29 修学旅行2日目夜・いつもの災難
夜分遅くと呼べる時間帯。生徒の就寝時間も過ぎて旅館は静かなものとなっていた。その中、同じ生徒という立場にある俺は堂々とロビーで瀬流彦先生と二人、別々のソファに座っている。こうなったのも仁のせいなんだが、アイツは今此処にはいない。
今はしずな先生が、「気を休ませる時に使って下さいな」とのコトで、就寝前に持ってきてくれたトランプで瀬流彦先生とポーカーをしていた。
しかし、こちらの本分は生徒が悪さしてないかの見回りである。15分置き程度にその仕事は忘れず、旅館の中をぐるりと回ってロビーに戻ってくるそうだ。そうだ、と言ったのも俺がやってる訳ではないから。瀬流彦先生が自分に任せて俺に休んでいて欲しいと言ったから、それに従っている。何でも、こうやってトランプの相手をして、話し相手になってくれるだけで十分すぎるらしい。話の内容はというと、極普通な生徒と先生の内容だ。学校生活はどうとか、仲良くやってるかとか。学校が学校なだけに話す種も尽きない。それと、瀬流彦先生は魔法使いだそうだ。そのせいか学園長から俺と仁の事は前々から少なからず聞いていて、興味もあったらしい。俺は知らなかったと答えると、仁は知ってるみたいだったと瀬流彦先生から返ってきた。これは俺に思い当たる節があるので、アイツはそういう奴ですからと簡潔に言って、魔法使い関係の会話は終わった。この話はもっと人が来ないような場所で話した方がいいため、すぐに切り上げた方がいいようだ。
若い先生だから自分の方から頑張ってる姿が印象的な先生だ。歳も本来の俺の歳からはいくつか下だろう。懸命に働くその姿は、良い先生と呼ぶに相応しい姿である。「おっと、そろそろ見回り行ってくるかな。いいかい衛宮君?」
「ええ、お気をつけて」
俺が大袈裟に返すのも3-Aが居る旅館では、これぐらい気を持っていかねば返り討ちにあってしまうからだ。今は静かだが、いつ騒ぎだってもおかしくないクラスである。
瀬流彦先生が二階へと上がる姿を見てから、丸テーブル上のトランプを一つの束に纏める作業へと移る。テーブルに残ったポーカーの役は俺がスリーカードで、瀬流彦先生がツーペアで俺の勝ち。累計戦績もそれ程悪くない。いつもゲームで勝負事をアイツとやってると、負けが込むから弱いと思い込んでいたがそうでもないようだ。
「何も出来ないのも考えものだ」
空となった空間で一人ぼやく。用をたすにも瀬流彦先生が、この一つ前に見回った時に行ったばかり。一人で暇を潰せる本やテレビもない。出来るとするなら、毎夜の如く投影して己を高める事だが、それもこんな場所でする訳にもいかない。ただ黙って先生の帰りを待つだけだ。
今度も騒ぎ立てがなければいいのにな、と思ってると今さっき瀬流彦先生が上がっていった階段から人の気配を感じた。ついに正座の罰則を受ける生徒でも見つかってしまったのだろうか。そうなると高確率で3-Aの生徒なんだろうな。
「……ん? 新田先生?」
降りて来たのは新田先生一人。ゆったりとした足取りでコチラへと向かってくる。
「まだ0時回ってないですが……」
声が簡単に届く距離まで新田先生が来た所で、俺から話を持ちかける。
それどころか23時にもなっていない。仁が提案した0時までの休憩だった筈。「少々胸騒ぎがして早めに起こさせてもらったよ。瀬流彦君には今の見回りをしてから寝て貰って、明日頑張って貰おうとな」
なるほど。大人数が目立って騒ぎ出すなら別だが、この時間だと新田先生ならば一人でも十分だろう。それに先生方も人である以上睡眠は必要だ。休める時に休まなければ次の日に参ってしまう。
「衛宮君こそ、寝なくていいのかね?」
新田先生は話しながら瀬流彦先生が座っていたソファへと腰を掛ける。
「そうですね」
新田先生が一人居れば生徒に対して十分過ぎる。故に瀬流彦先生と同じように俺もすぐに休んでおくべきだろう。それに明日もまた仁に連れまわされるコトも考えられるのもある。
「ですが、折角新田先生が許可して下さったのですから、0時までは手伝おうと思います。先生が胸騒ぎがしたというのも気になりますし」
中途半端は好きじゃない。決められた時間まで起きていても十分過ぎるほど睡眠時間を確保できる。ならば後一時間ばかりの時間は起きていようと思う。
「私から言った事だ。好きにしなさい」
一度言ったコトは決して曲げないと、いかにも厳格な新田先生らしい。座ってるだけでも規律や厳しさが感じられる。
「一つ聞きたいのですが、何故仁の提案を受け入れたのですか?」
だからこそ訊ねてみたいこの問い。あれは余りにも新田先生が受け入れるような内容ではなかった。仁だって冗談半分で提案した内容だったのだろう。
「……難しい質問だ」
表情を変えるコトの少ない新田先生の顔が変わる。困惑した表情。答えようにも答えたくないとでもいいたそうな表情だ。
「自分としては絶対に聞きだしたいという訳ではないので――」
「いや、大切な生徒の質問だ。決してやましい物でもない。答えさせてもらおう」
ああ、とことん真面目な先生なんだな。こんな先生だから俺も、この先生に聞きたくなってしまったに違いない。
「防人君にはどこか惹かれる所があってね。その提案に乗っただけの事だよ、衛宮君」
言われてしまえば、本当に簡単なコトのように聞こえた。
この意見には、俺もどこかしら賛同できる気もする。そうでもなければ今まで一緒に行動していなかったかもしれない。「それに君達は何処か大人のような感じだ。むしろ任せてみても問題はないだろうと思ってしまったのだ。特に衛宮君は防人君に比べて、更に大人のような物腰という感じがしてね」
新田先生の言葉はどれも正解を引いてる。これぞまさしく人生の経験を積んでいる年の功という奴だろう。先生という仕事上、人を見て教えるのが本質だ。何も知らずに此処まで見抜く眼力は凄まじいものだと思わされる。
「ただ防人君は子どもっぽい大人という感じがするがね」
「アイツはそう言うより悪ガキって感じが強そうですが」
「ふむ、衛宮君が言う方が正しいかな」
軽く笑い飛ばす新田先生。この人の笑う顔は初めて見た気がする。いつも眉間に皺を寄せて生徒に悪さしないかと目を光らせてる先生だから。
時刻ももう23時になる。
今日はこのままの調子で何もなければ、それで幸せだろう。新田先生の気分もいつになく良い。
――そうやって落ち着いて頭の中で巡らしてたのに、どうしてこうも嫌な予感がするんだ。どうしても大人の場をくれやしないのか。
誰だろうな、こんな空気をぶち壊そうとするやからは誰だろう。「ちょっと見回り行ってきてもいいでしょうか?」
「構わんよ。もし衛宮君が生徒を見つけてしまった場合は君の指導に任せよう」
頼ってくれるのが逆に俺を悲しくさせる。感じる予感が、どうしてもあの男を筆頭に3-Aに関係してる気がしてならないのだ。しかも、ショウモエネェ前置キダナ、って天から聞こえてくるのはなんだろう。人形のような一言で真面目な雰囲気全てぶち壊しだよ、コノヤロウ。
二階に続く階段に一つ足掛ける。これだけで嫌な予感が強くなる。面倒なとんでもハプニングに巻き込まれそうな気がする。
逃げるなら今の内だぞ、衛宮士郎。いや、てめぇは何処に逃げ込んでも無意味だ、衛宮士郎さんや。ああ、どうしてこうなった。チャチャゼロと仁の愉悦とする声が頭の中で聞こえる。旅館から何時の間にやら黒い空気が漂ってる。
足はまだ階段の一段目。本当に階段を上っていいのか? このまま新田先生と一緒に居た方がいいのではなかろうか。……進もう。立ち止まっても仕方ない。こちらとて0時までは先生の仕事を手伝うと決めたのだ。この選択が間違ってないコトを祈ろう。
慎重に階段を上がる。音を立てれば危険だ。最大限の注意を払い、気配を消してゆっくりと上がる。
「なんだ……?」
二階までは後半分。踊り場で足を止める。
足を止めたのも不穏な音が聞こえたからだ。普段は耳に入りそうにない低く軽い音。それが繰り返し耳に入ってくる。今からでも遅くない。すぐ降りて新田先生と合流すべきだ。厄介事に巻き込まれ――
「おや、士郎殿。就寝時間過ぎて散歩でござるか?」
――てしまった。長瀬が隣で枕二つ持って立っている。
長瀬の持っている物がおかしすぎる。それとも修学旅行の定番の遊戯だから持ってる方が普通なのか。何にしても音の正体がコレで分かった。「当然、長瀬一人じゃないよな?」
まだ低く軽い音は聞こえてくる。正確には枕で打ち合ってる音と言っていい。
「左様。しかし士郎殿とキスでござるかー」
「ハハハ、今日は幻聴もとい空耳が多い日だ」
ニンニンと言ってるのは、幻聴でも空耳でもないだろう。長瀬の口癖である。それに忍者かと聞けば、なんの事でござろう、と返ってくるのが一連の流れだ。
「ちょっと深呼吸するから待つでござる」
「いや、待つ訳ないだろ――」
「あっ! 仁殿でござる!」
「――仁!?」
やはり仁が主犯?
声の向けられる方へと視線をやる――が、長瀬の階下を示す指先には何もなく、「ゴフ……ッ!?」
代わりというか、後頭部に衝撃を食らった。
「士郎殿は不意打ちに弱いタイプでござるなぁ」
さっきまで一階を覗いてたのに、今は床しか見えんぞ。
ああ、なんで俺は枕投げなんて若い子が遊ぶような娯楽に巻き込まれてるんだ。「……どいてくれないか、長瀬?」
背中から抑えつけられる力を感じる。それも長瀬が人の背中に座ってるせいだ。
「うむ、もう少し待つでござる」
長瀬は、うーん、と唸っては枕で俺の頭を押さえつけたりと何をしたいのかが分からない。分かりたくない。床しか見えない。
強引に振りほどこうか? それはそれで気が引けるというか……でも逃げないとマズイのは確かだ。
では、助けを呼ぼうか? それだと新田先生に頼まれた俺の面目が立たないというヤツだ。「楓、長谷川が捕まったアル! 一旦撤退アルよ!」
これは古菲の声か。捕まったって何だ?
「ふむ、せっかく追い詰めたでござるが、拙者もまだ捕まる訳にはいかぬのでな」
長瀬の声と同時に背中と後頭部に掛かってた荷重が消え去った。そして一階へと足音なく走り去る長瀬と古菲の姿がこの目に映っていた。
「なんだってこんな……」
壁に手を掛け、うつ伏せに寝かされていた体を起こす。
あの二人をすぐに追い掛けて捕まえ、新田先生の前に引っ張り出すべきか。コレは駄目だ。どうしても返り討ちに会うイメージしか出てこない。そういえば、あの二人は一階を難なく通り抜けて行った。つまり今は一階に新田先生が居ないというコトである。
では新田先生は上に? 階段も二つあるからそっちから回ったのか。ならば俺もひとまず上がって新田先生と合流してみよう。まだ残党が居るかもしれない。階段を駆け昇り二階へ。
だが長瀬に抑えられてたために時も遅く、残念なコトに残党が残って――いた。本当に残念無念だ。同じクラスなだけに。
「……くぅ……あ、あれ……まき絵はど――うひゃいっ!?」
「こんな時間に夜遊びか、明石?」
体を起こして態勢を立て直していた明石の襟首を掴む。きっと誰かに転ばされてたのだろう。その気持ち、よくわかるぞ。
「あ、あんれー? 衛宮怒ってる……?」
「怒ってるように聞こえるのならそうなのだろう?」
顔は此方に向けず、前を向いたまま話す明石。
明石も長瀬や古菲のように枕を持っている。だが長瀬とは違って攻撃の意志を見せないのは良い事だ。それだけは誉めてやろう。「佐々木の名前も出していたな」
明石が起き上がる際に出していたクラスメイトの姓ではない名の部分を聞き逃しはしなかった。それに古菲が言っていた長谷川の名。これで就寝時間過ぎて遊んでる人物は分かってるだけで5人。
「さっき聞いたんだが、何やら面白いゲームをしてるそうじゃないか?」
「え……あ、やっぱ聞いてないみたいだね。そりゃそうか、内容が内容だしー……」
明石は逃げる素振りを見せない。それなら聞けるモノは聞いてみるべきか。
「主犯は誰だ?」
そう、特にあの男の仕業かどうかを。あの男の仕業なら一杯食わされる可能性も十分にあり得るからな。人形とのコンビになると更に性質が悪い。
「え、えっと……もしかして、衛宮は新田側?」
おそるおそると明石はコチラに顔を向けてくる。
「さて、どうかな」
「くっ、アンタが敵だってんなら私が仲間を売る訳には――」
「コラ! 明石もかッ!」
「うひゃぁ!?」
俺に掴まれた時と同じような声を上げる明石。
前方の廊下の先からは新田先生が怒声を上げて登場していた。やはりもう一つの階段の方から来ていたようだ。片腕に俺と同じように長谷川を捕まえて歩かせている。
意気消沈とした長谷川。余りクラスとは関わらないようにしてる彼女が、こんな悪ふざけを共にしてるのは少し意外だ。「新田先生、明石を任せてもいいですか?」
どうやら明石は新田先生を見て完全に諦めてしまったようだ。さすがは「鬼の」と二つ名が付くだけあって生徒に対しての力は圧倒的である。
「衛宮君はどうするのかね?」
「悪ふざけしている仲間がまだ居るようなので追ってみます」
「ふむ、では衛宮君に任せよう」
「くぁあー! 衛宮の裏切りものーっ!」
「そもそも賛同してないのに裏切るも何もない」
泣きごと言う明石を置いて、俺は一階へと駆け降りる。
狙いは逃げるのを目視している二人。長瀬の方は手こずりそうだ。まず何処を探すべきだろうか。一階は空いてる部屋もあって隠れるには便利な地形となっている。新田先生が現れたと知った今、何処かに隠れている可能性が高いだろう。それは長瀬や古菲だけに留まらず、佐々木や他に居るかもしれぬ面子にも言えるコトだ。
駆ける足は止めず、思い立った部屋へと入る。
まずは此処、一階大広間。元は宴会をするために造られた部屋だ。こんな時間にもなると電気をつける必要もないために部屋は暗い。テーブルも座布団も、この修学旅行中は麻帆良中のみが毎朝と夕食を食べる時のみ使用するためか出しっぱなしである。
部屋に人の気配はない。外れだったか?「やはり居ないか……」
念には念を。押し入れも調べてみる……が余った座布団しか入ってなかった。長瀬が忍なら、こういう場所に隠れそうなものだと思ったが違ったみたいだ。
そもそも主犯は仁なのだろうか? 裏で糸引いてるのはいつもだが、此処まで表立って馬鹿騒ぎする男だろうか。
そうだな。ここは一旦落ち着いて仁のように相手の行動について分析するのが良さそうだ。まず長瀬だ。いきなり人にキスするだとか訳わからんコトをほざいていた。うん、そうだった。
……キス? といえばカモか? アイツは修学旅行前にもネギを丸めこんで近衛と仮契約しようとしていた。待てよ……旅館の周りに魔法陣が描いてあった。仁と一緒に新田先生へ会いに行く少し前から、いつの間にか描かれてた魔法陣を部屋の窓から見た記憶がある。別段と害悪な気配は感じなく、ネギが防衛用に描いたものだと思ってたが、もしやカモが描いたヤツか。
此方の世界の魔法体系は俺も仁もチャチャゼロに頼り気味で勉強不足だ。この機会に少し勉強を始めた方がいいかもしれない。しかし、カモの奴は何で仮契約をそんなにしたがるのだろうか。
仮契約といえば、神楽坂が正式にネギと仮契約したのは学園メンテナンスの時。仮契約なのに「正式に」というのはオカシイのかも知れないが、あの日の数日前、絡繰がネギと神楽坂に襲撃を受けた日に、神楽坂が中途半端に仮契約をしていたと聞く。だから正式に成立したのは後日になったそうだ。それと先程挙げた修学旅行前のネギと近衛の仮契約の件。このどちらもがカモという妖精の下で儀式を行っていた。それにカモが最初に麻帆良へ来た日にネギへと言っていた「パートナー探しの手伝い」という言葉も考えて――つまりカモは仲介役? 報酬でも貰えるのだろうか? ならば今日のコレも自分の利益の為に動いていると推測できる。とりあえず予測はたった。標的はひとまずカモ。そしてカモといつも共に行動しているのは、
「ネギか……」
3-Aはネギにちょっかい出したい奴らの集まり。ネギさえ見つければ後はどうにでもなりそうだ。
そうと決まれば後は早い。最初に駆けあがった階段とは別の階段へ行き、三階へと駆け上がる。
目指す所は俺達の部屋の向かいのネギの部屋だ。「居ないな……」
三階からは自分の行動にも注意する。夜遊びしてるクラスメイトの目的がネギならば全員三階に来てる可能性もあり得るからだ。長瀬と古菲も走り去った方角的に居る確率は高い。それに俺とは違ってアチラは生徒の部屋に匿ってもらうコトも可能だろう。待ち伏せされて、また倒されるようなコトは避けなければならぬ。
ネギの部屋は此処から二つの角と一つの分岐を通った先。各部屋に細心の注意を払いながら迅速に進む。「居ない……」
誰も居ないコトを確認し、一旦背を壁につけ息を吐いて落ち着く。
よく考えれば何故、体と心を癒すための旅館でこんな気を張るのかと笑えてくる。これも何か見られてる感じがするせいだろうか。確かに一方的に俺の隠れる場所が少なく、見られ易くなってる。それと旅館にある監視カメラのせいで余計にそう感じる。防犯対策だから仕方無いコトなんだけどさ。ネギと俺の部屋まで残りは角を一つ曲がった廊下の最奥。
今度は休む訳ではなく、廊下の先を見る為に背を壁にやる。「…………はぁ」
目標の部屋の真ん前で枕を持って争ってる奴らが居た。それも長瀬、古菲だけでなく鳴滝姉妹と綾瀬が追加で居る。
やはり、皆の目標はネギ? しかし、あの綾瀬までこんなゲームに参加してるとは予想外だ。どうしようか。目標まではおよそ20メートル。一息に全員を捕まえるのが最善だろうが、一人傍観してる長瀬が厄介だ。
それにしても枕投げって遠くから投げ合うもんじゃなかろうか。アレは明らかに枕投げという名だけの殴り合いの近接戦闘になってるぞ。――ひやああぁぁあっ!?
悲鳴? ネギの部屋からか? ああ、枕投げやめてネギの部屋に入って行くクラスメイトを見るとそうみたいだ。
「何があった長瀬!?」
一人だけ部屋に入らず、傍観者と決め込んでる長瀬の下まで駆けて語りかける。
「ふむ、のどか殿に何かあったみたいでござる」
腕を組みながら、いつものようにのんびりした自分のペースで答えてくる。ここまで悠長に構えられると逆に関心する。
「大丈夫か……っ!」
だが俺まで一緒になってのんびりしてる訳にはいかない。昨日会った白髪の少年のコトもある。
だから急いで、迷うコトも無くネギの部屋へと駆け込んだ。部屋には古菲と気絶してる宮崎を抱える綾瀬が居た。先にもう二人入って行ってた鳴滝姉妹の姿は見当たらない。
窓? 開いてる所を見ると鳴滝姉妹はあそこから出たのか。部屋に居る筈のネギが居ない所を見ると、追いかける為に最速の道を選んで窓から出て行ったと推測できる。「士郎アルか。むむー、獲物前にして心惜しいが今は新田に気付かれたかも知れないアルから撤退するアル。ネギ坊主にも逃げられたアルし」
人を獲物呼ばわりする失礼な子は、ちゃんと部屋の入り口から飛び出て扉を閉めて行った。
この様子では関西の敵ではなさそうだ。ネギも俺と同じく嫌な気配を察知して逃げて行ったというのが妥当な線のよう。「宮崎は大丈夫か、綾瀬?」
「え……はい、大丈夫かと」
「ネ、ネギ先生が五人……?」
確かに訳の分からない言葉を呟いてる意外の宮崎の容態は、大丈夫そうだと俺の目にも見えた。
「綾瀬に少し聞きたい事が――」
質問しようとしていた言葉を途中で切って窓の方へ向かう。
「……どうしたのですか?」
俺が部屋の開いた窓を閉め、カーテンを閉めた時に綾瀬から声が渡された。
「ネギの部屋が見えるようにビデオカメラを設置する物好きは知ってるか?」
本来聞こうとしていた物とは別の物になってしまった。それも俺が今綾瀬へ言ったように、木の葉の陰に御丁寧にピンポイントで、この部屋を映すよう設置された器材があったからだ。
あの男もこんな事をしそうな奴ではあるが、今日の件は余りにも目立ち過ぎで段々とあの男が主犯とは言い難いものになっていた。「おそらくですが、朝倉さんかと」
起きない宮崎を敷かれていた布団に寝かしつけて、綾瀬は答えを返してくれた。
朝倉といえば、つい何時間か前にネギの正体を知って、俺達も魔法がバレたネギと同じ側であると仁が説明したばかりの人物だ。「……その……衛宮さんはゲームのコトをご存じなのですか?」
「詳しい内容は分かってないが、今さっき長瀬に一度襲われかけたから多少は分かってる。俺達のクラスは悪ふざけが過ぎる所があるからな。綾瀬相手でもないとこうして落ち着いて話せなかっただろう」
「そ、そうですか」
今まで見てきた中の長瀬、古菲、明石、鳴滝姉妹は綾瀬と比べれば格段の差で悪ふざけを行う人物達である。気を抜けば長瀬にやられたようになってしまってもおかしくないのが笑えない。
「このゲームのコトなんだが、仁も標的にされてるのか?」
もし標的にされて居るのならば仁が主犯だとは考えにくく、アイツも、もしかすると関わっているのではないかと思えて仕方ない引っ掛かり部分が消えてくれる。それと同時にカモの仕業だと間違いなくアイツも気付く事だろうから、カモを捕まえ、このふざけたゲームを終了させる時間も俺一人よりは早まるだろう。仁はカモが勝手をするコトはよく思ってないようだしさ。
でも、仁が例え主犯でも主犯でなかろうとも今は部屋には居らずに何処かに行ってしまってるだろう。捕縛も協力も難しい。「え、えっと……衛宮さん、ネギさん、仁さんの三人が標的です」
「そうか、ありがとう」
綾瀬の言葉の中に何か違和感があった気もするが……とりあえず、ゲームの主犯は朝倉とカモの二人組という結論で良さそうだ。朝倉も日常生活においての要注意人物という認識にしておいた方が賢明と。
「ところで、俺は0時までは生徒を取り締まる役目を与えられてるんだが、騒ぎたいだけなら役目を果たさなければならない」
綾瀬は理由があっての参加だろう。考えなしに馬鹿騒ぎするタイプじゃない。だからこうして安心して話ができる。
「わ、私はただのどかの想い人を他から死守するためだけであって、それ以外の深い意味はまったくもってないです」
つまりはネギをこんなアホなゲームから救おうとしてるってコトか。それも自分ではなく友人の為に、先生に叱られるかも知れないリスクを背負って。
「綾瀬は友達思いだな」
「え、あ……は、はい……」
しかし、顔を赤くしたり青くしたり今みたいに落ち込んだりと随分慌ててるようだ。どうも引っ掛かるが――
「ああ、すまん気付かなかった」
「え……そ、それは……」
「電気つけてないと、そりゃあ恐いよな」
ポチっと部屋の明かりを付けに行く。
暗い部屋の中で男と喋るのは気が滅入るものだろう。ましてや寝込んでる友人の宮崎も居るせいで負担も倍になる。こういう所にすぐ気付けないから、俺はよく叱られたりしていたんだろう。「……私変な顔してたですか?」
「む、気を悪くしたのなら謝る」
怒ったというか気難しい表情で俺を見る綾瀬。
「いえ……よく衛宮さんはあの暗さで人の表情を確認できていたと思ってただけです」
「あー、目が良いのが取り柄でな。暗い所でも普通の人よりは見える」
暗闇に馴れてしまえば見える人も居るだろうが、普通は月明かりぐらい部屋に射し込まなければ見えない。それもさっきカーテンを閉めて真っ暗にしてしまった。
「さて、俺は騒いでる奴らをとっ捕まえるってコトでいいか? そうすればゲームも終わってネギも死守できる」
俺の方針はさっきまでと変わらず。門限破りの生徒を取り締まれば全て事足りる。それと加えて主犯らしき朝倉が最優先目標か。ついでに小動物もだ。
「衛宮さん、私も行きます」
扉に掛かる俺の手を綾瀬の声で止められる。
「だが、それだと――」
「新田先生に見つかった場合は私を差し出して構わないです」
綾瀬が俺と一緒に行動すれば、俺の与えられた立場上不利になる状況に陥り易い。俺一人の方が行動面、隠密面にしても容易に動けるのは確かである。
「じゃあ見つからないように行こうか。見つかった時はその時に考えればいい」
「ありがとうございます」
それでも綾瀬の友人の為にという熱意に拒否できなかった。それに置いて行っても綾瀬なら一人で行動しそうだ。それならば共に行動した方が良い。
もし新田先生に見つかった場合は、俺も叱られるべきだろう。何にせよ綾瀬も門限破りでゲームに参加してる生徒。理由がどうあれ取り締まるべき対象を、私情で取り締まらないのだから。宮崎の方は、このネギの部屋に寝かせて置いて問題ない。というよりこの方が宮崎に取っても良いに違いない。無理に部屋に連れ戻しても、彼女もまた綾瀬と同じようにネギが相手の今なら一人で行動する。
というよりも、宮崎を担いで行くのは今の旅館だと危険すぎる。忍の捕獲報告があれば楽になるんだけどさ。次に、あの忍と顔を覗かせる時は、一階で正座してるコトを願って部屋の扉を開け――れなかった。
いや、開けれなかったではなく勝手に開いた。此方側からドアには誰も手を付けていないのに。「あ、士郎さん」
そんな明るい声で俺の名を呼ぶ少年が、開いた扉の先に自分の部屋へと帰ってきていた。
「ネギ先生でしたか。なんとも素晴らしいタイミングでお戻りになって良かったです」
ほっ、と言葉を吐く隣の綾瀬。その安堵は他の者の手にネギが渡らなくて安心したというトコだろう。
しかし、このネギ――「夕映さんと……のどかさんも居たんですか。いえ、今はそれより」
部屋を見渡し言葉を一度止めて、息を軽く吸い込むネギ。一拍置いてから、ネギの口が動き――
「士郎さん、キスしてもいいですか?」
「……なんでさ」
――5巻 35、36時間目――
2010/8/17 改訂
修正日
2011/1/12
2011/3/15