26 修学旅行1日目夜・メザストコロ

 

 

 関西呪術協会、陰陽道の『呪符使い』又は『陰陽術師』、それが今回の敵。古くから京都に伝わる日本独自の魔法『陰陽道』を基本としている。彼らは呪文を唱えている間は無防備となる弱点は西洋魔術師と同じ、故に西洋魔術師はパートナーを従え、陰陽術師は式神の善鬼、護鬼を従える。
 さらに関西呪術協会には『京都神鳴流』が加わっている。もし彼らが敵として現れるのならば、その戦闘技術は此方側にとっては厄介なモノと為り得るだろう。

「今回の敵のことを簡単に説明するとこんな感じだ」

「なるほど」

 月明かりが照らす旅館の屋根の上。梁の上で隣の男と言葉を交わらせる。

「……機嫌悪いな」

 納得した後に一つ間を置いて、そんな事をオレに言い放った。

「至って普通――って返してぇが、無茶苦茶な鬼のナックル何発もくらったってのと、訳分からん横槍隊長のせいでこうなる」

 オレ達は風呂から上がってはアスナの追撃を逃れるため、旅室に戻ってからすぐ、逃げるように旅館の屋根へと上がって座り込んでいる。

「カワセネェテメェガ悪ィナ」

「アスナの拳は目つぶってちゃかわせねぇし、真名は勝手に動くからかわしようがねぇよ」

 オレと士郎の間に、オレ達と同じように梁の上にちょこんと座ってるチャチャゼロ。部屋にコイツだけ置いたままでは、後々面倒になるのが目に見えてるので忘れずに連れて来た。面倒の中身としては、毒吐きの対象にオレが選ばれるコトと、オレ達の部屋に誰かが来た場合にオレ達が居そうな場所を教えるの二つである。

「ま、思い通りにいかないのもいいもんさ」

「表情と言動が合ってないようだが」

「ふ、何を言うか」

 オレが知ってる“物語”と全く同じとはいかないのは、今までにも少なからずあった事だから言葉通り気にしてないっちゃそうだ。それは、オレと士郎が居る時点で“そうならない”って事は此処に来てすぐに理解してた事である。

 それでも今回の真名の件は、オレにとっちゃいいもんじゃなかった。いや、別にいいっちゃいいんだが……あー、上手く頭ん中で整理がつかねぇ。

「それで、仁。今回もネギの後を尾けるのか?」

 士郎が痺れを切らしたかのようにオレへと話す。もったいぶらないで今日オレ達がする本題でも早く話してくれないかとオレに頼むように。

「そうだな。協力を乞う身としては、そろそろ今回オレがしようとする事を真剣に話さんと」

 オレが士郎に多くを話さないのは士郎自身が理解してるようで、それにコイツもしつこく聞こうとしないので、オレもそれでいいとしてる。とは言ったものの、何かしら行動を共に移す時は少なからずオレだって士郎に説明はする。今までの例をあげれば、図書館島であったり、エヴァの生徒襲撃事件であったり。まぁ、本当に少なからずしか言ってない。

「で、聞きたい?」

「そのつもりで尋ねたつもりだが……それに今、自分で喋ろうとしてたんじゃないのか」

「モッタイブッテナイデ話セバイイジャネェカ」

 チャチャゼロに叱られる。体のどの部位もピクリとも動かせない身でも口だけは達者な人形だ。しかも、今のチャチャゼロの言葉は、オレが今から士郎に何を話そうかを知ってるような素振りなのが恐れ入る。これも主人と同じ年の功というヤツなんだろうかね。

「じゃあ、まず初めに。いつもより話が長くなる」

「……構わないが」

 間の抜けたというか、唖然とした顔でオレを見る士郎。それ程、オレの今発した言葉に意外だったようだ。

 それもそうだろう。オレは初めて士郎に話そうとしている。例外である人形を除き、他人に一つの物語を打ち明けようとしている。今まで誰一人として教えようとはしない話を語ろうとしているのだから。

「結論から言えば、お前はオレに協力するかという答えは否となるだろう」

「む……」

 眉間に皺を寄せ、そんな言葉では何一つ分からないと士郎は訴えかけてくる。いつもながら、表情だけで考え事が読みやすい奴だ。

「では結論を言おう――近衛木乃香を敵に誘拐させる」

 一層と士郎の表情は険しく、疑いの眼差しでオレを見やる。こんな顔になるのは当然ながら予測している。というより、極一般的、百の人間に聞けば百がするような当然の反応だろう。
 同じクラスメイトであり、仲も何度も食事を共にした事がある程に良く、その祖父から援助もしてもらってる娘を誘拐させると言ってるのだ。こう反応しなければ少々人間性を疑う所である。

「答えは?」

 問うたのは協力するかどうか。

「否だ。それよりも――」

「では、中身を順に話していこう」

 答えを聞くより、さっさと話しを続けろと士郎の顔に書いてた。だからオレは、士郎に応えるように伝える。元より話が長くなると前打ってるので、これで終わりではないのは士郎も分かるコト。

「まず今回の始まりとして、爺さんは関西と関東のいざこざが無くすために、西洋魔術師であるネギに親書を送るように願い、それに邪魔立てするものが居るのではないかと思ってる。そして、それを実際に関西が妨害しようとした事実は、昼の件から士郎も察しの通りだろ。悪戯染みたもんだったがな」

「そうだな……」

 新幹線の蛙事件、清水寺での3-A泥酔事件、どちらも子ども染みてる。ただ前者の方で、ネギの持つ親書を狙っていたのだけはちゃんと妨害してると相手を褒めてやるとこだ。

「だが、襲撃者の実の狙いはネギの親書ではなく、近衛木乃香を攫うコトだ」

「それで最初に言った結論となる訳か。仁が言うように敵の狙いが本当に――いや、そうなんだろう。つまり、俺達が何もせず放っておけば、結果はそうなるやも知れんという訳だ」

「ああ、今んとこは満点だ」

 理解ある生徒に拍手したくなるような気持ちにもなるが、そんな雰囲気ではないので留めておく。

「敵の目的が分かった所で答えは変わらないぞ」

「そうだろうな」

 一向に士郎はオレを睨むだけで、協力に対し、否という答えの固い意志を揺るがそうとはしない。

「では次にオレが臨む結果を話そう。結論は木乃香が攫われるコト、と言ったが、それに付け加えて木乃香には傷一つ付けるコトなく、オレ達の下へ帰らせるコトだ」

「……無茶苦茶だな」

 この答えも予測済み。おかしな話をしているなど、百も承知で士郎に話している。

「だが、それならば――」

「誘拐させる前に手を打っても問題ないんじゃないか」

「……そうだ」

 士郎の反応はどれも人として正論だ。そんなのは分かっちゃいるが、オレにもオレなりの理由があって退けない。

「では最後にまとめに入ろう。オレが目的とする理由のまとめを。それは大きく分けると三つだ」

 士郎はより注意深く、一言も洩らすまいという眼差しで此方を覗く。これから話すコトが今までの話の内容に全て繋がると理解して。
 そして、オレはコレを話し終えた時に士郎を引き込めなければ、そこで終了。士郎がいなければ、決して成り立たないから。

「まず一つ、ネギの“物語”に沿うように進めるコトによるメリットだ」

 話を進める。オレにとっても士郎にとっても、この未来を決める話を。

「運命って言いてぇぐらいに、オレの知る物語と限りなく等しく、今の今まで事柄が進んでる。まぁ“運命”って言葉は、お前にこそ相応しいんだが――これは別の話だな」

 言ってる意味が分かってない素振りの士郎を軽く笑って話しを続ける。

「未来が正確ならば事前に解決策を、最悪の展開にしないように手は打てる。それに、オレの知る“物語”はチャチャゼロが好きそうなモノとは正反対のもんでな」

 オレの次に先の物語を多く知っている奴の髪を力強く掻き撫でる。不満そうに唸る声を上げてるのは、自分に取ってつまらない物語と知っている証拠だ。

「苦労はある、苦難もある。それでも行きつく先は皆が納得する物語になる。そういう世界観だからな」

 ――それはオレが見て来たモノから分かるコト。
 ――オレが過去に何度も見たモノは絶対に普遍の物語。

「物語はオレがそう進めようとしてるせいかは知らんが、とにかく運命って言いたく成程に等しく進んでるんだ」

 ――コレは面白いコトか。不可解なコトか。さぁ、何でもいいかな。

「つまりは、近衛が攫われるのも物語の一つになる、というコトか」

「正解だ」

 士郎はオレの話を理解はしているのだろう。だが木乃香が誘拐させるのは納得はしていない。顔が渋ったままだから、そうだと分かる。

「では二つめを話そう」

 士郎がどんな態度だろうがオレは話を進める。

「敵、それも昼やさっきの風呂で襲ってきた敵とは別の敵の観察だ」

 頭に浮かべるのは白髪の少年。ネギと歳は大差ない背格好の一人の姿。

「そいつは今回の敵のリーダーではないが、敵の中では飛び抜けて厄介な奴だ。リーダーの様子からして、そいつはまだオレ達の事については何一つ知らんだろう」

 敵のリーダーは、オレが述べた襲撃してきた奴。
 これまでの襲撃からして、オレ達について感付いてるとは到底思えない。それもネギという、この世界にとっての群を抜いた有名人が傍に居るお陰で、オレ達の存在が霞んでしまってるせい、ってのもあるだろう。

「その敵を直に士郎の眼で見てもらい、そいつの危険度を判断してもらいたい」

「嬢チャンニ気ヲ取ラレテル内ニ、一方的ナ戦力分析。言ッチマウト嬢チャンハ囮ダナ、ケケケ」

「否定はしねぇよ」

 良くも悪くも、囮という言葉以外の言葉は正確に当てはまらない。

「仁ノ言葉ハ真ニ理ニ適ッテルジャネェカ。知識通リニ物語ヲ進メヨウトスレバ、俺ノ気ニ食ワネェ結果。ソレハ今マデノ経験カラシテ、ソウナルト実証済ミ。士郎ノ助ケガアレバ、戦闘面ニオイテ予測外ノ展開ガ起キタ場合デモ“ツマラネェ最悪”ノ展開ニ帰結デキンダロ。マァ、過程ガ問題ッテカ? 俺ニシチャァ、可愛イハプニングダケドナ」

「お褒めの言葉どうも」

 機嫌よさそうに珍しく長く話して高らかに笑うチャチャゼロ。オレがボロボロになってる時と同じくらいに気持ちよさそうに笑い声を上げる。旅館の中が騒がしくなければ、こんな闇夜に響く人形の声はただただ不気味なもんだ。

「まだ乗り気じゃねぇか」

 士郎の表情は変わらず。そりゃあ木乃香を利用しようとしてんだ。それも誘拐させるという危険を承知の上で、囮という役割をさせようとしている。

 いくら士郎が力を持ってるとはいえ、安全には変えられない。しかもコレは士郎の生き方にも反するもんだ。そんなコトは分かり切ってる。誰よりもこの世界では士郎について分かってるつもりだ。
 残された3つめの理由で士郎がどう反応するか。後はそれだけ。

「最後はコレだ――」

 

 

 

 

「ケケケ、三流デカ猿ダ」

 2メートルは越えよう大きな猿のぬいぐるみの様な物体が旅館から走り去る姿があった。その腕には木乃香が抱えられ、大猿に子猿が取り巻くように並んで走っている。

「アレ以外に敵は?」

「……居ない」

 士郎の返ってくる言葉を聞きながら、走り行く猿の群れを黙って見送る。中でも一番目立つ二頭身の頭でっかちな猿の着ぐるみは、つくづくと間抜けさを漂わせる。

「あのスピードを見れば……1分でアイツ等が出て来なかったらテコ入れだ」

「分かった」

 腕時計を確認して次のための指示を放つ。

 ――結果的には士郎は説得出来た。
 今回は予め互いに合意の上で全てが進む。
 今までの一方的ではなく、本当の協力関係でだ。

 話が終わってからは、去ったアレが旅館へ侵入する所から何もせずに見物。したいように泳がせて、オレはいつものように見へと回る。

「しっかし、あのデカさでよく脱出できたもんだ」

「デカ猿自体ニ術ガカカッテンダロ。逃ゲノ速サハ流石小悪党ッテナ」

「なるほどなぁ」

 夜の闇のせいもあり、オレの眼だと異様に目立つ大猿もすぐに見えなくなりそうだ。

「やはりネギ一人では無理か」

 話す士郎の眼は一つの場所へ留まっていた。
 数分前に旅館から張り切って出て行った魔法少年の下へ。少年は旅館から少し離れた川の上を架ける橋の側に居た。
 ネギは大猿と接触したは良いが、残念ながら取り逃してる。不意打ちのせいもあってか、子猿に翻弄されてる姿が見えた。

「おっと、早い。さすが刹那だ」

 旅館から飛び出る影が二つ増える。
 一つはオレが名を上げた刹那、そしてもう一つは狂暴アスナさんだ。オレ達と同じ、旅館の浴衣姿で二人が飛び出していった。

 刹那が「此方です」と、アスナに向かって敵の逃亡先へと誘導していた。声から守る対象を奪われ、焦る気持ちがひしひしと伝わって来る。

「チャチャゼロは留守番な」

「シャアネェナ」

 よっと、立ちあがり、オレはオレですべきコトを成す為に動く。

「刹那に気付けれんように頼む」

「あの様子だと、かなり接近しない限りは大丈夫だろう」

 刹那の眼と心は攫われている木乃香一人だろう。それでも普段と比べ盲目になってるとはいえ、コチラに敵対心があれば存在に気付く。しかし、そんな気もオレ達にはなく、やはり士郎の言う通り余程の事でなければ心配ない。

「まぁ、余裕もってな」

「……行くぞ」

「首ノ土産ヨロシクナ」

「そりゃ勘弁だ」

 士郎が屋根から飛び立ち、オレもその後を追う。残ったのは人形の笑い声だけが、闇夜に気味よく謡っていた。

 

 

 

 

「こんなコトしてっと、まるで忍者か諜報員かってホントに思ってくる」

「近しいコトはしてるだろう」

 住宅街に入ってからは、オレ達は住宅の屋根の上を飛び回ってネギ達の斜め後方を追っていた。そんな陰ながら追うオレ達とは違って、先頭のデカ猿とネギ達は堂々と道のど真ん中を走り通っている。

「これからアレは電車に乗るんだろ?」

「ん、ああ。人払いの結界張った計画的な犯行でな」

 敵は己が帰路に一般人が立ち入らないように呪符を張って構え、これから利用するだろう駅と電車に、犯行をスムーズに進めるように考えている
 いくらチャチャゼロが三流と言おうが、そこらへんのトコは無計画に体当たりするような無謀な敵ではない。

「アレが電車に乗るのはいいが、そうなったら俺達もその電車に乗れるのか?」

「ほう、いいトコ突いてくるな」

 限られた箱状の空間の中で、オレ達は誰にも発見されず、それこそオレが言った忍者か諜報員のように行けるのかという事だ。それが出来ぬのなら、オレのしたい事も泡となって消えるのではないと、オレの話を知ったコイツは心配してやがる。

「三流の敵が計画的で、対するオレが無計画とでも?」

「少し心配になっただけだ」

 ダンッと屋根を蹴る。夜分申し訳ないと心の中で謝罪しながら、前の変化を目では逃さない。

「ぱーふぇくつ」

 住宅から道路を隔てた駅の屋根へと跳び乗る。今のオレは十数メートルぐらいなら、跳び渡るのに何とかなりそうだ。いよいよもって人間離れしてると実感してきたぜ。

「仁、電車が出るぞ」

 早口にオレより一歩先に渡った士郎が一言。見下ろす先は、ひと気の皆無なホームにある電車。

「じゃあ乗るとしようか」

「乗る……? まさか――」

「行くぞ、士郎」

 電車はゆったりと動き始めている。動いてるのだから電車のドアは閉まってる。閉まらずに走る電車など聞いたコトもねぇし当然だ。
 線路に降り立ち、車両の最後尾を注意を払いながら追う。此処で中に入っちまった奴らにも他の奴らにも見つかっては意味がねぇ。
 あと線路に降りるのは、緊急事態でも危ないから駄目だ。誰も降りなければそれでいいのだ。

「コレが計画って言ったら、チャチャゼロに笑われるな」

「一番安全だと思った案を貫いただけだ」

 士郎の皮肉ってる言葉へ言い返して、士郎と同時に跳び乗る。文字通りに電車の屋根へと。どうやら今日は屋根とえらく縁があるようだ。

「アクション映画にありがちなシーンってな」

 身を低く構えて、一旦態勢を整える。

「……そうなのか?」

「B級見ないような士郎には分からんか。虎には分かりそうだけどさ」

 くだらないコトを話しながら、ゆっくりと前の車両へ慎重に進む。

 電線には気をつけねぇといけない。雨や雪が降っても問題ないんだろうから、触れても感電はしねぇだろうけど危なさそうだし。
 まぁ、コレがあったからチャチャゼロ置いてきた訳だ。多少無茶は承知で、動けんチャチャゼロを連れてくるにも気が引けた。素直に留守番と従ってくれたのが救いってか。

「士郎、中の様子」

「見るまでもなく異常だと語ってるが」

 横を見れば、水が線を引いて後ろに向かって放射していた。それも何本もの線がオレ達の下の車両の中から。昼ならば虹でも架かるような勢いで流れてる。

「車両内にはネギ達。そして水が満タン。どうする? 窓ガラス割るべきか?」

 側面から一瞬だけ中を覗き込んで、現状を述べる士郎。

「30秒だけ待て」

 干将を構えて言う士郎に止めの一言。
 放っとけば、間違いなく溺れ死ぬ。それだけは、何としても止めるべきだが――

「む…………」

「何とかなるってもんだ」

 物が破壊される音に反応して、士郎がもう一度車両の中へと顔を覗かせる。

「……そうみたいだな」

 恐らくさっきの音は刹那が打開したものだろう。これで死という最悪な結末は、今んトコ逃れられた。

「じゃあ京都駅に着くまで見張り任したぜ」

 寝転がって空を見上げる。士郎に任せば、オレが見張るよりは安全だからコレでよし。オレはオレが出来るコトを成せばよしだ。
 まずは頭の中を回転させるコトから始めた。

 

 

 

 

「やっぱ変わりねぇな」

「…………」

 野太刀を構えるクラスメイトと、ハリセンを構えるクラスメイトを眺めて話す。
 長い長い階段で、構える敵とネギチーム。敵が上で、ネギ達が下、そしてオレ達は更に下の物陰で見学中。

「神楽坂のハリセンは降魔の力でもあるのか?」

「そう思ってくれて構わんよ」

 士郎とオレは互いに隠れ易く、見易い位置で、間を幾らか離して会話を成していた。
 敵が脱ぎ捨て自立的に動きだしたでかい猿のようなぬいぐるみの式神が、アスナの振るった一振りで消え失せた。故に士郎から、この言葉である
 ハリセンとぬいぐるみの物体のせいで、緊張感ある場面も外で見てるコッチは間抜け過ぎる一場面を眺めていた。

「同じ二刀剣士の身で、あの少女に勝算はどうよ?」

 長さの違う二つの刀で刹那の野太刀と打ち合う少女。
 エヴァが好きそうなゴスロリファッションに刀という異様なギャップが何とも言い難い。ゴスロリじゃなくてホワイトロリータか? ああいうファッションは余り興味がないので詳しくは知らない。格好はおかしいが、それでも刹那と真っ向から打ち合って、若干ながらも押してる少女の実力は本物だ。

「問題ない」

「強気な発言どうも。心強いぜ」

 ネギ達の戦闘が開始してからは、士郎の手には干将・莫耶が握られている。
 いつでも自分の身が投じれるように、その眼は前の事象から離さずに。

 こんな男が共に戦おうなら何とも頼もしい事。さっきの言葉一つだけでオレが恵まれてるのも理解できる。

「この流れだと安心かね。やはり変わりな――」

 変わりないだろうしな。
 今までのように無事に解決していく様が見れる。
 そう言葉を士郎へと贈ろうとしていた。

「――君達は何者だい? いや、危険分子には変わりないだろうけど」

「ッ!? アデアッ――」

 声は目前から。

 体に走る衝撃は一瞬。

 視界は瞬時に宙を舞った。

「……ゲ……ア…………っ」

 視界が歪む。
 言葉が霞んでしか出ない。
 防御が間に合わなかった。

「――! 仁!」

 ぼんやりと目の前に人の後ろ姿が見える。
 そいつは何か両手に持ってる。

 何だ……? ああ、干将と莫耶か。それならコイツは衛宮士郎だ。

「――緩和し――壁で――――んで――――――攻撃なのに」

 声が霞んで飛んでくる。今までに聞いたコトがない声だ。

 いや、嘘だ。さっき聞いたばかりだろ。

「士……郎……っ。本気で行け……アイツの魔法は……食らうな」

 息を深く吸い、肺に空気を溜めて吐く。
 目で追うのは、二刀を携えた男の背中。

 ハッキリと言うと見えなかった。

 例えオレが万全の状態であっても、この男の動きは見えなかっただろう。
 ただ虚ろになった目で理解出来たのは、少年の胴が横一閃に薙ぎ払われたコトだけ。

「この場は引くことにするよ。二人相手だと僕の分が悪いからね」

 体の上と下が分断されちまえば、再起不能な程の重傷となるものを、少年はそんな事を気にも留めずといった様子で淡々と言葉だけを放つ。

 それもそうだ。あれは実体じゃないんだろう。それぐらいオレは理解してる、オレだからこそ理解してる。

 冷徹な目の少年は水となり、この場から消えた。

 

 

 

 

「仁、無事か」

 体がオレ以外の手によって起こされる。その手がオレの重くなっちまった体を壁に寄り掛からせてくれた。

「……喋るぐらいなら」

 揺れる頭を抱えてオレの前の戻ってきた士郎へと返答する。

「奴は何者だ?」

「イレギュラーだ。まさか此処でオレ達を狙ってくるとは思わなんだ」

 オレの手にカラドボルグが握られてる。ブッ飛ばされた時に、ネックレスから取り出せてたんだろうか。何にせよ反撃は間に合わずに、手で腐ってただけのようだ。

「周りの警戒頼む。少し休ませてくれ」

「ああ」

 胸元が痛い。視界は回復したみたいだが体が重いままだ。アイツに殴られた他に変な場所でも体を打ちつけたのかもしれん。

 体が動かないなら頭だけでも動かさねば。

 襲ってきたアレはオレ達に向けて何と言ったっけ。オレ達が何者かという疑問と、危険分子であると断言してきたか? これだけじゃ何処までアイツが理解してオレ達を強襲してきたのか分かんねぇ。

 それより、いつから気付いてたのかを考えた方が良さそうか。
 麻帆良の記録を取ってきた、というのは無理だろう。あの爺さんの居る場所の個人情報の管理は完璧。爺さんが相手に直接手渡さしでもしなければ、気付かれることはない。ってことは、オレ等が大猿、もといリーダーである天ヶ崎千草を追ってきた過程で気付いたとするのがもっともな結論だ。

 アイツは今は千草の手下。アイツがオレ達について、まだ気付いてない千草に報告するか? するかどうかによって敵の動きも変わってくる。
 いや、コレはねぇな。あの少年に限ってコレはない。“あの少年だから”絶対に有り得ないと断言できる。明らかに単独で動いた行動だ。

「ネギ達も終わったみたいだ。桜咲だけが此方へ向かってきている」

 士郎の声に反応して、物陰から走り寄って来る人を眺める。
 表情が赤く染まって、気恥かしそうに階段を降っていた。そんな顔にさせたのは、お嬢様の方だろう。ハハ、その属性はオレは理解できないんだぜ。

「士郎、刹那を立ち止まらせろ」

 アイツは今は退くと言っていた。恐らく今日は、もう襲ってこないだろう。それでも念には念をだ。

 さて、オレもそろそろ立ちあがらねぇと。嬉しい事にカラドボルグが杖の代わりをしてくれる。名剣のコイツにとっちゃ杖代わりは嘆くもんかもしれんが我慢してくれ。

「桜咲」

 横を通り過ぎようとした刹那に士郎が呼びかける。

「えっ、士郎さん……と仁さん?」

 声を掛けられ、手前に居る士郎、そして奥のオレへと目を配らせる刹那。

「あ……仁さん怪我を……」

 刹那の顔色が変わった。赤から暗い青とでも表現できる色へと。

「ああ…………?」

 何で気付かれた? いつものように立ち振舞っていたつもりだが。

 刹那の目も士郎の目もオレへと向けてる。

 あー、よく見りゃオレの浴衣ボロボロじゃねぇか。胸元がいてぇと思ったらその周りが、変に破けちまってるし。他にも擦り切れた後が、容易に目に付く。
 折角そっちは気味よく終わった筈なのに、そんな顔されたくなかったんだけどな。

「心配すんな。傷はネギにでも治してもらうさ。それより危ねぇから皆一緒に帰ってもらうと嬉しいんだけど」

 木乃香に会わせるのも考えものだから、適当な理由つけて先に士郎と二人で行かせ、見える範囲でオレ達を見守ってもらおうと考えてたんだが、こうなっちまったら一緒に帰っちまった方がいいだろう。

「……そうですか。確かに危険なら共に動いた方がいいですね」

「すまんな」

 刹那の表情は危機感を感じ取ったのか、いつものように堅い表情となってしまった。

 ああ……不甲斐無ぇな。

「動けるか?」

「落ち着いてきたから問題なさそうだ」

 “去れアベアット”と一言唱えてから、物陰から自らの足で見渡し易い場所へと出る。
 見上げれば、ネギ、アスナ、木乃香の三人が楽しそうに階段を降りていた。

 一番初めにオレ達に気付いたのはネギ。他の二名に声を掛け合って足早に階段を駆け降りて来る。

「アンタ達何でここに……って仁、何よそのカッコ!?」

 ハハ、珍しくアスナが心配してくれる。これは貴重な体験の一ページとして、末まで語り継ぐべきか。

「お前達を慌てて追って階段あがってたら足崩して派手にこけた。それでも大きな怪我ないのは我ながら関心だぜ」

 しょうもない嘘をつく。

「んでも仁くん、帰って消毒せなあかんよ」

「もちろんそのつもりだ。ドジっ子属性はネギだけで十分なんだけどな」

「ネギくんはどじっこやのは――んまぁ、そうやねー」

「僕ドジっ子じゃないですよー……」

 アスナは疑心暗鬼だが、木乃香とネギは信じてくれてる。これだけでも我が嘘が通って僥倖だ。

「ほら、さっさと帰らんと新田先生にバレた時がキツイぜ」

「それは俺も勘弁したい」

 重い体に鞭打って歩を進める。
 此処まで来たように跳び回るのは無理そうだが、歩くのは問題ない。心配かけさせちゃいけねぇ。それは男としての威厳でもあり、オレの計画の為にもなる事だ。

「士郎の丹前も木乃香に渡してやれ。オレのは無理だからよ」

「……そうだな」

「あ……おおきに、士郎くん」

 木乃香の格好は丹前だけを前から着て、言っちまえばギリギリの状態だ。後ろに回り込もうものならアスナにフルボッコにされちまうだろう。今、木乃香が来てる丹前はネギの着ていた物のせいで、ただでさえ丈が短いもんだしさ。

 士郎が自分の羽織る丹前をアスナに渡し、アスナが木乃香の背から着せてやる。木乃香より体が大きい士郎のもんだから、これでさっきよりはマシにはなった。

「ところで、お前達三人は同じ班だから、明日の奈良は一緒に回るんだろ? ちゃんと考えてんのか」

「え、えっと私は……」

 刹那の表情が曇る。

「旅行に考えるも何も、好きな場所に行けばいいでしょうに」

「相変わらず、かわいくねぇ解答なこった」

「くっ、アンタにかわいいって言われたくないわよ」

 口は乱暴なアスナだが、人への想いやりは人一倍だ。刹那の困る顔を見て、アスナが口を挟んできたのはお見通しだぜ。

「班行動なんだから、はぐれなければ問題ねぇさ。図書館組が仲がいいのは勿論、刹那と木乃香も幼馴染なんだしな」

 はぁ、と息を吐いて言葉を出す。オレが先頭だから、後ろの奴らの顔は振り向かねば誰も見えん。

「まぁ、問題児のアスナが騒がない限りか」

「……毎回毎回、アンタは一言多いわね」

「後ろがこえぇ、士郎助けろ」

「…………」

 士郎さんガン無視ですか。そうですか。

 さて、冗談言うのも大概にして考えねぇと。問題は3日目、明日は何も起きない筈だが細心の注意を払う必要がある。警戒するに越した事はない。それに仲違いするのを見るなんてのも嫌だしよ。
 注意を払おう。それが今一番のオレがすべき事だ。

 

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――4巻 31、32時間目――

修正日
2011/3/15

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