31 修学旅行2日目夜から・下手の約束

 

 

「やばいっすよ、姉さん!」

「じ、仁ならきっと大丈夫だよ……きっと」

「ケケケ、アノ逆切レップリデテメェラモ巻キ添エダナ」

「あばばばあば、そ、そりゃねぇっすよっ!」

 場所はお手洗い場。その中に在るのは三台の異なるPCと、それらのそれぞれの前に座る一人と一匹と一体だった。
 三台のPCは異なっていても、映す画面は全て同じ。6分割された画面に映される旅館の映像。その中で異色を放つのは左上から3つ反時計周りに、砂嵐が入った映像だった。

「に、逃げるしかねぇっすよ姉さん! いくらなんでも仁の旦那と士郎の旦那があんな動き出来るなんて思ってなかったっすよッ!」

「う、うん、そうなんだけど、どっちにしろ逃げれるのかなぁ……って」

 画面3つの砂嵐になる前に正常に映っていた画面は、仁と士郎の、この世界でいう一般市民から見れば人外の動きをした映像が映っていた。否、正確には、人外過ぎて、映像に映すコトが出来なかった故に人外だと言える。設置されたビデオカメラの精度では二人の動きは捉えられなかったのだ。
 では、どうして見て分からぬ映像に、一人と一匹が腰を抜かしているのか? それは、単純。残る一体が事細かに二人の動きの詳細を解説していたのだ。僅かに確認出来る手の動き、足の動き、体捌き、間近でそれを常に見ている人形は、その僅かでも理解をして解説するのに十分だった。

「くぅ……士郎の旦那を舐めてたぜ……今度こそヤラレル。確実に俺っちは……」

「テメェハ何回カ絞ラレテンダカラ反省シロヨ」

 号泣する白い毛むくじゃらの物体に、高笑いで煽ってやる人形。
 残る一人の人間、朝倉は冷静に口を走らせて居はしたが、流れる冷や汗の量が尋常ではない。焦っている証拠である。
 あたふたとする一匹と一人。そしてただ笑い声を上げ続ける一体。

 場の混乱を止めたのは、カモの前に現れた一つの光だった。

「あ、あ、あ、姉さん。仮、仮契約……成立……っす……」

「え、へ、え……だ、誰よ……っ!?」

 緊張の糸が張り詰める。初めは金儲けのためにしようとしていた仮契約。しかし今は、可能なら、願いが届くのなら決して起こって欲しくなかった出来事。今回主となるだろう三人の内の少年なら別段問題はない。だが残り二人が成ったのなら、此処に居る一人と一匹には致命的だ。
 そして、それが誰であるかは、成立した時点で仲介役のカモには分かっている。

「あ……あ……あぁ……じ、仁の旦那……ッす……」

 カモの成立したカードを持つ手がガクガクと震える。
 それはある男に逆切れした男の怒髪天を衝く怒りが自分に飛んでくると悟った震えだった。

「え……あ、相手は……!?」

 朝倉がカモの震える手から仮契約カードを引っ手繰る。
 そこに描かれていた人物は、今回ゲームに参加した5つの班計10人の人物ではなく――

 

 

◆◇

 

 

 なんだ、頭がすげぇ痛い。こう、後頭部らへんが。
 そういえば、士郎と戦ってたっけ。
 やられた? まぁ、やられんのはいつも通りなんだけどさ。

 目を開けば朝か、チャチャゼロの顔か。
 後者なら目覚めの反省点を含めた毒舌を気持ちよく貰えるってやつだ。
 とりあえず、起きて氷袋に入れて頭冷やしたい。それぐらい痛ぇ。

「…………っ……」

 あれ? 夢かい? 視界がぼうっとする上に、オレの知る顔が目の前にあって、何やら悶えてる気がするんだが。
 何コレ? もしかしてアレか。欲求不満でこんな夢見るってコトか。いや、でもそういうのは稽古してる時に発散されてる気がするんだけどなぁ。アレはアレで楽しいし。痛いけど。

「……ん……?」

 お……? 上手いコト声出せねぇ。夢ならそんなコトもあるだろうが、ホント出せねぇ。こう口が柔らかいモノで塞がれてる感じで、それと声を出そうとすると目の前の……人が……悶……え……?

「ッ…………!?」

 ち、違う夢じゃねぇッ!?
 両手で床を叩き、己の体を急いで起こす。この単純な動作で全てを把握した。
 押し倒してしまってる。人を。それも女性を。眼下に映るのはよく知る人物。押し倒した衝撃で頭を打ったのか顔を赤くして、虚ろな目で此方を見ていた。
 それに、さっきオレがしてたのはま、まさか――

「す、すすすすすまん!」

 謝るしか選択肢がなかった。どうしようもない。取り返しもつかない。最速の動きで距離を取ってオレの知り得る最高の土下座の姿勢で彼女に謝る。

 桜咲刹那という少女に。

「い、いえ……」

 曖昧な返事なのが刹那らしい。怒っているのかどうかは顔を見れる立場じゃなくなったオレには分からない。というより十中八九は怒っているだろう。

「あ、あ、あ、アンタ、桜咲さんに何てコトを!?」

「そうだアスナ、オレが悪い。どう考えてもオレが悪い。言い訳のしようがない」

 隣にアスナが居るのだろう。こんな近くからの声というコトは、ホントすぐ側だ。それにも気付かなかったのはオレの動揺の表れ。どうしようもないのだ、取り返しのつかんことをしてしまった。アスナがオレをぶん殴っても今度ばかりは、オレに味方する者は一人も居ない。

 元はと言えばオレが士郎に逆切れしたコトから始まった。コレはアイツの朴念仁っぷりのせいでもあるが、その後のオレの行動がマズイ。つい本気に旅館という中で考えもなしに士郎と全力でぶつかってしまった。
 そして、最後に放り投げたテーブルとナイフ。あれが今回の事件の真相。
 運悪く物を放り投げた士郎の後方に、この二人が現れて、守るのに精一杯だった。おそらくはあの時、士郎が砕いたテーブルの破片がオレの頭にでもぶつかって気を失ったのだろう。

「えっと、コレは……」

 そんな刹那の声が高い所から降って来るのは立ち上がったからに違いない。

「あー……それはテーブルの破片と、仁が投げたナイフだな」

 後ろからの声。これは士郎のもんだ。
 オレの頭はまだ上げられない。

「すまん、俺ももう少し早く二人に気付けたら巧い対処があったが、仁の動きに熱中してしまった。仁の方は仁自身で二人を守ろうとしたのだろう」

「え……でも、コレって仁がやったんでしょ……?」

「ああ、そうだ。オレが悪い」

 頭は上げれないが、どういう状況かは理解出来てる。壁に刺さった破片やらナイフやらを見て二人が困惑してるのだろう。それで結局は原因を作ったオレが悪いってこった。

「むー、何でこうなったか分からないんじゃ判断しようがないじゃない。まあ、仁が……桜咲さんにしたコトは問題あるのは確かだけど」

「……いえ、本当に良いんです、仁さん。頭を上げてください。貴方が原因を作ったとはいえ、私達を助けてくれたのは確かなのですから。私も気付けなかったのです。あのまま仁さんが庇ってくれなければ神楽坂さんが怪我を負うコトになっていたでしょう」

 刹那の慈悲深い言葉。それも怪我を負うのに自分を入れてない辺りが、さらにオレを悲しくさせる。

「腹を切れと言われたら辛いが、それ相応の謝罪はする」

「いえ、本当に良いんですよ」

 それでも頭は上げられない。刹那の慈悲深さが余計にそれをするのに留めるのだ。

「あぁっと、俺は後片付けしてもいいか? 新田先生もあのままじゃまずいしさ」

「げ……新田先生伸びちゃってるじゃない。あれもまさか仁……」

「他にも伸びてるウチの生徒が居るかも知れないから……神楽坂、周囲の捜索頼めるか?」

「う、うん、いいけど」

 足音が二つ、別々の方向へと動きだす。残る一つは動いた音が聞こえない。

「えっと、すいません。私なんかが……その、仁さんと……」

「それは女性である刹那が言う言葉じゃない」

 何故に刹那が謝る必要があろうか。全く必要のない言葉である。

「とにかく顔を上げてください、仁さん。その格好を見ていると私としてはとても不安です」

「…………」

 此処まで当人に言われては、そうせざるを得ない。

「すまん……」

 今度はオレの顔を上げた高さまで、屈んでいた相手の目を見てもう一度謝る。
 そんなオレに刹那は、微笑みをくれる。

「貴方のような人が、こうも下手に出るとおかしいものです」

「面目ない……」

 オレは謝ることしか出来ない。それ以外は思い浮かばないのだから。

「そうですね、仁さんが納得できないのなら話はまた明日にでもしましょう。私はコレから神楽坂さんのお手伝いをしてこようと思います」

「あ、ああ。分かった」

 オレの言葉を聞くと立ち上がって刹那は、この場から走り去っていく。
 本当に気にしてないといった態度で、大人を装った態度で。

「こっち来てから身についた特技が恨めしい」

 顔を見て分かってしまったコト。図書館島辺りからどうしようもないぐらい冴えてきた相手の思考を判断出来る能力。相手を元から知っている知識と相まってか、向上しているモノ。

「お嬢様一筋だってのに」

 泣きたくなってきた。大人ぶる態度で対応した慈悲深い刹那のせいで。

「とにかくオレも後片付けしよう」

 まずは足を進める。本日23時から発生したゲームの最重要拠点へ。

 

 

 

 

「じ、じ、じ、仁の旦那……ッ!?」

「あぁ……その……何、仁……?」

 鍵の掛かったお手洗い場をこじ開けて、顔を見せたのはカモと朝倉。どちらも身構えて、体を震え上がらせていた。

「何もしねぇよ。カモ、マスターカード渡せ」

「え、あ、あいさ、仁の旦那」

 カモから受け取る手の平程のカード。描かれた絵は桜咲刹那が彼女特有の翼を広げ、右の手で夕凪を、左の手で匕首・十六串呂の一本を構えた姿。

「デ、ドウヤッテ接吻マデイッタンダヨ」

「聞くな。他に正式仮契約出来た奴は?」

「……っと、ネギの兄貴と本屋の嬢ちゃん……でい」

「そうか」

 チャチャゼロを頭に乗せて、片手にカードを、もう一方の手で自分が運んで来ていたPCを持って場を早々と離れた。

 

 

 

 

「なんだ、此処に居たのか」

 足音もなく着地するのは些か不気味にも感じるが、相手がこの衛宮士郎では普通のコトである。

「頭冷やすには此処がいい」

 旅館屋根の緩やかな傾斜で寝そべりながら、同じ場所に上がってきた男へと言葉を投げる。

「オイ、今ノ仁ハツマンネェー、ドウニカシロヨ士郎」

「無茶振りは困る。それよりも大体の後片付けはして置いた。後の今日の見張りは新田先生に代わって瀬流彦先生に頼んできたから大丈夫だ」

「そうか」

「ソレヨリモッテナンダ、ブッコロスゾ士郎」

 さっきまでの対象はオレだったが、こんな風にチャチャゼロに喚かれても何とも思えなかった。どちらかといえば思うのも面倒っていうのが正解か。

「あんな結果になってしまったが、女の子に傷を負わせなかったことよりは良いだろう。それに、あの間に入り込んだのは、仁では考えられない動きだった。全力を尽くしたんだろ?」

「……お前にしちゃナイスフォローだよ」

 気を利かそうと懸命な士郎。
 こいつも良い奴すぎて、今のオレにはとてもキツイもんだ。

「テメェモ士郎相手ニ同ジ目ニ合ワセヨウトシテタ癖ニナ」

「それでも士郎は仮契約まではいかん。回避できるさ、多分」

 そう分かっていたからこそ、悪質な悪戯が出来たってもんだ。
 この士郎の危機回避能力だと人の唇を奪う事態までには行かずに、危うい所ぐらいで終わりだろう。
 それだけ力があると理解しているから、あんな悪ふざけ出来たのだが、当のオレがこの始末じゃどうしようもない。

「それに士郎が仮契約しようが別にいい。まぁ相手に寄るが」

「なんだよそれ」

 その相手を挙げれば今日分かった夕映とか、前々から勘づいていた木乃香とか。どうみても士郎に好意持ってる連中なら好きにしなさって構わん。例え、オレがやってる流れを変えようという事態に陥ろうが、人の好き嫌いの気持ちまで手を加える気にはならない。そこは別の所でフォローすればいいんだ。

「今回のオレの問題は相手だ。それも誰を好いてるか理解してる分だけに辛い」

「む…………」

 オレの特権ともいえる知識と、改めてこの目で知り得た物。この二つで確定的となっている刹那の好いてるお相手が既に存在するのだ。

「刹那じゃなくて、アスナの方がまだ良かった」

「デモ俺ナラ、バカレッドハ従者ニ欲シクネェナ」

「それは直接言うなよ、チャチャゼロ。オレに鉄拳が飛ぶ」

 アスナだったらアスナで別の問題も出るが、オレ的にはそっちのが今より気を楽に構えてる思う。それでも結局は今と同じようになってそうだが。

「“破戒すべき全ての符”で契約破棄しちまうべきか」

 袖に入れていたカードを再び目の前へと持ってくる。
 何度見ようともカードの内容は変わらず、烏族のハーフの娘が描かれている。
 ただの絵だけれども、見れば綺麗と声が漏れそうな白の大翼を背に生やした少女の姿。

「ラテン語か……?」

「そうだ。ちゃんとした発音で読めねぇけどな」

 隣で立ち膝ついてカードを覗き見て疑問を投げてきた士郎に言葉を返す。
 人の絵とは別にローマ数字、ラテン語が書かれている。どれもカードに深く関係し、外せない文字達だ。

「俺ハ契約破棄ナンテ反対ダゼ。イザトイウ時ハ在ッタ方ガ便利ダシ、助ケニモ行キ易クナルダロ」

「これは、チャチャゼロにしては情け深いというか人思いの言葉。で、本音は?」

「テメェガカード見テ苦シム姿見テルト面白イ」

「ですよね」

 しかし、ある分に便利でいざという時に役立つのは間違いないのだろう。

「今の言動から察するにカードに特別な効果があるようだが」

「ああ。大きく四つだ。一つは契約行使。ネギとエヴァが戦ってる時に、ネギがアスナに施した魔法。従者の身体能力や物理・魔法抵抗力を上げる。二つ目は召喚。主の下に従者を呼び出す魔法。距離には当然制限があるが、結構遠くでも呼び出せる。ただまぁ、この二つは魔法も使えんオレが出来るとは思えない」

 未だ初期呪文の‘火よ、灯れ’も出来んオレでは高確率で出来ないだろう。

「三つ目は念話。頭にカード置いて一言入れるだけで従者に言葉を送るコトが可能だ。逆に従者もカードさえあれば主へと言葉を送るコトが可能で、これはオレでも使えそうだな」

 現代社会では携帯電話が普及してしまっているため、それで十分といえばそうだろうが、時と場合によってはコッチの方が都合いい場合も在り得るだろう。冗談交えて言うなら、金を節約したい時とかな。

「最後にアーティファクト。京都駅で見たアスナのハリセンが良い例だ。従者は一人一つ、または一式の魔法道具が与えられる場合がある。これが従者にとって一番大きな所か」

 カードを運用するにあたって、契約行使かアーティファクトが最も利用するものだろう。
 前者は主が強力である程、その強さ、効率の良さが比例して上昇し、後者は従者の腕前で如何程に威力が発揮されるかが決定される。

「カードヲ消ソウトモ、行為ノ記憶ハ消エンカラショウガネェガナ」

「きついお言葉だ」

 最後に言葉を締めたのはチャチャゼロ。
 結局は契約破棄しようとも、刹那にした仕打ちは彼女の記憶を消さない限り消えはしないので意味はない。一生とオレには後悔が付いて回るコトになる。

「オ、良イコト思イツイタゾ」

「碌でもなさそうだが聞いとくよ」

 高笑いで自信満々と声を張るチャチャゼロ。

「テメェガ刹那ヲ物ニスレバイインダロ。ソウスレバテメェノウジウジシタ悩ミモ解消。我ナガラ最強ナアイデアダゼ」

「それが出来たら苦労しねぇよ」

 これには傍観者の士郎も呆れた様子を見せている。
 そんなに人の心は容易く動かせん。それも好意となっては尚更である。
 士郎やネギのように魅力ある男であれば、多少はその苦労も無くなるのだろうが、修学旅行前のカモの件でそんな願いも今となっては粉砕されるのみである。

 これに関わるコトでハッキリ言っちまえば、士郎は男のオレから見ても良い男だ。たまに妬ましくもある。人に寄っては否とも言うかも知れんが、毎日のように側にいるオレからすればコレほど良い男もいねぇだろうと。家事は万能、料理に至っては最高のもんだし、勉強は……まあ深いとこは不明だが、言語に関しては様々な言葉を喋れるヤツだ。運動神経も人間の域を超えている。
 ネギにしてみれば、将来最高のイケメンになるのが確定。こっちは運動神経抜群に加え、頭脳も万能ときた。将来性は誰よりも良いモノとなるのは間違いなし。

 ただこの二人の落第点はというと、自分を大事にしないという所か。自分よりも他人、まさに少年漫画的な主人公に御似合いの性格。オレからすればもう少し自分も大切にしてくれって言いたい。そして最後に二人に言えるコトは他人を思いやれる点。ただオレからすればコレらの観点を歪めれば落第点かな。二人の行動原理が少々外れている。
 でも、行きつく先の答えは二人とも根は良い奴だというコト。

「はぁ、お前がイケメン野郎すぎてナーバスだ。朝まで一人で寝かしてくれ」

「……朝食前に起こしに来たらいいか?」

「いや、早めに頼む。チャチャゼロ連れてってくれよ」

 トン、と軽く跳ねる音を聞きながら、空を見上げ月を仰ぐ。

「ああ、風呂入ってから寝よ」

 とりあえず体を起こして、体を癒すコトにした。 

 

 

 

 

「仁、朝だ。鳥も鳴いてるぞ」

 ……ん……あぁ、士郎か。
 朝っぱらから大声出したら近所迷惑だぜ。

「風呂入って、結局屋根で寝ちまったよう……だな。体のあちこちが軋む」

 頭は重くないので風邪は引かんかったようだ。素晴らしいまでの自分の体の丈夫さに乾杯。
 ついでに昨日のコトもあって、気が暗いせいか嫌な夢を見ていた気がする。屋根の上という体を寝かせるには悪い環境が揃っちまったせいでもありそうだ。

 袖に一度手を突っ込んで確認する。取り出された物は昨日成立しちまった少女の絵が描かれた仮契約カード。
 ……厳しいわ。

「落ち着いたか?」

「そう見えると嬉しいんだがね」

 くっ、と苦笑いで答えてくる士郎。社交辞令の挨拶も大人が成せる技である。
 屋根から先に進む士郎の後を追いかけ、窓から己の部屋へと御帰宅する。

「風邪引イタカ?」

「生憎と元気いっぱいだ」

「チッ、ツマラン」

 嬉しそうに言葉を吐いたと思ったらすぐに、イラついた言葉を吐くチャチャゼロ。
 此方様はオレと違っていつも通りである。

 さて、とりあえず朝食は全員制服着用だから制服に着替えねばならん。
 朝食前に早速刹那に話をつけに行くかどうかだが……止めておこう。あの部屋には、お嬢様が居る。わざわざ出向いては逆効果。朝食終わった後に機会を見つけて話に行くべきだ。

「とりあえず頭切り替えて、オレがやるコトやらなあかんな。士郎の信頼を落とす訳にゃいかんし」

「良い心掛けだと関心するが、仁の“それ”は平常心でないと駄目だぞ」

「それぐらい弁えてる。馬鹿にすんなよ」

「ああ、それなら安心だ」

 制服、と士郎に一声入れてから、自分の鞄からノートを一冊引っ張りだして、チャチャゼロと一緒に睨み合いを始めた。

 

 

 

 

 朝食は昨日と全く同じ席で行われた。士郎は5班のアスナ達の班とネギと一緒に、オレは4班の裕奈率いる班。
 この席になったのは幸いと言えば幸いか。ただ真名の絡みがメンドクサイのが幸いではない。

 この席で話題になったのは昨日のゲームである。おそらくどの班も、この話が少なからず上がっていただろう。
 裕奈が無念と昨日のゲームの勝者の名を挙げたのはのどか一人で、どうやらオレと刹那については皆、何も知らないようだった。これを悟ってすぐさま、士郎と朝倉、カモにアイコンタクトで喋んなと送ったのは、ものの数秒の出来事である。
 意外だったのはオレの頭の上の人形で、喋る雰囲気も出さなかった。茶化すのが面倒だったのか、オレがネガティブモードになるのがつまらんのかは人形本人にしか分からない。
 ついでにトトカルチョは椎名の一人勝ちで、悔しそうにする亜子が印象的である。アキラも賭けてたそうだが、掛け額が小さかったので被害小で済んだようで、雰囲気と同じく穏健派ってトコだ。真名は知らん。

 

 

 朝食が終わってからはすぐに、朝食の席を去って人を探す。その目的の人が先生、乱暴者のクラスメイト、昨日のゲームの主犯一人と一匹と一緒に居なくなっていたからだ。
 朝食の席の後3-Aの大半は残って、のどかを中心として、周りが豪華賞品見せてと群がっていた。普通なら女子にとって、あの仮契約カードは魅力的なもんだろう。限りなく上品な物故に欲しくもなる気持ちも分かる。しかし、その場面は見なくとも何ら関係はないので、人を探すコトのみに力を入れている。

「端の休憩所じゃないか?」

「おそらくな」

 オレについてくる士郎の推測は正解だろう。内密な話をするには打ってつけの休憩所が一つある。ネギ達が話し合うためにコレ以上丁度いい場所は、この旅館だと個人の部屋以外にはない。
 早歩きで目的の場所へと目指し、到着すればお目当ての人物と一緒に消えた人達がそこに居た。

「げっ、仁……」

「いきなりそれはひでぇな、朝倉」

 昨日の最後に会った時から、コイツがオレに対して放つ恐怖というか嫌悪というか、そんな態度が露骨に出ていた。何故かは不明だが、問いただす気にもなれん。それと似たような態度を出してる小動物のせいで。

「刹那、簡潔に一つ話があるんだが」

 尋ねた彼女の手にはカモから受け取ったらしいコピーカードが握られていた。アスナも同じようにカードを手にしている。これらから推測するに、カモがカードの説明を始めてたってトコだろう。

「……なんでしょうか?」

 此方の声は優しい。前々から接する態度と同じだが、何かが違う気がする。オレの思い込みのせいかもしれない。それだけ非があるコトを理解しているオレにはコレぐらいの違和感を感じるのが通常か。

「仮契約の件だが、契約破棄するかどうかはそっちで決めてくれ。オレが決めるには荷が重い」

「じ、仁の旦那っ! 折角契約できたってのにそりゃねぇっす――」

「てめぇにゃ聞いとらん。食いコロスぞ」

 割って入ってきた小動物に威嚇する。震える周期が縮むが、これぐらいが丁度いい。カモは調子乗り過ぎだ。

「成立しちまったもんはしょうがない。成ってしまったのなら自分がしたいコトに最大限に利用してくれて構わない」

「ちょ、ちょっと、待った! 仁、なによ、急にその態度は!?」

 今度はアスナの怒号が割って入るが、その激昂に合わせるようなコトはせん。

「気に食わんぐらいで丁度いいだろ。悪いのはオレ、恨んでくれて構わん。やっちまった行為の記憶は消えんと教えてもらったんでな。恨まれて当然だ」

「ケケケ、誰ガ言ッタンダロウナ」

 わざとらしく頭の上から声がする。

「カードはその記録になっちまうから、気に食わなかったら契約破棄すると言ってくれればすぐにでもする。ただ魔法道具として利用したいのなら、このままだ。カードはオレが主で刹那が従者ってなるが、オレは主ではなく協力者として、最大限のバックアップを刹那にしよう」

 言おうとしていた内容は全て言い終えた。
 せめてもの過ちの罪滅ぼしってか。オレが言えてオレが可能なのは、所詮この程度のもの。

「契約破棄した場合は……」

「どちらにせよ、刹那がしたいコトに協力はしよう」

 刹那の問いに答える。破棄しようが破棄しまいが、協力するとは決めた。これは変えない。

「……少し考えさせて下さい」

「ああ。直接オレに言いづらかったら士郎、ネギ、アスナ、誰でもいいから伝えてくれれば構わない」

 考えるのにオレが居ては邪魔だろう。士郎に一声かけて、一緒に場を後にする。
 話した時間にして一分程度か。この少ない時間だけでも十分である。

「厄介な道を行きそうだ」

「そんな厄介に、士郎、お前はついて来んのか?」

「今のとこはな」

 稀に見せる皮肉染みた発言と表情。そんで、コイツは何処までお人好しなんだか。

「俺ハ混沌トシテンノガ楽シイゼ」

「混沌は勘弁だ」
「混沌は遠慮したいな……」

 チャチャゼロに士郎と声を揃えて言葉を返す。
 これもまたオレの情けない部分から生まれた物だ。
 決めてしまった後は、それに自身が納得できるまで突き進むのみさ。

 

 

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――5巻 37、38時間目――

修正日
2011/3/4
2011/3/15

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