32 修学旅行3日目朝/昼・事前の準備
「え、士郎くんもウチらと行動するん?」
「そちらが良ければだが」
「わったしゃ構わないよー」
「私も衛宮さんなら構わないです」
「わ、私も……問題ないです……」
「もち、ウチもおっけーやー」
「……アンタ達、気楽ね」
「…………」
5班の班員が六者六様の反応を示す。一番テンションが高いのは最初に答えた早乙女だ。
とりあえずは、否定的な意見が出てないようなので俺が提案したものは成立した。何だかんだで神楽坂も賛成で、桜咲も沈黙していたが肯定のようだった。何故こうなったのかは、勿論あの男の命である。
今日は私服というコトで用意していた服に着替えを終えてから、機を見計らって加わってくれと頼まれたので、応じてこの場に居る。「ねーねー、衛宮ー。ネギ先生は私達の服見て、開口一番かわいいって言ってくれたけどアンタはどうよ?」
訊ねてくるのは早乙女。テンションは高いままだ。
今現在は神楽坂に捕まっている先生の初めの一言がそれとは、子どもなのに恐れ入る。「そうだな。格好については疎いと自分に思うコトもあるが、ネギの言う通り皆に似合って――」
「似合って……?」
俺の言葉が途切れたのは一人の格好を見たせいで、どうしても疑問に感じたから。
「桜咲の格好は制服みたいだが、私服を着てこなくてよかったのか?」
「えっ……」
ワイシャツにネクタイ、制服のスカートといった格好の桜咲。麻帆良中の生徒の大半は、上にブレザーを着用している人がほとんどだが、ワイシャツだけの生徒も校内ではいくらか見る。
確かに彼女に似合っては居るが、一人だけ着飾ってないのを見ると不思議に感じる。「せっちゃん、ワイシャツと制服の代えしか持ってきてないんやてー。んもぅ、ウチとサイズ近うんやから、こーかんしよかー、ゆーても恥ずかしがってなー」
「えっ……っと、お、お嬢……さ……」
桜咲の腕に抱きついて激しいスキンシップを取る近衛。
修学旅行初日の朝昼と比べれば驚くほど大差のある光景だ。
桜咲も困ってはいるが、嫌な表情ではなく、むしろ嬉しそうに顔を赤らめている。「んー仲良いコトは良きかな良きかな。で、衛宮、仁はどうしたのよ? チャチャゼロくんと一緒?」
「ああ。アイツは、別件で今日は仕事に勤しむってコトにしといてくれ、だそうだ」
「ふーん、やっぱアイツ変わった奴だねー」
ま、どうでもいいけどねー、と酷い感じに言われているが、早乙女と仁の間は常にこのぐらいフランクな仲である。
「ふむ、しかし、自分でセンスないと言っておきながら格好は結構普通だと思うんだけど」
「あー……仁のコーディネートだからな」
俺が身に纏っているものは修学旅行前にアイツが用意した格好だ。かろうじて自身で購入したものは下着のみで……あ、インナーって言えとか言ってた気がするな。パンツだとかインナーだとかアウターだとか、少しは服について理解しろ、死ネとか。最後のはチャチャゼロだった気もするが、かなり怒られた覚えがある。からかっていただけかも知れんが。
「うーん、士郎くんのセンスはなー」
「そんなに悪いか……」
近衛に改めて言われてしまうと、さすがに気を落としそうになる。
「前に一緒に服買いに行こ言うてたもんなー。帰ったら早速せってんぐやね、ゆえー」
「え、ええ。そ、そうですね」
「え? なになにっそれっ!? そんな素敵約束してたのアンタ達!?」
「そんなものでは……ないですよ、ハルナ」
俺に関わるコトで勝手に話が進められているが、何とも加わりにくい雰囲気だ。
女子同士だと、というより近衛限定でスキンシップが激しくて目のやり場に困る。「ま、いいや。とにかく、いっこうぜー! いいんちょに見つかったら面倒だし! ネギ先生どっちいくのー?」
雪広に見つかっては面倒という早乙女。
もし雪広に見つかった場合は……絡まれて、ずっと付いてきそうだ。ネギの後にさ。「えっと、アッチの方というか……」
早乙女に答えるネギは曖昧。
もしやネギは学園長から渡された親書を届けに行く予定だったのだろうか? 昨日の俺も、この班と一緒に行動していたので、今日も同じように行動するかと思っていたのだが。確かにそろそろ渡しにいかねば修学旅行も終わりかねないし、今日中に行くべきなのかも知れない。「えっと、とにかく、行きましょ。パルの言う通りいんちょに見つかったら面倒だもの」
曖昧に先を指すネギの手を引いて、神楽坂が先に進んでしまう。
先頭はネギ、と神楽坂の二人。その後ろについてくように綾瀬と宮崎と早乙女。三人組から数歩間を開けて桜咲と、その腕に抱きついている近衛。この仲良くでもあり、目のやり場に困る二人から二、三歩離れた所で俺が歩いていた。「なーなー、士郎くんー」
「なんだ?」
近衛が桜咲の腕を引っ張りながら振り返ってくる。やはり桜咲は気恥かしそうにしながらも嬉しそうにしていた。
「士郎くんにもちゅーしたら、あのカードもらえるん?」
「…………」
「…………」沈黙が俺と近衛の隣からの二つ。共にピンポイントで話し難い話題に触れられたからだ。
昨日と同じように、俺とネギが加わった5班の朝食の席でもゲームについての話題が上がっていた。あのゲームが3-Aの各部屋に放送されていたとかで、俺が長瀬に組み伏せられていた場面も映っていたそうだ。当然、コレをテレビで眺めていた近衛と早乙女にからかわれた。
ただゲームの結果は、キスをされたのはネギだけで勝者は宮崎だけだったという話しで終わり、仁と桜咲の話は挙がらなかった。「貰えるかどうかというのは、正直なところ不明だ」
近衛が言う仮契約カードを貰うには仲介役のカモの魔法陣が必要で、俺相手にしても本当に成立するのかは不明。
本当のコトは魔法世界に関してなので言えないのだが、それを抜きにしても試してもいないので俺からなんとも言えないのだ。しかし仁は成立していた訳で、俺の場合成立するかしないかは半々ぐらいだと思っている。「ほえー。そや、仁くんにちゅーしてもだめなんかな?」
「…………」
「…………」この娘は随分と核心を突くのが上手なようだ。
「近衛があのカードを欲しい気持ちは十分に理解できたが、おいそれと女の子がその話題を出すのは問題があると思うぞ」
「むぅ、そやなー。士郎くんとちゅーはちょっと恥ずかしいなー」
たははと笑う近衛。
俺の言った言葉の意味を分かっているんだか分かってないんだか。近衛のペースは掴みづらい事この上なし。「んでも、仁くんならお兄ちゃん感覚でいけそーかなー」
「…………」
「えっ……」俺は言葉が出ないぞ。使える言葉が検索不可。辞書には諦めなさい衛宮士郎と出ている。
以前、俺は近衛に、仁と近衛が兄妹のような関係に見えると言った覚えがあるが、さすがに兄妹でキスするのはない……だろ?「仁くん、ちょいと抜けてるとこあるんやけど十分カッコええと思うしなー」
「それは仁の前で言ってやってくれ。きっと喜ぶぞ」
「ううん、仁くんはそういうの真っ正面で言うと、逆にダメなるんよ」
何故か万歳のポーズで返してくる近衛。片腕を掴まれている桜咲も自然と、その片腕が上がり、さらに気恥かしそうにしていた。
しかし、ここまで仁を評価している人が居ただろうか。コレも兄のように慕っているから、というコトなんだろうかな。「んー、仁くんカッコええと思うても、女の子の話は全く聞かへんし。せっちゃんどー思う?」
「え……は、はい。お嬢様の言う通りかと」
ハハ……心臓に悪い。そろそろ話の流れを変えてしまいたいが、話題振りの技術は0に等しい俺だ。難しい。
近衛も的確かつ自然の状態で、巧みに話しの核心を突いてくるから困りものである。無意識だから罪は全くないしさ。「おーい、あっちにゲーセンあるから記念に京都のプリクラ撮ろうよー!」
此処に来て早乙女の救いの声が。彼女なら流れを変えてくれる。自分の好きな話に変えてしまうのだが、今よりは良い流れにしてくれるだろう。
「プリクラえーな。せっちゃん、士郎くん一緒に撮ろー」
「あ、いえ、お嬢様、私は……」
「拒否権はなさそうだな」
有無を言わさずに近衛が俺の腕を掴み、もう片方の腕で桜咲を捕まえたまま、一緒に目的地へと引っ張っていく
連れて行かれるがままに、ゲームセンターという施設へと入り込んだ。
扉に入る前でも、扉の僅かに開いたスペースから漏れてくる特有の騒音。機械、電子機器、その一つ一つから様々な種類の音を発している。コレは耳が馴れるまでが大変だ。
このゲームセンターというものは利用してしまえば、金が際限なく減っていくので余り好まない部類の娯楽施設。過去にクレーンゲームで大の大人が虎のぬいぐるみが欲しくて何千円もつぎ込んでいく様を間近で見た覚えがある。物は沢山取れたが、結局その虎だけ逃げるようにされ、取れずに号泣してたが。「こっちや、こっち」
なおも近衛に引っ張られながら店内の中を歩く。
「今はネギくんかー、ネギくんとも撮らんと」
俺と桜咲の腕を離し、楽しそうに箱型の大きな機械の前で、はしゃぐ近衛。
これだけ楽しそうなら、強引にされても文句も何もでてこない。――さてと。
俺も娯楽を味わうのは一興であるが、アイツに頼まれた事もこなさないといけない。
ポケットに手を突っ込んで、取り出した紙を誰にも見られないように確認した。
◇
結局、プリクラは近衛と桜咲と一緒に三人で撮るコトとなった。
写真は好まないんだが、近衛の押しが強いのですぐに諦めてしまった。
それと何の因果か分からんが、早乙女と綾瀬とも一緒に撮ってしまった。コレは早乙女曰く、「こういうネタはあると後々有利」
だそうだ。悪い事には使わんでくれと念のため願い出しておいたが、早乙女が守ってくれるとは思えない。早乙女は近衛とは違った強引さで退くに退けなかった。それでも断れなかった自分が悪いか。
写真が出来てすぐに、近衛も早乙女も俺の分を渡そうとしたが、学園に帰ってから俺の分をくれと言った。だが、コレは忘れていて欲しい。あんなのを俺が持ってたら、後でチャチャゼロや仁に何て言われるかが恐いのだ。「士郎さん」
唯一の麻帆良の制服姿の少女。自分の背丈程もある刀袋を携え、一人此方へと歩み寄ってきた。
「仁のコトか?」
桜咲刹那がこの場面で俺に寄って来るのは、仁について以外の話はないだろう。
「はい、彼は何処に?」
「行き先は不明だ。場所をすぐにでも知りたいなら連絡する」
「い、いえ。そこまでは」
俺が5班、仁が言うには主要メンバー組と、合流する前に言われた内容。それは桜咲に質問されたのなら、オレに関わる話なら隠さずに全て話せ、教えろ、という内容だった。
さすがにコレは俺から一度、本当に良いのか、と確かめた。あのチャチャゼロでさえ仁に確かめたぐらいだ。質問の内容によっては教えない方が賢明な物も言う事になるだろうから。
とは言っても言うべき話の中身については俺の裁量でいいそうだ。俺が駄目と思えば喋る必要もなし。お前に意志があるならそれを尊重するのが最も、という話で決定した。「聞きたいコトがあるなら言ってみるといい。アイツに関わる話なら全て話していいと許可されている」
周りには誰も居ない。皆、施設のゲームに熱中しているので容赦なく淡々と話す。
「許可……ですか」
「それに疑問を抱いても無理はない。アイツは隠し事が多い奴だ。裏の世界について仁の主な協力者は俺とチャチャゼロ。俺も入っているとはいえ、アイツの全てを知っている訳でもない。必要な話は聞けるが、それも他人には話すなとアイツから口止めされている。それが学園長であろうと、ネギであろうともだ」
今までの俺達の関係についてと、仁のしてきた行動について簡潔に尋ねてきた相手へと述べる。
「それで桜咲に至っては本日付けで話してもよいと許可された」
「……それでは、仁さんと士郎さんの関係は友人というよりもただの協力者なのでしょうか」
「あー、少し言い方が堅かったな。俺はコレでもアイツを信頼してるよ。うん、アイツは良い奴だ」
さっきの言い方では余りに拙い。これは明らかに俺の言い方に不備があった。
友人かどうかと言われると……本人が一方的に決めつけるものでもないので、そうであるとは一概に言えない。だが、あっちもそうだと言ったのなら俺達は友人関係だろう。「仁は仁なりに努力しているようでな。少しでも皆に良い方向に進んで行ってもらえば幸いだそうだ。ただ昨日のコトは本当に桜咲に申し訳ないと心底悔やんでいるけどさ」
「…………」
仁の落ち込み具合は酷い。アレほど後悔している仁は見た覚えがない。
珍しく負の感情が取り巻いて、悩み、悩んで少しは立ち直ったかと思えば、今日のコレだ。通そうとした信念の鉄の棒が形質変化して、チタンにでも成ったかのように変質してしまった。決して仁にはありえない行動なのだ。この変わり具合をエヴァが見たら呆れるか、笑い飛ばすか、それとも両方だろうか。「それと『オレが出来るコトは士郎の場合、それ以上に出来る。策を巡らす以外なら士郎を使ってくれ。それでもオレが必要ならオレを呼んでくれ』ってさ」
「つまりそれは」
「今は俺が仁の代わりに桜咲に協力するってコトだ。アイツは自分の信念を通す為に今は動いているから此処に居ない。だから今は俺が代わりに此処に居て、俺もそれで良しとしてる」
「そんな……そこまで……」
人によっては接吻如きと言うだろう。何が大事かの比重は各個人が決定するものだ。その比重が仁にとっては重かっただけの事。アイツの非でアイツが決めた懺悔の方法。俺から口を出す中身でもない。
「気が重くなるなら、桜咲が携える剣に加えて勝手に桜咲が守りたいモノのために動く剣が一つ増えた、とでも思えばいい。それだけでも十分だろう」
この一つは仁を指し、決して俺ではない。俺はあくまでも仁の代わりという立場だから。
「機会があり、話す余裕があるのなら、一度桜咲から仁に話を振るといい。それだけでも互いの気が晴れる」
「……はい」
桜咲は自分だけで背負おうとするタイプだろうか。感情が近衛と一緒の時以外は読み難い。
仁が後悔しているのも少し理解できた気がする。何もしなければ彼女は自分の中に全て背負い込んで終いになりそうだ。「それと『楽しめる時は楽しんどけ』だそうだ」
「えっ……」
結局あいつの信条はこれに帰結するんだと思う。それが誰に対してでも。
「あっ、桜咲さん。私達ちょっと行ってくるから、このかお願いできる?」
「っ、あ、はい、神楽坂さん」
ネギの手を引いて、連れ添う神楽坂。
桜咲も頼まれてか、此処よりも友人が見易い位置へと移動していく。「親書か?」
「はい、そうです」
「気をつけろよ、ネギ。神楽坂をよろしくな」
「もちろんです、士郎さん」
意気込むネギの頭を撫でて送ってやる。
神楽坂がふくれっ面になっていたのは、俺の言い方が悪かったようだ。
それでもネギは男。少年だろうと神楽坂を守ってやるのはネギしか居まい。完全に二人が施設から出て行ったのを確認してから、ポケットに手を突っ込んで折り畳まれた紙を再び取り出す。
幾つもある紙の群から「ネギとアスナ、ゲーセンで別れる」と書いた紙だけを残して、残りは元あるポケットへと突っ込み直した。「さて、今度は何をすべきか」
過去に書かれた紙の文字は未来を映しだしている。
その不思議な光景を今も垣間見ながら、俺は次にすべき行動を考え始めた。
◆
「仁ハ茶屋バッカリ来ルンダナ。シカモ日本茶バカリ飲ミヤガッテ」
「一番好きな飲みものが日本茶だからな」
場所は日本の雰囲気を十分に堪能できる空間。昨日行った茶屋と同じように日本茶と団子セットだ。団子は昨日程食欲が湧かないが、店に入れば注文せん訳にもいかんので、みたらし、餡子、ごまの三種類を一本ずつ頼んだ。
それと日本茶が好きといっても味覚は疎いから日本茶なら何でもいいのが正直な所。それでも茶々丸と士郎が入れる茶は格別に美味いぐらいはわかる。さて、思考を本格的に切り替えねぇと。最善に最適に。刹那から連絡あれば其方に。無いのならいつも通りいくさ。
昨日と同じようにノートPCとノート、ペン、ヘッドセットを取り出して全く同じ準備を始める。
PC起動までの時間は、思考を張り巡らせなければならない。今は時間が惜しい。士郎には朝に用意した簡易的な手紙を幾つか渡している。アレさえあればアイツなら巧いコト物語を運んでくれるだろう。
では、本日の物語の人物についてでも考えるとしようか。
主役のネギはこれから狗族の小太郎と戦うコトになるだろう。これはオレと士郎が手を出すべきではない、ネギには実戦を経験させるコトが一番だ。理由の詳細は省こう。必要だと分かっているのだからコレでよい。
次にアスナとのどか。アスナはネギにしっかりと付いてくのは確定的。だが、もし付いて行かなければ、代わりに士郎が動いてくれてるだろう。こうなった場合は、オレからもすぐに動き始めなければならないが、動くかの決定は士郎の連絡かPCが映し出す画面で決める必要がある。
アスナの方は何とかなるだろう。アイツはアイツで信頼が出来る。それよりも、のどかの方だ。此方はきちんとネギと仮契約をしたってコトで……問題ないか? 後はネギ達の後を知っている通りに付いて行くかどうかだが、これは士郎に対処してもらうようにしている。やはり問題なし。三番目に木乃香。今回千草に狙われている張本人。今現在木乃香の側には刹那と士郎の守りがある。例えあの白髪坊主に襲われても十分対処できるだろう。狙われているが一番安全なのが木乃香か。
四番目に士郎。あいつにはさっき挙げたように、これから起きる出来事と対処法を簡単に書いた紙を渡してる。アイツはアイツで問題ない。
五番目に刹那、ハプニングという形でオレと仮契約をしてしまった。これが白髪坊主と並び、一番とも言えるイレギュラーだ。謝っても謝り切れない。悔やんでも悔やみきれない。
プラスに考えれば仮契約カードの存在だが、マイナス面が大き過ぎる。人の心ってのは難しいもんだ。あー、エヴァに一度ぶん殴ってもらった方がいいかねぇ。頭を切り替えよう。悔やみ続けてもしゃあねぇ。
次に敵の事に関してだ。狗族のハーフの小太郎。西洋魔術師にイラついてるコトもあって、オレの知っている流れのままだとネギと戦うコトになるだろう。イラつく理由は貧弱なのが気に食わんからだっけか。
とにかく元来通り、西洋魔術師のネギ、そしてアスナとぶつかると想定しておく。
力の差はこの目で見ないと、どれくらいあるか判断できんが、万が一でもバッドエンドにはならない事を祈ろう。
そもそもネギが小太郎に負けるのでは話にならない。それ以上の敵が居るのだから。次に月詠と千草。白髪坊主と小太郎もだが、今のアイツらはネギ達が入るだろうゲーセンの近くに居ると思う。
すでに行動に出ていたとしても知ってる通りに士郎が事を運んでくれるだろうから問題はない。この二人に関しては、決戦の予定地の観光所で、どう対処すればいいか別に考える必要がある。最後に白髪坊主。こいつが一番厄介だ。奴が現時点で狙っているのは木乃香、士郎、オレ、ネギの四人だろう。
木乃香は千草に頼まれてだが、オレと士郎は単独で狙ってきたコトが伺える。初めて千草と電車で会った時に千草はオレ達のコト分からんかったし、初日の夜の風呂場での猿事件でも素振りを見せんかった。後はネギに対してだが、今日は問題ないか。
救いと言えばコイツの立場が新入りで千草の言う事を素直に聞く存在。下っ端故に発言権も小さいコトだ。さて、何故あの白髪坊主はオレ達のコトを知っていたのか、改めて考えてみようか。
魔力探知とか危険察知とかの類で気付かれたのが尤もな理由だ。アイツがあの場に居る訳ないとオレは踏んでたので不用意といえば不用意だが、果たして異世界の住人であるオレ達に簡単に気付けるものだろうか? 初めのエヴァとの接触では、エヴァは気付くものがあったそうだが、それ以来はそういう話しは聞かん、というより聞いても教えてくれない。
考えても答えは出ず、か。チャチャゼロに聞いても教えてくれなかったしさ。PCの画面は起動が完了し、動かそうとしていたソフトも動作している。
「問題なしだ」
液晶と耳に入って来るモノを確認しての言葉。
「ツマンネーゾ、仁」
「文句とな。昨日は良くやってた方だと思ってんだが」
「ケケケ、ドジッテル癖ニ何言ッテンダカ」
昨日の結果は最低なものだったが、過程は最高のモノを叩きだしてたと思うんだけどな。この過程は士郎との戦闘。チャチャゼロにしてみれば、過程の方が重要だったろうに。
「投剣ノ発想ハ修学旅行前ノ刹那トノ一戦カ」
「まぁな」
自分の腕前を試す為に交えた仕合の中、初めに行った奇策だ。
あの時は一発限りのモノだった為に、行使すれば其処で終わりに等しい博打技。それで考えた結果が、備えた数の分だけ手から放てるナイフだった。カラドボルグと違って当てて必殺と成り得ないが、布石にはなる。持てる数も獲物が小さいだけに多いのが何よりも良い。
問題があるとすれば、巧く投剣出来るかと、衣服に如何にして仕込むかの二つ。
この内の投剣の方は問題無かった。士郎相手に十分……と決して言えないが、戦闘に組み込めば以前より食い下がれるレベルまで使えていた。投剣技術に関しては、訓練して伸ばせば上へ行けるだろう。
衣服に仕込む方法は研究課題だ。今の所は自己流で効率を考えて仕込んでいる。実の所、コレと同じようにクナイを仕込んでいるだろう楓に教授してもらう、という案もあったのだが、何か癪なので聞いてない。「ケケケ、昨日ノ事ト言イ、刹那トハ縁ガアルナ。ドウナンダヨ?」
「泣くぞ?」
人形の慈悲もない言葉に一言返して、ノートに走らせる手を進めるコトにした。
◆
神楽坂とネギが発って、宮崎もついていくように発った。
仁の書いた紙面通り、不気味なぐらい代わりはなく物語は進んでいる。班員の2名+先生1名が欠けているのだが、ゲームに熱中してる残りの半数の人は居なくなった人に気付いていない。気付いているのは俺と桜咲の二人だけだ。いや、桜咲は居なくなった宮崎だけは気付いてないか。
皆が気付かぬのも勝手に班員が別行動を取る訳ないという信頼から生まれた抜け道なんだろうけどさ。そんな中、俺は黙って残った班員のゲームをする姿を眺めている。
一度近衛に誘われてやってみたが、余りにも呆気なく終わってしまったので、俺からギブアップしてしまった。遊ぶ前に金を投げ捨てていると同類だったからな。しかし、その時の煽られようを思い出すと悲しい。とにかく、確認すべきモノは確認した。ゲームでネギと対戦し、画面上に浮き出たネギ・スプリングフィールドの名を上げる少年。
先程まで、近衛と桜咲を見張っていた派手な格好をした少女。警戒は敵に気付かれぬように。俺の存在は白髪の少年以外は気付いていない。
今の所、仁の予想通りの展開。アドバンテージはまだ此方。コレがある内は仁の指示に従うが賢明だ。そして、そろそろネギの方には敵の手が行っているものだろう。そこには桜咲が式神を飛ばし、目をやっている筈。今の彼女の様子、目を瞑り念を送るような姿勢で何かしているのは分かっている。
だと言うのに、桜咲からは一向に此方へ話を持ち掛けてこない。集中を解けば術式も解けるというものでもないだろうに。同じ班員に話しかけられたなら、それに答える様子も見せているから、そうだと分かっている。
つまりは、「桜咲」
此方から側に行って声を掛ける。
目覚めたかのように目を開き、自身に話しかけて来たのは誰かと困惑する桜咲。
どうやら術には、かなりの隙があるようだ。「えっと、どうかしましたでしょうか……?」
「その言葉は俺が逆に言いたい。ネギの様子はどうだ」
嘘をつくのが下手ってのは桜咲のような娘を指すのだろう。決して隠し事なんて出来そうにない。焦る態度が手に取るように分かる。
「はぁ……さっき俺が話したコトで悩んでたのか」
「す、すいません……」
桜咲の一人で背負い込むレベルが思っていたよりも段違いで高い。認識の修正を大幅にしとかなければ後に響きそうだ。
「いい。とにかくネギの様子はどうだ」
「ネギ先生は……ネギ先生と歳が同じぐらいの狗族の子と交戦中で、ネギ先生、アスナさん、共に苦戦しています。戦闘経験の差が最大の問題かと」
聞けば、仁の予定通りの展開になっているようだ。
「一つネギに伝言を頼む」
「はい、承ります」
「道を切り開きたいのなら、己と信頼の出来る従者を頼り足を進めよ。目指す地もなく、死ぬのが嫌なら素直にオレ達を頼れ、と」
「その言葉は……」
「仁からだ。仁と言うよりも難しい言葉好きのエヴァが言いそうな言葉だけどな。後はネギの返答と桜咲の判断に任せる。今度は必要になったら、ちゃんと呼んでくれ」
語尾を強くして言い放った後、桜咲から離れて元居た場所に戻り、また施設の中を警戒し始める。
これでいいのか? と問う声も、今はいないアイツに届かない。
どうせアイツも同じようなコトをしているのだろう、と思いながらも、またポケットに手を突っ込んで、次に拾うべき紙を思い浮かべながら、行動を考えるコトに移った。
――5巻 38時間目――
修正日
2011/3/4
2011/3/15