと士郎のために頑張れ刹那。
ん、脱衣所から子猿が一匹逃――
「げ……た……」
「へ……?」
ああ、何も見てないオレは何もミテナイゾ。だから眼が合った鬼も幻覚、つまりこれも猿も全て幻覚。
「っ、何でアンタが女風呂に居るのよッ!」
「ごっ……うっ……ぉ……」
かわせぬ、眼を瞑っていては鬼の一撃はかわせぬのだ。
そう、最初から眼を瞑ってたんだよオレは。あ、いくら鍛えてるとはいえテンプルは頭に響くっす。「とり……あえず、オレより逃げた猿でも追ってろ……」
「わ、分かってるわよッ!」
アスナの声と共に素足が地を弾く音が遠ざかってく。
「ハッハッ、災難だな」
「うっせ。何でアイツはオレしか殴らんのだ。士郎も見てただろ、絶対」
「……見てない」
「くっ、こんな時ばかり保身で嘘つきやがって」
オレが回避できんかったんだから、士郎が回避できた訳がねぇ。
声だけでも士郎の嘘は容易く見抜ける。顔を見れば更に容易く嘘であると見抜けるだろうが、眼を開けようものなら、もう一発オマケが鬼から飛んでくる。「防人、片付いたようだぞ」
「わざわざ報告どうも、龍宮さん」
後ろの脱衣所から、さっきまで聞こえていた何匹もの猿の声が全て消え失せてる。
「張ってた奴も去ったようだ」
真名がついでにと言葉を加える。それが示すのは猿の召喚士で、士郎に手を出すなと指した奴。
「アスナ、捕まえたんなら脱衣所に戻れ。帰るにも帰れん」
キー、キー鳴く一匹の猿の喚き声が一層と増したので、恐らく捕まえたのだろう。とっととアスナには戻ってもらわんと眼も開けられず動くのもままならない。
「そもそも何で――」
「混浴風呂だ。オレ達だって入るまで刹那と真名が来るまで分からんかったんだよ」
アスナの話す言葉を潰すように、オレの言葉を被せる。モチのロンでオレが喋った内容は嘘だ。まぁ、士郎とネギは分かんなかったのは事実だけど。
「むぅ……それならもう私達の班の時間だから、ハルナ達も来るだろうし早く帰って」
「当然だ」
パシャパシャと湯の中を早足で切る音と猿の鳴き声が近づいてくる。その音の主は、まだ鬼のような顔をしてるのだろう。とりあえず防御の姿勢を取る事だけは念頭に入れとく。
「神楽坂、その猿は私が処理しておこう」
さらにと話の中に突っかかってくる隊長さん。
「え……う、うん。あれ……? でも何で龍宮さんが?」
「私よりも自分の身を心配した方がいいと思うが」
「あっ……」
キーッ、と強い鳴き声と共に横から気配が通り過ぎていくのを感じた。
「はぁ……疲れた。で、面倒事に突っ込まないんじゃなかったのかよ」
眼を開けて、さっきから話をややこしくしてくる張本人を見る。そこには真名が鳴く猿の首根っこを片手で捕まえて、微笑みを浮かべていた。
「決められた時間でもないのに、風呂に入れてくれた恩返しさ。もっとも、それを認めてくれた本人は去ってしまったようだが」
作った笑みなのか、自然の笑みなのか分からない表情で真名は喋る。表情を作ってる原因は、去った刹那に対してか、何処か抜けてるアスナに対してか、はたまたオレや士郎に対してか。
「はぁ……帰ろ。士郎、行くぞ。また、アスナに殴られんのも嫌だし」
「賛成だ」
オレが目的とする本番までは、まだ時間はあるとはいえ滅入った。それにすぐに次の余興がある。今は次のための作戦を練る作業に移るために、落ち着いた場所に行かねばならない。
ひとまず残った猿は、ああ言ってる真名に任せば大丈夫だろう、と若干の不安も感じながらも士郎と風呂場を後にした。
――4巻 29、30時間目――
修正日
2011/1/5
2011/3/6
2011/3/15