27 修学旅行2日目朝/昼・陰ながら

 

 

 ケフッ、という咳込みと共に寝床についてた男が起き上がる。

「体の調子はどうだ?」

 起き上がって軽く部屋を見渡す男へと、窓辺の椅子から俺が語りかける。

「まあまあ。ネギに治癒魔法かけてもらったし」

 仁は枕元に置いてあったネックレスを首に掛け、体を動かしながら布団を抜ける。

 昨日、仁を襲った白髪の少年。一撃の下に仁を臥し、痕跡を残さずに早々と消え失せた。敵ながら見事な運び、と賞賛すべきものだ。しかしがそれは俺達にとっては危険人物の証拠。この眼で見て、仁が事前に危惧してたのは無理もないのも頷けた。

「夜が明けた訳だが、考えは纏まったか?」

 ネギ達4人を何事も無く旅館へ送り、屋根のチャチャゼロを回収した後に俺達の部屋に戻って、今後の動向の話し合いをするのかと思いきや、明日にしてくれ、と仁が言い放った。
 俺は「すぐに対策を練る方がいいのでは」「白髪の少年の情報があるなら教えて欲しい」とも言ってはみたが、仁ではなくチャチャゼロにそれを止められた。何でも、俺は奸計に向いてないから必要最小限に来るべき時、もし話すにしても纏まった話をすべきだそうだ。
 そう言われると反論不可な自分が悲しいかな。とにかく従うしかなかった。

「昼間は問題ない。こっちの世界でもルールってもんがある。それと動ける夜でも大猿リーダーが動かない限り、オレ達が不用意に外に出歩かなければアチラからは来ないだろうってトコかな」

「……白髪の少年については?」

 仁が言うルール通りなら問題ない。チャチャゼロが反論しない所を見ると、そうなのだろうと分からされる。だが俺の意識は敵の行動するか否かではなく、どうしてもあの少年のコトが最優先ではないかと警鐘を鳴らしていた。

「問題ネェヨ」

「ってことだ」

「む…………」

 仁の頭に乗っかった人形が変わりに答えを出す。この解答に足を踏み込むべきか否か……やめておこう、この二人がこう言うのなら問題ないのだろう。
 今回の必要な物語は俺にも喋ると仁は言った。それに、

気に食わなかったら切ってくれて構わない

 俺に理由を話し終えた後に出した仁の言葉。単なる諦めに聞こえるのかもしれないモノ。
 正直な所、俺が自発的に動こうと思えば仁が俺を抑えるのは不可能。それは仁も俺も承知の上の事実。故に気に食わないと思えば、言葉の通りに俺が好きなように動けば済む話。

 自分の信念があるのなら尚更、正しいと思った道に歩むべきなのだろう。
 それでも、今回の件で俺は仁に協力すると決めた。だから、俺からは無理に聞く必要は皆無だ。

「マ、亡羊補牢ッテカ」

「わからんから、難しい言葉使うなよ」

「後ノ祭ニナラネェヨウニ注意シロッテコトダ阿呆。ソレハソレデ面白イダロウケドナ」

 仁に失態があったかどうか、俺には判断できない。それでもコイツは懸命に。あの帰路を見る限り――

「おいっす! 飯の時間だぞ、お二人さん!」

「ノックぐらいしろ、ハルナ」

 ダァンと、自分の家でもないのにお構いなく戸を開けて挨拶と共に登場する早乙女。その後ろに綾瀬と隠れるように宮崎のいつもの仲良し3人組が揃ってる。

「美少女が起こしにキタってのに連れないねー」

「昨日も違う奴に言ったが、自分で言っちまったらお仕舞ぇだよ」

 この二人も夫婦漫才でも見てるようかに仲が良い。違う見方をすれば悪友とでも表現できようか。

「それよりチャッチャと着替えちゃいなよー、時間そんなないよ」

「お前の時計が狂ってんだろ」

 仁は浴衣姿でゆったりとした立ち姿で扉に居る3人を見ていた。仁の格好だけが旅館の借り物で、それ以外はもれなく制服姿、俺もその中に入ってる。

 それよりも、女の子が男に着換えろって言うべき言葉じゃないと思う。早乙女が仁に対してだから、って言ってしまえばそれまでだけどさ。
 そもそも女子が居れば仁は着替えれないだろうに。早乙女の後ろの二人、宮崎は綾瀬の後ろへさらに引っ込むように、綾瀬は仁と早乙女を何度も見比べ口を挟むべきなのだが挟む言葉が見つからないようだ。宮崎と綾瀬が共通しているのは、去るべきかどうするか困ってるトコ。
 俺も仁と早乙女という二人に言葉を挟むのも難題であるため、フォロー入れようがないしさ。

「じゃあ、士郎だけ連れて行ってくれ。オレはゆっくり身支度してから行くわ。あー、ついでにチャチャゼロ頼む」

 仁はチャチャゼロを俺の胸元へと投げ、タオルを持って部屋から出て行く。その唯我独尊振りで外に出て行った仁を部屋の入り口から眺める三人組。

「ふむ、じゃあ衛宮持っていくとしますか」

 早乙女が話を切り替えて、形容しがたい表情で俺を見る。

「何か物みたいな言われようだな……」

「テメェノ扱イナンテソンナモノダロ」

 頭に乗せた人形の口の悪さは、いつもの通り。
 早乙女の言葉にも断る理由もないので、とりあえず付いていく事にして部屋から出る。仁とは違って、早めに起きた俺は準備も万全だ。

 廊下へと出れば仁の姿もない。きっと階段が部屋と近いから降りて行ったのだろう。

「ホントはネギくん誘おうと思ったんだけど居なくてねー」

「早乙女は正直者だな」

 今、俺が閉めた扉の向かい側がネギの部屋。俺達以外の3-Aの部屋は、みんな2階の部屋だ。ココの真下という訳でもなく結構遠いので、色々な意味で安心である。

「本屋ハツイニネギ坊主デモ襲ウノカ」

「えっ、えっ……」

 俺の頭の上から口を出すチャチャゼロの言葉で綾瀬の後ろに隠れている宮崎がうろたえる。こんなあだ名で宮崎を呼ぶのはクラスの半分。何でも本好きで、いつも本を読んでるからだそうだ。

「やっぱ、そう思うー? 衛宮はコレみてどうよ!?」

 宮崎の肩を掴んで、綾瀬の後ろから宮崎を押し出す早乙女。
 いつもと変化がある宮崎の雰囲気。それを変えたのは髪型のせいだ。普段の宮崎の髪型は、前髪で眼が覆った顕著な印象なのだが、今の髪型はヘアピンで前髪をよけて眼をハッキリと出し、後ろ髪も結んでポニーテールにしていて気合が入ってるように見える。
 それは俺達の部屋を覗きこんでた時から気付いてはいたが、相手は宮崎ともあって、話すのも難しいものだ。彼女は俺と仁に対して、何処か怯えてるようだから。

「かわいいと思うぞ」

 それでも聞かれたのなら答えるべきだろう。だが余りに長く言おうとしても逆効果になりそうなので、思った事を簡潔に言った。

「うわー、真顔でいったよ真顔で」

「なんでひいてるんだよ……」

 明らかにオーバーにリアクションを作ってる早乙女。ヒソヒソと綾瀬に耳打ちしてるけど、ホントにヒソヒソと言ってるだけだろソレ。

「かわいいって言うのはいいんだけど大真面目に言ったからさー。ふつうは言わない、いや言えないよ、真顔でさ」

「私は衛宮さんらしいと思いますが」

「士郎ハ馬鹿真面目ダカラナ」

 敵は2で味方が1、2対2だが、分が悪いぞ。でも、今の綾瀬は俺の味方となってフォローしてくれた発言だっただろうか。

「オッケー、私の辞書に衛宮は馬鹿真面目っての登録しとくよ」

「ツイデニムッツリ野郎ッテ入レテヤレ」

「うむ、オッケー」

「オッケーじゃない」

 そんなコトを言いふらされでもすれば、俺の居場所が無くなってしまう。それも、とても切なくて、カッコ悪くて、女子に横目で見られる感じでだ。
 早乙女には目をつけられない方がいいというのは仁の弁。噂を立てられれば麻帆良中に広がり、ひっそりと暮らすコトになってしまうって言っていた。正確には、もう少し意味不明な風にアイツが言っていたか。

「はぁ……朝食は1階の大広間だろ」

「そうそう。あ、ネギくんも、もう居るかもしれないよね。そうとなれば、ほらほら、のどか行くよ!」

「ハルナ押さないでよぅ……」

 宮崎の背を押して階段の方へと駆け抜けて行く早乙女。
 さすがに階段では背を押さないと思うけど、危なっかしい……。

「朝から元気が有り余ってるようだな」

「ハルナはいつもあんな感じです」

「イツモ一緒ニ居タラウッセェダケダゼ」

「私はそんなハルナが良いと思います」

「そうだな、元気が良いに越した事はない」

「テメェラハ何処ノ老人ダヨ」

 ムッ、と俺の頭の上へ視線を上げる綾瀬。だけれども眼を刺す相手に、この身長の差でしっかりと見えてるのだろうか。

「話したいなら渡すぞ」

 綾瀬が見えていてもチャチャゼロは俺が頭の角度を変えない限りは目を合わせれないので、チャチャゼロに文句言われる前に綾瀬に手渡してやる。
 綾瀬は素直に受け取って、人形と正面に向かい合って睨みあっていた。

「階段は注意してくれよ、綾瀬」

 一言置いて俺が一歩先へと足を進める。
 この一人と一体の口喧嘩のような会話には正直ついていけないのだ。前に食事会を誘った時に、それを理解した。話が進むにつれて綾瀬が中学生と疑いたくなるぐらい小難しくなるという不可思議な光景になる。あの時は結局、チャチャゼロがいいようにあしらって終わったんだけどさ。

 

 

 

 

 大広間に並ぶテーブル。1台のテーブルには6人掛けで座れるように座布団が敷いてある。ただ舞台の手前のテーブルだけはプラス2人座れるようになっていた。これは生徒の席に加えて、先生の分が加わるといった配置だ。先生と一緒に座るのは良い事か悪い事か、生徒達にとっては苦手な先生だけは避けたいだろう。

「早乙女の言う通り、ネギは前々から居たようだ」

 舞台の手前、先生と一緒に座れるテーブルにネギ、神楽坂、桜咲、そしてつい先程到着したであろう早乙女と宮崎が談笑していた。

「どうだ綾瀬、チャチャゼロに勝てそうか?」

 言い争いながら、器用に靴を所定の場所に納める綾瀬へと話掛ける。

「いえ、これは勝てる勝てないの問題ではなく、私として――」

「デコッパチハショウモネェ事シカ喋ラネェカラ無効試合ダ」

「しょうもないとは心外です。私は単に――」

 こちらの話は談笑ではなく戦闘だ。やはり俺が首を突っ込むべきではない。触らぬ神に祟りなしだ。
 さて、俺は仁の分の席も確保しとくべきだろう。まだ集合までの時間もあってテーブルの方は2割ほどしか埋まってない。3-Aの生徒に至ってはネギ達の一角だけだ。
 自由席のようだし、好きな場所に陣取ればいいんだろうけど、2人掛けってのはない。2人で座るとなれば空いてる席に女子が来るだろうから、そうなれば来るのは4人、班で座るとしても最低人数は5人で、6人掛けの此処の広間の席では勝手が悪い。

「衛宮、夕映こっちこっち!」

 立ち止まってる俺を見て手を招きながら声を張る早乙女。その声で、早乙女の席は当然、それ以外の席からも視線がコチラに一瞬だけ集まる。その目の全てが「何だ衛宮か」と言っていたようだった。こんな少しの反応で済ませる生徒、学校も学校のため少々どうかと疑問に思う。小さいコトは気にしない主義の麻帆良と言ってしまえばそれまでだけどさ。

 とりあえず呼ばれて断る理由もないので、早乙女達の席へと向かう。
 テーブルへと着けば、ネギを始めにして3つ朝の挨拶が飛んできたので、それに同じように返した。

「ほら、空いてるんだからテキトーに座りなよ」

 自分の左隣に空いてる座布団をポンポンと叩いて話す早乙女。

「それなら失礼しよう」

 言葉を置いて、今さっき叩かれた座布団へと座る。丁度向かい側には考え事をしている宮崎が、その左隣に神楽坂、ネギといった席順。綾瀬は俺に一つ遅れて、宮崎の右隣へとチャチャゼロをテーブルに向かい合うように置き、言い争いながら座った。

「仁さんはまだお部屋でしょうか?」

 綾瀬が座ってすぐにネギが俺へと質問を投げかけてくる。

「ついさっきアイツも起きて、タオル持って出てったから風呂に行ったんだろう。朝食時間前には、ちゃんと来るとは思うけどな」

 行き先は俺にも伝えてないが恐らく違いないはず。この時間帯なら女子とぶつかるコトもなく、時間的にはキツイが精神的にはゆったりと湯に浸かれる。

「近衛はまだ寝てるのか?」

 5班のメンバーに欠けてる一人の名を挙げる。

「えー、何? 衛宮、木乃香が気に――」

「そう。昨日疲れちゃってちょっと寝坊してね。今準備してすぐ来ると思うわ」

「それならよかった」

 早乙女の間に、事情が分かってる神楽坂が割って入り説明してくれる。決して寝坊するような娘じゃない。昨日のあの夜の後でも無事ならば何よりだ。近衛は少しばかりゆったりとしすぎた一面があるのが悩み所だとは思うが。

「で、木乃香狙いなの?」

「何でそうなる」

 嬉々と目を輝かせて寄ってくる早乙女。逃すまいとしてるのか、彼女の手で俺の手首をいつの間にかガッシリと握られていた。嬉々と思ったが違った、猛禽類の如く獲物を狙った目だ。

「ふっ、それならそれで面白いからに決まってるじゃない!」

 俺の手首を離して立ち上がり熱烈と語る早乙女の姿が、楽しんでる時のあの男とダブって見える。

「だって、衛宮と木乃香が一緒に買い物してる時あるってクラスから噂立ってるし」

「朝昼晩の飯を無駄遣いなく作るために教えてもらってるからだ」

「私達が行く以前から晩御飯誘ってるみたいだし」

「最初は礼で、その時から神楽坂も一緒に誘ってるし、早乙女も来たことあるから分かってるだろうけど普通だったろ」

「なんかいつぞやの日曜にお見合い話があったみたいだし」

「それは俺じゃなく別の相手で、近衛と俺じゃなくて学園長に問題があった話だ」

「うおおおおっ、納得いかねぇっ!」

「さ、さ、早乙女さんっ!?」

 早乙女が叫び声を上げて、ガクガクと人の両肩を持って揺さぶる。それも俺じゃなくて逆隣の桜咲の肩を持って。桜咲にとっては、とんだとばっちりである。

「ノーコメントで居た方がいいのか……?」

「こういう時のハルナ相手はその方が賢明です」

 俺の誰に言うのでもなく投げた言葉を拾ってくれたのは、チャチャゼロとの言い争いを終えていた綾瀬だった。今、チャチャゼロは綾瀬の頭の上に。若干の不安定さはいつもの如く。この様子を見れば今回の言い争いは、どうやら和解という形で解決したようだ。

「それで白状する気になった!?」

 桜咲の肩を押さえながら、首だけコチラに回して問いただす早乙女。息が荒いのが恐い。

「ノーコメントで」

「な、なんだとぉう!」

「さ、早……乙女さんっ!」

「すまん、桜咲」

 暴走早乙女相手に思いっきり巻きこまれてる桜咲に謝罪を述べるしかなかった。綾瀬が放っておいた方が良い、といった時点で俺じゃ止められないのは決定された事。他に止められそうな神楽坂も困った顔して見ている。チャチャゼロも口で止めれるだろうけど、この人形に期待しすぎてはいけない。
 後数十分、食事が始まるまで苦労しそうだ。

 

 

 

 

「――それでは、麻帆良中のみなさんいただきます」

 ネギが代表してマイク片手に朝食の挨拶を行う。それに応える生徒一同。この一体感は、麻帆良ならではの統制力と並々ならぬ元気の良さが成せるもの。ただ3-Aの雪広を筆頭に二日酔いメンバーは本調子じゃないのか、ネギにひっつく様子も見せなかった。
 酒なんて若いから免疫も何もあったものじゃないので、敵の悪戯に嵌ったのが悪運だったと言うしかない。

「木乃香遅いねー」

 箸を進めながら唸る早乙女。食事挨拶前になってようやく落ち着いてくれた。
 さて、朝食時間が来てしまった今も早乙女が言う人は、まだ姿を現していない。それと結局、俺は席を変えるコトなく最初に座った席で落ち着くコトになり、今は左隣の空いたままの席が虚しくなっている。

「アイツも来てないから関係してそうだ」

 朝に部屋からタオルを持って出て行ってから、あの男も顔を出してない。風呂なら多少は時間に遅れるってコトもありそうだが、時間を守ろうとするなら出来る時間でもあった。

「嬢チャンナラ心配ネェダロ。アノ馬鹿モ大飯食ライダカラスグ来ルダロウシナ」

 チャチャゼロの声は、まだ綾瀬の頭の上から。食事中は下ろした方がいいと言ったんだが、チャチャゼロが拒否したため、ずっと綾瀬の頭に乗った状態。最近となって一段とつけ狙われ弄られる綾瀬も災難である。

「学園長と話してたんで遅れやしたっ!」

 噂した側から、恐い組の下っ端のような口調で軽快に現れる大飯喰らい男。声の大きさのせいで、みんながそちらへと向く。その後ろに連れていた近衛が漫才のように仁にツッコミを入れてた。

「学園長……? 何で?」

「俺に聞かれても、アイツのするコトは俺でも分からないコトだらけなんでな」

 仁と近衛が朝食を受け取ってる姿を見ながら、早乙女からの質問に答える。
 そもそも仁の今の発言も本当なのか疑わしいものだ。何かとアイツは上手く理由をつけて誰にも気づかれないようにやる奴である。俺ではとても虚偽を見抜くのが難しい。

 早乙女が近衛を呼び寄せ、仁に対してはしっしっとわざとらしく追いだすように振舞う。生憎この席は残り一席なので仕方のないコトだけど少し酷い。
 でも振り払った早乙女が、仁なら何処いっても問題ないと言っている。これには俺も同意で、仁は誰とでも良くやるだろう。恐らく龍宮以外は。

 近衛はネギに一言、朝の挨拶をして軽く言葉を交えてからコチラへ回って来る。

「士郎くんも、おはよーさん」

「おはよう、近衛。仁と話してたのか?」

「うん。内緒話やなー」

 近衛はニッコリと笑いながら、トンと朝食セットのお盆をテーブルへと置いて唯一空いてた俺の隣の座布団へと座る。
 秘めておきたいコトなら無理に聞くコトもあるまい。話をするなら別の話題を、いつもの食事のように交せばいいだけだ。

「衛宮ー」

「やめてくれ……」

 逆隣の笑いはニッタリだ。早乙女はどうしてもこの手の話にしていきたいのか話の流れを強引に引っ張ってくる。

「仁は……龍宮達の所だな」

「んあ、ホントだー。ん? アイツあっからさまに嫌な顔してるわね」

 早乙女のしたい話の流れを変えてやるとは、珍しく機転が利いたと自分に褒めてやる。
 仁は嫌々と龍宮に顔を向けながらも、仕方なしに席についたようだ。よくよく考えれば、龍宮の居る4班か、チア部3人と双子の居る1班しか空き席がない。この2択なら意地悪そうに誘う龍宮の姿が思い立つ。

「……ノーコメントで」

「えー、何も言ってないじゃん」

 とりあえずは飯を早めに済まそう、そうしよう。

 

 

 

 

「士郎くん、お団子どれがええかなー?」

「俺より付き合い長い近衛自身で選んだほうが良いと思うが……しいて言うならさっぱり系のみたらし辺りが好きそうだ」

 広い広い奈良公園の一角の古い雰囲気の歴史を感じさせる茶屋。近衛と二人、店のメニューで人に贈る食べ物を考える。

 ――今日のお前は、ネギ達と一緒に行動してくれ。

 朝食が終わってすぐに仁から言われた、この一言。
 仁はどうやら朝食前に近衛へ向けて俺を連れて行ってくれと言ってたようで、近衛から俺へと誘ってきた。それと近衛が俺を誘う前に5班の班員に事前に連絡し、了承をとってたらしく抜け目のなく気が利く娘だと思わされた。

「ほな、みたらし3つたのんます」

「ん、3つでいいのかい?」

 近衛に対応したのは男性の店員、物腰からしておそらく店主だろう。

「うん、外にウチらの友達が居てはるんや」

 近衛が言う友達とは桜咲。
 早乙女の案で、ネギと宮崎を二人きりにしたいから、早乙女と綾瀬が神楽坂を、俺と近衛が桜咲を何処かに連れてって欲しいとのコトで別行動を取っている。

 俺が5班と話をつける前、旅館のホールで今日の奈良公園の班別自由行動でネギが何処の班と一緒に回るかという取り合いが始まった。その主導者は雪広、佐々木、鳴滝姉妹と、いつものネギ好きの面子である。
 時間が経つにつれてネギを取り合うクラスメイトが増える中、嵐の如く騒ぎ立つ3-Aを止めたのは宮崎だった。物静かな彼女からは想像できぬ程の大きな声で、皆の前でネギを誘ったのだ。宮崎が髪形を明るめに変えたのは、ネギを誘うコトを決意してきたためだったのだろう。
 結果として、ネギを自分達の班へと勝ちとったのは宮崎。あの時、あの場に居たクラスメイトの歓声と、雪広と佐々木が唖然とした姿は修学旅行の思い出に残るものだ。

「あの子は、兄ちゃんのコレじゃないのかい?」

「は……?」

 買い物してる近衛は若い女性の店員がついていて、さっきまで店番をしていた店主が俺の肩をとって小さな声で語りかけてきた。店主が左手の小指を上げて、何やらよからぬ気配を感じる。

「兄ちゃんは高校生かい? いやぁ、人生の先輩としてあんなめんこい娘を逃すなんてもったいないと思ってね。将来きっと綺麗になるよ、あの娘は」

「はぁ……」

 高校生じゃなくて中学……でもないか。でも本来の歳も店主は俺よりもきっと上だから先輩ってのは違いない。
 店主の言いたいコトもボディーランゲージで分かってるが、どうも今日はこの手の話題が上がる。何処かに早乙女が潜んでいて、この話になるよう仕込んでるんじゃないかと疑いたくなるぞ。

「オレの見立てじゃ兄ちゃんに悪い気はないみたいだから、手を打ってみると良いと思うけどね。ほら、修学旅行なんだろ? 旅行中はムードがよくなるからね」

「…………」

 困ったな。返し方が思いつかない。話を合わすべきか逸らすべきか。店主がノリノリで話しを逸らすのは難しそうだが。

「士郎くん、買い終わったから行こか」

「あ、ああ。では店主さん自分はコレで」

 救いの手は、店主から振られていた話に出てた相手の近衛。正直助かった。

「頑張んなよ兄ちゃん!」

 上機嫌で俺達を送る店主は商品が売れたからか、俺と話をしたからか。答えはどちらにせよ、今は早乙女の願い通り桜咲と接触しないと。どんなものとは言え、仕事を頼まれて受け取ったからには完遂する。

 

 

 

 

「あんもぅ、せっちゃん速いなー」

 奈良公園にあるベンチに腰掛け、一息つく近衛。
 近衛が桜咲に軽い御茶会を誘ったのまではいいのだが、すぐに桜咲は走って逃げてしまった。それも近衛の足では到底追うコトも出来ぬ程の人並ならぬスピードで。

「なんでせっちゃん逃げるんやろなー……」

「照れてるだけだと思うけどな」

 回り込んで足を止めさせる手もあったんが、出来るなら桜咲自身から歩み寄ってもらいたいものだ。二人の仲を知らぬ俺が無闇に手を出すのも考えものだ。とは思ってはいるものも、完全に見失ってしまっては元も子もない。いや、ホント速かった。

「ここらには鹿さんもいーひんようだし、お団子食べよか。ずっと持って走っとるとお団子乾いてしもう」

「それなら一串頂こう」

 ひょいと近衛の後ろから、近衛の手に納まってるトレイの団子を一串掴む手が現れる。

「何処に居たんだよ」

「そこらへん」

「鹿肉ハ酒ニ合イソウダナ」

 団子を食べながら、右腕でアバウトに辺りを指して答えるチャチャゼロを乗せた仁。奈良公園についてからは、一人と一体で誰を誘う訳でもなく勝手に行動してる奴だ。

「ほむ、食わんなら食っちまうぞ」

「んもー、仁くん食いしん坊さんやな」

 からからと笑って二串めを取ろうとする仁の手を、近衛が笑って叩く。

「で、コッチはコッチでデートかい? 士郎も良い御身分になったもんだぜ」

「お前もか……」

 矛先を食べ物から俺へと変える仁。コイツにとっても、からかいがいのある話題だから薄々この話を振られるのは感付いてた。でもやはり返しが思いつかない。相手が仁だから、一発しばくぞ、の一言でも入れてやるのがいいだろうか。

「ソレニシチャ激シイ、デートダ。走リマワッテルシナ」

「デートやて士郎くん」

「そんな雰囲気なもんじゃないと思うが」

 近衛が、ふふ、と俺に笑いかける。近衛にまでからかわれるとは困り果てる。ただ無垢な笑顔は後ろの男と違って嫌味らしさがない。良い娘だと、茶屋の主人のように初めて見た第三者の目からも、そう感じさせるぐらいだ。

「ま、オレは邪魔にならんように去るとしよう。あんま班員と離れて迷子になんなよ」

「公共ノ場ナンダカラ、押シ倒スナヨ士郎」

「余計なお世話だ」

 仁は串だけとなった串をくわえて、手をヒラヒラと振って歩き去っていく。アイツはホントに食い意地張ったプラスからかいにきただけの単純な理由で来たんだろう。

「士郎くん、ほれ」

「……困るぞ、近衛」

 近衛が片手で団子串を、もう片手で皿を作って俺の口元近くにそれを寄せ、首を軽くかしげて微笑む。
 心臓に悪い。こんな場面をクラスメイトに見られるとどうなるやら。

「冗談や冗談」

 はい、と近衛は串を俺の手に渡して、トレイに残された最後の一本の串を取って団子を一つ口に運ぶ。
 問題ないとはいえ、こんな調子でいいのだろうか? 不安だ。

 

 

 

 

「結局、マタ食ウノカヨ」

「折角の茶屋だから食わんともったいねぇし店に悪い。あ、預かってもらってどうもです」

 茶屋の中、店の隅の席で店員から預けていたサブノートPCを受け取る。
 気前いい店で助かる。後はPC開いてのスリープからの起動待ちだ。

 ピラミッド状に重なった6本の団子の一番上を崩して、ケータイを取り出し、チャチャゼロを胡坐かいた膝の上へ置く。
 昨日の事もあって本日は事前に立てていた予定より忙しい。それでも奈良のせいか、敵の動きも全くないお陰で心に余裕がある分、楽ではあるが。

 茶を啜って立ち上がり切ったPCの操作へと移る。必要なアプリケーションの選択、ダブルクリック、立ち上げと。さっき、ここから出掛ける前にやった操作と全く同じ操作。
 液晶上に出て来たのは地図と円で囲った数字。地図はどっからどう見ても奈良公園を示し、数字はいくつか散らばって映ってる。

「ほらヘッドセット」

 チャチャゼロ専用のヘッドセットを装着させてやり、オレもオレで耳に装着する。モデルはカナル型、小型、無線、良音質、1時間充電で48時間通話可能の驚きの優れもんだ。
 オレのも特注品だが、チャチャゼロのは特注品の特注品だから、値段がそれはもう高かった。わがまま人形相手の買い物は大変やで。少しでも気に食わなかったら、その時点で試合終了です。

「俺ハドレダヨ」

「ネギだ」

 また別のアプリケーションを3つ起動させて操作していく。

「何かあったら言ってくれよ」

「サァネ」

「頼んますよ、チャチャゼロさん」

「シャアネェナ」

 今は周りに居ないがオレ達の側に居れば、分かる奴も居るだろう。ハッキリ言ってしまえば盗聴である。今起動した二つはオレとチャチャゼロのヘッドセット用のソフト、もう一つが盗聴用のソフトである。だからこそ店の端の隅っこに居るんだけどさ。
 対象は、ハルナ、木乃香、ネギ、アスナの4人。チャチャゼロにはネギだけ任しといて、オレは残り三人を順次切り替えて聞いてく。
 何故この4人かというと、仕掛けれたのは4人のみだから。ハルナは朝一番オレの部屋に来た時に。木乃香は朝食前。ネギは朝食後、のどかネギ誘い事件の後どさくさに紛れて。アスナは奈良公園へ出発前ギリギリに。士郎にも仕掛けてやりたかったがアイツに仕掛けるとバレそうだし。とにかく、アスナに仕掛けるのが一番手間取った。

「あー、すんません。どうもです」

 空になった急須に茶を注いでくれる女性の店員さんに礼を言う。

「そだ、羊羹ってあります?」

 団子も残り二串と半分以上も減って、寂しくなってきたので追加の注文

「ええ、ありますよ」

「じゃあ追加で、おすすめの3切れ頼みます」

「かしこまりました」

 店員は、さらさらと店用の注文紙面に書いて店の奥へと戻っていった。

「マダ食ウノカヨ。爺ノ金ダロ」

「当然出世払いだ」

 お金の出所はコッチに来てからは学園長の爺さん。和スイーツを食うのも爺さんの金である。そんで、このPC、ソフト、ヘッドセットもろもろの機材を揃えたのもあの爺さん。前の葉加瀬の件もあったので、そっちに頼もうかとも思ってたが、先に爺さんに頼んでみたらあっさりと請け負ってくれた。全部でいくらしたのか知らんが、ヘッドセットの値段だけは報せてくれて結構なお値段だったのが印象深いという訳だ。

「お待たせしました」

「どうもどうも」

 テーブルの空いたスペースにトンと乗る青みがかった白い皿。その上には四角い和菓子が3切れと楊枝。栗色だから栗羊羹だろう。
 仕事を終えた店員さんは、明るい顔で店の中へ再び戻っていった。

「木乃香と士郎は変わりねぇな」

 耳に入ってくる会話内容は、さっき会った時と似たような木乃香のほんわかムード満載である。士郎は女タラシモード。アイツはそう思ってなくても勝手にオレがそう思うのでご了承下さい。

 PCの液晶を眺める。地図上に浮かび上がってる数字。数字は0~4で0は地図上のど真ん中、2は静止、1と3が互いに近く、4だけは1~3に離れてる。
 この地図の数字の0はオレを示し、1~4は盗聴器に内蔵された発信機を示してる。 動かない2はベンチで、のほほんと男女が座ってる二人組の所。会話を聞くとやっぱり動きそうにない。

「バカレッドガ寄ッテキテンナ」

 4の数字が0へと近づいてきてる。
 コレもある程度は予想通り。なんたって落ち着いて休める場所は、この近くなら此処しかない。公園のど真ん中のベンチは鹿さん注意でゆったりはキツイです。
 じゃあ2番の木乃香組は問題ねぇだろうし、4番に切り替えてと。

『え、本屋ちゃんネギに告ったの!?』

『あ、あう、アスナさん声が大きいです……』

『こ、告った……』

 聞こえる声は3つ。アスナ、のどか、刹那の声のようだ。
 のどかが言うようにアスナの声が馬鹿でかい。音漏れの心配はねぇが、少しは考えて物事を話せってな。

 さてさて、此処までは順調と。鞄からノートを取り出して、いつものようにシャーペンで書き込みを加えていく。

「ネギは?」

「本屋探シダ」

「さんくす」

 書き込みを更に加えてると、店員が湯飲みを3つ置いた御盆を外へと運ぶ姿が見えた。地図を見れば0の側に4、つまり怪獣がすぐ外に居るってこった。おそらく、すぐそこの外が眺めれるトコから顔を覗かせれば、あの3人が確認できるだろう。

 のどかがアスナと刹那にネギについての悩みの相談を話す声を片耳で聞きながら、手はノートにペンを走らせてく。

「シッカシ、バカレッドハ馬鹿ノクセニ世話好キダナ」

『ん……?』

 片耳に流れていた会話が中断する。
 ペンを走らせてた手を止め、代わりにチャチャゼロの口に添えた。

『あ、ごめんごめん。ちょっと仁の人形の声が聞こえた気がしたなーって』

 アスナの声で再び会話が耳に流れてくる。

「……あぶねぇな」

「ケケケ、地獄耳ダ」

 自分の悪口はよく耳に入るのは分かるが、地獄耳も大概にして欲しいぜ。のどかが去るまでは気付かれんのは得策とはいえねぇしよ。

 再び手にペンを持ってノートへ走らす。
 しかし、ホントにのどかはネギのコトを深くまで見てる。その一途さは尊敬もできる。あとは告白する勇気だが、これも申し分なくなりそうだ。
 この目で直に見たのどかの引っ込み事案な性格は、それはもうオレが今までの人生で会った人の中でも群を抜いてるが、ネギに対する恋愛感情の深さも群を抜いてるぜ。何たってその一途すぎる面に、刹那が呆気にとられるぐらいだ。
 ついでに、のどかから怖い人とも言われてる刹那。まあ、刹那の人付き合いは冷静に距離を取ってる子で怖い感じがする、って3-Aの大半に思われてるだろうから仕方ねぇな。頑張れ刹那。

『何だかスッキリしました。私、行ってきますね――』

『あっ……本屋ちゃん――』

 っと、のどかが行ったみたいだ。
 残ったラス1の栗羊羹を口に入れて、ヘッドホンを外し、持ち物を全部鞄に突っ込んで、チャチャゼロを頭に乗せてから財布を引っ張り出して勘定へ。

「イロイロと、ごっとうさんでした」

「はい、またお越しくださいませ」

 金を払って、すぐさま茶屋を出る。
 外へと出れば、店の前の長椅子の前で話し合ってるアスナと刹那の姿。遠くにはのどからしい後ろ姿も確認できた。

「じ……仁!? 何でアンタ――」

 先に気付いたのはアスナ。オレの顔を見た後にチャチャゼロを見て、やっぱりとでも言いたそうにしてる。

「たまたま外に聞き覚えのある声が聞こえてね」

「聞き耳立ててたの……?」

「まぁ、正直に言えば嫌でも聞こえた。パンチはなしな」

 握られてる拳とギリギリと鳴る歯音に恐怖を感じるので、先にやめてくれと願い出る。後は相手の裁量次第である。刹那も居るコトだし、乱暴なつっこみはないと信じてるが。

「で、追わんでいいの?」

「そうよ! 本屋ちゃんがネギに告白するかも……っ」

「俺っちはすると思うけどねぃ」

 聞いてた話の流れ的に、十中八九のどかならするだろう。それだけの勇気を持ち合わせている。あと小動物は基本的に無視。

「ですが、ネギ先生は子どもですし……」

 それだけはやはり信じられないと刹那が言葉に出してくる。

「テメェハ考エガ狭スギンナ」

「狭い、ですか……」

「あんまチャチャゼロの言葉を真に受けてもアレだぜ」

「ブッコロスゾ」

 さて、チャチャゼロに恨み買い過ぎる前にさっさと動いて誤魔化さんと。

「ちょっと、仁……!」

 我先にと走り追いかける目標は、ネギを追いかけたのどかの下。昨日のハプニングと違って今日は落ち着いてる。体も頭も休めてよかった。
 ではでは、折角の女子の一大イベントを逃さねぇようにしねぇと。

 

 

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――4巻 33時間目――

2010/8/14 改訂
修正日
2011/3/15

ちなみに大広間の座席は36時間目(枕投げ編)の委員長のコマで4人掛けっぽい感じに描かれてます。
でも33時間目だと5人でも座れる感じに描いてある(詰めてるだけ?
別の大広間なのかもしれないけど面倒なので班構成の人数的にも6人掛けが無難ぽいため6人掛けにしました。

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