40 修学旅行3日目夜・信じるモノへ

 

 

 古めかしい屋敷の部屋を見渡す。
 閉じ込められた部屋の出口を何度探そうとも出てはこないし、突破も出来ない。
 幾ら世界の知識があろうとも、未来や過去が分かろうとも、自分が知っている外、例外に弱いコトは自分でも分かっていた。いや、正確には「魔法」という、オレが元々居た世界に存在しなかった力によって、例外を押しつけてくる事柄に弱い。
 魔法については、どうしようもないのだ。経験が浅すぎる上に、自分では魔法の行使も不可能。魔法は魔法でしか破れぬ状況が多いだけに辛い。

 今度は部屋の中心で、傍らに夕凪を置いて正座し、俯いている少女を見る。
 立っているオレから、少しだけ見える顔色は良いと言えない。
 そいつから感じ取れる感情は不安と迷い。不安はオレの存在について。迷いは慕うお嬢様についてだろう。後者については、コイツ自身で解決してもらうしかない。前者についてはオレが消えでもせん限り、その感情は無くならんだろう。

 開いている障子へと寄り掛かる。障子というよりは見えない壁。外の景色を眺められる透明な壁に寄り掛かった。
 完全にコレは魔法の一種である。ガラスでも無ければプラスチックの壁でもない透明の壁。丁度障子が横に引けるラインで、ソレが張ってある。それなのに障子の開閉が出来るのだから、やはり魔法だと思わせてくれた。ただ障子を開閉しようが、部屋から出られないので開という言葉を使うのは怪しいモノだが。

 どうしようもねぇな、と思いながら腕を組み、自分の意志を託した男について考える。口数は歳の食ってるせいなのか余り多くないアイツ。それでも自分に在る意志だけは、しっかりと出してくる。
 しかし、その意志を歪めてまで、今回はオレの考えについてきている。しかし、こうは思って本当に歪めているのかは分からない。だがアイツの表情を見る限り、オレの考えはアイツの考えを少なからず歪めさせているんだと思う。

 オレが願うは、最終的に一点へと帰結するコト。恐らくだが、其処へ達せば衛宮士郎の中に在る意志も同意してくれる――でも過程が問題か。やはり細かい問題が混じってくると難しい。

 右の手に握られている西洋の剣”カラドボルグ”を眺める。もし、閉じ込められて居なければ、コイツが鬼相手に振るわれてたんだろうか。さぁな。いつものように外から眺めて終わったかも知れん。
 その鬼の今の相手は、衛宮士郎。きっと“干将・莫耶”で、召喚された鬼を元居た鬼の世界へと還しているのだろう。それともう一人、アスナはどうかね。戦う力もあるし、対召喚用のハリセンもある。足手纏いになってないかだけが心配だ。まぁアイツなら、なんとかなんだろ。
 後は戦えないチャチャゼロと夕映か。チャチャゼロは問題ないだろう。夕映も士郎が傍に居るなら安心出来る。

 もどかしい。いつも何をする訳でもないが、今回は見るコトも出来ない。結局、この言葉を頭の中でぼやくしか出来ない。
 ただ閉じ込められたのが士郎じゃなく、オレでよかった。もし、士郎が閉じ込められ、オレだけが物語以上に喚ばれた鬼の群れの中に居た場合、対処できるかどうか不安なものである。しかし士郎ならば、力を持って流れを戻すコトも可能だろう。

 ―――――

「ん? ――ぶっ」

 痛い……頭ぶった。

「何だ……?」

 見えない壁が急に消えて後頭部から床にぶつかった。疑問の言葉がオレから自然と出る。

 体を起こし立ち上がり、カラドボルグを構え、部屋から一歩出た所で周囲の警戒をし始めた。
 部屋から出られた。だが余りにも突然過ぎる。何故出られた? オレも刹那も何もしちゃいないために、脱出できた理由が不可解だ。
 念頭に入れるのは敵が近くに居るのではないかという考え。だが、辺りは静かなだけで何も来やしない。

「……刹那」

 名を上げ、呼びかける。

「は、はい」

 一拍置いて来る返答。言葉と表情に覇気がない。そうさせたのはオレだ。

「行けそうか?」

 だが、ゆっくりとしていられない。動けるようになったのなら動くべきだ。それも黙っている彼女も心の底では考えているだろう。だからこそ訊ねた言葉である。

「……はい」

 刹那は脇に置いていた夕凪を手に取りゆらりと立ち上がる。自分で行く気があるのなら止めはしない。
 考えは後だ。まずは足を進めろ。

 

 

 

 

 木々の中を駆け抜けて行く。
 此処までの道中で障害はなかった。お陰で順調に士郎達の居場所に向かっている。そう理解出来るのは、駆け渡るにつれて耳へと入る異質な音が大きくなっていたから。それは戦闘音、戦う者が上げる怒声や歓声の音だろう。

「刹那」

 オレの後方、だんまり状態でついて走る少女に声をかける。

「先に木乃香の方へ向かって欲しい。木乃香は聞こえてくる音よりもずっと遠くだ。オレも士郎達の援護が終わり次第そちらに行く」

「……わかりました」

「今は木乃香のコトだけを考えろ」

「ええ、わかっています」

 最後に添えた一言を聞いて、刹那はオレとは別方向に走っていく。
 刹那が返した言葉は意志をしっかり持っていた。それは、お嬢様の名を聞いたお陰か。
 守るべき対象は確実に守りきらなければならない。抜け殻でないのなら、オレも幾らかは安心して送りだせる。

 駆ける足は止めず、オレは音の根源へ、刹那はソレを避けるように走る。

 さて、聞こえてくる音は、すぐ傍だ。
 足に最大限の力を込め、前へ前へと走り飛ぶ。

「狙いは――?」

 走り抜く間に通りがかる低い声。

「白衣装の二刀」

 それに一言で返し、声の主とは幾らか離れた木を足場に、我が身を宙へ舞わせる。

  ――ダンッ――

 一瞬後、重く響き渡る銃声。
 オレが返した言葉通り、鉛の弾の的が白い衣装を纏う二刀の少女へと向けられていた。向けられただけで少女を仕留めた訳ではない。少女の手に在る二刀の内の一刀で、一発の発せられた銃弾を叩き落としていた。
 完全に死角からの不意打ちだったハズなのに反応して銃弾を落とすとは、内心冷や汗が出る。
 だが、空から見る少女の姿は、己へ放たれた鉛の弾を撃った相手へと意識が行っている。それだけで十分。

「……っ……ぁ……!」

 少女らしい呻き声が上がる。それも首を掴まれ川に叩き伏せられたのだから当然か。
 相手は半身だけを川から覗かせて、オレの右の脛で相手の左腕を、左の足裏で相手の右腕を、左手で相手の首を、そして右の手にあるカラドボルグを相手の首元に突き立て完全に組み伏せられていた。此処まで持って来れたのも、あの銃使いのサポートがあってこそ。オレ一人では返り討ちにあっていただろう。

「遅ェジャネェカ」

 人形がオレと同じくらいの視線の高さから笑う。

「こっちにも事情があってね」

 オレの視線は組み伏せてる少女から変えずに、声だけで短絡な解答を渡す。

「お嬢さん、コチラの方々には何の御用で?」

 オレの左手を少女の首から胸倉へと喋り易いように移し、右手のカラドボルグで最大限に威圧を掛けたまま答えを求めた。

「おや、粗暴かと思いきや、語りは意外と紳士ですねー」

 くすくす、と余裕たっぷりに笑う眼下の少女。
 こんな態度を取られてはどちらが優位に立っているのかと思わされる。

「ウチはチャチャゼロはんとお話してただけですよー。今も鬼らと戦こうてる旦那はんのお話を」

 コイツ、チャチャゼロの名を上げやがった。あの観光所で聞いたか? それとも自分で気付いたか。チャチャゼロから教えるとは考えられん。

「雇い主が少々教えてくれたんですがー、貴方があの時の黒子さんですか?」

「さて、どうかな」

 素っ気なく少女の質問に答える。
 千草、白髪の坊主と並び、コイツも至近距離でオレは接触してる。コイツに関しては一方的と言えなくもないが、相手がわからない分にはオレとしてはいい。

「おやおやー、そろそろ時間切れみたいですよー。あの小さな先生は間に合いますかねー」

「光の柱……?」

「ケケケ、気味イイ波動ヲ感ジルナ」

 眼下の少女が目を逸らすが、オレは見下ろしたまま。コイツの声と傍で聞こえた第三者の声のみで状況を判断する。
 時間がないのは確かなようだ。今、オレが信ずる少年が何処まで行ってるやら。それは離れている此処からでは、少年を期待する以外にはない。

「――しかしお兄さん、動揺してはりますね。『何故、鬼が自分に手を出して来ない。誰一人、自分の目の前の少女を助けに来ないのか』と言った所でしょうか。えぇ、鬼さんはウチの味方ですもの。この疑問は当然です」

「離れろ! 防人ッ!」

 此処より遠くから、オレへと呼び掛けた声。
 耳に入ると同時にオレが少女から飛び退いた。

「ふふ、コレは思ったよりもいい動きですねー」

 ――首の右側面からの痛み。
 斬られている。部位を指でなぞれば付着する赤い血痕。
 だが傷は浅い。動くには問題なし。

 しかし何時の間に斬られた? あの組み伏された体勢からの斬撃。どうやってかは不明。
 派手な白衣装を水に濡らした少女を見やる。長短二刀を携えた立ち姿。余裕のある笑みは変わらず、不気味にさえ感じる月詠という名の少女。

「チッ……すまんが此処を頼む!」

 オレの声と同時に、数発の発砲音。音を奏でるのは、今オレが頼った相手あり、初めに援護してくれた相手あり、ついさっきオレへと警告してくれた相手。
 オレが駆けるは、二刀を携える少女の傍に居る人形を抱えた少女に向けて。

「……うっ……くぅ……」

 銃弾を叩き落とす少女の脇を抜け、オレが狙っていた人を左腕で抱えると、急過ぎたのか小さな呻き声が聴こえた。それを気にする暇もなく、オレは方向転換。次に目指す場へと足を向ける。
 月詠が追いかけて来る様子はない。発砲音がまだ聴こえるから、真名が援護し続けてくれてるのだろう。終わった後の依頼料が少し心配だ。
 向ける足は別の戦場。大軍と二人が戦う戦場へ。

去れアベアット

「へ……? 仁……?」

 右手に在ったカラドボルグを収め、代わりにハリセン携え戦い抜いていた少女を抱える。
 コチラは呻き声ではなく、疑問の声。反応されて反撃されたらどうしようかと思ったが要らぬ心配だった。

「士郎! 一矢ッ!」

 体勢を崩していた鬼の一匹を足場にして跳びながら声を高らかに上げる。
 1秒足らずで、オレの言葉通りのモノが奔った。オレの飛ぶ方向、鬼の群へ向け、散らし還す力の奔流。

 力で抉じ開けられた道を、ひたすらと走り、二人の少女と人形を連れて戦線を離脱した。

 

 

◇◆

 

 

「手際がいいですねー」

 月詠が今しがた起こった内容について感想の言葉を述べる。それは、自分を組み伏した相手、仲間に頼り、戦力にもならぬ少女と、最大戦力である男の傍で戦っていた少女を連れて離脱した男に向けての言葉。

「阿呆の割には存外にやる。初めのを躱し切れなかったのは甘いが」

 先に言葉を吐いた月詠とは七間程開けた場所から、両手の拳銃の弾倉を入れ替えて同じように去った男についての感想を上げる色黒の女性。

「辛口アルね」

 その後ろから、目の前の長身の女性へ向けて少々咎めるように話す少女。

「それでお姉さんがウチの相手ですかねー?」

「こう見えても、そちらと同じぐらいの年齢なんだが」

 長身の女性、龍宮真名が月詠という少女に、カチャリ、と拳銃の銃身を向けて言葉を放つ。互いに名は知らない。
 一方は男から任されたから敵意を向けただけ。一方は向けられたのだから敵意を同じように返すだけだった。

「ウチの型は‘神鳴流’と言いましてな。そこらの飛び道具は、まったく効きまへんえ」

「これは御丁寧に。奇遇なコトに私のルームメイトも‘神鳴流’という型を使っていてな。聞く以前に重々と承知している」

 相手が勝手に教えてくれたのだから、自分も勝手に教える。互いに教えなくていい情報を簡単に話した。
 売り言葉に買い言葉。このやり取りだけで、話した二人は相手がどんな人物かというコトを少なからず理解した。

「おや、先輩のお知り合いさんでしたかー」

「どこの先輩かは知らんが」

「むぅ、嫌な空間アル」

 小さく笑う月詠と表情を作らない真名。
 真名のすぐ隣で、やり取りを見ている古菲は、こんな場面は自分の肌に合ってないので余り関わりたくない、かといって此処まで来たのだから帰るなんてもってのほか、と複雑な心境で眺めていた。

「士郎は……やるアルね」

 古菲が視線を変える。三桁を超える鬼・妖怪の大軍の中、一人で二刀を舞わす男を眺め始めた。
 あの二刀は見覚えがある気がするけれども何処か違う気がする。しかし、形状からして自分の国のモノではないだろうか。そんなコトを思いながら大軍の中で舞う男を眺めていた。

「ウチとしては、あちらの旦那はんの戦いをもう少し見ていたいんですがねー」

「ほう、これまた奇遇なコトに私もそう思っていた所だ」

「そうですかー。元々ウチは仕掛ける気がなくて、其方から仕掛けてきただけですし、よかったですー」

 真名が月詠に向けた銃身を手首を捻らせて天へと変え、戦う意志がないコトを示した。そして二人は向かい合わせから、大軍の中、一人で戦う男を見る為に身体の向きを変える。

「結局やらないアルか」

 古菲は目の前の友人と、少しばかり距離を開けた少女が急に戦意を失くしたコトに少々驚いていた。初めは戦意を互いに剥き出しにしていたのに、と。

「弾代が掛からなくて済む」

 そんな古菲に、さらっと真名は答えるだけ。

「ふむ、本物の鉄砲の弾は高いアルか」

「ただのエアガンだよ」

 真名は冗談を交えつつ軽く笑う。

 大軍対一で繰り広げている戦地から離れた場で、悠と眺める三人だった。

 

 

◇◆

 

 

「ちょっと、離しなさいよ……っ!」

「あー、分かったから。話すなら走りながらな」

 右腕に抱えていたハリセンを持つじゃじゃ馬を降ろして、自分の足で走らせる。空になった右手に『来れアデアット」と一声打って剣を現存させた。
 左腕で大人しくしているのは、そのまま片腕で支えて、アスナと並んで森の中を走り抜ける。

「後ろは?」

「一匹モ来テネェヨ」

「そりゃぁ良かった」

 つまり鬼は全て士郎一人に向かってるってコトだ。
 アイツはどんな奴にも好かれるねぇ。今回ばかりは相手が相手なので、羨ましくも妬ましくもないけどさ。

「アンタ、何してたのよ」

「さぁて、今日のコレが終わったら教えてやる」

 説明が面倒なのが半分、教える必要性が皆無というのが半分。
 こう返しても、時が時なのでアスナも多くは言って来ないし、鉄拳も飛ばして来ない。でも、気に食わなそうに眉間に皺を寄せてる。

「このかは……あの光の下?」

「そうだな」

 次のアスナの質問には正直に答えてやる。
 此処から、まだまだ遠くのハズなのに馬鹿デカく見える光の柱。木乃香の位置は正確に言うと、それより幾らか手前なのだが大して変わらん。要はあの柱を目指せばいい。

「衛宮さんは……」

「アイツは一人でも問題ねぇよ。それに真名や古だって居るし、アスナ一人よりはマシだ」

 士郎を想う声は左の腕で抱えている奴から。
 アスナも、それに触れはしなかったが何だかんだで心配してるようだ。

「むぅ……」

 しかし、何故にアスナはオレを睨むかね。マシって言ったのがまずかったですか。

「……アンタも戦えるの?」

 オレを睨んだままのアスナが言ってくる。

「士郎と比べてか。そうなら残念なコトに士郎レベルには遠く及ばねぇ。それでも今のアスナよりは戦えるかね」

 珍しく不安そうに尋ねてきたアスナ。それは士郎の力を垣間見たせいか。アイツも何処まで本気で戦ったのかは知らんが、自分の良く知る人が大軍の中で猛威を奮っていたのだから少なからず恐ろしくも感じているんだろう。それの中心が衛宮士郎。いつもはお人好しで、木乃香と仲良く料理してる姿がコイツの知っている姿なんだから尚更だ。

「マァ、今ノバカレッドヨリ動ケナカッタラ洒落ニナランナ。不甲斐無サスギテ、ツイ俺ガ殺シチマウゼ」

「これは恐い言葉だ」

 少しでも気を抜かせば、麻帆良に帰った後の別荘で恐ろしいコトになりそうだ。真紅の槍でも構えられたら、それこそ洒落にならんというヤツである。だが、そんなのはオレが馬鹿やらない限り有りえねぇけどさ。

「さて、話はもっとしたいだろうけど、話すにも走りながらだと体力を使う。幾ら体力馬鹿のアスナでも辛いだろう」

「アンタは……一言多いって何度言えばっ――」

 アスナは言葉だけ奮うが、鉄拳はやっぱり飛んでこない。なんだかんだで判っている奴だ。

「そうだ、夕映よ。何で逃げなかった? ハッキリ言っちまえば下策どころか異常なんだが」

 切り替えて、オレが問うたのは齟齬に対して。
 早めにコレは知りたかった。何故ああなったのかは、オレだからこそ知らねばならない。

「…………」

「サァナ、無意識ノ内ニ士郎頼ッタンダロ」

 夕映は無言。代わりにチャチャゼロが答えた。
 しかし、無意識に……?

「他は?」

 続けて夕映ではなく、チャチャゼロへと言葉を向ける。

「一旦ハ雑魚ガ如ク逃ゲテ、相手ガ馬鹿強ェト考エテ、雑魚ナ自分ハ逃ゲキレナイ、ダカラ一度敵ガ訪レタ場所ナラ二度来ル可能性ハ少ナインジャネェカ、ッテナ」

 成程、一見オレには筋が通っているようにも聞こえる。だが、ありえない。その答えはオレじゃないと出て来ない筈だ。何故なら、その力有る敵が二度来る可能性は多いに在り得る。戻るなんて上策所か、オレが最初に言ったように下策、又は無謀。

 オレならば、敵、襲来した白髪坊主の目的を知っている。相手は迅速に木乃香を攫いたい。且つ騒ぎ立てを起こさないように、邪魔者は石化したいと。騒ぎ立ては起こしたくないが、迅速に行動したい白髪坊主。
 さて、この迅速というのがキーだ。白髪坊主は一瞬の内に、全ての部屋に廻り、詠春を抑え、迅速に屋敷の全ての住人を石化したのだろう。アイツはそれだけの力を持っている。
 それで、全ての部屋を廻ったアイツは、時間が幾らか経った後にわざわざ同じ部屋に襲撃してくるだろうか? 全てが一瞬の内の為、逃した敵など居ないとして、戻って来る確率は高くないとは思える。あくまで高くないだけで、もう一度屋敷に戻るのは良い策ではない。
 だが、コレらはオレが知っているから考えられるモノであり、夕映が思い浮かぶとは思えない。
 確かに夕映の判断力、対応力、分析能力はクラスの中でもトップレベル。さらに将来の夕映を考えてもトップレベルだ。その様を電話で対応した時に一度味わっている。
 それでもだ。まだ夕映は此方の世界について無知に等しい。そんな賭け事染みた判断を降すか?

「……冷静だったか?」

「サァナ。ビビッテタ記憶ハアル、テメェミタイニナ」

 チャチャゼロは思い返すように笑う。
 今、チャチャゼロが言ったコト。そりゃそうだろうと。友人が突然石化して動かなくなったんだ。そんな超常現象は日常じゃあり得ない。きっと不安だったろう、恐れていただろう。

 だが、それでも屋敷に戻ってきていた。理由は? そんなのは一つ。助けを求める為だ。朝倉に言われていただろう助けを。

 それに「衛宮士郎」という男が選ばれた。

 長瀬楓や古菲ではなく、本来この世界には居ない筈の衛宮士郎という男。未だ屋敷の中で健在しているかも知れないという希望を抱いて。

 そして夕映の前に、その男が現れた。
 さぁ、動揺していた気持ちは、どうなるか。落ち着いたか? 冷静になれたか? 恐怖はどうなる? ただ心底安心したに違いない。

「電話は掛けようと――おっと、すまん。夕映の前じゃ考え事はなし、だったな」

「いえ……」

 質問の手を止める。2、3の質問が残ってはいたが、こんな困ってんだか不機嫌なんだかって顔をされちまったら出来ねぇ。それに、最初のように沈黙したままってなるだろう。この話は後日、落ち着いた時にでもすべきか。
 何より、今はあの光の下のお姫様が優先だ。

 

 

 

 

「おや……?」

 呑気な声が耳に入って来る。

「あれ……楓ちゃん?」

 アスナが、その声の主の名を呼んで、走っていた足を止た。オレもそれに合わすように足を止める。

「アスナ、木乃香のトコまではもうすぐだ。先に行ってくれ」

 遠くからでも確認出来ていた光の柱までは、もうすぐ側まで来ていた。後は辿りつき、未だ奪還には至っていないお姫様を救い出すだけ。

「……ええ。わかったわ」

 アスナは素直に従う。真名や古のように何故自分のクラスメイトが、こんな場所に居るのかと疑問に思っていながらも、今も待っている友人の下へと一人駆けだして行った。
 そんな走り去る後ろ姿を見ながら、さて、と左腕に抱えていた夕映を降ろす。

「楓、ネギは?」

 オレが呼んだ名の人へ近寄りながら尋ねる。
 そいつの下には少年が肩を取られ組み伏せられていた。つり目の少年の目が、オレの顔を覗き、なんだコイツはとでも言いたそうにしている。

「とっくに行ったでござるよ」

「そうか」

 余裕そうに言葉を返してくる楓。その通り余裕なんだろう。幾らか衣服を汚した痕跡はあるが、怪我を一つも負ってはおらずに少年、小太郎を組み伏せている。
 服を汚した理由は当然と小太郎との戦闘だ。そうでなくては、人を組み伏せるなんてコトをするような奴ではない。

「兄ちゃん、なん――あだっ、姉ちゃんもうちょい加減してや」

「おお、これはすまぬコタローとやら」

 取られている肩に力を込められたのか、若干顔を歪ませる小太郎。悪びれてはいるが、笑顔を崩さない楓。
 小太郎を気に毒にも思うのと、何故か同情している自分が居るのが少し嫌だ。

「そちらの少年は……」

 チャチャゼロを抱えた夕映が、オレの隣まで来てキツイ目で睨んでいる少年を見ていた。

「うむ、少しばかり手合わせを願ったでござるよ」

「結果ハ見テノ通リ、犬ッコロノ負ケッテナ」

 小太郎を見下すように嘲笑うチャチャゼロ。コイツがこんな奴と知っているオレを含めた三人は良いが、初めて会った小太郎は良い思いはしてないと顔に書いてある。
 諦めろと心の中で言っておこう。口に出すと面倒なので言葉では示さない。

「離してやれ、楓。どう見てもお前が組み伏している奴の負け。意外と潔よさそうな奴だし、いつまでも拘束する必要ねぇだろ」

「ふむ。仁殿がそう言うのならば」

 言われてすぐに、小太郎を解放して立ち上がる楓。
 小太郎は、地に伏せていた状態から胡坐を掻いて、取られていた肩を回し調子を確かめる。そして、何も問題ないと悟ったのか、今度は目の前で立っているオレの方を見上げて、やはり睨むように見ていた。

「折角、解放を促してやったのに礼もなしかね少年」

「む……ありがとな」

 睨んでいた目を照れくさそうに逸らして、礼の言葉を小太郎が出す。
 素直な奴というか、義理堅いというか。

「仁殿の喋るコトほとんどが冗談でござるから、真に受けると駄目でござるよ」

 小太郎をなだめる様に、ほざきやがる忍。

「いささか失礼じゃねぇかい?」

「当たっていると思いますが」

「ケケケ、日頃ノ行イガ祟ッテヤガルナ」

 味方は0と。いつものコトだけどさ。楓も夕映も言うコトがきっついぜ。特に夕映は真顔で言う奴である。
 しかし、出会って早々とこんなコト言われちゃオレの印象が悪くなっちまう。疑心暗鬼の小太郎の目がちょいと悲しい。

「士郎殿は?」

 オレを見下ろしている奴の質問は赤衣装の男のコト。コイツも士郎のコトが気になる奴だってか? いやいや、ココまでくると妬ましいとか尊敬とか全部通り越して、別次元のどっかに行ってしまいそうだ。とまぁ、冗談思うのは置いといて。

「こっからかなり離れたトコで戦ってる。心配は――」

「別段しておらぬ。しかし、見れぬのは残念でござるな」

 衛宮士郎の身を案じるよりも、衛宮士郎の戦というモノを知りたかった、か。
 そういえばコイツはオレに一戦交えないかと言ってきてた。月詠、楓、小太郎、古、戦好きが多くて困っちまうわ。

「戦況はどうでござるか?」

「さて、ネギ次第ってとこかな」

 楓と共に光の柱を見る。あの少年は、もう辿りついているだろうか。お嬢様と慕う彼女も辿りついただろうか。

「あ、あれは……?」

「なんやアレ……」

「ほぅ、怪獣でござるな」

「ケケケケ」

 天へと伸びる馬鹿デカイ光の柱の下から伸びるように出現した、馬鹿デカイサイズの鬼が現れた。
 天ヶ崎千草の騒動の目的でもあり、木乃香を利用しなければ成しえなかった儀式召喚。まだアレは完全に現世へと召喚されていない。召喚され切ってしまえば、オレの知る道とは外れる。

 巨躯の鬼を眺める。遠くの此処でも届いてくる力の波を感じながら。

 さて、どうなるかな。

 

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――6巻 48、49時間目――

修正
2011/3/4
2011/3/16

 月詠さぼり中。

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