28 修学旅行2日目夕/夜・パパラッチのいたずらゲーム

 

 

「宮崎がネギ先生に告白したと思ったら、今度は思わぬ大収穫……っ」

 旅館の入り口の側、言葉は嬉しがってるが、ちっと舌打ちしてカメラを構える女性。

 舌打ちは、その手にあるカメラが決定的瞬間を取り逃したからだった。今さっき起きた、車が3メートルほど宙を舞い着地した現場。そんな奇想天外な撮影をしくじってしまった。
 だが今の言葉の中にあった、先生が杖に乗って空を跳び上がる瞬間だけは、なんとか撮影できていた。ただそれも、しっかり取れていたかは怪しいもので彼女から唸る声が上がっている。

「何々? ネギ先生はまさかの魔法先生とか……? いや、コレはもっと落ち着いた場所で考えうひゃあっ!?」

「何だよ、うっせーな」

「ウッセーパパラッチ女ダ」

 振り返った瞬間に人の顔見て悲鳴上げながら飛び上がる朝倉。まったくもって失礼である。

「いや、仁、驚くのも無理がないと思うが」

 隣に居る男は、無視しましょう。

「そりゃ、気配なく人の背後取られてたらそう――って、そんなコト言ってる場合じゃなくて、今のアンタ達も見た!? 何よアレ何だと思う!? オコジョも喋ってたしさ!」

 アレとは杖でどっかに消え失せたネギを指してんだろう。オレ達も「朝倉のすぐ隣」でしっかり見てた。朝倉の訳分からんといった感じで、ネギの行動の一部始終を熱中してた姿の方がオレにしちゃ面白かった。オレ達に気付く様子もなかったし。

「魔法使いだ」

「そうそう、やっぱ魔法使いだよね! 魔法使いに必須なマスコット的存在もクリア、あのでっかい杖も魔法使いって感じだし、完璧そうだよね!」

 ノッてきたぞ、とパパラッチの御供のメモ帳とペンを出して思ったコトを早速記載してく朝倉。

「パパラッチ馬鹿ダナ」

 コレはオレからも是非同じ言葉を送りたい。
 オレが言った言葉に何の疑問も思わんかったんだろうか。ネギは魔法使いである、そう断言してやったんだから、普通は「何言ってんの?」とか「……知ってたの?」とか言葉が出てくるだろうに。まぁ、目が金になってるし、しょうがねぇのか。

「ん……? あれ? もしかして知ってた?」

 メモ帳にくるっと円を描いた所で朝倉の手が止まった。

「おせぇ」

「ホント3-Aハ馬鹿バカリダゼ」

「…………」

「も、もしかするとアンタ達も魔法使い?」

 次いで朝倉がオレ達の反応を一通り見てから、しどろもどろに言う。

「正確には違うが、似たようなもんと見ていい。と、口で言ってもお前は信じなさそうだし……士郎、部屋行って茶菓子の準備しといてくれ。もち、屋上からな」

「……あまり脅すようなコトするなよ」

 士郎がオレへと言葉を返すと、オレの言葉を証明できるように一飛びで旅館の屋上へと飛び上がり、屋根へと着地してから歩いて3階の非常口へと歩いてった。その様子をポカンとした表情で2秒、3秒と見続ける朝倉。立て続けに現実離れしたもんを見たせいで頭ん中が混乱状態ってとこだろう。

「……オーケーオーケー。アンタ達が魔法使いって信じるよ」

 朝倉が諸手を上げて降参といったポーズを取る。

「それで、何か私に言うコトでもあんの?」

「理解が早くて助かる」

 朝倉はネギが見た所から自分の計画のために何か練ってんだろうが、オレにしてみれば、こっからが本番である。

「まずは魔法使いが居るという事実を公にしないこった」

「……なんで?」

「今回の非は油断してたネギ。一般人に魔法がバレちまえば、しくじった魔法使いは罰を受ける。それもオコジョに変えられるってヘンテコな刑をな」

「なるほど。そりゃあネギ先生に悪いね」

 自己の利益より他者。良心ぐらいは弁えてるようで、すぐに朝倉は納得してくれた。

「でも、ネギ先生に非がなければ――」

「魔法使いってのはオレ達が生まれるずっと前から自分達の存在を秘密にして生きてきた。その秘密を一所懸命にバラそうとするやからが現れたらどうなるだろな」

 それでもまだ諦め切れないのか、反論しようとする朝倉。だがオレは出そうとする足はすぐに潰す。ココで公にバラされるのは得策なんてもんじゃない。

「……想像したくないわね。特にアンタの笑顔が怖い」

「笑顔が怖いとな」

 何とも失礼な奴である。人がよかれと思って優しく説明してやってんのにさ。

「と、まぁ驚かした風に言ってみたが、知られた奴の記憶を消すってのが常套手段だ。それにバラそうとしても情報統制のできる魔法使いもいるし、一個人じゃどうしようもねぇよ」

 特に麻帆良という舞台上には、長けた能力を持つ者、多岐に渡る人材が大勢いる。朝倉一人の力で、その上へ行くってのは難しいものだろう。実際、朝倉が行動を起こしても爺さん一人に追い帰されて終了ってとこだ。

「じゃあ、アンタが私の記憶を消すってコト……?」

「ほぅ、良いトコ突いたな」

 記憶を消される。一般人にしてみれば恐怖するもんだ。いや、オレでも記憶を消されるって言われたら怖い。消されちまえば、そんなコトは覚えてねぇだろうからいいかもしれんが、大事な記憶を初めからなかったかの如く真っ白にされる、こう言われてる時が特に怖い。

「ネギにしてみれば今のお前は厄介極まりないが、そんなコトはしねぇよ」

 オレの言葉を聞いて、朝倉は胸をなでおろす。
 そもそもオレは、そんな芸当できやしねぇし。

「それなら結局アンタは私に何を言いたいの?」

 普通は記憶を消すという大事になってるのに何もしない。そんな旨い話がある訳がないってのを朝倉は理解してる。
 朝倉はちゃんと先を見据える目と状況判断できる頭を持ってるようだ。そんな朝倉に、オレから評価点プラス1を進呈しよう。

「ネギが戻ってきたら気付いた、ってネギと一緒に居る小動物に話すといい。ネギがぼうっとしてたせいで気付いたって言えよ」

「それだけでいいの……?」

 朝倉のきょとんとするトコを見ると、予想外の言葉だったようだ。

「ああ。記憶消されそうになったらオレの名前出すといい。ただし、オレを敵に回すようなコトだけは言うなよ」

「イッソ記憶消スヨリ、バラバラニシチマエバイイノニ」

「いや、チャチャゼロちゃん洒落にならんでしょそれ……」

 記憶を消すのとは比べものにならんコトをチャチャゼロならば言葉の通りしかねない。朝倉の言うように洒落にならんコトになる。そんな暴挙を止めるのは現在麻帆良にいる御主人様だろうが、チャチャゼロは動けんので暴挙に走るコトもなし。まぁ、3-Aみたいな奴らには、幾らチャチャゼロでもそんな行動は起こさないか。

「まあ、アンタの敵に回らないようにする。敵に回すと嫌な予感がするし……」

「良い心掛けだ」

 オレの方は予想以上の言葉を貰ったので満足である。

「……仁は飛んでかないの?」

「わざわざ飛ぶ必要もねぇだろ」

 旅館へと足を戻す。士郎とは違って極普通に入口目指して歩くだけ。だけれど、目的地は士郎と同じく割り当てられた自分達の部屋。戻ればオレが願った通り、アイツは茶と菓子を用意してまってるんだろう。後は時間が来るまで、いつものように準備を施すだけである。
 旅館前に佇む朝倉を置いて、さっさと旅館へと戻った。

 

 

 

 

「さて時間だぜ、士郎くんや」

 昼にも使ってたテーブル上のサブノートPCを閉じて、ショルダーバッグの中につっこむ。鞄の中身はサブノートPC、ノート、筆記用具、それと口がさびしい時の御供の飴ちゃんである。

「就寝時間20分前だぞ。新田先生に怒られないか?」

 時計の針は9時10分を指してる。就寝時間は士郎が言ったように丁度20分後。この設定された時間は、とても健康的な就寝時間と言えよう。ただ早起きせな意味ないけど。

「その諸々を解決するために行くんだよ」

 膝上のチャチャゼロを頭の上に乗せ、テーブルの上に残された部屋の鍵だけを取って部屋を出る。
 部屋を出て目の前はネギが居る部屋だ。今はアスナ、刹那と三人で中で会議中。
 何故居るのかどうか分かるのは、まだネギとアスナには盗聴プラス発信機が付いてるから。士郎にはコレを知らすと面倒なので教えてない。今はこの部屋の中の奴らに用事はない。出来ればそのまま中に居て貰いたいもんだ。

 ネギの部屋から一部屋左手に越して階段へ。現在地の3階から上へと続く階段はないので、必然的に下へと降りるコトとなる。
 目指すべき人の一人目、新田先生はおそらく1階のロビーだろう。

 一つ階を降った2階はやや騒がしかった。声は聞こえてこないが、この階から慌ただしさが感じられる。それもきっとオレ達のクラスの奴らのせいだな、と思いながらも1階へと降りる。まずは新田先生に会わねば。

 1階に降り、少し歩いてロビーが見渡せるトコで、すぐに御目当ての人が見つかった。その人と一緒に居るしずな先と瀬流彦先生の三人でロビーにあるソファに座り話し合ってるようだ。就寝時間になってからの問題クラスである3-A対策でも立ててるんだろうか。

「新田先生」

 声を出せば、ロビーの三人がコチラへと目をやる。

「おや、防人君、衛宮君。もうすぐ就寝時間だから、君たちも早く寝なさい」

 新田先生が注意を呼び掛けてくる。クラスの話によると、新田先生にはオレ達が優良生徒って通ってるみたいだ。しかし、幾ら優良生徒だろうが規則や規定となると学園広域生活指導員って身の先生には目を瞑るって訳にいかない。

「君たちもってコトは、オレ達の前に3-Aに注意してきたってコトですか」

「む、鋭いね」

 オレが言ったコトは当たってたようで、新田先生が関心してくれてる。コッチにしてみりゃ3-Aが悪さしてるってコトだから、クラスメイトとして嘆かわしいんだけどさ。

「そのコトについて相談があって――あ、席よろしいでしょうか?」

「うむ、構わないよ」

 新田先生が片腕を広げて空いてる席を示し、オレと士郎がそこへ隣同士に座る。そして、チャチャゼロを士郎の膝の上へと移して呼吸を一つ。それを終えて、新田先生の目を見る。

「きっと新田先生はオレ達3-Aのクラスに、就寝時間過ぎてから騒ぎ立てた生徒をロビーで正座させる、と注意したんだと思います」

「ほう、もしかして聞いていたのかね?」

「いえ、さっきと同じように推測です」

 こっちの推測は嘘。ある程度知ってたから出せる言葉だ。まぁ、新田先生だから、知ってなくとも古めかしい罰が好きそうってとこから推測できそうもんだけどさ。

「正確には班部屋から出たら、だがね。それでもほとんど正解だ。凄い事には変わりないな」

「そうでしたか。しかし、ウチのクラスも困ったものです」

 自然な笑いで接するのは忘れない。相手が相手、ある意味チャチャゼロやエヴァ、真名以上に難しい相手である。思い通りにいかぬ方が大きいぐらいな思いだ。言葉と対応は慎重に選ばなければならない。

「それで最初の相談、というよりは提案なんですが、新田先生には0時まで御休みになってはと」

「ふむ、何か考えがあるようだ」

「ええ。3-Aは問題児の集団です。それと同時にキレ者の集団、言い方を変えれば悪知恵働く奴らって所ですね。昨日が大人しかった分、今日何か起こすのは明らかです」

 それも酒飲んだせいなんだけどさ。でも鬱憤溜めたのは大ざるおばさんのせいです。叱る矛先はそっちにしてもらいたいけど、口には出せるもんじゃない。

「3-Aが行動するなら注意した今ではなく、暫く時間が経ってからするでしょう。新田先生のコトですから夜通し見回りすると思いまして、その時のために休養は必要かと」

 これで断られるなら、後が少しやりにくくなるだけ。堅い新田先生の事だからこういう案は素直に受けてくるとは思えない。故に他にも納得させるような言葉はいくらか準備――

「なるほど、わかった。では瀬流彦君に0時までは任せてもらおう」

 ありゃ……? 予想外。あっさりと承諾して、新田先生は椅子から立ち上がる。任された瀬流彦先生も、こんな潔い新田先生は見たコトがないとでも言いたそうにしていた。

「衛宮君も自分達のクラスが気になるなら見回るといい。ワシが許可しよう。ただし0時までだ。それと何かあったら起こしにくる事。では、先に失礼しよう」

 そう言ってオレ達がさっき降りてきた階段へ行き、新田先生は早々と姿を消した。

「どうやら新田先生の方が上手のようだな」

「ああ、恐れ入ったぜ」

 士郎に言葉を返す。本来、新田先生はネギの物語に多く関係する人物ではない。だから直接会話したり接したり、他の人から先生の評価を聴き、どんな人物であるかをネギに多く関わる人物レベルまでようやく知り得る事ができる。
 どうやら予め思い描いてた人物以上の人物であると、改めなければならないようだ。

「防人君も、あの新田先生に交渉して了承をされるんだから、僕は新田先生以上にすごいと思うな」

 優男風な若い教師、瀬流彦先生。士郎も優男だが士郎の場合、中身が芯の通りすぎてる堅物野郎で、同じ男同士として比べてしまうと、どうしても瀬流彦先生は優男に付属するマイナスイメージの弱々しい感じが露わとしてる。

「貴方とはまた別の形で話したい所です」

 瀬流彦先生にも軽く挨拶を交わす。何を隠そうか、この優男も魔法先生である。タカミチや爺さん以外の魔法先生とは、いつか話す機会が来ると分かってたが、その第一号がこの瀬流彦先生となるとは。以前、勝手に話の種にした記憶があるけどさ。
 それと、はっきり言っちまうと瀬流彦先生の実力は大したコトない。それもこれもネギの周りに居る奴らが大したコトありすぎるせいで、見劣りしちまうせいだ。

「雑魚ヲ相手ニシテモツマンネェダロ」

「はは……これは手厳しい」

 そんで平気に思ってるコトを毒吐くのがチャチャゼロだ。
 瀬流彦先生が魔法先生ってコトでチャチャゼロについても当然と知ってるせいか、弱気に出てるのは仕方ない。下手に反抗しちまえば、魔法世界では恐れられてるおっかねぇ御主人に目をつけられるやも知れんのだから。

「じゃあ士郎、後は任した」

 士郎の膝上に置いといたチャチャゼロを再びオレの頭に戻して立ち上がる。

「仁はどうするんだ?」

「昨日の疲れもあってね、風呂入って少し休ましてもらう。でも何かあったらオレにも連絡くれ。それと、しずな先生も御休みになった方がいいですよ。任されたのは瀬流彦先生と士郎なんでね」

「ふふ、防人君は紳士ね」

「それほどでも」

「何スカシテンダカ」

 じゃあ、ともう一度言ってから、この場を後にする。
 行く場所は風呂……ではない。疲れちゃいるがそんな暇はないのだ。本日の面白びっくりイベントを完遂するため、一人の少女を応援するため、最後にオレの精神的栄養補給をするために。

 

 

 

 

 扉の前に立ち塞がる。片腕にさっき部屋に戻って持ってきたサブノートPCとその他諸々が入った鞄を抱えて。
 扉には表札が張ってある。そりゃ旅館だから部屋番号の表札があってもおかしくない。だが、それは部屋番号のように数字が書いてあるわけでなく、代わりに書いてあるのは、

 ――お手洗い――

 文字で分かるように、用を足すときに使用する部屋である。俗にはトイレとも言う。
 さて、コンビニや飲食店、旅館のように、この扉には例外なくドアノブのトコに青もしくは赤色のサインで鍵が掛かってるか否かを知れる。青色は部屋に誰も居なく、赤色には使用してる人が居る訳だ。
 そして、今は赤色を示してる。鍵が掛かっていて中に人が居るってこった。その時の選択肢として、ドアをノックして本当に居るかどうか確かめる場合と、諦めて帰ってしまう場合が考えられる。
 そこでオレが取った選択肢は、

「失礼」

 扉を開けるコトだった。

「う、え、うおっう、じ、仁!? あ、アレ、鍵は――!?」

 赤色のサインで分かってたように先客が居た。誰も入れないハズなのに、急に入られたのなら慌てもする。その焦ってる人物は夕方にネギの正体を知った朝倉であった。

「断ってから入ったが?」

「いや、そいう問題じゃないでしょ……」

 もちろん冗談めいて言った言葉だ。朝倉の言いたいコトも分かる。鍵をこじ開けて無理矢理中へと侵入したんだから。

「ゲ……仁の旦那……」

「おやおや、コレはカモ君。こんなへんぴな場所で会うとは奇遇じゃないか」

 白い小動物が青白くなる。オレとコイツが会う時、コイツの色が変わるのがほとんど。それもコイツが悪さしてる時にオレが来るんだからそうもなる。

 開けた扉の鍵を掛け直してから改めて部屋を見渡す。
 部屋ん中は洗面台つきのトイレ。旅館なだけあって綺麗に清掃もしてるようで床や壁、天井も綺麗なもんだ。広さは動き回るには不十分だが、2人入っても余裕のスペースはある。
 朝倉は部屋に相応しくないパイプ椅子に座り、洗面台を机代わりにしてノートパソコンを置いてる。カモの方は自分が座れるぐらいの小さなスペースの台の上に座り、同じところにオコジョ専用サイズのノートパソコンを置いてた。
 他に目立った所はというとボストンバッグぐらいだ。

「こんな所にパソコンなんか持ってきて。トイレ使いたい奴居たら大変だろ?」

 わざとらしく、遠まわしに、嫌味っぽく言うのが重要である。カモに対してこう言えば、カモは震えあがって見てるだけで面白いのだ。
 先客の一人と一匹からの声は返ってこない。自分が如何に不利な立場にあるか分かってるようで不用意に言葉を出せないよう。

「イイカラ全部吐イチマエヨ。ナンナラ、カツ丼頼ンデヤロウカ」

「さすがにトイレで食うのはきついだろ」

 オレも自分のPCを空いてるスペースに置く。
 座る椅子もなく、トイレに座るのもカッコつかんので扉に寄り掛かったまま相手二人を見下ろした。

「……仁の旦那は、何処まで知って……?」

「旅館を囲むように魔法陣が書いてあったなー」

 オレの言葉でカモがガクガク震えあがる。
 魔法陣を書ける奴を挙げれば、ネギ、瀬流彦、カモ。他にも掛けそうな奴も居るが、あんな馬鹿でかい魔法陣を描く物好きなんて一匹だけだ。

「それも守りには何も関係ねぇ魔法陣が」

「ああぁぉおぅっ……す、すまねぇ仁の旦那ァ……」

 精一杯のオコジョ土下座で泣きついて謝るカモ。しかし、コイツは謝る態度が毎度一級品なんだが、本当に反省する気持ちがあるのかどうか。懲りずに似たようなコト繰り返す奴だしよ。

「大方、3-Aにゲームでも提案して女子相手にオレ達3人を仮契約させようとでもしてたんだろ。何せ仮契約一つに付き5万オコジョ$だ。標的は多い方がいい」

「う……」

 3-A女子は此処に居る朝倉、欠席者3人抜かせば27人。仮契約は制約も少ないという理由で、一人の従者が複数の主を持つのも可能だ。つまり単純計算しちまえば、5万オコジョ$×主候補3人×従者候補27人にネギの従者であるアスナを1引いて、400万オコジョ$もの金をカモは手に入れられる。

「まぁ、お前の家は貧乏らしいから金に目が眩むのも分かる」

「仁の旦那……」

 優しく言葉をかけてやると、オレが慈愛の精神に満ち溢れてるように見えるのか、カモは感動して涙を流し白いオコジョの毛を濡らしてる。

「だが、オレを敵に回すなといつも言ってるだろうが……ッ」

「す、すすすまねぇ仁の旦那ァァッ……っ!」

 再び震えあがるカモ。高笑いするチャチャゼロ。ああ、馴染みの風景だぜ。

「とまぁ、カモいびりは終いにするとして。もうゲームの提案はしたのか?」

 カモ弄りも飽きが来ない程度に終えて、コレからすべきために必要なコトを聞き出すコトにする。

「……うん、さっきね。ココでもうちょい準備してから、外にも準備しようとしてたとこ。開始は23時。さっき新田にウチのクラスが怒られてさ、それでほとぼり冷めてからにしようってね。もうちょい時間を空けてからってのも考えたんだけど時間を空け過ぎてもウチのクラスが寝……はしないと思うけどさ。新田の隙も狙ってってコトで早過ぎず遅過ぎずのこの時間に。準備時間も兼ねると丁度いいかなって」

 訊けば素直に答える朝倉。コイツはコイツで早々と降参してる。
 開始時間まで1時間半と少し。コイツが動きだそうとする時間と理由は申し分なく悪知恵働かしている。さすがは3-Aの生徒の一人ってとこだ。

「ルールは?」

「各班2名選出で、ネギ先生、衛宮、仁……アンタは無理そうだね。ルールはネギ先生と衛宮にキスすればオッケー。先生に見つかった参加者は正座させられるから、その時点でゲームの参加は必然的に不可になるため終了。つまり見つかるまでは全員キスするチャンスがあるってトコかな。ちゃんと上位入賞者には豪華賞品もあるって言ったし集まるとは思うよ」

 班は5つ存在するから、ゲームに参加するのは計10人。その参加者全員が仮契約する可能性がある。全員一回仮契約するとしてオコジョ$が50万入る計算。

「参加者が欲張って、参加者全てが二人に……ってのは無理そうかな」

「それは朝倉の方が事情が分かってんだろ」

 それはそれで見てる分には面白くもある。コイツらにしても、そうなったら金が50万から100万になるから嬉しいだろう。
 ネギ相手は子どもってコトでキスの一つや二つ、3-Aからしてみれば気兼ねなくしそうなもんだ。ついでと容姿もいいときてるしな。子どもだけど。
 ただ士郎に関してはどうなるかはオレからも未知数である。何たって今は同い年ってコトになってる。その相手にキスするってのは、生半可な気持ちでできるもんじゃねぇだろう。いや、3-Aだからそんな枠に当てはまらんって言われちゃ反論できねぇけどさ。でも、キスしようとする奴は少なからず好意は持ってるに違いない。それで士郎を弄ってやるのもまた一興。
 それに旅行の前に渋谷でカモと話した一件もある。士郎に好意を持ってる奴が“複数”居るコトは分かってるのだ。そのお相手が誰か、一人は見当ついてるが他が全く分からん。好意あるようにも見えるし、ないようにも見えるってのが現状である。
 オレの目的として、ついでにコレを知れるなら幸いって所だ。後々の面倒がある程度解消される。
 あれ……? あの日のコト思い出したら泣けてきた。

「……えっと、じゃあ私、このゲーム用に設定したトトカルチョの準備もあるし行ってもいい?」

「あ、ああ。行ってこい」

 この空間に合わなかった荷物のボストンバッグを持って朝倉は出て行った。
 オレは朝倉が出て行った後に開けた鍵を閉めるのを忘れない。元々の部屋の意味でも、ゲームの意味でも、他に人が入ってきたら厄介だ。

「仁の旦――」

「同情すれば三枚にオロス」

「う、すまねぇ……」

 今、おにぎり食ったらきっと塩が利いてしょっぱいんだろうな。

 朝倉のパソコンの液晶に映ってる「くちびる争奪! 修学旅行でネギ先生+野郎共とらぶらぶキッス大作戦」というゴシックタイプの文字が滲んで見えた。

 

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――4巻 34時間目+5巻 35時間目――

2010/8/16 改訂
修正日
2011/1/10
2011/3/15

就寝時間が早過ぎるかもしれない。でも自分が中学生時の修学旅行の就寝時間はこんぐらいだった気がします。

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