39 修学旅行3日目夜・二刀に付くは

 

 

「そろそろか……待たせよってからに」

 ざわめく鬼・妖怪の類の中、一匹の鬼が河川の中央で天高く狂う竜巻を眺めて呟く。
 その竜巻を鬼・妖怪らが半円で囲むように構え、数にしてみれば四百を越え五百に達する程だった。

「はてはて、どれ程のものか」

 続けて呟く鬼は一度目に召喚された百を超える鬼の一匹。
 自身を喚んだ主人は数多の鬼を一度に喚んだ。主人が相手をしろと命を降した標的は四人。その誰もが子どもだった。百どころか十でも事足りると思えるぐらいの相手だ。
 ところが主人は部下らしき少年から口を挟まれ、一度目の三倍の数の同族と別種の妖怪を喚ぶ。
 理由は四人の内の一人の男に対しての危険視。確かに四人の中では体つきも比べ物にならない程良く、風格も他の三人と比べ差が在った。それでも喚び過ぎだと思うのは変わらなかった。
 だが本当に、あの男にコノ全てを相手にする力が有るのなら? それはそれで面白い。むしろ其方の方が歓迎だと、この鬼に限らず、多くの鬼・妖怪が思っていた。

 風の音が弱まる。同じように鬼の声も小さくなっていた。
 戦が始まるのだ。鬼達は幾らかの期待を膨らましながら薄れる竜巻を眺めていた。

「始まるぞ。気ぃ引き締めよか!」

 身は1丈3メートルを越え、体格に合うだけの棍棒を片手に携えた鬼が吠える。鬼の中では間違いなく主格の鬼。それに呼応するように歓声が上がった。五百の声は地を揺らし、河川を揺らす。

 そして、敵と敵。互いの視界を遮っていた風が消える。

「―――‘雷の暴風’!」

「なっ……!?」

 猛る風が消えた瞬間だった。
 四人の中で最も幼い風貌の少年が手を鬼へと掲げて放つ一節。少年の手の内から発する雷の衝撃が前方直線上の鬼共へ襲いかかった。
 閃光と響き渡る轟音、放たれた雷は鬼共にとって一溜りもなく、その身を元の世界へと還す。

「西洋魔術師か!?」

「あちゃぁ、固まってたから四十匹は喰われちまったかなぁ」

 鬼共は呼び出されただけで敵の事は何も知らされてなく、相手がどんな敵か己が眼で見極めるしかなかった。雷の魔法を放った少年、ネギが魔法を使うまで西洋魔術師と判らなかったのは無理もない。

「あの坊主に逃げられちまったぜ!?」

 一匹の鬼が、貫いた雷の奔流と同じラインで場を離脱する杖に乗った少年の姿を捉えて声を上げる。

「いい、いい。西洋魔術師ならワシらで追いつくには骨が折れる」

 鬼・妖怪共の敵は残っているのだ。その中には主人らが危険視していた人物も残っている。ならば、自分らが優先するのは捕まえられるかどうか分からない西洋魔術師よりも、全力であの相手をするべきだろうと判断した。

 主人の最大の敵である相手は無手、一人の少女はハリセン、もう一人の少女は人形を抱えている。

「兄ちゃん、喚ばれたからには加減はできん。そっちのお嬢ちゃんのように得物はいらんのかい?」

 鬼の主格が声を掛ける。それも少女の方もハリセンであって、得物と呼ぶにはオカシイものだと思いながら。それでも無手よりはマシであり、西洋魔術師が居る相手ならば只のハリセンではないかも知れないという知識もあった。ただコレについては相手をしなければ正確には分からない。

「敵ながら此方の心配をするとは」

 意外そうに言葉を返す赤髪、赤衣装の男。
 問うた鬼には自分の心配は男にとって要らぬものだと瞬時に理解できた。

「そっちのお嬢ちゃんもええのかい?」

 今度は人形を抱えた少女へと問う。

「残念ナガラ、コノデコッパチニ戦闘能力ハネェヨ」

 言葉を返したのは、少女ではなく人形からだった。

「なんや、そうかい。それならお相手は兄ちゃんとハリセンの嬢ちゃんか」

「……変わった鬼だ」

 鬼・妖怪の相手を初めてするかのように男が言葉を吐く。
 この鬼の主格にとって戦闘能力を持たぬ者を相手取るのは好ましくないコトだった。
 きっと男は、自分らが人質を取るような事をするとでも考えていたのだろう、と鬼の主格が思う。そして、それも鬼と対峙するのが初見ならば仕方ない事だと。自分らは、人間にとって恐怖される姿形だと理解しているのだから、そう考えられるのも当然だと理解していた。

「ケケケ、コッチハコンナノバッカダゼ」

「……っ、私は一緒に戦うわよ!」

 ハリセンを持つ少女はどこか慌ただしく、人形を持つ少女は緊張している様子が垣間見える。
 だからこそ冷静で涼しさすら漂う男は、鬼・妖怪にとって異質な存在であると感じ取れた。それは自分らにとって嬉しきコト、確実にこの相手は面白い相手だと証明してくれているのだから。

「いつまで話していても仕方ねぇ、始めよか兄ちゃん。どっちから仕掛ける? ソッチか、コッチか――」

「まずは俺に試させてくれ!」

 間髪いれずに小柄の鬼の四匹が前へと駆け、川の水を跳ねさせる。
 小柄といえども他の鬼共と比べてだけであり、丈は鬼の相手の男よりも高い。
 向かう鬼は小手調べと。各々の得物を掲げて間合いを詰める。

「兄ちゃん! お手並み拝見――だはっ!?」

 鬼が間合いを詰めるのだが、最後まで埋まらなく、逆に鬼と狙った男の距離は離れていた。

「――――ハハハハッ!」

 鬼の主格が高らかに笑う。自分の下の者が還っている様を眺めながら高らかに声を張る。

 自分が見えたのは、赤衣装の男が無手の状態で何処からか弓と矢を現界させ、三矢を瞬きせぬ間に放ったというだけだ。
 矢の初動の軌道は見えなかったが、後方へと吹き飛んでしまった4人の部下がそれを見せてくれた。さらに部下を貫いた矢は勢いを殺さず、周りの部下を幾人か巻き込む業まで見せたのだ。
 鬼の主格は予想以上だと、この男は強いと素直に認めるしかなかった。

「へ……な、何今の……?」

 アスナは戸惑っていた。突如と此方へ寄って来た鬼が理解出来ぬ一瞬の内に吹き飛んでいったから。

「ケケケ、ガチジャネェカ。一、二矢ハ普通ノ矢ダッタガ三矢目ハ何ダヨ」

「降魔杵だ。強力な武器ではないが、この敵には随分と相性が合う」

 バラバラの角度に放った三矢。最初の二矢は後方に構える鬼を巻き込んだ数はほとんど同数だが、三矢目の巻き込んだ数を前の二矢と比べれば威力の差は一目瞭然であった。

「杵カヨ。剣トイイ、テメェノ弓ハ滅茶苦茶ダナ」

「二度言うが、本当に強力な武器じゃないからな。さて、いつまでも矢を射る訳にも行くまい。俺の力も有限だ」

「俺ハ派手ナ矢ヲドンドン射ッテ欲シイゼ」

 愉快と笑うチャチャゼロの言葉に、一瞬だけ士郎が苦笑いを浮かべた。

「神楽坂、あの相手は此方から仕掛けなければ襲ってはこない。それでも注意は必要だけどな」

「ちょ、ちょ、ちょっと衛宮さん――!」

 アスナの静止の声を他所に、士郎は前へ駆ける。その手から黒弓は消え、代わりに握られるのは陰陽二振りの剣。
 士郎の足に一つ遅れ、向かって来るは鬼と妖怪の軍勢。次は4匹ではなく、20を越える鬼共が三方から攻め入る。互いに行動は攻め、片方は数にして一。それは最小の数字。だが鬼にしては圧倒的な脅威の数字。
 上がる怒号は数で押す鬼・妖怪共のモノ。

 今、遂に赤と鬼らが、己が身を賭してぶつけ合い始める。

「う……嘘……」

「ケケケ、ククケケケ」

 凋むようなアスナの声と、笑い続ける人形の声。
 戦況は一方的なまでに赤い衣装の男が場を掌握していた。片腕を一つ振るえば鬼を両断する。鬼の四方から飛ぶ得物は躱し、又は受け止め、又は相手同士で討たせ、舞い流れるが如く鬼共を相手にする姿が在った。
 荒げる血飛沫、煙となって消える鬼と妖怪。休む間もなく攻め続ける軍勢に衛宮士郎は圧倒していた。

 アスナは士郎の戦う姿を初めて見る。
 いつもは目立ったコトをする訳でも無い。時に人を手伝うお人好しだとクラスの中では通っていて、日常は木乃香と一緒に家庭的な面を見せているだけのクラスメイトの姿。

「コレデビビッテンナラ、本気ノ御主人ノ相手ハ到底無理ダゼ」

「え、仁……?」

「チゲェヨ、バカレッド」

 呆れながらもチャチャゼロは、前で起きている戦闘を眺め、笑い続ける。

「……しかし圧倒的ですね」

「マァ、マダ雑魚ダケシカ相手シテネェシナ」

 人形を抱える者と抱えられている人形が会話する。
 鬼の主格も、まだ戦いに参加はしてなかった。士郎と戦うのは、喚ばれた鬼と妖怪の中でも比較的に同種の数が多い者共。主戦力のほとんどは待機状態で、チャチャゼロの言葉に偽りはなかった。

「じゃあ強い鬼達が戦ったら……!」

「サァ知ラネェナ。何ニシロ、オ前ガ士郎ノ足元ニスラ及ブトハ思エネェガ」

「うっ……」

 アスナはチャチャゼロの言った事に否定できない。士郎の強さは認めてしまっていて、自分が士郎にとても敵うモノじゃないと分かっている。そして共に戦いに参加しようとも足手纏いにしか成らないではないのかとも。
 鬼を打倒する力が有るにも関わらず、もどかしいという想いがアスナを取り巻いていた。

「グハハハ、強い、強いのう」

「強いもんじゃないぜありゃあ」

 今、赤衣装の男と戦うのは下位の霊格の者がほとんどである。だが数で押せば傷を一つぐらい負わせるコトを出来ようものなのだが、掠るコトすら男は許さなかった。
 在るのは。最適で最善で最高の状態で戦闘を組み立てる男の姿。

 力の底はまだ見せて居らぬに違いない。圧倒的に見えても、全力ではないと鬼の主格は男の戦舞を眺めて予測していた。

「皆の者どけい! 某がその男を相手取ろうッ!」

 高らかに上がる声は一つへ群がる鬼を退かせ、一人の男が無双の強さを示す男へと迫っていた。
 それは鬼とは別種の種族、烏族の者だった。大剣と剣の中程の剣を扱い、俊敏性と剣の扱いに特化し、背に黒い翼を持つ烏顔の種族。召喚された種族の中でも、戦闘面では上位に位置する種族だった。

 一太刀、二太刀――烏族の男は赤衣装の男を圧す。初めて赤衣装の男が圧される姿を見て、囲む鬼と妖怪に自然と歓声が上がっていた。

「――ガッ……クッ……!」

 しかし、烏族の男に三太刀目を振る機会は訪れなかった。
 陰の剣が頭を刎ね、陽の剣で縦一閃に両断され烏族の男は煙に帰す。
 閃光の如き連撃は囲む鬼妖怪に恐怖さえ感じさせるモノであった。

「あの兄ちゃん、見た目と比べて数多の戦を潜り抜けてやがるな。それもワシら以上に相当面倒なヤツをのう」

「あんな子どもが……マジかい」

 鬼の主格が断言する。相手は人間でも外見から年齢ぐらいは分かり、十五前後の子どもなのだと判断していた。そうだとすると、若い年齢で圧倒的な力と自身の敵を討った時の恐ろしいまでの冷静さ、若年で積み上げた脅威と異質が際立つ。

 鬼の主格は思う、早く戦ってみたいと。結果は己が予測立てている、経験、力の差で相手に有利が多くついているだろう。そして恐らく自分は負ける。負ける気など更々ないが直感的に気付いていた。一瞬でやられる真似はしない自信があっても結果は変わらぬだろう。それでも戦いたい。求める強敵が手の届く所に在るのだから。
 だが、そうは思っても実行に移せずにいた。自分が還ってしまえば指揮が乱れ、喚んだ主人の目的である時間稼ぎが難しくなる。戦うのなら終盤という選択肢しか許されなかった。
 今は堪えなければならない。あの赤衣装の男は、この数でも疲弊するコトなく自分の番まで廻してくれるのか。しかし、そうでなければ面白くはない。そうであると密かに内では思っている。

 赤い外套が踊る。
 同族が還されたと、仇をとるように烏族の男が六人、戦場の中心の男へと迫っていた。
 連携が取れた烏族の動きは、今までの鬼・妖怪、初めに仕掛けた烏族の男のように一桁秒で還されるようなコトはなかった。

 陰陽の剣と無骨な烏族の剣が甲高い音を鳴らす。
 黒い烏族の群れは圧している。そうであると一人一人、その手に手ごたえを感じ取っていた。
 だが剣が二刀を振るう男へと、いつまでも届かない。圧せども倒せる見込みが無かった。

「ッ……グ……」
「……カハッ……ッ!」

 声を鳴らしたのは烏族の方だった。
 まずは二振りと、陰陽の剣が烏族の男を二人還す。場の流れが一転して、陰陽の剣は烏族の男達を三人、四人、五人と捉えてゆく。

 残る烏族の六人目。同族が一瞬の内に還り焦るも、己は同じように還る訳にはいかぬと敵の刃を凌ぐ。
 この烏族、今回喚ばれた烏族の中でも実力が飛びぬけていると自負していた。初めに向かった一人目の同族が一瞬の内に還され、自らの種の恥を拭うつもりで、すぐさまに男へと挑んだ。同じようにして他の五人の同族も参じてイラつく思いもあったが、今はそんなコトはどうでもよく、それどころかその思いも飛ばされていた。

「くっ……化物か、兄ちゃん――」

 しかし、空しくも烏族の六人目は剣を砕かれながら、その身を帰して往った。

 怒声が止んだ。鬼・妖怪の群れは誰一人として動かず、群れの中央で構えとも言い難い腕に力を抜いた構えの男を見ていた。

「終わりか? ならば還るがいい。喚ばれ現世へと来たのならば、その逆も可能だろう」

 力ある烏族の群れも、結果を見れば皆一瞬で一人の男によって還された。
 戦いを欲していた鬼・妖怪らも、圧倒的な力の差の前で息を呑むしかなかった。

「それとも斬られねば還れぬのか――」

「威勢がいいのぅ、兄ちゃん。今度はワシが相手をしよう」

 鬼の主格、否、最早、この場では全種の主格の鬼。
 多種に渡る種族の中、鬼人の如く力を振るった相手に、唯一、臆するコトもなく前へと出る鬼。

 自身が敗れれば同族おろか他の種族まで手は出まい。与えられた使命は時間稼ぎ。それすらも守れなければ、喚ばれた我らが身としても情けなし。

 果たしてどちらが鬼なのか、質すように鬼が出る。
 赤い衣装の男の倍はある背丈、比べるのもおこがましい程の身体の差もある中。挑む挑まれる立場は、普通に考えるモノとは反対のモノ。
 鬼は自身の身体に添う巨大な棍棒を携え、今、二刀を携える赤衣装と交差しようとしていた。

「ぬぅ…………!?」

 主格の鬼から声が上がる。

 鬼と赤が構えた直後の出来事だった。
 影が一つ棍棒を構えた鬼へと向かい一閃を放った。それは鬼が目の前の男のみに集中していた為か、不意打ちに近しい一振りとなる。
 だが、鬼も持ち前の身体能力と棍棒でソレを防いでみせた。

「嬢ちゃんの得物は降魔の力か……!」

 鬼が鳴く。相手の得物を受けた自身の得物の棍棒が、受けた箇所を鋭利に斬り落とすように真っ二つにされていたのだ。それも剣や斧といった刃のある武器ではなく、子どもが遊びに使うようなハリセンによって。

「…………」

 己の前に立つ背中を見て驚く赤衣装。傍観していたハズなのに、急に彼女、神楽坂明日菜が戦線へと出てきたために、衛宮士郎の感情が驚きを示していた。

「だ、だって、一人じゃ……幾ら強くても一人じゃ……!」

 震える声、伝えたい言葉も儘ならぬまま、アスナは自分の後ろに立つ男へと語りかける。

「……オイオイ、あんな嬢ちゃんでさえ俺らの親分に立ち向かうってのに――」

「ああ、たった一人の男にびびってちゃ男が廃るッ!」

「そもそも――数で押してるってのにな! それに俺達は斬られても死ぬ訳じゃねぇ!」

「それいっちゃ御仕舞ぇだろう……」

「元より俺達に崇高な誇りなんてねぇだろ! 今は戦いだ!」

 鬼も妖怪も烏族も、全ての種族、全ての者が声を上げる。
 衛宮士郎一人に数を削られたと言えども、未だ召喚されたモノの数は三百を越える。
 大軍の雄叫びは大気を震わせ、緩やかに流れる川の水を再び跳ね上がらせた。

「こりゃあ、ワシじゃなくて嬢ちゃんのお陰でウチらのもんが元気になったみたいだ」

 奮う声が上がる中、主格の鬼が口元を微かに歪ませてアスナへと言葉を渡す。

「え……まさか、私――」

 辺りの様子を見て、余計なコトをしたのではないかと、不安と負い目が混じった顔を浮かべるアスナ。

「気にするな。どうせアチラは退かない。コチラとしても戦意がある方が戦い易いしな」

 士郎は咎める訳でなく、仕事を成してくれたとアスナに向けて言葉を送りながら、その背を目前の少女の背と合わせる。

「数で攻め入る敵に対して、囲まれるのが一番厄介だ。特に背を取られるとな」

 深い呼吸を一つ。落ち着いた声で背に居る少女に向けて送る助言の言葉。

「う、うん……じゃあ私は衛宮さんの――ううん、お互いに背中を相手に見せないようにすればいいのね」

「ああ。一人じゃ決してできない。二人な分、余裕が出来るというヤツだ」

 士郎は静かな声で背の相手に諭すように言葉を紡ぐ。

「其処の鬼は暫くは向かって来ないから気にしなくていい。今は向かって来る敵だけを狙え。俺が神楽坂の動きに合わせる。好きなように動いてくれ」

「――分かったわ」

 動くは群衆。迎え討つは二人の男女。
 鬼人の如き力を振るった男に、一人助け人が加わった中、再び戦闘が開始された。

「ケケケ」

 それを遠くで眺める人形は笑う。ハリセンで前へ前へと進み、鬼、妖怪を蹴散らす少女。その背を守るように付く二刀を振るう男の姿を見て。

「……アスナさんも大概ですね」

 人形を抱えている少女は唖然とする。玩具のような武器で一太刀振るえば鬼を還し、後ろに付く男と比べ優雅とは言い難い動きでは在れ、確実に敵を打倒しているクラスメイトを見て。

「馬鹿ダカラナ。ビビッテル癖ニワザワザ自分カラ殺ロウトスルッテ何処ノ馬鹿ダッテナ」

 戦うのは二刀とハリセンを扱う男女と召喚されたモノだけ。
 初めの鬼らの宣言通り、夕映とチャチャゼロの下には一人として向かって来る者は居なかった。だからこそ、こうまで端から悠々と戦地を眺められている。

「ソレヨリモ士郎ガ馬鹿ニ戦ワセテル方ガ――」

「え……?」

「ナンデモネェヨ。ソレヨリ、イツデモ逃ゲレル準備ダケハシトケ。俺ハ動ケネェンダカラヨ」

「え、ええ……分かってます」

 怒号が上がる戦地。玩具のような得物で斬られば霧の如く消え、陰陽二刀の剣で斬られば血を散らし還る。そんな光景を延々と眺めるしか、遠くで見ている一人と一体には出来ない。
 一人は余りに壮絶で、夢のような絵空事じゃないかと眺め、一体は自分もソレに加わりたいが、悲しいかな、動けもしないので見られれば十分だと笑って愉しむだけ。

 戦地で二人が散らし、還す鬼を、五体、十体と五体置きに余すコトなく人形が数えてゆく。数字が大きくなるに連れて謳うように高らかに上がる声。リズムよく奏でる音は戦況を示し、どちらが優位に立っているかという証明にもなっていた。

 

 ――ピタリ、と人形の声が止む。数は3桁を悠に超え、尚も視線の先で消えてゆく光景が在るにも関わらず声が止んだ。
 それを一番近くで、抱え、ずっと聞いていた夕映が「どうしたのかと」問おうとした時だった。

「何ダ、レズ女」

「おやおやー、旦那はんと一緒で連れまへんなー」

 夕映の隣に、夕映が気付かぬ間に、二刀の長さが違う刀を持つ派手な格好の少女が居た。

 綾瀬夕映はすぐに身構える。ついさっき人形に言われたように、逃げる時は逃げるのが自分に与えられた使命。
 この相手は知っている。眼の先の戦場で今も陰陽の二刀を振るう人と仕合っている姿、素人の自分でも達人だと分かるぐらいの光景を一度見たのだから。そこから今まで見てきたものも加えて出せる結論は、自分にとって敵という簡単な答え。

 ――それでも逃げられるのだろうか。自分にとって、人という枠を圧倒的に超えた動作が可能な人間に。

「ふふ、お嬢さんには何もしまへんから、そない恐がらんで下さいな」

 くすり、と笑う少女。月詠という名の少女の出した言葉に夕映が幾らか安心はする。それは危害を加えないと言われたから。それでも隣に居る少女が刀という凶器を持っている時点で、完全に安心は出来ていない。警戒だけは頭に入れ、相手の様子を窺っていた。

「ウチも見学せてもらおーと思いましてな」

 ゆったりとした口調で喋る月詠は、唯の一点だけ、召喚されたモノを圧倒する二人を眺める。喋る相手よりも其方に目が行っていた。
 向けられていた相手の一人、衛宮士郎も少女の来訪に気付いていた。しかし気付いただけで何をする訳でもなく、一瞬視線を少女へと向けただけで、何ら変わる様子もなく戦いへと参じていた。

「レズ女ガ男ニ興味アルノカ」

「おやー? 勘違いしてはりますねー。確かにウチは強う女の子は大好きですけど、強う殿方も大好きどすえ、チャチャゼロはん」

 自身の名を呼ばれ嫌そうに笑う人形と、くすくす笑う少女。笑ってないのは人形を抱える少女だけだった。

「ウチが欲してるのは、常に戦いと血のみ。あの旦那はんの影には戦い、剣を交わせば濃厚な血の匂い。幾戦もの戦場を渡り抜いたであろう身体と心は人の持つソレとは異なる歪みきったモノですえ――」

 悦に入った表情で、衛宮士郎という男を凝視して月詠は話す。言葉を投げた相手は、隣の少女でも人形でもなく自分自身。過去を思い返すように、月詠は自分に言葉を投げ掛けていた。

 狂気染みてる、夕映はその一つだけを刀を握る少女から感じ取った。
 刃を立てるのは言葉の中の人だけ、相手の眼に自分は無く安全であると確信を持てた。だが、自分には余りにも不可解の相手の感情が、人形を抱えている腕を強く締めてしまっていた。

「ケケケ、同族ダッタカ。ソレデモテメェト同ジダト思ウト反吐ガ出ソウダ」

 チャチャゼロは言葉を吐き捨てるだけ。どうでもいいと言わんばかりに月詠に向けて。

「コレはお人形さんにも嫌われちゃいましたねー。同族嫌悪という奴でしょうかー」

「メンドクセェ奴ガ嫌イナンダヨ」

 また人形と少女が笑い合う。今度は互いに興味などないとでも言いたそうに、静かに一人と一体が笑う。興味があるのは凶器を持って舞う相手だけ。戦いもせぬ相手など居ないも同然だと。

 

 ――ダンッ――

 重い短音が突然と響いた。
 音に気付いたのは幾人も居たが、この辺り全ての者ではない。今も戦をしている者の多くは、怒号の中に居てか、その音に気付かなかった。
 その音を気付き、発信源へと眼をやったのは、戦地の中の二人の男女に対し我が戦番を待つ者と端からそれを見ていた二人と一体。

「おや……?」

 月詠が疑問の声を上げる。自らの手に感触が残っていたから。己へ向けて撃たれた鉛の弾を刀で叩き落とした感触を感じて。
 そして少女が目視する一人の人物。我に向けて小銃を構える人を眼で捉えていた。そこからの月詠の思考は早い。敵ならば討つだけ。生半可な飛び道具は自分に利かないという絶対的な自信を持って、自分と撃ち抜こうとした相手に向け刀を構え、

「……っ……ぁ……!」

 月詠の体が浅い川に沈んだ。だが、それは踏み込み、勢いを付けるために成った訳ではない。自分ではない他の者に沈まされたのだ。

「遅ェジャネェカ」

 月詠という名の少女を組み伏せ、川から半身だけ覗かせている少女の首元に西洋の剣を突き付けている青い髪の男へと、人形が言葉を吐いた。 

 

 

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――6巻 47、48時間目――

2010/8/29 改訂
2011/3/4  最終修正

 烏族の人達の黒い部分ってマントなのか翼なのかが分からない。翼をマントみたくしているのか……? マントにしか見えない感じもするけど、材質が羽でできてるっぽいしやっぱり翼……? 烏族ですし……。ゲシュタルトしてきます。とりあえず描写は翼として扱ってると思います。

 48時間目の月詠出てくるページで刹那の夕凪に返り血ついてるから、鬼を切ると還るだけじゃなくて血もでるのかなと。でも「ネギま!」なので全体的に描写は緩やかにしてるようですよね。原作だと、これぐらいの描写の方が赤松先生作品らしいです。最近のはそうでもないけど、それは大抵は男組がやってるコトですし、6巻のココは女子生徒組だから血どしゃぁはやっぱり合わない。

 1丈は約3.03メートル。ヘラクレスは2.53メートル。鬼さんでかいです。Fate風にルビを振ってみました。でも見にくいから消すかもです。

 亜音速ぐらいのライフル弾を叩き落とすぐらいはきっと余裕な月詠。ちなみに小銃はカタカナに起こせばライフルです。

 前は此処の戦闘シーンなんてなかったんや……。

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