37 修学旅行3日目夜・種明かし
「もう一度言うぞ。お前は刹那の代わりだ。だからこれから、すぐにでもネギに会わねばならない。お前一人でも全てを成せるかも知れないが、それが駄目なのは分かってるだろ?」
『ああ……分かってるさ』
答える士郎の後からチャチャゼロのしょうもない毒吐きが聴こえてくる。
さて、チャチャゼロを気にしていては駄目だ。とにかく、こうなってしまったのなら、後は如何にして事態を回復させるかが重要となってくる。「こっちも別に話す相手が居るから切るぞ。何かあったら連絡してくれ」
『ああ』
現状で可能な手段は連絡のみ。脱出は見込みが限りなく薄い。
それに連絡は連絡で、この状況だといつ出来なくなるかも危ういものだ。なるべく多くに、全ての事態を物語に近似させる範囲で取るのが最優先事項。そうだと判れば、次の相手へと早々に電話を掛ける。
『もしもし、どうしたんじゃい防人君や』
「爺、ネギから連絡は来たか?』
二人目の電話の相手は学園長の爺。
すっとぼけたいつもの調子の爺の声から、それはねぇ、とは思いながらも単刀直入に一番に聞きたいコトを訪ねた。『ふむ、ネギ君からは連絡は来てないぞい』
「それならいい。エヴァは? 目の前で一緒に囲碁してんのか?」
『うむ、よくわかったのぅ。そうそう聞いてくれぬか防人君や。エヴァの奴、ワシより年上の癖に手加減所か一度も待ったを掛けさせてくれんのよのぅ』
「それは弱い爺さんが悪い。それよりも呪いの精霊を騙せる手段でも考えといてくれ。それとネギから連絡来てもオレの事は言うな。全て初見としてネギには答えてくれ」
『む、何かあったのかの?』
「無かったら爺さん相手になんか電話しねぇよ」
『これはキツイ一言じゃ』
チャチャゼロの独特な笑い声とは別種類の奇妙な笑い声で済ます電話越しの爺。お気楽な調子は本題言ってないからしょうがねぇが、お気楽過ぎて少々呆れてきそうだ。それとも此方を信頼している証なのかね。
『防人さん、どうしたのでしょうか?』
「ん……? 絡繰か?」
老いた声から、若い声に変わる。
その声は今回の修学旅行に行ってないクラスメイトの三人の内の一人の声のようだった。『はい、マスターが学園長の電話を奪って、私に代われと――ああっ、マスター、駄目です……っ。電話中にそんなにネジを巻くのは……っ』
コチラはコチラで緊張感がない。
エヴァの奴も話が訊きたいなら自分が出ればいいのに、そんなにオレが嫌なのか。「助けが必要だと伝えてくれ。不甲斐無い事に閉じ込められて、エヴァじゃないと解けそうにない。爺さんには孫の危機が関わってるってのを頼む」
茶々丸の変な声が止んだ所に、今のオレに必要な内容を伝える。
士郎が駄目でもエヴァならば何とかなるかも知れない。なんせエヴァの長年培ってきた魔法の知識は、この世界に来たばかりの士郎よりも圧倒的に上だ。『分かりました。すぐに伝えます』
「頼んだ。オレは別に掛ける相手が居るから切るぞ」
『はい、では後程』
電話を切る。
それにしても後程か。途中から入ったあの会話だけで把握したのなら大した頭脳だ。
そんな今とは別段大きく関係しないコトを一瞬だけ思い浮かべ、次の相手へ電話を掛けるという行動に移る。「楓、夕映から電話はあったか?」
三人目の相手はバカブルーこと忍の楓。
『リーダーから? ないでござるが突然どうしたでござるか?』
「無いならいい。今なにしてんだ?」
『古と一緒にお菓子を摘まんでたところでござる。しかしそう言われると、部屋に気配は無かったから居ないとは思ってたでござるが、まだ帰ってござらぬのか? 門限すぎるでござるよ』
「お前が心配してくれるとは涙が出そうだ。でも要らぬ心配だな。それと真名は近くに居るか? 居るなら代わって欲しい」
『む、真名は側に居ぬでござる』
『真名? アソコに居るアルよ』
少し離れて聴こえてくるのは古菲の声。くぐもった声から、お菓子を口いっぱいに頬張ってる様が想像できる。
『真名に代わるので、ちょっと待つでござる』
会話が途切れる。
真名が側に居たのは好都合。悪い事が起こった後は良い事もあるか。それでも今は悪い方の比がでかすぎる。『なんだ防人。用があるなら私の電話に掛ければいいだろうに』
再び電話越しに通って来る声は、さっきの愛想のいいものではなく冷たく単調な声だった。
「お前のプライベート用の携帯番号は教えてもらっちゃいるが、プライベートの電話には中々出ないと耳に入れてるんでね」
『ほう、お前にそう言われるからには改めないとな』
口じゃ反省しているが改める気が全くしないのは何でだろう。オレから言ってるせいだろうか。
「頼みたい事が二つある。オレの電話を受けた時から話終えるまでの内容を無かったかのように楓と一緒に振舞う事。それと戦闘に関しての手助けだ」
『なるほど、依頼か。しかし私の依頼料は高いぞ』
「知ってる。それとオレの資金面のバックアップは学園長の爺だ。そっちは金の心配はしなくていい」
『確かにそれなら金が私に入らぬという心配は要らないな。しかし最初の依頼について私は問題ないが、楓の方はお前自身が直接頼む必要があるんじゃないか?』
「どうせ側で耳寄せて聞いてんだろ。心配してくれてんならそれぐらいしてくれ』
『おや、バレバレだったでござるか』
長身二人が肩を並べて電話を聞いている姿が思い浮かんでいた。
楓ぐらいの行動ならお見通しだ。短絡的というか素直な奴だしさ。「場所は……電話代わるから、そいつから聞いてくれ。刹那」
今の今まで立ち姿で黙り込んでた刹那へと携帯電話を放り投げる。
此処までの道のりはオレよりも、昔から住んでいる刹那が伝えた方が正確に伝わる。「伝える場所はこの本山でいい。アイツ等なら戦闘が起きた場合の大体の位置は把握出来る」
電話を両手で受け取った刹那に言葉を渡す。
さて、これまでのオレの話を聞いてれば、聞きたい事が刹那の頭には浮かんでるだろう。
だが、それは後にして今は助力が欲しい。それは刹那もそう思っている。現にオレ達は閉じ込められて、今にも外では守るべきお嬢様が狙われているのかも知れんのだから。刹那の沈黙は一瞬だけで、電話へ話す姿をすぐに見せてくれた。
これで一段落。現状すべきコトは全てやった。後は次の行動に移るにも、士郎とチャチャゼロの連絡を待つしかない。オレの手にはカラドボルグが握りしめられている。
最初の士郎に電話をする前に、この部屋を出ようと辺りを刺してみたが何処も貫けずに効果なし。その後に刹那に頼んで、同じように夕凪で試していたがコチラもオレと同じく無駄だった。去れ、と言う必要もないか。むしろ剣は出しておかねば危険だろう。
「……仁さん、伝え終わりました」
「そうか」
刹那から手渡しで携帯電話を受け取る。
画面を見ると通話はまだ切れてない。「ついでに古菲も連れてこい。誤魔化すのも忘れずにな」
『頼みごとが一つ増えているぞ、防人』
返って来たのは真名の声。
「依頼料は、その分上乗せだ」
『ふ、それならば問題ない』
金にはとことん貪欲な奴だ、と思いながら通話を切る。
これで本当に終わり。後は士郎からの連絡待ち。オレから電話を掛けても、もし戦闘中だったのならどうしようもないし迷惑が掛かる。「何か聞きたそうだな」
後、オレから出来るコトはこれぐらいだ。
それにコレは別段話す必要はない。今まで通り誤魔化してしまうのが最高の判断だ。「…………」
刹那から言葉は返ってこない。それどころか顔を合わせようともして来ない。
何故か? そりゃ分かってる。オレから刹那に威圧しているからだ。文字に表わせば「聞くな」とたったの三文字。これを読み取ったなら余程の好奇心旺盛な奴でなければ、声にも出さんだろう。「勘が鋭く、頭の回転が良い奴ならこう言う、“何故、電話を掛けた相手に特定人物が電話を掛けたかと聞き、話を進めていたのか”、恐らくアスナや木乃香なら気付かない。果たして刹那は気付いたか?」
だと言うのにオレから出る言葉は、教えたがっているかのように口から出ていた。
「自分の代わりとは何なのか? 何故、士郎が自分の代わりなのか? ちゃんとオレの言った言葉を覚えてるのなら、刹那にとってコレが最も奇異として感じるもんだろう」
透明な壁に寄り掛かって、顔を逸らしている相手に声を掛け続ける。
「隠そうとする行為は、オレ達の世界じゃ当たり前とも言える。それが心の奥底から信頼出来る相手であってもだ。まぁ、お前達がその枠組みに入ってるかは怪しいけどな」
話は一方的に続く。
「ハッキリ言っちまえば、お前が知りたいなら話してもいいと思ってる。あの出来事の詫びになるかも知れん」
本当にそうか? 詫びになるだろうか。いや、詫びなんてものは存在しない。そもそもあの出来事は、つい先程にある程度解決してしまった。
では、何故オレは話を続けているのか……? 疑問の答えは何処からも返って来やしない。「ただコレに関しては互いにメリットとデメリットが大き過ぎる。それと、コレを完全に知ってる人物はチャチャゼロ一人。次点でざっくりと知る士郎。その次で、表面しか知らないでいるエヴァ。さらに下の理解者で、絡繰、学園長、タカミチだ」
いつもは嘘で固めている話だが、今回に限って嘘はない。
例え嘘をつこうとも、刹那相手にはバレない絶対的な自信がある。「チャチャゼロレベル、つまりは全部を話すとなると、間違いなくオレは刹那を刹那として見れなくなる。士郎レベルでも辛いぐらいだ。話せてもエヴァぐらいで留めるのがオレとしてもいいし、それだけでも十分過ぎる程に話の核心を突いちまう」
言わんでも良い事をと、人形に馬鹿にされるのが思い浮かぶ。
それともアイツなら御主人のように、いっそ全部話した方が面白いって言うやもしれん。「聞きたいのなら話そう。木乃香の魔法使いについて、と同様にいずれ知られるかも知れんコトだ」
そのいずれは本当に来るのだろうか?
誰にもオレのコトを知られない自信はある。こうして話そうとしない限り誰一人も気付かせず、嘘を通し、騙し続ける自信、それが何度でも言える程ある。「…………聞きます……聞かせてください」
こんな話を持ちかけるのは、きっと今日この日以外はありえない。
それを悟ってか、刹那がオレの目を見て、か細くもハッキリとした声を上げた。
この世界の裏について初めから知っている刹那にとって、オレという存在は極めて不確かなモノ。それは視点を変えれば敵にも成り得る。それを確かめ、聞ける唯一の機会。桜咲刹那という少女が逃す訳がない。「では話すコトにしよう。まず、オレに対して嫌悪が沸くと思うが許してくれとはいわない。コレから話すのは刹那に分かり易いように話すだけだ」
語る相手は桜咲刹那。今まで話していた面子と違って簡単に話して納得する相手ではない。
だから知っているオレは、相応しい語りを入れるだけ。――とある少女が居ました。その少女は村の一族とは姿が違うという理由、蔑まれていました。少女故に無力、さらに少女には不幸なコトに両親もいませんでした。そんな辛い日々が続いた少女は、幼い身でありながら里を離れます。果たして幼い少女は生き残るコトができるのでしょうか。
その答えは、生き残るコトができた、でした。少女はとあるとても心優しい男に拾われることになったのです。男は自分が世話になっていた武家へと少女を招き入れます。そこは剣術に優れた所でした。自然と少女もそこで習い事を始めました。
幾らかの月日が流れ、少女を拾った男は、とある機会で少女を自らの家へ迎え入れるコトにしました。そして、その少女と年頃が同じだった自分の娘と交友を持たせようと考えます。男は名家の者であるが故に、自分の娘に人と交友される機会を与えられてなかったのです。男はこう考えます。お互いが成長し、信頼出来る関係になれば二人とも良い子に育つと。善意の塊である心優しい男。その娘である少女は、親と同じように人が好く、誰よりも心優しい、誰にも好かれる存在でした。そんな娘と拾われた少女は、次第にお互いをあだ名で呼び合うほどに親しくなっていきました。それは必然です。何故なら、娘も拾われた少女も人を思いやれる心優しい子だったのですから。そんな二人の仲良く過ごす様子を見て男は微笑みます。来る日も来る日も微笑ましい光景を眺めて。
その幸せ過ぎる日は長い間続きました。それでも、あることがきっかけでその二人は曖昧な関係になってしまいます。拾われた少女が娘に距離を置いてしまうコトとなるのです。とてもとても悲しいキッカケでした。
楽しく遊んでいた二人、その一人の娘の方が川で溺れています。娘は少女のあだ名を呼びます。唯一、その場に居合わせている少女の名を。必死に助けてと懇願します。ですが助けを呼ばれている少女では、力が足りません。どう助けようと頑張ってみても、まだ少女の身では娘を助けにはいけません。
このまま娘は溺れてしまうのか? しかしそうはなりませんでした。日頃の行いが良い彼女達を世界は見捨てる訳がありません。その場に偶然駆けつけた大人が、娘を助けてくれました。娘は助けてくれた大人と、必死に自分を助けようとしてくれていた親友の少女に礼を言います。心優しいのですから、その行為は当然です。心優しい。娘も少女も心優し過ぎました。それ故に出来た溝でした。自分の力でどうするコトも出来なかった少女は必死に娘に謝ります。自分に力があれば、こうはならなかったと必死に何度も謝り続けます。受ける娘は、それを気にするコトはないと少女に語りかけ続けます。二人の心はどうしようもなく心優し過ぎたのです。
その日を境に、少女は自分の無力さを克服するため、力をつけるコトを決心しました。毎日毎日、あの日のようなコトが二度と起こるコトがないように稽古を続けます。自分を鍛え上げる、そんな忙しい日が続く為に、次第に少女は娘にも会わなくなってしまいました。
会うコトが少なくなってしまったまま時が経ち、娘は親許を離れ遠くの学校に行ってしまいました。それを聞かされた少女は、それでもあの日の出来事が娘に起こるコトがないよう己を磨き続けます。
そしてついにその時が来ました。少女が十二の時に拾ってくれた男に娘を守ってくれと頼まれます。過去の暖かい記憶と自らに立てた娘を守るという誓いから、自らも進んで男の任を引き受けました。
十二となった少女は二年以上に渡り、影からひっそりと娘を見守り続けています。しかし、何故影からなのでしょう? あの日の責任を心に負っているのでしょうか? それとも年頃になって幼少の頃よりも一層と思い始めた、拾ってくれた男にしか知らない少女の特有の生い立ち、人間と烏――
「仁さん……ッ!」
少女の荒げる声で語りは止められた。
「コレがオレの正体の一部だ」
青ざめた顔で震え、泣きそうな少女に言う。
「正確に言えば、“誰に聞いた訳でもなくオレ自身が元々知っている”、それもネギに関わる者の過去について。つまりは3-Aのコトなら今のように知ってる」
打ち震える少女に淡々と言葉を吐いていく。
今の語り全てが目の前の少女の過去だった。「過去だけじゃない。性格、理念、思想、どこかの御偉い役所の奴がプロファイリングしてるみたいにお前達を知ってる。例えば図書館島の時、何故お前にオレが接触したか。コレを捻らせれば少なからず納得も出来るだろう」
コチラは過去についてのように正確ではなく、プロファイリングだけに大凡。
それでも刹那がこうなるぐらいは、コレのせいで予想がついていた。「“過去”と一緒に“未来”も知っている」
相手に聴こえているか分からない。それでも話は続ける。
「修学旅行一日目、京都駅で木乃香奪還。オレも居合わせたのはそっちも分かってるだろう? しかし、これはずっと木乃香を見張っていれば未来を知っていなくとも分かったかもしれない」
この日には白髪坊主が割り込んできたという想定外の事態もあったが、そこは今言えば混乱を生むので省く。
「修学旅行三日目、シネマ村の木乃香護衛。タイミングよく危機にオレと士郎が援護。コチラも朝に必死にサポートすると言い放っていたのだから、居合わせてもおかしくはなく、未来を知っていた証明にはならない」
あの件のせいで積極的にサポートすると決めたが、あれがなくともこの結果は変わらなかっただろう。
「ではこれは? シネマ村の寸前。ネギ、アスナ、カモ、そして刹那の式神による対狗族、犬上小太郎との戦闘。ネギ達は敵の無間方処により閉じ込められたままの戦いとなる。勝利はネギ側。ネギの自身に魔力供給する強引な術式だが機転によって勝利をもぎ取る。その後は、如何なる理由か来てしまったのどか。だが、その手にあるアーティファクト“いどのえにっき”で小太郎の心を読み罠から脱出するコトになる」
これはオレが、この目で見てないコト。
士郎から結果だけは教えて貰っている。それはアイツが刹那に、ネギが勝ったか負けたかの結果だけを尋ねた為。それをオレがついでに教えてもらえたに過ぎない。
この話の詳細を訊ける機会なんてのは、総本山に来てからしかなかった。だが、それもしてはいなかったのだから、オレも士郎も深い内容までは知らない。「オレが知っている通りなら、今言った通りに出来事が起こった筈だ。シネマ村との距離関係、回廊の呪法からいってオレが敵でもない限り知り得るコトのない情報。ただこれも既に過去の出来事、未来を知っている証明には成りえない」
オレの調子は変わらず、まだ話は続く。
「では未来を知っている証明は出来るのか。答えはイエスもノーも出てこない。オレが知っている未来は凡その概算に過ぎず、近似してるだけだ。その知っている未来にしようと必死にオレは足掻いてるだけ。他人に未来を知っているかどうかを証明するには、オレでは不可能で、そうだと理解したい相手が判断するしかない」
士郎はオレが未来を知っているかどうか、答えはイエスと返ってくるだろう。
チャチャゼロは? アイツもイエスと言うだろうが、捻くれてるからノーと言うかも知れねぇな。「防人仁が未来を知っているかどうか不明。だが仮に、本当に知っているとしたなら、何故お嬢様が狙われているのに、攫われてしまったのに、すぐさま助けなかったのか。今の冷静じゃない刹那ならこう考えているだろう」
刹那は未だ青ざめて俯き震えたまま、黙ってオレの長話を聞いている。
「これはさっき一度挙げたように、知っている未来に近づけさせようとしたからだ。木乃香は攫われてもネギ、刹那、アスナに助けられるコトを知っていた。だから防人仁は手を出さない。もし助けられていなかったら? 恐らくその時は手を出していただろう。だが実際にそれは起こらなかった」
「……分かりません。私には、貴方という人が――」
震える声で、やっと目の前の少女から言葉が返ってくる。
「そうだ。頭のネジがズレてる奴じゃなけりゃ、この世界の住人にとってオレは正体不明であり、意味不明である人物って見るのが正常だ。それに、一歩見方を変えちまえば糞野郎とも見れるかも知れんな」
オレの行動の動機? 端から観て楽しんでるだけだろ、と言われれば首を縦に振っちまうだろう。元々はそんな理由だ。
――他に理由はないのか? さぁな。言葉じゃどうも表現しにくい。
「オレのコトを信用しようがしまいが、そっちの勝手にすればいい。だがオレ以外、そうお前の親友や親身になって接してくれる人には心を許してやれ。そいつらがいつかお前の正体を知ったとしても受け入れてくれる。お前の側に居る奴らは馬鹿正直な程に、馬鹿やるお人好しばかりだ。お前の知る木乃香に至っては、知られようとも受け入れてくれるのは当然だろう。違うか?」
少女からの反応はない。黙って俯いているだけ。
「自分を卑下するな。お前の在り方は美しいものばかりだ」
言葉を切る。
これ以上は刹那に語る言葉を持ち合わせてない。
重い空気は、受け入れなければならない。オレがそうさせたのだから。本来この役目はオレではなく、あの元気なバカ娘。目の前で震える少女と同じく優しい奴だ。ホントバカみたいに一途で優しい奴。
こんなオレが言ったものに説得力があるかどうかなんて分かんねぇ。それでもオレから言いたいコトは勝手に言わせてもらった。オレはこういう性格なんでな。静かな部屋でオレが出来るコトが来ないかと、手の平に収まる小さな電子機器を眺めて黙って待っていた。
――6巻 45時間目 (+無かった39~41時間目の御話)――
修正日
2011/3/16