30 修学旅行2日目夜・らくさ
「クソ……ッ」
お手洗いから、現ゲームの放送室に変わってしまった部屋に鈍い音が響く。液晶にオレの思わぬ映像が映り込んで、思わず壁を叩いてしまったからだ。
「いやいや、さすがにアレは気付くとは誰も思わないでしょう? まぁ、アンタ達なら不思議パワーで見つけれるかも知んないけどさ」
朝倉が3-Aに放送用のマイクをオフにしてから、オレへ慰めの言葉を掛けてくる。
「そうだ。相手が士郎って分かってたんだ。オレの詰めが悪い」
だが、そんな言葉じゃオレは納得せん。
こんな面白ろ可笑しい企画の重要的な要素の一つ、外からの観察を、士郎はカーテンを閉めて遮るという行為でオジャンにしやがった。せっかくネギの部屋には夕映とのどかも居たのに。こんなおいしい場面を見れないなんてなんてこった。「惚ケ士郎ニ出シヌカレルトハ、末代マデノ恥ダゼ。ケケケ」
映像も無ければ、音声を拾う器材を設置してる訳でもない。
あー、あのお堅くクールに決めてる夕映が士郎相手にあたふたしてる表情が見れたかも知れんというのに。なんたって夕映は考える奴だ。キスが目的のゲームに参加して、しまいに士郎に会ってしまった時には、言い訳の言葉を四苦八苦と絞り出そうと躍起にする表情が容易に想像できる。それにこの後、順当に行けばネギに化けた式紙相手と夕映だったか。もったいなさすぎるぞ。「仕方ない。一つ覚悟を決めるか」
オレのPCを90度回転させ、その前にチャチャゼロを置いてから立ち上がる。
「何? 仁、外に出んの?」
「ああ」
一言で返す。それはココを出て騒ぎの地へ出向くコトを決めた言葉。
「朝倉のコトだから、ゲームの標的にオレを外したって報告クラスにしてねぇだろ?」
オレが一言で返した時に、朝倉の表情が微かに歪んだのを見逃さなかった。こいつもまた、どっかの色黒巫女さんのように性悪である。
「あ……バレバレだった?」
「あわよくば金も稼げる。事実を作っちまえばオレは反抗も反論もできねぇってトコだろうな」
「……バレバレね」
観念したのか空笑いで返してくる。
逆にオレもゲームが終わり次第、これを問い詰めてアドバンテージを得ようとしてたからお相子かね。「オレも男だし悪くは思わんが、ゲームってのが気に食わん上にカモの案なのがもっと気に食わねぇ」
「俺っち全否定かい、仁の旦那……」
「という訳で、参加者に見つからんようにサポートしろ。チャチャゼロは置いてくが、お前らがオレにイカサマしないための保険だ」
「ツマンネー役割ダ」
昼にも使っていた小型のヘッドセットを装着。チャチャゼロにも装着させて、ヘッドセットに3つ付いてるスイッチの一つを押す。これで互いに通信できるようになる。
「テス、テス」
「『一々チェックスンナヨ、ウッセーナ』」
直接耳に入る声と機械から入ってくる声が同時に聴こえてくる。通信は良好。後は出発するのみ。
「チャチャゼロ好みの仕掛けも考えとくから楽しみにしてろ。易々と士郎を逃すわけには行かんぜ」
「『期待シネーデ待ッテルヨ』」
部屋の奴らに軽く手を振ってから、オレもゲームの地へと足を踏み入れた。
◆
何が何だかわからない。何で目の前の少年が俺に向けて上目遣いで居るのだ。そういうのは基本女性が男性にするもんじゃないか? いや、別にそんな基本事項を確かめたい訳じゃないが。
「ネ、ネギ先生が衛宮さんに……? 折角のどかがネギ先生に告白したというのに、実態がこれでは……もしや初めから負け戦という事になるのでは? いえ、これはもしや憧れや男らしさの対象に衛宮さんが選ばれ、それでネギ先生が衛宮さんに尊敬の念を抱いてるだけという推察が一般的……し、しかし、それでもキ、キ、キスをしたいというのに結び付かないのではないのかという疑問が。それよりも男性同士でしても――」
ああ、綾瀬は駄目だ。早口で何やら呟いて間違いなく駄目な方に勘違いしている。
今一番に必要なのは、目の前の少年の対処だ。生憎、俺は同性と接吻するという趣向は持ち合わせてないので、何としても回避しなければならない。
逃げ道は二つ。後ろの窓から外か、ネギが入ってきて御丁寧に閉めた入口。しかし逃げようにも、コチラが一歩下がれば同じようにネギが一歩寄って来る。二歩、三歩と俺を動揺させようとしてるのか、波長を合わせてくるのがイヤらしい。「士郎さん……」
俺の名を呼ぶネギの若干艶っぽさが入り混じった声が悲しい。
「…………」
俺は言葉も出せずに下がる足を止める。
諦めた? そうではない。これ以上後退すれば、いずれ寝ている宮崎にぶつかってしまう。それに後ずさるだけでは何も解決しないからだ。「すまんな、ネギ」
謝罪を吐いてからネギの額めがけ、一発打撃を食らわせる。デコピンというお約束の一発を。
食らったネギは2メートル程の距離を宙を舞って入ってきた扉に背中からぶつかって崩れ落ちた。
正気に戻れと念じて、強めに打ったがココまで飛ぶとはおもわなんだ。
そんな奇想天外な光景を見て、ようやく綾瀬も此方側に戻ってきたようで、隣で崩れ落ちたネギを心配して駆け寄ってる。しかしというか、やはりというか、今の一発で最初に視て感付いたように、ある一つの結論が決定された。このネギは――
「任務失敗、ネギでしたー」
崩れ落ちた少年が、間抜けな声を出すと共にその目が光る。
――ボゥンッ――
一瞬後、気が少々抜けてるが、確かな爆音が部屋に響いた。
煙に包まれる部屋。さっきまで倒れていたネギのような物体が爆発を引き起こし、部屋を包み込むように煙を噴出したのだ。「大丈夫か、綾瀬?」
煙までならまだしも、同時にスタングレネードと同類の効果も発してきた。スモーク+スタン、効果は軍に支給されてる物よりは低いようだが、それでも女の子に食らわせるのはどうかと思うぐらいの威力はあった。
「耳や頭に違和感ないか?」
もう一度、目の前の少女に安否を問いただす。
余りにも咄嗟の出来事過ぎて我が身を盾に、綾瀬を片腕で抱き寄せて、もう一方の腕で耳周りを被せるようにするしか対処しようがなかった。さっきのモノが外傷を与える爆発物でなくてホントに良かった。「え、ええ。なんとも……ないです」
綾瀬の返す言葉にケホッ、と咳込みが混じったのは周囲に立ち上がってる煙のせいだろう。
言葉で確かめたと同時に、綾瀬の目を見て、焦点がちゃんと合ってるか確認。2秒程度、綾瀬の目をしっかりと覗き見てから、何の問題もないと判断して綾瀬を離す。……これも朝倉の仕業か? それなら、さらに性質が悪い。
振り返って爆心地を見れば、そこには崩れ落ちたネギのような物体に代わって人を象った小さな紙型が落ちていた。紙型には「ネギ・スプリングフィールド」と、カタカナの筆で書かれた文字。
これは陰陽術? しかし、こういう物は元来、人の分身を飛ばすには本人が施す、もしくは本人の血等を媒体にして他人が使役するものではなかろうか。多くは前者の本人が使役しそうなものだろうが、ネギがこんなふざけた命令を出すとは思わないし、後者の方法でカモの仕業と見るべきか。
しかし、ますますとコチラの魔法体系について勉強しといた方がいいと実感が湧いてきた。「ケホッ、エホッ……こ、この煙はー……?」
「っ! の、のどか起きたですか」
幸か不幸か、部屋に立ちこめる煙で眠っていた宮崎が起きたようで、綾瀬が駆けよる。いや、あの場面を宮崎に見られなかったので、早めに起きなかったのは不幸ではなく幸か。あんなの見たら、いくらネギの偽物とはいえトラウマになる。
「あれ……衛宮……さん?」
きょとんとした瞳で此方の名を呼び確認する宮崎。
「衛宮さんはネギ先生を守るのに協力してくれるですよ、のどか」
「最終目的がそれに帰結するようなんでな。一度は応と言った身だ。約束は守る」
二人に向けて言った後に、紙型を拾い上げ二つに破り捨てる。これでまたネギの偽物が襲ってくる事態に至らないだろう。
「さて、今度こそネギとその他諸々を探しに行こうか。この身も0時までしか安全に立ちまわれないんだ。出来れば早めに済ませてしまいたい」
まだ数十分あるとはいえ、決められた時間があるため焦りもする。可能なら現行犯で主犯を捕まえたいもの。カモを見つけたならどう懲らしめて、倫理というものを叩きこんでやるべきか――
「えっと……衛宮さん準備できましたですが」
「すまん。行こうか」
自分で行こうと言っておいて止まっていた足。申し訳ないと返しつつ、やっとネギの部屋から出る流れとなった。
まず俺が先頭になって扉を開け、周囲の確認。気配はなし。目視で確認できる影もなし。この辺りの通路に人が居ないのを確認してから部屋を出る。「ネギが行きそうな場所に心辺りないか?」
部屋を出てからも俺が先導して通路を歩き、俺から二人分間を開けて後ろについてくる二人へと問う。
「私にはとても予測が……のどかはどうですか?」
「えっ、わ、私がネギ先生の部屋に入った時はネギ先生が寝ていて、その後五人で……」
「落ち着くですよ、のどか」
ネギの行く手はわからずだが、宮崎から有益な情報が入った。それも、ネギが五人。これはもしかするとさっきの偽物のコトではなかろうか。そうならば、さっき消えた一体を抜かすと残りの数は四。それが全て偽物なのか、中には本物のネギが混じってるのかは不明だが、多くても残り四の偽物が居るというコトだ。
さっきのような事態だけは二度となるコトがないよう避けたい。なんか大事な物が失ってく気がするんだ。主に信頼とか人の見る目とか。「ッ! 待った!」
「へ?」
「えっ……?」手と声で、ついてくる後ろの二人を静止する。
二人は驚いた様子で、その通りにしてくれた。多少キツく言い放ってしまったが急だったのだ。「……罠だ」
俺が通った時には無かった物が、そこに在った。丁度俺と綾瀬、宮崎の間に。注視しなければ分からない程の透明の糸。それが、綾瀬と宮崎の一寸先に張るように仕掛けられていた。
高さから言って転ばせるための仕掛けだが、何故先頭の俺が通りすぎてからコレが――――プツンッ。
手で糸を軽く這わせてると突然切れた。
触れていたせいでない、これは明らかに意図的に切れる仕掛け――ッ。「なっ……!?」
口から言葉が漏れる。
ひとりでに俺の真上の天井が開き、1メートル四方にかっぽりと開いた暗い穴から銀色の群が振ってきた。「なんだってんだ……」
手に収まるのは12本のナイフ。振ってきた銀色の正体だ。
糸が切れるコトによって作動する罠。コレが綾瀬と宮崎が足に引っ掛けて作動していたなら、大変な目にあったのではなかろうか。
いや、引っ掛かってもコレぐらいの罠なら守るのは容易い。手間が引っ掛かった人を支え、天から降るナイフから守るに増えるぐらいだろう。「……すごい芸当ですね」
「この程度なら長瀬にも軽くできると思うぞ」
俺の手に握られてるナイフを注視する綾瀬に言葉を返す。
手に余るナイフをどうすべきか。持ち歩いていれば余りにも不審。かと言って廊下の脇に邪魔にならぬように置く、ってのもナイフなだけに危険だ。ナイフの心配よりも詮索すべき物があるだろう、衛宮士郎。
この罠は朝倉やカモが仕掛けるような罠ではない。もっと猟奇的で、度が過ぎる悪戯が好きそうな奴。
答えは分かってる。今までコイツじゃないと思ってた人物だ。「シッ――!」
数メートル先の天井目がけ、12の全てのナイフを投げる。
四角く囲うように刺さるナイフの群。その僅か一秒後、形通りに天井が落ちた。「やはりお前か」
「……っ、クソッ、チャチャゼロの奴、勝手に発動しやがって――ッ」
天井と一緒に落ちてきた青髪の男が床へと転げ落ち、心底悔しそうに、仲の良い人形に向けて暴言を吐いた。
「標的に仁も入ってたから、今までお前が絡んでるという線を抜かしていたが裏をかかれてたようだ」
「実はオレもそれを利用してたんだよね」
仁は床へと落ちたナイフを拾い、パンパンと浴衣の埃を落とす仕草を取って言葉を返してくる。
「とりあえず理由を聞こうか」
「あ? ワケなんて簡単だ。お前がお暗いお部屋で学生よろしく夕映とニャンニャンやってたか気になったんだよッ!」
何故か人の顔見た瞬間に逆切れで言葉を吐いてくる仁。
何だろう、仁から哀しさが伝わってくるのは何だ……?「テメェにオレの気持ちは分かるまいッ! 夕映の表情見りゃ大体想像ついたさッ! 何がニャンニャンだッ! こんの糞女タラシの朴念仁野郎がッ!!」
さらに逆上して、ナイフを4つ全力で投げてきやがった。
俺は落ち着いて小刀を投影。飛翔する4つの銀を天へと弾く。「死ねッ!」
暴言吐いて走り去ってく男の後ろ姿。
「……すまん、仁追い掛けていってもいいか?」
尋常じゃない混沌と怒りを撒き散らしてた仁の様子は異常だ。
アレを止めれるとするなら、原因をつくったらしい俺だろう。どう考えても逆恨みな気がするんだけどさ。「そ、それがいいと思いますです、はい」
「えっと……衛宮さん気を付けてください……」
宮崎にも心配の声を掛けてもらえるとは、それ程今の仁の厄介さが顕著に分かるってコトだ。
とにかく二人の了承を得たので、逃げ去った男を追い掛ける。
角を一つ曲がる。仁の姿は見当たらない。アイツ、どうやら全速力で逃げてるようだ。足元に加え天井にも注意を払って駆ける。さっきの言葉からすると罠はチャチャゼロも関係してるようだから。故にさっきと違ってオレ単体相手となると、えぐい物が飛んできてもおかしくない。
更に駆け進み、もう一つ角を曲がる。
「っ! 投影ッ――」
干将・莫耶で構え迎撃。迎えたのは俺が追い掛けていた防人仁。
カラドボルグを手にして、本気で打ち込んできたぞ。「今日は稽古してねぇッ! いい機会だな士郎ッ!」
「何でそんなノリノリなんだよッ!」
二合だけ打ち合い、仁は分が悪いと見たのか、ナイフを二本投擲して近くの階段を降りて行く。
「厄介だな……」
天井に新たに刺さった二つの銀のナイフを見て呟く。
仁は逆上してるが戦闘に関しては冷静だ。退き際を知り、自分の有利な状況にしか手を出してない。このまま時間を掛ければ、チャチャゼロが発動するらしき罠。さらに未だ残っているゲームの参加者や先生を利用してくるのではないかと肝が冷える。「でも、俺悪い事したか?」
悪い事してるのは、誰がどうみても仁の方だと思う気がするんだが違ってるだろうか? だって、あれどう見ても逆切れだよな、うん。
何にせよ仁を説得せねば、俺の身が危ういのは確かである。
二刀を持ったまま、更に仁の後を追い掛けるコトにした。
「女タラシがッ!」
「仁」
「うっせ、死ね、朴念仁ッ!」
「だから、少しは話を」
「士郎は女タラシ過ぎて感心しませんな。近頃のネギと士郎はやんちゃで困る」
「なんだよ、そのテンションの差は」
数合打ち合っては撤退する仁。
仁は、まるで此方の動きを分かってるかのように待ち伏せして立ち回り、俺は未だに捉えられずにいた。怒りは保っていても、打ち合う時はやはり冷静で、出し得る限り動きで俺を制そうとパターンを変え、罠を張り巡らせ、行動を起こし続けていた。「そろそろバテて来たんじゃないか?」
「うっせ……!」
俺の口から息を荒げている男へ、からかいに近い言葉を渡す。だが、こうは言っても仁の動きを最高と評していた。
確かに仁の状態は思わしくない。それは最高へと辿りつくために燃費を度外視しているから。そうしなければ俺と戦えないと、この男は理解している。なんせ、いつもコイツはそうなのだ。ギリギリまで突き詰めて、疲れ果て、呼吸を乱し、汗を流しながらカラドボルグを握りしめている。
ただ今日は、常日頃行っている鍛錬よりも疲れが早い。それは気分が高揚しているせいだろう。そのせいか悪態づく言葉も荒く、それでも反抗しようとする意志には、さすがと言えばいいのだろうか難しい所だ。しかしだな……「そもそも何で俺が怒られてるのかが――」
「これは男の慟哭だ。テメェには分かるまいッ!」
突進と突きを混ぜた仁の一撃。
回避には干将の腹でカラドボルグの突きの軌道を逸らし、仁の横腹に拳を一発入れる。「今のは今までで一番の下策な動きだ」
「ハッ、我が目指したのはこの逃走ルートよッ!」
最高にハイ!ってやつだァ、と眉間を指で抑え、喚きながら一階へと駆け降りて行く仁。
仁は逆上と共に、通常時でさえ高いテンションが、加速するようにグングンと上がっていく。後を追いかけ、俺も一階へ。新田先生の姿は見当たらないが、罰として正座させられてる長谷川と明石の姿はあった。
「ちぅ、ゆーな、そこら辺に転がってる奴を連れて部屋に戻れ」
仁の声が聞こえる。
他にも見れば、古菲やら長瀬やらが唸りながら転げ寝てる。よくよく見れば新田先生も隅で寝込んでるではないか。何だよ、この地獄絵図染みたロビーは。あれ? 何か思い出したくないネギの偽物の話が思い浮かぶんだが。「新田のおやっさんにはオレから後で説明しとくから正座の件は心配すんな」
「マジで!? いよっしゃー撤退ーっ!」
「くっ、ちぅじゃねぇっつの……」
足の痺れはなんのその。明石が長瀬を、長谷川が古菲を担いで行ってしまう。仁の話術に頼るクラスメイトが此処に二人。新田先生相手でもこうとは、仁の話術は信用が厚いみたいだ。
「まだアレまで仕込みを入れるにせよ時間がある。こっからは二人の戦だ」
ロビーの中央、仁は高笑いをしながら、目の前の丸テーブルの上に懐から出したナイフをずらりと並べる。その数は十八。どうやって旅館の浴衣に隠し持つ事が出来たのか不思議だが、器用な奴だし巧く持っていたのだろう。
「――死ねッ、士郎!」
俺が階段を丁度降りたった所で、仁がナイフを六、全力を持って投擲してくる。
投擲に関しては何も教えていないが、速度、制度、共に申し分ない投擲技術である。
自分にあった動きを掴むのは難しいと教えているが、コレは間違いなく仁に合っているモノだ。こんな場面でなければ誉めてやる所だが、そんな場面でもない。しかし、コレでも俺を制するには至らない。さっきまでと同じように二刀で天へと銀の刃を弾く。
「シャアァオラアアアァァァァアッ!」
「おい……ッ!」
再び仁の投擲、とは言っても今度はソファだ。片腕でぶんまわして投げてきやがった。3人掛けだからおよそ50キロか……っ。
さすがに回避する訳にはいかない。回避すれば器物破損。天井の穴と違ってこっちは壊れてしまえば修復に時間が掛かる上に、後ろの階段にも被害が及ぶ。馬鹿正直に真正面から、ソファの背を片腕で止める。
……しかし、これは結構応える……っ……仁の馬鹿力も大概にしてくれ。「こんの糞女タラシがッ!」
声と同時にガカッ、と蹴る音が俺の耳へ入ったのはすぐ側。
仁が俺が受け止めたソファを踏み台にして、俺の上を取っていた。この一連の運び、コレは今までで最高じゃないか。教えてる身としては、ここもまた誉めてやりたい。
悠長な事を考えてる場合じゃない。迎撃出来るのは腕一本の莫耶のみ。
銀の小さな刃が3つ飛翔する。狙いは全て俺。一つは頭、残る二つは別々の肩に一本ずつ。
俺が払い落とすは頭と右肩の二本。一振りで弾き、残り一本は――「くっ……」
身をよじらせて掠めるだけで済ます。
更に続けざまにくる宙を舞った態勢からのカラドボルグの上段からの振り降ろし。
奇抜すぎる動きからでも、青髪の男は相応以上の疾さで振るう。「チィッ……」
ダンッ、と床を蹴り、舌を打つのは仁。
カラドボルグを弾いたのは干将だった。ソファから離した手をギリギリの間で戻せた事により、コチラの傷はナイフを掠めた一傷のみ。「クソッ、強すぎんだよ、この野郎ッ!」
「いやいや、今の仁の動きは大したもんだぞ」
「くおぉぉおうっ、その余裕ぶりが気に食わんッ」
「なんでさ……」
今、仁に何言ってもマイナスにしかならん気がしてきたぞ。
「終わりは稽古通りに気絶でいいのか?」
トントンと仁の方へと歩を進める。
この仁を止めるには、これ以外の手だては存在しないだろう。「ハッ、今日は負ける訳には行かんのだッ! ちゃぶだい返しっ!」
仁が初めにナイフを乗っけていた丸テーブルを、手の平で弾かせて此方目がけ投げ打つ。
ナイフを乗っけていた、そう、ナイフはまだテーブルに使ってなかった半分のモノが残っていた。その全てを器用に俺の方へ同時に仁は飛ばしてきたのだ。こういう奇抜な攻め方は、受け手は面白いが。「無茶しすぎだ」
これはテーブルごと斬り落とし、飛ぶナイフは弾くしかあるまい。
此方の行動としては前進。攻と防を同時に、仁を叩き伏せて本日は終いだ。「な――ッ!?」
ロビーに響くは俺の声。驚きの声は、不測の事態を目のあたりにしたから。
――見失った!?
この距離で、今現在相対していた男を見失った。
また、仁が奇術染みた行動を仕掛けてきた? ならば今回は回避できるかは難題。ただでさえ奇抜としか言えない仁の戦い方から予測出来ないからだ。今までは、その存在がハッキリと理解してたから分かるコトであって、今日の仁のコンディションで、こうも消え去ってしまっては今度は掠めるだけじゃ――。「あ……」
ギャリッ、といった不快な金属音に振り返って、そいつを見つけた。それもすぐに。同時に体の緊張が勝手に解ける。
「……ッ……!」
「え……? じ、仁さん……んっ……」
俺の体の力が抜けたのも、女性を押し倒してる人の姿が見えたからだ。
「なんでさ……」
今日何度めになるかの言葉は、俺と同じように見てた橙色の髪の子も言いたかっただろう。
――5巻 37時間目――
2010/8/18 改訂
修正日
2011/3/16スタングレネードは爆音で標的の三半規管を狂わせて平衡感覚を麻痺させ、閃光で相手の視覚を奪う物。別名でフラッシュバンとも言います。よく映画である手榴弾のように外傷を与えるモノではありません。閃光を発しないものもありそうですが、詳しいコトは分からないです。詳しい話は軍に詳しい方に聞くといいと思います。