33 修学旅行3日目昼・異衣装

 

 

「大丈夫か?」

「……はぁ……はぁ……な、なぜ……いきなり……マラソン大会に……?」

「……桜咲さんに……衛宮……足早すぎるし……体力ありすぎ……でしょ……」

 最後尾で走る俺が、数歩前で走る綾瀬と早乙女に安否を問うが、二人とも余裕などない。
 最前列は近衛の手を引く桜咲。近衛も此処から見ると、余裕があるようには見えなかった。

 こうなったのも突然の敵の襲撃のせいだ。
 ゲームセンターから出てすぐの事だった。近衛が桜咲の腕を掴みながら、ネギ達が居なくなってどうしようかと話し合っていた所、桜咲が急に近衛の手を引いて走りだした。その後、先に走る二人を追いかけるように皆で走り渡り、息を切らすまで走り続けて、今に至る。
 襲ってくる奴は派手な格好をした少女。名は「月詠」。敵であり、人通りが少ないとは言え、白昼堂々と街中で何をやっているんだか。

 桜咲と話し合おうにも場が悪過ぎる。どうにか落ち着ける場所が必要なのだが。やはり仁から渡された紙通りの場所になるのだろうか。

「…………?」

 綾瀬が桜咲を見て、何か言いたそうにしている横顔が見えた。屋根を渡り、此方をつけている少女が桜咲に向けて針型の短刀を投擲してきているのだ。それに早乙女は気付いてないようだが、綾瀬はそれに気付いているのだろうか。
 この時間を幾ばくか開け投擲してくるモノの対処については、桜咲自身がまだ余裕を見せているので俺は手は貸してない。なんせ、この攻撃は本命ではなく、遊びで打っているような感覚だ。あれぐらいなら余裕なのも当然だろう。

「あれ……!? ここって……シネマ村じゃん……桜咲さん、シネマ村に……来たかったの?」

 やはり仁の思惑通りか。都合もいい。

「桜咲、先に行け」

「っ、すいません! 早乙女さん綾瀬さん。一旦ここで別れましょう! お嬢様失礼っ!」

「ひゃっ」

 桜咲が近衛を抱え、塀を飛び越えて行く。

「な、ぬぅ……? こ、このジャンプ力は……?」

「忍者……ですか?」

 桜咲は人を抱えながら、高さにして6メートルは軽く飛び上がっていた。二人が驚くのも無理もない。例え単体だとしてもおかしいものだ。

 さて、後ろの月詠とやらは……恍惚の表情で、桜咲が越えた塀を見続けていた。
 仁から渡された紙に補足として主に強い女性限定の好色家、と書いていたから、何だと思ったがこういう訳だったようだ。アレが狙い定めるは桜咲一人か。理解した。
 それなら俺はまだ力ある者と気付かれぬよう、きちんと正門から入り、桜咲と近衛を追いかけるべきだろう。

「――女の子同士で二人っきりって……あれ、衛宮は?」

「? さっきまで居たハズですが?」

 

 

 

 

 正規の入り口で入場料を払い、パンフレットを貰ってから、ザワザワと溢れんばかりの人が居る中を走る。
 観光所でもこれだけの入場者が居れば繁盛物だろう。

 走る速度は一般的な速度より少し速いくらいで抑える。あの二人が行く目的地は、彼女達の侵入経路、仁の予測、貰ったパンフレットの中の地図で見当がついてるので焦る必要もなし。

 走り、見渡し、そして見つけた。
 今度は近衛が桜咲の手を引いて歩いている。

「あ、士郎くん」

「入場料は今度払っとかないとな」

 足を止め、近衛、桜咲を見て安否を確認。二人の身体に異常はなし。別の敵に襲われた訳でもなし。無事というに相応しい。

「さっきので、ちょっと汗かいてもうて、タオル貸してくれるかもしれんし、衣装貸しの店すぐそこにあるから行こかてな。士郎くんも行かん?」

 手で団扇を作ってあおぐ近衛。息はそれほど乱してはいないが、顔を少し火照らしてるのを見ると、先程の長距離走の疲れがまだ残ってるようだ。

「近衛が誘ってくれるならついていくさ」

「ん、そなら、れっつごーや」

 鼻歌混じりに近衛は、爛々と桜咲の手を引き進む。

 敵はいない。此処まで近衛と一緒に居ると、白髪の少年以外にも、本格的に俺の事を探る奴が出てきそうだが。
 警戒を忘れずに近衛と桜咲の後ろを歩く。そして、本当に近く、十数秒も歩いた所に貸衣装屋があった。

「ごめんくださいなー」

 近衛はパッと桜咲の手を離して、元気よく中へと入って行った。

「さすがに、この人混みでは相手も襲ってはきません」

「ああ。そんな敵は余程の自信家で力のあるものか、ただの馬鹿の二択だ」

 貸衣装屋の前で桜咲と軽く会話をする。
 俺が今、言い放った前者は末恐ろしい。言葉を贈ろうとも決して理解しようとはせずに、我が道が正しいと言い、溢れんばかりの力を行使してくる。だが、そんな相手は世界でも一握りで、余程運が悪くない限り出会うコトはない。後者は言うまでもなく叩き伏せて、聞き入れるかはわからないが説教でもするしかあるまい。

「士郎くん、士郎くん!」

 近衛がバッと店の出入り口に戻ってきて、驚いた様子で俺の名を呼ぶ。

「どうした?」

 桜咲は敵かと身構えて居るが、俺はあくまで冷静に近衛へ言葉を返す。

「店ん中にチャチャゼロくんが居るんよ!」

「え……」
「チャチャゼロか」

 招く近衛に誘われるがまま、桜咲と一緒に店の中へと入っていった。

「遅カッタジャネェカ、糞女タラシ」

 店に入り真正面、多々ある時代劇用のカツラの展示されたショーウィンドウの上に鎮座し、近衛と軽く挨拶を交えている人形。西洋風の人形なだけに異色を放つ光景。更に毒舌吐く分、異色の数値が加算される。

「せっちゃん、せっちゃん! 折角やからウチが選んだげるから、一緒に着替えよー。それに、こん店に知り合い居るんやえー。似合う衣装着せてくれるんよ」

「お、お、お嬢様、私はこういった店の衣装は……っ」

 桜咲に有無を言わさず、店の奥へと押し込んで行ってしまう近衛。
 今日だけで桜咲が近衛に対して逆らえないのは見慣れてしまった。

「チャチャゼロ、仁はどうした?」

 絶対に居たハズの男の行方を一応は尋ねる。

「サァナ」

 こんな風にはぐらかされるので、本当に形式的なだけの質問だった。

「取リ合エズ、テメェニ土産ガアルゼ。有難ク受ケ取レヨ」

「衛宮士郎様ですね?」

 店員らしき華奢な女性の人物が、俺の目の前へとA4サイズの紙を持って名を呼ぶ。

「此方が防人仁様よりお預かりしていた物です。ウィンドウの上に置きますと少々危険なので――」

「重かったらそのままで良いですよ。そちらがよろしければ自分から運びます」

 店員がウィンドウの内側にある大きめのダンボールを指したので断りを入れる。華奢な彼女が持つには手に余る大きさの箱だ。仁も店側に無理言って、あの大きな箱を置いていったに違いない。見ず知らずの人に苦労を掛けさせるのも程々にしないと。

「申し訳ありません。それでは、コチラにサインお願いできますでしょうか?」

「ええ、分かりました」

 店員が持っていたA4サイズの紙とボールペンを手渡され、ざっと紙の内容を読んだ後に自身の名を書き込む。

「では、衛宮様、コチラへお願いします」

「ホラ、飛ンデサッサと入ッチマエヨ。早クシロ、死ネ」

「む……」

 溜め息吐きながらも、人形の言う通りに行動する。
 タンッ、とショーウィンドウギリギリを越えるぐらいの高さで跳ねて、内側へと入った。
 しかし、この人形はどんだけ待たされたんだ。毒吐きの捌け口は俺か仁。そのどちらも居なかった今、溜まった鬱憤が全部俺に払ってきそうではないか。

「……み、身軽ですね」

「日頃、鍛えていてこれぐらいなら簡単です」

 苦しく言い訳がましい言葉な気がするが本当のコトでもある。
 とにかく、ダンボール箱を持ち上げて、外側へとなるべく静かに置き、さっきと同じように跳び越えた。

「店の端側を借りていいでしょうか?」

 中身を確認するためにも開かなければならない。そのためには場所が必要で、このように店員へ尋ねるしかなかった。

「はい、構いません」

 心が広い店かつ店員で良かった。一礼してダンボール箱とショーウィンドウ上のチャチャゼロを持って、店の邪魔にならないよう端まで運ぶ。

「何が入っているやら」

「ビックリ箱ダッタラ面白レェナ」

「そんな訳あるか」

 頭にチャチャゼロを乗っけて、丁寧に封をしていたガムテープを剥がしていく。
 一度封を切って、新たに封をした跡がある。コレは仁が一度、中身を確かめたというコトだろうか。そうならチャチャゼロが知らなそうにしているので、一人で中身を確認したって所か。

 剥がしたガムテープの処理は……後で店に頼むしかないか。今は粘着力が消失したテープは折りたたんで、脇に置いておく。

「これは……」

「ウハッ」

 中身を開ければ、中央に封筒が二つ。その下に一層と目立つ黒い衣装と赤い布が畳まれてあった。

「コレハ、テメェガコッチニ来タ時ノ服ダナ」

「ああ、そうだな」

 肌着の黒い衣の方の採寸が合わなくなり、それと合わさるように此方の世界では目立ち過ぎるという理由で赤の布も寮室のクローゼットの奥深くにしまい込んだ物の筈だったが。

「封筒ノ方ハ何ダヨ」

「そっちを先に見た方が良さそうだ」

 何も書かれてない封筒と、後と書かれた封筒。文字に従って後と書かれた封筒は後回しにして、まず何も書かれてない封筒を手に取る。
 封を切り、中の物を引き抜けば、一枚の折りたたまれた紙を手にしていた。
 広げて中を確認すると、

<防人さんに頼まれ、勝手ながら衛宮さんの身体を計測させて頂きました。申し訳ありません。
 其方では大変なお仕事がおありと思いますが、御武運をお祈りしています。 絡繰茶々丸>

「……丁寧だ」

 筆字の書体にしても言葉にしても、絡繰らしさがこの短な文で十分に伝わる。
 これから分かるコトは、この黒い衣は絡繰の手伝いで新調したものだろう。見栄えからして新しいものだとは分かっていた。それとは別に赤布の方は、纏うモノなだけに弄ってないようだ。
 しかし計測というのは何時の間にやられたのだろうか、そんな覚えは一寸もないが。

<死ね>

 更に目を下に配らせて行くと、この二文字である。
 こっちの筆字も綺麗だが、名も書かれてないし、赤文字で丁寧な字の分余計に酷い。
 何て奴だ。どこの人形だよ。あ、人形の主人か。

「ってコトはこっちの方は仁からか」

 後と書かれた封筒を手に取る。
 おそらく中身は指令や助言の紙。さっきの封筒より厚みを感じるから、より多い枚数の紙が入っているんだろう。

「デ、着ネェノカヨ」

「……そうだよな」

 こんな場所にこんな物があるというコトは、着れと言っているようなものだ。何より今着ている服よりコチラの方が戦闘面において格段といいのは確かである。

「仕方ない……すいません、更衣室お借りしてもよろしいでしょうか?」

「はい。衛宮様、其方の方へお願いします」

 さっきと同じ店員から言葉が返ってくる。
 すんなりと了承とは、本当に心が広い店員だ。

 一旦、出したゴミと封筒は全て箱の中に入れ、店員の言葉に甘えながら、指された更衣室へと入って行った。

 

 

 

 

「やっぱり、昔の今ぐらいの俺と比べても身体が仕上がっている気がするな」

 身体のラインがくっきりと分かるように出来ている上半身の黒い衣。
 肩から腕に至る赤布は以前のままのものより自身で前よりもキツめ仕付けておいた。此方もそのために幾らかは身体のラインが浮き出る。腰に纏う赤布も肩からの物と同様に似たような処置を施した。

「ナルシストカヨ」

「いや、このまま身長が伸びないのかと心配してただけだ」

 筋肉がつきすぎると身長が伸びないと言われている。此処に来る前までの身体は、アイツに似てしまっていたため不安になるコトもあったが、それでも高身長だから気に入っていたものだ。

「シッカシ、コッテコテナ戦闘服ダ」

「これでも動き易いんだぞ」

 箱の一番下に袋の中に眠っていた黒のブーツを取り出す。
 後はズボン……パンツだっけか。まあ、あの話はどうでもいい。とにかく後は下の衣服に新調のブーツと一体化させるような処置をするだけだ。

 赤布以外は全て、以前まで着ていた物の縮小版。新たな物は全て身体にピタリと当て嵌るサイズ。絡繰の計測も凄いものだ。

「ソノ赤布ハ普通ノ布ジャネェンダロ」

「赤原礼装。外界からの守りに対する武装だ。俺はアッチの方じゃ防御能力が低い方だったから重宝していた。ついでに干将・莫耶も似たような効果があると思っていいぞ」

「オ、テメェタダノ雑魚ダッタノカ」

「そう言われると反論したくなる」

 チャチャゼロと笑いあいながら、脱いだ私服を箱の中に詰め終える。
 これも無理言って、しばらく預かってもらうように願い出るしかないか。

 さてと、着替えの時間に加え、仁からの手紙を着替える途中に読んでいたせいで時間を使ってしまった。
 今までの小さな紙とは比べものにならない程、書き込まれた紙面。それもあらゆるパターンに対処するためだ。そして結局は最後の一つを完遂できればよい内容だった。
 やるべきコトも知り、準備は万端である。

 もしかすると時間を使い過ぎて、近衛と桜咲を待たせてるやもしれない。
 ブーツを履いて、下の衣服に合わせた後に、チャチャゼロを床から頭の上に乗せ、ダンボール箱を持って更衣室から退室する。

「すいません、重ね重ねの申しつけなのですが、この着替え前の服が入った箱を預かってもらいたくて」

「あ、え……っと、え、衛宮様ですね。はい、承ります」

「ケケケ、動揺シテラ」

 やはり派手か。そりゃ時代劇をやる観光所だから、この格好は似合わないだろうけど、此処まで慌てふためかれるとは思わなんだ。
 それでも心優しく、了承してくれた先程から対応してくれている女性店員さん。サービス内容は文句ない二重丸なので、ココはコチラが笑って応えるべきである。

 着替え終えた服は「コチラです」とのコトでついて行き、手頃な場所に置いてから店の出入り口近くへと行く。

「一緒にきた友人、女の子の二人なんですがまだ着替えているのでしょうか?」

「いえ、つい先ほど着付け終わり、外でお待ちするとの事です」

「そうですか。色々とありがとうございます」

 何度も助力してくれた店員に一礼してから店を後にした。

 扉から外へと出れば、外で二人が仲良く談笑している姿が映る。店員が言う通り、俺を待っていたようだ。
 片方は明るく、もう片方は気恥かしそうに。だが全く同じ着物姿、頭の後ろで一つ結って前髪を分け同じ髪型で整え小さな飾りをつけた二人。端から見ても、この二人の仲は睦まじいものであると悠々と理解できた。

「ほえー……士郎くん、そのカッコは……?」

 最初に気付いたのは桜咲だったが、先に声を出したのは近衛の方だった。

「やっぱり変か?」

 外に出た瞬間、周囲の視線が送られてきていたのは理解していた。
 この衣装が異色を放っているのは、纏っている俺が十分に分かっている。

「ううん、カッコええよ。ちっとこの観光所には合わんかもしれんけどなー」

 自然な笑いで近衛は答えてくれる。
 近衛にとって悪くないのは確かなようだ。でも戦闘服だからセンスとかの問題じゃないけどさ。

「んでも、何の衣装なん? ウチ見たコトない衣装やけど」

「西洋の戦闘服かな。ココなら新撰組が東洋の戦闘服ってコトで、それの西洋のものだと思うのがよさそうだ」

「マァ、遠カラズ近カラズッテトコダロウナ」

 新撰組とは違ってこっちは一点ものだから、そこが一番の違いか。次に挙げるとすれば時代が異なるものだが、それでも戦闘服という点では同じである。説明しようにもコレ以外は難しい。

「うーん、やっぱ士郎くんムッキムキやったんか」

「……その表現は少し怖いぞ」

「どう思う、せっちゃん?」

「え、え、え……-と、想像以上に鍛え上げている身体かと」

「あんもー、せっちゃんは真面目やなー」

 こんなやり取り以前も見た気がするが、近衛、ソレは無茶振りというやつだ。もしや、近衛は桜咲の困る顔が見たくてやっているのでは、と思えてきたぞ。

「せやせや、ウチらのカッコはどーかな、士郎くん。メイク薄めで、カツラなしやけど、着物だけはキッとしたんやえ」

 くるりと桜咲を中心に一周して、その腕に抱きつく近衛。そして、やはり困り顔をする桜咲。

「士郎、何ノ衣装カ分カッテンノカヨ」

「舞妓さんだろう。そうだな、近衛も桜咲も元々可愛いんだから、舞妓の衣装は特に似合うと思う。メイクも薄めで正解なんじゃないかな」

「んもぅ、士郎くんは恥ずかしいコト平気な顔で言うなー」
「…………」

「そうか……?」

「馬鹿ガ死ネ」

 今日は随分と死ねと言われる回数が多い気がする。俺は後何回死ねばいいのだろう。

「ただおかしいのは、桜咲のその刀だな」

 舞妓姿に決して合わない、鞘に収まった野太刀。袋に入れたままよりは自然色に近い此方の方が色相的に合っているが、やはり舞妓に刀は不釣り合いだ。

「預かってもらえばいい言うたんやけど、せっちゃん離さないんや」

「ふむ、では俺が預かろう」

「えっ、し、士郎さん」

 桜咲の手から野太刀を引っ手繰る。
 近衛が腕に抱きついているせいで動揺しているのか、すんなりと奪い取るコトが出来た。

「楽しめる時には楽しめと言ったろ? この身はこの刀と同じ戦闘という枠に入るモノだ。それならば俺が持った方が自然だろう。それに今は約束を守ろうとするアレも居る。少しは気を休めた方が良い」

「…………」

 空になった手を見て不安そうにする桜咲。依存とも言えるぐらいに、この野太刀を肌身離さずに持ち歩いている。桜咲が持ち歩いていない姿を見たコトないぐらいだ。

「そなら、騎士の士郎くんには守ってもろて、チャチャゼロくんはウチが預かったろか」

「オ、大事ニ扱ッテクレヨ嬢チャン」

 ひょいと頭の上から重さが消える。
 口悪い人形は、近衛に対しては暴言を吐くのを留めるようだ。からかう程度の言葉しか使わずに、近衛の両腕に抱かれている。
 いつもこの程度の言葉遣いなら、ちょっと生意気なぐらいで人形らしい可愛さが残るんだけど。

「し、士郎さんっ。ですが、私は――っ」

 俺の名を呼んで声を張り上げる桜咲の声が、地を狩る騒音に邪魔された。
 その激しい音は、低い地を蹴る音と鉄が地を撫で叩く音の二つ。その音の正体は此方に向かって、やってくる一頭の馬が牽く馬車だった。

 馬車は俺達の目前で、更なる音を狩りたて速度を失くす。
 馬を牽くのは黒子の衣装の人。ただただ黙って、自分の仕事である馬の指揮をするだけのようだ。
 そして、馬車の方に乗っていたのが、

「どうも――神鳴流です~」

 桜咲と同じ流派を名乗る派手な格好の「月詠」という名の少女。
 以前、京都駅で見た格好とは違うが。やはり、エヴァが好みそうなお人形さんのような格好である。
 ついでに言えるコトは俺と同じように、その格好はこの観光所に余り合うものではない。それでも俺よりはマシか。

「っと、間違えちゃいました――おや、其方の旦那はんは?」

 馬車から降り、月詠が最初に目を配らせていたのは、桜咲と近衛の二人だけだったが、その後にやっと気付いたという感じで俺の方へと目を移した。
 しかし、その目は俺ではなく、俺の持つ桜咲の刀を映し出している、という方が正しい。

「さてな。女性とはいえ町中で物騒にも馬車を駆り立て、見知らぬ者を嚇かすような人物に此方はまるで興味がない」

 近衛と桜咲二人を背に隠すように月詠の前へと出る。

「オー、言ッタレ糞女タラシ」

 皮肉目に言葉を吐いてみたが、人形の天に達するが如き笑いで、カッコもつかん気がする。

「おやおやー、コレは失礼しましたー。私は“月詠”という者でございますー。この挨拶でさきほどの非礼をお許し頂けたら幸いです」

 月詠はおっとりした口調のまま、丁寧に小さくお辞儀する。

「あの人、劇の人かんな……?」

 近衛にしてみればそう見えるのかもしれない。近衛だけでなく、周囲の観衆もコチラを劇か劇かと見て騒ぎ始め出している。
 だが敵であると知っている俺、桜咲、チャチャゼロはそんな生易しいものでないと分かってる……違った、チャチャゼロだけは劇のようなものだと気楽にしているか。

「いえ、お嬢様は私の背に隠れていて下さい」

「う、うん……」

 後ろでそんな二人のやり取りが聞こえる。同時に俺の右手の刀を欲しがる視線も背後から感じた。今の所はそれを置いて、目前の少女を睨む。

「礼儀の心得が人並にあるのは理解した。しかし、此方も預かっている姫が二人も居て忙しい身だ。此処で失礼させてもらおう――」

「これはこれは、ウチはどうやら旦那はんに嫌われたみたいですねー。せやけど、旦那はんがお姫様二人に大事にしてるのと同じで、ウチもお姫様二人を大事にしたい所だったんですー」

 くすくすと小さな笑いで、此方の去ろうとする足を止めてくる月詠。

「では、どのような用件だと言うのだ。何度も言うように此方も忙しい。知らぬ者の都合に合わせるのも骨が折れる」

 此処に来る前から、陰から襲ってきた人物だ。それがこうも表立って来たのだから、簡単に逃げるという選択肢はくれんのだろう。
 さてこれは、相手が自信家で力あるものか、何も考えてない間抜けな奴らなのか、このどちらに値しようか。

「そうですねー。旦那はん、こうしまへんか――旦那はんは、剣を持っているなら武芸者なんでしょう。ウチと手合わせしてもらって、勝者がお互いにとって大事なお姫さんを頂けるというコト、でどうでしょうかー?」

「ふむ、丁重に断らせてもらおう、と言えばどうなるのかね」

「おやおやー? 殿方が逃げるんでしょうか? それでも構いまへんが、その代わり、旦那はんの手にある剣の本当の持ち主のお姫様とお手合わせさせてもらうのが条件になりますー」

 煽るのが上手なお嬢さんだ。此方の気を逆撫でる笑いと口調が板についている。そして、これから解釈出来る真の狙いは、やはり桜咲との戦闘か。

「どうも撒けそうにない相手だ。仕方あるまい、そちらの話に乗ってやろう」

「おおきにー旦那はん。手袋でも投げたほが――互いの了承も得たので、いらんおっせかいですねー」

 左の手から貴婦人の白い手袋を脱ごうとする仕草を取るが、すぐに改める月詠。

「ほな、場所と時間は、日本橋で30分後――」

「7分後ダ。スグ側ダカラ、歩イテモ十分ニ余ル時間ダロ。ソッチガ詰マラン策デモ考エラレチャ萎エルカラナ」

 俺の背後から月詠の言葉に割って入って、特徴的な笑いを上げる人形。

「この意見には此方も賛成だ。さて、どうする?」

「んー、そーですなー。仕合い前の準備というのも必要なんですけど、ここで断ってしまうと愛想尽かれそうですねー。ではウチが発って丁度7分でお願いしましょうかー」

 月詠はスッと、初めに乗って来た馬車に乗り直し、予め馬車に残していた扇子を広げて此方を見下ろす。

「それと旦那はん、助っ人を呼んでもかまいまへん。例えば、お姫様の剣士とかですねー」

 くすくすと、恋しいとばかりに本当に欲しい人を差し出すようにと願う少女。この固執は、何処から湧き出てくるものやら。

「ほな、御三方“逃げたらあきまへんえ”」

 月詠が分かり易い殺気、少女にしては気味の悪いモノを俺の背に隠れている人へと送って、彼女を乗せた馬車は走って行った。

「面白ェカラ、イッツモアンナ口調デ喋レヨ」

「あれは肩がこる。それと時間もないから話すのなら歩きながらだ。近衛大丈夫か?」

「ほえ、なんでや?」

「いや、大丈夫ならいいさ」

 近衛が月詠の殺気にあてられてないようで安心だ。
 俺でも不気味と思うぐらいだった。近衛が間近に受けていたら平常心ではいられなかったかも知れない。

 とにかく今は指定された場所に行かねばならないか。

 此方のやり取りを観ていた観光客から月詠が指定した場所の名を上げているのをちらほらと聴こえる。端から観ていたら、本当に劇のようなやり取りだったのだろう。しかし、観衆が多くなるってのは、あちらとしても此方としてもやり辛くなるだけな気もするが。

「士郎さん、あの月詠は見かけによらず手練――」

「うぉおぉーっ! なんじゃ今のはー!!!」

 向かってくる聞いたコトのある叫び声。

「…………」

 声の主が人の顔目がけ容赦なく飛び蹴りするのを回避。外した蹴りの行き先は、地を滑らして土煙を上げていた。その様子を俺は黙って見ている。
 飛び蹴りをかましてきたのは、このシネマ村に入る前に別行動を取るために一方的に別れるコトとなった二人の内の一人だ。
 しかし俺を見る目の色がヤバイ。獲物と見られてるだろうコレは。

「“――仕方あるまい、そちらの話に乗ってやろう”何このカッコつけた台詞は! なんなんだよ衛宮ーっ!」

「ハルナ元気やなー」

 顔を作り、声色を変えて、どちら様なのか分からぬモノマネをしだす早乙女。
 そんな偉そうに発言はしてないと思っているのだが。

 早乙女が走り飛んできた方を見れば、もう一人の班員の綾瀬、そして、朝倉、雪広、那波、長谷川、村上、ザジと3班が勢ぞろいでコチラを見ていた。
 3班の皆は、それぞれがここの観光所から借りた別々の種類の衣装を纏っている。おそらく彼女達は俺達よりも前に、この観光所を周っていたのだろう。
 月詠が現れ、見物する観衆の中に、この全員が混じっていたのは分かっていた。それを別段気にするコトもなく、見られる前から知っていたので俺は初めから問題ないとしていた。

「聴いていたのなら時間がないのは知ってるだろ。コッチは指定された場所に向かわなければならない」

「もっちろん分かってるよーっ! 助っ人が必要ってコトもねっ! そんっじゃ私達は着替えて助っ人として行くから、急ぎ過ぎはダメだよ衛宮っ!」

 ズドドドドと、早乙女が地を鳴らし全速力でさっきまで一緒に此方を覗いていたメンバーの下に戻り、綾瀬を引っ掴んで俺達も利用した店へと姿を消して行く。

「あと6分程度だ。歩こうか」

 こちらから申しつけた約束を破るのは全てを悪くさせる。
 狙われている二人に行く意志の確認を取り終えてから、目的の地へと足を進めた。

 

 

 

 

 結局、3班の皆も早乙女と同じく俺達の助っ人に加わるというコトとなった。
 そうするように言い包めたのは朝倉。その中でも雪広が巧いコト囃したてられて、参加するコトになっている。
 朝倉は昨日のゲームの主催者でもあり、早乙女と並ぶ騒ぎ好きなようだ。逆に興味なさそうなのは長谷川と、思考が読み難く感情も表立って出さないザジだった。

 指定された日本橋へと向かう道のりで、共に歩くメンバーのほとんどが口を揃えて、

「不思議な格好」「カッコつけた口調」

 そんな風なコトを俺に言ってきた。長谷川もコッソリと言ってたのを聞き逃さなかったぞ。

 ただその中で、雪広だけが口調は、其方の方が俺に似合ってると言っていた。
 コレには苦笑いが出る。それに賛同したのはチャチャゼロだけで、コイツは俺をからかいたいだけだろう。

「士郎さん刀を――」

「せっちゃんダメやー。ウチらは士郎くんに守ってもらうお姫様なんやえ」

「お、お嬢様、ですが……っ」

 どうしても刀を返してもらいたい桜咲。それを絶対にと阻止する近衛。
 返してやるという選択肢も持ち合わせているのだが、近衛と一緒に返すのを止めようと俺を威嚇してくるチャチャゼロのせいで潰されていた。

「見物客が多いな」

 言葉を漏らす。
 指定された時間まで残り2分を切った。月詠と別れてからは計5分の経過で、日本橋には人だかりが出来ている。観光客が元々多かったとはいえ、あのやり取りを見ていた観衆が口コミで広げたにしても随分な人数だ。

「これだけ客が居られちゃ逃げられんってコトだね衛宮。はいはい、役者が通るので道を開けてくださーい」

 朝倉が先頭になって、橋の周りの人だかりに俺達が通れる道を造って行く。

 これから俺達が行うのは此処に居る一般大衆にとって、ただの劇。ガヤガヤと娯楽を見る気分で見学するのが普通で、本当の意味を知らぬ方がいいものだろう。

 観衆を抜け、橋の前へと行けば、自然と観衆は俺達へと目を向ける。
 その目がもっとも多く集まるのは、やはり不釣り合いな格好の俺だ。それとも女の子の中に一人男が混じっているからか。何にせよ見られるのは余り好きではない。

 月詠の姿は未だ見せず。時間もまだ約束の針の時間を指してはいない。

「士郎さん、先程も言いましたが、あのツクヨミとやらは見かけによらずかなりの手練です」

 一人、俺の側へ来て耳打ち気味に言葉を掛けてくる桜咲。

「ツクヨミの狙いは私とお嬢様。ですから貴方ではなく私が――」

「俺が勝てないと思ってるのか?」

「いえ、そういう訳では……」

 語尾を弱める桜咲。彼女の態度は比較的分かり易い。
 そういえば、エヴァ、絡繰、チャチャゼロ、仁以外に俺の戦闘というものを誰にも見せたコトが無かった。龍宮に関してはカウントしない方がいいだろう。まぁ、こう思われても仕方ないか。

「俺の心配はしなくていい。桜咲は近衛の心配だけしておけば十分だ」

「し、しかし――」

「うおっしゃあーっ! 間にあったかーっ!」

 桜咲の言葉を止めるように早乙女が大声を張りながら飛んできた。
 早乙女より少し遅れてやってきた綾瀬と共に、別れる前の宣言通り貸衣装を纏っている。綾瀬が巫女で早乙女が独眼竜政宗の衣装。格好からも分かる通り、早乙女は助っ人として参戦する気満々と行った所か。
 しかし、ついさっきもこんな光景を見た気がする。

 時間まではあと30秒程度。相手方の姿は未だ見せず。俺に話し掛けて来ていた桜咲も近衛に捕まってしまい、たじたじとしている。

 皆の笑い合って話している姿は場を和ませ、平和を感じさせてくれる。見ているだけで心和ませてくれる。
 俺がするコトはコレを如何にして守るか。今回ばかりはすべきコトが多い。
 アイツが頼りにしてくるならば期待に応えよう。それがこの平穏を守るコトに繋がるのならば。

 ガラリガラリと、鉄の車が地を轢く音が聴こえてくる。
 緩やかな弧を描く橋の向こう岸には、人が道を開け、黒子が牽く馬車の止まる様子がこの目に留まった。そこから降り立つは俺と同じ、場所に不釣り合いな格好の少女。両の手には長さの違う刀を二本握り絞めているコトで、場に対する違和感が更に増え、自然と少女にも観衆の目が集まる。

「これは、ぎょーさん連れてくれはったようですなー。賑やかやのは好きやから嬉しいですー」

 呑気な声色で息巻くクラスメイトを眺める月詠。

「別に連れて来たという訳じゃないんだが……」

「なぁにいってんのよ! 私達はさいきょーの助っ人よっ!」

 呟いた言葉を早乙女に拾われてしまい、背中を押されて前に出させられる。
 張り切られすぎると此方としても調子が狂う。

「結局、ウチの相手は旦那はんですかー?」

 二刀を持つ少女の眼が捉えているのは俺ではなく桜咲。
 何が何でもその視線の先の相手と戦いたいようだが。

「俺以外に、その戦える相手が此処に居ようか? それが理解できぬ程間抜けな者でもあるま――っ!」

「おや、旦那はん、ほんまにやりますな」

 奏でられる金属音。吐かれた言葉と音は、目と鼻の先の少女から。

「語りの最中にコレとは、血の気が多い」

 鞘から僅かに抜いた桜咲の刀の刀身で、交叉する月詠の二刀を抑えながら言葉出す。

「旦那はんを一刀のもとに斬り伏せて真打のセンパイ登場~、ってしたかったんですけどねー」

 小さな声を漏らして、自身から飛び離れ、間を取る月詠。

「どうやらホンマに旦那はんは、お姫様の騎士だったようですなー。これは二度の無礼を、失礼しましたー」

 話す顔は微笑みを浮かべ、のんびりとした口調もそのままだが、目だけは先程までと比べ冷たい。
 観衆もそんな月詠もみて、黙り息を呑んでいる。

「では、そんな旦那はんにはもう一つ条件を加えましょうかー」

 月詠のおっとりとした雰囲気だけは変わらない。それが仮初のような姿であろうと。

「旦那はんには、その刀で戦ってもらうことにしましょう」

 くすくすと鳴らす笑い声は冷たいまま。

「果たして、そのような約束を守る価値が俺にあるのか?」

「もちろんありませんよー。旦那はんがその刀も使えるようなので、あくまでウチの望みですー。ただそないな長い刀でないと守るモノも守れへんかも知れまへんえ」

 つまり遠まわしに、この刀を手放せば俺以外の者も標的に加わるというコト。刀を俺に持たせる理由は、桜咲を逃すまいって所か。
 桜咲の主戦力であるコレを俺が持つコトによって、俺が月詠の時間を稼ぐ内に桜咲が近衛を連れて逃げるという選択肢は消える。中々にあざとく厄介な少女だ。

「あんれー……? もしかして足手まとい……?」

「いえいえ、独眼さん。確かにウチの相手は、そちらの旦那はん以外は厳しいと思いますが、こんなコトもあろーかと皆さんにピッタリなお相手を用意しておいてまして大丈夫ですー」

 月詠が羽織る服の内に手を入れ、その一瞬後に手を払う。
 払った手から撒かれるのは数多の札。その一枚一枚に、ひらがな、カタカナ、漢字、又は組み合わさった文字が書かれている。書かれた文字は、幼少の頃には一度は耳にしそうな妖怪の類の名前。

「ひゃっきやこぉー」

 月詠が発する声は、やはり妖怪に関連する物だった。その声と同時に札から生き物の形へと姿を変形させる。しかしその姿は、

「な、何このカワイイのー!?」

 誰かがこう叫んだように、愛くるしい人形のような姿を象っていた。
 確かにこれならば、見かけだけで判断するなら早乙女達にとっても可能そうな相手ではあるが、仮にも魔力で生まれたモノだから――

「あぁん……っ」

「いやぁ~! 何このスケベ妖怪達~~~っ!?」

「この子達は、ウチの可愛いペットですー」

 ――だから、魔力で生まれたモノでも関係なさそうだ。
 ええ、俺が間違ってましたよ。スカートめくったり、積極的に胸に跳び込んだりとカモのような卑猥な行動しか取らん妖怪が危険なハズ……ある意味危険か。

「これCGかなー? えらいぬいぐるみみたいでかわええけど……」

「お嬢様、いけません!」

 この二人だけは、桜咲が来る妖怪を振り払っていて無事のようだ。

「士郎さん、刀は貴方が」

 あの月詠の一方的な約束を聞いていた桜咲が出した結論はコレだ。幾らなんでも、あの後に今まで返して欲しいと言っていた刀も今は受け取れないと。返してもらえば近衛だけでなく、クラスメイトも月詠の手に掛かるかもしれないのだから。

「桜咲はどうする?」

 右手側斜め後ろ、距離にして1メートル程の桜咲に声だけを渡す。俺の眼だけは、また強襲を仕掛けて来るかも知れぬ月詠を睨みつつ。

「当然、逃ゲル。アイツハ嬢チャント刹那ガ逃ゲル制約ハ入レテネェ。レズ女ノ嫌ガル行動ヲ取ルノガ一番面白ェダロ」

 近衛が抱える人形からは、とことんマイペースな言葉が吐かれる。

「逃げるにしても武器があるまい」

「いえ、今はコレが」

 目を後ろへ軽く流せば、桜咲が匕首を手にしているのが見れた。
 いつの間に、その手に握られていたのだろうか……細かいコトを気にしている場面じゃない。

「では、此方はあの狂犬染みた相手に全力を尽くそう」

「すいません、士郎さん……」

 桜咲は相変わらず申し訳なさそうに応える。

「近衛も桜咲についてやってくれ」

「うん」

 近衛は嬉しそうに満面の笑みを浮かべて応えてくれた。

「ケケケ、負ケテモイイガ、人ノ刀ダケハ守レヨ」

「そうだな。チャチャゼロは其方を全力で守ってくれ」

 走り去る音が二つ聴こえる。ああ、これでよい。

「余裕ですなー、旦那はん」

 二人が後ろへ走ると同時に、俺は前へと踏み込み、鞘から刀を抜いて少女の二刀と打ち合った。
 刀故に打ち合うよりは流す。いつもの此方が使う二刀とは違って、この意識を強めなければならない。

「此方は多くの人から約束事を貰っているために余裕なんてものはないが」

 それは味方である者からも、敵である月詠からも、与えられている約束が多い。特にあの男からの物が群を抜いて膨大な数である。

「くくっ……型は神鳴流ですか」

 一合、強く刀を弾いて、引きつった笑いを見せる月詠。この笑いに籠るは明らかな殺気だった。

「今は見様見真似だ。あれ程に華麗な捌きはできないが、これでも頭の中で凝らしている」

「ええ、そうでっしゃろな。先日受けたこの剣は、もっと柔らかさと鋭さを併せ持ってました。それでも旦那はん、ウチも少しばかり面白くなってきましたえ」

 重ねて増す月詠の殺気。比例するように剣閃が鋭く、疾く、風を斬り、襲う。
 だが圧されはしない。圧されれば、たちまち狂気に混ざった少女の気に飲み込まれよう。ならば逆らうように、此方も同じく力を上げればよいだけの話だ。

 ――此処まではお前の思惑通りだよ。

 荒れ狂う剣戟を流しながら、渡された紙の内容を片隅に置き、ひたすらに我が身を行使する。あの男の理想の結果を目指して。

 

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――5巻 42、43時間目――

2010/8/22 修正
修正日
2011/3/4
2011/3/15

 夕凪はいい刀。

 アーチャーの服がどうなってるのか分からない……
 CG見る限りだとあれズボンと靴一体化してるようにも見えるし、止め具みたいなとこで繋げてるようにも見えるし。外の国だと靴脱がんでもいいから、繋がっててもおかしくないっぽいし。でも完璧に一体化してたら洗う時とか大変だよねっ、と思ったのでこんな描写になりました。
 赤外套はレアルタ攻略本裏の用語集に特別な装備みたいに書いてたけど、黒い方はなんなんだろう。大人士郎君が自分の好みで選んだのかな。ホロウではアチャあれ一枚だった気もするけど。ホロウのどっかに書いてあったかな……。あ、オレのレアルタ何処に(ry

 中ほどにあるチャチャゼロの台詞で、衣装よりも扮装の方がいいかなぁと思ったり思わなかったり。

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