36 修学旅行3日目夜・総本山にて

 

 

「……騒がしいな」

「アイツらじゃ、こんぐらいが普通だろ」

「ケケケケケ」

 西の総本山。屋敷の屋根の上から、監視し易い点、敵が侵入しそうな経路、守り易い拠点の一通りをチャチャゼロ、士郎と一緒に周り、今は西の長の近衛詠春が客人であるネギ達のために開いた宴に参加している。
 総本山の探索は広いだけに案外楽しめた。周っている途中、詠春に一度見つかったが好きにしていいとのコトで、長の許可も得て本格的に探索できたのが良かった。

「日本酒バカリダナ」

「文句言うなよ。飲ませてやってるオレの身にもなれ」

 膝の上の人形にカパカパとお猪口から酒を飲ませてやってるオレ。
 チャチャゼロには別荘以外じゃ飲ませてないので、動けなくとも酒が飲めるのは今日になって初めて知った。どうりで酒くれといつもねだる訳だ。

 チャチャゼロに酒を飲ませる手を動かしながら宴の席を眺める。
 とても騒がしい。周りに他の家があれば苦情が確実に来る勢いがあるぐらいだ。

 オレ達二人と加えて一体は部屋の隅。出入り口の側で、楽しそうに宴の席を盛り上げているネギ達と近衛家の従者達を眺めている。
 クラスメイトにもそっちで盛り上げてろと言ったので、此方には余り近寄ってきていない。来るのはチャチャゼロのために酒を運ぶ使用人ぐらいだ。

 今はまだコレぐらいの気楽さでいい。問題はコレからをどう最適に対処するかだ。
 近衛家の使用人からオレと士郎に対し、酒を出されるコトもあったが飲む訳にはいかない。それについては、オレ、士郎共に丁重にお断りの挨拶を宴の始めに送っていたんだが、無礼講って屋敷の人は言いたかったんだろうか。しかし、酔えば支障が出る。それにオレはまだ未成年なんだから大っぴらには飲めんさ。でも、オレ達が飲まないお陰かオレと士郎の分がチャチャゼロに回って違う意味で面倒になっちまっている。

「なぁ、仁。俺達はいいかもしれないけど、朝倉達は駄目じゃないか?」

「ただの幻覚だ。気にすんな」

「幻覚って……」

 刹那、ネギ、アスナは大丈夫だが他は結構ヤバイ状態ってかハイだ。本当に飲んだのかは知らんが、見た目だけは確実に酒が入ってる。でも、酒がなくてもテンション高い奴らだから通常時と変わらないと言えばそうとも言える。

「飯は? さっきの握り飯二つで足りんの?」

 詠春が刹那に話掛けている様子を見ながら、今度はオレから隣の男へ話しかける。

「ああ。あれぐらいで十分だ」

「それならいい」

 一歩、身を引きながら詠春と話す刹那。尊敬、感謝、長に対してそんな感情が刹那にとってあるんだろう。とことん堅苦しい奴だ。

「デ、オ前ハ刹那ノ事ハドウシタンダヨ。テメェ朝ハアンナ事言ッテタ癖ニ、シネマ村カラ開キ直ッテ接シテタダロ」

「…………」

 この人形は嫌な時に嫌な事を突く。

「あっちが何も言ってこねぇなら、いつも通りのオレで接するさ。あの性格だ。度が過ぎると逆に辛いだろ」

「結局開キ直ッテンジャネェカ」

「うっせ」

 酒を飲ます手を休め、チャチャゼロの頭もむんずと掴んで立ちあがる。
 大事なお酒を飲む機会を取られたチャチャゼロは文句の連発。だが聞く耳もたぬ。

 士郎は置いて、一人で人形を掴みながら、ある人の下まで目指す。

「刹那、チャチャゼロの面倒みといてくれ。手に負えないようだったら夕映に渡してくれれば問題ない」

「えっと……はい、わかりました」

 詠春と話が終わった所に代わるようにオレが刹那へと話掛け、チャチャゼロを刹那の腕へと渡して、すぐに場を去る。
 隣のアスナのオレに向ける目が怖いのは、木乃香の家の前でちょっと言い争った出来事を根に持っているのやら、刹那とオレの事件を気にかけているのやら。さぁどっちかね。

「士郎、そろそろ真剣に話合おうか」

「ああ、了解した」

 赤衣装の男を立ちあがらせて、宴の席を発つ。最適を成す為に。

 

 

 

 

 宴の席を離れてからは、一度、本山の周囲を士郎と共に確認。ぐるりと、本山の適所を一周して、まだ敵の姿がこの周囲にないコトを証明できた。屋敷内にも不穏なモノを見掛けなかったし、まだ安心のようだ。

 士郎と話をするのは部屋にしようか、と思ったが、丁度屋敷内を周っている使用人に出会ったので、風呂場を聞いて身体を休めながら話すコトとなった。 

「それで、これからどうするんだ?」

 早速と洗面台の前で、士郎が話を吹っかけてくる、

「本来の流れで行くと、刹那、ネギ、アスナ以外の全員が白髪の少年によって石化され、木乃香が攫われる。それと、夕映も朝倉のお陰で石化されることなく逃げられる筈だ。それ以外はものの見事に全滅」

 タオルを取って話を続ける。

「石化の効果は足止め、殺傷能力はないと言っていい。全身が石化するだけで、完全石化後も術者によっては解呪も可能だ。だがネギ並の魔法抵抗力があると逆に危ない。石化中に呼吸困難で死に至る。まぁ、これに該当するのは木乃香とネギぐらいだから心配はない」

 頭に泡を立てながら、話はオレから一方的に続けたまま。

「しかし、オレ達が居る事に加えて、白髪坊主がオレ達の存在を何故か遭遇前に知ってやがった。となると流れが変わる可能性があるのは考慮しなければならない」

 修学旅行初日。出会う筈のなかった場面に、あの少年が現れた。
 物語の焦点はあくまでネギ達。周りのコトを描かれちゃ居ないから居てもおかしくはなかったのかも知れない。
 だが、何にせよある程度の敵の別の行動パターンは考えておくべきだ。

「この本山の結界は千草では突破不可能で、本当の実力者レベル、つまりは白髪坊主レベルじゃないと抜ける事が出来ない。アイツが単独で来るのは変わりないだろう」

「それは初めに本山を周った時にチャチャゼロも言ってたな」

「ああ。強力なだけに慢心した結果、全滅って所か。それと此処の手練れの多くが出張中ってのもある」

 頭を洗い流して、体を洗う作業へ移す。
 今日は動いた。しっかり洗い流さんと。

「それで、白髪坊主の行動パターンとしては大きく分けて2パターン。俺達に気づかないようにして木乃香を連れ出すか、俺達を倒してから木乃香を連れ出すの2つだ」

「どちらにせよ少年は全員を石化させてから近衛を連れ出す、か。それに俺と仁が入るかどうか」

 アイツが石化もさせずに隠密に走るとは考えにくい。石化させるだけの力を持ち合わせるのだから、口封じの意味を込めてそれを行使するのが、効率面、後の展開に有利なのだ。

「もしも、オレ達も標的にされている場合、何としてでも石化で戦闘不能だけは避けないとならん。そん時はお前が頼りだ」

「ああ、任せてくれ」

 士郎の強気な発言は心強い。コイツが居るからこそオレは好きに出来る。オレの思う通りに。本当に頼りになる奴だ。

「二日前にも言ったように、オレは物語の流れを変える気はさらさらない」

「つまり、例え此処の住人が石化されているのを気付いたとしても、今回も同様に見逃せということか。さっき挙げた4人と攫われる近衛を除いて」

「そうだ。今の説明だけでも分かるだろうが、ハッキリ言って2日前のアレよりも段違いで辛くなる」

 結局行きつく先は、黙って見逃す、これである。
 オレ達は外から中を見てるだけで、何か異変が起きた場合のみしか手を出さない。

「コレを聞いたお前は認めずに、自分の思うままにしたいならそれでいい――」

「仁」

「なんだよ」

 士郎がオレの話している途中に名を呼んで割ってくる。

「その最後の結果はどうなんだ」

 声色は変えずに、淡とした口調。 

「オレの視点から見りゃハッピーエンドだよ」

 嘘はない。物語では皆が助かって、敵味方一人の死者も出さずに終了だ。
 けれども死者は居ないが怪我はある。だが、それは戦ったモノだけが負う傷。自分の意志で戦う者、流されるままに戦う者、守りたい者のために戦う者。中には戦わずに済んだ方がいいという者が居るだろう。
 しかし、それは――

「……そうか。仁、任せろって今さっきもいっただろ。俺はお前を信頼している。それに、この世界にとって俺達は異物、それも別々の世界から俺とお前が出会ったのも運命染みた何かだろう。コレもまた縁だ。お前の理想を、全力を持って支えてやるさ」

 衛宮士郎から“信頼”を得た。それでも、それはきっと完全ではない。しかし、この世界に来てずっと供に暮らしていたのにも関わらず、初めてそれを手に入れる事が出来たと思った。

「すまねぇ。いや、ありがとうか」

 苦労を掛けさせての謝罪ではなく、感謝の言葉を贈る。
 信頼には信頼で応えなければならない。此処まで来たなら、士郎の信頼を裏切るコトはできない。

「さて、先に湯に浸かってら。お前も早く浸かった方がいいぞ。後が詰まると大変だ」

 洗面台から広い湯壷へと足を進める。
 ガラリと戸が開く音を、耳に入れながら。そう、ガラリと戸が――

「デジャブ……?」

「ッ……じ、仁……!?」

 戸の先から聞こえる声。その一瞬後、視界に映ったのは、木造りの天井だった。

「な、な、なんでアンタ達がお風呂に……!?」

「頭痛い、士郎説明しろ」

 顔面にパンチ入れられて、木製の床を裸で滑るコト数メートル。大事な部分は隠してるので問題なし。
 出鱈目に鍛えていても素肌じゃ痛いもんは痛いんだぜ。

「あー、神楽坂……いくら広くても近衛の家、というか個人の家だから共用風呂なんじゃないか? いや、そりゃあこれだけ大きい家だったら他にも大なり小なりの風呂はあるだろうけど、それは使用人が案内ミスを冒したとしか俺には説明できない」

 壁に反射して聴こえてくる士郎の声。
 おそらく背中越しに語っているんだろう。目の前の鏡は見ないようにしろ、と心の中で助言しとく。

「アスナ、とりあえず対処法としてグーパンはやめろ」

「だ、だってアンタが……」

 相変わらずコッチは天井と眺めっこしながら喋る。

「そりゃオレが悪い。まぁいい。その部屋ん隅の端の上二つの籠を入口に置いてくれ。体洗ったから裏口から先に上がる。士郎は?」

「ああ、そうした方が良さそうだ」

「……分かったわよ。端の二つね、端の」

「神楽坂さん、アチラかと」

 刹那の声が聴こえた。姿はアスナしか見なかったが、刹那も影になって居たようだ。
 つくづくと刹那には迷惑かけてるなオレ。

「大丈夫か?」

「心配してくれてんのか。感動もんだ」

 オレへと伸ばしてくれる士郎の手を取って立ち上がる。
 風呂場の出入り口には人の気配もなく、横引き戸は閉まっていた。

「災難だな」

「その災難を受けんのは全部オレだ。たまには代わってくれ」

「悪いが遠慮しとこう。それと過去に一度だけ、俺が代わりに貰ってる」

 つまらない会話を交わしてから、あの二人が運んでくるだろう籠を待つために出入り口の戸の傍で待機。アチラ側からも、コチラ側からも互いに見えずらい場所で、さっき開いた戸の傍で待つ。

「持ってきたわ」

 アスナの声と一緒に開いた戸から籠だけが二つ出てくる。

「悪ぃな。30秒で出てくつもりだが、念には念をで、入るんなら2分待ってからにしてくれ」

「分かったわよ」

 入口から伸びた籠を二つ引っ張りだすと、すぐに戸が勝手に閉まった。
 これでよからぬ誤解も生まれまい。誤解についてはもう少し早く無いようにして欲しかったが。

「それで、お前が居たなら回避できただろ?」

「アァン? 何処行クカモ言ワズニ行ッタ癖ニ文句カヨ。ソレニ中ノ様子分カル訳ネェジャネェカ阿呆」

 オレの衣服を詰めておいた籠に入っている刹那に預けた人形。刹那が居たんだからコイツが居てもおかしくもない。しかし、この不機嫌っぷり、何言っても無駄になりそうだ。

「とりあえず、こっから出て人目のない草影にでも入って着替えるとするかい」

「賛成だ。此処らには、在る程度隠れられる場所もある」

「草ニカブレテ死ネ」

 それぐらいじゃ死なんとオレは思いながらも、それぞれ自分達の籠を、オレはチャチャゼロ乗せた籠を持って風呂場から退避する。
 けど全身被れたら面倒だな。痒みの耐性は鍛えられそうなもんじゃねぇし。

 

 

 

 

 近衛家から与えられた客人用の二人部屋。
 部屋の中には私服姿のオレと、あの弓兵と同じ格好をした士郎。
 広い部屋も用意してあると言われたが、落ち着かないと言って用意してもらった部屋だ。それと浴衣も用意してくれた。だが戦闘するには、オレも士郎もこの格好の方が良いので、格好は変えずに浴衣が部屋の隅っこに綺麗に畳んで置いてある。

「はぁ……鬱る」

 さっきのイベントもといハプニングを思い出して、ぼそっと自分の口から言葉が漏れる。

「……じゃあ俺は見張り行ってくるぞ」

「俺モ連レテケヨ。花見ダ花見、酒持ッテナ」

「む……」

「連れてってやってくれ」

「……了解した」

 今後の方針の話は既に終えた。後は時が来るのを待てばいい。

 頼りにする男の赤の背中を見送って、ノートへと目を通す。
 開いたページは、来たばかりの頃の文字と最近になって増えた文字。予定外、予定内の両方の事柄について書き加えたモノ。今回は予定外についての記述が多い。そしてそれに付属する対処のパターン。
 どれも理想の到達点に辿りつく為に、チャチャゼロ、特に士郎が必要不可欠だ。オレ一人じゃ到底できない。

「恵まれてるな」

 ただの独り言。カラドボルグを手にして銀の刃を眺める。

「でも頼ってばかりじゃいられねぇ」

 オレの力は借り物。それでも今日までは、オレなりに研鑽を積んできた。
 ただ修学旅行初日も今日も、あの白髪坊主に遅れを取っちまってる。そしてどちらも結局は士郎に助けられた。ホント、何から何まで頼りっきりだ。
 次はない。あの白髪坊主が本格的に動き出すから。

 これ以上の策は、逆に支障を生む。時が来るまでは心を落ち着かせよう。
 座禅を組み、膝の上に頼る剣を置いて、瞑想をする事にした。

 

 

 

 

「…………」

 おかしい。アレから数十分は経過しただろうに、士郎からの報せが一向に来ない。チャチャゼロとの酒の付き合いが長いだけか? でも、何かあった時に連絡しろとは言ったが、何もなかった時は別段何をしろとも言ってねぇし。
 しかし、こうも連絡も来ずにアイツが見張りに没頭しているとなると不安になる。
 心を落ち着かせてばかりもいられない。此方から顔を見せてやろうか――

「――あの、仁さん」

 と、カラドボルグを収めて、立ち上がった所で月明かり射す桜の風景を背にした来客者が現れた。

「すいません、間が悪かったのなら改めて……」

「そんなコトない。話があるならいつでも聞く」

 オレがこう言ったからには、立ち上がったままだと説得力もないので座る。
 刹那もそんなオレを見て、部屋の中へと入り、行儀よく正座の形で座った。そして片手にあった夕凪を座った脇へと置き、もう一方の手にはカードを持った姿。格好は相変わらずワイシャツに制服のスカートだ。
 さて、刹那の様子から察するに、きっとあの話なんだろう。

「どうする? 破棄するか?」

 数秒待ってみたが、言いあぐねていた刹那にオレから言葉を掛ける。
 返ってくる言葉が破棄だろうが続行だろうが、刹那のしたい通りにさせるのは、今日の朝にオレが言った通り変わりはない。

「いえ、仁さんさえよろしければ、契約は続行したままにしようかと」

 投げかけた問いに返ってきた答えの言葉は、来るだろうと思っていた答えとは逆のモノだった。

「……訳を聞かせてもらってもいいか?」

 逆の返答がくると思っていたのだから、聞かずにはいられなかった。

「私は今日あの時、シネマ村の時にお嬢様を守るためにカードの力を使いました。本当に破棄をしようと考えているのなら使ってはならないものでしょう」

 士郎が夕凪を持ち月詠と相対し、得物が無くなった刹那は仮契約カードからアーティファクト“匕首・十六串呂”を利用していた。この獲物は名前の通り、十六本の匕首型のアーティファクト。夕凪でなくとも、刹那ならば巧みに使いこなし、ある程度のレベルの敵は圧倒するだろう。

 契約破棄を断る理由の方は分からなくもない。力を利用するだけ利用して、後は放り投げるってのは、決して後味がいいものではないから。

「それに私だけの力では足りない……もしあの白髪の少年ぐらいの力ある者を相手にするには貴方達の助力が必要だと思いました」

 刹那が白髪の少年と真正面で対面するのは、本来の流れで言うともう少し後だったか。
 あの観光所でアイツは何の力も見せちゃいなかったが、相対するだけで危険人物だと感付いたようだ。さすがは刹那と言った所か。

「……助けについては貴方が提案して下さったとはいえ、甘え以外の何物でもありません。私のような者と仮契約をした証が残るのは貴方にとっては不快なものでしょう。ですが、最大限の助力を乞うためには、せめて修学旅行の間、麻帆良に帰るまでは、お嬢様のために契約を続ける事を許し――」

 刹那の声が途中で止む。

「えっと……仁さん……?」

「あー、なんだ、すまん」

 それを止めてしまったのは、聞き手側で笑い声を出している阿呆なオレだ。
 だって仕方ないだろ? オレと全く同じく、刹那も自分に非があると考えてたんだ。誰がどう見たって明かにオレが悪いのによ。オレだってずっと、オレが悪いって態度を取っていたつもりだ。そんな様を見れば、少なくとも自分は悪くないと思うもんじゃないか? でも、結果はコレだ。
 こればかりは予測も考えもしてなかった。いや、コイツはお人好しのクラスの中でも、トップレベルのお人好しだからコレぐらいの事を考えていると、知ってるオレは視野に入れて置くのが当然だったか。
 こんな読み違いするとは、此処に来て初めてか? 動揺していたせいか鈍ってたのかねぇ。

「刹那が木乃香を守りたいってのは十二分に分かった。それに今回はその目的が一致してる所だ。オレも木乃香を守るのは大いに賛成。今日の朝にも言ったように刹那をサポートするさ。ただオレの目的の方は木乃香護衛にプラスアルファが加わってるけどな」

「……そうですか。そう言って貰えると私も助かります」

 刹那が微笑んで言葉を還してくる。
 どうやらオレが構え過ぎていたようだ。とは言っても自分の非に関しては、おいそれと流していいもんじゃねぇと分かっちゃいる。
 それでもこうやって微笑まれると、何が悪いんだかと有耶無耶になっちまいそうだ。

「取り合えずは互いの目的のために動くとしようか。刹那はコレから木乃香に話しに行くんだろ?」

 座って話してばかりもいられない。オレも刹那も今は役割がちゃんとある。

「はい。アスナさんに頼んでもらって、後十数分後に会う予定ですが……何故仁さんがそれを?」

「宴やる前に長から話を聞いたからさ。オレも刹那が一番適任だと言っておいた」

「そうですか……」

 これから刹那が木乃香に話すのは、木乃香が魔法使いであるというコト。やはりどう考えても、この話を木乃香に持ちかける適任者は刹那以外居まい。

「オレは士郎探しだ。アイツ出て行ったまま、いつまで経っても帰って来やしねぇ」

「士郎さんなら、つい先程此処に来る前にお会いしましたが」

「む、何か言ってたか?」

 刹那が会ったってコトは、士郎は屋敷内を歩いてたってコトだ。アイツの場合、見張りなら屋根の上でやった方がいいだろうにさ。

「チャチャゼロさんに飲ませるお酒が無くなったので、屋敷の者に頼んでみると。その後に私の方から仁さんの所在を聞いて別れました」

 成程納得である。今日の不機嫌過ぎるチャチャゼロの愚痴を聞くのも耐えられるもんじゃねぇ。
 それと、士郎が屋敷内をそんな理由で歩き回れるというコトは、まだ敵は現れてないという証拠でもある。これでオレから士郎に直々と会いに行く必要性も薄れてきたが。

「どっち側に行ったかだけ教えてくれ。そっちの時間も余りないようだし案内まではいらんぞ」

「分かりました」

 刹那に呼びかけて、再び部屋から出ようと立ち上がる。会わなくてもいいが、それはそれで後々不安になりそうなので結局は会うという択を取る。
 持ち物はノートも十字架も持った。風呂入る時以外には、いつも付けている魔法発動体の腕輪も問題なし。後は持ってくもんはねぇだろ。

 ――ゴンッ――

「っ……てぇ……?」

 先に部屋を出ようとすると間抜けな音が飛んできた。

「あァ……?」

 デコに受けた痛みで、若干の怒りが声の中の疑問符と混じる。

「どうしたんですか仁さん?」

 一歩後ろからオレへと届く刹那の声。
 掛けられた言葉には返すのが礼儀ってもんだが今はそれが出来なかった。目の前に起こった事態を把握してしまった。それは想定してなかった最悪の事態だと。

「おいおい、洒落にならんぞ」

 オレと士郎が戻ってきた部屋。その入り口である障子は、刹那が来てからも開いたままだ。
 それが問題。開いたままだというのに閉まっている。外の景色が見えるのに部屋は閉ざされているのだ。

「……出れん」

 表わすならば透明な壁で閉ざされている。それしか言いようがなく、事態に好転はなく悪い方へと直進している様を表わしていた。

 

 

 

 

「そろそろ遠慮ってものを考えないのか?」

「ソリャテメェノ都合ダロ。詠春ノ奢リナンダカラ気ニスル方ガ間違ッテルゼ」

 両手に酒瓶を三本ずつ、計六本持ち歩き、屋根の上を渡りながら頭の上の人形へと愚痴染みた言葉を吐く。
 人形から返ってくるのはいつも同じようなコト、自分勝手が似合うの一言である。

 しかし二度目の酒蔵は心がへし曲がりそうだ。いくら此方が客人の身分で、長の厚意とはいえ、高そうな日本酒を何本もタダで貰うのは申し訳なくなるのだ。
 長の部下の方々に頼みこむ俺の身にもなって欲しいものである。本当にさ。

「アア、ソンナ格好シテルカラカ。正ニ見世物ダシナ」

「酒飲ませないぞ」

 確かに俺の赤と黒の格好は奇異としていて、見られているという感覚はあるが、見世物にまでなっているとは思ってない。きっと物珍しいものなんだ、と屋敷の方々もクラスメイトも見ているだけだと信じたい。

「マァ今ハ俺ニ楽シマセロヨ。コレカラテメェラガ楽シム事ニナッタラ、俺ハシバラク暇ニナルンダシナ」

「これから起こるだろう事は楽しいも糞もないんだが」

 不機嫌中の捻じれ曲がったチャチャゼロ相手に、こんな言葉を掛けても無駄だろうが、楽しいものでないという事実は事実なので強めに言う。こう言葉を返しても、いつもの笑い声で済ますのがチャチャゼロなのでどうしようもないんだけどさ。

 兎に角、警戒だけは怠らない。敵はいつ来てもおかしくはない。本山の結界がいくら強くても、あの白髪の少年だけ力に関して未知数だ。
 ただチャチャゼロは心配するなと言ってくれるので、気休め程度にはもらっておいている。

「オイ電話鳴ッテンゾ」

「……分かってる」

 腰付近から鳴る電子音。この服では物を収めるスペースがないために、急遽に無理矢理用意したスペースだ。携帯電話一つくらいなら問題なく収められる。
 平らな棟木へと右手にあった酒瓶を3本置いて、音を鳴らし続ける電話を取り出す。

「オ前モ仁モ、着信音デフォルトカラ変エネェヨナ」

「変えるのが面倒だからな」

 携帯電話の液晶上に映る名前は、今チャチャゼロが挙げたもう一人の男、防人仁。名の確認だけして、すぐに通話ボタンを押して耳に電話を持っていった。

「何か問題があったか?」

 このタイミングでアイツから電話を掛けて来るのは言葉通り問題があったか、仁の考えている策に見落としがあって、その見直しで呼びかけたかのどちらか。

『オレ達の部屋に戻ってくれ。話はそれからの方がいい』

「どうやら急ぎのようだ」

『ああ、なるべく早く頼む。それと通話は切らんでくれ』

 耳に持ってきた電話を離して、すぐさま目的の場所目がけて跳ぶ。

「酒置イテクノカヨ」

「余裕があればまた来ればいいだろう」

 左の三本も酒瓶も、最初に置いた三本と同じ棟木へと置いてきた。もしもの時にあれば邪魔になる上に投げ捨てるコトとなる。チャチャゼロもそれを分かってか、これ以上は文句を言ってこなかった。

 屋敷から屋敷へと、足を一度だけ付けては跳ぶ。
 俺達の与えられた部屋は、通話から離して十数秒と掛からなかった。

 閉ざされた障子。中には呼びだした仁が待っているのだろう。

「……開かない?」

 障子に手を掛けても、接着されているかのようにピクリとも動かない。

「仁、部屋が開かないぞ」

 通話を続けていた電話へと話しかけながら障子を己が目で見る。
 明らかに、この状況はおかしい。鍵もついてない障子が開かないなど、中で誰かが抑えてない限りはありえないコトだ。かと言って仁がそれをする訳がない。故に障子の隅々まで確認していた。

『開かないってコトは閉まってんのか?』

「ああ、そうだ。その口振りだと仁は部屋に居るのか?」

 仁の質問に答えて、此方も質問を投げる。
 だが、この質問は世間一般的にはおかしと思える質問だ。中に居るのならこんな障子一枚、電話越しではなくとも声が通ってくる。仁の声が電話からしか聴こえてこないのだから、それはありえない。

『残念なコトにその通り』

 だが、その思いも仁の一言で簡単に破ってくれた。

『それにこっちは障子が、がっぱりと開いてるし、お前が出て行った時の障子の目の前に居るならコッチからは見えてねぇ。30秒やるから解けるか解けないか言ってくれ』

「……やってみよう。チャチャゼロも頼む」

「チッ、シャアェネナ」

 一般的にはありえない。ならば裏の話になってくる。
 つまりは、魔法で部屋が閉ざされたとしか考えられない。

「―――解析トレース開始オン

 閉じた障子に手を当てて言葉を紡ぐ。これは物体の構造を知る術。

「……見えない」

 建物全体を解析しようとした。だが肝心の部屋の中が見えない。本来ならば建物の中は、ただの空間で空となって見える筈だ。それが見えない。靄が掛かったかのように邪魔をした画が浮かんでくる。
 しかしコレでハッキリと、この現象は裏の世界のモノだと決定付けられた。

 ならばと次の行動へ移る。
 建物の周囲を駆け渡り、天井から床下まで己の眼で確認する。

「駄目だ。認識不可。解く術が分からない」

 与えられた30秒の時間で得て、電話越しに出した答えはコレだった。
 一か所一か所手間を掛けて調べれば、何か出てくるかも知れないが、それでは余りにも時間が掛かり過ぎる。

『そうか。チャチャゼロも居るんだろ? 聞いてみてくれ』

「サァナ、中ニ原因ガアルンジャネェカ」

「仁、チャチャゼロは――」

『いい、聴こえてる』

 仁の声が止む。
 電話越しの相手は恐らく思索してるのだろう。

 あちらが抜ける術を考えているのなら、此方もその時間も無駄には出来ない。もう一度奇怪な点が無いかを探し周る。
 だが何度探そうとも解ける術が見つからない。試しに“干将”で外から部屋を斬りつけて見るも、どこから斬りつけようとも弾かれる。では“破戒すべき全ての符”は? コレも駄目。術式の中心に刺さねば意味がないか。

『士郎』

「聴こえてる」

 名を呼ぶ声に応答する。

『このいつ開くかも分からん部屋は後だ。幸いなコトに士郎とチャチャゼロは外。お前達が居れば狂いなくやってくれるだろ』

「人任セカヨ」

『今度酒奢ってやるから、そう言うな。士郎、こうなったってコトは時間がない』

「そのようだ」

 敵が迫っているのは明白。
 この辺りには、仁が長に頼んで人が居ない。他の屋敷を周れば既に仁の言っていた白髪の少年が特有の魔法で襲撃している様を確認出来てもおかしくはない。
 それならば、いつまでも仁が言うようにいつ解けるか分からない部屋の前で思考錯誤してるのは得策である筈がない。

『いいか、よく聞け。士郎は刹那の代わりをしてもらう』

「な……どういう――」

『仁さん駄目です。何処を斬りつけ、刺そうとも開く気配が――』

 耳に微かに届いた仁とは違う声が、俺の声に出そうとした疑問を解消した。

『もう一度言うぞ。お前は刹那の代わりだ。だからこれから、すぐにでもネギに会わねばならない。お前一人でも全てを成せるかも知れないが、それが駄目なのは分かってるだろ?』

「ああ……分かってるさ」

「ケケケ、コレグライ悪イ方ニ流レガ行ッテルクライガ面白イゼ」

 事態が好転ではなく悪化しているのは、コレが二度目。
 一度目は、京都駅で突然の襲撃を掛けてきたあの白髪の少年。二度目のコレも白髪の少年が噛んでいるとしたら、危険人物だという認識を更に高めなければならなそうだ。

『こっちも別に話す相手が居るから切るぞ。何かあったら連絡してくれ』

「ああ」

 何よりも今は足で地を跳ね、空を渡るのみ。物語に最も関わる人物を探す為に。

  

 

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――6巻 44、45時間目――

2010/8/26 改訂
修正日
2010/8/26
2011/3/16

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